俳諧ガイド 目録

俳諧のあらまし俳諧の歴史俳諧の形式俳諧作法
歌仙系百韻系発句作法脇作法
第三作法初表作法平句作法・付句名残裏・挙句作法


第三の作法

第三の作法 索引

第三第三について蕉風以外の説確認したこと
第三作法第三作法総論
第三の在り方第三、てには止め第三、韻字止め

 


 


第三
第三について
① 俳諧の第3句。長句(五・七・五)で、丈高く作る。
② 当季春秋の場合、発句の季に従う。当季の語、季の詞・季語を一つは入れる。
③ 当季夏冬の場合、第三の多くは雑だが、当季でもよい。季移りも可能である。
④ 第三は、「表六句の制約」に従う。
⑤ 第三は「て」で止めることが多い。
⑥ 「客発句、亭主脇」と言い、「第三」は相伴人の位である。
蕉風以外の説
❶ 第三は「て・にて」で止める。
❷ 発句が夏・冬なら、第三は無季にする。
❸ 発句「かな」止めのとき 、第三「にて」は観音開きと見なして避ける。
❹ 発句に「や」があるとき、「らん」止めは避ける。
❺ 発句の上五末・中七末に「て」があるとき、第三は、て止めを避ける。
   発句 ・・・・て ・・・・・・て ・・・・・
   第三 ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・て×
芭蕉の俳諧で確認したこと
❶ 第三は句体に特徴があり、句末は「て・にて」に限らない。
・ 「にて」は、「て」が体言につくときの形である。「格助詞に+接続助詞て」或いは「断定の助動詞なり連用形+接続助詞て」と理解すれば、「て」に包含される。これは、「て」を省略した「に止め」の句があることで確認できる。
   第三 歯朶の葉を初狩人の矢に負て  野水 冬の日、「て止め第三」は七部集に27句。
   第三 引捨し車は琵琶のかたぎにて  野水 曠野、「にて止め第三」は、同1句。
   第三 新畳敷ならしたる月かげに   野水 猿蓑、「に止め第三」は、同1句。

・ 「らん」は、しばしば用いられる。
   第三 夕霞染物とりてかへるらん   冬文 曠野、「らん止め第三」は、同5句。
・ 「なれや」が七部集に1句ある。「断定の助動詞なり已然形+間投助詞や」で、詠嘆の意。
   第三 雲雀なく小田に土持比なれや  洒堂 猿蓑
・ 動詞連用終止が七部集に2例ある。いずれも、「て」を省略している。
   第三 花棘馬骨の霜に咲かへり    杜国 冬の日
   第三 樫檜山家の体を木の葉降り   重五 冬の日

・ 体言止めが七部集に1例ある。「にて」を省略している。
   第三 觜ぶとのわやくに鳴し春の  洒堂 ひさご

 ▼ 第三は「て・にて」で止める。
 △ 第三は、「て」止め(ての省略を含む。「にて」は、体言などに続く形)。「らん・もなし・なれや」などもよい。


❷ 夏・冬は、三句まで続いてよい。
   発句 炭売のをのがつまこそ黒からめ 重五 三冬 冬の日
   脇   ひとの粧ひを鏡磨寒     荷兮 三冬
   第三 花棘馬骨の霜に咲かへり    杜国 三冬

・ 季移りもある。第三は、無季に限らない。
   発句 はつ雪のことしも袴きてかへる 野水 仲冬 冬の日
   脇   霜にまだ見る蕣の食     杜国 三冬
   第三 野菊までたづぬる蝶の羽おれて 芭蕉 仲秋

 ▼ 発句が夏・冬なら、第三は無季にする。
 △ 発句が夏・冬のとき、第三まで季を延ばすことがある。


❸ 季吟の「埋木」に「哉と止めたる発句は、~、その第三に『にて』とは止め侍らずとかや」と不確かな伝聞として出る。
 土芳の「三冊子」には、「哉留りの発句の第三、にて止めせずとむかしより言へり。~先師のいはく、にてになるに止めくるしからず。にて留は嫌ふべしとなり」とある。
 にもかかわらず、元禄3年の歌仙「木の本に」は次の通り。
   発句 木の本に汁も膾もさくらかな   芭蕉 蓑虫庵小集
   脇   明日来る人はくやしがる春   風麦
   第三 蝶蜂を愛するほどの情にて    良品
   4   水のにほひをわづらひにける  土芳

 芭蕉・土芳が一座する巻で、発句が「かな止め」、第三は「にて止め」である。これで、芭蕉・土芳共に拘泥しなかったことが分かる。

 また元禄4年成立の「雑談集」に、「辛崎の松句」に関する其角の言葉として、「哉どまりの発句に、にて止まりの第三を嫌へるによりて、しらるべきか。『おぼろ哉』と申句なるべきを、句に句なしとて、かくは云下し申されたる成べし」とある。
 このことを其角が伝えると、芭蕉は「一句の問答に於ては然るべし。但し予が方寸の上に分別なし」と答えている。

 許六の「秘書要決(訣)」に、「治定の哉なれば、第三にて悪し。また、発句の柄によりて、たぐひ哉などといふ。また、みたて発句などただ、うたがふこころの哉多し。その時は、発句を聞き分て、第三にて止まりてよろし」とある。
 「詠嘆のかな」でなければ、にて止めでよいということである。
 しかしながら、「元禄式」に「㉓哉留の発句に、第三にて留。いにしへは嫌ひ侍れど、今は嫌はず」とある。許六が伝授された「俳諧新々式」は、「元禄式」とほぼ同じ内容と言う。どうしたことか。

 治定の「かな」は感動・詠嘆を表す[終助詞 「係助詞か+終助詞な」]である。うたがう「かな」は、近世の用法で、[連語 「終助詞か+終助詞な」] で、文末にあって、「念押・疑問。自身の意志を確認。願望の意」などを表す。

 しかし、元禄3年の歌仙「木の本に」の発句は、治定の「かな」であった。
 治定の「かな」でも第三の「にて」止めは問題ないことになる。詳細は、「海印録、哉留発句の第三にて留」の通り。

 ▼ 発句「かな」止めのとき 、第三「にて」は観音開きと見なして避ける。

 △ 発句「かな」止めのとき、第三「にて」止めを嫌わない。


❹ 直旨伝に「疑ひの発句の時は第三、撥ね字に留めず。疑ひの句は二句去ゆへなり」、「三冊子」にも「疑ひの切字の発句の時は、第三撥ね字にとめずと古来云へり。疑ひの句、二句去故也。『らん』は疑ひの撥ね字なり」とある。

・ 「や」には、「疑問」「詠嘆・感動」「願望・意志」を表す。この内「疑問のや」だけが問題である。「らん」には、「疑問」「見ぬ事象の推量・原因理由の推量」「伝聞」を表す。この内「疑問のらん」だけが問題である。従って、次の「や」の打越及び第三「らん止め」に問題はない。
   発句 風流の初おくの田植歌      芭蕉 詠嘆
   第三 水せきて昼寝の石なほすらん   曽良 疑問

 ▼ 発句に「や」があるとき、「らん」止めは避ける。
 △ 疑問の意の打越を避ける。


・ 芭蕉七部集の歌仙38巻に、「らん」止めの第三は、5句ある。内二つは、発句に疑いの切字がある。
   発句 雁がねもしづかに聞ばからびずや  越人 反語 (曠野)
   第三 藤ばかま誰窮屈にめでつらん    芭蕉 疑問

   発句 一里の炭売はいつ冬篭り      一井 疑問 (曠野)
   第三 さきくさや正木を引に誘ふらん   胡及 推量

・ 五分の二は高い頻度と言える。
・ なお、「三冊子」は次の文が続く。「句中に押へ字あり。や・か・いつ・何などの類也。又、句によりて押字なくてはねるあり。一字はね也。をらん・ちらんの類也」、これを略しては浮説となる。
 土芳が言うべきなのは、「発句に疑いの意味があるときは、第三に『や・か・いつ・何』などの詞を用いて疑いの句にしてはいけない」ということである。これは、説とするまでもない、当たり前のことである。
 「らん」は推量の助動詞であり、「など」「いかに」という疑問語を伴いつつ原因・理由が示されない場合、疑いの意になる。これは、限定的用法であり、推量の意で用いられる「らん」は何ら問題がない。
・ 半歌仙以上の芭蕉一座の俳諧は、170巻ある。その内、疑いの発句はわずか4句である。
   あら何共なやきのふは過て河豚汁 / ほととぎす爰を西へかひがしへか /
   涼しさの凝くだくるか水車    / 雁がねも静にきけばからびずや

 この内、「雁がねも」は既に引いたが、「あら何共なや」の第三も「らん」止めである。
  ┌ 発句  あら何共なきのふは過て河豚汁 桃青
  │ 脇    寒さしさつて足の先迄     信章
  └ 第三  居あいぬき霰の玉みだすらん  京信徳

 疑いの発句の四分の二が「らん」止めであった。「らん」止めに問題は全くない。


❺ 芭蕉俳諧の「折合てには」は、第三と4句目、5句目と6句目だけで、付けの問題である。
 次に問題はない。
  ┌ 発句  つゝみかね月とり落す霽かな  杜国 (冬の日)
  └ 第三  歯朶の葉を初狩人の矢に負   野水
  ┌ 発句  道くだり拾ひあつめ案山子かな 桃隣 (炭俵)
  └ 第三  入月に夜はほんのりと打明   利牛

・ また、平句で、て止めの打越は、ままある。
  ┌ 初ウ1 燭台の小き家にかがやき    芭蕉
  │ 初ウ2  名ぬしと地下と立分る判    猿雖
  └ 初ウ3 焼めしをわりても中のつめたく 望翠

 ▼ 発句の上五末・中七末に「て」があるとき、第三は、て止めを避ける。
   発句 ・・・・て ・・・・・・て ・・・・・
   
   第三 ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・て×

 △ 折合てには。第三の止め字を、初オ4の上七末に用いない。初オ5、初オ6も同様。
   第三  初オ5 ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・●
   ↓   ↓
   初オ4 初オ6  ・・・・・・●× ・・・・・・・


・ 「折合てには」と「上七末てには」打越を許した「類柑子」の例。
  ┌ 第三  お腹あんまとる尼に砧をとめられ  其角  類柑子
  │ 初オ4  正宗ぢやとなめて納る      嵐雪
  │ 初オ5 シパシパと便をかしき中益田     百里
  └ 初オ6  足半あしはんはね袖はらふ雪   其角

第三作法総論

<蕉風の第三>

 ・ 時節は当季が春秋か夏冬かで、適宜判断する。
 ・ 句柄を丈高くする。
 ・ 発句脇の世界から転じ、次の句を及ぼす心で詠む。て止めに限らない。


△ 第三は、「て」止め(ての省略を含む。にては、体言などに続く形)。「らん・もなし・なれや」などもよい。
△ 発句が夏・冬のとき、第三まで季を延ばすことがある。
△ 発句「かな」止めのとき、第三「にて」止めを嫌わない。
△ 疑問の意の打越を避ける。
△ 折合てには。第三の止め字を、初オ4の上七末に用いない。初オ5、初オ6も同様。
   第三  初オ5 ・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・●
   ↓   ↓
   初オ4 初オ6  ・・・・・・●× ・・・・・・・

第三の在り方(芭蕉の伝)
山中問答

第三
 第三は、或は半節・半曲なり。
 次の句へ及すこゝろ、第三の姿情なり。
 て留は何の為ぞと工夫すべし。て留をはぶきぬれば、何留にてもよきぞとなり。
季吟の伝
俳諧埋木

第三

 <紹巴法眼が>また言ふ。第三は、脇の句によくつき候ふよりも、たけ高きを本とせり。句がらいやしきは、第三の本意たるべからず。
 また言ふ。第三は相伴の人のごとし。
 たけたかく優なるを希ふことにて候ふ。
 左様の義は、初心の人は学びがたし。風体をかざり、第三めきたる句作り、然るべく候ふ。

俳諧小式

第三の句の事

 まづ第三は、「て」止め、「らん」止め、などとの事なり。その様子によりて、「に」とも、「もなし」とも止むるなり。
 貞徳の第三に、
  春の末天下に名ある時鳥  ※紅梅千句
 と、止められたることあり。かやうの止めやう、百韻俳諧にはなき事なり。「に」と止め、「もなし」と止むること、勿論習ひあることなれば、師伝なき人はえせぬこと云ながら、又、その習ひを得れば、別の事もなきことなり。かやうの曲は常にせぬことなり。
 ただ、「て」止め、「らん」止めの第三に、たけ高く、景気うつり、思ひ入れふかく、第三めきて聞ゆるに浅からぬ口伝も工夫もあることなり。総じて、物の上手はさしたることもなきことをつゐで、おもしろくし出し侍るなり。
 このこと諸芸の上に渡り侍るべし。不審に思し召す人々は、何にても一かたの名人に御尋ねあるべし。
  梅の花見にこそ来つれ雪をはきて   可全
  御所車花にくるくるみす巻きて    梅信
  にくや風花と知りてぞ吹ぬらん    昌珍
  後々も見よとや古歌を集むらん    正慶

 大方かやうの風情なるべし。前句を聞ざれ共、おもしろし。第三のみにかぎらず、前句なしに面白き上品じょうぼんの句也。中品の句までは、前句の光りにてよく聞えて、前句なしにはさもなきなり。それさへあるを、前句をかり前句にもたれんは、作者の無念迄。され共、前句にもたるゝ句を聞知る人も稀なり。前句にもたれぬやうにと、年ごろ心かくれ共、甚だ成りがたし。

芭蕉の伝 第三作法
直旨伝

第三の句法
 翁曰、第三は大付にても、転じて長高くすべし。古法には留りの沙汰なかりしを、宗祇・心敬の比より今の格式は立り。
 疑の発句の時は第三はね字に留めず。うたがひの句は二句去ゆへなり。
 又曰、古書にいはく、脇句てにはなれば、第三文字留といふも、懐紙に仮名の並ばざるやうの書法より定りたり。是如くの事は功者達人の業なり。初心は常の留りをよしとす。
 第三は、二句の間より出るやうの心にて脇を付るにあらず寄る也、移をとるなり。
 但、哉留の発句、にて留の第三、いにしへは嫌ひ侍れども今は嫌はず。
 初春の発句に初春の第三はあるべからず。他倣ふなり。
二十五箇条

第三に手尓葉之事
① 第三の止まりに文字の定りたる事は、一句の様、発句のやうなれ共、下のとまらぬ所にて、次の句へ及すべき為なり。此理をしる時は、にの字ての字にもかぎらずとしるべし。され共、此句は第三の様成と、百句の中にても撰び出すほどに第三の様をしらざれば、やはり定りたる止まりしかるべし。
② 世に韻字止めに伝受ありとて、あるひははつ桜、あるひは郭公など、押字・かゝへ字の沙汰あるは、しらぬ人の推量なり。
③  かうろぎもまだ定らぬ鳴所 ※こほろぎ
 いづれの時か、我も此第三ありしが、一坐をいましめて他聞を免さず。発句と平句などのさかひ、此第三の韻字にてもしるべし。されど、尋常の止まりにて事欠くまじき事也。
引続錦紙

第三手尓葉
○第三手尓葉有事(二十五箇条)
此段に云、「是をしる時は、第三留りへ『にの字』『ての字』にも限るべからずと知るべし」と有は、第三のさまをしる時は、「て留」「に留」及ぶまじといふ義なり
其伝受、しらぬ人は、定りたるてにの留、然るべしといふ事也。
則、第三の格といふ事有。甚秘也。
百句の中に置ても、第三の句は撰出す程の習ひ有ゆへ也。是をさして翁、此所曰、「第三のさまを知る時はて留に留るも及まじと記されたり。
歌道にも、第一重き習ひにして、大極秘なり。
 蜩もまだ定らぬ鳴所  芭蕉
是、韻字留の第三なり。
すべて、第三は天地響く様にする事なり。此道理をしる時は、朧月・暮の雪・山さくら・杜宇・横霞等の季ある物に限らず、何にても韻字留る也
異体の第三も同じ事也。

又、中七文字に習ひ有。中七文字に手尓葉の文字入ずして、手尓葉のあるやうに、響く字を以て仕立る定法也。
上五文字は手尓葉有、苦しからず。勿論、季有物に限らず、何にても留るといふ事也。
他流は曽て不知。
翁は凡人にあらず。化現なる故、此妙を感得して、蕉門正系の人の宝と伝え置れたり。能々、深厚の第三ならでは、必、此大事を伝ふべからず。
只、「第三は長高く発句のやうにせよ」と教置べし。
大極秘なるゆへをしむ事なり。
口伝も多し。天地人の有。

尚、口伝、三都の宗匠も、今、此大事を知たる人稀々成べし。
よくよく身命に替る程の弟子ならば伝べし。さなき門人には、無用とこそ。
  第三 春も未天下に名ある杜宇    貞徳
  発句 疱瘡の跡は遙にのぼりかな   其角
  脇  家老の髭の匂ふ橘       祇空
  第三 鴬の家の住居はかはれども   巴人
  第三 請て行味噌酒醤油数十程    園女
  第三 旅鮎の折々はねる水車     風光
   ○留の第三、覧の第三 口受有
  第三 大根のそだたぬ土にふしくれて 芭蕉
   同 蛸壺に誰はじかみを植えつらん 其角
   同 二番草取も果さず穂に出て   去来
   同 新疊敷ならしたる月影に    野水
   同 春日丸さすが湊の太郎にも   風光
   同 揃ふらん素あたま素足揃ふらん 老鼠

此第三は、岩城の露沾公にて、沾耳御舎に有し時の三也。木者庵、湖十の事なり。
  第三 第三は十七文字に極りて    風光
  第三 下肴を一舟浜に打明て     芭蕉

如此、第三のさまとは格式の事なり
よくよく師伝を聞べし。大切の習ひ也。
又、異体の第三と云有、狂第三ともいふ。
貞享式海印録

第三の事

[二十五箇条①]
 こは「にの字」「ての字」に限らぬ理を知りて、自在を得よとの教へ也。我は第三の作り様を知らざれば、定めたる留にて済ますと、な思ひそ。仮令、て留にても、第三体ならぬ句は、必ず付くまじき事也。
 偖、近世かく作らでは、第三留まらずと、句を難ずる人あり。大いなるひが言也。留字と云ふは、句の終りにおく字と云ふ事ぞ。作意は、必らず留まらぬ様に、かまへて作る事ぞかし。


[二十五箇条②]
 こは古式の評也。体言にて留むるを、其の頃韻字留と、言ひ習はせたり。古説に句・脇、仮名留(てにはの事)の時は、第三韻字留にすと云ふ事あるを、そは古式もよくしらぬ人の推量也と、評せられし事にて、其の故は、
    連歌兼載独吟
     │月ならじ霞の匂ふよはの空
     │ 雲路に更くる春の雁が音
     │長閑なる波を枕の泊り舟
    俳諧紅梅千句
     │さほ姫のそだつや花の窓の内
     │ 雛を愛する軒の鴬
     │春の末天下に名ある時鳥

 昔の連誹だにかゝれば、まして我家の俳諧には、辞留、体言留、何句続いても、其の戒めはなく、只其の座の趣きに任せて、何留もせよとの事也。
 さるに、近頃其の昔の浮説を引き出で、句・脇、辞留の時は、第三必らず体字留と定め、又其の字留せむには、上五字の終りに「ての字」・「にの字」を入れ、転倒して、て留・に留となる心にせよと云へり。片腹いたし。終りを体言にて結びたる句の、転倒する謂はれはあるまじ。


[二十五箇条③]
 第三に限らず。て留・に留の句は、前後へ詞係りて、付よき物也。されば尋常の留と心得、異なる留は、其の座の趣きによりて用ふべき事にこそ。

 
蕉門の伝 第三について
師説録

第三の事
 第三に変化といはず、一転といふべし。変化と心得て、強て自然を失ふべからず。当流の集々を見て味しるべし。
 古法に杉形、大山の法あり。当流には是を用ひず
 「すみのてには」をぬくといふ事あり。むかしより大切の事とせしが、今は大方の人知れるやうになりたり。このてにはをぬく時は、先、第三の位をうるものなり。初心の階梯なり。
 すみのてにはといふは、上、五・七の間、下、七・五の間のてにはなり。すみのてにはとは、「やすみ」の上略、「五七五の間の休み字」といふ事なり。留はいつとても、「て留」にすべし。若し、さし合時は、「もなし・なれや・らん・に」などにて、留べし。
 又曰、「第三は前二句とは違へり。二句の間より一物なり出ると知るべし。付かぬやうにと云説、覚悟なり。移・匂ひ・寄・位等、尤、微意なり」。
 但、第三に限り、「付る」といはぬものなり。「第三を致す」といふなり。脇に付るにあらざればなり。
 又曰、「発句、人倫・人事ならば、脇も然り。其時、第三は、気色景曲なり」。発句・脇、景曲ならば、第三、人情にて作るべし。発句・脇、大ならば、第三、中より小、余は是に效へ傚、ならえ。都て、三句均しからざる始なり
 発句・脇、人倫なるとき、第三極て景色を付るといふこと格式のやうには心得べからず。人のうへ及び景曲にて続くとも、一転きらびやかなるときは害なし。ただ、転を専にするを旨とする為にかく大旨を述たるなり。…景色斗も人情斗もつづきたる例多し。とかく其場のもやうによるべきなり。
 春の巻頭に、第三までに花出ても、出ずとても苦しからず。素春にも植物は出すかたよしといふ説有ども、なくても、亦苦しからず。其場のよろしきにしたがふべし。
 秋は、第三までに、月を出すなり。
 星月夜は、月にならぬなり。其時は句のあつかひ、大切の心得あり。
 三月尽は、いかやうにもすべし。九月尽は、脇にも月をする事なし。第三に月を出せば、季戻して宜からず。習ひなきうちは、「九月尽の発句」立ぬがよきなり。
 第三物、「平句物とて、其取物に物好ある事なり」と、翁は申されしなり。其位に至らざれば、其者ずきも宜しからず。
去来抄

故実
 卯七曰、「蕉門に手に葉留の脇・字留の第三、用る事はいかに。
 去来曰、「発句の脇は歌の上ミ下モ也。是をつらぬるを連歌といふと言ふ。一句一句に切るは長く連ねんが為なり。歌の下句に字留と云ふ事なし。
 文字留と定るは連歌の法なり。是等は連歌の法によらず。『歌の下の句の心』も、昔の俳諧の格なるべし。
 昔の句に、
   守山のいちごさかしく成にけり
    うばらもさぞな嬉しかるらん
   まりこ川蹴ればぞ浪は上りける
    かゝりあしくや人の見るらん

 是等、手に葉の脇の証句也。第三も同じ
秘蘊集

第三とまりの事
 第三、て留、然るべし。諸集に出づる所、同前。幾度もてどめ宜し。それ故、脇の腰にて文字させぬ法なり。但し、貴人などの句、たまたま有るとき、に留に留るべし。字留のこと、習ひなり。知りたりとも、常のはいかいに、無用たるべし。
 歳旦三物ならば、て留めばかりもならず。らん留もなし、捨やなどの内、字留あるべし。
 第三ぶりと云こと、大事なり。此曲を知らぬ人、みだりに、て留めの外、なるまじ。
 初心の人に教へて、曲のつく留りを撰みて、て留、らん留め、に留などにすれば、第三曲、自然と備る故に、定めたるものなり。其曲といふもの、巧者ならでは、慥かに知がたし。有増は、下の五文字にて、発し立たるものなり。
 「韻字留」と云ことは、脇のことなるなり。第三は、「字留」と云こと勿論なり。

第三の止め字

止め字の解

にて止め

・ 芭蕉の発句に「にて」止めが一つある。
   発句 辛崎の松は花より朧にて
  「二十五箇条」は、第三との違いを説く。
   第三 辛崎の松は春の夜朧にて
 曲節の観点で区別し、「是は第三の様なり。此句、平句よりは重き所、松の朧といふ節なり」と言う。ちなみに、平句は、
   平句 辛崎のまつを春の夜見渡して
 「海印録」に言う「て留にても、第三体ならぬ句」の例となろう。
・ 発句と第三の違いは、「五七五の十七音で切る」ところにもある。この発句は、「明確な切字のない心切」で、十七音で切れる。「有也無也之関」は、「大回し切」とする。第三のほうは、句末で切れず、続く言葉を求めている。

に止め

 「三冊子」に、「先師のいはく、にてになるに止めくるしからず」とある。
・ 芭蕉一座の俳諧を見ると、「かな」止め発句の第三に、「にてになるに止め」は2例。
   発句 鴬の笠落したる椿かな       桃青 元禄3 何袋
   脇    古井の蛙草に入る聲      乍木
   第三 陽炎の消ざま見たる夕影に     百歳

   発句 新麦はわざとすゝめぬ首途かな   山店 元禄7 芭蕉庵小文庫
   脇   まだ相蚊屋の空はるか也     芭蕉
   第三 馬時の過て淋しき牧の野に     芭蕉

 「にて」の「て」を省略した形である。
・ 「て」を省略した発句に、「に」止めの第三も、観音開きとしない。
   発句 松茸やしらぬ木の葉のへばりつき(て)芭蕉 元禄7 芭蕉翁俳諧集
   脇   秋の日和は霜でかたまる     文代
   第三 宵の月河原の道を中程に(て)    支考

 「て」は、連用形に付く。

連用終止

・ 連用終止の第三は、芭蕉七部集に一つある。
   発句 霜月や鸛の彳々ならびゐて     荷兮 冬の日
   脇   冬の朝日のあはれなりけり    芭蕉
   第三 樫檜山家の体を木の葉降り(て)   重五

 しかも発句は「て」止めである。発句が「て」止めなので、第三は「て」を回避するため省略したわけである。

体言止め

・ 体言止めの第三は、芭蕉七部集に一つある。
   発句 畦道や苗代時の角大師       正秀
   脇   明れば霞む野鼠の顔       洒堂
   第三 觜ぶとのわやくに鳴し春の空(にて) 洒堂

 しかも発句・脇も体言止めである。体言止めの連続は問題としない。第三は、「にて」を省略した形と見ることができる。

発句かな止・第三にて止
元禄式
初表のこと
 哉留の発句に、第三にて留。いにしへは嫌ひ侍れど、今は嫌はず。
直旨伝
第三の句法
 但、哉留の発句、にて留の第三、いにしへは嫌ひ侍れども今は嫌はず。
師説録
第三の事
 但、哉留の発句、にて留の第三すべからず。「にて」は「哉」に通ふ故なり。気韻といふ事、失ふべからず。肝要なり。
宇陀法師

巻頭
 哉留りの発句、第三に「にて」留めせぬ事、人々知侍れど、折ふしは見えたり。「流れ哉」「野沢哉」、是治定の哉なり。「にて」にかよふ故にあしく、「たぐゐ哉」などと云。見立発句に「疑ふ心の哉」多し。聞わけて「にて留」あるべし

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