俳諧ガイド 目録

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歌仙系百韻系発句作法脇作法
第三作法初表作法平句作法名残裏・挙句作法


脇の作法

脇の作法 索引

脇について蕉風以外の説確認したこと
脇作法脇作法総論
脇の在り方脇、てには止め脇、韻字止め
脇の作法資料 索引
脇句作法の実際俳諧小式 第十三脇句之事(元隣編)俳諧寂栞 巻之中(白雄坊撰著・拙堂増補)

 


 


脇について
① 俳諧の第2句。最初の短句(七・七)。
② 発句の季に従う。当季の語、季の詞・季語を一つは入れる。(発句が雑ならば、入れない)
③ 「表六句の制約」は、発句に随う。
④ 発句を見定め、韻字で止める。
⑤ 句末は、名詞・動詞・助詞・助動詞など自由。但し、儀式・行事の俳諧、貴人などの発句に、「てには止め」はしない。
⑥ 「客発句、亭主脇」は、句の位であり、詠み手のことではない。
蕉風以外の説
❶ 脇は体言、漢字で止める。
❷ 脇は、その座の亭主役が詠み、客を迎えた亭主の心で発句に応える。
芭蕉の俳諧で確認したこと

❶ 体言でなく「韻字」である。「韻字」とは、「一般的には、脇の止め字を言う。芭蕉は、この呼び名を仮に用い、発句の魂を言い表す「眼字、釘語」の名とした。韻字は「意の対する字」を言う。また、「止める」とは、句末に置くことではない。発句の釘字を韻字で「留める」ことである。
 ・ 「芭蕉七部集」、句末体言止め以外の「韻字」(太字)。
  ① 脇 ひとの粧ひを鏡磨寒    荷兮  ※ 発句、妻。形容詞語幹止。冬の日
  ② 脇 冬の朝日のあはれなりけり 芭蕉  ※ 発句、鶴。助動詞止。冬の日
  ③ 脇 櫻ちる中ながく連    重五  ※ 発句、伊勢参り。動詞連用中止。春の日
  ④ 脇 額にあたるはる雨のもり  且藁  ※ 発句、寝覚め。動詞連用止。春の日
  ⑤ 脇 三夜さの月見雲なかりけり 越人  ※ 発句、雁。助動詞止。曠野
  ⑥ 脇 秋うそ寒しいつも湯嫌   越人  ※ 発句、醒め。形容詞連用止。曠野
  ⑦ 脇 日のみじかきと冬の朝起  落梧  ※ 発句、初雪。動詞連用中止。曠野
  ⑧ 脇 西日のどかによき天気なり 洒堂  ※ 発句、桜。助動詞止。ひさご
  ⑨ 脇 うたれての夢はさめぬる 芭蕉  ※ 発句、草。助動詞連体終止。ひさご
  ⑩ 脇 砂の小麥の痩てはらはら  里東  ※ 発句、卯月。副詞止。ひさご
  ⑪ 脇 一ふきの木の葉しづまる 芭蕉  ※ 発句、時雨。動詞連体終止。猿蓑
  ⑫ 脇 處々に雉子の啼たつ    野坡  ※ 発句、山路。動詞止。炭俵
  ⑬ 脇 あざみや苣に雀もる   利牛  ※ 発句、莚。動詞止。炭俵
  ⑭ 脇 のいばらの眞ツ白に咲  野坡  ※ 発句、舟。動詞止。炭俵
  ⑮ 脇 冬のまさきのながら飛  沾圃  ※ 発句、鷹。動詞止。続猿蓑

 ・ 但し、「神祗・追善・祝儀・本式俳諧・貴人及び目上の発句」に、句末の「てには止め」はしない。

  脇は体言、漢字で止める。
 △ 脇は、韻字で留める。


❷ 発句が「客の位」、脇が「亭主の位」で、詠み手のことではない。句の位についての喩えである。能に喩えれば、「発句が大夫(シテ)で、脇がワキ」となる。
 発句の詠み手が、賓客などの場合「一座へ挨拶する心」で詠むこともある。このとき、「亭主の心で答礼」してはならない。短句では無礼なので、挨拶のやりとりや贈答は、長句同士で行う。
・ 「亭主の心」で詠んだ脇が「卯辰集」にある。
  発句┌ もの書て扇子へぎ分る別哉   芭蕉
  脇 └  笑ふて霧にきほひ出ばや   北枝

 芭蕉の留別に対する脇。「出る」のが脇の詠み手となり、詠み手の思いと取れるものとなっている。後に、この脇は改案された。
  脇    笑ふて出づる秋霧の中    北枝
 これで、「出る」のが、発句で「もの書」いた人となる。

・ 「ひさご」の例
  発句┌ 色々の名も紛らはし春の草   珍碩
  脇 └  打たれて蝶の目を覚ましぬる 芭蕉
 この脇を、仮に、
  脇    打てば胡蝶の目を覚ましぬる

 とすると、芭蕉自身が打ったことになり、「春草の姿立たざれば、平句に墜ち入り、脇の所詮を失はむ」と、海印録に出る。

 ▼ 脇は、その座の亭主役が詠み、客を迎えた亭主の心で発句に応える。
 △ 脇は亭主の位と心得、客の位である発句をもてなす心で詠む。

脇作法総論

<蕉風の脇>
 ・ 時節は発句に添い、句柄を丈高くする。
 ・ 発句の余情・景色を言い表し、発句を立てる。発句の趣向をとらえ、一層の風情を加える。
 ・ いかなる場合も、脇の作者の思いを詠まない。
 ・ 「脇五体」は、単なる付け方の区分。脇で趣向を立てるのではない。
 <脇五体わきごてい・ごたい
 ・ 芭蕉俳諧では、体の区別として承知しておくだけで、これにあてはめて脇を詠むのではない。
 【相対付】 あいたい。同類語などを用いる。梅に対し松と付ける類。【対付】とも。
 【打添付】 うちそえ。添い従う。発句の風情に対し打ち添える。【拾い付】とも。
 【違付】  ちがい。発句の意をよく受けつつ、発句と反対のことを付ける。東に西など。【大小の脇】とも。
 【心付】  詞の縁にたよらず、発句の心を汲み取り心を通わせる。【拾い付】とも。
 【頃留】  ころどめ・ころどまり。発句の時節を見定め、その時候・その時刻などを付ける。
脇の在り方
山中問答

 脇の句は発句と一体の物なり、別に趣向・奇語をもとむべからず。
 唯発句の余情をいひあらはして発句の光をかゝぐる也。
 脇に五ツの付方あれども、これみな付やうの差別にして、外に趣向を求むるにあらず。
直旨伝

脇の句法
 脇体の事、五体三体など、姉小路殿伝、宗養・紹巴・昌琢・宗祇の発明の説あれども、俳諧は其発句に対して体を定めず。宜くすべし。定むれば古くなるなり。
 唯の発句に旅の脇はせぬものなり。第三苦しからず。 
師説録

 脇の事、連歌に五脇の法あれども、これを取らず
 先師曰、「脇に五脇といふは、宗祇の頃より定まる事なれども、当流は、発句のふりによりて、然るべくすべし。定る体あれば、古く成るなり」と、おしへられしなり。
 世間、此説をしるもの、わずかなるか、かならず五脇をもて教とす。
 初心の手がかり、しばらく階梯ともなるべけれども、手差兼、別の旨をしらば、ただ、先師の教にしたがふべし。然れども、かくいふのみにては、初心のてがかりなし。其句のほどによるものなれば、あらかじめ、言い難きものの、共に、おほかたのこころへ、左にしるす。
 発句出来たらば、体の句か用の句を、又、有心無心、句の大中小にこだわり、時節等まで、是をわきまへて、発句けしきならば、けしきの脇、人倫人事ならば、脇もまたこれに随う。或は、大に、或は中に小に、姿情・意味、其発句の機嫌にかなふをよしとす。(例句略)
 人倫・人情・人事、景曲にこだはり、大中小見同、脇のわかち、皆発句の機嫌に叶ふやうにする習なり。爰に其一、二を挙る。此心得をもて、重々、翁の作意を見るべし。(例句略)
 国名・名所名等の発句には、脇も然るべき名の所を対す法なり。
 ┌ しるべして見せばや美濃の田植唄     ※己百
 └  笠あらためん不破の五月雨       ※芭蕉
 古法かくのごとしといへども、対ならでもすべし。翁に、格別、あまたあり。
 「神納・法楽・祝言・餞別・追悼・追善・懐旧」等、都て名号の俳諧、其事によりて、発句に応じて、宜しくすべし。但、比喩もて句作るなり。
宇陀法師

 発句は、言外の意味をふくむをよしとす。
 脇は、発句に残したる言外の意味を請て、継ぐなり。物の名、又は、何にても、一字にて留る物なり。てにはどめ、習なり。
 脇に五つの仕やう有。其外、ひとからみ・対付・拾ひ付・大小の脇など云事有。当流、用捨多し
 発句の季、三月に渡る物ある時、脇の句にて其月を定る事、連歌の式なり。
俳諧埋木

1 半松斎(戦国時代の連歌師。谷宗養)言ふ、
脇は発句に従ひて、時節を抱へ※1、また客主のあしらひ※2侍るべし」。

2 紹巴法眼(戦国時代の連歌師、里村姓)の言ふ、
脇は発句にかい添ひて、句柄を丈高く、物の名か、何にても一字にて止め候なり。てにをはにて、言ひ流し、止めぬ物なり」。
 また言ふ、「本歌の発句の脇は、発句の言ひ残したる詞をもて、歌の末を続きたるやうになすべし。一節の手立てをなしたきよしを思ひてせんは、脇の句の本意には、違ひつるなり。脇におゐては、五つの様あり。
 一には相対付※3、 二には打添付、 三には違ひ付※3、 四には心付、 五には頃止りなり」。

3 長頭丸言ふ、「脇に対付、拾ひ付、大小の脇など、言ふことあり」。
 愚案ずるに、拾ひ付とは、発句の心を受けて、よく細やかに付おほせたるを言へり。彼の心付といへる、打添へ付など宣へるに等しかるべし。対付は相対付と等しく、大小の脇とは、違ひ付の事なるべきなり。

4  紹巴法眼、一絡み(ひとからみ)といふこと、脇の句にあり。例へば、「藤などの発句」に、松を根ざして這ひ掛かる物なれば、一句の中に松などに取合せ候ふは、たゞ花を賞翫にて候ふを、発句に無益の植物を取添へ候ふこと、さらにいらぬことなり。これも上手の行ひは、量りがたく候ふ。

※1「時節を抱へ」:詳細は、「資料、俳諧小式 第十三脇句之事 時節」・次項参照。
※2「客主の会釈」:季吟・芭蕉は、「人」でなく「句の客主」とする。
※3「相対付」・※3「違ひ付」:「客主」の取り違えから、「発句、客人の自」に「脇、主人の自」ととらえ、「相対付」又は「違ひ付」と誤解する例が見られる。
・ この2点「客主」「脇作者の自」及び「挨拶・贈答」についての誤解は、芭蕉没後90年の天明期に顕著になる。次項「海印録」の指摘と「資料、俳諧寂栞 巻の中 脇」を参照。
誹諧小式

脇之句
 まづ脇は発句に随ひて、時節たがひなきやうに打そひ、付たるよし。
 其上、「月・雪・宿」、或は「草木・鳥・獣の名」など、又「比」といふ字にて止むる、つねのことなり。「涼しさ・長閑さ」など止むることも自然にあり。
 世俗にもいへるやうに、「発句は客人、脇は亭主、第三は相伴人」なれば、まづ「亭主脇」は、「客人発句」の御意にそむかぬやうにと心得たる、よきなり。
 時節をたがえぬ、一つの法なり
 「時節をたがえぬ」とは、同じ春にても三ヶ月にわかち、一月のうちにても、上旬・中旬・下旬と、分ち侍る。
 同じ時節といひながら、霞などのやうに春三月にわたるものあり。されど、霞にも、薄き・濃きの時節の景気あり。
 忠峰の「いふばかりにやみよし野の山もかすみて」と詠まれしは、元日の霞なり。此「いふばかりに」といへるに、深き心ある事なり。
 元日の句、立秋の句など、一日にかぎる時節なり。同じ上旬のうちながら、元日の句に白馬の節会のうはさも、脇に時節ちがひなり。立秋の句に七夕の道具付たるも、その心なり。この心持、肝要なり。その故に取なし、かつてせぬことなり。
 詩の法に起承転合とて、一の句にて心を起こし、二の句にてその心を承け、三の句にて転じ、末の句にて惣の心を合することあり。発句・脇・第三も起承転の心に来る、能候ふ。
 第三はもとより相伴人にたとへ侍れば、かけはなれたる、よく侍る。その故に取なしも仕候ふ。
 紹巴法橋より玄仍へ遣されたる書に、脇に五つの法あり。
  一には 相対  二 打添  三 違付  四 心付  五 比留
 本歌・本語、或は世話などに本づき仕立たる句の脇は、大方その発句に云ひ残したる詞を取りて、仕るなり。
 猶、その発句によりて、その云残さぬ詞をとらぬことあり。いさゝか口伝。又、大小の脇などいへることあり。貞徳老よりの口伝なり。
貞享式海印録

脇の事

[東花集](引用)
 されば客と成りて、其の日の善悪を口にいはず。
 「けふの料理は何々ならむと、心によく通じて、温和にしらぬ顔なる」は、一句に心を余したる「起の字」の風情なり。
 亭主は、己が心ならずとも、客の心に思うて、口に言はざる所を推量りて、その好みに随はゞ、客のよしあしは亭主に定まりなむ。これ脇の心なり。(約文)


 本書に身柄と云ふは、「発句の一字一字に、姿は立てずして、脇者自己の情を作る」をいへり。
 贈答・祝・追善等の脇に、主客向ひ合ひ俗談するごとく、自他を分くるは身柄にて、脇体にあらず。贈答とは、「互ひに挨拶句する事」なれば、脇なくても贈答なり。
 一方の句に脇せしのみにては、贈答といはず。「答の字」を、「脇もて返答する心」と思ふは非なり。
 そもそも、脇とは、謡一つを「シテとワキと二人してする心」の名なれば、客に順ふ亭主、夫に任する妻のごとし。ひとへに発句の意を汲みて、景色・場所・人品・言語の姿を立て、句主の自句に作りて付け添ふる事にて、二句合する時は一体と成り、放す時は別々となる心なり。  此の故に、挨拶句に引受けならぬ他人の脇するも、作意かはる事なし。
 「挨拶の意は前書まで」にて、脇に至りては、只の発句と見るなり。
 例えば、包み物を祝儀・土産などゝいふごとく、前書は包み紙、口上にて、発句は中の品物なれば、脇者の手に渡る時は、一変して包紙、口上はなき故に、ただその品物を翫ぶごとし。
 又、生け花の正心(しょうしん、立花の役枝の一つ)に、添え枝するごとく、今一体かへて、短き発句する心なり。  この故に、「山川草木の風情を加へよ」と、云へり。
 こは、祖翁始めて立て給ふ法なれば、古風とは違へり。所謂貞門にて、「相対脇」と云ふは、ここに嫌へる身柄の事なり。さすがに古執の名残尽ざるか、翁の門に入りながらも、邂(たま)には身柄脇せし人のあるを、翁は例の強ひて咎めず、座俳諧には許されしもあれば、その宜べなるを撰みて証とせよ。

・ 「東花集」に言う「客・亭主」は、人のことである。この用い方が、「発句は客がするもの、脇は亭主がするもの」あるいは「発句・脇は、客主の贈答」という誤解を生む元になっている。「海印録」の「主客向ひ合ひ俗談するごとく」「客に順ふ亭主」は、比喩であるから問題はない。
・ 「客発句とて、昔は必ず客より挨拶第一に発句をなす」(三冊子)という部分を切り取って、よく引用される。次に、その前後を示す。
三冊子

しろさうし

① 師のいはく。たとへば歌仙は三十六歩也。一歩もあとに帰る心なし。行にしたがひ、心の改はたゞ先へ行心なれば也。
② 発句の事は一座、巻の頭なれば初心の遠慮すべし。八雲御抄にも其沙汰有。句姿も高く位よろしきをすべしと、むかしより云侍る。
③ 先師は懐紙の発句かろきを好れし也。時代にもよるべき事にや侍らん。
④ 又、古来より新宅の会に燃る・焼など火の噂、追悼にくらき道・迷ふ・罪・とが、船中に帰る・しづむ・浪風等の類いむべき心遣ひと也。五体不具の噂、一座に差合事、思ひめぐらすべし。発句のみに不限、其心得あるべし。
⑤ 脇は亭主のなす事むかしより云。しかれども首尾にもよるべし。
⑥ 客発句とて、むかしは必、客より挨拶第一に発句をなす。脇も答るごとくにうけて挨拶を付侍る也。
⑦ 師のいはく、「脇、亭主の句を云る所、則挨拶也。雪月花の事のみ云たる句にても、あいさつの心也」との教也。
⑧ 発句に三月に渡る景物出る時は、脇にて当季を定むべし。是は連歌の習也。俳にも其心遣ひ也。
⑨ 師の曰く、「発句に、神祇・尺教、其外一事ある時は、応じて脇すべし。たとへ詞に出さずとも心にはあるべし。但、水祝などの季一通りにして云句は、脇に恋なくてもあるべし。たゞ発句に依るべし。
⑩ 対付・違付・うち添、比留の類、むかしより云置所也」。
⑪ 師云、「第一発句をうけてつりあひ専に、うち添て付る」よし。句中に作を好む事あるべし。留りは文字すはり宜すべし。かな留め自然にある心得、口決あり。第一、応対・合体の心とおもふべし。
⑫ 作者心得べきは、先発句出ると、よく聞しめさせる事見へずとも、作者より句意をあらはすやうに挨拶して、よく聞ふせて脇すべし。心とゞかざれば、無礼にして無下成る事也。
⑬ たとへば、連歌の発句は聯句の唱句(第唱句)也。脇は対(対句、入韻句)也。此格を以て文字留也。詩聯句に習て韻といふ也。

・ ⑥のみの引用は、誤解の元である。⑦を切り離してはならない。
引続錦紙

能の事
 此段能の事有  伝
是、能にたとへて云。発句はシテの如く始終をとぐる物なり。ワキはなかばに仕舞て、シテを請るもの也。
仍る、いつまでも韻にて留べし。手尓葉ワキは極秘也。
 ワキ つらまひる蝶夢はさめぬる 捉まる
    夢はさめぬるつらまひる蝶
と上へ廻せば、韻字の留るなり。是、手尓葉ワキの習なり。
常にはせぬ事なり。
脇、てには止め
去来抄

故実
 卯七曰、「蕉門に手に葉留の脇・字留の第三、用る事はいかに。
 去来曰、「発句の脇は歌の上ミ下モ也。是をつらぬるを連歌といふと言ふ。一句一句に切るは長く連ねんが為なり。歌の下句に字留と云ふ事なし。
 文字留と定るは連歌の法なり。是等は連歌の法によらず。『歌の下の句の心』も、昔の俳諧の格なるべし。
 昔の句に、
   守山のいちごさかしく成にけり
    うばらもさぞな嬉しかるらん
   まりこ川蹴ればぞ浪は上りける
    かゝりあしくや人の見るらん

 是等、手に葉の脇の証句也。
元禄2or3年10月13日付
北枝宛芭蕉書簡
 松岡茶店にての句、「物書いて扇引きさく別れかな」と直し申し候ふ。脇、てには止めにて候ふ。てには止めは、脇にては草にて、神祗・追善・祝儀・本式俳諧・貴人の挨拶、すべて我より上たる人の発句には、せぬことに候ふ。我も唯今にては、そのもとの師に候ふ間、挨拶の脇にてには止めよろしからず候ふ。外より彼是申す者御座候ては、両人ともに不束に見え申し候ふ。
 松岡にて翁に別侍し時、あふぎに書て給る
  もの書て扇子へぎ分る別哉   翁
   笑ふて霧にきほひ出ばや   北枝  ※卯辰集より
      ↓
  物書いて扇引きさく別れかな  芭蕉
   笑ふて出づる秋霧の中    北枝
師説録

 ┌ 霜月や鸛のつくつく並び居て ※荷兮
 └  冬の朝日のあはれなりけり ※芭蕉

 発句てには留なれど、脇韻字留にせずといふ古法なり。大かた是の如くながら、其法をしりてこれにかかはるべからず。其句にもよるべき事なり。ただ、てには留とばかりいふ時は、「れ・けり・ん」など、常にあり。
 かやうの句にも、必、脇をてには留にするといふにあらず。元来、懐紙の書留の見ぐるしからぬためにする事なり。
 又曰、「脇のてには留は、全体、草体なり。挨拶などには、かならずせぬがよきなり。格別に、耳立てるてには留の発句、挨拶に出来たらば、脇に其格もてする事、非礼ならず」。
  右、てには留発句・脇の対する時は、第三、文字にて留るといふも、懐紙面の並ばぬやうのこころづかひなり。伝授とするのひとつなり。何れも翁のおしへなり。
有也無也之関

 脇句てには止めは、発句「なり・けり・哉」の留めにもあらず、文字にて留めたるときの「用」なり、「模様」なり。(略文)

【重ねてには】
   笠に受け袂に砕や桃の酒  ※ちるや
    柳も吹け風もなびけ

 これを誦納格と言ふ。タタム格とも言ふ。

【通し韻字】
   夜嵐も小春の空と船心   ※船心=船酔い
    帰り花咲場にあるらん

 これを返し音と言う。

【合転の脇】
   歯ぎしりを橋に聞夜や初時雨
    時雨も軽く柳一本    ※ひともと

 これを合転の格と言ふ。合転のこと、昔は重字・重語といへり。合転は、たとえば、発句の座の句の一字を、脇の冠に据うにて転ぜざるなり。これ、即ち合転なり。考うべし。


[畳字]
    篝は芝月はまうへ / 笹のそよぎ松のかがり
[裾重ねてには]
    初雁さつと霧
[返し音]
    帰り花咲場にあるらん
 「場にやあるらん帰り花咲」と返る句法なり。この留は、らんにかぎらず。
[古式の合転]
    わらの間垣にを詠めて    ※蒜の籬に鳶をながめて
   といふ古歌の心をよめりけり  ※鳶のゐる花の賎屋とよみにけり
[発句が季末の脇]

  発句三月の末の時は、脇は三月尽なり、第三よろしく、尤も合ふ初夏の季を結び、仕立つるなり。
     ともの浦に船還りして、三月尽の心を述ぶる。
   春ならば我はとま敷湊かな
    青葉に紛る花のした蔭

  右考ふべし。第三、初夏を付くること許す。

脇は韻字で留めること
直旨伝
脇の句法
 翁曰、脇の留を韻字といふは、真名文字にて留る故なり。聯句の脇句は対なり。此格に倣ふて、韻字留といふ。
二十五箇条

脇に韻字有事
 脇はしつかりと、韻字にて留といふは、まづは初心への教なり。定の字にかなへむがため也。
     │色々の名もむつかしや春の草
     └ うたれて蝶の夢はさめぬる

 この句は、初めて俳諧の意味をたづぬる人の、俳諧名目まぎらはしとて、まどひたるを、その所直に一棒をあたへて、蝶の夢をさましぬる所、一韻相対して脇の体ならば、韻字・てに葉の詮議なし
 とかくに脇は、発句の余情、気色の面白く成るやうにすべし。脇の身柄持たるは、脇の心にあらず。  口伝、能のことあり。
 発句は客の位にして、脇は亭主の位なれば、己が心を負ても、発句に云残したる草木・山川の一字二字の風情を加へて、客の余情を尽くすべきなり。この脇も蝶の一字にて、尋歩行(たずねあるく)さまを見るべし。
貞享式海印録

脇の事

[ひさご](引用)
     │色々の名もむつかしや春の草    珍碩
     └ 打たれて蝶の夢は覚めぬる    翁

 とあり。
 [三冊子]は、本書(二十五箇条、上段)の通りなるを考ふるに、[ひさご]の方、先案にて、こは再案なり。「むつかし」と云ふより、「紛らはし」と云ふ方、草の姿にてつし、「夢」よりも、「目を覚ます」と云ふ方、驚きたるけしきよし。
 伝に云ふ、「脇に韻字といふ事は、必ず七もじの終りをいふに限らず。意(こころ)の対する字をいふなり。脇は付句の始まる所なれば、ここを辞(てには)にて留むる時は、歌一首の様に成りて、二句と分からぬ故に、字にて留むるなり。此の脇も、草に蝶と対し、覚の字意対して、韻字たしかなる故に、辞留苦しからず」となり。


 韻字とは、古風に脇の留字をいふ俗習の名目なり。
 翁は、其の名を仮用ひて、発句の魂を言ひ顕はす○眼字、○釘語の名とせられたり。これを伝ふに「意の対する字をいふ」と云へり。
 蕉門には、古風に言ひ習はしたる詞を仮て、意の違ふ所に用ひたる事多ければ、文によりて、両義に聞き分くる事あり。
 さて辞留は、過去と●現在との辞(てには)は常体なれども、△未来と、▲言ひ余す辞にて留むるは、大方逆付に(前ヘ廻テツクヲ云)するなり。しかせざる時は、意(こころ)余りて、平句のごとくなる句もあり。証句の中の○●△▲印を分け置きたり。
 口伝、「能のこととは、太夫を本として、脇はやし狂言に至る迄まで、太夫を賞するごとく、発句を脇にて助くるをいへり。
 又世に、発句は客のする物、脇は亭主の付くる物と心得たれど然らず。発句は客位、脇は亭主位といふ句情の事なり。