貞享式海印録巻六 書体、異火体他

貞享式海印録 巻六② 索引
書体
(書くこと)
書体、二去非書体物、越嫌はず集・冊子・詠・吟・句と変り、三去
詩歌・連俳・文と変り、五去文(ふみ)・玉章・状と変り、五去
状・文・札、面去歌・絵・墨、折去
火体異火体、二去。(古へは異同共、三去)同火体、三去
非火体物、越、嫌はず火・烟・焼・焚、面去
色字異色字、越、嫌はず
青・黄・赤・白・黒、各三去色立、一巻一
畳字・畳語畳字・畳語
一字一点一字一点
古句古句、再び用ひても、付肌の変勝る時は、苦しからず
なぞらへ准(なぞらえ)付。
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。

 このページでは、巻六、書体、異火体、異色字等を見る。


貞享式海印録 巻六 ②

書体(書くこと、書いた物)

□ 書体、二去。       

[次韻]
五十韻
鷺の足

二オ7  │天帝に目安を書いて聞え上げ  其角 ※目安:訴状
     │ 二
二オ10  └ 秋に対して所帯堂の記    才丸

[みの]
木のもとに

名オ8  ┌ 源氏をうつす手は下りつゝ  半残 ※さがりつつ
     │ 二
名オ11  │夕月を扇に画く秋の風     三園

△ 非書体物、越、嫌はず。       ↑ トップへ

[雪丸]
さみだれを

名ウ4  ┌ 物かく度に削る松の木    一栄 ※集「まつかぜ」
  5  │星祭る髪はしらがに枯るゝ迄  曽良 ※集「しらがの」
  6 ・└ 集に遊女の名をとむる月   翁

△ 集・冊子・詠・吟・句とかはり、三去。       ↑ トップへ

[次韻]
五十韻
鷺の足

脇    │這句荘子を以て見るべし    其角 ※「このくもってそうじをみつべし」
     │ 三
初オ6  └ 灯心売と詠じけむ月     翁

[次韻]
百韻
世に有て

     ┌ 詠みおく月に株萩を買ふ   楊水 ※集「詠置(ながめおく)」
     │ 三
初オ6  └ 蘇鉄の亭に題を設くる    才丸 ※そてつのちんに

[住吉]

発句   │忘れ草問はばや秋の家の集   元梅
     │ 三
初オ5  │黒々と酒功の賛の二た行り   青流 ※集「二(ふた)くだり」

[東山墨]
百韻
散ればこそ

三ウ14  ┌ 蛸木にのぼる藤の先吟    子靖
     │ 二
名オ3  │歌仙にも寝転びかねて恋の歌  宇中

△ 詩歌・連俳・文とかはり、五去。       ↑ トップへ

[冬]
霜月や

初ウ1 連│秋の頃旅の御連歌いとかりに  翁
     │ 六
初ウ8 歌│ 麻刈といふ歌の集あむ    翁

[枯]
[拾]
箱根越す

名オ1 俳│下心弥生千句の俳諧に     如行
     │ 七
名オ9 歌│ひよつとして歌の五もじを忘けり 聴所 聴雪 ※集「ひよつとした」

[深川]
冴そむる

名オ2 文┌ 釈迦に讃する壁の懸け物   杉風
     │ 七
名オ10 歌└ 山の内裏の歌もしまざる   石菊

[蓬]
何とはなしに

名オ1 歌│歌よみて女に蚕贈りけり    翁
     ├─三
名オ5 詩│庵住や独り杜律を味はひて   叩端

[山琴]

    詩│詩に作る滝はなけれど三日の月 呂吟
     ├─四
    連└ 連歌の中にひよんな指合   音吹

[このは]

    歌┌ 法師にあひて撰集のさた   許白
     ├─八
    歌└ 僧正に百首の歌を誉められて 甫什

△ 文(ふみ)・玉章・状とかはり、五去。       ↑ トップへ

[山琴]

     ┌ 状の返事の日は暮れてゐる  野航
     ├─三
     └ 玉手玉手ときぬぎぬの文   八菊

[奥栞]

     ┌ 玉章の衿よりのぞく思ひ草  支考
     ├─ 六
     │傾城の文すかし見る朧月    清風

[砥]

初ウ8  ┌ いせの状日の閙しき春    去来 ※集「いそがしき」
     ├─七
名オ4  └ 点懸けてやる相役の文    浪化

[ひな]

     ┌ 小ふれの文を贈る村々    濁子
     ├─
     │返事せぬ手紙は掃て捨てぬらん 嵐雪

△ 状・文・札、面去。       ↑ トップへ

 文、百韻四と云へり。支考捌き、面去あり。

◆[梅十]

     │脇道を尋ねて状の行所     有琴
    状├─十六
     └ 返事の内の長い状箱     蓮二

◆[山カタ]

     ┌ 蒔画には似ぬ状は懸乞    白狂
    状├─十五
     └ 触状持つて待つてゐるげな  栗几

[金龍]

     │文が来て気が気ぢやなしの橋立や 青峨
    文├─十三
     │妻篭よりうつゝを越して捻り文 又魚

[このは]

     │下げ札に免の極まる宵の月   湖遊
    札│ 六
     └ 禁制札をぬくる乙鳥     孟遠

△ 歌・絵・墨、折去。       ↑ トップへ

[続の原]
家の柳

初ウ11  │月花の境を分くる歌の公事   琴風
    歌├─ 四
     └ 御旅の早歌神しいさむる   不卜

[雑]
黒塚の

初オ4  ┌ 絵にかく鍔に障子霞める   其角
    絵├──十四
名オ2  └ 冶郎の絵馬その紋にしる   其角

[一]
百韻
見渡せば

初ウ7  │身を墨に何をうらみてなく烏  似春
    墨├──二十七
二ウ7  │茶小紋の羽織は墨に染めねども 翁


火体

□ 異火体、二去。(古へは異同共、三去)㋬       ↑ トップへ

 蕉門には、焚く、灯すの別をもて、二去に許したり。

[けふ]
あれあれて

初オ4  ┌ 茶のけぶりたつ暖簾の皺   望翠
     │
初ウ1  │燭台の小さき家にかゞやきて  翁

[拾]
牡丹蘂

名ウ3  │地雷火に逆だつ浪の赤走    叩端
     │ 二
名ウ6  └ 忘れて焦す飯の焚尻     叩端

[しし]

     ┌ 灯篭はみな判じもの也    山隣
     │
     │小座敷へ師走を逃ぐる置火燵  観水

[賀茂]
鴬の

初ウ2  ┌ 灯明の火も人にけさせぬ   素後
     │ 二
初ウ5  │焚付けて煮立つる竃の昼茶時  楚竹 ※集「煮立つ竈の」

[一橋]

名オ8  ┌ 七日日を見ぬ昼の灯火    清風
     │
名オ11  │木の間もる伽藍の烟り渦巻きて 一晶 ※集「伽藍煙の」

[三歌仙]
半歌仙
たび寝よし

第三   │どやどやと筧をあぶる藁焚きて 越人
     │ 二
初オ6  └ 障子明くればきゆる灯火   楚竹

△ 同火体、三去。       ↑ トップへ

[あつみ]

     ┌ 土物竃の烟る秋風      翁
    焚│
     │火をたく影に白髪垂れつゝ   不玉

[初茄]

     │焼栗に後の月見もゐろり端   嵐七
    焚│
     │苫揚げて食たく舟の夕烟    呉天

[一]
百韻
色付や

三ウ5  │開闢の天地既に火砂鉢     杉風
    焚│ 二
     └ 思ひの烟果は釜焦げ     翁  ※集「釜焦(かまいり)」

         ○

[拾]
[拾遺]
久かたや

初オ5  ┌ 月はれて灯火赤き海の上   翁
    灯├─三
初ウ3  │提灯に大蝋燭の高烟      去来 ※たかけぶり

[天河]

     ┌ 灯篭に伊達をのこす若後家  山流
    灯│
     └ まだ明いのに早い提灯    岩芝

△ 非火体物、越、嫌はず。       ↑ トップへ

 焼魚、焼香、民の竃、灯篭、提灯とハカり。

[韻]
けふばかり

名オ5  │灯の影珍しき甲待       翁  ※きのえまち
  6  │ 山ほとゝぎす山を出る声   許六
  7 ・│児達はあゆの白焼許されて   洒堂

[歌]

     │此風に火の用心も西は唐    栗几
     │ 若い男に 〓        六芝
    ・│焼香の皆晴れがましたびの裡  蓮二

△ 火・烟・焼・焚、面去。       ↑ トップへ

[鵆]
笠寺や

初ウ12  ┌ 火をけす顔の憎き唇     重辰
    火├─四
名オ5  │大年の夜の灯火影うすく    知足

[菊の露]

     ┌ 蝋燭の火を貰ふ夕月     正秀
    火├─五
     └ 金掘りにいる洞の灯火    里東

[続の原]

     ┌ 霧うすき夜はちかき舟の火  勇松
    火│ 五
     └ かいつめらるゝ火渡りの負  渓石

[拾]
[金蘭集]
さびしさの

脇    ┌ ちらちらひかる糠の埋火   去来
     ├─九
初ウ6  │菰に火のもる舟ごしの小屋   鼠弾
    火├─十
名オ5  │町端の埃掃溜めて火に燃す   鼠弾 ※集「火を燃す」

[三顔]

     ┌ 焦がしたる扇遣ふ蚊やり火  朝四
     ├─六
     │秋さむき杣の仮小屋火を焚きて 不有
    火├─十一
     │灯台の火に張出の内は昼    不有

         ○

[鵆]
京までは

初ウ2  ┌ 明日の命の飯けむりたつ   安信
    烟├──二十二
名ウ1  │ふすぶりし榾の烟の白けたる  重辰 ※集「煙しらけたる」

         ○

[俳]
百韻
さぞな都

名ウ4  ┌ 鰯で仮の契り焼かるゝ    翁
  へ 焼│ 二
名ウ7  │実にや花白楽天が焼筆に    翁  ※やきふで:木炭筆

[韻]
けふばかり

初ウ2  ┌ 焼焦がしたる小つまもみけす 翁  ※たきこがしたる
     │ 七
初ウ10  │ 焼山越の雲の赤兀      嵐蘭
    焼├─八
名オ7  │児達は年魚の白焼免されて   洒堂

         ○

[後桜]

     ┌ 柴焚立てゝけむる雨の日   二竹
    焚├─七
     └ そなたが食をたくも良家   支考

[拾]
[幽蘭集]
雪ごとに

名オ2  ┌ 野火焚き捨てゝ道かはるなり 嵐竹
    焚│ 九
名オ12  └ 生木を焚きてあたる冬の日  岱水 ※集「もやして」

[初茄]

     │苫揚げて飯たく舟の夕烟    呉天
    焚├─十二
     └ 小屋でぱつぱと鉋屑たく   東羽


色字

□ 異色字、越、嫌はず。       ↑ トップへ

[韻]

初ウ8  ┌ 青い畳に月の澄みきる    許六
  9  │灯篭の果も近づく地蔵盆    木導
  10  └ 白川石の色の露けき     汶村 ※集「露けさ」

[山中]
孫持たば

名オ5  │竹の子を甲斐の黒胡麻白い胡麻 播東
  6  │ 宝づくしの経がはじまる   水音
  7  │紫の上も四十の老の浪     凉菟

[ぶり]

     │白露に小僧のちゑの走り過   凉菟
     │ 爰も名所の雪隠の蔦     加友
     │あとからも黒木に花を戴きて  丹之

[続花]

     ┌ へちまの花も白き夕暮    湖十
     │舟大工己が拍子に狂ふらん   歩閣
     └ 宿の料理をあつる黒鯛    超波

△ 青・黄・赤・白・黒、各三去。       ↑ トップへ

[春と秋]?
[真向翁]
衣装して

名ウ3  │衰ふる父の白髪を気に懸けて  路通
    白│ 二
挙句   └ 何が何やら春の白雲     嗒山 (前川)

[やわ]

     ┌ 小萩がもとの白酒にゑふ   許六
    白│ 二
     │北山の白みて寒き雁の声    去来

[雑]

名オ8  ┌ 顔のしろきに覆面の跡    普船
    白│ 二
名オ11  │波の月波戸の泊りも白みゆく  其角 ※はとのとまり

[山琴]

     │さく花の壁に移りて皆白し   嵐雪
    白│
     │海面は気の尽きた時面白し   林紅

[浪化]

     │白雲の梢にかゝる滝の糸    松宇
    白│
     │面白い恨みに今宵只帰り    求聴

         ○

[炭]
兼好も

初ウ5  │黒谷の口は岡崎聖護院     利牛 ※くろだにの
    黒│
初ウ8  └ 人のさはらぬ松くろむ也   利牛

         ○

[炭]
百韻
子は裸

初ウ1  │ぢゝめきの中でより出するりほ赤 孤屋
    赤│ 五
初ウ7  │日のあたる方は赤らむ竹の色  孤屋

         ○

[さる]
灰汁桶の

名オ11  │堤より田の青やぎて潔き    凡兆
    青├─三
名ウ3  │昼ねむる青鷺の身の尊さよ   翁

△ 色立、一巻一。       ↑ トップへ

[うやむや]

     │赤坂の名も折からに紅葉して
     │ 知行寺やらいかい白壁


 是を色立(いろだて)といふは、紅葉に白壁と、色を取合せたる故也。
 併し、この付合の姿は、尤き(けやけき)故に、強ひてする事にあらず。百韻一両所と心得べし。

[袖草子]

     │秋風に吹かれて赤し鷺の足   洒堂
     └ 伏して白けし稲のほのなみ  諷竹

[句兄]

     │心敬の夜話白々と明けにけり  嵐雪
     └ 赤葉の芹にさむさ覚ゆる   神叔

[枯]

     ┌ 顔赤うするみりん酒の酔   之道
     │白鳥の槍を葛屋に持せ懸け   探芝

[浪化]

     │白魚の実に面白き料理組    何由
     └ 雲丹は黄色に防風紅     執筆

 「げに面白き料理組」と云ふ余韻、外に組合うたる色ありと見立て、黄色・紅と付けたり。前句に、色立すべき句作りの掛りなき所にて、只色の字ばかりを並べたらんは、拙き限りならむ。


畳字・畳語

□ 畳字・畳語。㋬       ↑ トップへ

 一字を畳字(たたみじ)と云ふ。数字を、畳語(たたみことば)と云へり。前句の末より、後句の頭へ畳むは、常也。
 又、置所、互に変りたるもあれど、句拍子、第一也。勿論、畳みたる詞のみ似て、その意、大いに変りたる事を思ひよるべく、若し、同意の事を付けなば、甚だ拙きものとならむ。

【書簡】
鳶の評

【芭蕉書簡】
    ○ 深川より大垣へ文通。  当地、或人の付句あり。此の句、江戸中聞く人、無御座候。
 予に、聴評、望み来り候へども、予も、此の付方、意味難弁。
 依之、御内意、頼進候。貴丈、御聞定之旨趣、
密かに御知らせ可下候。
 東武に弘めて、愚之手柄に仕度候。
      韮の柵木に鳶と眺めて
 其付句
     鳶のゐる花の賤屋とよめりけり
   二月上弦           はせを
   木因 様

【木因書簡】
    ○ 其返書
 花牒、拝見。或人之付句、貴丈、御聞定、無之、 依之、愚評之儀、被仰越、予、猶考へに落ち不申、乍残念、及返進候。 随而(したがって)、下官(やつがれ)去る比、上京之節、古筆、一枚相求め候。此切(きれ)、京中定むる人、無御座候。依之、貴丈へ、御内意、頼み進じ候。何之御宇の御撰集筆者等御見定めの旨趣、密かに御知らせ可下候。花洛に弘めて、愚の手柄に仕度候。
其、古筆切 菜園集巻七春俳諧歌
     韮の柵木に鳶のゐるを眺め侍りて
    鳶のゐる花の賤屋の朝もよひ
     木を割る斧の音ぞ聞ゆる
      二月下弦       木因
     はせを様

▲ こは、翁の鳶の付を真に感ずる人もあり、同物の付を珍らしといふ人もあり、又、言ひ勝に道を翫ぶとそしる人もある故に、木因の心を引見んと文通ありけるに、かく翁の腹を探りて答へけるは、実に郢匠の境界也。

※ 「野ざらし紀行 大垣~桑名、鳶の評」参照。

[古今抄]

     │婆々なれどばゝといふをば腹立ちて
     └ 婆々といへども御所の御道具
 或は、低句より高句へ畳みたるあり。付合は、前後に付くるものなれども、高句より低句へ畳むべし。語路の拍子のちがひあれば也。

▲ 低句より高句へ畳みたる支考捌きの例、多し。
 何れにても、語路の拍子は勿論也。さて、この付意(こころ)は、前は、腹立たるばゞの自句なるを、次の作者は、ばゞに腹立させし人を押へる詞と見立て、「ばゞといへども、あのばゞは、お役にたつ人なれば、必ず侮るな」といふ意を付けたり。
 此先案、「名は色々に御所の御道具」と云ふ句なるを、しか言うては付味聞えざる故に、「ばゞといへども」と直したりとぞ。凡そ、詞を畳むには、かくいはでは叶はざる時にする事也。

◆[八夕]

     ┌ 琵琶に拍子を付けてさゞ波  友五
     │さゞ波や雪の花ちる星月夜   何竺

 前は、びはの音の作意なるを、後句は湖辺にて、びはをひく様と見立て、白竜雲に現れたる俤を付けたり。

◆[雪白]

     ┌ さびしかりけり籾うすの歌  魯九
     │淋しさは柿赤々と秋の風    岸虎

 前の臼抒歌(臼搗き歌)を、風の便りにきく片里の草庵と見立て、落柿舎を思ひよせたり。淋しさはと押へたるは、前の淋しみを一倍する一体の付方也。

◆[卯花笠]

     ┌ 都にはぢぬ志賀の山水    廬元
     │山水に物好付けて四畳半    玄駁 別号「玄[馬支]げんき」

 前は志賀の現景を称する句なるを、次には今の京に、しがの京を移したる居宅の築山と転じたり。

[宇陀]

     ┌ 柱は丸太花はみよし野    李由
     │よしの山桜々とうる桜     許六

 前の吉野は、作の取合せなるを、次にて真の吉野としたり。

[文星]

     │野の色の野の錦のと罷り出   八川
     └ 野にねるときは名さへ野盤子 琶舟

[山琴]

     │名月に昼の錦や野も山も    濫吹
     └ 野に千秋の山に万歳     蓮二

 昼の錦といふを、よき衣裳と見たてゝ、謡のことばもてたゝみたり。

[三千]

     │山雀の昼くゞるなりみわの山  兎士
     └ 山の錦も夜はあやなし    蓮二

 昼夜の対をもて、山の字をかさねたり。


一字一点

□ 一字一点。       ↑ トップへ

[東西夜話]

     │常々は出家の事をうらやみて
     └ 菓子盆ばかりのこる寝所
 此等の付句にて、俳諧の迷ひ所をしるべし。
 「常々は」といふときは、出家になりて後也。「常々に」といはば、出家にならぬ今なり。「に」と「は」との境にて、過去・現在の二つあり。
 さて、其の人の出家の望みある事を知りたるは、親にあらず子にあらず。又、妻にもあるまじ。「常々は」と云ふは、友達のしりたると見るべし。「菓子盆」とは、前夜まで、友の寄りて遊びし部屋なり。これを「三弦ばかり残る」とせば、その様「菓子盆」より似合しけれども、前句に出家の望みをしりたる相人(あいて)を拵へんとて、「菓子盆」とは置きたる也。
 すべて付句は、一字一言も、前句にいらぬ事はいふまじ。然るに、世の人の付句はそのあたりとのみ心得て、わが作意に任せて句を作れば、一巻は皆、離れ離れ也。此の辺は焦門の筋骨也。

▲ 翁門人の遺教多かれども、付句は凡そ「二句の懸合せ」と「一句の手柄」のみを説きて、「付肌の微中」解きし人稀なる中に、百世の後の惑ひあらん事を慮りて、「微中の論」に、生涯膓を破りしは、獅子庵のみ也。
 偖、この付は、出家せし後へ友の訪て、常の望みを咄す体也。若し前句「常々に」とあらば、又いかなる付かあらん。

[為弁]

     │行灯の火口を風にふり向けて
     └ 馬に戻せときる物をかす
 馬は門口に乗懸を拵へ、旅だつ人は、野袴に、見渡す家根の霜も寒ければ、「此の着物は馬にもどせ」と、衿折りて、後ろに立懸りたるは、伯母とも姉とも見ゆる也。
     │行灯の火口を脇へふりむけて
     └ 童に声をかくる小便     蓮二

 脇へとする時は、家居の様、忽ち変り、あばれたる台所に、夜更けて淋しき姿にて、せどの細目に風をいとひて、爺親(おやじ)の、只独りたばこ吸ひゐる様ならん。

▲ こは、先句の「風に」を、「脇へ」と取違へて、句評を乞ひし時の判詞也。
 本書は、書続きなるを、爰には、分けて出したり。

[為弁]

     │奉公に出る子は親の気も知らず
     └ 市の便宜の七日七度     蓮二
 出る子は、年も十八九にて、鍬鎌の業も身に入らず、在所より二三里隔たるる七日市場の町奉公ならむ。その給金は、天窓(あたま)の伊達にもたらず。その市の便宜びんぎに(ママ)、親をせがむ様を見よ。
     │奉公にやる子は親の気もしらず
     └ 旦那廻りのお師にことづて  蓮二
 「やる子」は、年も十二三にて、国より四五十里もへだちたらん。社家方の年季奉公にや。鰹のあらの煎物よりは、在所の麦飯を恋しがりて、母に言伝のあどなき様あり。
     │風呂敷を片寄せておく窓の下
     └ 旅寝は寒き老僧の咳     蓮二
 かく付けし後にて、「片」の字指合あれば、「拵へて」に直さむといふ。然らば、付句の心、大いに違ふべしとて、
     │風呂敷を拵へておく窓の下
     └ 異見をすれば小便にたつ   蓮二
 前の「片寄せて」は、二三日も旅にある人にて、用心ふかき老也。後の拵へては、明日旅だつ今宵に、手廻しよき若人也。さるを、親心のくどくどしく、「矢橋はのるな」、「巾着切にあふな」と、「遊所遣ひ必ず」と、たらたらの異見し掛りたるに、子は親よりも賢しと、聞きなぐりて、小便にたつふりして、友のかたへ、暇乞ひにゆきしと見て、二句のさかひ明らか也。(約文)

[続五論]

     │お寺から目下に城も見ゆる也
     └ 笠敷きながらたばこ吸ひゐる
 かく付けては、宮も寺も山類水辺も同じ事也。仮令、豆麩・こんにやくと、思ひよすとも、「寺からは」といふ五もじに成りて、おの字の風情は付け落し侍らん。
     └ 夜着の馳走にあひし久六
 かくいふ時は、寺の富貴を、久六が誉めたるおの字の意、明らか也。

▲ こは、和尚の親里の使にて、寺は城北の祈願所也。
 都て、付句の論。「東西夜話」、「為弁」、「続五論」に多し。

[あら]
遠浅や

名オ9  │入込て足軽町の薮深し     亀洞
  10  └ 思ひ逢うたりどれも高田派  釣雪

 前句、観想の体也。委しくは[七部婆心録]に註す。

[しし]

     │くゞれとて足軽町の正木垣   沂青
     └ 雨のふる日に庭訓をよむ   丈志

 前句、垣の穴に覗きたる体ある故に、其内の聞物を付たり。其の庭訓よむ子、日和には、垣潜りて遊ぶらむ。

[笠]

     ┌ 足軽町は杉の生け垣     蓮二
     │上手とは拍子でしるし機の音  楚琢

 前句、こもりたる垣の様、還通(みちどおり)の人、見渡したる体と見て、「は」の字の余情を取り、所帯持よき様を付けたり。

[長良]

     │紙燭して二階へ上る不用心   梨雪
     └ 問屋の埃はくは貧乏     琴風

 前句、物に気を付る様と見て、制する用を付たり。

[しし]

初ウ3  │二階へは紙燭灯して上らせず  梨兄 ※あがらせず
  4  └ 悋気の中に立て奉公     若推

 前句、上らせぬを、恨むる様と見て、かく付けたり。

[梅十]

     ┌ 供は三里を戻る冷食     里紅
     │仕送りの埓も大方明けかゝり  梅光

 冷食とは、諸生の仮宅に、不自由なる様と見たり。

[長良]

     ┌ 駕に三里の飯強ひるなり   有琴
     │傾城の身には奇特な二歩の布施 里紅

 強ひると云ふ饗応の様より、駕乗の人を考へて、遊女が親里の寺へ、揚法事に来たる様を付たり。

[拾]
[拾遺]
夕顔や

初ウ4  ┌ 旅の馳走に尿瓶さし出す   野明 ※集、初号鳳仭
  5  │物一つ言うても念仏となへられ 翁

[さる]
灰汁桶の

名オ4  ┌ 旅の馳走に有明しおく    翁
  5  │冷じき女のちゑのはかなくて  去来 ※集「知恵も」

[さる廻]
初茸や

初ウ5  │四つ折のふとんに君が丸く寝て 翁
  6  └ 物かく中につらき足音    岱水 ※集「内に」

[炭]
空豆の

初ウ12  ┌ ふとん丸げて物思ひゐる   翁
名オ1  │不届な隣と中のわるうなり   岱水


古句

□ 古句、再び用ひても、付肌の変勝る時は、苦しからず。       ↑ トップへ

[蓮池]
五十韻
蓮池の
貞享五年夏六月

名ウ9  │土産にと拾ふ汐干の空せ貝    落梧
  10  │ 風ひき給ふ声の美し      越人
  11  │何国から別るゝ人の衣かけて   翁  ※いずくから

[あら]
雁がねも
貞享五年秋九月

初ウ7  │きぬぎぬや余かぼそくあてやかに 翁
  8  │ 風引給ふ声の美し       越人
  9  │手も付かず昼の御膳もすべりきぬ 翁

[渡鳥]
鴬の
元禄十一年春

初ウ6  ┌ 昔は昔さんちやよし原     素行 ※散茶は階級の一つ。
  7  │水ふろに二人づゝ入る組合せ   去来
  8  └ くわらりと明くる車戸の音   風叩 ※集「あくる(開くる)」

[梅さが]
金襴も
元禄十一年秋

名オ6  ┌ 長吉殿はいかい成人      去来
  7  │二人づゝ水風呂にいる組合せ   素行
  8  └ 鐘が鳴ても暮るゝ間はある   雲鈴

 二例、皆後の方、付勝也。仮令、翁の吟を其儘に用ふるとも、付勝る時は、手柄なれば、勉めよや、人々。

      軽業はならぬ大工のぬか俵   支考
 此句を七度付たりといふ自讃あり。其付は見ずといへども、変化したる事は、自讃にて明らか也。

[桃花]

      笹のうらふく風の涼しさ    木因

 こは、百韻ウ四め、執筆の句。第一巻より第十巻迄、皆此句を用ひて、前後を変化したり。
 然るに、近時「筧の水のちよろりちよろりと」といふ逃句作り置きて、毎々、山林、居所、寺社等の前句を待つて、いつもしたりがほする人もあるよし、恥入るべき事ならむ。


なぞらへ

□ 准(なぞらえ)付。(七部省)       ↑ トップへ

 准付とは、人情の句へ山・川、生・植、降・聳等の景物をもて、其人情を准へて付くる事也。この句の次は、其准へ物を実景の山川生植降聳と見たてゝ、夫に対する景物か場かを付くる事、定法也。
 若し、准への意を再考するときは、その情は喜怒とかはり、その用は静動とかはりても、中の准へ物姿を失うて理屈に落ちる也。一句の中、五七字の准へ物あるも、同様也。只、前へ運びたる情には拘はらず、その准へ物の現景になる様にと考へる時は、独り変化すと心得よ。
 「一の巻の脇の弁」に、「いかなる准へ言の挨拶も、只その景物を常の発句と見て脇せよと云ふも、「三の巻恋を続くる法」の「舟の付、材木の付、及び以下の弁」もこれに同じ。
 さるに、百年以来の人々、その意を運ぶ時は、越と同情になり、其意を捨つる時は、離れ離れになるゆゑに、爰に窮するもの多し。七部婆心録にも委しく辨じたれば、互見して、点頭せよ。

[蓬]
海くれて

名オ1  │蝦夷の智声なき蝶と身を侘びて  翁
  2  │ なまこほすにも袖は濡れけり  東藤
  3  │木の間より西に御堂の壁白く   工山

 前は、恋に泥み(なずみ)たる情をよせて、「なまこ」とは、えぞの用也。次には、そのなまこを、只漁人の様と見、世渡りに繋がれたる身の、そこの御堂の七昼夜へも得参らぬ様に転じたれど、前句に涙の様ある故に、只場のみを付けたり。

[鵆]
星崎の

名オ11  │初月に外里の嫁の新通り    知足
  12  │ 薄はまねく棘袖ひく     翁  ※集「荊」。海印録「[木+朿]」
名ウ1  │朝霧につゝきは鴻の嘴ならず  重辰

 前は、恋情もて招く袖ひくと、行通ふ道の様を付たるを、次には其情を捨てゝ、薄棘のそよぐ場の景を付けたり。

[己]
種芋や

初ウ7  │萱草の色もかはらぬ恋をして  半残
  8  │ 秋たつ蝉の鳴死ににけり   翁
  9  │月くれて石屋根まくる風の音  良品

 切に死にし、情を捨てゝ、只蝉の鳴きやむべき様を付けたり。

[たそ]
鹿の尾に

初ウ10  ┌ 情の花も出代りにちる    牧童
  11  │中空に霞のかゝる恋をして   従吾
  12  └ 愛宕の嘘の冴えかへりけり  鴟皮

 前は御所勤の中に、やんごとなき人と契りしを、霞に比したり。次には、其霞を、高山にての恋に転じて、准へ物を起したり。「嘘の冴え返る」とは、嘘の実に成りたる事也。

[たそ]
鹿の尾に

名オ4  ┌ 碁の諍ひは山にむら雲    従吾 ※いさかいは
  5  │木庵に問へばあさ日に鳥飛んで 巴兮

 山を黄檗山と見、村雲を旭の鳥と起したり。余情は、木庵の卓犖(たくらく)より、その諍ひを笑ひし様也。
 因みに云ふ、「近世起情の句とて、前句にある花鳥風月の景物を人と見て、後句にその人事を付くる事あり」。
 元より起情にもあらず。昔、更になき付也。前句、人事なる句へ、花鳥風月もて、人情を准へて付くるは、其前句の人情より意を通ずる故に、聞ゆれども、只、花鳥風月の句へ、人事を付くる時は、その場へ無用の付句と成りて、思ひ入りし事は、少しも聞えず。若し、かくても聞ゆるものならば、准付の後に、また准への戒めはなし。
 姿先情後といふ、蕉門第一の法を知るときは、此事を自得すべし。

其弊の句
     ┌ 萩がまねけぼ荻も黙づく
     │姫君にわざと勝たする歌軽板    ※うたかるた
 こは、萩・荻を腰元のうなづきあふ様と見て、其用を付けしとぞ。作者の心はさもあらめど、姿先情後といふ、正風の眼もて見る時は、只萩・荻のそよぐ庭にて、かるた取るやうに聞ゆる也。此句も、前後する時は、准へ聞えなん。
     ┌ とまりはぐれの烏なくなり
     │胴よくな気も冥加日に嗜みて
 こは、烏を夜遊びの男と見て、その妻の悋気せぬ付とぞ。誠に謎々也。前を泊りはぐれの旅人と見て、冥加日の善根に泊める体をいひても、猶聞えず。只、句面をもてとく時は、鳥(とり)うつ人のけふは冥加日とて、打たざる様の付と聞ゆれど、夫も烏(からす)にては聞えかぬる也。
     │野ら猫のくせにどこへものら付て
     └ 悋気しらずの嫁かはゆがる
 これも、夜遊びの夫に、悋気せぬ嫁を、姑の愛する付とぞ。句面もて見るに、左は聞えず。只、その家へ来たるのら猫を、嫁がかはゆがると、もたれて作りたる様に聞えて、付肌慥かならず。すべて、かゝる付かたの根ざしは、談林の虚誕より起り、其の次は、尾(尾張)の露川が、〓いひしを、「露の終り」と云ふ文作りて、説破せしは支考なるに、その孫弟子に、又かゝる虚誕を弄ぶ人の出来しは、いかなる因縁にやと、悲泣せよ、その徒の人々。



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