貞享式海印録巻二 去嫌、表、裏移、匂花・挙、奉納、追善など 

貞享式海印録 巻二①
去嫌去り嫌い 総論
表に惜しむもの 一覧
表に
惜しま
ない物
官名、風流名、通名非殺伐、軍城、兵器軽述懐、老・親子・女・仙人
軽病、医薬懐古、非無常、夢、涙非神物
非釈物・鐘非恋物・芸旅・国替・京、田舎、大国名、異国
無名の名所、旧跡、名物不浄物怪物
4句目5句目以下
裏移り裏移りと待ち兼ね裏移後、角句の趣向
匂、花・挙句匂花・挙句 概説前の詞を用いる匂撰集、巻頭・巻軸の匂
主人・客が挨拶する巻の匂立句は常体にて題の匂
発句と同他季の挙句雑の挙句挙句に始めて、景物を出さざる事
短巻への追加短い先巻の続きに、匂を用ひたる例
奉納・法楽夢想開き追善
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。

 このページでは、巻二の前半、去嫌から追善までを見る。


貞享式海印録 巻二

去り嫌い

 去嫌総論       ↑ トップへ

[本書] 俳諧に指合の事は、凡そ嚔草(はなひぐさ)の類に随ふべし。少しづゝ新古の事あり。されども一座の了簡をもて、初心には随分許すべし。
▲ 「我家は、禅俳の宗なれば、古法の去嫌を固(もと)とせず」といふ心なれども、従容してかくいへり。
 此の故に古式に、或ひは五去と云ふも、其の句其の句の出るに任せて、三去にも二去にも、其の理ある物は越をも許されけり。「初心には随分許」せとあるをもて、古式に拘らざる故、明か也。
 素より去嫌を必とせざれば、是と定まりたる掟なけれど、門人は其の席々の証を鑑とせし故に、人々各々の捌きも同意の捌きもあり。今、則とせば、句去近き物をとるべき事也。
 一句の好悪を先づ論じて、指合は後の詮議なるべし。指合とは辞の事也。去嫌とは象物の類也。指合、去嫌の用は、変化の為め也と、先づ共の故をしるべし。
▲ 一句の好悪とは作の事ならず。前句を、見かへしか見かへざるかと骨髄の変を論ずる事也。
 よく前情を変ずる時は、猫の越に鼠と付けても、意の運び雲泥にて、輪廻せざれば、生類の論は、時に臨みて許し、又前句を其の儘に付くる時は、趣向は唐天竺に異なるとも、其の情通へば許すまじとぞ。指合とは字類の事、去嫌とは神・釈・恋・無常・名所・山川・衣食・生植等の摸様を配る皮毛の変なり。此の故に「後の詮議」と云へり。
 されば、恋は二より五なれども、百句続きたるも、長句花、短句鳥と並べたる変格もあり。この如きは、前句を見かふる骨髄の変ならで、模様の皮毛に何の変かあらむ。抑も宗匠の能といふは、翁の金言を述ぶるのみなるを、句々出づる毎に、掟たる付肌の論には及ばず、己が涅覔(ねちみゃく)の工夫より、なの花に行灯も、打越の浮名を立て、徒に句を返す宗匠もあるよし、祖師の冥見、恥づべき事になむ。
 変化の不自在より、世に指合、去嫌の掟あり。万物の法式は此のさかひにてしるべし。
▲ 連誹に去嫌を立てしは、変化の為めなれど、当門には、前句を転ずる妙法ある故に、強ひて古式に預らずと、其の理を勘破(看破)せよと也。
 つらつら惟みる(おもんみる)に、当門専用の式と云ふは、「春秋五去にて三より五に及び」、「夏冬二去にて一より三に至る」、「花は折に一つ」、「月は面に一つにて、五去」と云ふ類の外は、凡そ臨機応変のさた也。そは、いかなる物好の巻にも、此の法を破らざるをもてしるし。
 其の余、無神、無釈、無恋の巻もあり。生植、名所類の多少ありて、必とする事なきは、元来俳諧は、森羅万象の変に任せて、法界の理を悟らしむる道なれば、物に限りのなき理也。
 さらば、月花のさたにも及ぶまじとの難あらめど、表に風雅の標を立て、連俳の大概を習へば、其の表式を破る故なし。其の意を破るは建門の意地なれば、其の故を知りて加減すべき道理也。
 学者、先に此の意を得て、付心の風味を専らに修せよ。爰に、去嫌の部を分つ事は、直指門人の筆記と、其の代の証句を考へ合せ、其の理一なる物を正格とし、例稀れなる物を変格として末巻に出し。正変ともに愚按を加へたり。取捨は諸君の手に信せ、管見の過ちは博知の訂正を待ちはべる。

 表の事       ↑ トップへ

〔古今〕
 表に、神・釈・恋・無常・名所・人名をも嫌ふ事は、発句、脇、第三迄に一巻の精力を尽す故に、以下の五句は勿論にて、初折は付処の安らかに、目立ち耳立たぬを法としるべし。
▲ 表に嫌ふといふは、物を忌み隔つる類ひにはあらず。只、目立ち耳たつ物を表に惜しみて、裏に派手を尽さむため也。此の故に人名、軍事、其の外、古式に禁ずる物を許したる例多し。
[三冊子] 表の内女は成りがたし。竜、虎は苦しからず。其の外、縛などの類は、用捨すべし。
 百韻一所に過ぎずと、師説也。
▲ こは古式を、翁に詫して書きし物也。
 もし女の字を嫌はば、娵・娘も、亦男の字も嫌はむや。下にひく証句を見よ。
 又、地獄の鬼は尤け(けやけ)からめど、鬼は外・懸の鬼・鬼みそ・鬼がみ等の比物は平生物也。真竜をだに恐れざるに、何ぞ仮鬼を防ぐべけむ。

△ 表に惜しむ物。       ↑ トップへ

神釈。無常。恋。遊里名。名所類。武将名。賤女名。烈女名。仙人名。重病。重述懐。殺伐軍。怪談。

△ 表に不惜物。       ↑ トップへ

●官名、風流名、通名   ●軽軍事、城・兵器   ●軽述懐、貧、聾、盲の類
●軽病、医薬   ●懐古、無常にあらざる夢・泪
●非神・非釈・非恋の物、芸類   ●旅、国がへ、京、旧都、田舎、大国名、無名の名所、旧跡、名物
●雪隠、小便類   ●鬼、雷、竜、虎、狐、狸の怪物等也。
(句頭に三四五などあるは、何句目といふ印)

△ 官名、風流名、通名。       ↑ トップへ

[三冊子]

 土芳曰く、「古今の人名、表に出す事いかが侍らむ」。
 師曰く、「今の人名は慎むべし。古人の名は、物によりてくるしかるまじ。されども好みがたし。心嫌ふ也」。

▲ 「今の人名」とは、当時名高き人の噂也。但し、古今に通ふ名はよし。「物によ」るとは、武将、烈女、仙名等の耳だつ物也。

[桃実]

 脇  時鳥まつ弁の粧ひ       兀峰

[冬]

 三 有明の主水に酒屋造らせて    荷兮

[草刈]

 三 柴垣に掃部介を呼入れて     万子 ※かもんのすけを

[桃]

 三 乗物に祖父の刑部も手を添へて  朗二 ※ぎょうぶ

[夕顔]

 四  別当殿の古きふち米      翁  ※ふちまい

[深川]

 六  築地長閑に典薬の駕      洒堂

[新百]

 六  柴のあみ戸に大納言殿     盧庭

[俳]

 六  初雷に将監がみの       木白 ※しょうげんが蓑

[根本]

 九 老いてだに侍従は老いを謙り   翁  ※へりくだり

              

[八夕]

 脇  いづくも秋の橋に探幽     乃露

[鶴]

 三 雪村が柳見にゆく棹さして    枳風

[韻]

 三 西行の軍法咄しさよ更けて    住己

 雪村・西行の類は僧なれども、風流人の部に入れて、釈とせず。

[このは]

 四  西鶴が画の屁こき尻やく    良辰

[ひさご]

 五 月かげに利休の家を鼻に懸け   正秀

[東六]

 五 雀なく竹の林の楽巨斎      浮水

[冬]

 六  桃花を手をる貞徳の富     正平

[餅搗]

 脇  雪に馴れたる駕の百助     乙孝

〔庵野分〕

 三 藤内に都の始末語らせて     桃主

[桃]

 三 柿の名に市兵衛殿はなぶられて  有己

[八鳥]

 四  踊崩しに虎の介殿       洒堂

[類]

 四  正宗ぢやとてなめてをさむる  嵐雪

[類]

 五 百茎に笠は嵐の仰衛門      虎琴 ※のけえもん

[古拾]

 六  下男には与市其時       翁

△ 非殺伐、軍城、兵器。(一句捨也)       ↑ トップへ

[たそ]

 三 此橋に砧きくべき城見えて    雨青

[八夕]

 三 軍配に冷りと風の秋立ちて    示弓 ※ひやりと

[四幅]

 三 夜軍に上戸は昔手柄して     紀白 ※よいくさ

[なむ]

 三 軍兵はあなた次第と月を見て   過角

[ひさご]

 四  はきも習はぬ太刀の引はだ   翁

[春]

 四  よろひながしの火にあたる也  李風

[句餞]

 四  武者追詰めし早川の水     其角

[誰]

 四  松風いさむ討の行列      才丸 ※うての

[一橋]

 五 年へたる軍治まる秋の月     才丸

[其袋]

 五 いる月に薄化粧うたる武者一人  翁

[冬]

 五 音もなき具足に月の薄々と    羽笠

△ 軽述懐、並に老・親子・女・仙人。       ↑ トップへ

[沾圃亭]

 四  三弦提ぐる旅の乞食      翁

[初茄]

 四  阿房な男置いてなぐさむ    芦錐

[小弓]

 四  半眼半眼と又ぬかしをる    荷兮 ※小弓に「カンダ」と振る。

[俳]

 四  ことしはわけて里のこり家   雪芝

[東藤亭]

 五 佗びつゝも栗のいがたく細煙   桐葉

[七さみ]

 五 訪ふ人もあらばと佗びて月独り  乙甫

[梅十]

 五 〓をしい事也よい男       泊楓

[むつ]

 六  〓ひゞく空打         仙化

[山琴]

 六  馬士のあたまははられ損也   問次 ※ばし、馬方

[夏衣]

 六  身代は只蛬なく        慈竹 ※きりぎりす鳴く

              

[このは]

 五 女中旅間の後架に幕引いて    孟遠 ※ごか

[八鳥]

 五 簾より女中の使披露して     風石

[炭]

 五 祖父が手の火桶も落す斗り也   其角

[一橋]

 六  嫗すむ庵わくの糸くる     清風

[ひさご]

 六  親子並びて月に物くふ     珍碩

[門司硯]

 六  子は捨てゝおく秋の沙原    風壷

 野披捌きの巻也。捨子、表に出でたるは、外に見当らず。変格にや。

[古拾]

 六  与作過つて仙境に入る     翁

[独廿歌仙]

 五 仙人の明店あれて月ばかり    楊水

△ 軽病、医薬。(七部及多例省)       ↑ トップへ

[ひな]

 四  門違ひする医者のそさうさ   曽良

[射]

 四  薬ぎらひの一息にのむ     賀枝

[射]

 四  胸のいたみのちつと薄らぐ   十丈

[渡鳥]

 四  先の頭つうをすきと忘るゝ   卯七

[みの]

 四  水の匂ひを煩ひにける     土芳

[初茄]

 四  咳気のあとの髭も其まゝ    李夕 ※がいき

[卯辰]

 四  足の灸のいほひ返りし     魚素 ※やいと。集「いはいかへりし」

[歌]

 四  腹の病のてりふりをしる    和蕙

[俳]

 五 食傷の腹を干しけり朝の月    湖風

[雪の光]

 五 一筋に心の深き寸の病      才木

[山カタ]

 六  聟はよけれど病があるげな   野航

△ 懐古、非無常、夢、涙。       ↑ トップへ

[桃盗]

 脇  河豚の異見に昔覚える     柳士

[蓬]

 三 二百年我此山に斧取りて     東藤

[初茄]

 三 豆ふやに都の名のみ残されて   呉天

[ぶり]

 四  こちの先祖は弓張の月     楓里

[深川]

 五 古戦場月も静かに澄渡り     嵐蘭

[誰]

 六  古き代をしるぬりごめのふみ  嵐雪

              

[やへ]

 三 気味のよき初夢結び窓明けて   重栄

[印]

 五 松風にひるねの夢のかい覚めぬ  観生

[次韻]

 五 夢に来ていびきを語る時鳥    其角

[みの]

 六  さるの涙か落つる椎の実    翁

△ 非神物。       ↑ トップへ

[文月]

 脇  祭らぬ星も出て遊ぶ空     柳鼓

[俳]

 三 暦よむ人なき里も安くゐて    半残

[賀茂]

 三 狩衣の折目もりんとしか張つて  東伯

[さる]

 四  粢祝うて下されにけり     素男 ※しとぎ、しとぎ餅

[ぶり]

 四  十人ばかりゑぼし片よる    千歌

[類]

 五 隼の祭見る間や峰の月      周東

[山カタ]

 五 嘘ついた罰にあたまの兀ぐる也  六之 ※はぐる

[天河]

 六  祈り過ぎたる雪の道中     壺秋

△ 非釈物並に鐘。       ↑ トップへ

[梅十]

 三 庵迄も筧の水の凍解けて     仲志

[炭]

 三 雨上り数珠懸鳩の鳴出して    孤屋

[類]

 三 表具屋の数珠さらさらに遣得て  朝叟 ※うらずりの

[類]

 三 お腹とる尼に砧をとめられて   其角 ※おあんま

[続花]

 三 小坊主は傘の後に居眠りて    青俄

[山琴]

 四  あたまはられに来たる小坊主  山之

[花摘]

 四  検校(官)成の此頃の顔     其角

[深川]

 四  坊主頭(公儀)の先にたゝるゝ  岱水

[藤]

 四  若い世帯に伯母の説法(意見)  栗几

[其鑑]

 五 出ぬ杭もはづれぬ槌の奉加帳   東伯

[十七]

 五 有付いて剃髪したる草の月    呑江

[みかむ]

 八  床であたまをこそこそとそる  支考

[俳]

 六  昼ねて遊ぶ盆の友達      翁

[未来]

 四  山のあなたのかね聞ゆ也    翁

[白ダラ]

 五 晩鐘の暮れてもくれは月夜ぢやに 北枝

[本朝]

 五 行灯も眠たう成りて後夜のかね  阿文

△ 非恋物並に芸。       ↑ トップへ

[みの]

 三 蝶蜂を愛する程の情にて     良品

[茶]

 四  野良にわたす蛬かご      以之 ※でっちに

[山カタ]

 四  野良上りの店の小間物     野航

[あめ]

 四  人走りよる辻の放下師     昌房

[小文]

 五 木刀の音聞えたる居合抜     翁

[俳]

 五 四五人で万事を仕まふ能太夫   猿雖

[俳]

 六  扇の角を潰す舞まひ      風麦

△ 旅、国替、京、田舎、大国名、異国。       ↑ トップへ

[星月夜]
弁難

 唐土、日本、都、吾妻の類は皆、総名也。

[俳]

 三 旅の空国は菜をまく頃ならむ   昌房

[越]

 四 川一すぢにへだつ洛外      山之

[歌]

 五 京へ来て学文するはたはけ也   乙由 茂秋 ※集「たわけ也」、戯け=たはけ、田分=たわけ

[歌]

 五 国かへに都詞の片山家      鷹仙 ※かたやまが

[初茄]

 六  田舎芝居の盆急ぐ也      燕雨

              

[旭川]

 三 独活の香は越の白峰を後に見て  朝四

[笈]

 五 五畿内の旦那を廻る秋の月    芦本

[花摘]

 五 秤さへ関の東とかはる也     其角

              

[星月夜]

 三 朝せんの詩に誉められし藤咲いて 千梅

[三千]

 三 もろこしは時鳥迄春鳴いて    去来

[類]

 四  凡そ手にいる長安のちやぼ   沾洲

[天河]

 四  炊も肌をぬがぬ唐船      洞也 ※かしきも

[四幅]

 六  からの芙蓉は夏咲くとやら   佳木

△ 無名の名所、旧跡、名物。       ↑ トップへ

[歌]

 三 聞及ぶ谷七郷に月はれて     林因 ※やつしちごう

[天河]

 三 八景もけふは野分の菰上げて   童平

[鵆]

 四  秀句習ひに高せさしけり    重辰

[鵆]

 四  かへさに袖をもれし名所記   叩端

[山中]

 四  町のはづれに名所旧跡     自笑

[だて]

 五 いざよひも同じ名所に帰りけり  曽良

[鎌]

 六  薮の中迄のぞく旧跡      菊阿

[桃]

 四  備後表につくばうて見る    六之

[笠]

 四  吉岡染にあひて言伝      連支 ※ことづて

[越]

 三 なら茶とは淋しき人のあみ出して 其風

[渡鳥]

 三 今ばんもなら茶と見えて蓋茶碗  先放

[本朝]

 三 御詞の下よりちぎる初真桑    比誰

 大国名、軍、懐古等の例、第三の中にも出たり。

△ 不浄物。       ↑ トップへ

[三顔]

 三 ゑぐ芋にかへた屎取叱られて   岻青 ※ばりとり

[翁]

 四  米のはへ場に馬の屎する    里圃

[深川]

 四  こえ草烟る道のきり雨     北鯤

[八夕]

 四  ふん桶通ふ村の仮ばし     乃露

[長良]

 四  今の返事はせどの雪隠     呂杯 ※背戸の

[歌]

 五 川舟に雪隠遠く眺め捨て     有栞

[行脚]

 五 小便の後にひかへて挾箱     午潮

[冬]

 五 馬ふんかく扇に風の打ちかすみ  荷兮

[売]

 六  露霜くぼくたまる馬の血    嵐雪

 かゝれども、皆前句より然する所也。付肌のをかしみ、一句の作なくて、徒なる物好にする事ならず。

△ 怪物。       ↑ トップへ

[拾]

 三 罠にまつ狸のふんを印にて    翁

[たそ]

 三 萩に鹿狐を馬に乗せかねて    野航

[草刈]

 三 神鳴の雲かと峰は雨はれて    林陰

[虚栗]

 三 竜をよぶ夕立雲の後はれて    松濤

[十七]

 七 登りたるあとに臭のある竜の月  瓢水 ※かのある

[独廿歌仙]

 脇  律儀な鬼は春を楽しむ     楊水

[虚栗]

 脇  粽をしばる鬼の形代      其角 ※かたしろ

[虚栗]

 四  三弦人゛の鬼を泣かしむ    其角 ※さんげん、ひとの


表、4句目以降

 四句目       ↑ トップへ

[本書]

 四句目は結前生後(けつぜんしょうご)の句なれば、殊更に大切の場所也。

 「軽く」といふは、発句、脇、第三迄に骨を折りたる故としるべし。人は只、やり句する様に言ひなしたれど、一巻の変化は此の句より始まる故に、万物一合とは註したる也。都て(すべて)、発句より四句目迄にも限らず。或ひは重く、或は軽く、或は安く、或はむつかしく、其の句に其の時の変化をしるべし。(下略)

▲ 句・脇・三に力を竭たる(つくしたる)巻は、四句目会釈(あしらい)にてもよからむ。若し、第三会釈にて付けたらむ時は、四句目は必ず起情して、力を入れずては、一座按力落ちて、其の巻成り立つまじ。此の故に大切の場と云へり。又「重く」と云ふは起情。「軽く」と云ふは会釈の按じ方。「安くむつかしく」と云ふは趣向の事也。此の故に、やり句を禁ぜられたり。
 証句は、前五六丁の中、「四印」ある句にてしるし。

[一巻伝]

 貞徳より、四句目は軽くする事と、世にも覚えけれど。只、句作の軽き事にはまりて、趣向を軽く、按ずる事を知らず。
 我門の俳諧は、句作の軽重は、強ひてかまはず。其の趣向の軽き様にと、心を第三に配りて、句作は前後の争ひによるべし。

▲ 爰に趣向といふは、前句の見立の事にて、第三の意を虚に、軽く見かへよといふ事なり。前条の「軽」と云ふは、「婆心録」に記号、此の印ある句の事。爰の「軽」といふは、記号、此の印ある句の事也。こは、貞徳の、四句目は軽くと云ふ詞を仮(借)りて、翁は「見立を軽く按じよ」と教へられたり。
 「軽」といふを、「句作軽き迯句(にげく)の事」と、心得違ひたるは非也。又、四句目風俗(ぶり)ともいふ詞を「振の句」、振の句と物を振替ふる事の様に言習ひたるも誤り也。
 又、四句目は、文神に比すれば、舟をいむと云ふ浮説あり。蕉門にはさる愚論なし。爰に挙ぐる「長良天神奉納」の四句目を見よ。

[梅十]

 四  舟はあちらに見ゆる松かげ   七雨

 五句目以下の事。       ↑ トップへ

[梧一葉]

 八句(百韻の表)の内、第三、四句、五句、六句、七句、八句迄、似ぬやうにする事、大秘事也。

▲ 古式には、五句目より十句目迄の体を定めたり。
 昔は、応安式により、趣きをもて一巻の変化をなせり。蕉門には、意(こころ)の変化を宗とする故に、趣きの方は、しひて制せぬ様になりゆく事、自から然らしむる理也。
 これ、古式と制のかはる処と心得よかし。


裏移り

 裏移       ↑ トップへ

 裏移りに景物を出すを、待兼ねと云うて嫌ふは、近世の弊也。表六句目の句を、恋にて付起してもよし。例多かれども、一つづつあぐ。

[俳]

初ウ1 恋・打明けていはれぬ人を思ひかね  翁

[ひな]

初ウ1 神・吹倒す杉も起さず此社      左柳

[つばめ]

初ウ1 釈・あられふる左の山は菅の寺    北枝

[韻]

初ウ1無常・葬礼に傘は隣へ事伝て      野坡

[根本]

初ウ1 名・戸隠の山下小家の静にて     其角 ※「山下」で「ふもと」

 裏移後、表の角々同趣不苦。       ↑ トップへ

※ 折の裏に移っての角とは、歌仙等の場合、初ウ折立、名オ折立、名ウ折立の三句である。

 海印録は、「名残の折」の称は不適切として、「後(のち)の折」とし「ノ」と表す。漏れは原本で確認し、初ウ・名オ・名ウと示した。

[小文]

初ウ   │盆道の頃から寺のふしんして   翁
   時節├
名オ   │春の日に産やの伽のつゝくりと  山店
   時節├
名ウ   │日光へ丹から下す秋の頃     山店

[砥]

初ウ   │たび人に銭をかはるゝ田舎道   去来
    旅├
名オ   │玉みその信濃にかゝる秋の風   翁
    旅├
名ウ   │参宮といへば盗みも許しけり   浪化

[続寒]
五人ぶち

名オ   │さらさらと淀まぬ水に春の風   翁
  送り字├
名ウ   │はらはらと桐の葉送る手水鉢   翁

[長良]

初ウ   │川越はいらずと紅を見せたがり  仲志
    水├
名オ   │川ひとつあちらこちらへ出替て  旧楓 
※集、仲机([木+凡])作
    水├
名ウ   │谷水の岩にせかれて花筏     梨雪

[蓬]
何とはなしに

初ウ   │双六の恨みを文に書尽し     翁
  文の恋├
名オ   │歌よみて女にかひご贈りけり   翁

[鎌]

初ウ   │野原にて愛宕参りの戻り雨    千那
  降り物├
名オ   │丹波から高峰のみ雪解け初めて  千那
  降り物├
名ウ   │鳥どもの背中をぬらす初しぐれ  千那

[別座]

名オ   │十五日節が過ぎればひつそりと  太大
   日並├
名ウ   │二三日夜着は出しても足持せ   杉風 ※よぎ

[三日]

名オ   │さゞ波の三千坊も夕がすみ    凉菟
  山・釈├
名ウ   │はあ是は山の和尚の九折     柳江

[ひさご]
畦道や

初ウ   │虫は皆つゞれつゞれと鳴くやらむ 正秀
  鳴・生├
名オ   │雲雀なく里はまやこえ掻散らし  珍碩

 此の類、あぐるにいとまあらず。


匂いの花・挙句

 匂花、挙句。       ↑ トップへ

[古今抄]

 我家に挙句の掟といふは、月次のごとき座俳諧には論なし。
 或ひは、祝言の会といひ、或ひは、哀傷の席といふ時は、大旨、宗匠の発句なれば、名残の花をも宗匠に望む事也。然れば、挙句も常ならず。其の花を会釈ふべければ、或ひは一座の老人か、或ひは、親族の功者に望むべし。さるは、一巻の始終を調ぶる意也。
 然るを、今の俳席には、挙句を無下の場所と覚えて、身に入れて我も按じず、人も其の座を立騒ぎて、果は筆句にも言捨つれど、さるは、一座の俳諧にて、公式の論には及ばずといふべし。
 そもや、儀式の俳諧といふは、執筆(しゅひつ)は一順の終りに在りて、名乗の肩に執筆と書くべし。無名に、「筆」とも「執筆」とも書けるは、略義にして、論に及ばず。
 然れば祝言、哀傷の発句に、祝言、哀傷の名残の花は、素より体用の心得なれば、挙句も、発句の脇にかはらず。其の花の用を、調ふべき也。
 或ひは、貴賓・高客を請じて、晴れがましき一座の俳諧に、発句は、其の日の挨拶ありて、名残の花は尋常ならむも、挙句は一座の首尾なれば、さして前句の付意に泥まず(なじまず)、前に、指合はぬ当季を按じ置きて、治国斉家の時宜によるべき也。

[三部書]

 匂の花といふ事は、千句と、夢想にいふ事にて、常の会に申さゞる事、未練の次第にて候。意趣は、千句満座に香を炷き候故、匂の花と申して、夢想同意也。

▲ こは古式也。蕉門には、例の其の詞を仮(借)りて、発句の意を匂はする名としたり。

 前の詞を再び用ひたる匂。       ↑ トップへ

[虚栗]

 

虚栗解説

発句   │詩商人年を貪ぼる酒價哉     其角
脇    └ 冬湖日暮れて駕馬鯉      翁

名ウ花 匂│詩商人花を貪ぼる酒てかな    其角
挙句  匂└ 春湖日くれて駕興吟      翁

              

[其日]

   「花棚にこちらむく日を待つ身哉」「仰むくに及ばずちるを花の時」といふ、シシ庵の遺吟を題し、

発句   │花鳥に仏もこちへむく日かな   山只
脇    └ 百味一味に和へる独活の芽   百阿

名ウ花 匂│あちらむく日とて臺の花もちり  吾由
挙句  匂└ 藤山吹に色々の雲       桂州

              

[其日]

発句   │ありやなしや名こそ人こそ朧月  百阿
脇    │ 仏㋬のかざも空にしら梅    范孚 仏の字不宜
     ├
初折   │仰むくに及べば山の花が咲き   杜吾
     ├
名ウ花 匂│----及ばず----ちり   桂州
挙句  匂└ ちればぞ爰に音楽の春     吾由

              

[初茄]

発句   │鳥海も我を送るや笠の雪     佐角
脇    │小春は歌によまぬ曙       嵐七
     ├
名ウ花 匂│鳥海に見送らればや笠の花    佐角
挙句  匂└ 弥生の空の曙は尚       執筆

              

[古今抄]
〔夢占百韻〕

     │花によるこてふや夢の玉祭
     ├
    匂│-----を花にけふの客

 二句一意に似たれども、是は其の花をかりて、此の花をいはむためなれば、こてふの花の無用なる、客の花の有用なる、春と秋との差別を見るべし。

 撰集▽巻頭、▼巻軸匂。       ↑ トップへ

[冬]
五歌仙

▽発句  │狂句凩の身は竹斎に似たる哉   翁
 脇   └ 誰そやとばしる笠のさゞん花  野水
     ・
▼   匂│水干を秀句の聖若やかに     野水
 挙花 匂└ さゞん花匂ふ笠の凩      羽笠

              

[住吉]
四歌仙

▽発句  │升買うて分別かはる月見哉    翁
 脇   └ 秋の嵐に魚荷連立つ      畦止
     ・
▼ 花 匂│花なれや西に見はらす海の上   青竹
 挙句  └ 赤き衣装に神の苗代      青流

 花は「住の江の景」、挙は「乳守の遊女御供田へ出づる 様」也。

[さみ]
三歌仙

▽発句  │海を鏡さみだれ山も雪の時    百阿
 脇   └ それて梢に光る鷹の目     玉蘭
     ・
▼挙句 匂└ 五月雨山の杜の三月      露白

 こは三歌仙の外、余興巻の挙に匂はせたり。

[文月往来]
三歌仙

▽発句  │文月や雁はいろはもまだしらず  嵐枝
 脇   └ 祭らぬ星も出て遊ぶ空     柳鼓
     ・
▼挙句 匂└ 雁に乙鳥に春の往来      槐二

              

[藤]
十二巻

▽発句  │其花の咲いてや烏藤三百里    蓮二
 脇   └ 空にかすみのせき守もなし   里紅
     ・
▼花  匂│帰り来て人も古巣の花に鳥    丁杜
 挙句 匂└ 松の山路も藤の波路も     半花:草冠の下は「仏」

△ 主客挨拶巻匂。(七部及多例省)       ↑ トップへ

[秋]

発句   │粟稗に乏しくもあらず草の庵   
脇    │ 薮の中より見ゆる青柿     長虹
     ├
挙句 主匂└ 簾はり出すはるの夕ぐれ    長虹

[花摘]

発句   │有がたや雪をかをらす風の音   
脇    │ 住みけむ人の結ぶ夏草     呂丸 ※集「住程」
     ├
名花 主匂│盃の肴に流す花の浪       会覚
挙句  匂└ 幕打ちあぐる乙鳥の舞     梨水 ※つばくらの

              

[俳]

発句   │昼顔の短夜ねむる昼間哉     翁  ※集「鼓子花の」
脇    │ せめてすゞしき蔦の青壁    奇香
     ├
名花 ウ匂│機たゝむ妻戸に花の香を焚いて  翁
挙句  匂└ よき夢語るけふの初春     尚古

              

[雪丸]

発句   │五月雨を集めて早し最上川    
脇    │ 岸に蛍をつなぐ舟杭      一栄
     ├
名花 ウ匂│平堤明日は越すべき峰の花    翁  ※集「平包」
挙句 相匂└ 山田の種を祝ふ村雨      曽良

              

[冬団]

発句   │珍らしや落ばの頃の翁草     如風
脇    │ 衛士の薪とたをる冬梅     翁
     ├
挙句  匂└ 雁の名残りを招く各      菐言

              

[ひな]

発句   │風流の誠をなくや時鳥      涼葉
脇    │ 旅のわらぢに卯の花の雪    翁
     ├
名花  匂└やよやまて宿迄送る花の暮    濁子

              

[未来]
三吟

発句   │両の手に桃と桜や草のもち    
脇    │ 翁に馴れしてふ鳥の児     嵐雪
     ├
名花  匂│栄えよと未来を植ゑし花の陰   其角
挙句  匂└ 三人笑ふはるの日ぐらし    嵐雪

              

[やわ]
百韻

発句   │兜巾とれやよき商人や山桜    北枝 ※ときん
脇    │ 飴に起こしと雲雀さへづる   宇中
     ├
名花  匂│百韻の連衆を花に申し入れ    吾仲
挙句  匂└ 小松の中に鴬をきく      夏段

              

[八夕]

     │夕ぐれを飾るや霧に村もみぢ   蓮二
     │ いづくも秋の橋に探幽     乃露
     ├
    匂└ 柳さくらもちりて夕ぐれ    蓮二

              

[古今抄]

     │七浦や一字の題を一字づゝ
     ├
    匂└ 霞のはけに渡る八景

              

[庵記]
転居

発句   │丸屋こそよけれ四角な冬篭    露川
脇    │ 雪は尚更おの形の松      吟水
 引上匂 ├
  名ウ四│ 火を賑はひに仮のわたまし   吟水

[笠]

     │鹿聞きに来てか但しは稲ば山   蓮二
     │ そばの花さく世界あらばと   米花
 引上匂 ├
  名ウ1│名古やより遙々岐阜へ家越して  蓮二

△ 立句は常体にて題の匂。(七部及多例省)       ↑ トップへ

[深川]
夜遊

発句   │青くてもあるべき物を唐辛    翁
     ├
名花  匂│米五升人がくれたる花見せむ   嵐蘭

 題の夜遊の心を匂はせたり。

[鶴]
百韻

発句   │日の春をさすがに鶴の歩みかな  其角
     ├
挙句  匂└ 連衆加はる春ぞ久しき     挙白

 こは、一日百韻也。昼後不卜、峡水、似春来るに事よせ、初会の祝ひと、道の後栄を寿ぎたり。

[新百]

     │ 凩の一日吹いてをりにけり   団友
     ├
    匂│花は今星の光りに咲揃ひ     支考
    匂└ 新百韻の柳鴬         執筆

              

[夏衣]

     │初鮭や張良沓を捧げつゝ     南木
草体   ├
    匂│花鳥や其角が夢の畳める時    支考

 蕉門第一の作者、其角も、此の曲節には、目を覚さむといふ句也。

[雑]

発句   │月花や洛陽の寺社残りなく    其角
 引上匂 ├
  名ウ三│時人の雑談集も花心       仙化

[難]

 両軍(真、草、舌戦の文あり)


     │雲に鳥弓手に滝や桜がり     蘇守
     ├
    匂│馬士の喧嘩には似ず花に鳥    野角 ※うまかた
    匂└ 大長刀も梅に鴬        執筆


     │茸狩に其跡床し金米唐      山隣
     ├
    匂│俳諧は今人扁の花咲いて     沂青
    匂└ 面白ほじろ目白囀づる     素竜

              

[白ダラ]

▽発句  │枯れたはと思うたにさて梅の花  従吾
 四巻  / 俳諧、末の七十二候に
▼挙句 匂└雪の残りの白だらに品      枝東 ※はく陀羅尼ぼん

              

[東六]

▽発句  │明日の夜の芋をはれとや八幡聟  凉菟
 四巻  / 俳諧、末の五十韻に
▼名ウ 匂│月見にもわらぢ花見も桜烏仙   浮水 ※「おううせん」、宇中別号
 挙句 匂└ 鴬乙鳥所々の連中       執筆

              

[鎌]

▽発句  │月に雁前は小海老の堅田哉    千那
 四歌仙 / 俳諧、巻末の歌仙に
▼名ウ 匂│花鳥の八重に霞みて八百里    左角
 挙句  └匂 海道集の時津春風      千梅

[歌]

▽発句  │覗くには及ばぬ垣の瓢哉     蓮二
 六歌仙 / 六歌仙外、巻末の長歌行に
▼名ウ 匂│国々の花を集めて歌枕      兆而
 挙句 匂└ 杖と笠とに行きかへる雁    執筆

 こは六歌仙の外、「帰郷ノ賀 長歌行」に匂はせたり。

△ 発句と同、他季の挙句。(七部及多例省)       ↑ トップへ

[一橋]

発句  夏│  雨の日や門提げてゆく杜若  信徳
     ├
名ウ5  │  東雲や四月八日の鐘聞いて  清風
挙句   │   乙鳥の後まつ時鳥     仙庵

              

[其袋]

発句  夏│大名によりて蚊遣になれよ伏見草 百花
     ├
名ウ5 花│花の種けふや祇園のお目覚まし  兀峰
挙句   │ 菖の鉾に蛍火をきる      嵐雪

              

[鳥劫]

発句  秋│吹廻す按山子の隙や夜のかげ   三惟
     ├
名ウ5 花│取分けてざつと済みたる花角力  怒回
挙句   │ されども道は見ゆる初汐    天垂

              

[竹秋]
佐角悼

発句 春│幻の中をそよぐや竹の秋     千梅 ※竹の秋:晩春
脇    │ すべて悲しき空に蜩      冠那 ※ひぐらし:初秋
     ├
名ウ5匂花│身の後の花にますほの花薄    方吟 ※まそほの薄:三秋
挙句  匂└ 去年の今宵も雁をきく郷    砂林 ※雁:晩秋

 竹の秋は陰暦三月の季語。冠那が秋を添え、曲斎が秋とする不思議。

              

[冬葛]

発句  冬│枯庭に米くれられし雀ども    岱水
脇    │ 墨の付いたる古き小ふとん   利合
     ├
名ウ5匂花│七年も浪花の夢に帰り花     杉風
挙句  匂└ 今の時雨は元の草庵      依々

              

[其袋]

発句  冬│炭頭けぶたき妹が涙かな     秀和
     ├
名ウ5 花│神な月十三日を花盛り      嵐雪
挙句   │   空冷まじの冬のしぶ柿   舟竹

△ 雑の挙句。(七部及多例省)       ↑ トップへ

 花引上げし時、雑挙する事あり。挙句は、終りを止むる作方なれども、雑の変格なれば、付流したるもあり。

[あつみ]

名ウ5 恋│錦木を作りて古き恋を見む    翁
挙句   └ 異なる色を好む宮達      曽良

              

[市庵]

名ウ5 恋│白粉をぬれども下地黒い顔    支考
挙句   └ 役者もやうの衣の炷物     去来

              

[雑]

名ウ5 恋│犬箱はさびしき床の物なれや   岩翁
挙句   └ 揚枝をさして持古す文     其角

[砥]

名ウ5 恋│聞きしより宮司が娘てんば也   夕兆
挙句   └ 遊のやうに前渡り来る    呂風

[花摘]

名ウ5  │すり針や近江の海を見下して   渓石
挙句   └ 着破る迄は木曽の麻衣     栞風

[一橋]

名ウ5  │俳諧の修行者とむる朝の雨    立志
挙句   └ 茶杓見立に分くる竹薮     清風

[東六]

名ウ5  │切紙に床しがらるゝ庵なれば   夕市
挙句   └ 夫よ心のはるゝ水海      芦生

[長良]

名ウ5  │三弦に殿のきげむを弾直し    伯楓
挙句   └ 風も治まる御代の燭台     梨雪

[本朝]

名ウ5  │干物に莚重ぬる雨上り      童平
挙句   └ 鳥井も爰に所繁昌       涼三

[そこ]

名ウ5  │何もなき葛篭の蓋の明けかねて  支考 ※つづら
挙句   └ よりあふ者も風雅千万    執筆

[渡鳥]

名ウ5  │打続き治まる世こそめでたけれ  素民
挙句   └ ことしで丁ど丁百になる    先放

[桃盗]

名ウ5  │夕飯が否とは寺へ御帰りか    音吹
挙句   └ 猫の礼とて是は慇懃     柳士

[笈]

名ウ5  │顔付のさるに似たるは寂しさよ  支考
挙句   └ 客にわせても誰れもかまはぬ 正秀 ※座す:来るの尊敬語

[射]

名ウ5  │よい所是は明けぬる窓明り    十丈
挙句  也└ 雨はさらりとはれ上る也    牧童

[浪化]

名ウ5  │出て見れば村の後の薮の道    北枝
挙句  也└ 風のとやみの日は静か也    従吾

[文操]

名ウ5  │雨舎りのれんを見れば茨木や   乙由 ※いばらき
挙句  也└ むかしながらの御代豊か也   光純

              

[藤実]

挙句   └ 明日も天気の尚よかれかし   景桃

[春]

挙句   └ 弟も兄も鳥とりにゆく     里風 ※前3句春。前句「いく春」

[あら]

挙句   └ 空面白き山口の家       荷兮 ※前4句春。

 此二例は今一句、春の続けらるゝ所を雑にしたり。

△ 挙句に始めて、景物を不出事。       ↑ トップへ

 伝に曰く。挙句に始めて神・釈・恋・無常・名処・他季等の景物を出ださずと云へり。
 さるは、後の会釈なくて興なき上に、「まだ、此の巻には何が出でず」と、求めたるごとく見えて、却つて拙き故也。
 さるに、近世挙句に至りて、前に漏れし物を言ひしろひ、始めての景物を付くる人あり。例なき事也。
 但し、神祇は制の外にや。

[冬]

挙句 述・名└ しら髪いさむ越のうど刈    荷兮 ※前句鳥戦

[鵆]

挙句  神└ 御灯かゝぐる神垣の梅     執筆 ※「京までは」

[印]

挙句  神└ 馳走の雑者運ぶ神垣      鼓蟾 ※「あなむざんやな」

[ぶり]

挙句  神└ こゝに匂うて拝殿の梅     執筆

 此の外、釈、無常、名処、他季類の例は見当らず。
 按ずるに、こは古今通式なれども、神祗はめでたき物なれば、翁の了簡もて許されけむ。尤も前三例は、翁の捌き也。


先巻の匂(未完の巻に続け、歌仙とする例)

 先巻を続きに、匂を用ひたる例       ↑ トップへ

[きそ]

発句   │生きながら一つに氷るなまこ哉  翁
     ├
挙句   └ 結はひ残しの句をしたふ春   杉風 ※集「結び残しの」

 こは翁・岱水、両吟十二句あるを、後に岱水・杉風、両吟して、歌仙一巻とせし匂也。

※ 野坡の序に、「硯やある、発句せしに、是が脇・第三すへきよし、自手して書付給ひしより四句め五句めとうつり行、漸一折にも満たず、かい置給へる」とある。初ウ7から、岱水・杉風両吟で満尾。

[初茄]

発句   ・橘のゆかりや今の時鳥      東花 ※集「今の初茄子」

 此半歌仙の終り、
初ウ12 ・ 日も入相の峰の鴬       十知 
 とあるを、後、蓮二房に後折を乞ひければ、
名オ1  ・行く雁も思ひ出羽の国なれば   蓮二
 と、付たり。東花・蓮二、一体なれども、先人と立つる故に、此の捌きあり。
 此の二例をもて、又、一物好あるべし。必ず粕をなむる事なかれ。

 「初茄子」の詞書きに「重行亭に旅寝して、故翁の遺詠を感ず」とある。「遺詠」とは、
     ・めづらしや山を出羽の初茄子   芭蕉 ※いではの
 「雪まろげ」に、「羽黒に参籠して後鶴岡にいたり羽黒山を出て鶴が岡重行亭」として歌仙を載せる。


奉納・法楽

 奉納法楽(歌仙は無印)       ↑ トップへ

[雁木伝]

 奉納の大事、其の神の名を句面に作り顕はすは、最上の法外也。名は句中に含みてこそ作るべけれと、季吟、常に申されし也。
 伝に曰く。翁是を尋ねて曰く。「歌には、其の神の名をよむに、いかなれば、俳に憚るや」
 吟曰く。「歌は、本朝の器也。俳諧は、連歌に次いで、俗談にかゝれる故に、揖する(ゆうする)上も揖するのみ」と、言はれしとぞ。(約文)

▲ 世俗にて名をさすは、なめしき故に、挨拶句には雅名を作り入るゝ事は法度なれど、神仏は世俗と事かはり、頻りに御名を唱ふるを敬とすれば、俗情にくらべて神慮をはかるは、却つてなめしからむ。
 殊に歌に例ある事を、俗談の俳諧とて、何ぞ憚らむ。吾翁の不審、宜なる事也。

[うやむや]

 

有也無也関解説

 正親の句は、詞続(ことばつづき)の縁をもて、仕立る句法なり。
    何の木の花ともしらず匂ひかな

▲ こは転倒の作の戒め也。天とあらば地、花とあらば咲き匂ふなどゝ、縁語を順に続けて作る事、神祇、祝ひ等の心得也。脇は、神祇ありても、なくてもよし。匂ひは、二句あるも、一句あるも、又、なきもあり。巻中、釈・無常は嫌ふ。されども著しく汚らはしき事は慎むべし。
 偖、此の句、諸書に、「とはしらず」「ともしらず」とあり。熟ら(つらつら)考ふるに、「ともしれぬ」ならむ。
 其の故は、「ず」と切りて、「匂ひ」とは、胴切にて続かず。
 又、「しらぬ」は自己、「しれぬ」は天然也。爰は、神慮を床しむ所なれば、「しれぬ」といふべく覚ゆ。
 又、何と疑ふ時は、匂ひぞもと結ぶ格也。そは、花を見ずして、匂ひを怪しむ心なれば、何と云ふ疑ひ、匂ひ迄及ぶ故に、歎もて哉とは結ばれざるを、其の頃歌学者といふ季吟だに疎き事あれば、哉の過りはありもせむ。
 首切、胴切はなき筈也。

 又、響親の句は、五音十声の通もてつゞる也。
    松風の●●匂ふ外宮○○浜の宮
         色あざやかに○○御手洗の蓮 ※和歌の例
    むつかしき●●顔は家老に○○極まりて  
※俳諧の例

 正響合体の時は、上五字を通音につゞり、下を連声にもつゞり、又上を連声にして、下を通音に仕立つる事もあり。是、一句安からざる時の事と、しるべし。たとへば、
    裸には○○まだ如月の嵐かな
 右三品(※正親・響親・正響の三つ)は、奉納・法楽に限らず、祈祷・夢想・賀・元服・移徙(わたまし)、此の通音連声なきを用ひず。尤も、連声は太古の格にして、つゞりがたし。(約文)

▲ 是、皆連俳のさた也。蕉門には、只縁語続き(上に云ふ正親)の外に教へなき事は、下の証句にてしるし。
 たまたま相通に叶ふ物ありとも、そはまぐれ当りにて、求めたる作ならず。抑も、韻とは、句の終りをひく事なれば、上の終りと下の始めと通ふべき理なし。さるを、強ひて音を合せむとする時は、却つて、首切・胴切等の穏かならぬ作とならむ。是をもて、翁は古法を捨てられけむ。
 其の後、物好の人有りて、松風の如き巻拵へたるは証としがたし。
 又、此の裸の句も、上に「には」と云うて、下に「哉」と云ふはよからぬ作也。

[星月夜]

 奉納並祝言の句、他門に、連声を用ゐる人あり。連声は、五行和合せず。我家には通声と縁続きを用ふる也。

▲ 「うやむや(の関)」に、連声は大古の格と云ひ、爰に他門連声を用ふると云ひ、其の連声と云ふは「韻」の事なれども、五音(たて)も十韻(よこ)も、供に蕉門の用ならぬ事、証句にて明か也。

[俳]

        伊勢

発句   │何の木の花ともしれぬ匂ひかな  翁
脇    │ 声に朝日を含む鴬       益光
     ├
初ウ2 釈│門細めなる田の中の寺      翁  ※集「しをりを戸ざす」
     │
初ウ8 釈│陳の仮屋に僧のこもりて     益光 ※「陣の」
     ├
挙句  匂├ 短冊残す神垣の春       野人 ※杜国の別号、挙句

              

[雪花]

        熱田

発句   │磨直す鏡も清し梅の花      翁
脇    │ 石しく庭の寒き曙       桐葉
     ├
初ウ11無常│此塚の女は花の名にをられ    桐葉 ※花
初ウ12無常└ 誰が泣顔を咲けるつゝじぞ   翁

 此の巻の折、匂ひなし。

 さて、奉納に釈・無常の例、此のごとし。

[やへ]
上御霊

発句   │半日は神を友にや年忌      翁  ※としいもい。集「年忘れ」
脇    │ 雪に土民の供物納むる     示右
     ├
名ウ5花匂│真白に鳥居を見こむ花盛     景桃

 半日と云ふ隙なき様、上京近辺の民の、供物納めに来て、暫し年篭りする体としたり。

 さて、此の三巻に、五音十韻を用ひぬを見よ、下の例も同じ。

[三日]
厳島・法楽
四十四

        宮島

発句   │神もしれ三河遠山出雲白     支考
脇    │鳥居に舟を夏の明ぼの      林角
     ├
初ウ13花釈│植置きてことしは寺の花盛り   麁線
     ├
名オ3無常│八十で死なれた人をなく事か   蟻巧
     ├
名ウ7花匂│土佐が画の歌仙に並ぶ袖の花   支考

[ぶり]

        神風館

     │かしこまる幣に蛙の歌よむか   蒲右 ※しで
     └ 風雨随時になびく苗代     凉菟

[ぶり]

        人丸の御影を拝し

     │是和歌の姿ならずや大和柿    凉菟
     └ 素直に松の上をてる月     暠巴

              

[賀茂]

発句   │鴬の笠も脱がずや神の杜     楚竹
脇    └ 水新しき春の御たらし     鴎笑 ※集「御手洗川」

 神風館以下三巻、匂ひなし。

[賀茂]

発句   │蝙蝠も末社の数や冬篭      素後
脇    │夜は夜と共に嵐凩        鴎笑
     ├
名ウ5花匂│数百軒神の恵みに家の花     鴎笑

[雑]
日待百韻

        日待法楽

発句   │賑かに籬の菊の旭かな      亀翁
脇    │ ひろき出合は幾宵の月     且水
 引上匂 ├
名ウ3 匂│日待よりけふ其儘の神詣     岩翁
名ウ4 匂└ 果報のつくを老の身の幸    未陌 ※みのさち

[諸書]

 天神奉納、春は第三迄に梅を出し、他季ならば、巻中に必らず梅一あるべし。讒言・左遷・舟・流す・筑紫等忌む。

[梅十]

        長良天神奉納十歌仙の内

 第五
     ・乗物を舟にかきこむ暮の月    梅光
 第六
     ・ながれ次第の舟に秋風      梅光

▲ 此のごとき例あり。讒言・左遷は慎むべし。
 筑紫は、匂ひにも入用ならむ。乗物を舟に入れ、又、舟・流すなどは平生事也。菅公、其の刻の旅粧、舟のみならず。馬に召せば馬を忌み、茶を参らば茶を嫌はむや。流人ならねば、「流」の字も憚るまじ。
 都て、己が愚痴もて神慮を計るは、恐るべき事ぞかし。


夢想開き

 夢想開       ↑ トップへ

[諸書]

 懐紙一順読み終る時、主より紙扇等引出する例也。
 夢の神仏慥かなるは、其の意、只何となく見し時は、天神の御告として、天神を祭りて、興行する事、古例也。
 発句、神祗ならば、脇神祇にすべく、春夜、秋を夢見ても、夢の季に随ふ事勿論、都て無念無想より按じて、一巻清浄に、挙げ匂ひあるべし。巻中、夢枕・偽・左迂等を忌む。第三迄、霞・雪・霜・露・電等のもろき物、らむ留を忌む也。

▲ 霞以下の説、非なる事、証句にて明か也。

[花の蘂]

 御 真也。脇亭主、第三宗匠也。夢想短句ならば、前句の心に見て、其の句へ、亭主発句付くべし。但し、治定の切字を用ひ、疑の切字をいむべし。(約文)

▲ 治定、疑の切字の事、偏固の説也。

[三部書]

 発句ならば、表六句可然、夢想の句、短句ならば、表七句なるべし。百韻あしく候。歌仙可然。賀の典行は、座短き可宜候。表九句も同じ。

[雁木伝]

 長句は、如常、短句を見候時は、引上げて発句致し、夢想は脇に致し候事、無季の発句にても、脇には常季を結び候事、短句無季見候とも、発句は当季に仕立、脇は其儘に置き、夢想の句は三物にして奉納いたし、外に発句いたし一巻に取立て、或ひは歌仙にいたし候事。

▲ 「神より賜はる無想を脇とす」と云ふは、奇談也。
 今按ずるに、無季の物を脇とし、季の発句して三物とせば、俳諧第一なる季の掟を破らむ。しかせむよりも、短句ならば、夫に賀の句、賀の巻など添へて奉納して、可ならむ。
 又、「雑の夢に季の脇」と云ふも聞かぬ事也。
 又、諸書に「短句ならば前句と見て発句付けよ」と云ふも。眼(がん)と目(もく)との論也。
 十七字なき物は、只文句なれば、其の儘に閣く(「擱く、おく)べき理あり。若し十二三字、十五六字、廿余字などの文句ならばいかゞすべき。季にても雑にても、十七言にて、発句体なる物なればこそ、文神の告げと仰せて祝ふ事なれ。古人面前不夢。勘破了也。

[このは]

     │人並に皺も延ぶるやすはの湖   御
     └ 不二を相手にのぼる日の丸   何狂

 此巻四十四にて、匂ひなし、脇に当季なきを見よ。

[三物]

     │万歳の日は蓬莱の堆く      何狂 ※うずたかく
     └ 門は常盤の名に遊ぶ春     仙行

              

〔夢祝〕

     │水仙や暖かさうに咲いてをり   仙行
     └ はく程はまだ雪の朝ばれ    片雲

              

[有儘]
文通
上下略

        夢想の俳諧

     │秋の夜にかはる袋や秋の風    片雲(集は「御」)
     │ 片田の餅の香に匂ふ頃     希因
     │賑かな月見に鴫も立ちかねて   蓮二
     └ 浜は夕日の出舟入舟    ○
   又、第三、四句目
     │名月の馳走に鴫も暮待ちて
     └ 雲はき分くるむら雨の後

 此の度の一順、別して骨折申候。
 句作に用と不用の論あり。用をしらずして句作を好候へば、聞えぬ方に落ち申し候。
 此の度の脇、第三に「餅」の一字は句作也。此の用と申すは、発句には「袋」の一字のみ付所なれば、「稲」といはずして「餅」といへり。第三は夜分を遁れむとて、鴫の句作は其の用也。四句目は両様ともに会釈の句なれば、論なけれど、出舟入舟の賑はしき用と、雲掃分くる馳走の用と。此等も句作は同じ心得也。(下略)
    霜月  日      蓮二
     希因様

〔柴の誉〕

 宝暦八、九月廿四日、草主翁の夢想あり。人々に告げ、歌仙一巻として小練忌(しょうれんき、五七日)に備へ侍る。

     │山かぜや秋の趣向は様々に
     │ 後の月夜の明けし稲塚     紗葉
     ├
    匂│有がたき明りを受くる窓の花   宇白

[三部書]

 夢想を開くは当前(あたりまえ)の祈祷、賀儀の心、私あるまじき也。開くに別条なし。床に聖像を懸け、焼香絶さず、執筆甲ばかり乙なし。夢想に、亭主脇して、宗匠第三もする也。一順済みて一家の惣代と書きてするもあり。
 又、第三に惣代として、順を付くるもあり。何れも苦しからず候。かゝる時は、「呼付付句」といふを嫌ふ也。かな留の句に敷島とは、カナシキとつゞき、玉柳はタマヤナキ(魂無)と、ひゞく故也。

 同、賀。       ↑ トップへ

[一]

 夢想 延宝七年春

     │捧げたり二月中旬初茄      翁
     │ 天下のおかげ我等迄春     杉風
     │雨霞む古蔵弘くをさまりて    仙風
     │ 白き鼠に雪ぞ消えゆく     亀
     │雲間より赤い烏のほのぼのと   惣代
     │ 谷の戸口にかゝる看板     杉風
     │上々吉有明の空ふく嵐      而已
     └ 千里の羽も金箱の秋      執筆

[しし]

 天満宮夢想賀 三物(六の内)

紅葉   │御製より今も取りあへぬ紅葉哉  山隣 ※集「取りあへず」
     │ 水あれば月月あれば水     高茰
(第三  │おもしろい男と秋の旅をして   知角)

新酒   │神酒なればすむも濁るも鏡哉   蓮二
     │ 廿三夜も杉の暁        山隣
(第三  │秋もまた山ほととぎす遊び居て  高茰)


追善

 追善(歌仙は無印)       ↑ トップへ

[湖東問答]

 追善は、幽言第一、長高き不易の句すべし。
 親・兄弟・師・友・知識・隠士・義士等によりて、色々句あり。
 天下無双の我翁の追善に、名もなき者の追善のごとく、袖がぬる、涙が氷る、香を継ぐ、ばせを枯る、笠残る、松風長し、そとば朽つる、塚苔むすなどにて、一天下果てたり、偖々、はかなき志にて哀れ也。(約文)

▲ 五老(許六)の歎きは、百世の戒め也。げに云ふ、古への粕を手向むは、信なきわざかも。
 今国々の集を見るに、追悼・懐旧・貴賤・親疎のわいだめ(弁別)もなく、或ひは句・脇・挙の間に、必ず年忌の詞を用ひたり。そは、前書か題におく詞也。仮令、悲哀の詞を作るとも、一句俳諧にならでは詮なからむ。
 只、寂細みを主とせよ、匂ひは一句にても、二句にても引上げてもよし、一折物(ひとおりもの)には、元より匂ひなし。巻中「神、祈、釈、無常、病、薬、殺生、落、沈、帰、字余、送り字等」、古式には、嫌物もあれど、蕉門には許したり。但し、冥途・罪科・地獄・呵責・悪趣のさたは憚るべし。其の余、主人により席によりて、禁句も遠慮もある事は、追善のみに限らぬ事也。

[拾]
大通庵悼

発句   │其容見ばや枯木の杖の長    翁  ※そのかたち
脇    │ 鵆来てなくよし垣の池    夕菊
     ├─
初ウ4 ┌─ 声美しき念仏聞ゆる     苔翠 ※ねぶつ
    ││
  10 ├─ むりに望みをかけし師の坊  曽良
    釈├──
名オ5 ├─苔生えし仏の膝を枕して    曽良
    五│
  9 ├─露深き無言の僧の戸を明けて  翁
    所├─
名ウ3 ├┬汲み上ぐる御堂の朝時ほのか也 友五
  4 └┼ 蚊にせゝられて冠る笈ずり  翁
 5匂無常│清き地に骨を埋むる花の陰   曽良 ※集「納る」
挙句 非釈└ 春暮れてゆく香の一時    夕菊

[鵆]
奉納

発句   │笠寺やもらぬ窟も春の雨    翁
脇   花│ たびねを起す花の鐘撞    知足
     ├
名ウ5匂花│花盛り尾張の国に札打ちて   菐言

              

[枯]
百韻

発句   │亡がらを笠に隠すや枯尾花   其角
脇    │ 温石さめて皆氷る声     支考
     ├
初ウ4 薬│ 風の薬を惣々がのむ     泥足
 5 法事│焦すなと斎の豆腐をせわにする 乙州
     │
 11 観想│世の花に集の発句の惜まるゝ  智月
     ├
二オ6 神│ 祭のるすに残したる酒    万里
     ├
三ウ7 狩│鳥さしの仕合わろきくれの窓  去来
     │
12無常・釈│ 経よむうちもしのぶ聖霊   牝玄
 引上匂↓├
名オ6 匂│ 思はぬ状のおくに戒名    支考
名オ7 花│青天にちりゆく花の芳しゝ   去来 ※こうばしし

 此の巻、神四所、送字八所あり。以下此の類記さず。

[枯]

発句   │俤や浪花を霜の踏納      桃隣
脇    │淡くかげろふ冬の日の影    子珊
     ├
名オ12 帰│ 行脚帰りに更くる秋風    千川
     ├
名ウ5 匂│見開けばおのづからなる花微笑 濁子
挙句  匂└ 香を結んで朝霞たつ     滄波

 此巻無恋

[枯]
十月廿三日追善

発句   │亦誰そやあゝ此道の木葉掻   湖春
脇    │ 一羽さびしき霜の朝鳥    素竜
     ├
初ウ五  │雲水の身はいづ地をか死所   素堂
     ├
名ウ五 匂│ 袖に今師の好かれたる花の枝 桃隣

 同、此巻無恋

[枯]
百韻
十一月十二日初月忌

発句   │なく中に寒菊独りこたへたり  嵐雪
脇    │ 向上体を雪の明ぼの     桃隣
     ├
二ウ2 落│ 衣桁の小袖落つる音する   風国 ※いこうの
     ├
三ウ11 鬼│鬼が手に明けさせておく月の洞 心圭
     ├
名ウ7 匂│外しらぬ琴をかなしむ花の前  桃隣
挙句  匂└ 草芳しき信の交り      横几

              

[行状]
初月忌

発句   │風月の霜の剱を折らしけり   乙州
脇    │冬の野原にいなす飼鳥     木節
     ├
初ウ8無観│杖笠頭陀は過ぎし世の夢    木節
     ├
名ウ3 祈│祈らるゝ神の身にても迷惑さ  乙州
     │
名ウ5 匂│百年の半ばにちりぬ花の下   木節

[砥]
翁百日

発句   │問残す歎きの数や梅の花    北枝
脇 沈 氷池│ 春も氷に沈みつく池     浪化
     ├
名ウ5 匂│さればこそ松は花より朧にて  万子
挙句  匂└ のりもてはやす百日の空   林紅

              

[後旅]

発句   │青柳にさらぬ古枝や百ヶ日   千川
脇    │ 其の涸池の芦は角組む    桃隣
 引上匂↓├
名オ5 匂│風雅にて人取立つる信かな   桃隣

[翁]
一周忌

発句   │十二日時雨もふらず哀れ也   里圃
脇    │ 寒さを含む雲の鈍色     沾圃
     ├
名ウ  匂│ちる花をめつたに惜しむ花盛  里圃

              

[韻]
三回忌

発句   │月雪にさびしがられし紙衣かな 許六
脇    │ 小はるの壁の草青みたり   李由
     ├
挙句  匂└ 其きさらぎの夢の境界    執筆

              

[冬葛]
七回忌

発句   │枯庭に米くれられし雀ども   岱水
脇    │ 墨の付いたる古き小ぶとん  里水
     ├
初ウ10  │ 翁行脚の時おもひけり    曽良
 11 観想│吉のにて花を見せうぞ桧笠   依々
 12   │ 羽おりの袂ぬらす幾春    石菊
     ├
名ウ5 匂│七年も浪花の夢に帰り花    杉風
挙句  匂└ 今のしぐれは元の草庵    依々

[冬葛]

発句   │成れ成れとふるか時雨に七回り 此筋
脇    │ けさは木のはの静まりてちる 千川 ※集「静まりて居」
     ├
名ウ5 匂│したはるゝ花に其の笠其の衣  文鳥

 翁の追善に限りて、此のごとく、巻中に観想の付句あるは、門人、只、其の名残りを忘れず、時に臨みて、覚えず言出でけるならむ。

[浪化]
百韻
法事

発句   │水仙の花奉つる仏かな     支考
脇    │日はきらきらと六七日の霜   秋の坊 ※むなぬかの
     ├
三ウ1  │何もかも川へ流すか玉祭    秋の坊
     ├
挙句  匂└ たとへば雲に帰る雁がね   北枝

[浪化]
小松

発句   │手を拍つて火燵を出づる便り哉 塵生
脇    │冬の烏の夕ぐれをなく     宇中
     ├
挙句  匂└ 梅の発句の残る短冊     夕市

[浪化]
福井

発句   │凩の言伝悲し草の宿      元春
脇    │冬の夜すがら行灯静まる    韋吹
     ├
名ウ5 匂│行春の花と浮世にをしまれて  路走
挙句  匂└ 人も陽炎我れも陽炎     執筆

[浪化]
拈香

発句   │鳥一羽林に寒く鳴きにけり   万子
脇    │ 窓をひらけば十月の空    八紫
  引上↓├
名ウ2 匂└ 精進料理に花のちる宿    万子

[浪化]
三国

発句   │冬草やいづれの陰を君が宿   水音
脇    │ 野は霜折の寒き明方     播東 ※集「寒ひ」
  ↓前句├
初ウ10  │ 何を烏のあの様になく    昨嚢
初ウ11 匂│此世にも花咲き残る砥並山   琴之
    ↑初折引上

 匂を引上ぐるは如此、前句より催されて、自ら出来る事也。

[浪化]
小松2

発句   │野は枯れて消ゆる物おく名残哉 可夕
脇    │ 月はしらりと氷る遠浅    季邑
  引上↓├
名ウ3 匂│砥並山人もしぐれて通りけり  致画

[浪化]
大聖寺

発句   │言出せば起きてつくぼふ火燧哉 厚為 ※集「つくばふ」
脇    │ 其のきさらぎの柳しぐるゝ  関雪
  引上↓├
名ウ3 匂│花は根に帰る越路の鳥部山   方錐
 4引上匂│ なぜにうき世を鴬となく   長水
 5 魚介│白魚の実に面白き料理組    何由 ※げに
挙句 魚介└ 雲丹は黄色に防風紅     執筆 ※ぼうふくれない

 此集廿余巻中の曲節、挙(あげ)也。かく数巻集まる時は、句、脇等も此のごとく、しつこからぬ様に有りたし。

[たそ]
支考亡名
佯死・追善

発句   │いざよひや師の影去りて十万里 白狂
脇    │ 変化の時を空になく雁    右範
     ├
名ウ5 匂│范蠡をやめて花見の孫太夫   東羽 
※はんれい

 こは草体の曲也。支考に十名あり。夫を没して、跡を黄山に隠すと云ふ心を、陶朱公に准らへたり。

[たそ]
記念

発句   │鹿の音に言のははなし入月夜  従吾 ※集「鹿の尾に」
脇    │ 萩にもあらず荻にもあらず  鴟皮
     ├
名ウ5 匂│こんにやくの白和となる花の時 巴兮
挙句  匂└ 牡丹春遅し爰の獅子庵    牧童

              

[梅の別]
大川悼]

     │其の梅もちる日となりぬ一七日 吾仲 ※ひとなぬか
     │ 障子に残る春の曙      仲太
     ├
    匂│我園の柳もくもる春の色    仲太
    匂└ 小田の蛙もなくはずの事   子靖

[夕顔]
尚白悼

     │朝顔の顔さへむかしむかし哉  維明
     │ 此蘭の露泪かよへり     宰陀
     ├
    匂│花鳥の讃に遊べと書かれけり  宰陀

[夕顔]

     │朝がほや身すりの柱なつかしき 氷花
     │ 名は有明の籾の埋火     芹生
     ├
    匂│人とはば幻住庵の後の花    仙鶴

[夕顔]

     │目に見えぬ秋目に見えて別れ哉 円入
     │ 片便宜なる文月の月     袁立 ※かたびんぎ
     ├
    匂│何菩薩花は白きを後にする   我吹
    匂└ 七宝かざするりの囀     執筆

              

[十七回]
其角忌

     │其の人の伝灯録を花の峰    敬雨
     │ 六千余日に春渡る水     淡々
     ├
    匂│花ぞ昔今又京のますかゞみ   珍舎
    匂└ 程をかたるも虎杖の節    大圭 
※いたどり

              

[はの]
無倫一周忌

     │ちれど梅名は末代にかんばしく 蘭台
     │ 夢と杉菜の取添へてぬれ   倫里
     ├
無観、初折│ちと後生油断のならぬ老の花  百里
     ├
    匂│なつかしく寺社に残りて筆の花 琴風
    匂└ 去年もことしも今日は雨   風葉

              

[其鑑]
七里三回忌

     │精進はげに忘れじな梅の花   鷺洲
     │ 旭のはれに薮の鴬      葉圃
     ├
 無常 ウ│娘にあひて明日死なうとも   此柱
     │
    匂│くもらねば鑑に花のむく世界  此柱
    匂│ ねはんの宵の雲も彩色    巴州

[其鑑]

     │涅槃忌の野菜も五十二類哉   慈竹
     │ 朝茶の曲突に永き一時    葉圃
     ├
無観 名11│聖霊も月よの娑婆に気の晴て  一宇
     ├
    匂│三年は昔に花の十四日     葉圃
挙句   └ 鳥は雲井に春のゆく時    始流

[名筺]

       嵐七風子の亡がらを送りて

     │ゆく雲の地も紫の花野哉    和蕙
     │ 蝶もしほるゝ露の入相    十知 ※霑るる
     ├
    匂│ちる花の筺に鳥も法の声    風草
    匂└ 春の名残に藤もしだるゝ   只白

[星月]
其角卅三回忌

     │冴かへる空や北斗の星月夜   原松
     │ 蛙なく江は元さゝら浪    松阿
     ├
    匂│衰へし道を開きてけふの花   松欄
    匂└ 徳をかぞへて枸杞の賞翫   千梅

              

[みかの]
野坡悼

     │俤や蓬莱三日無名庵      梅従
     │ 残る居士衣も春の空蝉    簡月
     ├
    匂└ 藤のはびこる譲境内     簡月

[みかの]
七日

     │鴬やつらつら松も雨の足    杏雨
     │ 茶烟止みし春の離れ家    如風
     ├
    匂│香をしたふ一木千里の夢の花  竹童

[みかの]
百日

     │庵たゝく我が影ぼしも苔の花  三維
     │ 時鳥より崩す鳶の輪     程々
 引上匂 ├
名ウ三  │浪花江の花の力も失ひて    琪滴

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[行状]
[このは]
[小弓]
[冬葛]
[冬葛]
[夕顔]
[白扇]
[続花]
[続花]
[続花]

 四ノ  ・凩を通して拾ふ塚のちり    路通 ※世吉
 百   ・初雪や鵙の草潜埋むらむ    許六
     ・楯にとる舟の別れやなく千鳥  東鷲
     ・香の気で名のある菊を五六十  利合
     ・かたみとぞ思へば月見十二日  杉風
     ・白や黄に塩なき露の泉かな   淡々
 七ノ  ・其のかげや時雨て雲に一昔   北枝 ※巻末歌仙
     ・みそ萩や心のくるゝ花ざかり  伴輅
     ・手をもすれ風の慧苡仁本誓寺  岷雫
     ・手向けよと蘭の匂ひの咲き乍ら 木十

[秋の風]

     ・亡跡に何植ゑてきかむ秋の風  岸虎

 こは、たゞ一巻なれども、匂なし。凡そ、匂を略するは、数巻興行の時、其中にてする事也。此外にも例多し。

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