貞享式海印録巻四 花
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貞享式海印録 曲斎述 安政6年(1859)序
芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。
このページでは、巻四、花を見る。
花 | ||
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□ 花の事 ↑ トップへ | ||
文中《 》は、正花。〈 〉は、非正花。 | ||
[古今抄] 二 | 月花は、風雅の飾り也。此故に、百韻は、四折に四季の花を配り(文也只四と云う事)、八面に月々の月を准へて、四花八月は、古今の名目なれど、名残の裏は花にせばしと、宗祇の頃に勅許有りて、四花七月の定式とはなれり。 抑も、古式の正花論には、花に色色の品有りて、或ひは植物(うえもの)に、二句去・三句去、或ひは、植物にあらずといひ、或ひは、雑といふ花もあれど、十色は十品に覚えがたく、百世の争ひは絶ゆべからず。仮令、絵に写し物に喩ふとも、花は艶美の替名にして、其の木・其の草の名をさゝぬは、春にあらずといふ花なく、植物にあらずといふ花なし。(難陳あり)。 〈花洛〉〈中華〉の名をさして、倚二句体一とは、いふに及ばざらむ(非正花と云う事也)。 月花は、四季に在りながら、只花といひ、只月といはゞ、論なう春と秋なるにもしるべし。 | |
[古今抄] 二 | (「分別」の下) 然るに、白馬の類説に「〈雪霜の花〉も〈波の花〉も、本より艶美の喩なれば、論なう正花たるべけれと、古式に転倒の格あれば、さるは古式に任すべきや。然らば《花嫁》も〈花かつを〉も、嫁の花として、かつをの花とせば、前後の違ひもあるべけれど、草木の外は名をさすとも、皆々正花たるべし」と、彼の類説には言捨て、今の正花論には其のさたなし。(上文の事を云う) | |
[星月夜] | <原松が>上文を難じて曰く。 | |
夫れ月は、四季に在りて、しかも素秋の制あれば、「雑」といふ月はなき理也(六の巻互見)。 | ||
▲ 原松の難、其文に当りては、理あるに似たれども、[古今・三]、花畑・草の花の論、及び◆支考の証句(支考捌きの巻)を見ぬ故也。 尤も、支考の文は、一癖有りて、物に紛らはしき事多し。
さて、[星月夜]、「素秋の制あり」と云へども、己が師其角の集に、素秋の巻、数多あるは、いかに。 | ||
[本書] | 茶の出花、染物の花やかなるも、其物其者の正花なれば、花とは賞翫の二字に定まりぬ。 ㋬ | |
[宇陀] | 茶の出花、藍の出花、正花たるべしと先師申されき。 | |
▲ 此二条、及び貞享式相伝の四子(※其角・去来・許六の三子に、土芳か)、花の捌きに各、了簡ある事、六の巻変格の部に挙げて、愚按を加へたり。 さりながら、そは、他の句を許し給ふのみにて、自句には不明なる物、一句もなき事は、延宝頃の草(そう)の巻も、猶然り。茶の出花、染物の花やかより、左に挙ぐる非正花の中、古式の論物あり。是を悉破する事を慮りて、翁其の独りを慎み給ふ所を察せよ。 此故に、十哲、各、用ひける事ならねば、規則としがたからむ。前に挙げたる、去来の宵闇の遺戒を思へ。 抑も、百韻、只四本の花を、雑物非植の異体に代へむといふは、風雅の外の奇巧人ならむかも。 | ||
△ 非正花物。 ↑ トップへ | ||
花の兄・花桜・赤き花・花の宰相(芍薬)・花の君(杜若)・花の弟(菊)・花野・花畑・花壇・草の花・秋の花(以上五草也)。月の花(光也)・風花(雪)・雪霜の花。雑、花田・花色・花染・花の帽子(以上千草)。浪の花・湯の花・椛花・花かつを・茶の花香・花かいらぎ・花ぬり・灯の花・火花(花火とはこと也)・花やか・花々し・花子。 | ||
[俳] 錦どる | ・ 一花さくら二ばん山吹 千春 | |
[うやむや] | ・道々や道にひろげて花桜 | |
[古今抄] 五 | ・雉啼いて岩根は赤き花咲きぬ | |
▲ 桜を正花に代ふる事は、強ひて論なけれど、正花とせぬ事常なれば、かく明かに木瓜つゝじと見ゆる花には、只正花を付けて、赤き花は非正花と、明かに知らする方よし。爰に桜を付けては、何れを正花と人々の惑ひあらむ。 | ||
[みの] | ・しら菊の花の弟と名を付けて 半残 | |
[つばめ] | ・ 花野乱るゝ山の曲り目 曽良 | |
◆[江湖] | ・踏分くる花野や露の白地より 里紅 | |
[住吉] | ・家のある野は川跡に花咲いて 惟然 | |
◆[草刈] | ・白露に赤い花さく野の月夜 牧童 | |
[三笑] | ・秋の野に待れてさくは何の花 播東 | |
◆[賀茂] | ・草花の呉羽綾羽に青野原 素後 | |
◆[山琴] | ・見台に徒然草の花咲いて 胡中 | |
[冬葛] | ・ 下々田の花も万べんにさく 太大 | |
[千句] | ・目をこゝに開く仏や千々の花 除風 | |
[虚栗] | ・ 文幣受けよ穂屋の花垣 才丸 ※ふみぬさ | |
◆[三匹] | ・秋の花皆枯れがれに小柴垣 水甫 | |
[句兄] | ・ 秋の花みな切溜の桶 粛山 | |
◆[東山墨] | ・ 花咲初むる灯篭の秋 東怒 | |
○ | ||
[十七] | ・蝙蝠と遊ぶは月の花ざかり 五春 | |
○ | ||
[韻] | ・ 汁のにえたつ秋の風花 岱水 | |
[舟竹亭] | ・風花に油へる火のちらつきて 翁 | |
◆[四幅] | ・雪ちるや烏も花にかへる山 東吾 | |
帰花ならず。雪の花也。 | ||
◆[浪化] | ・其花の文や其まゝ窓の雪 二川 | |
其の字、雪へかゝる。 | ||
[十七] | ・追うて出る列卒に花さく雪の笠 大圭 | |
[十七] | ・囁を六つの花見のあるじとも 五春 | |
◆[其鑑] | ・若菜つむ畑や霜の帰り花 此柱 | |
○ | ||
[皮篭摺] | ・ 剣かたばみに花色の夜着 凉菟 | |
◆[八夕] | ・落ちかゝる月をしみあふ浪の花 之川 ※惜しみ合う | |
◆[浪化] | ・ 湯の花あぐる杜の神風 金嶺 | |
◆[三匹] | ・ 花輪違を久しうてのむ 汀芦 | |
◆[山カタ] | ・松魚より心の花をさくら哉 野航 | |
◆[梅十] | ・せんじ茶の煮花を脇へ汲で置き 有琴 | |
[百歌仙] | ・どつかりと水を指込む茶の花香 芦角 | |
[誰] | ・ 花子をかたるきぬぎぬの袖 其角 ※はなご | |
[金竜] | ・伽羅とめて花子もかうは叱れず 九皐 |
△ 正花に有名の花、三去。(七部及多省) ↑ トップへ | |
●有名(うみょう)と有名も三去、こは字去の例也。 | |
◆[三日] | │とやかうとする間に是は花の後 因民 |
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◆[東六] | 初ウ7 ●│卯の花を咲かせて宿は恋すてふ 凉菟 |
◆[山琴] | │花のさく時は無芸な山やある 汀芦 |
◆[そこ] | │月花に咄の有つた隠居也 嵐青 |
[ぶり] | ●│染分けて裾に牡丹の花が咲く 仙呂 |
◆[四幅] | ●│折からと疝気にそばの花咲いて 蓮二 |
◆[文月] | 名ウ1 ●│野は花に成つて狐のよめり事 白狂 |
[沾圃亭] | 名ウ1 ●│ねり物の一ばん見ゆる花薄 沾圃 |
◆[茶] | ●│花薄若き坊主の物狂ひ 雪丸 |
[続の原] | 初ウ7 ●│中陰も程ふる花の忘れ草 調和 |
[星月夜] | ●│売物と見えて妬く萩の花 松阿 ※媚びめく? |
◆[浪化] | │昼見たと違ひて花に月のかげ 従吾 |
◆[やわ] | 初ウ11 │矢ばしからぜゞを一目に城の花 宇中 ※集「矢橋から膳所を」 |
△ 非植の花(カ)の字、越、嫌はず。 ↑ トップへ | |
◆[文操] | │絵反故に秋も寂びたる松花堂 壺峰 |
△ 春、正花。(多省) ↑ トップへ | |
花供・花陰・花会式・やすらい花・花生(此五は花に因みたる名なり)。作花・紙花・餅花(作花の例)。花娵・花聟(人間一世の花なり)。花の顔・花の肌(すがたの花)。心の花・褒美の花、此等皆曲節物なれば、好んでは用ひず。 | |
[三千] | ・ やすらひ花の笠も小袖も 蓮二 |
[難] | ・開張も浮世の鉑の作り花 抒柳 |
[三顔] | ・紙花になら津の宮を驚かし 逸筌 |
[其袋] | ・餅花もやゝとすゝけてけふの春 嵐雪 |
[発願] | ・脇詰を着たれば嫁の花ちりて 蓮二 |
[しし] | ・花聟を見るとて幕は打たねども 昇角 |
[賀茂] | ・前髪の花が再びさくものか 鷺洲 |
[其袋] | ・あらぶろを入り和らげよ花の肌 嵐雪 |
[百囀] | ・御供に常陸之介も花心 翁 |
花心は、化にうつゐひ安き事也。心嬉しき事ならず。 | |
△ 他季の正花、一巻一。 ↑ トップへ | |
(夏)残る花・若葉に結ぶ花・花御堂・花摘・氷室の花。(以上五、正しき物) (秋)花火・花灯篭・池坊立花・花の頭(はなのとう)(作花の例)、花角力・花踊(以上二、人の花)、花紅葉(雑にもある)。 (冬)餅花・造花炭(作花の例)、帰咲きし花・忘れ咲(花字なくても)、此類も曲節物なれば、好んでは用ひず。 | |
[翁] | ウ10 ・ 花時鳥押しも押されず 里圃 |
[むつ] | ウ10 ・若葉を花に打ちこかす樽 桃隣 |
[一橋] | 名ウ3 ・つむ程は莧生茂る花の跡 清風 |
[長良] | 発句 ・鵜飼火や入相のかねに花ぞ咲く 七雨 |
花火の例 | |
[さいつ比] | ウ10 ・ 花火灯して星祭る也 翁 |
[あら] | ウ10 ・ 花とさしたる草の一瓶 其角 |
草なれど、「花と押したる」詞もて、正花としたり。立花(りっか)の例也。 | |
[百歌仙] | 定座・迷惑な物は今年の花の頭 天垂 |
[百歌仙] | 定座・年頃は今を花なる角力にて 天垂 |
[そこ] | 定座・秋なれや越の白根を国の花 浪化 |
[鶴] | 二ウ11 ・稲妻の木の間を花の心ばせ 挙白 |
[八夕] | 発句 ・木兎や枯木に花もさかぬ顔 之川 |
[たそ] | 脇 ・ 花も柳も秋は尤も 秋の坊 |
[炭] | 定座・貫之の梅津桂の花もみぢ 孤屋 ※前3句秋 |
[諸書] | 花紅葉、雑に作る時は、春秋合体の句なれば、其意を得て、どちらも主とならぬ様に仕立てよ。一方かつ時は、勝ちたる方季をもつ也。 |
▲ そは、一通の心得也。季に連れては、論あるまじ。譬へば、春勝に作りたる花紅葉に、只月と付けむに、句意は春の心なれど、句面は秋に決するごとし。 | |
[句兄] | 発句 ・打ちよりて花入探れ梅椿 翁 |
[拾] | 脇 ・ 花屋をとはむ梅の早咲 宗波 |
[蓮池] | 定座・凩に花ちる庭の笛太鼓 荷兮 |
[三] | 定座・凩にかじけて花の二つ三つ 荷兮 |
[一橋] | 定座・大晦日花は心の花にして 仙庵 |
[難] | 定座・餅花に背の届かぬ棚釣りて 知角 |
[雪白] | 発句 ・ちればこそ花も紅葉も笠の雪 倚彦 |
[歌] | 発句 ・梨壺の昔や今にかへり花 里紅 |
[文月] | 名オ5 ・口切に茶の十徳のかへり咲き 桃如 |
△ 花(カ)と音に用ひたる変格。(此外見ず) ↑ トップへ | |
[冬] | 定座・たび衣笛に落花を打払ひ 羽笠 |
[四幅] | 定座・柴人も落花の道に踏迷ひ 東吾 |
[深川] | ウ9 ・踏迷ふ落花の雪の朝月夜 岱水 |
[砥] ※鴬に | ウ |
[星月] | 発句 ・冬篭り花瓶の底の氷かな 泉石 |
△ 月・花、結びたる句、一巻一。(多例省) ↑ トップへ | |
[宇陀] | 月・花、結び合うたる句、手際いる也。 |
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[うやむや] | 月花を一句に仕立つる時は、五分五分に聞ゆる様にすべし。甲乙有りては、月花引題して(「うやむや」は「月花片題とて」)、宜しからず。 |
▲ 裏の月後れし時、花の座にて月を結ぶは、常也。 月も花も、前句に不用ならぬ様に付くるを第一にして、「五分五分の論」は、第二の事也。 | |
[あら] | 初ウ 花座・月と花比良の高根を北にして 翁 |
[俳] | 甲乙・陸奥は花より月の様々に 翁 |
[続さる] | ・有明に後るゝ花の立合ひて 翁 ※たてあいて、相映えて |
[根本] | ・枝花を背くる月の有明て 才丸 |
[ひな] | ・朝月に花の駕せつき立て 千川 ※のりもの |
[別] | ・月の秋とやかくすれば花の春 太大 |
[一橋] | ・花にいる月を舎の瓢売 立志 ※やどりの |
[浪化] | ・昼見たと違うて花に月のかげ 従吾 |
[やわ] | ・一雨の花に月夜となく蛙 水音 |
[東山墨] | ・珍重は花の上なる月の色 右範 |
[いせ] | ・月花を墨に染めたる妓王妓女 茂秋 |
[やへ] | ・高麗人に名所を見する月と花 好春 |
[ひさご] | ウ10 ・ 花は赤いよ月は朧よ 路通 |
[いせ] | 月定座・高槻の月になじめば花もあり ゐ斎 |
[類] | 隠 月定座・ちるといる後の曙匂ひけり 其角 |
[翁] | ウ |
△ 初折ちる花、後折初花、苦しからず。(多省) ↑ トップへ | |
[宇陀] | 花に、初・中・後の心得有り。芽ぐみ・咲初・盛・散・残の類也。 |
▲ 俳諧は変化のさたなれば、時気の順を追うて付くる物ならぬ事は、自らも知りながら。こはいかなる心にてか、書きけむ。爰に、■許六の自証をひくを見よ。 | |
[雪丸] | │ちる花の今は衣をきせ玉へ 翁 |
[印] | │ちりかゝる花に米つく里近き 観生 |
■[韻] | 初ウ11 │一嵐老樹の花の崩れ立ち 許六 |
■[韻] | 初ウ11 │葭茨に五門徒寺の花もちり 朱紬 ※集「葭葺の五門徒寺に」 |
[奥栞] | │夜終笈に花ちる夢心 |
[茶] | │ちる花に薄き化粧の所兀 以之 |
[砥] | │ちる花にある程の戸を明け放し 浪化 |
△ 他季の桜と花、三去。 ↑ トップへ | |
[元] | 名ウ1 │薄葉の文に桜の実を染めて 翁 ※集「薄やうの」で薄様。葉は「エフ」 |
[冬] | 初ウ7 │夏深き山橘に桜見む 荷兮 |
〔ぶり〕 | │とへがしな桜の名ある麻畑 凉菟 |
△ 同季の桜と花、面去。 ↑ トップへ | |
[古今抄] 四 | 爰に論ぜば、桜も楓も、花と紅葉には、面を去りて、只一つあるべきにや。異体は、例の数を定めず。 |
[金言録] | 花と桜、五句去にて、同面にもあり。 |
▲ 同季にて、五去の例は見当らず。他季にては多し。 | |
[俳] | 初ウ1 │馬の鞍踏まへて手をる桜花 梅額 |
五十韻の表七目より、素春出でゝ、如此あり。同面に出でたる例は、此外に見ず、面去の例は多けれど、略す。 | |
△ 定座に、助字の花を許す事。 ↑ トップへ | |
[北枝考] | 花は表へ引上げたるも又宜し。されども、付くべき句出でざるを、むりに花をすべきにあらず。おのづから先へ延行きて、歌仙ウ十一句目に迫るを、花の座とはする也。
|
△ 花の座の事。 ↑ トップへ | |
[古今抄] 二 | 月花の座といふ事は、付合の辞儀に譲り譲りて、七句目、十三句目の高句をもて、定座とす。 |
▲ 花をせぬ所、表は四句目より端迄、歌仙は三句、百韻は五句。裏は折端の短句、及び、二う、三うの折端と、挙句を末座としてせず。二、三終りの表の端は苦しからず。 | |
【花をせぬ所】 ※黒丸数字 | |
[木曽] | 発句 │暇なしの尚苦のぬけぬ花盛り 杉風 |
[俳] 百韻 | 発句 │嘸な都浄るり小歌は爰の花 信章 ※さぞな |
△ 花、折去。 ↑ トップへ | |
[長良] 短歌行 | 座│箱入の嫁は大事の作り花 泊楓 |
[いせ] 短歌行 | 座│千石の昔は花も馬にくら 八至 |
[東六] | 座│胡葱も鮒も鱠も花ざかり 吾仲 ※あさつきも |
[文月] 菊月の | 初ウ7 │慶長の後は伏見の花ちりて 童平 |
※参考 ├─十一 | |
初折定座に在りて、後折、表へ上げたるも、是より近きはなし。百韻は、表長ければ、近きも十去以上也。 | |
△ 花を呼び出す事。 ↑ トップへ | |
[芭蕉談] | 花を引上ぐるに、二品あり。一は一座賞玩すべき人有りて、其人に花を望む時、其句前に至り、前句より春季を出して、花を望む也。 |
▲ もし、呼出しを懸くる時、其人、花を辞する心ある時は、「又、春を付けて次へ渡し、其次、猶譲りて、終に素春にてさしおき、花定座に及ぶ」事あり。そは、「定座と素春と、五去の間ある時」の事也。 然からざる時は、呼出しに任せて、花をすべし。 | |
又、一つは、貴人功者などは、他に譲るべき人もあらねば、よく寄せくる時、呼出しを待たず、花を作す。 | |
▲ 「よく寄せくる」とは、「花付けてよき前句、出でたる」をいふ。 | |
又、両吟の時は、互ひに二本づゝの句主なれば、辞退に及ばず、何方にても引上げて、作る也。 | |
▲ 隔心とは、他所の出合ひ、又、規式の会等也。 | |
又、ふり代ふる花あり。是は、花一句と思ふ人の句、所あしき時、我句を前へくりかへて、花を渡す事也。 | |
▲ こは、「花付け難き前句」出でたる時、花主の次順の人、順を代はりて、花付けよき句して渡す事也。 | |
[さる] 市中は | 初ウ1 │草村に蛙こはがる夕まぐれ 凡兆 |
[ひさご] 亀の甲 | 初ウ3 │鴬の寒き声にて鳴出し 二嘯 |
[むつ] | 初ウ4 ┌ 日和がようてほんの正月 桃洞 |
[新百] | 二オ |
[渡鳥] | ウ2 ┌ 薮の[禿+鳥]のつれづれの声 楓里 |
[錦] | ウ3 │中々に幼事せむ春の雨 李下 |
△ 呼出しを待たぬ花。(多省) ↑ トップへ | |
[其袋] | ウ2 ・ 花とひ来やと酒造るらし 翁 |
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[桃実] | ウ5 ・此花よ御狩は丁ど廿年 兀峰 |
歌仙ウ七、月の座に、花入代はりたる例、多けれど略す。 | |
△ 花の前後、雨風苦しからず。(七部及多省) ↑ トップへ | |
「花前に風雨を許さず」と云ふは、規式の心得なり。稽古は、危きに臨みて、自在を得る事を専らとす。 | |
[藤の実] | 前雨┌ 畳懸けたる村雨のあし 柯山 |
[射] | ┌ 再々ふりやる雨に飽きぬる 支考 |
[難] | ┌ 雨はほろほろほろとふる 高莄 |
[梅十] | ┌ 思ひ懸けなき雨のふり出し 羽嵇 |
○ | |
[深川] | │花の陰射よこす蕪防ぐらむ 去来 |
[韻] | │花ざかりつれづれ草を引出し 許六 |
[砥] | │本丸を打越して見る花の雲 其継 |
[山中] | │松杉の徳を備へて神の花 従吾 |
○ | |
[拾] | 前風│曇るかと思へば果は風になり 東藤 |
[浪化] | │春風の野は閙しき仕事時 外故 ※さわがしき |
[長良] | ┌ 肌寒いとは風の軽薄 泊楓 |
○ | |
[ひな] | │猪さるや無下に見残す花の奥 千川 |
[拾] | │ちる花を待たせて月も山際に 桂楫 |
[夕顔] | │三石の申楽雇ふ花ざかり 尚白 |
△ 風にちる花、越、嫌はず。(多省) ↑ トップへ | |
[浪化] | │秋風に野を吹越える踊声 路走 |
△ 花前後、名所苦しからず。 ↑ トップへ | |
前十八丁ノ左、「月に名所」の付と同じく、前後の嫌ひなし。されども、前より教へられし付ならば、吉野に麦米と付けても、許さねど、見立てある時は、吉のに吉のとも、付けらるゝ也。 | |
[宇陀] | ┌ 柱は丸太花はみよしの 李由 |
[花の蘂] | │関白のお成りの花の咲きかゝり 許六 |
○ | |
[東山万] | 発句 │白絹の無疵にちつてよしの川 某邑 |
[三千] | 発句 │駒鳥や不二と吉のを二所帯 素然 |
[行脚] | │吉のから神も御ざつて嵐山 由洛 |
[江湖] | ┌ 志賀は昔の都自慢か 此柱 |
△ 一巻一句の花。 ↑ トップへ | |
月花を結ぶ句・他季の花・短句の花・正花の桜・花(か)の字、右五つの内一つ出づる時は、百韻にても外はせず。 | |
[鶴] 百韻 日の春を | 二ウ11秋花│稲妻の木の間を花の心ばせ 挙白 ※他季花・風雨花 |
此の如きは、其外になし。 | |
△ 同趣向の花、変格。㋬ ↑ トップへ | |
[春と秋] | │花の顔室の泊に泣かせけり 路通 |
[やへ] | │花に詠めむ不二の絵を書く 景桃 |
[桃盗] | │紀国の御使なれば笠の花 布胡 |
[拾] | │貧僧が花より後は人も来ず 翁 |
[賀茂] | │法印は詠めて御ざる峰の花 鴎笑 |
[梅十] | │山門に大木の花咲きみだれ 羽嵇 |
[天河] | │さけば尚さかぬ先にも花曇 衣朝 |
[笠] | │ゆるされて庭の花見の酒肴 見竜 |
一句の風俗(ふり)、前の付肌(つけはだ)異ならずては、決してせぬ事也。夫れも、此外には、見当ねば、先づはすまじき事也。 | |
△ 雑の花、変格。 ↑ トップへ | |
[根本] 百韻 涼しさの | 二オ11 │いかなれば筑紫の人のさわがしや 素堂 |
花皿は榊・樒をもる器にて、花生類に等し、殊に花皿を花と押したれば、論なく春を続くべきを、百韻六花の巻なる故に、雑※2に捌きたり。 | |
※1 古梵は、古梵刹(こぼんせつ)の略、由緒ある寺のこと。 ※2 雑ではない。「涼しさの」の巻は古式百韻で、賦物(ふしもの)俳諧の連歌。初折表10句、名残の折裏6句で、七花七月。名残の折以外、各面に花と月がある。従って、清風の句は、正花(初秋)である。なお、二ウ2までの5句が秋季。月(○)花(☆)の句は、次の通り。
2 脇 ┌青鷺草を見越す朝月 芭蕉 ※夏:青鷺草 ○ │ 五 8 初オ8│ 氊を花なれいやよひの雛 清風 ※春:花 ☆ ├─十 19 初ウ9│晩稲苅干すみちのくの月よ日よ 才丸 ※秋:晩稲苅干す ○ │ 三 23 初ウ13│花散す五日の風は誰がいのり 芭蕉 ※春:花、恋:祈り ☆ ├─十二 36 二オ12│ 古梵のせがき花皿を花 清風 ※秋:施餓鬼 ☆ 37 二オ13│ひぐらしの聲絶るかたに月見空 芭蕉 ※秋:月見 ○ ├─九 47 二ウ9│寒月のともづなあからさまなりし 嵐雪 ※冬:寒月 ○ │ 三 51 二ウ13│鹿をおふ弓咲く花に分入て 素堂 ※春:花 ☆ ├─八 60 三オ8│汝さくらよかへり咲ずや 芭蕉 ※冬:帰り咲く ☆ │ 四 65 三オ13│后の月家に入る尉出る兒 素堂 ※秋:後の月 ○ ├─十一 77 三ウ11│枝花をそむくる月の有明て 才丸 ※春:花 ☆○ ├─九 87 名オ7│三日の月影西須磨に落てけり 清風 ※秋:三日の月 ○ ├─十一 99 名ウ5│花降ば我を匠と人や言いはん コ斎 ※春:花 ☆ | |
[白ダラ] | ┌ 一度ある事二度もある也 北枝 |
[七さみ] | ┌ 遊んでくらす鳥も色々 貞吾 |
[金竜] | ┌ 焼火に馴れて鶏驚かず 常久 |
[百歌仙] | ┌ よし野から来てきかぬ山椒 芦角 |
是、皆、正しき花を作りもて雑にしたり。論ずる時は、花心などより慥かなれども、雑と云ふこと、変格なれば、好んではせず。但し、月花、花紅葉などいふ句の雑は、常也。 | |
[むつ] | ・作り花母のきげむを伺うて 山隣 |
作り花は、雑の物なれども、大方春を続けたり。 | |
[本朝] | ・我朝の花も唐とは違ひけり 涼三 |
こは、論なく春なるを、何故に雑とせしやしらず。 | |
[うやむや] | ・かいらぎの鮫は花より見事にて |
▲ 此論、皆非也。月秋に花の季移りは、常也。証は、「三の巻、季移りの部」にあり。蕉門には、何と何を組みても、季跨ぎと云ふ事なし。又、「雑の花の後に、必らず素春をす」と云ふことも、「雑の花と素春、三去」と云ふこともなし。又、花嫁の類、大方雑に捌かず。 |
△ 花の座、打越に植物の論。 ㋬ ↑ トップへ | |
[うやむや] | 定座越に水仙・花野・野梅等の句を出す時は、座の花に障る故に、多く花前とて許さゞる也。併し、高貴の作にて、返句成りがたき時は、「みよし野は常の雲さへ春の色」など、花を隠して付けて春季続ける也。(約文) |
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▲ こは、古式の論也。翁及び諸子にも、さる鋳形の捌きはなし。古式とても、さる事を再びせば、粕とて嫌ふべし。 | |
△ 桜を正花とする変格。 ↑ トップへ | |
[鶴] 百韻 日の春を | 三ウ12 │ 心なからむ世は蝉の殼 朱絃 ※雑の扱い |
前を、歌よむ心なき乱世の体と見立、武将たる身の、三度迄吉の山を踏穢しながら、只一首の歌も残さず、蝉の殼に等しき身也と、撓季(澆季、ぎょうき)の世を歎く付なる故に、桜といはでは、叶はぬ所也。 | |
[芭蕉談] | 去来、「花を桜にかへむ」といふ。 |
[うやむや] | ・糸桜腹一ぱいに咲きにけり 去来 |
▲ 翁、「猿みの」より五年前、「鶴歩」に用ひられしを、かくいはれむ様なし。又、咲、開、莟の字だにあらば、桜用ひてよけむと思ふも非也。 「鶴歩」に、桜不賞玩の人を付けて、賞玩する人の歎を述べたる手柄を見よ。 | |
[宇陀] | 「猿みの」を見誤まりて、正花に桜する人もあり。桜非正花、初心の人、する事なかれ。 |
[篇突] | 花といふは、賞玩の総名。桜は、只一色の上也。初桜、遅桜、山桜等の名字持ち、或ひは疎く、或ひは親し。此境に入ては、有といひて、無と答ふるがごとし。 |
▲ 定座にて、桜ならでは、付の手柄なき所にて、一句も珍らしく仕立てなば、桜にかへし詮あらむ。 | |
[師走嚢] | 百韻に花四本なれば、か仙は百韻三分一の句数にて、一本にては少なし、二本は多し。されども、面の定めあれば、先づ二本と、中古以来定まれり。然るに、初折にちる花有りて、名裏にすべき花なし。元より、句数には、過ぎたる花なれば、邂逅(たまたま)の例を立てゝ、桜にて済まされたり。 |
▲ 己が猿ちゑに、猿蓑を怪しみて、神代も聞かざるふしぎをいへり。初折ちる花、後折さく花の多例は、見ざるや。又、桜にかへても「咲きにけり」といへるを、しらざるや。 | |
[雁木伝] | 桜、正花に用ひるは、本式匂の花に限る。前三にはせず。 |
▲ こは、連歌北山千句第九「都人待つて待たるゝ山桜」と云ふ例もて、いへるならむ。焦門に、其さたなき事は、前後の例にてしるし。 | |
[後桜] | 名残の折 ・双六に只さつとちれ桜花 木因 |
[小文] | 名残の折 ・薮岸に細き桜に咲出て 養浩 |
[新百] | 初折 ・桜花さけば世間に眠たがり 水甫 |
[其鑑] | 初折 ・桜さく寺にお講の仲間破れ 渭流 |
此四例は、前句へ対し、花と付けてもよき所を、物好にて、桜にかへたり。強ひて称する付にあらず。 | |
[古今抄] 五 | 発句 │もろこしの吉野は岩に牡丹哉 ※下注 |
▲ 用ふる所、新たにして絶妙也。されども、是を再びせば、粕ならむ。 | |
「もろこしの芳野」について ・ 「もろこし」は、万葉の時代から「唐・唐土」を指すので、問題はない。「広辞苑①」※2の意。 ・ しかし、この句の「吉野」は、奈良の吉野※3である。もとより、唐土に「吉野(よしの)」という訓読みの地名はない。「もろこしの吉野」は、「唐土の吉野と言うべき、長江中流の五台山※4や上流の廬山※5」と解すればよいが。 ・ 一方、「もろこしの吉野」という節には、平安期に、特別な意味づけがなされている。 ・ 素堂は、「笈の小文の旅」で、吉野へ 立つ芭蕉に、頭巾に添えて、
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※1 古今抄「花に桜の事 △唐土の芳野の桜の事」全文 ※2 もろこし【唐土・唐】(「諸越(中国の越の国)の訓読から)①昔、日本で中国を呼んだ称。万五「-の遠き境に遣され」②中国から来た事物に冠していう語。「-船」<広辞苑> ※3 「吉野」について ※4 「もろこしのよしの」について ※5 よし野は唐土の廬山 ※6 素堂餞別「もろこしのよしの」 | |
[古今抄] 五 | 発句 │曇るとは桜に伊達の浮名哉 |
※ 高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ (後拾遺、大江匡房) | |
▲ こは、一座一曲の話なれば、再びする事なかれ。 | |
△ 花に桜を付け、桜に花を付くる曲節。 ↑ トップへ | |
[本書] | 古へより、花に桜を付くる事、伝授ありとて、初心には許さず。或ひは、桜鯛の類など、前句の花にあらざる桜ならば、明かにつくべき也。但し、花は桜にあらず、桜にあらざるにあらずといふ事、我家の伝授也。(約文) |
噂│辛崎の松は花より朧にて 翁 | |
伝に曰く、「さゞ波や真野の入江に駒とめてひらの高根の花を見る哉(※近江路やまのの浜べに駒とめて比良の高ねの花をみるかな 続新古今、源頼政)」と、遠く眺めたるよりも、「辛崎の松は朧にて」面白からむと、疑の詞をもて決せぬ所、此句の妙所也。 | |
▲ 発句の花は噂にて、姿なけれども、花よりと云ふは、桜を見ていふ詞と見立、朧と云ふは、夜の雨の体と見て、雨の桜に辛崎の景を定めたり。 | |
[秘書要決] | │朝まだきまだ見ぬ花に起出でゝ |
花と桜の有る所は、かはらねど、「未だ見ぬ花」とあるにすがりて、「昨日の花はちりけれど、けふ異木の桜のさくを見む」と、起出でたる様に、心をかへて付けたり。「ちれば桜」とは、ちればさくと、かすりたる詞也。(約文) | |
[蓬] | 助字│かしこまる石の御座の花久し 叩端 |
前は、「鎮座久しき滝の不動の御ましを拝む」体にて、花は助字なるを、其の助字を起して、花見と見立て、「酒のためには、羽織を脱捨つるも、此桜よ」と云ふ心を付けたり。「や」は辞(てには)也。[三歌仙]、「桜屋」と写し誤つたり。 | |
[皮篭摺] | 助字│花すくふ泥鰌盗みに胸合せ 立吟 |
[雁木伝] | 比喩│山川を咲隠したる花の雪 翁 |
[根本] | 比喩│花ふらば我を匠と人やいはむ コ斎 |
[翁] 朝顔や | 名ウ5 │塩物に咽かわかする花盛 乙州 |
[あら] 月に柄を | 名ウ5称美│百万も狂ひ処よ花の春 傘下 ※謡曲百万 |
[夏衣] | 称美│肩衣に再び花のさけばこそ 支考 |
[三顔] | 異体│紙花にならつの宮を驚かし 逸筌 ※奈良津の宮を |
[行脚] | 称美│江戸も見る浪速の花は夢なれや 吟堂 |
[三日] | 異体│花聟といふも道理な生れつき 麗線 |
[東西夜話] 百韻 | 発句 │山伏の山といつはや山桜 許六 ※山訪いつ早 |
[三千] | │桜さくや都は牛の匂ひさへ 洒堂 |
[雁木伝] | 異体┌ 桜をこぼす市の麻刈 竹翁 |