貞享式海印録巻一、第三・三物・表合せ

貞享式海印録 巻一②
第三第三のこと(概説)見立て 天然の句を自己にして作意を付けること
自己の句を天然にして作意を付けること古語裁ち入れ、倒置などの文法
上五言に不用の用語 上中の五七言に不用の用語
中七言に不用の用語 下五言に不用の用語
「かな留め発句」の「第三にて留」、苦しからぬこと
三物歳旦三物・三物
表合せ六句表(表六句)本式十句表(本式表十句)八句表(特別な表八句)
海印録、全索引へ引用俳書一覧へ俳人一覧へ去嫌まとめへ

貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したもので、蕉風俳諧で学ぶ者にとって、一級の資料である。

 このページでは、第三から  までを見る。


貞享式海印録 巻一

第三

 第三の事       ↑ トップへ

[本書]

第三の留に、文字の定めたる事は、一句の様、発句のやうなれども、下の留らぬ所にて、発句にあらず。次へ及ぼすべきため也。此の理をしる時は、にの字にも限らずとしるべし。されども、此の句は第三の様也と、百句の中におくとも、撰び出す程に、第三の様をしらぬ時は、やはり定めたる留、然るべし。

▲ こは「にの字」「ての字」に限らぬ理を知りて、自在を得よとの教へ也。我は第三の作り様を知らざれば、定めたる留にて済ますと、な思ひそ。仮令、て留にても、第三体ならぬ句は、必ず付くまじき事也。

 偖、近世かく作らでは、第三留まらずと、句を難ずる人あり。大いなるひが言也。留字と云ふは、句の終りにおく字と云ふ事ぞ。作意は、必らず留まらぬ様に、かまへて作る事ぞかし。

 世に、韻字留に伝授ありとて、或ひは初桜、時鳥など、或ひは押字抱字のさたある事は、しらぬ人の推量也。

▲ こは古式の評也。体言にて留むるを、其の頃韻字留と、言ひ習はせたり。古説に句・脇、仮名留(てにはの事)の時は、第三韻字留にすと云ふ事あるを、そは古式もよくしらぬ人の推量也と、評せられし事にて、其の故は、
    連歌兼載独吟
     │月ならじ霞の匂ふよはの空
     │ 雲路に更くる春の雁が音
     │長閑なる波を枕の泊り舟
    俳諧紅梅千句
     │さほ姫のそだつや花の窓の内
     │ 雛を愛する軒の鴬
     │春の末天下に名ある時鳥

 昔の連誹だにかゝれば、まして我家の俳諧には、辞留、体言留、何句続いても、其の戒めはなく、只其の座の趣きに任せて、何留もせよとの事也。

 さるに、近頃其の昔の浮説を引き出で、句・脇、辞留の時は、第三必らず体字留と定め、又其の字留せむには、上五字の終りに「ての字」・「にの字」を入れ、転倒して、て留・に留となる心にせよと云へり。片腹いたし。終りを体言にて結びたる句の、転倒する謂はれはあるまじ。

     │こほろぎもまだ定らぬ鳴き所

 何れの時か、我も此の第三ありしを、一座を禁じて、他聞を許さず。発句と平句との境は、此の第三の韻字にてもしるべし。されど、尋常の留にて事欠くまじき事也。

▲ 第三に限らず。て留・に留の句は、前後へ詞係りて、付よき物也。されば尋常の留と心得、異なる留は、其の座の趣きによりて用ふべき事にこそ。

[本書]

     │辛さきの松は花より朧にて
 此の発句の落着をしる時は、発句と第三と平句との差別をしる也。発句は、一句の中に曲節といふ事あり。此の発句に、花は曲にして、松の朧とは節也。

▲ からさきの松の朧を詠ぜむとて、比良の花をもて、一句を化粧ひたる所、最も曲中の曲也。

 第三  │辛崎の松は春の夜朧にて
 是は第三の様也。此の句、花の一字を抜きたれば、発句より軽く、松の朧に節有りて、平句より重き所をしるべし。

▲ 月夜の松かげの茂きを、朧と見たる所、節也。

 平句  │からさきの松を春の夜見渡して
 是は、只春のけしきのみなれば、曲もなく節もなく、地の平句也。

▲ 平句とは、平生体なる地の句と云ふ事にて、趣向の雅俗に拘はらず、只有の儘なる作をいへり。

 譬へば、「仏の光明」と云ふは、有の儘なれば、平句也。杓子の雫と云ふ事を、杓子の「泪」と作るは、文也節也。一作意なれば、第三の位をもつ也。

[東西夜話]

第三の姿をしる時は、「いの字」「ろの字」にても、第三は留まる也。増して、韻字留は、いふにも及ぶまじ。(上下略)

[北枝考]

第三は、一作有りて、長高く(たけたかく)仕たつべし。付肌も、随分よく付添ふるこそ、いみじけれ。て留・に留・らむ留など、多くする事は、只終りの留らざるやうにして、おのづから、四句目の付、出る様にせむため也。字留・もなし留にても、留浮きて、四句目を呼出す意あらば、何留にても然るべし。(約文)

▲ 今、第三を節に作る法を、手近にいふ事、凡そ大わり二通り(○印)。小割八通り(△印)也。かく名目を立つるは、得易からしめむため也。

 ○見立の作 △見立  △天然自己 △自己天然 △タチ入
 ○不用の作 △上五言 △上中五七 △中七言  △下五言

 

 凡そ此等の法もて作る時は、一節付けて、句品平句に異なる也。古き物に、何留は何辞をいづこに遣ふ、又すみの辞などいふ事あるは、古式を写し伝へたる書也。蕉門には「節作」と「次へ及ぼす」と、二条の外に教へなし。
 や・らむ・もなし・けり・活字、何留にても、打合せある事は、第三・平句に限らず。詞に述ぶる物、皆しかり。
 我家には、辞の係結をもて、第三とせず。留の文字に拘はらず、一作ある物をこそ、第三とすなれ。其の中、「て留」「に留」は正格、其の余の留は、時に臨みて変格の曲節也。


△ 見立。       ↑ トップへ

 爰にいふ八名の中、「△見立」と云ふ名は、細かにいはゞ、此の中に数体あれども、多名は煩はしからむと、見立として集めたれば、証句を考へて自知せよ。「\__」は、平句に作り直したる印也。

[拾]

     │様々の魚の心も年くれて      翁

     \___浮世の中____

 といふべきを、脇の「浦の塩焼」に対して、魚に比したる所、節也。

[一]

     │駕舁も新酒の里を過ぎかねて    翁

     \_____をみれば____

 酒屋といふべきを、名所の如く作りたる所、作意也。

[笈]

     │七夕の八日は物のさびしくて    翁

     \_______を片付けて

         ○

〔発明弁〕

     │数の子の水あたゝかに温み来て   許六

 五老(※許六)曰く、「

     \___を漬けたる水の____
 などするは、十人が十人也。漬の字を抜きて幽言に成りけれども、世間此の味をしらず。同じ事と思ひつるこそ、口をしけれ」と云へり。

[宇陀]

     │下駄の歯に一筋黒く解け初めて   許六

 五老曰く。「第三のふりを付くべきため、雪の字を抜きける也。此の第三の骨折は、黒の字にて、是字眼也」と、云へり。
     \____の跡から雪の____

 と云はゞ地也。

         ○

[古今抄]

     │薮入の子に大名の萩さきて     支考

     \____は____も見て
 大名の、萩庭を見る行儀して、故郷の庭、なつかしく臨みたる、衣服容体さながら、土民の子とも覚えず。此の賤が屋も、猶大名の下屋敷にやと、怪みたる様に位を付たり。

[古今抄]

     │薮入の子に隣から萩咲いて     支考 

     \________もちの来て
 隣のばゝの持来る重の内覗きて、彼の御所詞にて、萩の花を「御念もじ」といひけむ。餅とする時は地也。
 節とは竹の節のごとく、作に一段付けて取締りたるをいへり。

[西花]

     │此秋を良暹法師こまられて     支考

     \________歌よみて
 「いづこも同じ」と秋を淋しがりけるを、「困りたり」とは、興ある見立也。

[西花]

     │夕顔の小家も今は画に成りて    支考

     \_____をこゝに見渡して

[西花]

     │笠きたと笠きぬ人の連立ちて    支考

     \たび人と所の_______

[西花]

     │やれ客と座敷の子供掃出して    支考

     \_________追出して

[越]

     │俳諧は連歌の戸口付けかへて    支考

     \______式にことなりて

[市の海]

     │百姓をきらふ子供の朝ねして    野坡

     \我ままにさする______

[小弓]

     │夜松魚に小判切らする人ありて   無倫

     \______つひやす____

[白扇]

     │山里はこんにやく黒く雪解けて   北枝

     \___所まだらに____

[桃盗]

     │師走には目鼻もつかず物言うて   牧童

     \____あと先もなく____

[東山万]

     │行列はむかでの足の長閑にて    立和

     \__の引きつゞく足____

[東山万]

     │薄知な顔にあぶなく辞儀をして   風口 ※うすしりな

     \_____手軽く______

[七さみ]

     │洟をかむ時はゑぼしに気を付て   之仲

     \______片へにふり向きて

[汐]

     │商人の袴を着ても尾の見えて    既白

     \________似気なくて

[つくも]

     │唐おりも今の紙衣と見破りて    六枳

     \________脱ぎかへて

[東花]

     │仮茨のみ簾に小袖のこぼれゐて   万戸

     \_________のぞきゐて

[東花]

     │化けたぞと息子の浴衣着歩行て   不関

     \踊らむと__________

[しし]

     │春の日の山は湯のしの艶見えて   知角

     \_________うるはしき

[しし]

     │入月と出る日と山に辞儀をして   山隣

     \__________向合うて

[賀茂]

     │旅篭屋も直ぎらぬ膳に鉑置きて   正住 ※値切らぬ

     \__________念入れて

[三匹]

     │町並のこゝも一軒歯の抜けて    乙由

     \________明いてゐて

[山琴]

     │茸狩の腹は行灯蹴破りて      曽由

     \__すつきりへり切りて

[やわ]

     │こちらからあちらへ橋の長閑にて  秋の坊

     \_____見渡す_______

[歌]

     │徳利を腹の火燵にあたゝめて    左角

     \_____中にて_____

[長良]

     │薮入の馳走に襷懸けさせて     里紅

     \___只手_______

[桃]

     │小笠原ちと覚ゆれば洟かみて    三草

     \_________媚みせて

[桃]

     │村雨の空を鏡にとぎぬきて     帰的

     \___清らかに打ちはれて

[桃]

     │踊子の物くふ時も輪に成りて    亀町

     \_________並びゐて

[三物]

     │団扇売昔の京を笠に着て      有栞

     \___ならの京より出でて来て

[三物]

     │金の生るみかむの梢冬待ちて    曽及

     \黄ばみつく_____近し

[三物]

     │小荷駄より鹿は重荷の恋をして   幾弾

     \馬よりも___せつなき___

[三物]

     │高木屋の御製に白い飯くひて    宇雀

     \_______竃賑はひて

[三物]

     │染めがらも松に霞の上着きて    固秋

     \みどりなる____棚引きて

[渭]

     │千金の春を将木の歩にかへて    立和

     \_______にさし入れて

[渭]

     │豆ふやの門を朧に出代りて     李里

     \____内から宵____

         ○

[小文]

     │馬時の過ぎてさびしき牧の野に   翁

     \_は皆とられし跡の__さびて

[枯]

     │行灯の外よりしらむ海山に     丈草

     \___消ゆる後からよの明けて

[新百]

     │鈴懸けて出たれば馬のうれしげに  支考

     \____________足早に

[東六]

     │春なりとてにはをかへて暖かに   湫暄

     \_と名の移りかはれば____

         ○

[足]

    也│千金も持たで一句の首途也     己蛙

     \身軽さの旅は______

         ○

[あら]

   らむ│藤袴誰が究屈にめでつらむ     翁

     \____行儀なる名を付けて

[拾]

     │ゆく翅いく度あみの憎からむ    曽英 ※つばさ。集「罠の」

     \________を恐る__

[春と秋]
[袖草紙]

     │掃寄せて消ゆる雪をや囲ふらむ   路通

     \ふり布ける雪を片へに掃寄せて      ※降り敷ける

[鎌]

     │半蔀は殿のよけいの花ならむ    千梅

     \_____外もの体なして

[小弓]

     │銭金と中を違はゞ隙ならむ     東推

     \__のなき身は常に___

         ○

[冬]

   用言│花棘馬骨の霜に咲きかへり     杜国

     \_____肥______

[白扇]

     │船頭の酒に余寒のさたもなし   浪化

     \_______を忘れけり

[其鑑]

     │雲雀なく空には青い底もなし   始流

     \_____青々と打ちはれて

[越]

     │古へはあみ笠きたる人もなし   温古

     \__の人は形振りことなりて       ※なりふり

[越]

     │此松に三日月さへる枝もなし   竹堂 ※障える

     \___面白からぬ____

[三部書]

もなし留は、発句は、譬へば「馬に角もなし」と、真に申すを、発句のもなし也。第三は「牛に角もなし」と転じたる心にて、第三のもなし也。

[雁木伝]

発句のもなしは虚に作る、譬へば「牛に角もなし」といふごとく、第三のもなしは実に作る、譬へば「馬に角もなし」と云ふごとし。

▲ 両書共に翁の伝書とあれど、古伝也。三部と雁木とには、此の外にもうらうへ(裏表、あべこべ)の事あり。蕉門には、さる偏固の論なき事、証句に虚の印を入れたるを見よ。

 又、「もなし」を、古来辞(てには)と心得たれど、此等の「もなし」は、用言也。

[ひさご]

   体言│嘴太のわやくに鳴きし春の空    珍碩 ※わやく=おうあく(枉惑)

     \___声高になく_____


△ 天然に作るべきを、自己にして作意を付たる例。       ↑ トップへ

[拾]

     │年の貧俵負ひゆく眺めして     翁

     \__暮_____人ありて

 貧窮人の目には、門過ぐる米俵も、月花の眺めに勝たらむと、自己の意を持せたる所、節也。

[ひな]

     │門ばんの寝顔にかすむ月を見て   翁

     \____ねむがる春の有明けて

[焦]

     │鴬を三間槍に追出して       玉芙

     \_の____それ行きて

〔三笑〕

     │村雲に月のきげんを取りかねて   伯兎

     \_____光りをさへられて

[東花]

     │鼾かく飛脚は飯に起されて     斜嶺

     \飯かしぐ隙に飛脚の眠りゐて

[東六]

     │蛬俄寒さを鳴きに来て       支考 ※きりぎりす

     \____に__出して

[夏衣]

     │ちる時は尾花に秋も誘はれて    支考

     \ちりてゆく_も_に____

[笠]

     │雛の後出ぬ徳利に門見せて     支考

     \_______をさげ出でて

[越]

     │軽薄の二字を親より賜はりて    支考

     \__な詞遣の_に似て

[越]

     │橋守も此行く秋をとめかねて    岳亭

     \________をしむらむ

[星月夜]

     │春のゆく道いなさじと関据ゑて   冶天

     \____空せき守の惜むらむ

[八夕]

     │細いにはあかずと月の空に消て   宇中

     \三日月の明る間もなく____

[山琴]

     │秋風に野中の家をなぶられて    是通

     \__の_____吹据ゑて

[ぶり]

     │あの山の朧を見よと月出でて    村女

     \_____ながらに____

[渡鳥]

     │よい宿をさがせば庭に萩咲いて   卯七

     \___の内には______

[秋の風]

     │弾捨てた栞に給仕を廻らせて    杜菱

     \_____を__の廻り来て

[名筺]

     │暮れかゝる日を夕月の待兼ねて   安栄

     \______に___さし出でて

[梅の別]

     │雲あらば我もと雀囀りて      范孚

     \ひばりなく空に_の__

[渭]

     │やぶ入の迎へに馬も髪結ひて    履端

     \________を引行きて

[三物]

     │乙鳥の巣を鴬に誉められて     杉夫

     \____は_のすに超えて

         ○

[三物]

    に│青畳ありく日あしも嬉しげに    巴静

     \__うつる____麗かに

         ○

[たそ]

   らむ│ひちりきの穴より秋は通ふらむ   牧童

     \_____身に入むばかり秋更けて

[思亭]

     │鹿の角雉のほろゝに落ちぬらむ   烏槁

     \_____なく時______

         ○

[翁]

   けり│升落待たぬに月は出でにけり    翁

     \__かゝらぬうちに月出でて

         ○

[冬]

   用言│樫桧山家の体を木のはふる     重五 ※集「木の葉降」→ふり

     \__ちるに山家の体みえて

[卯辰]

     │つゞりむし静に見れば動出し    牧童 ※柿食三吟

     \_____見てゐる中に__


△ 自己に作るべきを天然にして作意を付けたる例。       ↑ トップへ

[葛の松原]

     │蔦のはは茶をのむ人を慰めて    翁

 「珍碩は、いかにきく」と、問ひけるに、「花紅葉ならば、酒をこそのむべけれ」と、答へければ、「己れも皮骨を得たり」と、翁申されし。
     \___を_____の_みて
 といばゞ、地也。

[壬]

     │一番鶴の来てねる松ふりて     翁  ※ひとつがい

     \年をふる松に番の鶴のゐて

[後旅]

     │一とせの仕事は麦にをさまりて   翁

     \______を__切上げて

[花故]

     │日面に笠を並ぶる涼みして     翁

     \_____脱置き__ゐて

[奥]

     │夕食くふ賤が外面に月出でて    翁

     \夕月のかげに伏屋は飯くひて

[鵆]

     │松をぬく力に君が子の日して    越人

     \君が代は子の日の遊び松引きて

[さる]

     │股引の朝からぬるゝ川越えて    凡兆

     \__をかゝげもあへず___

[雪丸]

     │黒鳥の飛びゆく庵の窓明けて    不玉

     \庵の窓明くると鳧の飛行きて       ※かもの

[たこ]

     │羽箒の風やむ後に軸巻きて     梢風

     \__に埃を払ふ_____

[ひさご]

     │引捨てし車は枇杷の片方にて    野水

     \乗る車びはの片へに引捨てて

[冬団]

     │御車の暫くとまる雪かきて     安信

     \__を雪掻の間は止められて

[ひな]

     │砂川にしたす羽釜のかたむきて   青山 ※集「ひたす刃釜の」

     \________を___けて

[渡鳥]

     │膝皿の冷ゆる机を押しやりて    支考

     \_____れば机_____

[古今抄]

     │やぶ入の馳走に門の萩咲きて    支考

     \__________みせて

[東西夜話]

     │渡舟堤に見ゆる人待ちて      支考

     \_守_________

[雑]

     │傘をかりて返さぬ雪はれて     渓石

     \__かると間もなく___

[東花]

     │家根茨のみの脱捨つる雨はれて   芦江 ※屋根葺きの

     \____雨がはるゝとみの脱ぎて

[東花]

     │素咄のはては欠に夜の更けて    觚銀 ※あくびに

     \__に夜の更行けば欠伸して

[夏衣]

     │出迎へのぬり樽一荷袴着て     鶴古

     \_______持せ___

[渭]

     │花にゆく名主は髭の雪消えて    之仲

     \_______白き髭剃りて

[三物]

     │そばのこは信濃の雲をあてにして  若椎

     \____を___方に待ちわびて

[三物]

     │早速の狂歌に樽も転び出で     玄敲

     \______酒を持ち出て

[三物]

     │明けかゝる月も曲輪は夜中にて   仙枝

     \有明もしらず___に浮れゐて

[三物]

     │帷子の下に袷の秋は来て      嵐青

     \__に袷重ぬる_の__

[文星]

     │曙は野山の春に誉められて     童平

     \野も山も春の曙_____

         ○

[このは]

   けり│ときの声どつと山風吹きにけり   許六

     \_______嵐に紛れ___

         ○

[こせむ]

   らむ│踊る音さびしき秋の数ならむ    北枝

     \物さぶる秋に踊の音聞きて

[八鳥]

     │菅笠の中よりも夜や白むらむ    文州

     \______明の空を見て

         ○

[八鳥]

    み│浦長に野守に杖の道弘み      野坡

     \__は小道の草を刈らせけり

         ○

[句兄]

   体言│荷の後に一人づゝ負ふ汐干潟    介我

     \_も人も負はせて送る___


△ 古語裁入(たちいれ)並、文法もて作りたる例。       ↑ トップへ

[十七]

     │ひらひらと蹄に蝶の雪ふりて    翁

 「踏花馬蹄香」と云ふ詩を、雪ふりてと奪胎換骨したり。殊に蝶をもて花を隠見したる所、妙也。

※ 「其角十七回忌」
一 「踏馬蹄香」とは古詩成べし。此句を絵に書とりがたしと画工のなやみもさる事ぞかし。工案満て馬の足に蝶のとまりたるを書て、誉れありけるとぞ。翁第三に
     │ひらひらと蹄に蝶の雪ふりて
とせられけるもかかる一事を思ひもふけて加へし先以句幽玄、第三の亀鑑ともいふべし。年へてひらひらやと「とのじを「やにかへられけるとぞ、みのゝ木因雑談なり。此てにをは此境末派の称名ともなすべき事なり。

※ 古詩
  昔時曽従漢梁王,濯錦江辺酔幾場。
  払石坐来衫袖冷,踏花帰去馬蹄香
  当初酒賤寧辞酔,今日愁来不易当。
  暗想旧遊渾似夢,芙蓉城下水茫茫。

[難]

     │富貴には浮べる雲の月を見て    素然

 「不義而富且貴。於我如浮雲」と云ふを、自他したり。

※ 論語 述而第七
 子曰「飯疏食飮水。曲肱而枕之。樂亦在其中矣。不義而富且貴。於我如浮雲」。

[白扇]

     │自剃りする鏡に秋を憐れみて    支考

 「誰知明鏡裏。形影自相憐」と云ふを、摸写したり。

※ 「照鏡見白髪 張九齢」
   宿昔青雲志/蹉跎白髪年/誰知明鏡裏/形影自相憐

[西花]

     │鶉にも何にもならぬ恋をして    支考

 古今、「野とならば鶉となりて年はへむかりにだにやは君は来ざらむ」と云ふを反転したり。

※ 古今和歌集 雑下972 よみ人しらず
   のとならばうづらとなきてとしはへむ かりにだにやはきみはこざらむ

※ 伊勢物語 123段
 むかし、男ありけり。深草に住みける女をやうやうあきがたにや思ひけむ、かかる歌を詠みけり。
   年をへて住みこし里を出でていなば いとど深草野とやなりなむ
 女返し、
   野とならば鶉となりて鳴きをらむ かりにだにやは君は来ざらむ

 と詠めりけるにめでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。

[焦]

     │薮入は天の羽衣稀に着て      周東

 「君が代は天の羽衣稀に来て」と云ふ歌を、摘みたり。

※ 拾遺集 賀 読み人知らず
   君が代は天の羽衣まれにきて なづとも尽きぬ岩ほならなん

[三物]

     │天つ風雲も薄着の夏待ちて     羅草

 「天つ風雲の通路」のひゞきを、借りたり。

※ 古今和歌集 雑上872・百人一首 僧正遍照
   天つ風雲の通ひ路吹き閉ぢよ 乙女の姿しばしとどめむ

[続新]

     │誰やらが霞とけさを旅立ちて    曽北

 「都をばかすみとともに出しかど」と云ふ歌を、含みたり。

※ 後拾遺和歌集 518 能因法師
   みやこをばかすみとともにたちしかど 秋風ぞふくしらかはのせき

[雑]

     │銚子とる花も紅葉もなかりけり   普船

 「浦の苫家の秋の夕ぐれ」と云ふ歌を、採りたり。

※ 新古今和歌集 巻4秋歌上363 定家
   見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮

[深川]

     │山雀の笠に縫ふべき草もなし○    嵐蘭

 「鴬にはぬふてふ梅の花笠」とよめるに、「山雀には笠にぬふ草もなし」と、設難したる所、作意也。

※ 古今和歌集 1081 かへしものゝうた
   あをやぎをかたいとによりてうぐひすの ぬふてふ笠はうめの花がさ

[西花]

     │むら雨の笠きて渡る鳥もなし●    支考

 笠きぬ物を笠きずと、無を無に作りて節を付たり。同歌の模写変態なれども、作、異也。

[本書]

     │ 蛼もまだ定まらぬ鳴き処      支考 ※こおろぎも

 詩経七月の隠見也。「蟋蟀(しつしゅつ)」といふべきを、「蛼も」の「もの字」に隠して見はし(あらわし)たり。「鈴むしも」といはゞ平句ならむ。

※ 「詩経、国風・豳風(ひんぷう)」
 五月斯螽動股   五月、斯螽(ししゅう、螽はバッタ・キリギリス)股を動かし
 六月莎雞振羽   六月、莎雞(さけい、クツワムシ)羽を振る
 七月在野     七月、野に在り
 八月在宇     八月、宇(軒下)に在り
 九月在戸     九月、戸(家)に在り
 十月蟋蟀入我牀下 十月、蟋蟀(しつしゅつ、コオロギ)我が牀(しょう、床)下に入る

[柿]

     │柿の木にしぶしぶ宿を仮枕     凉菟

 「柿崎にしぶしぶ宿を」といふ親鸞上人の歌を、摘みたり。

※ 高田開山親鸞聖人正統伝巻之四
   柿崎に渋々宿を借りけるに 主と心熟柿(じゅくし)とぞなる

[東山万]

     │さぞ虱はるばる着ぬる旅衣     推之

 「から衣きつゝ馴れにし」と云ふうたを、とりたり。

※ 古今集 業平
   から衣きつゝ馴れにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ

         ○

[古今抄]

     │鳴くからに轡も鈴も松むしも    支考

 是を「錯綜転倒の法」といひ、論ずる時は、第三のに留也。又蟋蟀の法ともいふべきや。「轡も鈴も松虫も」と言ふて、結語に虫の一字を顕はす。其の法は詩経にあり。爰にいはむ文法も、句格も強ひて新寄(奇)を好むにはあらで、其の句其の字の用、無用なれば、尋ねて学ぶべきは「法格の用」にして、学びて恐るべきは、句作の無用ならむ。(約文)

▲ 文法句格もて作る句は、皆第三体也。以上の中にも、其の作例多かれども、文法といはゞ、初心は難き事と思ふらむと、別目を立てず混じ置きたり。第三ならでも、巻中節の句多きは手柄なれば、勤めて作の無用を省くべき事になむ。


△ 上五言に不用の用語を入れたる例。       ↑ トップへ

 不用の用と云ふは、前句に強ひて入用ならねども、一句の上に最も有用の言にて、此の詞、ある時は一句高調に聞ゆる作をいふ也。前句にも、一句の上にも、無用の語にはあらず。

[宇陀]

     │陽炎に野飼の牛の杭ぬけて     翁

 許六曰く、「若草に陽炎もゆる頃は、牛の勢ひ強し」と云へり。

[かしま]

     │月幾日海なき国に旅ねして     翁

[翁]

     │鴬の宿は東に戸を明けて      翁

[つばめ]

     │月よしと角力に袴脱捨てゝ     翁

[深川]

     │衣うつ梺は馬の寒がりて      翁

[雑]

     │たつ年の頭をそれば酒つけて    其角

[一]

     │朝顔に先だつ母衣を引ぱりて    杜国 ※[笈]は「引ずりて」

[東六]

     │菊の香に十里流るゝ川越えて    大川

[小弓]

     │京へゆく水苗代にせき止めて    東鷲

[三物]

     │松風の庭に畳を干立てゝ      一空

[渭]

     │白雲の近よる夏に薄着して     遊吟

[三顔]

     │習はねど仮御所の笛聞馴れて    廬元

              

[東花]

     │雁の声江湖の僧のちりぢりに    波音

              

[西花]

     │盃に老の泪をこぼすらむ      支考

[あら]

     │夕がすみ染物取りてかへるらむ   冬文

              

[十七]

     │春がすみたつ子いざる子うき物を  紹蓮

              

[六行]

     │はえ麦のここら求むる人もがな   野坡

              

[拾]

     │萱茨の僅かなちりを掃きもせで   閑水

              

[さる]

  なれや│雲雀なく小田に土もつ頃なれや   珍碩

[八鳥]

  なれや│霞みゆく沖はたゞ帆の頃なれや   葵十

[テニハ抄]

 「なれや」は、「なればや」の「ば」を省きし詞なれば、「ヂヤニヨツテ何々が」といふ心也。又下に打合の詞を省きしは、「ヂヤヤラ」といふ心ともなる。留に用ひたるは、大方「ヂヤヤラ」の心也といへり。

[越]

    や│三盃に野中の松の面白や      支考

 前の「や」は、疑(うたがい)、此の「や」は、歎(=嘆)也。此の句見立・自己天然・不用の三をかねたれば、何部へ入れてもよし。此の類、証の中に多し。

[東花]

     │行水にいざよひの闇の間もなし   指山

[八鳥]

     │三日月にゆづりの鍬の隙もなし   文十

[八鳥]

     │朧月直にかすめば山もなし     晩翠

[桃白]

     │行く秋を庭に定むる石の色     千川

[雑]

     │北にふす枯野の松の旭かげ     彫棠

[瓜]

     │日本にも高麗縁の簟        曽北  ※たかむしろ

[ぶり]

     │鉄砲につけて先祖の物語      巻耳

[翁]

     │昼時分赤うつゝじの花盛      里圃


△ 上中五七言。       ↑ トップへ

[柱]

     │此君と名をいふ竹の露落ちて    翁

[其袋]

     │霧の外の鐘を隔つる松こみて    露沾

[ひさご]

     │たび人の虱かきゆく春くれて    曲翠

[草刈]

     │蕗のたう取りにゆく程雪ふりて   支考

[西花]

     │叩かせて置けば水鶏のいつも来て  支考

[白ダラ]

     │紫の火燵ふとんに弥生来て     支考

[しし]

     │状ちんもいらぬ便宜の雁鳴きて   蓮二 ※集「状賃もいらぬ便の」

[東花]

     │かへ取りのせごし鱠に月を見て   一件

[山中]

     │みそならば一石ばかり土こねて   芦本

[やわ]

     │暇乞なしに乙鳥の往きはてゝ    夕市

[花摘]

     │乙鳥のすをたつ日より稲刈りて   幽也 ※つばくろ

[三物]

     │唐画見る様に市日の牛連れて    芦錐

[竹秋]

     │行灯の出ぬ間は月もいざよひて   左候

[柿]

     │殿様の儘にもならぬ鹿鳴いて    万里

              

[柿]

     │土ばしの崩れて鴫やさわぐらむ   南利

[東花]

     │菱川が画に我恋とかこつらむ    反朱

              

[翁]

     │一度にはねもせで蝶の眠りけり   乙州

              

[東山万]

     │一度はひかろと雲に卅日月     木因

  此等、凡そ下五もじにて前へ付たり。上中に不用の用語を入るゝは、序歌に等し。「あし引の山鳥の尾の」と云ふ中に、「長き夜を独りねわびたる様」の見ゆるがごとし。必ず、あしく心得違ひて、たらぬ詞を埋むる様なる作をなす事なかれ。


△ 中七言       ↑ トップへ

[雪丸]

     │さらし水踊に急ぐ布搗きて     翁

[深川]

     │宵の月よくねる客に宿かして    翁

[さが]

     │蝸牛頼もしげなき角ふりて     去来

[西花]

     │たび人も一歩が銭に草臥れて    支考

[小文]

     │裏座敷山を後に春くれて      山店

[歌]

     │かる時は植うる時より田にぬれて  乙由

[渭]

     │一つ家は夏を隣に布おりて     兎川

[三物]

     │よの中は籾臼のうたの長閑にて   二川 ※集「の声にて」。長閑は春季で不可

[藤]

     │君がよは草もちの臼に和らぎて   六芝

              

[桜山]

     │烏賊鱠春の物とて白妙に      李由

              

[句兄]

     │糸ざくら邪魔になる迄そよぐらむ  山蜂

[八鳥]

     │箒好き玉に吸はするちりもなし  行雨

              

[足]

     │寝る時も旅の錦と麻衣       何声


△ 下五言       ↑ トップへ

[一]

    て│清水出る溝の小草に秋立ちて    翁

[俳]

    て│初月のかげ長檠にたゝかひて    尚白 ※ちょうけい=灯明台

[百烏]

    て│長刀にお供の笠の霞み来て     支考

[西花]

    て│天窓はるまねに座頭のにつとして  支考 ※あたま張る

[三物]

    て│蜻蛉の名は様々に茜着て      左把

[三物]

    て│とろゝかと糊する音に月を見て   九候

[東花]

    て│小僧迄馳走の上に寝転びて     露川

[東花]

    て│井戸掘に酒のますれば笠脱ぎて   鼠弾

[桃]

    て│献立も潮煮なれば月すみて     山隣

              

[蓬]

    に│田螺わる賎が童のあたゝかに   桐葉

[花故]

    に│人足の天窓算ふる春風に     去来 ※かぞうる

[射]

    に│道連の日に日にかはる朝露に   去来

[八鳥]

    に│目代の屋敷地高き薄月に     吹我 ※もくだいの

[さる]

    に│新畳敷きならしたる月かげに   野水 ※あらたたみ

[寂栞]

 「に留」は、「月かげに敷並べたる新畳」と云ふ心に、倒句に作る也。

▲ 是甚だ非也。「に留」には、転倒も、言ひ流しもあり。此の五は、皆言ひ流しなるぞ。
 又、下中上と反る事は、常談にも、亦た文道にも、きはめてなき事也。凡そ倒句は、上五か中七かの終りに、「絶止言」を、入るゝ物也。
 譬へば「新畳敷きならしたり月かげに」と、云ふ時は、「月かげに新畳敷きならしたり」と反り、「敷きにけり新らしき菰月かげに」と、云ふ時は、「月かげに新らしき菰敷きにけり」と反る也。
 此の五例にある「の・る・き等」のごとく、体言に続く辞あるものは、決して転倒することなし。

[雪白]

   らむ│魁けて母衣武者一騎霞むらむ    呉天

              

[三物]

   体言│綿帽子に被に笠に百千鳥      吾仲

[十七]

   体言│鮒鱠土もつ隙の七兵衛       瓢水


□ 哉留発句の第三にて留、苦しからず。       ↑ トップへ

[宇陀]

 「哉留の発句に、第三にて留せぬ事」と、人々知り侍れど、折節は見えたり。「流哉」「野沢哉」、是「治定の哉」也。「にて」に通ふ故にあしく、「たぐひ哉」などといふ「見立発句」に、「疑ふ心の哉」多し。聞分けて、「にて留」あるべし。

▲ こは秘書要訣の意也。
 昔より「哉」に色々の名目を分けたれども、「哉」と云ふは、皆「歎辞(たんじ)」にて、用言より続くと、体言より続くと二条也。
 爰に云ふ「治定」と云ふも、「疑」と云ふも、皆「体つゞきの哉」にて、差別はなし。
 又、「にて」は、「上の事を下へ言ひ送る辞」なれば、「哉」とは活様雲泥にて、更に意の通ふ故なし。
 要訣は、翁のさたならぬ事、左に挙ぐる彼の「治定」と言ひ習はしたる「哉」の証句にて、明か也。

[みの]

     │木の下は汁も鱠もさくら哉     翁
     │ 明日来る人は悔しがる春     風麦
     │蝶蜂を愛する程の情にて      良品

[翁]

     │其夢の枯野を廻る月日哉      沾圃
     │ 心ほとほとに時雨聞きわく    素堂
     │荷の間は人の顔なる高せにて    沾徳

[三千]

     │月も咲く日もさく菊の山路哉    司鱸
     │ 扇にくめば酒もしら露      蓮二
     │才六は宝の市も手ぶりにて     夏嘯


三物(みつもの)

□ 三物       ↑ トップへ

[金言録]

 丈草曰く、「歳旦の祝詞(しゅくし)に、古へより三物といへる事あり。三才和合する心也」。

▲ 三物の説、古来より多き中に、此の説、いと穏かにてよし。

[篇突]

 尋常百韻の、口三句引出でたる類にては、歳旦三物の手柄なし。たとへば、小車のきびしく廻るがごとし。只三句に百韻千句の活をこむる也。(約文)

▲ 見立、趣向、句作等、珍しく力を入れよといふ事也。世に言ひ古しゝ物を取合せては、只三句にて場をとる詮なし。昔より、人皆の三物とて調ふれども、誠の三物に成りたるは、いと稀なれば、密に学ぶべき事也。

[一]

     │ぬけば露の玉ちる太刀の一葉切   長忠
     │ 放つ矢の根に強き秋風      定就
     │冷まじき石はさながら虎に似て   翁

 こは、延宝の吟也。翁曽て三物の格を立て給ひたる事を、しらしめむと、爰に出す。

[翁]

     │其不二や五月晦日二里の旅     素堂 ※つごもり
     │ 茄さゝげも己が色しる      露沾
     │鷹の子の雲雀に爪の堅まりて    翁

※ 後、「露沾俳諧集」に歌仙として載ることが分かる。元禄5か6年5月晦日、露沾亭での興行。連衆は、素堂・露沾・芭蕉・沾荷・沾圃・虚谷。

              

[このは]
元録七
五組

     │春立つや歯朶に止まる神矢の根   許六
     │ 百囀りの中に鵤         木導 ※いかるが
     │斜日に牛の田鞍のかげろひて    朱廸

     │大釜の水のむ童やきそ始め     李由 ※着衣始め
     │ かみ米配る六尺の部屋      許六 ※噛み米
     │本売が真田に蝶や眠るらむ     黄逸 
※さなだ、真田紐のつか

     │伝教の京の一字や筆始め      黄逸 ※でんぎょう、最澄
     │ さざ波ぬるむ弁才天鯉      朱廸 ※べざいてん
     │平城の屯に遠の花見えて      李由 ※たむら・たむろ

     │初空や大心なる不二の鷹      朱廸
     │ 車のふりを飾る門松       徐寅
     │完領おふ賤が螻みのあたゝかに   許六 
※ししろ負うしずがけら蓑

     │大福の茶は越前の始め也      徐寅 ※おおぶく=大服茶
     │ 紅花荷に頼む年頭の文      黄逸 ※べににに
     │三月に関の足軽置きかへて     木導

 翁曰く、「彦根の五つ物、勢ひにのつとり、世上の人を踏潰すべき勇体、あつぱれ風雅の武士の手わざ也」。(略文)

[篇突]
元禄十
三の内

     │偖の字に声なきもよし国の春    李由
     │ 子からくり出す正月の時     朱廸
     │百合若の跟の道も雪消えて     許六 ※くびす(かかと)

              

[新山]
大原三吟
第三

     │しばしとや早苗より見る寺の門   其角
     │ しのぶ争ふ鳶尾の下茨      文鱗 
※しゃがの下ぶき
     │宗長の名をはく峰の月晴れて    枳風

     │涼寝は木の間の星の光哉      枳風 ※集「涼み寝」
     │ 水札の羽音をぬらす山水     其角
     │柴人に言とふ宗祗何やらむ     文鱗

     │菅菖蒲哀れにけさの蛍かな     文鱗 ※すげしょうぶ
     │ 駅の蚊遣杉菜うる声       枳風 ※うまやのかやり
     │桜井が枕を我にたびねして     其角

[山琴]
餞別

   俊寛│僧都でもないに按山子の帰洛哉   見竜
     │ 錦也けり柿の葉衣        凉菟
     │さても此あみ戸に月を高ぶりて   曽北

   康頼│芋のはの親には告げよ越の月    凉菟
     │ きれいな空に初雁はまだ     曽北
     │白露の玉の芙蓉を手に居ゑて    見竜

   成経│旅寝にも蘭の袴や茶筌髪      曽北
     │ 今宵の月に扇酒もり       見竜
     │小槌から新米二俵打出して     凉菟

[みの]

    草画松の図あり。             文通上略。
     │あらかねの土俵や御代の初角力   梅裏
     │ 楽屋は花に鳥に鮎おけ      里紅
     │山の井のむかしの霞汲みながら
 此の第三の判は、百人の中にて五三人もしる人、可有之哉。貴様御選者に候へば、御聞きの程、重ねて可被仰下候。幾度も問対仕るべし。
  十月二十一日               見竜
   童平様

▲ 脇を能楽屋の宴と見立て、謡の文句をたち入れたり。をこがましき此の文通、童平いかゞ答へけむ。


表合せ

□ 六句表       ↑ トップへ

[冬]

    冬│いかに見よと面難く牛をうつ霰   雨笠 羽笠 ※つれなく
    冬│ 樽火にあぶる枯原の松      荷兮
    秋│木賊刈下着に髪を茶筌して     重五
    秋│ 桧笠に宮をやつす朝露      杜国
   月秋│白がねに蛤かはむ月の海      翁  ※集「月は海」
     └ 左にはしをすかす岐阜山     野水

 此れ、表に地名を出したる始め也。例は、[三千化]・[渭江話]に多し。

 この書「貞享式海印録」自体に、巻二の「表に惜しまざる物」として「京、旧都、田舎、大国名、無名の名所、旧跡、名物」を挙げ、「表に惜しむ物」は、「遊里名。名所類」としている。「岐阜山」は固有名でもなく、「岐阜の山」ということ。「岐阜」は、信長時代発祥の地名で、歌枕でもない。「表に地名を出したる始め」と特記するのは、何らかの意図があるか。


□ 本式十句表       ↑ トップへ

[うやむや]

 表十句は、十百韻の大数にして、表に、世にあらゆる事を嫌はず。但し、神祗の発句に神祇の脇、釈・述懐・恋等の発句も、右に同じ。常の発句には、第三に神祇、月に恋、花に釈等を、時の宜きに見合はせ、つゞるべし。
    冬│松杉にすくひ上げたる霙かな    去来
    冬│ かね面白う冴ゆるたそがれ    許六
   神恋│只管にねばる誓ひの丁子風炉    翁
     │ 長い羽おりも四五年の内     曽良
   月秋│吹きはれて後は踊の月丸く     千那
    秋│ 橋迄押してのぼる初汐      去来
    秋│いわし網ほす場を鳶の離れかね   許六
     │ あみ笠興にいるは何故      翁
  神花春│神明の花に願ひを開かせて     曽良
    春└ 天高けれど地にもたんぽぽ    千那

▲ 常の本式の表は、名所一つ出す習ひなるを、こは表物の仕立なる故に、巻中に景物を約めたるのみならず。付方に曲節を尽したり。

[三千]
花鳥十句表

    花春│今日や思へば花も涙の日     木因 
     春│ 其鳥も其雲に追々
     春│大津絵の藤は又兵衛が笠にきて
     夏│ 起きてあたりの山ほとゝぎす
     夏│手拭に南天白く咲きこぼれ
      │ によろりと長い背でちやぼ好
    月秋│一いびき覚めて紙燭に菊と月
   隠名秋│ 菓子は平砂に声落つる也       ※皐月平砂
  隠名釈秋│極楽の秋匂はせて蓮二房        ※各務支考変名
     秋└ 四十雀より五十歌仙を        ※四十雀は三夏

 都て、三物・表物等は、曲節自在に、毎篇花やかなるべし。仮令、神・釈・恋・名所等を出すとも、付肌の曲節なくては、常の裏を見るごとくにて、表物とは号けがたからむ。
 又、景物一句なくとも、其の活あらば慥かに表物ならむ。行者頂門上に一隻眼を開きて、必ず俳諧の紅粉に欺かれず。祖々の骨髄を透得すべき事になむ。


△ 八句表。       ↑ トップへ

[西花]

 此の表に神祇あり、釈教あり。恋無常を撰ばず。名所をいひ、人名をいふ事は、一巻の始終を、爰に約むといふ心なるべし。

▲ 上の、「冬の日」、「松杉」の表等を拠ろとせし、八句表のはじめ也。是を「表合せ」と云ふは、百韻の配りを、表に合すといふ心也。元より表なれば、「月一つ」出す定めなれども。「月と花と」出したるもあり。
 勿論、変格物なれば、花第三以下に出してもよし。但し、月花ともに八句目にはせず。又、「他季発句」にて、異なる他季の月出す、秋季なきもあり。「春か秋か一季五句続きたる」も、「三季にて八句季詰なる」も有りて、千変万化也。多例、西花集・東花集に出たり。

[西花]

    秋│桐のはの後先におく扇かな     欖夷
   秋月│ 酒にねころぶ宵の間の月     洞翠
   恋秋│若衆もはやらぬ城下秋くれて    支考
    秋│ ことしの稲も風に吹かるゝ    野風
     │砂川に取弘げたる日の光      路角
    釈│ 薬師の奉加たび人につく     雲鈴
   春花│まん頭も名所と成りて花の春    成也
    春└ 雁鳴帰る残雪の山        水流

[旅寝論]

 許六のいへる所も一理あり(三物のこと)。去秋、支考、此の津にたびねして、卯七と表合あり※1
 我に語りて曰く、「凡そ表合等の俳諧は、尋常の歌仙・百韻とかはるべし。表の内に、一巻の姿をこめて、去り嫌い強ちに用ふまじき事也」といへり。
 「一段面白かるべし」と答へぬ。
 「二子(許・支)の、先師に兼て聞き置ける事にや※2、又古来の法式にや、二子の発明按に合たるにや」と、退いて思ふに、古法師伝によらば論に及ばず。若し、一己(いっこ)の見解にあらばいかゞ侍らむ。只、一時の風流には、さもあるべし。法式と立てむは、煩はしかるべし。
 先師、折々古法を破り、新式を定め給ふ事は、制を省き事を弘めて、句に秀逸多からむ事を計り給ふ也。常に門人に語り給へば、聞置きたる人もあらむ。
 然れども、古実を踏まへず、妄りに破り給ふ事なし。
 今二子のごとく、法を定めむは、三物に一つ理屈添へて、却つて後人の害ならむか。深く先師の旨を、察し知らるべき事也。

▲ 去来、此の論を書きしは、元禄十二の春にて、上木せしは八十一年後、安永七也。其の間、写巻にてあるうち、此の一段は、さかしら人の、己が邪見もて、去来の原文を書直しける物ならむ。
 「芭蕉談(下十七)」にもさる事あるを、「七部娑心録、七」に論ひ(あげつらい)たり。
 誠の去来ならば、前に挙げたる「延宝以来の三物」、「冬の日の表」等を知らざる事もなく、殊に「松杉の表」は、自分立句なれば、「二子、先師に兼て聞き置けるにや」とも、「古法、師伝によらば」とも、いはれず。
 又、「うやむやの関」は、己が門人の撰なれば※3、其の文も去来の伝也。
 我きく去来は篤実の士、殊に二子とは莫逆の中。何ぞ婦女子の妬心もて大道を偽らむ。抑も三物・表物の事は、許六・支考の発明ならず。翁の授記を弘めたるを、旅寝論に、かゝる浮説を交へたる故に、蕉門の俳士、皆、此の法格を捨て過ぎにしは、無念の事也。こは、只、見渡しを飾ると、いふのみならず。
 常に三物、表物の稽古する時は、見立・趣向・句作の三法に力を得る事、百韻・歌仙よりも功多ければ、進んで名人の場に至らむと思はむ人は、専らに修すべき事になむ。

※1 この表合は、八句物。「西華集(支考選、元禄12)」に出る。
  肥前 長崎
   秋たつや朔日汐の星しらみ  卯七
    はらりとしたる松に稲の香 素行
   姨捨の歌には誰も袖ぬれて  支考
    白髪ばかりの店の酒盛   雲鈴
   見違る隣の亀の嫁入前    一介 ※よめりまえ
    桜の花でもつた開張    野青
   鴬の日和になりて味をしる  楓里
    莱とばす庭の春風     子流 ※笄(こうがい)飛ばす

 支考、同書第三の評に「曲なり。朔日の汐には月をつけがたく、星しらみの打越又さら也。さればとて、素秋無念なれば、姨捨の歌に月を篭めたる句法なり」と言う。
 また、[古今抄]では、「さとて、六句の表に、四句目迄月をこぼすべきにあらねば、爰に、姥捨の名を借りて、月の俤を含める也。…略…作者の眼力をしるべき也。」とある。<「海印録、隠月の変格」参照

 この「古今抄」の評、「非支考(沾山、文化2(1805))」に「これが月ならば『みよしのの歌には誰もあこがれて』なんどいはゞ花になりなん」とある。

※2 原文の傍線。

※3 サイト内、「俳諧の形式、芭蕉一座の表合せ・三物についての疑問」参照。

貞享式海印録 巻一 終り →「海印録、巻二 去嫌」へ


 トップへ