貞享式海印録巻四 花

貞享式海印録 巻四③ 索引
花の事非正花物正花に有名の花、三去
非植の花(カ)の字、越、嫌はず春、正花他季の正花、一巻一
花(カ)と音に用ひたる変格月・花、結びたる句、一巻一
初折ちる花、後折初花、苦しからず他季の桜と花、三去
同季の桜と花、面去定座に、助字の花を許す事
花の座の事花折去花を呼出す事
呼出しを待たぬ花花の前後、雨風苦しからず
風にちる花、越、嫌はず花前後、名所苦しからず一巻一句の花
同趣向の花、変格雑の花、変格花の座、打越に植物の論
桜を正花とする変格花に桜を付け、桜に花を付くる曲節
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。

 このページでは、巻四、花を見る。


貞享式海印録 巻四

□ 花の事       ↑ トップへ

 文中《 》は、正花。〈 〉は、非正花。

[古今抄]

 月花は、風雅の飾り也。此故に、百韻は、四折に四季の花を配り(文也只四と云う事)、八面に月々の月を准へて、四花八月は、古今の名目なれど、名残の裏は花にせばしと、宗祇の頃に勅許有りて、四花七月の定式とはなれり。
 然れば、月花の句は、一年の行事の中に、節供、正月の恒礼に似たれば、さして珍らしき詞を求めず、世法の時宜を調ふべき也。
 ○ 今按ずるに、月と花は、春の艶美をいひ、秋の清冷をいへれば、月花は只名目にして、物に陰陽の相対といふべきにや。

 抑も、古式の正花論には、花に色色の品有りて、或ひは植物(うえもの)に、二句去・三句去、或ひは、植物にあらずといひ、或ひは、雑といふ花もあれど、十色は十品に覚えがたく、百世の争ひは絶ゆべからず。仮令、絵に写し物に喩ふとも、花は艶美の替名にして、其の木・其の草の名をさゝぬは、春にあらずといふ花なく、植物にあらずといふ花なし。(難陳あり)。
 然れば、《花靭》《花嫁》の類より、《心の花》も《詞の花》も、何故か花に喩ふべきや(以下証句の所に註す)。

 〈花洛〉〈中華〉の名をさして、倚句体とは、いふに及ばざらむ(非正花と云う事也)。
 なぞや、花のみかく言ひて、月は雑とも天象とも、夫等の異説をあげざるや。心の月も絵の月も、例せば、雑といふべきや(六の巻互見)。

 月花は、四季に在りながら、只花といひ、只月といはゞ、論なう春と秋なるにもしるべし。
 或ひは〈花やか〉〈花々し〉の詞は、新式にも掟なければ、古抄も胡乱のさたなれば、正花の論には及ばざらむ(非正花下に論ず)。
 或ひは、〈茶の花香〉といふ詞も、茶の花の続きもむつかしく、連誹のいへる取成(とりなし)に似て、今の俳諧には紛らはし。(非正花下に論ず)(中略)
 詮ずる所は、月も花も、昔は、詞のあやなれど、今は姿の論としるべし。但しいふ、旧式の一論に、「絵の花も喩の花も春季にして、植物にあらず」とや。一旦の道理は尤もなれど、今いふ我家の式目は、一理万通の埓を分くれば、夫等の小をもて大を害せず。皆々、春にして、植物と決すべし。

[古今抄]

(「分別」の下)
 連歌に、「《花の浪》は正花也。〈波の花〉は正花にあらず」とは、古今の通式にして、論なからむ。

 然るに、白馬の類説に「〈雪霜の花〉も〈波の花〉も、本より艶美の喩なれば、論なう正花たるべけれと、古式に転倒の格あれば、さるは古式に任すべきや。然らば《花嫁》も〈花かつを〉も、嫁の花として、かつをの花とせば、前後の違ひもあるべけれど、草木の外は名をさすとも、皆々正花たるべし」と、彼の類説には言捨て、今の正花論には其のさたなし。(上文の事を云う)
 思ふに、白馬に此花の論は、故翁も半用半捨にして、近く一座の衆評を許さず。暫らく一世の衆議を伺ひ、遠く百世の明監を待てるなるべし。返すがへすも、正花の事は、古今を伺うて分別すべし。

[星月夜]

 <原松が>上文を難じて曰く。

 夫れ月は、四季に在りて、しかも素秋の制あれば、「雑」といふ月はなき理也(六の巻互見)。
 花は、四季にあらず、素春の制もなし。雑の花も植物にあらざる花も、なくては一座叶はざる事あり。其故いかん、となれば、花の三、四句前迄に、素春連なりて、其次、夏冬の植物など、花前迄続き来る時、其折の花、雑の花にあらでは、いかにする事ぞや。
 植物も同季も差合とて、花なくてやむべきや。此故に、雑の花も非植物もあり。絵の花も植物とせば、絵の魚鳥も生類になるや。又、其草の名をさゝぬも、春にあらずといふ花なしとは、花野、草の花などしても残らず春にすることか。甚だ文盲のさた也。

▲ 原松の難、其文に当りては、理あるに似たれども、[古今・三]、花畑・草の花の論、及び支考の証句(支考捌きの巻)を見ぬ故也。

 尤も、支考の文は、一癖有りて、物に紛らはしき事多し。 さて、[星月夜]、「素秋の制あり」と云へども、己が師其角の集に、素秋の巻、数多あるは、いかに。
 又、「雑の月なし」と云へども、東武の人こそ、雑の月はしたれ。
 又、「花前近く、素春出て、夏冬の植物続きし時は、雑非植の花ならでは詮方なし」と云へども、さる巻は仕立ず。裏四句目以下に、春出づる時は、必ず花を引上ぐる也。是を呼出と云へり。又、非植の花ありと云へども、そは、翁滅後に、東武連の古式に倣ひて捌きたるのみ。翁は元より、諸弟子にも、例なし。

[本書]

 茶の出花、染物の花やかなるも、其物其者の正花なれば、花とは賞翫の二字に定まりぬ。  ㋬

[宇陀]

 茶の出花、藍の出花、正花たるべしと先師申されき。

▲ 此二条、及び貞享式相伝の四子(※其角・去来・許六の三子に、土芳か)、花の捌きに各、了簡ある事、六の巻変格の部に挙げて、愚按を加へたり。
 偖、古今抄の「今按」、「分別」の両所を考ふるに、正花の事は、翁も半用半捨にして、しかと定め給はぬ事明か也。

 さりながら、そは、他の句を許し給ふのみにて、自句には不明なる物、一句もなき事は、延宝頃の草(そう)の巻も、猶然り。茶の出花、染物の花やかより、左に挙ぐる非正花の中、古式の論物あり。是を悉破する事を慮りて、翁其の独りを慎み給ふ所を察せよ。

 此故に、十哲、各、用ひける事ならねば、規則としがたからむ。前に挙げたる、去来の宵闇の遺戒を思へ。

 抑も、百韻、只四本の花を、雑物非植の異体に代へむといふは、風雅の外の奇巧人ならむかも。

△ 非正花物。       ↑ トップへ

 花の兄・花桜・赤き花・花の宰相(芍薬)・花の君(杜若)・花の弟(菊)・花野・花畑・花壇・草の花・秋の花(以上五草也)。月の花(光也)・風花(雪)・雪霜の花。雑、花田・花色・花染・花の帽子(以上千草)。浪の花・湯の花・椛花・花かつを・茶の花香・花かいらぎ・花ぬり・灯の花・火花(花火とはこと也)・花やか・花々し・花子。

[俳]
錦どる

     ・ 一花さくら二ばん山吹    千春

[うやむや]

     ・道々や道にひろげて花桜
 花桜とは、桜々といふ心にて、一山一縄手などの花を見渡す時よむよし、歌の伝也。(約文)

有耶無耶之関、俳諧五花の口訣

[古今抄]

     ・雉啼いて岩根は赤き花咲きぬ
 此巻の花の座に至りて、衆評を窺ふに、岩根に赤き花といへば、決して木瓜・つゝじと見ゆれど、例の名をさゝぬ花なれば、爰には桜や然らむと、子細なき桜を用ひたり。(約文)

▲ 桜を正花に代ふる事は、強ひて論なけれど、正花とせぬ事常なれば、かく明かに木瓜つゝじと見ゆる花には、只正花を付けて、赤き花は非正花と、明かに知らする方よし。爰に桜を付けては、何れを正花と人々の惑ひあらむ。

[みの]

     ・しら菊の花の弟と名を付けて  半残

[つばめ]

     ・ 花野乱るゝ山の曲り目    曽良

◆[江湖]

     ・踏分くる花野や露の白地より  里紅

[住吉]

     ・家のある野は川跡に花咲いて  惟然

◆[草刈]

     ・白露に赤い花さく野の月夜   牧童

[三笑]

     ・秋の野に待れてさくは何の花  播東

◆[賀茂]

     ・草花の呉羽綾羽に青野原    素後

◆[山琴]

     ・見台に徒然草の花咲いて    胡中

[冬葛]

     ・ 下々田の花も万べんにさく  太大

[千句]

     ・目をこゝに開く仏や千々の花  除風

[虚栗]

     ・ 文幣受けよ穂屋の花垣    才丸 ※ふみぬさ

◆[三匹]

     ・秋の花皆枯れがれに小柴垣   水甫

[句兄]

     ・ 秋の花みな切溜の桶     粛山

◆[東山墨]

     ・ 花咲初むる灯篭の秋     東怒

              

[十七]

     ・蝙蝠と遊ぶは月の花ざかり   五春

              

[韻]

     ・ 汁のにえたつ秋の風花    岱水

[舟竹亭]

     ・風花に油へる火のちらつきて  翁

◆[四幅]

     ・雪ちるや烏も花にかへる山   東吾

  帰花ならず。雪の花也。

◆[浪化]

     ・其花の文や其まゝ窓の雪    二川

  其の字、雪へかゝる。

[十七]

     ・追うて出る列卒に花さく雪の笠 大圭

[十七]

     ・囁を六つの花見のあるじとも  五春

◆[其鑑]

     ・若菜つむ畑や霜の帰り花    此柱

              

[皮篭摺]

     ・ 剣かたばみに花色の夜着   凉菟

◆[八夕]

     ・落ちかゝる月をしみあふ浪の花 之川 ※惜しみ合う

◆[浪化]

     ・ 湯の花あぐる杜の神風    金嶺

◆[三匹]

     ・ 花輪違を久しうてのむ    汀芦

◆[山カタ]

     ・松魚より心の花をさくら哉   野航

◆[梅十]

     ・せんじ茶の煮花を脇へ汲で置き 有琴

[百歌仙]

     ・どつかりと水を指込む茶の花香 芦角

[誰]

     ・ 花子をかたるきぬぎぬの袖  其角 ※はなご

[金竜]

     ・伽羅とめて花子もかうは叱れず 九皐

△ 正花に有名の花、三去。(七部及多省)       ↑ トップへ

 有名(うみょう)と有名も三去、こは字去の例也。

◆[三日]

     │とやかうとする間に是は花の後 因民
     
    │卯の花を咲かせて里は蔵だらけ 凉菟

◆[東六]

初ウ7 │卯の花を咲かせて宿は恋すてふ 凉菟
     │ 三
  11 │遠がけの花の盛りは雲なれや  宇中

◆[山琴]

     │花のさく時は無芸な山やある  汀芦
     
    │けしの花仏の日とて折ちらし  従吾

◆[そこ]

     │月花に咄の有つた隠居也    嵐青
     
    │けしの花さても見事に咲せたり 荻人

[ぶり]

    │染分けて裾に牡丹の花が咲く  仙呂
  有名 
    │花でゐるそばを病後の思ひ付き 季俊

◆[四幅]

    │折からと疝気にそばの花咲いて 蓮二
     
     │鶴の羽のくもらぬ空に花ざかり 東怒

◆[文月]

名ウ1 │野は花に成つて狐のよめり事  白狂
     
  5  │呉服やは花にこてふの売詞   栗几 ※集「小蝶の」

[沾圃亭]

名ウ1 │ねり物の一ばん見ゆる花薄   沾圃
     
  5  │不公義に花さく山のあら三位  翁  
※集「不公儀」、あらざんみ

◆[茶]

    │花薄若き坊主の物狂ひ     雪丸
     
     │ちる花に薄き化粧の所兀    以之

[続の原]

初ウ7 │中陰も程ふる花の忘れ草    調和
     
初ウ11  │いつの花いつの月夜に盟りして 渓石 
※ちぎりして

[星月夜]

    │売物と見えて妬く萩の花    松阿 ※媚びめく?
     
     │花の枝に冠を懸けてまりけいこ 風之

◆[浪化]

     │昼見たと違ひて花に月のかげ  従吾
     
    │門外の冬あたゝかに梅の花   支考

◆[やわ]

初ウ11  │矢ばしからぜゞを一目に城の花 宇中 ※集「矢橋から膳所を」
     
名オ3 │柴垣の上に始めて雪の花    夕市

△ 非植の花(カ)の字、越、嫌はず。       ↑ トップへ

◆[文操]

     │絵反故に秋も寂びたる松花堂  壺峰
     │ 左官も五百いたゞいてなく  蓮二
     │詞より人の心もかへり花    方堅

△ 春、正花。(多省)       ↑ トップへ

 花供・花陰・花会式・やすらい花・花生(此五は花に因みたる名なり)。作花・紙花・餅花(作花の例)。花娵・花聟(人間一世の花なり)。花の顔・花の肌(すがたの花)。心の花・褒美の花、此等皆曲節物なれば、好んでは用ひず。

[三千]

     ・ やすらひ花の笠も小袖も   蓮二

[難]

     ・開張も浮世の鉑の作り花    抒柳

[三顔]

     ・紙花になら津の宮を驚かし   逸筌

[其袋]

     ・餅花もやゝとすゝけてけふの春 嵐雪

[発願]

     ・脇詰を着たれば嫁の花ちりて  蓮二

[しし]

     ・花聟を見るとて幕は打たねども 昇角

[賀茂]

     ・前髪の花が再びさくものか   鷺洲

[其袋]

     ・あらぶろを入り和らげよ花の肌 嵐雪

[百囀]

     ・御供に常陸之介も花心     翁

 花心は、化にうつゐひ安き事也。心嬉しき事ならず。

△ 他季の正花、一巻一。       ↑ トップへ

(夏)残る花・若葉に結ぶ花・花御堂・花摘・氷室の花。(以上五、正しき物)

(秋)花火・花灯篭・池坊立花・花の頭(はなのとう)(作花の例)、花角力・花踊(以上二、人の花)、花紅葉(雑にもある)。

(冬)餅花・造花炭(作花の例)、帰咲きし花・忘れ咲(花字なくても)、此類も曲節物なれば、好んでは用ひず。

[翁]

ウ10   ・ 花時鳥押しも押されず    里圃

[むつ]

ウ10   ・若葉を花に打ちこかす樽    桃隣

[一橋]

名ウ3  ・つむ程は莧生茂る花の跡    清風

[長良]

発句   ・鵜飼火や入相のかねに花ぞ咲く 七雨

              花火の例

[さいつ比]

ウ10  ・ 花火灯して星祭る也     翁

[あら]

ウ10  ・ 花とさしたる草の一瓶    其角

 草なれど、「花と押したる」詞もて、正花としたり。立花(りっか)の例也。

[百歌仙]

   定座・迷惑な物は今年の花の頭    天垂

[百歌仙]

   定座・年頃は今を花なる角力にて   天垂

[そこ]

   定座・秋なれや越の白根を国の花   浪化

[鶴]

二ウ11 ・稲妻の木の間を花の心ばせ   挙白

[八夕]

発句   ・木兎や枯木に花もさかぬ顔   之川

[たそ]

脇    ・ 花も柳も秋は尤も      秋の坊

[炭]

   定座・貫之の梅津桂の花もみぢ    孤屋 ※前3句秋

[諸書]

 花紅葉、雑に作る時は、春秋合体の句なれば、其意を得て、どちらも主とならぬ様に仕立てよ。一方かつ時は、勝ちたる方季をもつ也。

▲ そは、一通の心得也。季に連れては、論あるまじ。譬へば、春勝に作りたる花紅葉に、只月と付けむに、句意は春の心なれど、句面は秋に決するごとし。

[句兄]

発句   ・打ちよりて花入探れ梅椿    翁

[拾]

脇    ・ 花屋をとはむ梅の早咲    宗波

[蓮池]

   定座・凩に花ちる庭の笛太鼓     荷兮

[三]

   定座・凩にかじけて花の二つ三つ   荷兮

[一橋]

   定座・大晦日花は心の花にして    仙庵

[難]

   定座・餅花に背の届かぬ棚釣りて   知角

[雪白]

発句   ・ちればこそ花も紅葉も笠の雪  倚彦

[歌]

発句   ・梨壺の昔や今にかへり花    里紅

[文月]

名オ5  ・口切に茶の十徳のかへり咲き  桃如

△ 花(カ)と音に用ひたる変格。(此外見ず)       ↑ トップへ

[冬]

   定座・たび衣笛に落花を打払ひ    羽笠

[四幅]

   定座・柴人も落花の道に踏迷ひ    東吾

[深川]

 ウ9  ・踏迷ふ落花の雪の朝月夜    岱水

[砥]
※鴬に

 ウ106 ・ 梅咲初めて立花はやらす   浪化 ※集「立花はやす」

[星月]

発句   ・冬篭り花瓶の底の氷かな    泉石

△ 月・花、結びたる句、一巻一。(多例省)       ↑ トップへ

[宇陀]

 月・花、結び合うたる句、手際いる也。

[うやむや]

 月花を一句に仕立つる時は、五分五分に聞ゆる様にすべし。甲乙有りては、月花引題して(「うやむや」は「月花片題とて」)、宜しからず。

有耶無耶之関、俳諧月の伝

▲ 裏の月後れし時、花の座にて月を結ぶは、常也。
 又、月の座に花を引上げて結ぶも、其外も色々あり。

 月も花も、前句に不用ならぬ様に付くるを第一にして、「五分五分の論」は、第二の事也。

[あら]

初ウ 花座・月と花比良の高根を北にして  翁

[俳]

   甲乙・陸奥は花より月の様々に    翁

[続さる]

     ・有明に後るゝ花の立合ひて   翁  ※たてあいて、相映えて

[根本]

     ・枝花を背くる月の有明て    才丸

[ひな]

     ・朝月に花の駕せつき立て    千川 ※のりもの

[別]

     ・月の秋とやかくすれば花の春  太大

[一橋]

     ・花にいる月を舎の瓢売     立志 ※やどりの

[浪化]

     ・昼見たと違うて花に月のかげ  従吾

[やわ]

     ・一雨の花に月夜となく蛙    水音

[東山墨]

     ・珍重は花の上なる月の色    右範

[いせ]

     ・月花を墨に染めたる妓王妓女  茂秋

[やへ]

     ・高麗人に名所を見する月と花  好春

[ひさご]

 ウ10  ・ 花は赤いよ月は朧よ     路通

[いせ]

  月定座・高槻の月になじめば花もあり  ゐ斎

[類]

隠 月定座・ちるといる後の曙匂ひけり   其角

[翁]

 ウ  ・ 花火ともせば月花の空    沾圃

△ 初折ちる花、後折初花、苦しからず。(多省)       ↑ トップへ

[宇陀]

 花に、初・中・後の心得有り。芽ぐみ・咲初・盛・散・残の類也。

▲ 俳諧は変化のさたなれば、時気の順を追うて付くる物ならぬ事は、自らも知りながら。こはいかなる心にてか、書きけむ。爰に、許六の自証をひくを見よ。

[雪丸]

     │ちる花の今は衣をきせ玉へ   翁
     ├──
     │咲きかゝる花を左に袖敷きて  木端

[印]

     │ちりかゝる花に米つく里近き  観生
     ├──
     │初花は万歳帰る時なれや    翁

[韻]

初ウ11  │一嵐老樹の花の崩れ立ち    許六
     ├──
名ウ5  │此春は閏に花の遅なはり    汶村

[韻]

初ウ11  │葭茨に五門徒寺の花もちり   朱紬 ※集「葭葺の五門徒寺に」
     ├──
名ウ5  │花盛り徒然草を引出し     許六

[奥栞]

     │夜終笈に花ちる夢心      巳百 己百
     ├──
     │初花に酒の通をかり持ちて   支考

[茶]

     │ちる花に薄き化粧の所兀    以之
     ├──
     │咲花に獅子のささらを摺ならし 扇車

[砥]

     │ちる花にある程の戸を明け放し 浪化
     ├──
     │さればこそ松は花より朧にて  万子

△ 他季の桜と花、三去。       ↑ トップへ

[元]

名ウ1  │薄葉の文に桜の実を染めて    翁 ※集「薄やうの」で薄様。葉は「エフ」
     │
名ウ5  │寺々や社々の花ざかり      古萱 古益

[冬]

初ウ7  │夏深き山橘に桜見む       荷兮
     │
初ウ11  │たび衣笛に落花を打払ひ     羽笠

〔ぶり〕

     │とへがしな桜の名ある麻畑    凉菟
     │
     │時めきてみすのあたりは月と花  村女

△ 同季の桜と花、面去。       ↑ トップへ

[古今抄]

 爰に論ぜば、桜も楓も、花と紅葉には、面を去りて、只一つあるべきにや。異体は、例の数を定めず。

[金言録]

 花と桜、五句去にて、同面にもあり。

▲ 同季にて、五去の例は見当らず。他季にては多し。

[俳]

ウ1  │馬の鞍踏まへて手をる桜花    梅額
     │
同13 定座│此花に滝を登るも今始め     木白

 五十韻の表七目より、素春出でゝ、如此あり。同面に出でたる例は、此外に見ず、面去の例は多けれど、略す。

△ 定座に、助字の花を許す事。       ↑ トップへ

[北枝考]

 花は表へ引上げたるも又宜し。されども、付くべき句出でざるを、むりに花をすべきにあらず。おのづから先へ延行きて、歌仙ウ十一句目に迫るを、花の座とはする也。
 是迄に、花出でざる時は、秋・夏・冬・大風・夜分・唐・天竺にても、花の句、付くる也。但し、正花にて前句へ付かざるを、むりに正花を付くるは不用也。かゝる時は、助字の花をする也。


[炭俵]空豆の
初ウ8  │ 茶の買置を下げて売出す    孤屋
初ウ9  │此春はどうやら花の静か也    利牛


 此「花」の字、「村」「里」としてもよし。買置の茶を値下に売払ふは、世の不景気なる様なれば、ちる花、さく花の正花は付かず。此故に、通例の句にて付け、其中へ花の字を入れたるのみ也。正しき花付けてよき時は、脇、第三にても、一句も早く出だしぬるこそ、本意なれ。(約文)

△ 花の座の事。       ↑ トップへ

[古今抄]

 月花の座といふ事は、付合の辞儀に譲り譲りて、七句目、十三句目の高句をもて、定座とす。
 例に、其故をしる時は、月花の座を必とせず、四花七月の式は調ふべし。されど、古式の表八句に、四句以下に至りては、花を遠慮とは尤も也。 ㋬

▲ 花をせぬ所、表は四句目より端迄、歌仙は三句、百韻は五句。裏は折端の短句、及び、二う、三うの折端と、挙句を末座としてせず。二、三終りの表の端は苦しからず。
 其余、いづこに在りてもよし。或ひは句、脇、第三迄に花出て、後折の花、定座上りたる例もあり。但し、百韻四本の花、皆引上げたるはなし。

【花をせぬ所】 ※黒丸数字
 │  ウ名  │     オ名     │     ウ初     │  オ初  │歌
 │❻⑤④③②①│⑫⑪⑩⑨⑧⑦⑥⑤④③②①│⓬⑪⑩⑨⑧⑦⑥⑤④③②①│❻❺❹③②①│仙
   座┴┴┴┴─┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘  座┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴────┴┴┘
            ↑    花をする所    ↑

[木曽]

発句   │暇なしの尚苦のぬけぬ花盛り   杉風
     ├──
名オ9  │縁あれば伏見の花も二年見て   岱水

[俳]
百韻

発句   │嘸な都浄るり小歌は爰の花    信章 ※さぞな
     ├───
二ウ6  │ 花のさかりに町中をよぶ    翁  ※ちょうじゅうをよぶ

△ 花、折去。       ↑ トップへ

[長良]
短歌行

    座│箱入の嫁は大事の作り花     泊楓
     ├─七
名オ7  │月花も女房任せの浮世帯     有琴

[いせ]
短歌行

    座│千石の昔は花も馬にくら     八至
     ├─七
名オ7  │高槻の月になじめば花もふり   ゐ斎

[東六]

    座│胡葱も鮒も鱠も花ざかり     吾仲 ※あさつきも
     ├─九
名オ9  │るすに来て見れば小春の垣に花  支考

[文月]
菊月の

初ウ7  │慶長の後は伏見の花ちりて    童平
     ├─九
名オ5  │口切に茶の十徳のかへり咲    桃如

※参考  ├─十一
名ウ5 座│足曳の峰は桜に谷の坊      曽北

 初折定座に在りて、後折、表へ上げたるも、是より近きはなし。百韻は、表長ければ、近きも十去以上也。

△ 花を呼び出す事。       ↑ トップへ

[芭蕉談]

 花を引上ぐるに、二品あり。一は一座賞玩すべき人有りて、其人に花を望む時、其句前に至り、前句より春季を出して、花を望む也。
 是を、呼出しの花といふ。

▲ もし、呼出しを懸くる時、其人、花を辞する心ある時は、「又、春を付けて次へ渡し、其次、猶譲りて、終に素春にてさしおき、花定座に及ぶ」事あり。そは、「定座と素春と、五去の間ある時」の事也。

 然からざる時は、呼出しに任せて、花をすべし。

 又、一つは、貴人功者などは、他に譲るべき人もあらねば、よく寄せくる時、呼出しを待たず、花を作す。

▲ 「よく寄せくる」とは、「花付けてよき前句、出でたる」をいふ。

 又、両吟の時は、互ひに二本づゝの句主なれば、辞退に及ばず、何方にても引上げて、作る也。
 偖、故もなく引上ぐるは、緩怠の作者也。
 此等の事は隔心(かくしん、気兼ね)の会の式也。常の稽古には、兎も角もあるべし。

▲ 隔心とは、他所の出合ひ、又、規式の会等也。

 又、ふり代ふる花あり。是は、花一句と思ふ人の句、所あしき時、我句を前へくりかへて、花を渡す事也。

▲ こは、「花付け難き前句」出でたる時、花主の次順の人、順を代はりて、花付けよき句して渡す事也。
 巻の模様にて、月花の座、入代ふる事も常也。
 又、歌仙ウ四句目、百韻ウ六句目に、春出づる時は、花をせよ。
 是を素春にする時は、他季ならでは花ならず、他季にても覚悟あらばともかくも、さらずば、よき所にて、花は仕てとるべき事也。

[さる]
市中は

初ウ1  │草村に蛙こはがる夕まぐれ    凡兆
  2  │ 蕗の芽取りに行灯ゆりけす   翁  ※あんどゆりけす
  3  │道心の発りは花の莟む時     去来 ※おこりは

[ひさご]
亀の甲

初ウ3  │鴬の寒き声にて鳴出し      二嘯
  4  │ 雪の様なるかますごのちり   乙州
  5  │初花に雛の巻樽居並べ      珍碩 ※すえならべ

[むつ]

初ウ4  ┌ 日和がようてほんの正月    桃洞
  5  │裏辻の占を長閑に咄し出す    湖松
  6  └ 宮の左の百本の花       桃明

[新百]

二オ? │から風のけふは初午寒い事    支考
     │ 去年の餅の今に残念      仄止
     │寸白も引いて入りたる花の空   反朱

[渡鳥]

 ウ2  ┌ 薮の[禿+鳥]のつれづれの声   楓里
     │立ちながら直にお寺の花を見て  素民

[錦]

 ウ3  │中々に幼事せむ春の雨      李下
     └ 花も霞もシテ柱より      普船

△ 呼出しを待たぬ花。(多省)       ↑ トップへ

[其袋]

 ウ2  ・ 花とひ来やと酒造るらし    翁

[桃実]

 ウ5  ・此花よ御狩は丁ど廿年      兀峰

 歌仙ウ七、月の座に、花入代はりたる例、多けれど略す。

△ 花の前後、雨風苦しからず。(七部及多省)       ↑ トップへ

 「花前に風雨を許さず」と云ふは、規式の心得なり。稽古は、危きに臨みて、自在を得る事を専らとす。
 偖、近世、風雨の句に、「未開の花」を毎々出せり。そは、呑まれし付にて、甚だ拙し。

[藤の実]

   前雨┌ 畳懸けたる村雨のあし     柯山
     │さく花に合掌上ぐる五間梁    貝寄

[射]

     ┌ 再々ふりやる雨に飽きぬる   支考
     │そはそはと見て通りたる旅の花  十丈

[難]

     ┌ 雨はほろほろほろとふる    高莄
     │梟も鴬もねにくる花の中     観水

[梅十]

     ┌ 思ひ懸けなき雨のふり出し   羽嵇
     │拝殿に精進はなし花の幕     里紅

              

[深川]

     │花の陰射よこす蕪防ぐらむ    去来
   後雨└ 鏡にはねの上がる春雨     翁

[韻]

     │花ざかりつれづれ草を引出し   許六
     └ 春から雨のふりつづく年    朱紬

[砥]

     │本丸を打越して見る花の雲    其継
     └ 青い合羽のつゞく雨ふり    浪化

[山中]

     │松杉の徳を備へて神の花     従吾
     └ 種をおろせばよい雨がふる   執筆

              

[拾]

   前風│曇るかと思へば果は風になり   東藤
     └ 筆一本に花の一時       翁

[浪化]

     │春風の野は閙しき仕事時     外故 ※さわがしき
     └ ひがんの花の有りがたき鐘   秋幽

[長良]

     ┌ 肌寒いとは風の軽薄      泊楓
     │谷水の岩にせかれて花筏     梨雪

              

[ひな]

     │猪さるや無下に見残す花の奥   千川
   後風└ 雪のふすまをまくる春風    路通

[拾]

     │ちる花を待たせて月も山際に   桂楫
     └ 窓から東風のけふも昨日も   叩端

[夕顔]

     │三石の申楽雇ふ花ざかり     尚白
     └ 八つ下りより春の吹降     翁

△ 風にちる花、越、嫌はず。(多省)       ↑ トップへ

[浪化]

     │秋風に野を吹越える踊声     路走
     │ 露ふり渡す岸の芝原      元春
     │花は皆ちりて流るゝ水の色    韋吹

△ 花前後、名所苦しからず。       ↑ トップへ

 前十八丁ノ左、「月に名所」の付と同じく、前後の嫌ひなし。されども、前より教へられし付ならば、吉野に麦米と付けても、許さねど、見立てある時は、吉のに吉のとも、付けらるゝ也。

[宇陀]

     ┌ 柱は丸太花はみよしの     李由
     │よしの山桜々とうる桜      許六

[花の蘂]

     │関白のお成りの花の咲きかゝり  許六
     └ 小倉嵐に通ふ乙鳥       許六

              

[東山万]

発句   │白絹の無疵にちつてよしの川   某邑
     └ 仰せの通り花のけしきは    木因

[三千]

発句   │駒鳥や不二と吉のを二所帯    素然
     └ 雪を花とは見ぬ花の雪     蓮二

[行脚]

     │吉のから神も御ざつて嵐山    由洛
     └ 雲にあへられ花にあへられ   吟堂

[江湖]

     ┌ 志賀は昔の都自慢か      此柱
     │月雪に桜も二度の詠みかへし   廬元

△ 一巻一句の花。        ↑ トップへ

 月花を結ぶ句・他季の花・短句の花・正花の桜・花(か)の字、右五つの内一つ出づる時は、百韻にても外はせず。
 贋物の花・風雨付くる花・名所付くる花・花に桜の付句、神・釈名、名所、恋、同景物の花、散る・咲く・莟む等の花。
 其外、同体の運びを許さず、花は月より制重し。

[鶴]
百韻
日の春を

二ウ11秋花│稲妻の木の間を花の心ばせ    挙白 ※他季花・風雨花
    ㋬├──二十九
三ウ13 花│三度ふむよしのゝ桜よしの山   仙化 ※正花桜・名所花

 此の如きは、其外になし。

△ 同趣向の花、変格。㋬       ↑ トップへ

[春と秋]

     │花の顔室の泊に泣かせけり    路通
   名所├──
     │入過ぎてあまり吉のゝ花の奥   翁

[やへ]

     │花に詠めむ不二の絵を書く    景桃
   名所├──
     │歌孕む昔ながらのしがの花    示右

[桃盗]

     │紀国の御使なれば笠の花     布胡
   名所├──
     │さるを又見ぬとはあまり壬生の花 巴兮

[拾]

     │貧僧が花より後は人も来ず    翁
    釈├──
     │花とちる身は遺愛寺の鐘撞いて  曽良

[賀茂]

     │法印は詠めて御ざる峰の花    鴎笑
    峰├──
     │雪は未だ峰に残りて岨の花    東守

[梅十]

     │山門に大木の花咲きみだれ    羽嵇
  山・咲├──
     │花さけば山の奥迄賑はひて    呂杯

[天河]

     │さけば尚さかぬ先にも花曇    衣朝
    咲├──
     │餅草にうつむく笠の花咲いて   [角+工]曲

[笠]

     │ゆるされて庭の花見の酒肴    見竜
    見├──
     │居ふろを花見戻りの待設け    里紅

 一句の風俗(ふり)、前の付肌(つけはだ)異ならずては、決してせぬ事也。夫れも、此外には、見当ねば、先づはすまじき事也。

△ 雑の花、変格。       ↑ トップへ

[根本]
百韻
涼しさの

二オ11 │いかなれば筑紫の人のさわがしや 素堂
  12 │ 古梵のせがき花皿を花     清風 ※こぼんの施餓鬼※1
  13秋│蜩の声絶ゆる間に月見窓     翁

 花皿は榊・樒をもる器にて、花生類に等し、殊に花皿を花と押したれば、論なく春を続くべきを、百韻六花の巻なる故に、雑※2に捌きたり。

※1 古梵は、古梵刹(こぼんせつ)の略、由緒ある寺のこと。
 施餓鬼は、飢えに苦しむ無縁仏・生類のため、盂蘭盆に催す供養。施餓鬼会の略で、季は初秋。花皿は、散華(蓮の花びらを模した紙)を盛る籠目金色の平皿で、華篭とも言う。

※2 雑ではない。「涼しさの」の巻は古式百韻で、賦物(ふしもの)俳諧の連歌。初折表10句、名残の折裏6句で、七花七月。名残の折以外、各面に花と月がある。従って、清風の句は、正花(初秋)である。なお、二ウ2までの5句が秋季。月(○)花(☆)の句は、次の通り。

 2 脇  ┌青鷺草を見越す朝月       芭蕉 ※夏:青鷺草    ○
     │ 五
 8 初オ8│ 氊を花なれいやよひの雛    清風 ※春:花      ☆
     ├─十
19 初ウ9│晩稲苅干すみちのくの月よ日よ  才丸 ※秋:晩稲苅干す  ○
     │ 三
23 初ウ13│花散す五日の風は誰がいのり   芭蕉 ※春:花、恋:祈り ☆
     ├─十二
36 二オ12│ 古梵のせがき花皿を花     清風 ※秋:施餓鬼    ☆
37 二オ13│ひぐらしの聲絶るかたに月見空  芭蕉 ※秋:月見     ○
     ├─九
47 二ウ9│寒月のともづなあからさまなりし 嵐雪 ※冬:寒月     ○
     │ 三
51 二ウ13│鹿をおふ弓咲く花に分入て    素堂 ※春:花      ☆
     ├─八
60 三オ8│汝さくらよかへり咲ずや     芭蕉 ※冬:帰り咲く   ☆
     │ 四
65 三オ13│后の月家に入る尉出る兒     素堂 ※秋:後の月    ○
     ├─十一
77 三ウ11│枝花をそむくる月の有明て    才丸 ※春:花     ☆○
     ├─九
87 名オ7│三日の月影西須磨に落てけり   清風 ※秋:三日の月   ○
     ├─十一
99 名ウ5│花降ば我を匠と人や言いはん   コ斎 ※春:花      ☆

[白ダラ]

     ┌ 一度ある事二度もある也    北枝
     │春は花秋は紅葉とかはれども   支考
     └ 飽かぬものには豆麩也けり   従吾

[七さみ]

     ┌ 遊んでくらす鳥も色々     貞吾
     │いせの海白子は不断花咲いて   凉菟
     └ 飯をたくには鍋伝授あり    貝紫

[金竜]

     ┌ 焼火に馴れて鶏驚かず     常久
     │花の春月の秋たる世を尋ね    仲二
     └ 願ひ込まれて数珠が光るは   其筈

[百歌仙]

     ┌ よし野から来てきかぬ山椒   芦角
     │嫁達も卅九迄の年を花      天垂
     └ 大事の事は見ても見ぬふり   執筆

 是、皆、正しき花を作りもて雑にしたり。論ずる時は、花心などより慥かなれども、雑と云ふこと、変格なれば、好んではせず。但し、月花、花紅葉などいふ句の雑は、常也。

[むつ]

     ・作り花母のきげむを伺うて    山隣

 作り花は、雑の物なれども、大方春を続けたり。

[本朝]

     ・我朝の花も唐とは違ひけり    涼三

 こは、論なく春なるを、何故に雑とせしやしらず。

[うやむや]

     ・かいらぎの鮫は花より見事にて
 雑の花は、秋移りなどにあるべき事也。
 歌仙うら、八句目より、月秋を付る時は、十一句目の花、春に及びがたし。さるは、冬季を跨げる故也。
 其巻には、雑の花を出し、花より三句去つて、素春をする事習ひ也。花嫁、花聟も、称美の詞にて、雑の正花也。春を付けゆく時は、見立花といふ。

有耶無耶之関、五花の口訣

▲ 此論、皆非也。月秋に花の季移りは、常也。証は、「三の巻、季移りの部」にあり。蕉門には、何と何を組みても、季跨ぎと云ふ事なし。又、「雑の花の後に、必らず素春をす」と云ふことも、「雑の花と素春、三去」と云ふこともなし。又、花嫁の類、大方雑に捌かず。
 又、此かいらぎも、「花より見事にて」と云ふは、そこに花なくては言はれぬ詞なれば、春とせむ方よからむ。只、「花かいらぎ」とばかりは雑にて、正花にあらず。

△ 花の座、打越に植物の論。 ㋬       ↑ トップへ

[うやむや]

 定座越に水仙・花野・野梅等の句を出す時は、座の花に障る故に、多く花前とて許さゞる也。併し、高貴の作にて、返句成りがたき時は、「みよし野は常の雲さへ春の色」など、花を隠して付けて春季続ける也。(約文)

有耶無耶之関、五花の口訣

▲ こは、古式の論也。翁及び諸子にも、さる鋳形の捌きはなし。古式とても、さる事を再びせば、粕とて嫌ふべし。
 又、一句に花隠して正花になる時は、隠しても植物なれば、越に木類は許さぬ理あり。若し、定座越に木類出でなば、千度にても其次に花をせよ。草越は、苦しからじ。

△ 桜を正花とする変格。       ↑ トップへ

[鶴]
百韻
日の春を

三ウ12 │ 心なからむ世は蝉の殼    朱絃 ※雑の扱い
三ウ13 │三度ふむよしのゝ桜よしの山  仙化 ※花の扱い

 前を、歌よむ心なき乱世の体と見立、武将たる身の、三度迄吉の山を踏穢しながら、只一首の歌も残さず、蝉の殼に等しき身也と、撓季(澆季、ぎょうき)の世を歎く付なる故に、桜といはでは、叶はぬ所也。

[芭蕉談]

 去来、「花を桜にかへむ」といふ。
 翁曰く、「故いかに」。
 来曰く、「凡そ、花は桜に非ずといへる。一通りはする事にして、(中略)畢竟、花は桜をのがるまじ」。
 翁曰く、「さればよ。古人は、四本の内、一本は桜也。汝がいふ所、故なきにあらず。されど、尋常の桜にては、かへし詮、なからむ」。(約文)

[うやむや]

     ・糸桜腹一ぱいに咲きにけり   去来
 と吟じければ、「句、我儘也」と笑ひ給へり。
 翁曰く、「付合に一本桜の事は、細川法印より、花咲先生へ口訣し給ふ正伝ありと雖ども、其後、更に用ふる者なし」。
 去来、猿みのゝ巻に、末の花を略して、彼の伝を顕はしたり。惣じて、桜一本の時は、咲・開、或ひは、莟といふ字をおくべき也。是、正花にたつ事、習ひ也。(約文)

有耶無耶之関、一本桜の事

▲ 翁、「猿みの」より五年前、「鶴歩」に用ひられしを、かくいはれむ様なし。又、咲、開、莟の字だにあらば、桜用ひてよけむと思ふも非也。

 「鶴歩」に、桜不賞玩の人を付けて、賞玩する人の歎を述べたる手柄を見よ。
 糸桜の付は、一句の取廻しのみにて、桜ならでは叶はずといふ付句ならねど、撰集の摸様にはと、許されけむ。

[宇陀]

 「猿みの」を見誤まりて、正花に桜する人もあり。桜非正花、初心の人、する事なかれ。
 口伝あり。

[篇突]

 花といふは、賞玩の総名。桜は、只一色の上也。初桜、遅桜、山桜等の名字持ち、或ひは疎く、或ひは親し。此境に入ては、有といひて、無と答ふるがごとし。

▲ 定座にて、桜ならでは、付の手柄なき所にて、一句も珍らしく仕立てなば、桜にかへし詮あらむ。
 但し、座を引上げてはせず、定座ならでは、素春に紛るゝ故也。爰に、許六の戒めつるは、下に挙ぐる四例のごとく、「花と直してもよき句」出来る故ならむ。

[師走嚢]

 百韻に花四本なれば、か仙は百韻三分一の句数にて、一本にては少なし、二本は多し。されども、面の定めあれば、先づ二本と、中古以来定まれり。然るに、初折にちる花有りて、名裏にすべき花なし。元より、句数には、過ぎたる花なれば、邂逅(たまたま)の例を立てゝ、桜にて済まされたり。

▲ 己が猿ちゑに、猿蓑を怪しみて、神代も聞かざるふしぎをいへり。初折ちる花、後折さく花の多例は、見ざるや。又、桜にかへても「咲きにけり」といへるを、しらざるや。
 又、か仙は二折なれば、百韻の半例とこそ、古人もいひたれ。三分一とはいはざるぞかし。

[雁木伝]

 桜、正花に用ひるは、本式匂の花に限る。前三にはせず。

▲ こは、連歌北山千句第九「都人待つて待たるゝ山桜」と云ふ例もて、いへるならむ。焦門に、其さたなき事は、前後の例にてしるし。

[後桜]

名残の折 ・双六に只さつとちれ桜花   木因

[小文]

名残の折 ・薮岸に細き桜に咲出て    養浩

[新百]

初折   ・桜花さけば世間に眠たがり  水甫

[其鑑]

初折   ・桜さく寺にお講の仲間破れ  渭流

 此四例は、前句へ対し、花と付けてもよき所を、物好にて、桜にかへたり。強ひて称する付にあらず。

[古今抄]

発句   │もろこしの吉野は岩に牡丹哉 ※下注
     │
  花の座│我国の遠山桜咲きにけり


 唐土の吉野には桜はなくて牡丹哉と、岩の一字に姿情を分けしは、全く花王の争ひなるや。然らば、花の座に至りて、我国の桜を称せざらむや。
 此等は風雅の意地にして、畢竟は牡丹といひ桜といふ心詞(しんし)の花を知るべき也。

▲ 用ふる所、新たにして絶妙也。されども、是を再びせば、粕ならむ。

 「もろこしの芳野」について
・ 「唐土の芳野には桜はなくて牡丹哉と」という古今抄の表現から、支考は、「もろこしの芳野」を「唐国の地名」と了解している。※1

・ 「もろこし」は、万葉の時代から「唐・唐土」を指すので、問題はない。「広辞苑①」※2の意。

・ しかし、この句の「吉野」は、奈良の吉野※3である。もとより、唐土に「吉野(よしの)」という訓読みの地名はない。「もろこしの吉野」は、「唐土の吉野と言うべき、長江中流の五台山※4や上流の廬山※5」と解すればよいが。

・ 一方、「もろこしの吉野」という節には、平安期に、特別な意味づけがなされている。
 古今和歌集誹諧歌※4
    もろこしの吉野の山に篭もるとも おくれんと思ふ我ならなくに
 この歌についての「奥義抄」の註釈には、「五台山(中国江蘇省南京市)の一部分が飛来したので、『もろこしの吉野山』」というとある。この場合「もろこし」の意は、「広辞苑②※2」となり、大意は「唐土から渡来した奈良の吉野山に篭もっても、あなたを置き去りにする私ではないのだよ」となる。

・ 素堂は、「笈の小文の旅」で、吉野へ 立つ芭蕉に、頭巾に添えて、
    もろこしの吉野の奥の頭巾かな
と、餞別句を贈る※6。句意から、きちんと②の意味で使っていることが分かる。これは、貞享4(1687)年10月のことである。

 

※1 古今抄「花に桜の事 △唐土の芳野の桜の事」全文
   発句 もろこしの芳野は岩に牡丹哉
  花ノ座 我国の遠山さくら咲にけり

 この発句は、狩野のなにがしが、穴あき岩に牡丹をかきたる掛物の画賛也。さるを、新宅の賀となして、其日の俳諧は興行せしに、初折の花ノ座にいたりて、遠山桜の三字を用ゆ。其訯いかにとなれば、和漢に花王のあらそいありて、大和の歌には桜をよみ、諸越の詩には牡丹をさくれば、其いふもろこしの芳野には桜はなくて牡丹哉と、岩の一字に姿情をわけたるは、全く花王の争なる也。しからば、花の座にいたりて、我国のさくらを称せざらんや。これらは風雅の意地にして、畢竟は牡丹といひ桜といふ心詞の花を知るべき也。但いふ、諸越には牡丹はすべて春にして、百花のをはりに咲けるより、其名ありとぞいへりける。


※2 もろこし【唐土・唐】(「諸越(中国の越の国)の訓読から)①昔、日本で中国を呼んだ称。万五「-の遠き境に遣され」②中国から来た事物に冠していう語。「-船」<広辞苑>
[補足]浙江省会稽(紹興)を中心地にした地域。諸越は、諸国・諸族の意。他に、諸越は、諸々のものが渡来したからとも。万葉集894「唐能遠境尓都加播佐礼」は、「もろこしの遠き境に遣はされ」と読む。


※3 「吉野」について
 ・ 奈良盆地南部の地名。吉野川の中流域で、万葉や南朝の史跡が多く、桜の名所。芳野は雅称。


※4 「もろこしのよしの」について
【古今和歌集、十九誹諧】
 左のおほいまうちきみ   もろこしのよしのゝ山にこもるとも を(お)くれんと思ふわれならなくに
*[おくる・おくれる・おくらす]あとに残す。置き去りにする。 「かぎりなき雲井のよそにわかるとも人を心にを(お)くらさむやは/古今集離別」を踏まえる。
【奧義抄、下ノ上】
   もろこしのよしのゝ山にこもるともをくれんと思ふわれならなくに
 此歌、ものしりたりとおぼしき人は、李部王(りほうおう、醍醐天皇第4王子式部卿重明親王)の記に、吉野山は五台山(中国仏教の三大霊場の一、南京)のかたはしの、雲に乗て飛きたるよし見えたり、さればもろこしの吉野の山といふ也など申せども、今案とぞきこゆる、たゞ心ざしふかきよしをいはんとて、もろこしのよしのゝ山とは、いまいひでたることなり。


※5 よし野は唐土の廬山
野ざらし紀行、吉野山(藤田本)
 独よし野の奥にたどりけるに、まことに山ふかく、白雲峰に重り、煙雨谷を埋んで、山賤の家処々にちひさく、西に木を伐音東にひびき、院々の鐘の声は心の底にこたふ。
 むかしよりこの山に入て世を忘たる人の、おほくは詩にのがれ、歌にかくる。
 いでや唐土の廬山といはむもまたむべならずや。


※6 素堂餞別「もろこしのよしの」
句餞別
 芭蕉庵主ハしばらく故園に帰りなむとす。
 富める人は宝を贈り、才ガある人は言葉を贈るべきに、我この二つ与からず。
 昔、もろこしの堺に通ひけるころ、一つの烏巾(うきん=頭巾)を得たり。
 これを与へて、宝と才に替ふるものならし。
  素堂山子
      もろこしのよしのゝ奥の頭巾かな

[古今抄]

発句   │曇るとは桜に伊達の浮名哉
  花の座│入相も聞かず尾上のかへり花

 是は、外山の霞といふ和歌に倣へる隠し題にて、五もじの曇に花を隠せり。然るに、此巻の花の座に至りて、衆評を窺ふに、桜に花は論なけれど、爰に「曇」といふ詞は、花に在りて桜にはなし。然らば、発句に花を含みたれば、其桜の帰り花をすべきにやと、其座の衆評は一決せり。但し、尾上の二字は、江師の歌の意を摘みたり。

※ 高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ (後拾遺、大江匡房)

▲ こは、一座一曲の話なれば、再びする事なかれ。
 さて、此処、花付けむは子細なし。但し、曇に花を含みたりと見なば、そを其儘に、正花として、定座は他季か雑にても然るべけれど、さる例はなき故に、帰り花を付けしと見ゆ。帰り花も、春の花も、同じ正花なれば、発句に捌きを付けし詮はなし。
 惣じて、変格の捌きは、古例をよく知りて後、己れ己れが気付もて、新しみを付くるもの也。

△ 花に桜を付け、桜に花を付くる曲節。       ↑ トップへ

[本書]

 古へより、花に桜を付くる事、伝授ありとて、初心には許さず。或ひは、桜鯛の類など、前句の花にあらざる桜ならば、明かにつくべき也。但し、花は桜にあらず、桜にあらざるにあらずといふ事、我家の伝授也。(約文)

     噂│辛崎の松は花より朧にて  翁
      └ 山は桜をしほる春雨   千那 ※「鎌倉海道」

 伝に曰く、「さゞ波や真野の入江に駒とめてひらの高根の花を見る哉(※近江路やまのの浜べに駒とめて比良の高ねの花をみるかな 続新古今、源頼政)」と、遠く眺めたるよりも、「辛崎の松は朧にて」面白からむと、疑の詞をもて決せぬ所、此句の妙所也。
 脇は「さゞ波やしがの都はあれにしを昔ながらの山桜哉(※千載集、平忠度。昔ながら-長等の山-山桜)」とよみし、其辺りの風景を対し、辛崎の松を「花より」といへるに、山には雨の桜といへる。花と桜の別様をしれとぞ。

▲ 発句の花は噂にて、姿なけれども、花よりと云ふは、桜を見ていふ詞と見立、朧と云ふは、夜の雨の体と見て、雨の桜に辛崎の景を定めたり。
 いづれ、一方「助字」「比喩」「噂」「称美」「別所」「異体」等をする也。
 証句に印なきは、「現在」也。

[秘書要決]

     │朝まだきまだ見ぬ花に起出でゝ
   別所└  ちれば桜の木隠の里

 花と桜の有る所は、かはらねど、「未だ見ぬ花」とあるにすがりて、「昨日の花はちりけれど、けふ異木の桜のさくを見む」と、起出でたる様に、心をかへて付けたり。「ちれば桜」とは、ちればさくと、かすりたる詞也。(約文)

[蓬]

   助字│かしこまる石の御座の花久し  叩端
     └ 羽織に酒を替ふる桜や    桐葉

 前は、「鎮座久しき滝の不動の御ましを拝む」体にて、花は助字なるを、其の助字を起して、花見と見立て、「酒のためには、羽織を脱捨つるも、此桜よ」と云ふ心を付けたり。「や」は辞(てには)也。[三歌仙]、「桜屋」と写し誤つたり。

[皮篭摺]

   助字│花すくふ泥鰌盗みに胸合せ   立吟
     └ 山の桜は過ぎて虎の尾    団友

[雁木伝]

   比喩│山川を咲隠したる花の雪    翁
     └ 墨染さくら尼の衣手     丈草

[根本]

   比喩│花ふらば我を匠と人やいはむ  コ斎
     └ さくらさくらの奥深き園   執筆

[翁]
朝顔や

名ウ5  │塩物に咽かわかする花盛    乙州
挙句 別所└ 奈良はやつぱり八重桜哉   沾圃

[あら]
月に柄を

名ウ5称美│百万も狂ひ処よ花の春     傘下 ※謡曲百万
挙句   └ 田楽きれて桜さびしき    越人

[夏衣]

   称美│肩衣に再び花のさけばこそ   支考
     └ 柳山吹松桜迄        慈竹

[三顔]

   異体│紙花にならつの宮を驚かし   逸筌 ※奈良津の宮を
    噂└ 桜に馬はよしつなぐとも   朝四

[行脚]

   称美│江戸も見る浪速の花は夢なれや 吟堂
 異体・噂└ 桜鯛とはさくらくさいか   蒲堂

[三日]

   異体│花聟といふも道理な生れつき  麗線
     └ 桜にてらす折の大鯛     支考

[桜山]
[東西夜話]
百韻

発句   │山伏の山といつはや山桜    許六 ※山訪いつ早
脇  別所└ 首途もよし野は花の頃    支考 
※集「花の雲」

[三千]

     │桜さくや都は牛の匂ひさへ   洒堂
    噂└ やすらひ花の笠も小袖も   蓮二

[雁木伝]

   異体┌ 桜をこぼす市の麻刈     竹翁
     │大和路へいるとてけふも花曇  嵐雪

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