貞享式海印録巻一、発句・脇

貞享式海印録 巻一①
発句発句に切れ字の道理あること発句像やうの事巻頭の事
脇の事謁師客挨拶主挨拶餞別・送別
留別首途待受雑部 薙髪(剃髪)
新宅賀・年賀文台賀初会納会余興
翁忌墨直し追悼・懐旧(哀傷)遺吟・立句追善
古人の句文通・留守の発句述懐名所
題発句四季脇の容易ならぬ事
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したもので、蕉風俳諧で学ぶ者にとって、一級の資料となり得る。

 芭蕉研究の上で、「二十五条」をはじめ、芭蕉の伝書は、ことごとく偽書、付会の書とされるが、その点は芭蕉の高弟のたちの責であるとともに、初心の者を惑わすとして、流布を許さなかった芭蕉の姿勢に従えば、それでよい。数多くの実例から帰納的に証された貞享式海印録の価値に、影響はない。

<曲斎略歴>

 曲斎(きょくさい・原田はらだ、名;重吉/通称金助、号;瓢子)1817ー74 周防徳山小間物書籍商、俳人、美濃派の巒化・右麦門、家業を弟吉兵衛(麦園瓢廬)に譲り俳諧研究と著述に専念、正風復古主唱;巒化に俳諧革新の書を送り美濃派を破門;著書発禁処分、平田派国学、 七草吟社創立、1857右麦追善「彼岸桜」編、「翁忌」編、1853「発願文註釈」55「蕉門通鑑」編、1859俳論「貞享式海印録」60「七部婆心録」、「言葉の袖鏡」、辞世[暁や水観ずれば蓮の音]<「日本古典作者事典」から引用>


貞享式海印録 巻一

発句

□ 発句に切れ字の道理あること       ↑ トップへ

[本書]

 発句の切字といふは差別の心なり。(中略)

 たとへ切字ある発句とても、心の切れぬ時は発句にあらず。
  「桐の木に鶉なくなる塀の内」
 此の句、上五文字にて心を隔てたるなり。

 伝に云ふ。
 「万物は一に始まりて、相対する時は二となる。その一は虚に起こり、その二は実と成りて姿を備ふるなり」

[古今抄]

 切字の用といふは、物に対して差別の義なり。
「それはこれぞ」と埒を明けて、物を二つにする故に、始めあり終りありて、二句一章の発句とはなれり。

▲ 切字とは古来俗習の名なり。

 蕉門に切字と云ふは、ものを裁ちきる事ならず。一句の中、詞滞ほりて種々の余情を含むところをいへり。

 この故に、強ひて定めたる文字なし。

 おほよそ俗言もていはゞ、三十字もあらむ事を、辞(てには)に持たせ、余情に包みて、十七言に約め(つづめ)たる物を発句といひ、ただ句面に顕はれたるのみにて、余情も曲節もなく、十七字に事尽きたるものを平句といへり。
 これを「たとへ切字ある発句とても、心の切れぬ時は発句にあらず」と云へり。

 さて、切字の事に就きて、直弟子の諸書多かれども、その頃は御国の学衰へし時なれば、紛らはしき事もあめるを、鈴屋翁(すずやのおじ、本居宣長)の打ち開かれてより、今は初の山踏(うひやまぶみ、国学入門書)のわらはべも、独り千代の古道に分入るべき時代と成りければ、その栞(しおり)を伝へかし。

 世には「俗談平話の俳諧に、和歌の辞(てには)、仮名遣ひは無用の物好」といふ人もあるよし。歎かはしき事なり。

 俳諧のをかしみ寂しみといふも、皆詞のあやのみなれば、須臾もはなるべき道ならず。そもそも神の御国に生れて、言霊の幸はふ理(ことわり)に暗きは、いと悔しき事と思ひ起して、せちに心がくべき事になむ。

△ 発句像やう(かたどりよう、像様)の事       ↑ トップへ

[本書]

 発句は屏風の画と思ふべし。己が句を作りて目を閉て画に準へて見る時は、死活自らあらはるるものなり。
 この故に俳諧は、姿を先にして、情を後にすといふなり。
 すべて、発句・付句ともに、目を閉て(心ヲシヅメ)、眼前に見るべし。
 心に量りてするは、見ぬ事の推量なり。

▲ 此の段は、「実景に叶ふか叶はざるか、分別せよ」との戒めなり。

[俳諧十論]
為弁抄九

 翁は、眼界に只今の姿を浮かべて、それをそのままに作れる故に、明暮の咄の古からぬごとく、その句はその日に新たなり。

 我が輩の目を塞ぐ時は、唐・高麗の書物に覚えたる、詩の体の歌の様のと、昔より言ひ伝へし上手の発句の邪魔に成りて、一字もただ今の姿は見えず。かくても人のせかむ時は、詞の切屑を取集めて、上手の細工は論に及ばざらむ。

▲ この戒め、老婆心切なり。

 さて、発句に種々の心得、篇突(へんつき)、旅寝論、去来抄、三冊子等に詳しければ、ここに略す。

△ 巻頭の事       ↑ トップへ

[宇陀の法師]
 

 百韻の巻頭ならば、たけ高き句第一なり。
 平句に延びたる句ある時は、発句見落さるゝなり。発句は、大将の位なくては、巻頭に立たず。平句は士卒の働きなくては、鈍にして其の用に立たず。
 師曰く、「総別発句は取合物としるべし。題の中より出づる句は、よき事は邂々(たまたま)にて、皆古し」と申されける。

[根本]百韻  涼しさの凝り砕くるか水車   清風
[鶴]     日の春をさすがに鶴の歩みかな 其角
[桜山]    山伏の山といつはや山ざくら  許六
[八夕]    夕ぐれを飾るやきりに村もみぢ 蓮二
[難]     雲に鳥弓手に瀧や桜がり    蘇守
[新百]    凩の一日吹いてをりにけり   固友
          ○
[桃]千句   先達や各笈に桃の花      木因 ※おのおの、きゅうに
[山琴]目千句 名月の雲にひらくや普門品   音吹 ※表八句×10
          ○
[東山万]   ばせをはも苔の下萠見る世哉  遊行
[三千]五十歌仙梅がゝに迷はぬ道の岐かな   丈草 ※こみち
[八鳥]百歌仙 鴬や古翁風雅の頭鳥      杉風

▲ 真に前説のごとく、百韻、千句、万句等、勢の多少によりて、大将の撰あるべし。若し百騎の主将に千騎を任せば、その軍進まず危ふからむ。


□ 脇の事       ↑ トップへ

[本書]

 「脇はしつかりと韻字にて留む」といふは、先づは初心への教へにて、定の字の心に叶へむ為めなり。
     │色々の名も紛らはし春の草
     └ 打たれて蝶の目を覚しぬる

 この句は、始めて俳諧の意味を尋ぬる人の、俳諧の名目紛らはしとて惑ひたるを、そこに一捧を与へられて、蝶の目を覚しぬる所、一句相対して、脇の体となれば、韻字、辞(てには)の詮義もなし。

 とかくに脇は発句の余情、景色の面白くなる様にすべし。
 脇の身柄持ちたるは脇の心にあらず。(口伝、能のこと)

 発句は客の位にして、脇は亭主の位なれば、己が心を曲げても、発句に言ひ残したる山川草木の一字二字の風情を加へて、客の余情を尽すべきなり。この脇も蝶の一字にて尋ね歩く様を見るべし。

▲ [ひさご]
     │色々の名もむつかしや春の草    珍碩
     └ 打たれて蝶の夢は覚めぬる    翁
 とあり。

 [三冊子]は、本書の通りなるを考ふるに、[ひさご]の方、先案にて、こは再案なり。「むつかし」と云ふより、「紛らはし」と云ふ方、草の姿にてつし、「夢」よりも、「目を覚ます」と云ふ方、驚きたるけしきよし。

 伝に云ふ、「脇に韻字といふ事は、必ず七もじの終りをいふに限らず。意(こころ)の対する字をいふなり。脇は付句の始まる所なれば、ここを辞(てには)にて留むる時は、歌一首の様に成りて、二句と分からぬ故に、字にて留むるなり。此の脇も、草に蝶と対し、覚の字意対して、韻字たしかなる故に、辞留苦しからず」となり。

▲ 韻字とは、古風に脇の留字をいふ俗習の名目なり。
 翁は、其の名を仮用ひて、発句の魂を言ひ顕はす○眼字、○釘語の名とせられたり。これを伝ふに「意の対する字をいふ」と云へり。

 蕉門には、古風に言ひ習はしたる詞を仮て、意の違ふ所に用ひたる事多ければ、文によりて、両義に聞き分くる事あり。

 さて辞留は、過去と●現在との辞(てには)は常体なれども、△未来と、▲言ひ余す辞にて留むるは、大方逆付に(前ヘ廻テツクヲ云)するなり。しかせざる時は、意(こころ)余りて、平句のごとくなる句もあり。証句の中の○●△▲印を分け置きたり。
 口伝、「能のこととは、太夫を本として、脇はやし狂言に至る迄まで、太夫を賞するごとく、発句を脇にて助くるをいへり。

 又世に、発句は客のする物、脇は亭主の付くる物と心得たれど然らず。発句は客位、脇は亭主位といふ句情の事なり。

[東花集]

 されば客と成りて、其の日の善悪を口にいはず。

 「けふの料理は何々ならむと、心によく通じて、温和にしらぬ顔なる」は、一句に心を余したる「起の字」の風情なり。

 亭主は、己が心ならずとも、客の心に思うて、口に言はざる所を推量りて、その好みに随はゞ、客のよしあしは亭主に定まりなむ。これ脇の心なり。(約文)

▲ 本書に身柄と云ふは、「発句の一字一字に、姿は立てずして、脇者自己の情を作る」をいへり。
 贈答・祝・追善等の脇に、主客向ひ合ひ俗談するごとく、自他を分くるは身柄にて、脇体にあらず。贈答とは、「互ひに挨拶句する事」なれば、脇なくても贈答なり。
 一方の句に脇せしのみにては、贈答といはず。「答の字」を、「脇もて返答する心」と思ふは非なり。
 そもそも、脇とは、謡一つを「シテとワキと二人してする心」の名なれば、客に順ふ亭主、夫に任する妻のごとし。ひとへに発句の意を汲みて、景色・場所・人品・言語の姿を立て、句主の自句に作りて付け添ふる事にて、二句合する時は一体と成り、放す時は別々となる心なり。
 此の故に、挨拶句に引受けならぬ他人の脇するも、作意かはる事なし。
 「挨拶の意は前書まで」にて、脇に至りては、只の発句と見るなり。
 例えば、包み物を祝儀・土産などゝいふごとく、前書は包み紙、口上にて、発句は中の品物なれば、脇者の手に渡る時は、一変して包紙、口上はなき故に、ただその品物を翫ぶごとし。
 又、生け花の正心(しょうしん、立花の役枝の一つ)に、添え枝するごとく、今一体かへて、短き発句する心なり。
 この故に、「山川草木の風情を加へよ」と、云へり。

 こは、祖翁始めて立て給ふ法なれば、古風とは違へり。所謂貞門にて、「相対脇」と云ふは、ここに嫌へる身柄の事なり。さすがに古執の名残尽ざるか、翁の門に入りながらも、邂(たま)には身柄脇せし人のあるを、翁は例の強ひて咎めず、座俳諧には許されしもあれば、その宜べなるを撰みて証とせよ。
 下に挙ぐる/   の句は、かくては脇体ならずと、仮に作り設けて、其の惑ひをとく、落草の脇なり。
 【  】の中に二三言を書きたるは、一体ある付方の印なり。さりながら、細かに体を分かたば、百千とも限りなからむ。そを隨類得解して、ただ一体に縮めて懐にせむ事、学者の宗とする所になむ。

[宇陀]

 発句、三月(みつき)に渡る季ならば、脇にて其の月を定むべし。

[去来抄]

 去来、歳旦の脇に、「梅に雀の枝の百生(ももなり)」としたるを、「この梅は、二月のけしきなり」と、評し給へり。(約文)

▲ 梅は、正・二月に渡れども、作によりて年始に取りあはず。季の用ひ方、これをもて自知し給へ。

[篇突]

 賀・挨拶・追善・懐旧・紀行・移徙・餞別・留別・神祇・釈教・恋・賛類・前書格・古実・古歌取格、
 右ヶ様の題、常式花・鳥・風・月の案じ所とは格別なり。

▲ この類、たまに情を許す事は、その姿の言ひたらぬ所を、その題・端書きの保ちて、助くる故なり。さるを、脇付くる時は、その言ひたらで、平句らしき所を、姿を添へて補ふ事、脇の所詮(しょせん、落ち着き所)なり。

 今ここにあぐる証例は、この題類を専らとす。おほよそこれ等の句は、脇もて、情発句を姿発句に仕立て直す心なり。又常の花・鳥・風・月の句は、自姿たしかに独立したれば、一景を添へて、発句の位をすり上ぐるを、脇の任とするなり。

△ 謁師(師にまみゆ)       ↑ トップへ

海印録
身柄の論

     │色々の名も紛らはし春の草     珍碩
     └ 打たれて蝶の目を覚ましぬる   翁

 発句は、「俳道の紛れ」を問ひけるを、脇者は「ただ草の句」と見立てて、「色々の草の紛れを尋ね迷ふは、何者か」と伺ふに、人にはあらず、若草の上をひらひら飛び廻る蝶なり。「その蝶いかに」と見るに、心当てに思ふは、「この草ならずや」と、止らむとするはずみに、強き葉に弾かれて、はつと立上がりたり。
 これ、その紛れを「自得の姿なり」と思ひ取りて、「打たれて蝶の」とは付けたり。
 今これを【合体】付と号くる(なづくる)は、発句は、「春の芽出しの紛れを思ひ煩ふ情」の句にて、いはゞ言ひたらぬ所ありて、平句に近きを、その思ひ煩ふものを、蝶と定め、草に打たれてと詞をからみ、脇を合せて一句の姿と成したる故なり。

 たとへば、
     ・てふてふも尋ね惑へり春の草
 と、姿情備へたる句に仕立直すがごとし。

 もし、この脇も、
     / うてばこてふの目を覚ましぬる  ※翁の身柄
 とする時は、うつ物は杖か扇となり、打つ人は、翁の身柄と成りて、春草の姿立たざれば、平句に墜ち入り、脇の所詮を失はむ。
 [本書]に、この一句を証に撰びたるは、強ひて体字留、辞留の論のみならず。かかる挨拶句は、情を許す物なる故に、得てはその情にかまれて身柄になりたがれば、その惑ひを解かむために、これを二三子に遺訓し給へり。
 当門に身柄を嫌へるは、身柄にては動きありて、いかなる句へも通ひ、定の字の心にならぬ故なり。

 さるに、今も古風とは知らず知らずまねて、かゝる句には、
     / ともに探らむ霞む野の奥     ※共に学ぶ
     / 朧はやがてあけぼのゝ空     ※自然任せ

 などゝ、自他謙退(けんたい=へりくだり)の詞をかまへ、道の深意(しんい)を問ひたる前書に当惑して、発句の姿は見立たず、その人をほむとか、自然任せとか、我れはしらずとか、偕に学ぶとかいふ心に作らでは、不辞儀と思ふ人もあり。発句の姿を受けざるこそ不礼なれ。脇の辞儀とは、句主に低頭する詞を作る事にあらず。

[笈]

     │奥底もなうて冬木の梢かな     露川
     └ 小はるに首のうごくみのむし   翁

※ 笈日記、異同あり
    おなじ冬(元禄3)の行脚なるべし、はじめて此叟に逢へるとて
     │奥庭もなくて冬木の梢かな     露川
     └ 小春に首の動くみのむし     翁

 初めて翁にまみえ、懇なる教へを喜びての挨拶なり。
 さるを「奥底なし」とは、ちり果てし裸木と見立て、その梢見え透く中に、目だつ物を見出でて、かく付けたり。

 今これを【見立】付と号くるは、句者の意に拘わらず、ただ景気(けしき)発句と見立てゝ、脇する故なり。常人ならば何一つなき梢なれば、降物か鳥などゝ寄すべきを、みのむし一つ残りたる姿を見出だし、小春に首を動かせたるは、枯木に魂を入れたる妙手段なり。
     / くるゝもしらず短き日かげ
 と、己が物語の心を述ぶるは身柄なり。

海印録
俗談

 さて、今世人を鳥獣にすといふ俗論あり。俳諧は、託物比興(ひきょう、面白くいうこと)なれば、彼をもて此をいふ迄なり。

 珍碩を蝶に比するにあらず。自らみのむしになるにあらず。ただ春草・冬木の姿を立つるのみぞ。たとへ鴬・烏といふとも、その場・その時の興なれば、何の尊卑かあらむ。

 さるを、[評註]「我身を謙退し、蓑虫の様なる此方も、君が憐れみの小春の温かさに、首を動かすといふ脇也あり」といふは、何の誑言ぞや。

 たとへ露川を高貴ともし、脇は謙辞を述ぶる物ともせよ、飢ゑ労れたる人の、一椀に助けたるごとく、君が憐れみなどゝ、かしこくも祖翁を言ひ汚したるは、爪弾きすべき事なり。近代の俳士頗る惑へり。

 ただ、これを見て涙を流す者は誰そや。

[歌]
 

     │近よれば山又高し里の月      風草
     └ 砧に冴ゆるしらかべはなし    蓮二

 「音に聞えしよりも名人也」と称したる句なるを、山里に近付きたる旅人の、「こは却つて辺地に入りけり」と、傍ら見廻す様と見立て、「宿求めむ」と、砧しるべにたどり来つるに、さるべき家も見えず。伏家まばらなる、「いづこに一夜を明さむ」と、月かげに眺めたる体を付たり。これも【見立】なり。
     / 世に捨てられし蔦の細窓

 とせむは、私なり。元より山高しといふは、山の事なるを、己が芸能と引き受けて、謙だるは、却つて無礼なる故に、当門には「相対付」を身柄と号けて、戒め給へり。

[花故]

 翁曰く。むかし貞徳老人、脇四道ありと立てられけれども、当時は古く成りて、景気を言ひ添へたるを宜しとす。

▲ 「古く成」と云ふは、従容の詞なり。裏の四道の中、殊に相対脇の戒めを含みたり。
 また「景気を言ひ添」とは、上にいふ【見立】の事なり。おおよそ、脇は、十に八九は見立にてつくべし。この巻中に何体何体と号けたるも、大方見立の中なる小割名なり。

[三冊子]
 

 昔は、必ず客より挨拶句をなす。脇も答へるごとく受けて、挨拶を付けり。

 師曰く。「脇、亭主の句をいふ所、良き挨拶なり。雪月花の事のみ云ひたる句にても挨拶の心なり。(約文)

▲ こは、翁へ挨拶の句に、ただ景気(けしき)言ひ添への脇あるを、古風の腹もて怪しみ見て、「雪月の事のみいふも挨拶の心か」と思ひたるを、師に託して書きたる物なり。

 この書には、翁の正説あり、聞き紛れあり、自己を託したるあり、宇陀法師の写しあり。また、後人のさかしらを加へたるあれば、明に察せよ。

△ 客挨拶       ↑ トップへ

[三歌仙]
 

     │樫の木の花にかまはぬ姿かな    翁
     └ 家する土を運ぶ双乙鳥      秋風 ※もろつば

 花の中なる樫の姿を見て、花の都に住みながら、世に交はらぬ隠逸を称したるを、ただ「樫の、花にかまはぬ一物の姿」を見出だし、それを土運びに閙がしき乙鳥として、樫の場を、軒近き植込みと定めたり。

 是を【換骨】付と号く。

 この例また多し。若し、己が境界を誉められし事と思ひて、謙だり、
     / 家する土に垢す双乙鳥
 と云はゞ、私也。

[鵆]

     │杜若我に発句の思ひあり      翁
     └ 麦穂浪よる潤ひの末       知足

 その場の一景を添へて、漣たつ池の見越しに、「緑穂の波なす体」を寄せ、「潤」の字に花の色を深めたり。「我に発句の思ひ」と、前より□□詞係りたる故に、ただその場を結びたり。この付け方、付合にいと多し。
 さて、客もてなしの心を述べて。
     / 矢立にくすむ夏の沢水
 と云はゞ、私也。

[鵆]
 

     │面白し雪にやならむ冬の雨     翁
     └ 氷をたゝく田井の大鷺      自笑

 「面白し」と打ち眺めたる向ふの一景を添へたり。「大」の字、見所なり。
     / 氷をたゝく庵のせんじ茶
 と云はゞ、私也。


 

     │山陰や身を養はむ瓜畑       翁
     └ 石井の水にそゝぐ帷子      落梧

 こは実景なり。稲葉山の城跡に古井あり。その辺り瓜畑にて、山の茂りいと涼しきに、「身を養はむ」と云ふは、涼を愛したる様と見立て、苔清水汲み上げて、そゝぎ捨つる潔きけしきを、瓜畑かけて見る樹下の体を付たり。
     / 杖止どめたる三伏の頃
 と、いはゞ、身柄持ちて動く故に、いかなる句にも付かむ。

花故
 

     │残暑しばし手毎に料理れ瓜茄    翁
     └ 短さまして秋の日のかげ     一泉

 手毎と云ふ閙しき(せわしき)様より、短日の体を見出でたり。
     / 挙り寄りたる縁の夕月

 と云はゞ、註也。

[花故]

     │羨しうき世の北の山桜       翁
     └ 雪消え残る細根大根       句空

 浮世の裡(うち)を羨むと云ふは、菜根を咬みて百事をなす隠者を羨む体と見て、大根とよせたり。雪は、北と桜の字眼(じがん、じげん。詩文の中心字)なり。
     / 都の春もしらぬ隠れ家

 と、己が住ひを羨まれし事と思ひて、謙だるは、なめしき(無礼な)上に、かくても付けなば、何へも間に合はむ。
 羨しといはゞ、羨むべき物を付け、美しといはゞ、美しき物を付くるこそ、脇体なれ。

[雪丸]

     │秣負ふ人を栞の夏野哉       翁
     └ 青きいちごをこぼす椎の葉    翠桃

 途中の吟の挨拶也。秣刈りの伴ひつゝ、道終(みちすがら)労を慰めむと、いちご折りくるゝを手に受けて、「笥にもる飯を椎の葉に」と云ふ古歌、誦したるに、未だ甘からぬ青いちごの、それだにこぼれける草深道の哀れを、見せたり。発句、途中のさまならば、内にて脇しても、途中の様を付くる事勿論なり。
     / 迎へて笈の汗さます縁
 と云はゞ、自己。

※ 家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る、有馬皇子。万葉集2-142

[奥の枝折]

     │薬欄に何れの花を草枕       翁
     └ 萩の簾を揚げかくる月      棟雪

 こは医師なる故にかく即興あり。「いづれの花」と云ふは、簾を上げつゝ望みたる姿と見て、かく付けたり。もし、
     / 簾を上げて見する夕月
 と云はゞ私也。

[笈]

     │月代や膝に手をおく宵の宿     翁  ※つきしろ
     └ 萩白けたる聖行灯        正秀

 草庵に月を待つ庭前の景を寄せたり。「白」くとは、「月代」のうつろひにて、聖行灯に風流を尽くせり。
     / 風さへくゞる縁の下冷

 と云はゞ、自己なり。


[笈]

     神な月初め明照寺にたびの心を澄ます。
     │尊がる涙や染めてちるもみぢ    翁
     └ 一夜しづまる張笠の霜      李由

 日夜止まらぬ抖藪(とそう。欲望をはらい身心を清浄にすること)の笠も、今宵はここに座を鎮めて、樹下石上の観に明す様にて、「張笠」は「ちるもみぢ」の受けなり。
     / 荒れたきまゝの霜枯の庵

  と、我が詞(ことば)を作らば、発句の殊勝を失はむ。

[鳥ノ道]

     │秋近き心のよるや四畳半      翁
     └ しどろにふする撫子の露     木節

 その路地に、心のよる景物を見出て、秋隣の体を付けたり。
     / しどろにあれし撫子の露
 といはゞ、庵主の身柄と成りて、発句の余情とならず。
 脇は、己が手柄を発句に与ふる物なり。平句は、己が力に任せて、前句を言曲げて奪ひとる物なれば、与奪の境、天地遙かなり。

[花故]

       田植とて、目馴れぬことぶきの設けせられければ。
     │旅衣早苗に包む食乞はむ      曽良
     └ わたりの堤菖をらすな      翁

 飯乞はむと、渡りの堤より手を出せば、「いざ」と応へて飯持ちくる男の、堤際の菖跨ぐるを見て、「それ折らすな」といふ様也。是を【設言】の格とす。事なき処に事を設けていふ一体也。

 此の脇は、庵主等躬がすべきを、翁代りてせられ、等躬は第三したり。 他より付けても句体同じ。(肩にタと印す)

[笈]

     │寒菊の隣もありや活大根      許六 ※いけだいこ、根が隠れる品種
     └ 冬さしこむる北窓の媒      翁

 ばせを庵、菊畑の隣に、活大根あるを見ていへるを、脇者は、「庵に隣ありやなしや」と尋ぬる句と見立て、窓閉めたれば、北隣りは見えず。前の菊畑大根畑のみ見ゆる様を付たり。外にての句を、内にていふ詞(ことば)と、句者の意を【移転】したり。

○ [評註] 「かゝる家は、必ずさしこめて小暗きに、すゝの落ち懸かりたる山辺の古家と見たり」と云ふは、【移転】の法を知らぬ故なり。

[拾]

     │此里は山を四面や冬ごもり     支考
     └ 青うて細く煙る炭竃       淡水

 四面の中より一物を見出でたり。今【執中】と号く。
 物多端なる時に、その中の一を執りて、ひびかする事。付句にもあり。
     / わびしき烟見する炭竃

 と云はゞ、私なり。

[三物]

     │秋の夜をさらば覚らむ草枕     助叟
     └ 独り熟柿の落つる木の下     二川

 草枕を一樹下と定め、柿の独り落つるを、さらばと黙頭(うなずき)て、己れも独り観ずる様なり。若し己が家の不自由を佗びて、
     / 月やゝ寒き柴の栞戸

 と云はゞ、私なり。

[三物]

       訪獅子庵               ※集「獅子庵を尋て」
     │暮るとても頼む松あり木葉掻    木公 ※集「暮るるとも」
     └ 空に小春の山も眠らず      蓮二

 たとへ木の葉をかきくらすとも、木の下陰の宿は頼みありと云ふ句と見て、その場を山陰と定め、山も眠らず守りゐれば、虎狼も恐からじといふ心を付けたり。さるを前書に応対して、
     / 雪に明りを見する門先

 と云はゞ私なり。

[三物]

    三月寒未尽と、主の心配に閨暖かなり。    ※集「更に暖かなり」
     │紙衣にてあしらはれたり春牡丹   木因
     └ いびきは聞かず夜の海棠     巴雀 巴萑

 夜は石台を床に上げ、紙衣に窓の風を防ぐ、鉢植好きの体と見立て、同鉢物の海棠を並べたり。其角の句
     ・海棠のいびきを悟れねはん像
 と云ふ、【俤取】の一体也。牡丹も海棠も紙子囲ひに眠る花の、いびきなからむ。この脇は、下にいふ対句付なり。
     / 忘れ霜ふる草の戸のさび
 などと、客より暖かといへば、寒しと応へ、清しといへば、賤しといふを、違付とて今も尚する人あり。
 貞門ならさもあらむ。蕉門にて、「脇にて此方の挨拶を兼ね済す法」はなし。

贈答したくば発句せよ。世間にて「双方物贈あふ」を、贈答と云へり。ただ「忝けなしと貰ふのみ」は、贈答といはぬにても著し。

[渡鳥]

    元禄の初め都に上り、落柿舎を叩きて
     │京入や鳥羽の田植のかへる中    卯七
     └ うれしと包む初茄十       去来
  ※はつなすび、とお

 発句は、「尼舟(尼崎)より、鳥羽(洛外鳥羽郷)上りして、嵯峨道を早乙女に尋ねつゝ、笠着連れて(笠を付けたまま、身分を明かさないで連れて→笠着連歌)来し」と云ふ心なるを、脇者は「京入」と云ふ詞を尤め(とがめ)、「京より鳥羽の田植見に行きし戻りに、物する様」と【換骨】して、その道の辺の家にて、初茄を見付け、家つとに求むる体を付けたり。
     / うれしとほどく初茄十

 と、「嵯峨へ持ち来たるを受くる体」をいはゞ、京入りと鳥羽の風情を失はむ。

 元より、鳥羽も嵯峨も、茄作りて京へ販ぐ(ひさぐ)所なれば、嵯峨にて嬉しとは、言はれもせず。

※<卯七略歴>
蓑田卯七(みのだうしち)、通称八平次、別号十里亭。寛文3年(1663)生。去来と同郷。

肥前長崎、唐人屋敷組頭で、蕉門俳人。田上尼(たがみのあま)の甥。田上尼は、去来の伯父久米利延の妻で、去来と文字通り親交。享保12年(1727)没、65歳。延享4年(1747)没とも。
「渡鳥集」去来共編、去来追善「十日菊」編、「俳諧卯七問答」、有磯海/猿蓑/炭俵/続猿蓑入。去来抄に俳論あり。

[渡鳥]

    崎江十里亭に落着
     │朝きりの海山こづむ家居かな    惟然
     └ 此頃秋のいわし売出す      卯七

 海辺に、家居のこづみ(偏み=ひと所に集まる)たるは、漁村と見て、朝まだき、いわし販ぎ(ひさぎ)に、市出する体を付けたり。もし、前書に対して、
     / 笠を預くる宿の秋さび

 と云はゞ、私なり。

※ 渡鳥集、「元禄八年の秋、西の羈旅おもひ立、月に吟じ雲に眠りて、九月一日崎江、十里亭に落つきける(惟然)」、とある。十里亭卯七は長崎の在。惟然は、美濃国関の僧。

[渡鳥]

     │浦人をねせて海見る月夜哉     去来
     └ 渡り仕廻うて雁静か也      素行 ※しもうて

 「浦人をねせて」と云ふ物柄を、【換骨】したり。かりかりと喧く(かまびすしく)鳴き渡りて、浦人を寝せざりし雁の、「渡り仕廻うて」「海見」てゐる様なり。

[白扇]

    久しく逢はざる人にあひて。
     │如月の心もとけて柳かな      浪化
     └ きれいに露の渡る若芝      厚為

 心も枝も、とけてもつれぬは、凪の朝と見て、若芝にその場を定めて、二月の景色をいへり。もし、前書相対して。
     / 回りあふ瀬の風も和らぐ
 と云はゞ、私なり。

[冬の梅]

    尾の錬兵堂にて。
     │槍梅のはたらきいはゞ寒の中    廬元 
※やりうめ。元琳派文様の呼称。
     └ 雪のしなへの竹にとぶ鳥     丁牧

 その稽古場の体を、同園の植物もて、【対句】したる草体の付にて、「飛ぶ鳥」は働きの字眼(じがん、詩文中の重要な文字)なり。

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[幽]

     │宿参らせむ西行ならば秋の暮    雷枝
     └ はせをと応ふ風の破れ笠     翁

 「西行か」と尋ぬるは、杖・笠・衣の相似たる姿を、鴫立沢ならでも、夕ぐれに定めかねたる体と見て、風に乱るゝはせをのもとを過ぎゆく僧の、破れ笠傾けて、「はせを」と応ふる門先の体を付けたり。「笠」といはでは、西行に似たる姿も、顔のしれぬ様も聞えず。これを【自答】と号くるは、「西行か」と問へば、「芭蕉」と応ふと云ふことを、自問自答する故なり。

○ [諸書] 「相対詞」と云ふは、脇は必らず相対の物とおぼえたる腹もて見る故なり。これを、翁の詞にする時は、「風の破笠」と、容体(ようだい)を眺めたる詞叶はず。さて「破笠」の二字を「良寒(ややさむ)」と置きかへなば、たちまち相対とならむ。さる時はただ間違い咄の空論のみにて、西行かと疑ひし故は、聞こえまじ。そは、自己の情のみ運びて、発句の姿を立てざる故なり。

[幽]

     │花のさく身ながら草の翁かな    勝延
     └ 秋にしをるゝ蝶のくづをれ    翁

 仕官せば、高禄の花さく身なれど、それを羨まず、捨家(しゃけ)棄欲(きよく)し給ふは、尊き事かなと称しける句なるを、ただ翁草の、花さかでしをれたる句と見て、秋にしをるる蝶と云ふ【響き】もて、草に吟ふ蝶の姿を添へたり。

○ [評註] 「我身を人の惜しみたるに驚きて、『これはこれは恥入りたる御詞、秋にしをるゝ蝶の、見るかげもなきくづ折れたる身にてこそ候らへ』と、謙退の詞なり」と云ひ、またの所には、「すべて発句、脇は人と問答するごとく、或ひは問ひに答へ、或ひは人の詞に応じ。あるは人の詞を反して、いやいや左にはあらずといふ様につくるべし」と云へり。
 そは吾翁の、「姿先情後」と、法を改め給ふ正風を知らず。なほ、「情先空戯(じょうせんくうぎ)」の古風に執着せし人の、過ちを習ひ伝へたる惑ひなり。

[三歌仙]

     │我桜年魚さく枇杷の広葉哉     秋風
     │ 筧にうごく山ふぢの花      翁

 「桜の本にあゆ割きて枇杷の葉に並ぶる体」と見て、潔き筧の水に洗ひ上げたる魚を、あざれ(腐ら)させじと、そこの藤葉をもみて、魚腹に詰むる様を付けたり。
 動の字は、藤葉引き切りし姿なれども、未だ魚の生きてゐる風情を見せ、桜に藤と【潤色】したり。

○ [評註] 「場付にてさせる意なし」と云ふは、句面に人情なくて、身柄のこぢ付け叶はぬ故なり。これも古人の教へし失なるぞ。

[後旅]

     │霜寒き旅ねに蚊屋をきせ申す    如行
     └ 古人かやうの夜の凩       翁

 「純子(どんす、緞子)の夜着(よぎ)に温めて、一夜化(あだ)なる夢見せむよりも、蚊屋寒がらせて、古人も旅にやせし夜の凩の寂をしらしめむ」と、わざと計らひたる様を付けたり。
 これを【起情】と号くるは、理なき所に情を起こして、死を活に転ずる故なり。

 あゝ、如行貧しからずば、この吟あるまじく、祖翁ならずば、この脇あるまじ。
     / 恵みは榾のあたゝかな宿 ※ほた、ほだ
 と云はゞ、私なり。

[雪丸]

     │おたづねの我宿せまし破れ蚊屋   風流
     └ はじめてかをる風の薫      翁 ※たきもの

 「我宿はせまく、その上蚊屋も破れて詮なければ、いつそ明放して、よい風の薫き物を馳走せむ」といふ心に、【移転】したり。

〇 [寂栞] 「主客各(おのおの)自句の違付」と云へり。
 そは、蕉門にこの法ある事をしらぬ故なり。

もし、発句をその儘に、手狭の蚊屋の暑くるしきを、「涼し」とほめなば、翁は世を捨てながら、嘘つき廻る人になるぞ。あゝ、旧弊を伝へて、自損損他したり。

[笈]

     │菜種ほす莚のはしや夕涼      曲翠
     └ 蛍迯げゆくあぢさゐの花     翁

 発句をせまき門先と見立て、「涼み涼み庭木見廻り、莚端の明きたる所に、ちよつと腰休むるに、飛石などにゐる蛍の、莚はしに狭ければ、こなたへと座を譲りて、「逃げ行く様」に起情したり。実は涼風にたつ姿なるを、かく魂を入るゝ事を、さるみのに幻術と称したり。

○ [評註] 「追行き」として、付会の註を入れたり。

[一]

     │寝る迄の名残なりけり秋の蚊屋   小春
     └ あたら月夜の庇さしきる     翁

 発句は、「いざ、相蚊屋に、咄し咄し入らむ、蚊屋も寝るまでの用なり」と云ふ心なるを、名残をしむ物柄を【換骨】して、「よき月夜を見捨て、思ひ切りて鎖す(とざす)様」を付けたり。

[奥の枝折]

     │和らかに焚けよことしの手作麦   如舟 ※やわらか
     └ 田植と倶に旅の朝起       翁

 麦飯と云ふを田植と見立て、「焚けよ」と云ふ令言を、老の朝起きに申し付くる様としたり。こは、主の句なれども、客よりもかくいはるゝ故に、【自他通言】もて、「旅」と作りたり。こは句者の詞を、脇者の詞に奪ふ格なり。相対と紛ふる事なかれ。もし相対して、

     / 旅の舎りも椎のはの夏
 と云はゞ、俗なり。

[花故]

    浅香の沼尋ねられけるに、今はしる人なし。
     │茨きやうを又習ひけりかつみ草   等躬 
※勝見ぐさ=真菰
     └ 市の子供の着たる細布      曽良 ※ほそぬの、上質の細糸織

 「習ひけり」と云ふを、「習うて茨き(葺き)し後の詞」と見、その場を市中と定めて、節句の体を付けたり。細布はその国の産也。この句「今習ふ様」と見ては、脇の姿取りがたき故に、句者の詞を【過去】にしたり。

[雪丸]

     │星今宵師に駒引いて止めたし    石雪 右雪
     └ 色芳ばしき初刈の稲       曽良

 駒引いて止むる用を【換骨】して、「早稲(わせ)参らせむと、馬に負はせて帰したる主ぶり」を付けたり。

[後旅]

    翁を茅屋に招きて。
     │もらぬ程けふは時雨よ草の家根   斜嶺
     └ 火をうつ声に冬の鴬       如行

 「もらぬ程時雨よ」と言ひつゝ、用半ばにて家裡(やねうら)仰いで、漏りを見る様と見立て、「朝茶焚き付くる体」を寄せたり。

 「チョッチョと打つ火の、火口(ほぐち)につかぬは、雨故か」と仰ぎ見て、独りごつに、棟に止まりたる笹鳴きの、火打の音を友鳥かと思うて、チョッチョと鳴きたるは、「時雨よと下知せし詞の、応へかと思はるゝ、一座のをかしみ」を付けたる【自答】の一体なり。

[射]

    越の十丈に草庵を訪れて。
     │宿の秋歌よむ程は荒れにけり    支考
     └ 垣の木槿に朝がほの花      凉菟

 荒れたる草庵の犬防ぎの生垣に、朝顔のまとひたる様なり。 ※【執中】
     / 白砂清き庭の朝露
 と、荒れ宿を誉めなば、「一夜の宿にも諂ふ(へつらう)行脚なり」と、口を開く時、その膽(きも、心の底)を見られむ。身柄を付くる事と心得たる人にては、第一他人の脇する事もわかるまじ。

[藤の実]

    人々嵯峨の宿を訪れけるに。
     │木の本に円座取りまけ木ねり年   去来 ※こねり、木練=甘柿
     └ 夜一夜笑ふ名月のはれ      野童

 木の本に居並ぶ用(様)を、月見と見立てたり。 ※【見立】

[三物]

    別店にとゞめて。
     │萍や波に連れだつ花と花      眉泉 ※うきくさ
     └ 巣に通ふ日は鵆只二羽      蓮二 ※ちどり

 池沼の萍と見立て、水辺の景を寄せ、「花と花」に「二羽」といふ【対句】もて意を列べたり。
     / 漂泊の身を頼むすゞ風
 と云はゞ、私なり。

[三物]

    蓮二房をとゞめて。
     │乙鳥やこちの軒にも借屋あり    丁牧 ※つばくら、つばくろ
     └ 鼠色なる壁に藤波        蓮二

 「こちの軒」と云ふを、「別荘の鼠壁」と見、藤に軒端の景をよせたり。鼠色とは乙鳥の巣の【潤色】なり。
     / 海山こえて来たる如月
 と云はゞ、私なり。

[三物]

     │子規美濃は新茶の便りかな     麦士
     └ 昼寝にかをる宿の橘       廬元

 時鳥鳴くころ、美濃人の尾張に来るは、その国の新茶のたよりと云ふを【移転】して、美濃人の昼寝を美濃の茶に覚まして、時鳥聞かする便りとする、宿の橘の時節を付けたり。薫るとは新茶の響きなり。
 古今「けさ来なき未だ旅なる時鳥 花橘に宿はからなむ」
といふを指したり。

かくの如く、俤・見立・移転等の格もて作りたるは、その中の主たる体をもて□□号けたり。
     / 無事を伝ふる袖の風の香
 と云はゞ、私なり。


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[三歌仙]

     │檜笠雪を命のやどり哉       桐葉
     └ 藁一つかね足包みゆく      翁

辛き雪中に、笠一蓋(いちがい)の舎りを命とする行脚の観想なれば、一束の藁に足包みて、寒苦を凌ぐ姿を合せたり。

○ [評註] 「雪を命とする風狂人に打添へ、稿(わら)に足包む異様のけしきを付たり」と云ふは、非なり。
 わらに足包むと云ふは、爪懸(つまがけ)と云ふ雪中の具にて、季寄にも出でたり。誰か雪をくらひ、わらもて足を巻立つる者あらむ。

 元より、[評註]の惑はせのみなるを、一々論ぜむもうるさければ、以下は閣き(さしおき)ぬ。

[句餞]

     │時は秋よしのをこめし旅のつと   露沾
     └ 雁を友寝に風雲の月       翁

 「時は秋」の哀れなる処は、大和路の床しきに、吉野をかへる旅なれば、羨ましき詠のつとあらむと、「遙かなる西の空を望みたる姿」と見立て、渡りくる雁を合せたり。
 「雁を友寝」とは、生涯旅より旅に遊ぶ風雲の身を羨む心なり。

 かくの如く、江戸より大和を察する句には、目前の姿を立てずては、空論になるなり。

[句餞]

     │江戸桜心通はむ幾しぐれ      濁子
     └ 薩埵の霜に顧みる月       翁  
※さった峠。

 たとえ旅たつとも、かく時雨する度毎には、住み馴れし庵の枯木の桜に「心通ふらむ」と、行先を量る句なり。
 この句、「江戸に心通ふ」と云ふ姿を立てでは、空論となる故に、桜の場を【移転】して、薩埵峠上る人の、村しぐれの度々に後向きて、空眺むるを見て、「さては古郷の江戸に心かよふらむ」といふ様の【逆付】なり。
 脇は、発句の情の詞に、姿を立つる物と心得よかし。

[句餞]

     │時雨時雨に鎰借り置かむ草の庵   挙白 ※かぎ
     └ 火燵の柴に侘をつぐ人      翁

 「留主の庵を借らば、時雨の度々行きて、寂を楽しまむ」といふ句なるを、草庵と云ふ姿を立て、炭もなき火燵なれば、「柴を焚きて、先人の侘を継がむ」といふ心を、寄せたり。

 発句、未来なれば、脇も未来の用なるを、「侘をつぐ人」と生得に作りて、現在の体としたり。また柴と云ふ故に、枯木立の庵に、時雨の寂深し。もしも(「侘」を)「炭」とせば、時雨の姿を失はむ。

[句餞]

     │白かねに蛤をめせ霜夜の鐘     松江 ※白かね=銀貨
     └ 一羽わかるゝ鵆一むれ      翁  
※ちどり

 「めせ」とさしたる方なる、蛤の場の景物を付けたり。霜夜のかねに鵆の声を【潤色】して、浦の寂を顕はしたり。

[幽]

     │よき程に積りかはれよみのゝ雪   木因
     └ 冬の連とて風も後から△     翁

 「冬の連とて、風も後から」吹くからに、「よき程につもりかはれよ」といふ心にて、【合体】の逆付なり。

[笈]

     │秋のくれゆく先々の笘家かな    木因 ※とまや、苫家
     └ 荻に寝やうか萩にねやうか    翁

行く先々見渡して、「荻ある苫家にや萩ある草家にやねむ」と彳み(たたずみ)たる様にて、【同体】の逆付なり。

[奥の枝折]

     │忘るなよ虹に蝉なく山の雪     会覚
     └ 杉の茂をかへり三か月      翁

 梺(ふもと)まで送りて、「忘るなよ」と、山上をさす体と見て、その山の杉間の三日月を顧みる様をいへり。「これ忘るなよといふ人の姿」なり。江戸桜の脇に似て、付方違へり。
 こは、「白かねの脇」と同体なり。

 さるに、古来これ等の脇を見過りて、餞別の脇には、
  「白雲は引きゆく鶴の名残かな」
 と、その俤見えぬ事をいひても、「顧みるとだにいはゞよき事」と心得違へたり。

 世俗の別れのごとく、双方より呼りあふ(よばりあう)事にはあらず。

[小文]

     │新麦はわざとすゝめぬ首途哉    山店 ※かどで。
     └ 又あひ蚊屋の空遙か也      翁

 「わざと進めぬ」と云ふを、「つねに一つ釜の麦喰あひし人に別るゝ様」と見て、さりながら又あふ事の遙かに隔たれば、「けふは改めて米参らせむ」といふ心を、その場の「相蚊屋」もていへる【逆付】なり。かかる飲食の脇は、かくの如し。容体もて付けざる時は、句品劣るなり。

[さる]

     │梅若菜まりこの宿のとろゝ汁    翁
     └ 笠新しき春の曙         乙州

 ただ、まりこの体と見立て、旅人の往かふ朝けしきを付けたり。「笠新し」とは、初春の姿にて、「梅、若菜」の移りなり。

 [七部婆心録]に細弁して、古註の惑ひを解きたり。かく行先を量りし情の句は、実景になる様に脇する事定法なり。

     / 恵みを笠に 春の曙
 近頃、師家より餞別を受くる時は、かくの如く恩に預りて忝しと云ふ心に作るを、礼と心得違へたる人あり。
 かくて脇にならば、この一句に夏、秋、冬の字を入れかへなば、何の句にも問に合うて、千歳不朽の宝とならむ。
 これを以て身柄の戒めを思へ。

[つばめ]

     │馬借りて乙鳥追ひゆく別れかな   北枝
     └ 花野みだるゝ山の曲目      曽良

 後を顧ずゆく逸さを、飛燕に比し、別れを惜しみて、馬にて追懸くる様を述べたれば、「花野乱る」と飛馬の姿を立て、「曲目」と作りて、遙かに翁の後姿を見付けて、追ふ力得たる様を付たり。

[拾]

    尾張にて翁に別るゝ。
     │時鳥こゝを西へかひがしへか    如行
     └ 薄々はるゝさみだれの暮     叩端

 只、時鳥のとぶ空のけしきと【見立】、あと打眺むる様を付たり。

     / 入梅(つゆ)も定めぬ雲水の笠
 と云はゞ、身柄也。

[むつ]

     │剛力に成りてゆかばや湯殿山    桃賀
     └ 布子袷のあとは帷子       桃隣

 強力の荷物拵へる様を付たり。若し分袖の謙辞もて、
     / 無一物なる麻のさ衣
 と云はゞ、私也。

[白扇]

     │行先も寝安き方ぞ萩と月      浪化
     └ 袷きるべくむしもなく也     支考

 月夜の行先の萩ある中に、つゞれさせとむしのなくを聞いて、爰もねよげなる所かなと、打守りたる様也。前の「行先々の苫屋」と、凡そ相似て、こは順付也。
     / 行脚の時を得たる出来秋
 と云はゞ、私也。

[八夕]
十の内
餞別三物
十四の内

其三   │舞立つや扇に柄杓菊の花      文釆 文宗
     └ 面をきれば峰に月かげ      蓮二
      ○
其四   │残念は重ね重ねぞひとへ菊     鹿吹
     └ あふは別れの本あらの萩     蓮二
      ○
其五   │三に酒持せて菊の門出かな     和什
     └ くゝり頭巾に木兎の杖      蓮二
      ○
其七   │見送れば其笠遠し月に菊      山只
     └ 橋の柳もちりしまふ時      蓮二

 遠き笠見送る場の、木間透きて、目障りなき体なり。

[三物]

     │先陣に杖のさたなし五月川     倚彦
     └ 髭も若やぐ百合の花笠      蓮二

 川辺の草花もて、先陣に老武者の勇を見せたり。
 髭とは百合のしべにて、実盛を模したる草体の曲也。

[三物]

     │風蘭の香を吹分くる軒端かな    渭竹
     └ 笠を木かげに涼む梹桹      蓮二 ※びんろう

 発句は分袖の心なるを、只よしず茶屋の釣草と見て、傍の木陰に梹桹笠(びんろうがさ)脱ぎたる旅人の、休む体を付たり。

[藤]

     │其花の咲きてや烏藤三百里     蓮二 ※うとう
     └ 空に霞の関守もなし       里紅

 烏藤のさく頃、三百里の旅にひく烏藤杖にも、詞の花さかむと祝ふは、戸ざゝぬ御代を喜ぶ様と見、花を仰ぎ見る姿を立て、打ちはれたる天色を付、三百里を【執中】したり。

[東掲]

雁四十五の内
     │よい文を待つぞと雁の別れかな 尾張 馬相
     └ 恋にはあらで明ける春の夜    巴静
藤六の内
     │川々も静けし藤の清見潟    美濃 李仙
     └ 白尾の鷹を見出す引明け     巴静
柳十三の内
     │ゆく笠をしたふ柳の風情かな  三河 花隣
     └ 水あたゝかに鳥の渡し場     巴静

 かゝる物好あり。凡そ脇の稽古は、同題、同体の句数多並べて、一字一点に付分けて学ぶにしくものなし。


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[拾遺]

     │牡丹しべを深く這出る蜂の別れ哉  翁
     └ 朝月涼し露の玉鉾        桐葉

 路傍の牡丹と見て、玉鉾をよせ、露に花の艶美を【潤色】したり。

 留別のわきに、別れの情を作るは身柄なり。

[射]

    洛の去来を尋ねて、其日の別れを惜む。
     │ゆりかへす風のはなるゝ薄かな   十丈
     └ 打響きたる磯はたの月      去来

 雑話、喧す(かまびす)かりけむ。「さわがせけり」と謝する心を、「薄を吹きなびかしゆく風」に准へし暇乞ひの句なるを、舟もゆり返すばかりにふく風の、薄を放れて沖の方へ吹きなぎゆく体と見て、磯をよせ、打響きといひて、荒波を見せたり。京の別れに荒磯の脇付くるをもて、句に随順する理をしれかし。

[三物]

     │菊月や其有明となる日迄      蓮二
     └ 花よりも今垣の新そば      比誰

 九月廿日頃まで滞留せしと云ふ心なれど、情の句なる故に姿を立て、其の有明となる日迄、月夜を欺くそばの花よりも、刈干したる垣のそばを待ちしと云ふ心の【合体】脇を付たり。もし滞留の心を思はゞ、発句は脱殻とならむ。

[三物]

    病後蘇生の心を。
     │有りがたき娑婆の日和や帰り花   蓮二
     └ 小春のたびの駕に光明      九蚶

 しやばに帰るに光明と対して、小春日和をいへる曲節也。
     / 雪まだふらず十月のたび
 と、病後を労る凡情に迷はゞ、此の光明放ちがたからむ。

[歌]

     │二見とは又あふ秋の別れかな    風草
     └ 笠きるかげの月の笠ぬぐ     柳玉

 二見と云ふに月の影と、容の(ヒヾキ)をよせ、笠に別れの姿を立てたり。もし再会を契る婦女の情を発し、
     / 人まつむしの宿な忘れぞ
 と云はゞ、私也。


△ 首途 (かどで)       ↑ トップへ

[続虚]

     │旅人と我が名呼ばれむ初時雨    翁
     └ 又山茶花を宿々にして      由之

 「誰やとばしる笠の山茶花」と云ふ、冬の日のわきを含みて、「時雨」に「風狂の姿」をいふ【俤取】の一体にて、逆付なり。

[桐葉亭]

    我名よばれむの句を聞きて
     │旅人と我れ見はやさむ笠の雪    如行
     └ 盃寒しうたひ候らへ△       翁

 「我れ見はやさむ謡ひ候らへ」と云ふ【拍子】もて、「笠の雪」を、「冷じき大盃」と奪胎し、酒宴の場の趣きに、付けなしたり。

[越]

     │菊の香に山路は嬉し病上り     東花
     └ 酌とり直す松の朝月       風乙

 高きに登る重九の宴と見て、松に山路の姿を立てたり。

[歌]

     │野は花に千里の馬の首途かな    風草
     └ ことのは月の残る有明      南江

 千里の道も一歩より始むるといふ朝戸出の体也。
     / 餞別草に手をるもみぢば
 と云はゞ、私也。


△ 待受       ↑ トップへ

[うやむや]

     │塒せよ稿ほす庭の友雀       自准 ※ねぐらせよわら干す
     └ 秋をこめたる垣のさし杉     翁  ※クネの

 翁の帰りを止めたる句なるを、ただ塒求むる雀と【見立】て、「垣の杉」に雀の場をすり上げたり。

 クネはクニと通ひ、物の限りをいふ詞にて、東国に垣をいへり、最古言なり。

[鵆]

     │いく落葉夫程袖も綻びず      荷兮
     └ たびねの霜を見する胝      翁 ※あかがり、皹

 度々落葉の時雨にも逢ひけれど、夫程袖も裾も綻びず、「ただ綻びたるは足のみ」と、笑ひつつ見する様の【自他通】なり。

[射]

     │風雅には痩せてかへりぬ顔の秋   北枝
     └ 袂の霜をふるふ菊の香      十丈

 菊の山路の霜にやせたる、風雅の寂を付たる【自他通】也。

[射]

     │土産まつ子供や鼻を秋の風     河菱
     └ 皮ご明くれば反故の露霜     十丈

 「何を見てかく言ひし」と吟膓を探るに、河菱に「袖日記見せむ」と皮ご開くを、児は「土産出すか」と思うて、手を重ねしを見て、作りし句と見立てゝ、かく付たり。露霜は、秋風潤色也。この如く、情の句は皆か様に考へて、脇に景物もて姿を立つる也。
     / 一物もなし月のざれ笠
 と云うは、空論。

[春鹿]

    魯九法師西国戻りを一忍堂に入れて。
     │先づとまれ在処は雪の一よばり   正勝
     └ 手作の酒にさらば水仙      魯九

 泊り給はゞさらば一瓶を生て、手酒參らせむと、水仙切りにたつ雪の日の姿を立てたり。水仙切りに出でずては、声懸の隣村見えまじ。

[冬梅]

    待受の不掃除も雪に隠れて。
     │掃きよせに拾ふや雪の山一つ    貞旭
     └ 手水場迄は来て火撓鳥      廬元

 掃きよせに狭き場を見出し、鶲(ひたき)に雪寒き体を顕はしたり。


△ 雑部       ↑ トップへ

    熱田の社頭大いに破れ築地は倒れて叢にかへる、彼所に縄
    を張りて小社の跡を印し此処に石を居ゑて其神と名のる。
    蓬・忍、心の儘に生ひたるぞ中々心止り侍る。

     │しのぶさへ枯れて餅かふ舎り哉   翁
     └ しはびふしたる根深大根     桐葉

 往来を止むる茶店の釣草(つりしのぶ)までも枯れたる様に【移転】して、その店庭の「根深大根」も客待ち顔にしはびたる寂を見せたり。若し、社頭の前書を思はば、「舎」の字、空しくならむ。

[鵆]

    飛鳥井亜相の御詠草を和して。
     │京迄はまだ中空や雪の雲      翁
     └ 千鳥しばらく此海の月      菐言

 「京へ中空」の道懸けながら、見捨てがたき「此の海」の景を吟ふ行脚の姿となしたり。若し懸物の事と前書に惑うて、
     / 千鳥の跡の残る白砂

 と云はば、私なり。

[だて]

    桑門可伸は、栗のかげに庵を結べり。
     │隠家や目立たぬ花を軒の栗     翁
     └ 稀に蛍のとまるつゆ草      栗斎

 ち草の茂りに「隠家」の姿を立て、「稀」の字に、目立ぬといふ【響き】を付けたり。ここに、後世三昧(ごせさんまい)の事を思はば、身柄なり。

[幽]

    菜根を喫して、終日丈夫に談話す。
     │ものゝふの大根辛き咄かな     翁
     └ 一通りゆく木がらしの昔     玄虎

 大根畑の辺にて、「大根の辛き咄し」する句と見立て、野面ふく凩を付たり。例の誉められし事と引き受くるは、なめし(無礼だ)。

[笈]

    乙州が一樽を携へ来けるに。
     │草の戸や日暮れてくれし菊の酒   翁
     └ 蜘手にのする水桶の月      乙州
 ※くもで、蜘手格子の台

 「草の戸」と云ふを、縁先にて酒くむと見、そこの上水桶に投げ込みたる菊を取りて銚子にさし、居ながら桶の月かげを見る草庵の体を付たり。

[茶]

    白雪が二子に、桃先、桃後の名を与へて。
     │其の匂ひ桃より白し水仙花     翁
     └ 土家わらやの並ぶ薄雪      白雪

 ただ、桃、水仙の句と【見立】て、その場を見出でて、「白」に「薄雪」とひびかせたり。号を貰ひし由を言はば、空談とならむ。

[未来]

    草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪を持てり。
     │両の手に桃と桜や草の餅      翁
     └ 翁に馴れし蝶鳥の児       嵐雪

 庭前の桃桜を眺めつつ、左右に花の二弟子を並べて、草餅祝ふ句なるを【移転】して、片手に桃桜を持ち、片手に餅を握りて、高く指し上げたる腕首に、児どもの登りてとらむとするを、なほさし上げて戯ふるる老が寵愛の様を付たり。「翁」とは即興なり。我が俳力の事と思うて謙らば、笑草ならむを。

[翁]

    古将監の古実を語りて。
     │月やその鉢の木の日の下面     翁
     └ 旅人なれば折からの冬      沾圃

 鉢木謡「なうなう旅人お宿参らせう」と云ふ、【俤取】の一曲節なり。

[ひな]

    城主の日光御代参に、小姓する岡田氏に申す。 
     │篠の露袴に懸けし茂かな      翁
     └ 牡丹の花を拝むひろ庭      千川

 「袴の露」と云ふを、蹲る様と見て、しの垣の辺りより、花庭拝見の体を付けたる【自他通】なり。小姓の心を運ばば、自己ならむ。

[俳]

    本馬氏にて太夫が家名を称す。
     │ひらひらとあぐる扇や雲の峰    翁
     └ 青葉ほちつく夕立のあと     安世

 扇のごとく雲峰のひらひら上るは、夕立後再びたつ雲の様と【見立】て、滴る山の体をよせて、青白の色を立て、「ほちつく」の詞に扇の涼しみを顕はしたり。
 爰に舞台音曲を思ふは、前書の迷ひ也。

[菊塵]

    園女(そのめ)が操を称して。
     │白菊の目に立てゝ見る塵もなし   翁
     └ もみぢに水を流す朝月      園女

 「ちりなし」と云ふを、清き花庭と【見立】て、掃除の体を付たり。もみぢは紅白の潤色にて、同園の植物也。もし誉めし詞と受けて謙だるべきものならば、貞女の裡はいかなる詞をか作るべき。

[金蘭]

    荷兮亭にて翁にまみえ。
     │凩のさむさ重ねよいなば山     落梧
     └ よき家つゞく雪の見処      翁

 「かさね」よと云ふは、いく日も止まる様なれば、眺め倦きなき景をよせ、稲葉山のよき家続く雪見所にて、寒さ重ねよと云ふ心に付たり。尾張にての句なれども、脇は岐阜の現景を居ゑたり。
     / 年木積みたる宿にまつ春
 と云はば、私也。

[笈]

    我国へ誘はむと、洛の旅窓を尋ねて。
     │しるべして見せばやみのゝ田植歌  己百
     └ 笠改めむ不破のさみだれ     翁

 「みのゝ田歌」と云ふを、「蓑」と聞きとり、早少女も新らしきみの笠に出立でば、いざ見る人も「笠改めむ」と云ふ心をよせ、「関越ゆる日は衣をあらたむ」と云ふ古語を含みて、美濃に不破と対して、さみだれに笠の一句を立てたる【表裏対】也。

[白扇]

    終日風雅の高情を尽す。
     │鴬の爪にもかけず梅の花      浪化
     └ 春の日寒き苔の色相       万子

 其の庭のけしき也。爪にも懸けずと云ふを、鳥まだ飛狂はぬ春寒と見たり。

[庵記]

    自他物我の観念。
     │世を見るに柘榴の中の隔てかな   露川
     └ 六畳敷に月も日もさす      立枝

 只、庭に柘榴ある草庵の、明放して世上を見る様と【見立】て、かく付たり。柘榴の紅に夕日をてらしたる所、脇の魂也。

[花摘]

    一日父の病快を喜ぶ。
     │秋といふ風は身にしむ薬かな    其角
     └ 渫てよくすむ内井戸の月     定良

 身に入む(しむ)風の快き姿を立て、浚井の水汲上ぐる体を付たり。

[萩露]

     │空や秋蚊屋を揚ぐれば七多羅樹   其角
     └ 月にかゞやく五色の雲      東順

 臨終正念をすゝむる吟也。成仏の様、此の脇を見て思ひやらるゝ。

[桃盗]

    看病の人に対して。
     │賑かに菊は咲きけり初しぐれ    浪化
     └ 鳧の来さうな水の流るゝ     従吾 
※ かも

 「賑か」とは、多人の心なるを、只、谷川の菊と【見立】てたり。

[渡鳥]

    落柿舎に会す。
     │梟に数よまれてや村千鳥      先放
     └ 海も聞ゆる凩の月        去来

 都の風士に恥たる挨拶なるを、梟なく磯馴松近く鵆よる様と【見立】て、浪おふ凩の月夜を付たり。

[ぶり]

    両吟せむとて。
     │をし鳥の水もらさじと二つづゝ   竹遊
     └ 筏にみのゝ寒き寝姿       涼三

 只、をしのつがひの浮みたる様と【見立】て、其の川辺の景をよせたり。人寝たる辺りは鳥近づくべし。両吟の心をいふは私也。

[六行]

    廿日市迄浅生庵主をしたひ。
     │見すかされぬ松の暖みや冬木立   東雄
     └ 雪掃き落す朝の戸袋       素梅

 発句は、俳諧の学びたらぬ心なるを、只こみたる松と【見立】て、雪に一入見すかしがたき体を付け、ぬくみに雪ばれの朝凪をよせて、庭上の松と定めたり。

[六行]

    昨日は宮島に遊びて、けふは広島の風友と語る。
     │連汐や鳧もたびねの枕がヘ     野坡 ※かも
     └ 一株竹のはぬる朝霜       仙呂

 只浮鳧の句と【見立】て、浪打際の薮竹の反(はね)上る音に、鳧の驚きて所かふる様を付たり。

[しし]

    天満宮月次初会賀。
     │梅桜松は御前に夏の月       蓮二 ※集「秋の月」
     └ 和漢に橋をかくる雁がね     曽及

[三物]

    北枝を石動に待ち得て。
     │国の水偖こそ古酒の香なりけり 尾張 露遊 ※さて
     └ 菊の花さく里の川上       北枝


△ 薙髪(ちはつ、剃髪)       ↑ トップへ

[庵記]
自祝

     │むつかしと剃りて退されば又寒し  露川
     └ おかでは置かぬ草のはの霜    独卜

 情句也。何を見てかく言ひけむと、隠れたる姿を尋ね見るに、草あれば霜置き、髪あれば白むと、草の霜を観じていひし句也と見て、かく付たる【合体】わき也。

 たとへば

     ・刈れば寒くからねばおくや草の霜
 と云ふ句に仕立直すがごとし。

[三物]

     │剃りたりな五塵六欲九月尽     涼三
     └ 袴着ぬ身も色かへぬ松      角呂

 情の句也。何を見て九月尽と言ひけむと、作者の膓を探り見るに、名利の木葉ちり果てし姿と、人目には見ゆれども、袴きぬ今も色かへぬ松の、元気なるに就けて「世を捨てゝ身はなき物と思へども」、と云ふ聖のざんげ思ひ合はせたる様と見て、この木をもて其の木を顕はしたる【自他通】【合体】の草体わき也。

※ 伝西行歌
  世を捨てゝ身はなき物と思へども 雪の降る日は寒くこそあれ
・ 「風俗文選」、西行上人像、芭蕉の賛
   すてはてゝ身はなきものとおもへども 雪のふる日はさぶくこそあれ 花のふる日はうかれこそすれ

         ○

[青瓢]
自祝

    剃髪吟
     │花とれて夏を心の青ふくべ     玉之
     └ ひるねを洗ひさます夕立     温古 ※集「さます白雨」

 「心の青瓢」と云ふを、夕顔棚の下涼みの快き様と見たり。

[青瓢]
他付廿の内

    山田
     │面白し黒きを後の衣更       巴青
     └ 桜仕まへば山ほとゝぎす     八至

 白き世間の桜衣を脱ぎて、出世間の山林に遊ぶ心也。

    大垣連中
     │水無月や不二の天窓も消える頃   半花 ※集「富士~消る雪」
     └ 一夏の松に蝉の羽衣       隆五 ※集「一夏を」

 不二に三保の松を対して、表裏を首尾したる曲節也。

    伊尾連中
     │あぢさゐや其の十徳の染仕廻    乙春
     └ 風炉もりんりん庭も箒目     赤松

 十徳を茶会と見、路地の箒目に、花の潤ひを見せたり。

[青瓢]
自脇十の内

    名古屋 六逸堂連中
     │十徳に桜の麻も夏たけぬ      竹夜
     └ 風の薫りも川東から       玉之

 麻畑の辺を、十徳きてありく様也。

    桑名
     │ひるがほは過ぎつ夕顔の笑咲    帆十 ※集「わらひ咲」
     └ わびて涼しき宿の明捨      玉之

 夕顔の宿の体也。己が天窓の事と受けたるは、一つもなし。


△新宅賀並年賀。       ↑ トップへ

[鵆]

     │よき家や雀喜ぶ背戸の粟      翁
     └ 蒜に見ゆる野ぎく刈かや     知足

 「大厦成而燕雀相賀(たいかなりてえんじゃくあいがす、淮南子)」と云ふ古語頭の句なるを、たゞ家の後の粟畑と【見立】て、そこに蒜畑もあり、秋草も吹ける体を添へたり。

板行本、まぐさ

※ 右の通り、板行本「千鳥掛(知足著・蝶羽撰。正徳2(1712)年6月下旬付素堂序。蝶羽跋)」は、「
(草冠の下に〔禾示〕、IEで表示が乱れる)」である。異体字は草冠のない「秣」で、「まぐさ」と読むが、牛や馬の飼料とする草(馬草)ではない。

 秣は借字で、本来は「楣」「目草」と書く「まぐさ」でなければ、この脇は成立しない。
 この「まぐさ」とは、出入口や窓の上に渡した横木である。「背戸」のすぐ外には収穫期を迎えた粟畑、背戸口上の「まぐさ」寄りに遠景として野菊刈萱が「見ゆる」のである。

・ ちなみに「蒜」は、ニラ・ニンニク・ネギ・ヒルなどと読むが、この脇では、3音なので「ノビル」と読ませるしかない。しかし、韮も野蒜も仲春、野蒜の花は初夏である。この表六句の興行は、更科紀行出立一月前の7月8日、蒜はない。

[白扇]

     │薄壁のあちらをさぐれ梅の花    浪化
     └ 慥にはれて冴えわたる月     路健 ※たしかに

 壁の外を察したる様なる故に、梅はや咲きたるに違ひなからむ。「慥にはれて」月も照渡ればと云ふ心の【拍子】もて付たり。

[白扇]

     │懸物や水仙のぼる花の影      浪化
     └ 庭の梢も冬ながら月       呂風

[冬の梅]

     │煤廿日家渡早し冬牡丹       廬元
     └ 明るき窓に雪の掃寄せ      六枳

 何れも只の句わきに同じ。二の巻匂ひの花の部にも例あり。

         ○

 すべて年賀の発句に。
     / 齢を重ねもちに橙
     / 長根草ともめづる生先
     / 老いせぬ流れくむきくの酒
     / 恵みを杖にこす年の坂

 この如く付くるは、発句見ぬ先より拵へたる身柄脇也。


△文台賀。       ↑ トップへ

[白扇]

    開二見文台
     │月雪に場取も弘し梅の花      浪化
     └ まことに春はわが家の春     林紅

 場取と云ふを庭前の梅と見て、我が家と付たり。
 余情は、世上正風に帰したる心也。此のごとく、只の句と見て姿を立て、祝意俳意をこむるもこめざるも、句柄によりてある也。

[笠]

     │二見には霞の不二を旭かな     童平
     └ 雁の戻りの空に七文字      連支

 二見より不二を指したる体と見立て、向ふより遙かに帰り来る雁を付たり。

 七もじとは、「俳諧元祖芭蕉庵」といふ碑の謎文の【俤取】也。

[三物]

     │折残す渡唐の梅の墨画かな     童平
     └ 夏を隣の松に鴬         有栞

 「渡唐の梅」とは、十論に云ふ、夢中に伝法のこゝろを含みたる祝ひなるを、只聖廟の梅や額と見、折残すと云ふを、行く春の体と定めて、御愛樹の松を対し、鴬に梅を粧うたり。

     / 花も扇もひらく春の日
     / 道はすゞしき岩のしめなは
     / 不易を仰ぐ松の月かげ
     / 流れはかれず友千どりよる

 此のごとく、授与・謙退・自祝・祖徳・後栄・報恩等の心もて、漸う四季を分けて拵へ置き、脇する人あり。
 予、古例を引きて、其の惑ひをとくに、或ひは其の人思ひ煩ひて曰く。「今改めむは師に憚りあり」といへり。俗情もていはゞさもあらむ。あゝ風雅に遊びて祖翁を師とせず、過ちと知りて猶募る人には偕に語りがたし。


△初会(はつかい)。       ↑ トップへ

[売]

     │菎蒻にけふは売りかつ若な哉    翁  ※こんにゃく
     └ 吹上げらるゝ春の雪花      嵐雪

 蒟蒻うり、若な売りの往来ふ(ゆきこう)大道の様也。

[鶴]

     │日の春をさすがに鶴の歩みかな   其角
     └ 砌に高き去年の桐の実      文鱗

[幽]

     │年たつや家中の礼は星月夜     其角
     └ 筆紅梅をたゝむ国帋       介我

[このは]

     │あら玉の二見の島や始め満つ    孟遠
     └ はま弓張の二日三日月      去音

[続新]

     │蓬莱に一色多し麦畑        乙由
     └ 氷に遊ぶ鷺の古箸        杜菱

     / 硯の海に解初める凍
     / 筆試むる窓の曙

 と、初会の心を作るは待受の私脇也。


△納会。       ↑ トップへ

[小文]

     │すゝ掃やくれゆく宿の高鼾     翁
     └ なぐれて雪のかゝる枯竹     山店

 雪閑にして、竹垣竹箒も寝鎮り、いひき四隣にひゞく様也。

[二見]

     │皆拝め二見の注連を年のくれ    翁
     └ しの竹諷ふすゝはきの風     岱水

[焦]

     │児くらべ山や納めの庚申      其雫
     └ 炷物壁に浅黄水仙        紫紅

[このは]

     │ゆく年や児島の筋も九里余     惣代
     └ 蕷もうなぎも冬ごもる穴     朝毎

[深川]

     │年忘れ盃に桃の花かゝむ      洒堂
     └ ひざに乗せたる琵琶の凩     素堂

 盃に桃書きて、年尾に季春を忍ぶは、栞棋、書画の狂客の宴と見立、びは弾かする様を付たり。

     / 師走を余所に遊ぶ雪の日
     / 年の流れによる友千鳥

 などゝ納会の心もて、発句に拘らず待受するは非也。凡そ、発句に其の会の意の詞顕れて、もだしがたきは、脇に其の詞を少し会釈する事も稀にあり。

 会の心は前書のみにて、常体と見立てらるゝ句に、前書の心を脇に作るは、輸廻の凡情也といふを、或人難じて曰く。「句面に会の趣き顕れぬ故に、脇にわざといふ也。しかせぬ時は前書略の物は、何会の巻ともしれず」と、云へり。そは、姿先情後と云ふ正風第一の法をしらぬ、自己の邪見也。


△余興。  (多例略)       ↑ トップへ

[次韻]

     │疣一つこゝに置きけりいはく露   楊水
     └ 無用の枝を立てし犬蘭      翁

 此の句、草木を言残しけり。爰に置くと云ふ低き様、必らず草ならむに、疣と見らるべきは犬らんならむと定めて、疣の姿を【奪胎】したり。無用の枝を立てしとは、発句に余力の活也。

[草刈]

     │干鮭に花こそさかね冬の梅     浪化
     └ 紙衣の衿に唐おりの鉑      北枝

[文月]

     │卯の花や雪の白地の雛が嶽     里紅
     └ 田植のたての笠に夕栄      嵐枝

[初茄]

     │まつうちの眺めや雪の渡舟     里夕
     └ 烏にあるゝ杜の冬枯       呉天

[足]

     │蛍火は加茂にも許す団扇かな    義上
     └ 葉から重なる闇は宵の間     何声

 余興とは儀式の巻終りて後、時剋もあり連衆も労れず、興猶ある時する事也。探題、句合、画賛などするも、又小巻をまくも余興也。
 式の会には必らず余興ありといふ事にはあらず。若し、当日余興巻あらば、発句は其の日の宜しきに任せ、強ひて指合をくらず。曲節自在にさらさらとして、俳諧に遊ぶべし。又後日あらば、一体の変化に骨をる事、余興の心得也。
 然るに、近世さる一派の徒、僅か一歌仙の歳旦にも、必らず余興下略とて、三物を出し、其の発句、千度も夕げしきに限りたり。凡そ式の巻は、早天に始めて夕方に終れば、一度は夕げしきも可ならむ。
昨日本巻調へ、けさより余興まくにも、夕景の句とは、余り頑な也。又、其の夕景句の脇に、各労れたる情を述べて、
     / すゞしき風をいるゝ縁先
     / 千鳥に飛んで廻る盃

 或ひは、若草に膝崩し、或ひは、月かげにくつろぐなどゝいへり。いかに連衆労れたりとて、夫を句に述べむは、無下の放言ならずや。殊に労れぬ故に調ふる余興なれば、趣意も違へり。又、かゝる定規にてもすまば、席上の句按も無益ならずや。


△翁忌。       ↑ トップへ

[白扇]
本式表十句

    (元禄十二年)芭蕉忌
     │言出すもけふの仏の寒さかな    浪化
     └ こたふる迄に霜の水仙      夕兆

※ 芭蕉、元禄7(1694)年10月12日没。元禄12年、六回忌。

[白扇]
付合

(元禄15年)十月十二日、芭蕉忌
     │一日は塚の伽するしぐれかな    浪化
     └ 畠並びに寒き茶の花       林紅

※ 元禄15年、九回忌。

[越]

十月十二日、芭蕉忌
     │年々や御意得る度に初しぐれ    支考 ※としどしや
     └ 雀四五羽に寒き柴垣       烏泊 烏旧

※宝永5年、十五回忌。

[八鳥]

     │声のみは枯野に残る習ひかな    可徳
     └ 霜にてりそふ冬の菊の葉     虎丈

_

 古例、此の如く、只常の句脇に同じ。

 偖、或時、さる国にて、翁忌にあひ侍るに、其の地の連衆、皆、仰ぐ・報恩・捻香・手向・連友等の詞もて脇せむとす。予曰く、「間近き追善にて、句面に其の詞顕れたる脇に、少しあしらふ事もあり。翁忌は、年々数万所にする事なれば、発句も余り定規なるは古く、脇は殊に常体にて有らなむ」と、例もて示せども、旧染の垢深ければ、「そは粗相也」と思うて、諾はず。依之、時雨の吟、数多作り設けて曰く。「発句に一歩の差あらば、脇に千里の違ひなからむや。各の得物もて句々の姿を付分けてよ」と云ひければ、衆人始めて、身柄脇の何れへも通じて、却つて付かざる事を悟りぬ。

※ 支考の主な芭蕉追善
・ 元禄 9(1696)年3月12日、双林寺、法会。
・ 元禄13(1700)年3月12日、七回忌、義仲寺、一日千句興行。「帰花」刊。
・ 元禄15(1702)年秋、義仲寺、魂祭り。「玉まつり」撰。
・ 宝永 3(1706)年3月11~13日、双林寺、翁十三回忌興行。[東山万句]刊。
・ 宝永 7(1710)年12月12日、十七回忌、双林寺、仮名碑の建立、法楽俳諧興行。
・ 正徳 5(1715)年3月12日、義仲寺、翁二十三回忌、「発願文」撰。
・ 享保10(1725)年3月12日、双林寺、翁三十三回忌(2年繰上)・翁五十回忌(取越)、法要。[三千化]刊。


△墨直(すみなおし)。 (正徳享保の問に有るべき例未得ず)       ↑ トップへ

[東山墨]

     │ちればこそ桜を雪にすみなほし   吾仲
     └ 年に光をそふる春の日      白狂

〔墨直集〕
(享保15)

     │一点の私はなし墨直        左柳
     └ 心も花に清き山陰        怒三

 是亦「翁忌」に同じ。白狂初めて営む故に、墨字に対して、光をそふと、不易修行の意を結びたり。
 さるを、末代其の粕をなめて、点く塚、仰ぐ碑、筆の運、余光、道の栄など付けむは、其の催主の脇にはあらで、古人の吟を襲ふとやいはむ。発句に墨直※1とあらば、只景気ばかり付けても、其の情うつらむ。
 常体に見らるゝ句ならば、脇は景情勿論也。

 又、発句も墨直と偏固に作らでも、其の趣きあらばよけむ。 又、折節は、只花鳥風月の朗詠も面白からむ。

 偖、中頃花供養※2、捧扇会※3始まりたり。理同じければ例略す。

※1 墨直し
・ 支考は、宝永 8(1711)年から、3月12日に、双林寺の仮名碑の墨直しを行った。
<仮名碑文、石碑銘>
我師か伊賀の国に生まれて承応の比より藤堂の家につかふ。その先は桃地の党とかや、今の氏は松尾なりけり。年また四十の老をまたす、武陵の深川に世をのかれて、世に芭蕉庵の翁とは、人のもてはやしたる名なるへし。道はつとめて、今日の変化をしり、俳諧へ遊ひて行脚の便を求むというへし。されは松島は明けほのゝ花に笑ひ、象潟はゆうへの雨に泣くとこそ。富士よし野の名に対して、吾に一字の作なしとは、古をはゝかり、いまををしふるの辞にそ。漂泊すてに廿とせの秋暮て、難波の浦に世を見はてけむ。其比は、神無月の中の二日なりけり。さるを、湖水のほとりに、その魂をとゝめて、かの木曽寺(義仲寺)の苔の下に、千歳の名は朽ちさらまし。東華坊こゝに此碑をつくる事は、頓阿西行に法縁をむすひて、道に七字の心を伝ふへきと也
<其銘>
あつさ弓 武さしの国の 名にしあふ/世に墨染の 先にたつ 人にあらすに/ありし世の 言の葉はみな 声ありて/その玉川の みなかみの 水のこころそ/くみてしる 六すし五すし たてよこに/流てすえは ふか川や 此世を露の/おきてねて その陰たのむ その葉たに/いつ秋風の やふりけむ その名はかりに/とさしをきぬ 春を鏡の 人も見ぬ/身を難波津の はなとさく 花のかゝみに/夢ぞ覚ぬる
・ なお、「墨直集」は、「啼鳥舎千里編、寛政11(1799)年3月序、源氏行-其あとを汚さぬ迄そ墨なをし 里松-」、「 耕月庵撰、安政5(1858)年3月序、百韻行-水茎に信をこめて墨直し 耕月庵-」などが残る。

※2 花供養
・ 天明 3(1783)年 闌更、双林寺に芭蕉堂建立。
・ 天明 6(1786)年3月12日 闌更、双林寺芭蕉堂の桜木製芭蕉像に、花を奉るという花供養会を修し、「花供養」刊。

※3 奉扇会
・ 明和 6(1769)年 蝶夢、義仲寺翁堂再建。初夏4月8日、翁堂の芭蕉像に扇を捧げ奉るという奉扇会を始めた。初冬10月8日には、杖を捧げる会式、時雨会を行う。従って秋も扇を持つ。


△追悼。懐旧。       ↑ トップへ

 百日迄を追悼といひ、一周忌よりを懐旧といへり。
 句の親疎、其の趣きによるべし。凡そ哀傷の句脇は、表に強ひて悲哀の詞を作らむとする時は、却つて薄情に聞ゆる事もあらむ。
 そは、尋常の事も詞過ぎたるは、卑劣なるがごとし。
 只、常の句の様にて、吟ずる度毎に、余情顕れて身にしむばかりにありたし。
 偖、無常の句に無常、釈に釈の脇を付くるはよし。
 さるを釈、無常を取違がへて互にしたる物多し。 甚だ非也。

 凡そ、仏の道にかゝる物は釈也。衰老病死にかゝる物は無常也、其の中、白牌は無常、戒名は釈、香炉は器物といふ様なる事あれば、証句の傍に、釈、無常、の印をさす。

 懐古、歎辞、讃談は非無、非釈なれば、互に成りてもよし。又形容の物には、印を入れず。

[続虚]
五七日

     │卯の花も母なき宿ぞ冷じき    
     └ 香消え残るみじか夜の夢    其角

 発句は、一家内白衣を懸けたる様を、卯の花に比して、「憂の字」の響きをいへるを、窓の寝覚の姿に【移転】して、香の火消えて、短夜の夢を観ずる様を述べたり。脇一句の仕立、無常也。

[一]

    貞享五の春、故蝉吟公の庭前にて。
     │様々の事思ひ出すさくらかな    
     └ 春の日早く筆に暮れゆく     探丸

 「はなに様々の事思ひ出す」といふを、机上に詩歌を按ずる姿と見て、物書き続くる興に入りて、永日も忘れたる様を付たり。
     / 落つる涙に庭の陽炎
 といはゞ、私也。

[印]

     │あなむざんやな甲の下の蛬   翁
     └ 力も枯れし霜の秋草      享子

 「あなむざんやな」、斎藤別当といふ、謡のタチ入れなれば、脇にも「風にちゞめる枯木の力も落ちて」と云ふ文句を摘みて、討死の意を受け、霜の秋草に蛬の哀れを尽したり。

※ 謡曲「実盛」
・ シテ詞語「~、首取つて候へ。~、斎藤別当実盛にてやあるらん。然らば鬢髭の白髪たるべきが、黒きこそ不審なれ。樋口の次郎~、一目見て~、あな無残やな。斎藤別当にて候ひけるぞや。~鬢髭を墨に染め。若やぎ討死すべきよし。~髭を洗ひて見れば、墨は流れ落ちてもとの白髪となりにけり。」
・ シテ「老武者の悲しさ は」。地「軍(いくさ)には、し疲れたり。風にちゞめる、枯木(こぼく)の力も折れて、手塚が下になる所を、郎等は落ちあひて、終に首をば掻き落とされて、~」

         ○

[しし]
讃秋の坊詞

     │門松にきけとや鐘も無常院    蓮二 ※集「聞けとよ」
     └ かすみの果の西にいる月    野棠

[しし]
祭北枝詞

     │薔薇ちりぬちればや花も葉も剌も 蓮二 ※はもはりも
     └ 山ほとゝぎす谷にその花     蘇守

 薔薇そうびの花葉ちるといふを受けて、山時鳥のなく時、山時鳥の花も開くといふ【拍子】もて、一谷の草花を対したり。

[しし]
吊牧童詞

     │鴬の笠に出たつや悟故十方    蓮二
     └ 梅の朝日に極楽の道      東孜

※ 集も「吊牧童詞」で、「牧童を弔う詞」。「吊」は、「字彙」に「弔」の俗字とある。
※ 悟故十方 遍路の笠に、「迷故三界城、悟故十方空、本来無東西、何処有南北。(迷うが故に三界は城なり、悟るが故に十方は空なり、本来東も西もなく、いずこにか南北あらん)」

[しし]
哀文砌

     │とその香や枕に恨むる薬紙    蓮二
     └ 衣桁に残す袖のはる雨     幾因

[しし]
悼十丈

     │花の香もけふ脱更へよ麻衣    蓮二
     └ 駒鳥の音もいるゝ木隠れ    野角

 こは、間近き悼みなれども、句脇ともに「もの字」を以て、無常の歎きを余情に見せ、句面は、只平生に仕立たり。

[しし]
悔濫吹

     │七種やけふ一色に仏の座     蓮二
     └ 金衣の声に花の雪ふる     曽呂 
※きんい、鴬の別称。

 紫金蓮台に、金衣の妙服を懸け、正覚の天華ふる体を付けたれども、准物(なぞらえもの)なれば、釈にあらず。

[しし]
歎従吾

     │藤に名の残るや花の白陀羅尼   蓮二 ※はくだらに
     └ 机に声の千里鴬         湖夕

[しし]
告雨青

     │十三夜は忘れじ菊も其の余波   蓮二 ※なごり
     └ 木のはに霜の見ゆる長月     山隣

[しし]
惜万子

     │其実三ツその梅は画に残りけり  蓮二
     └ 杖に団扇に詩あり歌あり    八紫

         ○

[東山万]
翁十三回

     │ばせをはも苔の下萠見る世かな  遊行上人
     └ 呼子の声に三千の弟子     蓮二

     │膓も十三年の氷かな       千那
     └ 火桶の花も寒き冬枯       角上

     │幻の一むかし也枯尾花      塵生
     └ ちらりちらりと雪げする空    宇中

     │此道の伽葉はいづれかへり花   八十
     └ 雪も現も氷るやどり木      一草

※ [三千化]巻頭に、「遊行上人 他阿」として載せる。時宗49代遊行上人、他阿弥陀仏、一法。美濃山県光明寺住職、発句のとき43歳。
 「三千化」の凡例に「先年双林寺の十三回忌に一万句の巻頭なるべし。~古老の一順に潤色」とあり、他阿・蓮二・露沾・氷花・木因・野坡の一順六句を載せる。
 [東山万句]には、序文に遊行上人の発句(別形)のみを載せる。

         ○

[三千]
翁卅三回

     │梅がゝに迷はぬ道の岐かな    丈草
     └ 一字の恩に月も千金      蓮二

 梅に好文の趣きより、街に千金を荷ひて、一字の師を尋ねし俤を仮りて、春宵一刻の古語を文とりたる曲節也。

[三千]

     │喚続の千鳥の恩や今の娑婆    百里
     └ 湖水にかげの残る月雪      蓮二

         ○

[笠]
翁正当

     │尊さや花ももみぢもかへり咲き  童平
     └ 山も眠りを覚ます音楽     蓮二

         ○

[八鳥]
翁正当

     │鴬や古翁風雅のかしら鳥     杉風
     └ 冬木の異香如月の雲       野坡

     │大津絵の鴬もなけ三十三とせ   鬼城 独
     └ しきみは春をかざる松本

         ○

[白扇]
翁霊祭

     │ さゞ波や井波にかはる墓参り  支考
     └ 野面の石もやゝ秋の風     浪化

         ○

[文星]
蓮二悼

     │梅がかの教へ残るや古今抄    丁牧
     └ てには囀づる鳥の遠近      比誰

     │おもかげや天に星地に梅の花   箕吹
     └ 御簾の枯葉の冴え返る風     遊魚 ※集「御簾に」

     │梅の名や一月暮れて桜仏     范孚
     └ 呼子とかいふ鳥も此時      百阿

    机│文台の別れや波に帰る雁     市虎
     └ 月と花とを惜む春のよ     伽涼

    硯│ことのはも今は硯の汐干哉    乎哉
     └ 柳に招く風の栞戸        市虎

    筆│其の筆の跡思へとや土筆     伽涼 ※つくづくし
     └ ひろ野をきじの一筋になく   乎哉

     │鳥もけふなく此陰や百日紅    東怒 ※集「けふを」
     └ 若ばの光水に消えゆく      東宇

     │けふ迄は怠りのなき夏花哉    一宇 ※げばな
     └ せんだんの香に明易き月     鷺洲

         ○

[竹秋]
佐角悼

     │月に其俤床しかゞみ山      和蕙
     └ 名のみ壺中に残る蘭の香    十知

     │泣顔の百日たつや冬の月     冠那 独
     └ 咄は尽きて寒き手焙

         ○

[渭]
蓮二七回

     │鴬や日本は仮名に経の声      帰的
     └ 暮を呼子の鐘つきにけり     賈部

         ○

[冬紅葉]

     │亡人のかげか四角に畳夜着    野坡
     └ 障子にくるゝさゞん花の雨    苔路

         ○

[みかの]
野坡悼

     │初花にめさでやけふのから衣   笑調
     └ 誰れ呼子鳥刀ぬり杖       梅従

     │五十日さくらはよそに耳の花   梅従
     └ ちよつちよと下す水の雀子    風之

     │昔かくをしむ日ありやちる桜  梅楚
     └ 主なき清水温む曙       白川

 凡そ集に作る追善は、類句多ければ、親しき中のも、此ごとく、句面軽く作るべし。句毎句毎に愁詞過ぎたるは、却つて作り物の様に覚える也。


△遺吟立句追善。       ↑ トップへ

 遺吟を立てゝ、年忌塚供養などするも、四季句の脇に同じ。これを中頃より脇起しと云ふは、「只今脇より事を起して始む」と云ふ心の名なるを、頓て「起の字」に仔細を付けて、脇起しは遺吟を霊位と見て、夫に対して、懐古手向の心を付くる事としたり。
 かくてもすまば、其の心の脇、四季四句調べおかば、百代事欠かぬ重宝ならむ。是も、古風の執着也。

[千句]
十の内

     │春もやゝけしき調ふ月と梅     翁
     └ 門のさゝれし道の古草      除風

     │古池や蛙飛込む水の音       翁
     └ 窓のあかりは月の朧夜      露堂

     │時鳥声横たふや水の上       翁  ※元「声や横たふ」
     └ くもりに涼し麦の赤らみ     露堂
 
     │猪もともに吹かるゝ野分哉     翁
     └ 山の此方に独り残月       除風

     │蛤の生けるかひあれ年のくれ    翁
     └ 払へどすゝに染まる世の中    舎羅

[八鳥]
先人霊祭十の内

     │鴬にほうと合する朝哉       嵐雪
     └ 机の手炉に冴かへる指      野坡

     │雉なくや薮の捨子の莚銭      仙化
     └ 茶摘の笠に往来の笠       野坡

     │松島や鶴に身をかれ時鳥      曽良
     └ 月忽然とさみだれの霜      野坡

     │鴬やまだ蛤の二見声        正秀
     └ 椿の花にこかす立臼       洒堂

     │三日月や鴬かへる寝繕ひ      惟然
     └ 網の手なりに持山の花      洒堂

         ○

[みかの]

     │我れをよぶ声や浮世の片時雨    野坡
     └ 花静かなるつはの細露地     素浅

 野坡病中の吟に脇せし、追善の巻也。発句を、茶人の独り路地を逍遙して、時雨のさびを観ずる体と【見立】たり。

[六花]
五十回六の内

     │初雪や水仙のはの撓む程      翁
     └ 縁に寒さをふるふ柴売      素水

     │市人にいで是売らむ笠の雪     翁
     └ 都の町を紙衣大名        巴静

         ○

[笠]
十七回

     │歌書よりも軍書に悲し吉の山    蓮二
     └ ちる名は朽ちず花にもみぢに   廬元

 大友の乱、義経の難、大塔宮の俤など、思ふに古歌の哀れよりも悲しからむ。火花をちらしゝ戦ひも、今は花紅葉のちる名にのみ残りけりと、其の山の観想を付たり。

[新夏引]

     │傘に押分け見たる柳かな      翁
     └ 待たせて遅き春の野渡      山幸

 安永二、蓼太捌きの巻なり。題に「脇起歌仙」と書きたり。其の頃よりの名にや。されども〔谷の小橋〕のごとく、邪(よこしま)の事なくてめでたし。


△古人の句。 (多例省)       ↑ トップへ

 是も常体也。

[あら]

     │月に柄をさしたらばよき団哉    宗鑑 ※よきうちわかな
     └ 蚊のをるばかり夏の夜の疵    越人


△文通並留守。       ↑ トップへ

 文通句の脇、留主へ挨拶句の脇等も、常体也。

 さるを、近頃、其の文を開き見る意を作りて、いかなる句にも付くる事はやれり。是も、」脇は身柄の物と思ひ誤りたる」より起るひがごと也。

[奥の枝折]

    翁、此頃すか川に在すと聞きて申し遣す。
     │雨はれて栗の花さく跡見哉     桃雪
     └ 何れの草に鳴落つる蝉      等躬

 只、栗ある場の、雨はれの形容を付たり。

[あら]

     │麦を忘れ花におぼれぬ雁ならし   素堂
     └ 手をかざしみる峰の陽炎     野水
 ※集「さしかざす」

 「此の文※1、人の事伝て届けられしを、三人※2開き、幾度も吟じて」と、断り書きしたれども、只帰雁を見送る体を付けたるを見よ。

※1 素堂の野水宛書簡。
※2 野水・荷兮・越人の三人。


△述懐。       ↑ トップへ

 いか程前書ありても、常体也。

[韻]

     │けふばかり人も年よれ初しぐれ   翁
     └ 野は仕付たる麦のあら土     許六

[幽]

     │こてふともならで秋ふる菜虫哉   翁
     └ 種はさびしき茄子一本      如行

[其使]

     │此道やゆく人なしに秋のくれ    翁
     └ 岨の畑の木にかゝる蔦      泥足


△名所。       ↑ トップへ

[一]

     │何所迄もむさしのゝ月陰すゞし   寸木
     └ 水相似たり三股の 夏     翁  
集「三股の夏」

[山琴]

     │いざよひと名のかはりてよ恋の山  万子
     └ 風の便りを雁に岩瀬野      巴兮

         ○

[鵆]

     │星崎の闇を見よとやなく鵆     翁
     └ 舟調ふるあまの埋火       安信

[越]

     │二上や雲の化粧の玉くしげ     蛙白
     └ 妹がりゆくか川千鳥なく     支考

 此のごとく、脇に故郷の名所を結びたるも、又結ばざるもあり。

[笈]
牧田川

     │春風や麦の中ゆく水の音      木導
     └ 陽炎いさむ花の糸口       翁

[越]
卯花山

     │卯の花の初雪咲きぬ時鳥      支考
     └ ひるさへ空に氷る有明      温古

 此のごとく、発句に名所の隠れたるは、脇に其の名所を顕はす事決してなし。因みに云ふ。三物、表物類は、脇に何を付けてもよし。只、脇限りにておく物、一順一巻とする物には、仮令、発句に神・釈・恋・無常・名所等の意を含みゐても、句面に顕はれたる詞なき時は、脇に其の詞を付け顕はす事、きはめてなし。
 そは、姿先情後の故也。近頃表物の脇を見過りて、発句に含みあるは、付け顕はしてもよしと教ふる人あり。過則勿改。


△題発句。  (脇は題意に拘はる事なし)       ↑ トップへ

[桃白]
[ひな]

    仲秋雨懐故人
     │名月や笹ふく風のはれを待て    濁子
     └ 客に枕のたらぬむしの音     翁

 ぬるには枕たらねば、起き居て雨はれをまてと云ふ【移転】付也。

[梅十論]
俳諧伝

     │八重にさく奈良より梅は一重哉   梅光
     └ 菜も小便にかへぬ鴬       蓮二

[梅十論]
俳諧道

     │近道もいそがば廻れ梅の花     七雨
     └ 紅ではくけぬ鴬の笠       蓮二 ※ もみでは

[梅十論]
俳諧徳

     │垣根にも都うつすや梅の花     羽嵇
     └ 人のひるねをおこす鴬      蓮二

[梅十論]
虚実論

     │誰が袖に若やぐ梅の老木かも    桃川
     └ 笹に素足の鴬のたで       蓮二

[梅十論]
姿情論

     │鍋殿も公家の流れの野梅かな    有栞
     └ 声はなまらぬ鴬の日兮ひい       蓮二

[梅十論]
俳諧地

     │黒ぼこに育ちて梅の白さ哉     梨雪
     └ 鳥も其子に母のやぶ入      蓮二

[梅十論]
修行地

     │闇にうき月に見よとや梅の花    里人
     └ 夜鳴かすとて鴬の難       蓮二

[梅十論]
言行論

     │花にさへつをひく梅の匂ひかな   呂竹
     └ 茶色のさびもさすが鴬      蓮二

[梅十論]
変化論

     │接分の衣裳くらべや梅の花     仲志
     └ 鴬の巣に交るよその子      蓮二

[梅十論]
法式論

     │梅の花さくやのしめに小さ刀    泊楓 ※ちさがたな
     └ ゑぼしほしいか篠に鴬      蓮二


△四季。       ↑ トップへ

[一]

     │古池や蛙飛込む水の音       翁
     └ 芦の若葉にかゝる蜘の巣     其角

[根本]

     │涼しさの凝砕くるか水車      清風
     └ 青鷺草を見こす朝月       翁

[けふ]

     │あれあれて末は海ゆく野分哉    猿雖
     └ 鶴の頭をあぐる稲の穂      翁

 あるゝ場を稲村と定めて、字を【過去】と見、野分鎮まりて後、臥しをる鶴の首上げ見る風情を付けたり。

[新百]

     │凩の一日吹いてをりにけり     団友
     └ 烏も交る里の麦蒔        乙由

 此のごとく、一物仕立の句には、能く其の場、其の用を見出て、姿を立つる也。

 四季の脇は七部の註に委しくする故に、爰に挙げず。 其の書に、四角記号、此の四印あるもの、最も亀鑑とせよ。凡そ景曲眺望の句は、よく其の趣きを見定めて、他にふれぬ様に有りたし。
 又、一段発句をすり上ぐるは手柄也。

[さび栞]
 発句に場なくば、場を定め、場あらば時節を付けよと云ふ、あらめなる教へを信じて、「鶴に田・沢」、「烏に杜・畑」など付けても脇と心得たるは、甚だ粗相也。

 又、近頃景気の句に。

     / 杖に彳ずむ春の曙
     / 見はらし弘き月の門先

 此のごとく、景色に向ひて、只見ると云ふ心を付くる人あり。是も相体付の古湿也。今一つ、物を添へてこそ、二句の間に見る心はこもらめ、蕉門には、只見る、只きくと云ふ付方は、脇にも付合にもなき事也。


△雑  (無季)       ↑ トップへ

[笈]
名所

     │かちならば杖突坂を落馬哉     
     └ 角のとがらぬ牛もあるもの△   土芳

[柴吹風]

     │何となう柴ふく風も哀れ也     杉風
     └ 雨のはれ間を牛捨てにゆく    翁

 発句は、送別の心さびしき情なるを【換骨】して、柴ある場の用を見出し、哀れの字を深めたり。かゝらでは、発句、魂こもらで、平句に墜ちむ。是、雑の脇の付方也。

○ 「諸書」、「雨の夕べに」と、写し過りたり。


△脇の容易ならぬ事。       ↑ トップへ

[北枝考]

 脇は力一ぱい発句の余情を言ひ叶へて、付の手柄なくては浅まし。手柄せむとする時は、一巻の中、第一むづかしき所也(約文)

〔平安廿歌仙〕

    三吟 (此真筆、洛長松下にあり)
     │鴬に朝日さす也竹格子       浪化
     └ 雛の道具を取出す春       去来
    又└ 雛のほこりを払出す春
    又└ 袷羽おりをとり出す春
    又└ いそがし事も先づ仕廻ふ春
    又└ めつた吹きするきさらぎの風
    又└ 小いそがしさも埓明くる春

 随分按じ候へども出不申候。あとより、もしよき句出で候はゞ、又々申すべく候。此の内、雛の埃りの句にて仕るやと存候。とかく御了簡可下候。

 ○ これより翁の筆
     │小いそがしさも埓明くる春
    此御句か様に仕候ては
     └ ゆらりと春をかまへたる庭
   以下略

 蕪村曰く。其の頃、去来はさうなき作者なれば、かゝる脇などせむは、いとたやすかるべきを、自らの臆にことわりかねてや、翁のさたを乞ひ求めける、殊勝の事にこそ侍れ。翁もかくやなど捻り直されけるも、猶心ゆかずや侍りけむ。「礼者うすらぐ春の静かさ」と、砥並山には聞えける(約文)

▲ 祖翁常に、脇は付句第一の物と示し給ふ事、北枝の詞と、去来是を京より江戸へ伺ひけるをもてしるし。

 偖、此の六脇を考ふるに、皆、竜のつまづき也。高弟にもかゝる事有りと思はゞ、今人、何ぞゆるがせにすべき。

[蓬]

    尾張の国熱田にまかりける頃、人々師走の海見むと舟さしけるに、
     │海くれて鳧の声ほのかに白し    翁  ※かも
     └ 串にくぢらをあぶる盃      桐葉

 発句は、海は暮れたれど、鴨のなく所に目を止めて、つくづく見るに、鴨のなく度毎に、仰ぐ羽裏の白みの仄かに見ゆるは、未だ暮残りてゐるかといふ心を、声仄かに白しと作りたる曲節也。

 されば、其の透見る鴨の場を定め、渚・岩・洲先・とろみなどの浪の風情もて、白の字の姿を顕はすべきを、古調もて前書に相対し、何れへも通ふ事付けけるは、未だ初入門にて、翁の改法をしらぬ故也。翁も亦即興の巻といひ、初対面なれば時宜に許されけむ。

 此の外にも座俳諧には此の類あり。
 されども撰集には、きつと精げ給ふ事は、同国にて、同年同時撰の「冬の日」に、かゝる身柄脇一つもなきを見よ。此の集は其の時の言捨てを、安永四年に闌更は「蓬莱島(よもぎがしま)」と号け、暁台は「(熱田)三歌仙」として、倶に梓せし物也。
 翁の時は、古調の人も交りたれば、席によりては、会釈も有りけむ。今蕉門一円の世と成りて、吾家の規矩を明らかに立つべき時なれば、仮令翁の許されける事にも、其の慮かりありし物は、勘破(看破)すべし。されば、其の時の二三子に、貞享式を授与し給ふは、後に是を糺せよとの遺命ならずや。諸君子、察し給へかし。

[十七]

     │明星や桜定めぬ山かづら      其角遺吟
     └ 師は母子より強き葉の軒     春蛸

 此等の脇は仔細もなく、遠山の体、曙のけしきなど、趣向する所なるを、いかなれば何れへもつく身柄を付けけるぞ。

 晋子は、貞享式を望みし人なれば、取分け、其の教へ、門下に届くべきに、此のごとくなるは、翁の改法は、間近き上に得たる人も少く、古調は久しく馴染たる上に、相対は俗情にて、覚え易き故也。
 蕉門の諸子よく聞き給へ。
「言不典。君子所慚」
 なれば、常に鑑むべきは、貞享式也。

※ 「三余随筆 慧琳」第7章

  言、不ルハ、君子ナリズル

[桃]

     │餅くはぬ旅人もなし桃の花     蓮二
     └ すり餌の恩に千里鴬       里紅

 発句は、首途に桃を手折りて、餅を祝ふ体也。
 爰に脇せむには、此の句を桃林下の餅店と移転して、立代り入代る旅人の粧ひを付くべけむを、摺餌の恩とは、前書相対にて。千里鴬も、旅の字の註なれば、身柄は勿論、一字も前句の姿なし。

 後年、里紅、脇・第三の鑑にとて、[三物拾遺]を著はしたる。其の中には玉あり。其等の珪璋を輝やかす人は少にして、此等の瑕玭(瑕疵)を磨かざる徒の多かりけむ。其の曇、一門を覆へり。

 あゝ師たらむ者は、一言半句も疎そかにすベき事ならず。
 凡そ古への名家と雖も、句毎に金玉は稀なれば、本書の規則に叶うたる物を撰びて、百世の鑑とする事は、弟子の任也。只師を尊むままに、道に害ある過ちをも補はざるは、却つて其の師を辱かしむるに似たらむ。彼の曽子の、謹みて親の杖を受けしをだに、夫子は猶不孝と訶し(さとし)給へる所以をも、思ひ合すベき事になむ。

 因みに云ふ。「景清も花見」「昔きけ秩父殿」等の草体、又「一句の立たぬ情発句等の脇は一手段あり」。爰に尽しがたければ、付録に出ださむ。仮令、魂なき句にても、脇の付方にて、活上る物なれば、容易から(たやすから)ぬは脇の稽古也。凡そ脇一句の労は、一歌仙にも比しがたきを、初心は平句よりも安しと心得違ひたる故に、化なる事のみいへり。

 予、常に是を教ふるに、初め四季、脇、三百を一月とし、次に贈答類三百を又一月とし、其の次に、草体三百を三月とし、 終りに、情句百を三月に成就なさしむ。

 都て千脇八ヶ月の稽古也。仮令、付句は、一言下に徹底せむ人も、脇においては、此の修行地を経ざらむ限りは、超仏越祖の境界には至りがたからむ。



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