貞享式海印録巻三 恋・旅・名所
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貞享式海印録 曲斎述 │安政6年(1859)序
芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。
このページでは、巻三、恋・旅・名所を見る。
恋 | |
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□ 恋 ↑ トップへ | |
[本書] | 恋句の事は、古式を用ひず。其故は、嫁・娘・冶郎・傾城の文字名目にては、恋といはず。 只当句の意に恋あらば、文字には拘はらず恋句をつくべし。此故に、他門より恋を一句にてすつといへるよし。 |
▲ 「強ひて」の字、一段の眼(まなこ)也。 法に任せて続くる時は、百句も妨げなし。此故に、強ひてする事を禁じたり。蕉門には、二句に限るとな思ひそ、此下に、恋を続くる法を説くを見よ。 | |
[古今抄] 二 | 今の俳諧にも、恋は必らず五句ならむとて、古抄のいへる恋の詞を並べば、連歌の恋の仄(ほのか)なるには似ず、俳諧は、例の平話にて、女子童べの耳にも立つて、吟ずるもやゝ遠慮がちならむ。(上下略) |
▲ 古風よりは、一句捨と思ひけむ。蕉門にては、是にて一結の恋調ふ也。其次は、続くるも断るも趣にあり。此段の詮ずる所は、恋は心に在りて、詞にあらずと也。 | |
[芭蕉談] | 昔(古式の事)は、五十韻百韻といへども、恋句なき時は、一巻とはいはず、端物とす。 |
▲ 爰に、「一句」と云ふは、前句起しの事也。当句より起こる恋は、決して、一句にては捨てず。 | |
※1 妹背のよしの川 古今和歌集恋の部、恋歌360首の末尾。 | |
△ 恋、三去。(古今、同)(七部、及多省) ↑ トップへ | |
[蓬] | │双六の恨みを文に書尽し 翁 |
[続虚] 川尽きて | 初ウ2 ┌ 初秋半ば恋はてぬ身を 露沾 |
[深川] 青くても | 初ウ3 │懸乞に恋の心を持たせばや 翁 |
[韻] 秋もはや | 初ウ12 ┌ 総嫁追出す肌のさむけさ 利牛 |
[韻] 鱈船や | 名オ5 ┌ 傾城の心中咄一ぱいに 徐寅 |
[萩露] | 略 |
[三笑] | │死ぬ事を忘れて恋はせぬ物を 伯兎 |
[三匹] | │恋をする天窓に顔の取合せ 凉菟 |
[むつ] | │世の哀れ哀れがらぬもはしたき 桃隣 独※はしたなさ |
[続花] | ┌ 先づ城之介せい文に入る 老鼠 ※誓もん |
△ 恋の字、面去。(古へは、折去) ↑ トップへ | |
[俳] さぞな都 百韻 | │恋の土手雲な隔てそ打またげ |
[古拾] | ┌ 神代も聞かず百文の恋 春澄 |
[一] 須磨ぞ秋 | │ひよんな恋可笑がりてやなく蛙 翁 |
[むつ] ※両吟 | │恋種やいつの畑を売崩し 鋤立 |
[むつ] ※芭蕉三回 百韻 | ┌ 大粒な目を細うする恋 桃隣 独 |
[句兄] | ┌ 紛らはしきは欝と恋病 紫紅 ※こいやみ |
[新百] | ┌ 夜寒に成りて人も恋しき 水甫 |
[武蔵] | ┌ 恋すがら酒宴踊終日 藤白 ※ひもすがら |
恋猫にても句去同じ。 | |
△ 恋に非ざる恋の字、恋句、越、嫌はず。 ↑ トップへ | |
猫・鹿・雉の妻恋、或は親を恋ふ、友を恋ふる等の恋の字は、恋句の越を嫌はず。 | |
[七さみ] | ●│恋をする鹿には角の取合はず 一彳 |
△ 恋を続くる心得。 ↑ トップへ | |
[小文] | ・夜遊びの更けて床とる坊主ども 史邦 |
凡そ、其の始め、「逢ふ恋」ならば、次は「別るゝ恋」と見かへ、三は「隔つる恋」と変化し、四は「恨む恋」とも、五は「祈る恋」とも、六は「化恋(あだこい)」、七は「嫌ふ恋」、八は「随ふ恋」、九は「初恋」、十は「契る恋」といふ様に、一句一句に恋情を転じて、趣向に、老少・男女・貴賤・強弱・文質・虚実を分けて続けゆく時は、百韻干句といへども、変化自在なるべし。 | |
※[小文] 三吟 | ※ 芭蕉庵小文庫から |
△ 恋を捌くるゝ心得。 ↑ トップへ | |
凡そ、恋を続くるは、句面(くおもて)に恋語ある限り也。仮令、付合たる句意には、深き恋情有りても、一句放して常の事なる句出でなば、そを限りに恋を止めよ。 | |
△ 花に結ぶ恋(☆花、○月)(七部省) ↑ トップへ | |
「花に恋を仕懸るは、法外」と制するは、古式也。蕉門にはさる事なし。 | |
[雪丸] | 〇│あの月も恋故にこそ悲しけれ 翠桃 |
此等は、恋ならでもすむ所なれど、制なき故に続けたり。 | |
[三匹] | ┌ おれが嫌ひは芋と若衆 支考 ※わかいしゅ |
[雑] | ○┌ 身を平蜘に忍ぶ夜の月 普船 |
[卯辰] | ┌ 式部が夢は泣きつ笑ひつ 乙州 |
[歌] | ┌ 茶碗も無事に悋気鎮まる 桃如 |
[拾] [金蘭集] さびしさの | 初ウ10 ┌ 情しらずの袖を引裂く 翁 |
○ | |
[ひな] 花起り | ☆│花盛り静が舞をかたみにて 翁 |
[奥栞] | ☆│きぬぎぬをを馬上に眠る花盛り 重行 |
[翁] | ☆│花売の後姿のおもはゆき 正春 |
[百歌仙] | ○☆│二つある恨みと恋を月と花 少風 |
[むつ] | ☆│あつかましちりふの君も花の数 桃隣 |
[瓜] | ☆│岨の花冶郎は駕を下りたがり 茂秋 |
○ | |
[卯辰] 花起し | ☆│花はちるものを眺めて涙ぐみ 乙州 |
[拾] 花起し挙 | ☆│難波なる花の新町来て見れば 惟然 |
[鵆] | ☆│鳥辺野に葛とる女花分けて 桐葉 |
[句兄] | ☆│あの様な女に成りて花の陰 沾徳 |
挙句に、始めて恋を出さぬは、後なくて不興なる故也。 | |
△ 待宵。 ↑ トップへ | |
只、待●宵と云ふは、君まつ宵の事にて月にあらず。 | |
[桃白] | │いとをしき人の文さへ引裂きて 不知 ※「愛ほしき」 |
[鵆] | ○│姉妹窓の細目に月を見て 安信 |
[奥栞] | ┌ 娘なぶれば衿を繕ふ 己百 |
△ 売恋。(多例、省) ↑ トップへ | |
遊里の句は古雅に、長高く作るべく、必らず今めかしき詞を遣ふ事なかれと戒められたり。 さるに、近世の句を見るに、客は毎々、「野夫」なれど、「嘘の涙」に「粋」となり、「居続け」「総揚」の騒ぎより、「目を盗む女郎」「間夫」と囁き、「金好の仲居」「衿につけば」「牽頭(たいこ)」は耳を【口+舌】り、「紋日(もんび、物日:遊里の特設日)」「身揚」の談合、「姉が入ぢゑ」より、「根引(ねびき、身請け)」「身受(身請け)」の立引起り、「伯父の異見(意見)」も聞入れず。果は、「勘当」の身の「欠落(駆け落ち)」とや。 | |
[難] | ・ 覗く拍子に簾はづるゝ 佳六 又、一変を考ふるに、 かゝる句法を得る時は、方丈を探りて千句を巻き、法界を摂して、三つ物に縮むべし。 |
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※[難] | ※ |
[冬] | │雪の狂呉の国の笠珍らしき 荷兮 |
[つばめ] | ┌ 遊女四五人田舎わたらひ 曽良 |
近世、恋二所出す時は、一つは必らず売恋と定めし人あり。殊に、野俗の売恋を付けむよりは、恋なき方、尊からむ。 | |
[根本] 七所の内 其一 | 初ウ5 │笑顔よく生自慢の一器量 コ斎 ※うまれじまん |
※[根本] 其二 | 初ウ14 ・ うしろ見せたる美婦妬しき 清風 |
[根本] 其三 | 二オ10 ┌ をし恩愛の沢を二羽たつ 其角 ※おんない |
[根本] 其四 | 二ウ8 ┌ 狂女吟ふあとしたふなり 清風 ※さまよう |
[根本] 其五 | 三オ12 ┌ しのぶの乱れ瘧百たび 其角 ※おこりもも度 |
かく三四五と続きたれど、句品及び変化いとよし。 | |
※[根本] 其六 | 三ウ7 ・血をそゝぐ起請もふけば翻り コ斎 |
※[根本] 其七 | 名オ8 ・ 礫に通ふこゝろくるはし 素堂 |
△ 落つる恋。 ↑ トップへ | |
今世の落人の付は、大方「子中(こなか、子をなした仲)」、「爪はづれ」、「さとなまり」、「辛苦」、「添遂げ咄」、「勘当の侘」、「伯父坊懸り」。「村のせわ業」は、「餅屋」か「寺子や」か。 | |
[夏衣] | ┌ くるわを出ればあしのほの風 慈竹 |
是、浪々のうきに堪へかねし身の、故郷近き伯母の在所などに、暫し身を屈めて、赦免の便りもがなと、明暮、女夫が、親里の首尾まつ様也。かく含む時は、風音あり。 | |
[七さみ] | ┌ 坊主くさゝは落ちた上にも 一彳 |
坊くさきわざを、見出して、付たり。 | |
[鶴] 百韻 | │筑紫迄人の娘を召連れて 李下 |
△ 男色。 ↑ トップへ | |
男色、亦、手柄もの也。句の表裏に、さびしみをかしみをこめて、其情、哀れ深く作るべし。 | |
[深川] | ┌ むかし咄に冶郎なかする 許六 |
[浪化] | │行灯に楽書したる借座敷 河菱 |
[西花] | │若衆の念じまつこそ袖の露 釣壺 |
[砥] | ┌ 小屋敷ならぶ城のうら町 去来 |
[長良] | ┌ 茎の重石に頼む蓮生 呂杯 |
[俳] あら何とも | │寺登り思ひ初めたる衆道とて 信徳 |
△ 乞食の恋。 ↑ トップへ | |
[古拾] | ┌ 園生の末葉ならす四つ竹 千春 ※四つ竹は、楽器 |
[桃白] | ┌ 小頬の憎ききぬぎぬの月 雪丸 |
〔東掲〕 | │蛬いとゞこほろぎ轡むし 可柳 ※きりぎりす |
△ 盗人の恋。(七部省) ↑ トップへ | |
[花摘] | ┌ 鳴子おどろく片薮の陰 釣雪 |
[蓮池] | │古寺の瓦ふきたる軒あれし 己百 |
[笠] | ┌ 秋の夜なべの更けて洗足 里紅 |
△ 老の恋。 ↑ トップへ | |
老の恋は、信(まこと)深く、心やるせなき趣もありて、一ふしはづかしの杜(もり)の、立忍びたる方もあるべし。 | |
[菊塵] | │野烏の夫にも袖のぬらされて 翁 ※のがらすの |
[鵆] | │人しれずしらが天窓に神いぢり 知足 ※白髪あたまに |
[文月] 短歌行 | 名オ5 │臍金に疝気も有馬見たがりて 里紅 |
[桃] | ┌ 隠居にはちと若過ぎた伽 白史 |
△ 後家の恋。 ↑ トップへ | |
[拾] | │夏やせに美人の姿おとろへて 曽良 |
[誰] | ┌ 顔見しばかりあはで明くる夜 挙白 |
[俳諧切] | │聖霊に言訳もない髪結うて 大睡 |
[三匹] | ┌ 後家ときくより思ひ初めてき 里臼 |
[草苅] | ┌ 後家の痞の針に名のたつ 秋の坊 ※つかえ |
[雑] | │古君のやり手となりて恐しき 其角 |
○ | |
[雪白] | ・ 露深草にしよぼ濡れてたつ 李夕 |
○ | |
[桃白] | ・ ひとり孀の冬のこしらへ 濁子 ※やもめの※2。[袖草紙]は「ひとり娘の」 さて、前句の虚をしづめて、准へたる梟の姿を立つるに、こは、鳥井(鳥居)前の夜発(やほつ、客引)にて、其たつき(活計)に、親鳥夫鳥もはぐくむらむと、夜半の嵐の哀れを催して、 |
※2 やもめが女偏に霜(孀)であることから、やもおを「霜ふる男やもめ」としゃれた。 ※3 三十振袖四十島田は、年増芸者の若づくりをいう。四十島田に東海道島田宿を掛けた。 | |
△ 僧の恋。 ↑ トップへ | |
僧の恋、聊か心得あり。只何となく作り出でたらむは仔細なし、清僧を落す体の事は、心なきわざならむ。 | |
[山琴] | ・ 恋にやつれて里へ帰るか 柳士 |
○ | |
[本朝] | ・ 君に思ひの色の鱒とや 麦士 |
[印] | │初恋に文かくすべもたどたどし 鼓蟾 |
[深川] | ┌ 地をするばかり駕のふり袖 曽良 |
[行脚] | │紫も見事浅黄も十八九 五桐 |
[そこ] | │駒下駄の音を覗けば小姓衆 浪化 |
[そこ] | ┌ 薮のあちらに味な比丘尼ン 呂風 ※びくにん |
△ 発心観想の恋。 ↑ トップへ | |
[蓬] | │烏羽玉の髪きる女夢に来て 叩端 |
[句餞] | │恋をたつ鎌倉山の奥深し 露沾 |
[ひな] | │美しく顔生つく物うさよ 越人 ※うまれつく。[桃白]美くしう |
[韻] | │忙しう見するも恋の一思案 汶村 |
△ うはなり打(本妻が後妻を打つ習俗)。 ↑ トップへ | |
[俳] さぞな都 百韻 | │酒の月後妻打の御振廻 翁 ※うわなりうち。謡曲「葵上」 |
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[一] 色づくや | │つらからむ鬼のめかけの袖枕 杉風 |
△ 下女の恋。 ↑ トップへ | |
民間の語を扱ふは、俳諧の表なれども、最も易からず、取分き下品の恋情は、心高く誠深く哀れに作るべし。 | |
[八夕] | ・際墨に名古屋の顔の残りゐて 之川 ※きわずみ、生え際に墨塗る化粧 |
[一] 須磨 | │幾月の小松がはらや隠すらむ 翁 |
[次韻] | │竹の戸を人まつ下女が寝忘れて 才丸 |
[桃白] | │隙くれし妹をあつかふ人も来ず 翁 |
[深川] | ┌ よごれし胸にかゝる麦の粉 翁 |
[渡鳥] | ┌ 見事な帯に襦半一枚 先放 ※じゅばん、襦袢 |
△ 幽霊といふ恋。 ↑ トップへ | |
[三匹] | ・ 白ければとて幽霊のさた 反朱 |
○ | |
[しし] | │幽霊は木りをはいて杖ついて 丈志 ※ぼく履 |
こは若き身の虚労と成りながら、命の程もわきまへぬ、夜毎々々の通ひ路を、哀れと人の眺めたる様也。 | |
○ | |
[山中] | ・ 新茶古茶より君が一言 乙由 さるを、爰には、あひて別るゝ人の面目なき姿と見かふるに、こは清女のいへる師走の月の冷まじく化粧うたる後家の、入湯などの折から、相客の化言(あだごと)に迷うて、あなたより、二階おり来し契りも、夜明烏の声に、人目はぢて、己が臥所(ふしど)に立ちかへる寝巻浴衣の、白々しき様を作りて、 |
○ | |
[山琴] | │夜更け人鎮まりて後物の音 呂仙 |
此怪しき物音に、寝入ばなの枕、驚かされて、あたりを見るに、戸口けはしく押明けて、次の間に、すつと入りたる俤、色青白く冷まじさに、身の毛弥立ちながら、息を呑みて、襖越の様子を伺ふに、其の女、同宿の夢を起して物語る趣。 | |
△ 前後同趣向の恋、意かはる時は苦しからず。 ↑ トップへ | |
[錦] | │娵娘見分くる恋のいち早き 嵐雪 |
娵娘見わくと云ふは、元より見分けがたき姿の女ならむには、同じ小紋に白帯〆めて、髪も等しき小原女に限らむを、身をふすぶとは、見分くる人の思ひこがるゝ様也。 | |
[拾] | │忍びいる戸を明兼て蚊にくはれ 野水 |
[深川] | │ 伏見の恋を入相にきく 曲翠 |
[山中] | │死なうとは契りながらも安大事 凉菟 ※やすだいじ |
[山中] | ┌ 誰が身の上も恋はくせ物 橎東 |
○ | |
[渡鳥] | │きる物の形につけても物思ひ 先放 ※なりに |
[やわ] | │孕ませて主のしれぬもうき思ひ 枝東 |
○ | |
[だて] | │ ざれて送れるけいせいの文 等雲 |
[奥栞] | │玉章の衿より覗く思ひ草 支考 |
[類] | │否土な恋は沖の石舟 其雫 ※集「否(イ)やげな
こひは」 |
△ 恋の巻。 ↑ トップへ | |
[続虚] 半歌仙 | 発句 │眉掃の露うつけしの匂ひかな 巴風 ※露打つ罌子の |
[幽] 表 | │小傾城行きてなぶらむ年の暮 其角 |
こは、発句・脇のみ恋にて、外は常体也。一巻ならば、後の花に匂ひあり。巻中、恋、二三所出してもよし。 | |
[虚栗] 歌仙 | 発句 │我れや来ぬ一夜吉原天の河 嵐雪 ※ひとよ |
〔百羽掻〕 百韻 | 発句 │初恋の花ものいはで別れけり 蓼太 独 |
此二例は、恋のみ付続けたり。 | |
[類] | 発句 │友寝して針立寒し恋の丸 秋色 |
こは、前一折恋続き、後一折旅続き也。 | |
△ 恋に非ざる句。 ↑ トップへ | |
[韻] | ・│家々に烟をたつる揚屋町 米巒 |
[浪化] | ・│傾城の果かや髪に念入れて 其風 |
[続五論] | │月花に昔小袖の袖せばく |
前句を恋ならずと見て。「常の情」と断わりたり。 | |
[桃] | ┌ 若い女中の供に墨髭 里紅 |
若き女の、髭奴連れ来たるは、失物の占ひならむを、其易者の早合点に、待人かと尋ねしをかしみを、付たり。こは、此前句を、人々恋と思ひ入りしを、此作者は恋ならずと見、かく付けて、一座を驚かせし由、面白き即興也。 | |
[梅十] | │ちらちらと矢倉に白き村もみぢ 伯楓 |
[梅十] | ┌ 蛍のくれば二階からよぶ 七雨 |
[梅十] | ┌ 上げたばかりに訴状さたなし 梅光 |
梅十論、十歌仙に恋なきは、かゝる句也。此等皆、今一句、恋をあしらふ時は、前もともに恋になるを、わざと常の事に見破りし故に、仄かに恋を含みたるも、後句に引かれて、無恋と成りたり。 |
旅 | |
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□ 旅体、越、嫌はず。三句続。(古へは、三去) ↑ トップへ | |
旅は、名所に並ぶ景物也。其、趣き、寂を主とす。 | |
[ひさご] | ┌ 雁ゆく方や白子若松 翁 |
[萩枕] ※一泊り | ┌ 此頃室に身をうられたる 路通 |
[印] | ┌ 道の地蔵に枕からばや 観生 |
[梅十] | ┌ 何御用やら早駕がゆく 有琴 |
○ | |
[ひさご] | │旅人の虱かきゆく春くれて 曲水 |
[花摘] | │あし引の越方迄もひねりみの 円入 |
[鎌] | │連なしに小身武士の仮枕 木導 |
[鎌] | │うき旅の空は時雨れて六部宿 千那 |
[あら] | │夕烏宿の長さに腹のたつ 其角 ※しゅくの |
△ 旅の字、面去。(歌仙に、三)(古へは、三去) ↑ トップへ | |
[冬] 霜月や | 初ウ1 │秋の頃旅の御連歌いとかりに 翁 |
[春] なら坂や | 第三 │春の旅節句なるらむ袴着て 荷兮 |
[しし] | │旅芝居引いて薬も隠し呑み 若椎 |
[雑] | 初ウ12 ┌ 旅をはなれて仕たる第三 其角 |
[このは] | │ 団子も世並に太る旅馴れ 去音 |
名所 | |
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□ 名所、二去。(古へは、三去)(多例省)㋬ ↑ トップへ | |
凡そ、歌仙に、名所・国名・地名等、合せて六七は、例あり。一巻の内、同国・同郷の名、二去に出てもよし。 抑も、名所を景物とする故は、旅泊の寂細、懐古の幽情、雪月花の哀れを観ぜむため也。 | |
[続虚] 郭公 | 名オ3 │あるはしらゝ住吉須磨に遣され 其角 |
[韻] | │峰入の過怠に宇治の橋懸けて 程己 |
[夕顔] | ┌ すまの関寺幾世丸ごし 円入 |
[越] | │鍬杖に鳥羽田の水のちよろちよろと 十丈 |
[賀茂] | ┌ 御幸もあつた大原賤原 鴎笑 |
[鎌] | │ならの月伏見の月に恨みられ 千那 |
[むつ] | │更科へ通れば木曽に関一つ 千調 |
[江戸] | ┌ 木股にはさむかく山の竿 風葉 |
[七さみ] | │其後は磨ぎも直さず鏡山 舎仙 |
△ 名所・地名・国名、何と組みても、二去。 ↑ トップへ | |
[ぶり] | 地┌ 軽う住みたき岡崎の月 仙呂 |
[東山墨] | 地┌ 有馬のるすに柚は皆になる 右範 |
[炭] 百韻 子は裸 | 三ウ2 国│又頼して美濃便りきく 野坡 |
[浪化] | ┌ 雲津の宿の殊に川霧 雨村 ※くもづのしゅくの |
[歌] | │ 車烏丸次は何やら 風草 ※くるまからすま |
△ 国名、二去。(大国名、同) ↑ トップへ | |
[鶴] 百韻 日の春を | 二オ12 ┌ 近江の田植美濃に恥づらむ 朱絃 |
[奥栞] | │いせ参り蚊屋一ぱいに取込みて 支考 |
[江戸筏] | │江州の穂房定むる身投石 虎月 |
[雪の光] | 初ウ10 ┌ いよの便りのひしと恋しき 百花 |
[冬] こがらしの | 名オ8 ┌ 烏賊は夷の国の占かた 重五 ※いかはえびすの |
△ 名所類に、京・外国・大国類・地名・名物等、越、嫌はず。 ↑ トップへ | |
[つばめ] | ・旧都│花の香は古き都の町造り 曽良 |
[雑] | ・│黒塚の誠こもれり雪女 其角 |
[俳] | │月花を糺の宮にかしこまり 支考 |
綾小路清衆庵の行事なれども、地名ならぬ故に苦しからず。 | |
[賀茂] | 11・類名有│夕月の海はなけれど海岸寺 楚竹 |
[本朝] | ・類名有│松原を西へ涼しい戻り鉾 |
[本朝] | ・│花も皆下寺町はちり仕廻ひ 左把 |
[百歌仙] | ・有│寺町のそこらに数珠を誂へる 李門 |
○ | |
[雪白] | │恋の巣はこつほり丁に在り乍ら 魯九 ※集、「町に(まちに)」 |
〔其灯〕 | ・噂│洗たくの色紙に小倉咄されて 麦林 |
[奥栞] | ・噂┌ 江戸詰なしの御普代家也 清風 |
[思亭] | ・噂│心よい兄貴を呵る江戸訛り 松棚 ※しかる |
○ | |
[思亭] | │露霜も置かぬ浅間の焼ごろた 冬松 |
[五色] | ・号│高木屋に登りて見れば生いわし 素丸 ※集「高紀屋に~生鰯」 |
○ | |
[新山] | │ 世を見る今の山城の京 李下 |
[十七] | ・外国│邯鄲の四十九年も猫の皺 春楽 |
[雪白] | │菅みのゝ雪は越路の物ながら 風草 ※集「菅蓑に」 |
真桑・杉原・小倉帯等の名物も、越、苦しかるまじ。 | |
△ 京と都、面去。(一座一づつ) ↑ トップへ | |
[蓬] | │はな紙に都の連歌書付けて 翁 |
[歌] | │国かへに都詞の片山家 鷹仙 |
[続の原] | │篠深き都桧皮に茨きかへて 不角 ※ひわだ |
△ 外国名、面去。 ↑ トップへ | |
[蓬] | │蝦夷の聟声なき蝶と身を侘びて 翁 |
[一橋] 花咲いて | 名オ3 │膝琴に明の風雅を忘れざる 其角 ※みんの |
[一] | 梅の風の巻、桃青・信章両吟百韻、二去例、略 |
外に二去の例、探り得ざる故に、先づ面去となしおく。 | |
△ 国の字、面去。(古へは、折去) ↑ トップへ | |
[江戸] | │舞ふ聟は何れの国かうかりける 喬谷 |
[春と秋] | │味きなく落ち残りたる国の跡 嗒山 |
[蓬] | ┌ 駕にも国の霜負はれゆく 翁 |
○ | |
[一] 須磨 | 音訓│うちまた弘き国の守へと 似春 |
△ 国と国、付句。 ↑ トップへ | |
[句餞] | │津の国のなにはなにはと物うりて 翁 |
[拾] | ┌ いせ思ひたつわらぢ菅笠 コ斎 |
[白扇] | │みのへゆく人と別るゝ馬の上 去来 |
[市の庵] | ┌ 豊後絞のはやる御家中 呉花 |
[山琴] | │雲にさへ信濃太郎も罷出で 北枝 |
△ 国名に、同国・名所、付句。 ↑ トップへ | |
或書に「国を先に付けて、地名を後に付けよ」と云ふは非也。何れを先にてもよし。又、異なる国と名所付たる例多かれども挙げず。 | |
[冬] はつ雪の | 名オ4 ┌ 三絃からむ不破の関人 重五 ※集は、三線 |
[冬] はつ雪の | 初オ1 │雨越ゆる浅香の田にし掘植ゑて 杜国 |
[つばめ] | ┌小畑も近くいせの神風 翁 |
[深川] | │初花にいせの鮑のとれ初めて 翁 |
△ 同国名所、付句。 ↑ トップへ | |
[冬] こがらしの | 名オ3 │盗人の記念の松は吹きをられ 翁 ※かたみの松。集「松の吹をれて」 |
[売] | ┌ 〓姨捨の月 翁 |
[さみ] | │かも川の一せに月の冴えわたり 魏芝 |
[深川] | │深草は女ばかりの下屋しき 洒堂 |
[浪化] | ┌ 矢ばしの舟はよい昼ね時 素然 |
[卯辰] | │酔狂は坂本領の頭分 魚素 |
[後桜] | ┌ つゝじのつゞく番場醒が井 呼猿 |
[宇陀] | ┌ 底倉の湯を下に見下す 李由 |
底倉を見ながら過ぐるは、立寄りがたき用と見て、「此度は」と付けたり。付方は、前句によりて、万化なれども、皆しかり、さもなくて、たゞ並べむは、拙き限りならむ。 |