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脇作法資料

脇の作法資料 索引
脇句作法の実際俳諧小式 第十三脇句之事(元隣編)俳諧寂栞 巻之中(白雄坊撰著・拙堂増補)

 


 


脇、資料

脇句作法の実際 1

俳諧小式 第十三脇句之事
元隣編

 季吟門弟山岡元隣の著述、31条からなり、元隣跋に寛文2(1662)年とある。

時節

 まづ脇は発句にしたがひて、時節たがひなきやうに打添ひ付たるよし。
 其上、「月・雪・宿」或、「草木・鳥獣の名」など、又「比」といふ字にて止むる、つねのことなり。「涼しさ・長閑さ」など止むることも自然にあり。
 世俗にもいへるやらん、「発句は客人、脇は亭主、第三は相伴人」なれば、まづ亭主脇は、客人発句の御意にそむかぬやうにと心得たるよき也。
 時節をたがえぬ(とは)、一つの法也。
 時節をたがえぬとは、同じ春にても、三ヶ月にわかち、一月のうちにても、上旬・中旬・下旬と分ち侍る。
 同じ時節といひながら、霞などのやうに春三月(みつき)にわたるものあり。されど、霞にも、薄き濃きの時節の景気あり。
 「忠峯のいふばかりにやみよし野の山も霞て<今朝は見ゆらん>」と詠まれしは、元日の霞なり。此「いふばかりに」といへるに、深き心ある事なり。
 元日の句、立秋の句など、一日にかぎる時節なり。同じ上旬のうちながら、元日の句に白馬の節会(あおうまのせちえ)のうはさも、脇に時節違ひなり。立秋の句に七夕の道具付たるもその心なり。この心持肝要なり。その故に、取なしかつてせぬことなり。
※ はるたつといふはかりにや三吉野の山もかすみてけさは見ゆらん (拾遺和歌集 春、壬生忠岑)
起承転合 詩の法に起承転合とて、一の句にて心を起こし、二の句にてその心を承け、三の句にて転じ、末の句にて惣の心を合することあり。発句・脇・第三も起承転の心に来る事能くす。
 第三はもとより相伴人にたとへ侍れば、かけはなれたる、よく侍り。その故に取なしも仕り候ふ。
脇五法 紹巴法橋(戦国時代の連歌師、貞徳師)より玄仍(安土桃山の連歌師、紹巴男)へ遣されたる書に、脇に五つの法あり。
 一ニハ相対  二 打添へ  三 違(ちがい)付  四 心附  五 比留り
本歌 本歌・本語、或いは世話などに、本づき仕立てたる脇は、大方その発句に云ひ残したる詞を取りて、仕るなり。
 猶その発句によりて、その云残さぬ詞をとらぬことあり。いさゝか口伝※1。又大小の脇※2などいへることあり。貞徳老より口伝なり。

※1「埋木 4」で言う「一絡み」。
※2「埋木 3」にある。「違い付」。

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脇句作法の実際 2

俳諧寂栞 巻之中
白雄坊撰著 拙堂増補

 天明期中興五傑の一人、白雄の著。芭蕉・蕉門の俳諧を平明に説く。底本は、広く読まれた拙堂増補のものだが、削除により分かりにくい部分は、寛政本により<>内に補った。
 白雄は、沾徳門鳥酔に学んだが、芭蕉没後90年を経ており、「主客」「挨拶」などの論を見ると、蕉門の伝を正確に受け継いだわけではないようだ。

    脇の事
 脇は字眼を定めて後、趣向を立つべし。
 字眼を礎に置く古式なれど、句意とゝのふときは、上下の論なし。

深川集

時分

 ┌ 刈株や水田の上の秋の雲     洒堂
 └  暮かゝる日に代かゆる雁    嵐竹
 これ、<発句に場の出たるゆへに、>時分を字眼に定めたるなり。
炭俵

時節
 ┌ 梅が香にのつと日の出る山路哉  芭蕉
 └  ところどころに雉子の啼たつ  野坡
 これ、発句に場も時分も出たるゆへに、たゞ時節を合せたる脇なり。雉子の啼たつべき梅の日の出を思ふべし。
猿蓑

大石田歌仙


打添
 
 ┌ 市中は物のにほひや夏の月    凡兆
 └  あつしあつしと門々の聲    芭蕉

 ┌ 五月雨をあつめて早し最上川   芭蕉
 └  岸にほたるをつなぐ舟杭    一栄

 これ、打添の脇なり。打添の脇とは、家といふ句に、軒・垣・窓・柱など付くるを、打そへといふ。たとへば、海といふ句に、舟・岸などを付けるはよし。舟といふ句に、海川とは、前句のうはさ也。海川といふに船と付るはよし。語句の趣を知るべし。古式云、吉野山に花、姨捨山に月と付けるはよし。花に吉野、月に姨捨山とは、悪しし。尤もこの類、脇のみにかぎらず、平句にても同じ心得なり。

いつを昔

てり合い
 ┌ ひとつ松このところより浦の雪  加生
 └  鴨こす峰を入かたの月     其角

 これ、てり合の脇なり。てり合とは、浦に峰、海に山など、押し並べて言ふなり。よくてり合されば、はなればなれになる脇也。分別すべし。

曠野集

心の付
 ┌ ほととぎす待たぬ心の折もあり  荷兮
 └  雨の若葉にたてる戸の口    野水

 これ、心の付なり。待たぬ心の折もありとは、つねづね待つといふ句なり。ゆへに雨の戸口にたてると付けしなり。句意にまかせて知るべし。

春の日

人情の脇
 ┌  蛙のみ聞てゆゝしき寝覚め哉  野水
 └   額にあたる春雨の漏り    旦藁

 これ、人情の脇なり。人情の脇は、平句に落ち入りやすし。その心得あるべきことなり。すべて、脇は趣向のたち過るを悪しとす。悪しといふは、平句にまぎれ安きゆへなり。

雲に鳥

頃留
 ┌ 馬士の手に火をつかみけり秋の霜 野水
 └  梢は柿の落つくす頃      旦藁

 これ、頃留の脇なり。頃留はかくのごとく、頃といふ字を礎に置く古式なり。しかあれど、発句の頃をさだむるなれば、上下の論なし。三春三秋の趣をよくわきまへて付くべし。

ひさご

てには留
 ┌ 色々の名もまぎらはし春の草   珍碩
 └  うたれて蝶の夢はさめぬる   芭蕉

 これ、手尓葉留の脇なり。脇は礎を文字になして留るなり。さるをかくのごとく手尓葉にて留るは、脇体そなはりたるうへのことなり。自得の人ならでは、好むべからず。

[海印録] [三冊子]は、本書の通りなるを考ふるに、[ひさご]の方、先案にて、こは再案なり。「むつかし」と云ふより、「紛らはし」と云ふ方、草の姿にてつし、「夢」よりも、「目を覚ます」と云ふ方、驚きたるけしきよし。  伝に云ふ、「脇に韻字といふ事は、必ず七もじの終りをいふに限らず。意(こころ)の対する字をいふなり。脇は付句の始まる所なれば、ここを辞(てには)にて留むる時は、歌一首の様に成りて、二句と分からぬ故に、字にて留むるなり。此の脇も、草に蝶と対し、覚の字意対して、韻字たしかなる故に、辞留苦しからず」となり。

冬の日

てには留
 ┌ 霜月や鶴のつくづくと並び居て  荷兮 ※つくつく
 └  冬の朝日の哀なりけり     芭蕉

 これも手尓葉留なり。同じ手尓葉ながら、これは、又、格をはづしたるなり。発句の手尓葉留にまかせられしなるべし。自得の人ならでは好むべからず。

曠野

違付
   深川ばせを庵をたづねて
 ┌ 雁かねもしづかに聞ばからびずや 越人
 └  酒しゐならふこの頃の月    芭蕉

 これ、贈答の脇なり。贈答の脇は、違附をゆるす格なり。たとへば、客の自の句に亭主の自の句を附るゆへに、違付なり。客発句亭主脇・餞別をうくる脇・祝等の脇、みな此格なり。

・ 発句と脇の贈答はない。
・ また、「酒強い」を習うのは、発句で「枯らびずや」と問うている人物である。増してや芭蕉が酒の酌を習ったという解釈は、あり得ない。
・ さらに、「違付」は、発句の意に対する内容を言い、句の自他ではない。
・ なお、客は発句そのものであり、詠み手のことではない。

芭蕉庵小文庫  ┌ 新麦はわざとすゝめぬ首途哉   山店
 └  又相蚊屋の空はるかなり    翁

 これ、餞別の句をうけられしなり。

・ 「餞別の句をうけ」たから脇を詠んでいる。芭蕉の思いととらえたか。

[海印録] 「わざと進めぬ」と云ふを、「つねに一つ釜の麦喰あひし人に別るゝ様」と見て、さりながら又あふ事の遙かに隔たれば、「けふは改めて米参らせむ」といふ心を、その場の「相蚊屋」もていへる【逆付】なり。かかる飲食の脇は、かくの如し。容体もて付けざる時は、句品劣るなり。

新庄の歌仙

違付
 ┌ 御尋に我宿せまし破れ蚊屋    風流
 └  はじめて薫る風のたきもの   芭蕉

 これ、亭主発句客脇のさまなり。いづれも違ひ付なり。これを時宜の法といふなり。

[海印録] 「我宿はせまく、その上蚊屋も破れて詮なければ、いつそ明放して、よい風の薫き物を馳走せむ」といふ心に、【移転】したり。
〇[寂栞] 「主客各(おのおの)自句の違付」と云へり。
 そは、蕉門にこの法ある事をしらぬ故なり。
もし、発句をその儘に、手狭の蚊屋の暑くるしきを、「涼し」とほめなば、翁は世を捨てながら、嘘つき廻る人になるぞ。あゝ、旧弊を伝へて、自損損他したり。

笈日記  ┌ しるしゝて見せばや美濃の田植歌 如行 ※己百、しるべして
 └  笠あらためん不破のさみだれ  芭蕉

 これ、亭主発句客脇なり。美濃といふに、その国の名所を付たる例なり。打添の心にして、不破といふに美濃と付るはあしと知るべし。

[海印録] 「みのゝ田歌」と云ふを、「蓑」と聞きとり、早少女も新らしきみの笠に出立でば、いざ見る人も「笠改めむ」と云ふ心をよせ、「関越ゆる日は衣をあらたむ」と云ふ古語を含みて、美濃に不破と対して、さみだれに笠の一句を立てたる【表裏対】也。

以下略

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