貞享式海印録巻六 ③ 場の句、軍事他

貞享式海印録 巻六③ 索引
場の句場の句、案じ方
軍事、地戻軍事、地戻軍事面去殺伐の句、仕損じの戒め
死活死活
一句立一句立の論
両体両用両体両用の弁
輪廻輪廻(わまわし)の論
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。

 このページでは、巻六、場の句、軍事地戻、死活、一句立等を見る。


貞享式海印録 巻六 ③

場の句

□ 場の句、案じ方。       

 山川草木等の場の句、出たる時、いつも平々たるあしらひものの、飛鳥・降・聳・旅体など付けんは、拙き限り也。
 かゝる所は、其前句の模様をすり針(磨はり)・不破(ふわ)・くりから(倶利伽羅)・箱根・須磨・明石・しらゝ(白良)・吹上の景にはあらずやと、その場をよくく見たてて、夫に応ずる。その人その用を付くる時は、一字一点の違ひより、千度にても、新しき付句出る也。
 この故に、祖翁は「東海道の一筋もふまざらん人は、風雅にものおぼつかなき時もあらん」と宜へり。すべて、場の付句は、一巻中にいく所も出るものなれば、先づこの意を覚悟せずては、かなふまじき事なり。

[桃]
短歌行
行秋の

脇    ┌ 夕日の橋を横に雁がね   里紅
第三   │初鮭に城下は月の市立ちて  巴周

 前を、瀬田の夕照と見て、雁列を乱す群集の様を考へ、膳所の夕市の賑はひを付けたり。[七部婆心録]に例多かれば、こゝに略す。


軍事、地戻

□ 軍事、地戻。(七部省)       ↑ トップへ

 近世、軍事俤等、一句出づる時は、その次は、はや地戻粉成などというて、前の句振にはかゝはらず、妄りに「酒飯・見台・咄・芝居・夢」などと、埒もなき事付くるを、変化と心得違うたり。その人々の心得には、前句重くいぶせければ、後句はかろく虚なるものを付くるとの慮かりなれども、前句を恐怖せし膓もて、何ぞ後句にかろき事出でん。
 仮令、句面はかろくとも、言ひもて行く時は、みな前句にのまれたる事は、その句を作らぬ先より知れたる事也。
 付句はしかあどなきものかは。その句柄によりては、強き事を三四句続くる事もあり。又、一句にてもやむ事もありて、その座の臨機応変也。軍事とて忌むべき事にはあらず。
 元より俳諧は、世にあらゆる事を挙げ続けて、そが中に世情の道理をあつかふもの也。この一大事を知る時は、一巻悉く軍事にても、恋にても、その本意に背く事なく、喜怒哀楽の内に人を諷諌して、人倫の道を教ふるに、更に不足ある事なし。
 そもそも地戻とは、軍書物語の悌にかぎらず、何にても曲節を尽したる句を、平生体の地の句に見変へる事也。
 たとへば、軍(いくさ)にても治世の腹より見る時は、忌はしく思へども、其軍する身に取りて考ふる時は、常人の行住座臥に異る事なし。このごとく、前句を見たてるを、地戻の案じ方といへり。かくて、趣向に平生の物を求めて、その情を作る事也。
 さて、曲節の興尽くる時は、地に戻し、興尽きざる時は、曲を続けよ。その興尽きざる句を見やぶりて、地に戻すは、前句の作者へ不興の振るまひならむ。この一条は、すべて変化の大旨。句毎句毎の心得也。
 半 (前句の意を破らず、地の趣向を付けたる印)
 チ (前句の意を破りて、地の趣向を付けたる印)

[深川]
青くても

名オ6  ┌ 我があとからも鉦鼓打来る  嵐蘭
  7  │山伏を切つて懸けたる関の前  翁
  8チ曲└ 鎧持たねばならぬ世の中   洒堂

 古往今来、この付味を思ひ煩ひて、「或ひは、深川を七部の中へ入れざるは、山伏の句を、翁生涯悔み給ひし疵ある故」などゝ、浮説をなしたり。七部にあつめしは、後人の物好きなる由は、[婆心録]にいへり。
 さて、山伏の句は、阿宅関(謡曲「安宅」)の文句に、「昨日も山伏を切つてかけて候」と云ふ俤取りなるを、次には、大口叩きの、人を恐れず、咄と見かへて、其咄の座に居合せたる滑稽の詞を付たり。その趣は、咄し友達のあつまりゐるをなぶらんと、戸口あわただしくあけて入り、「只今、関の前にて、山伏をかく殺せり。あゝ、こはき事かな」と、身を震はして語りければ、居合する臆病者の、皆々色を変ずる中に、一人の活人ありて曰く、「我は、これよりその関通りて、何所へ参らんと思ふ、かゝる騒がしき世の中ならば、鎧槍にても、持たずては通られまじきや」と、其咄の相槌を打ちけるに、かの大口叩きも堪へかね、くつくつ笑ひ出しければ、一座はじめて、戯れなる事を知りける様也。
 爰に「虚実の大事」といふは、「刀さゝねばならぬ世の中」とする時は、前句をその儘に、「其関守としのぎを削る」実、地に墜ちて、俳諧体を失はなむ。鎧槍の広大過ぎて、急場の間に合はざるは、城を入るゝ漆室諷諌よりもをかし。是、火をもて火を消すといふ妙術也。
 或人難じて曰く、「若し、鎧の字指合あらば如何」。
 答へて曰く、「馬にのらねばならぬよの中」とせむ。
 再び難じて曰く、「世の中も指合ふならば如何」。
 「三里の灸六韜(りくとう)の伝」と、言下に答へければ、難者始めて自在を会得しぬ。

[夏衣]
初鮭や

初オ6  ┌ 夕日をともす金屏の照    支考
初ウ1  │降人となる魂の九寸五分    南木
  2 半│ とある木陰に一樽の友    支考
  3チ曲│かく計り鬼も経がたく月澄て  南木

 この降人(こうにん、降参者)は、敵将の前に平伏して、油断を窺ふ強勇也。
 この句、「降人となる魂」といひたる迄にて、憤怒の情残りたり。爰に、空しきやり句せば、その降人は犬死ならむを、この作者の力にて、刺客を送る朋友の情と見かへ、「一樽」に別れを惜ませたるは、有力のわざ也。次には、その酒を月見と見立て、雲なき清光の空を、「鬼もへがたく」と作りたるは、又、一屑有力の曲節也。

[蓬]
つくづくと

名オ4  ┌ 風に身をおくけふの打死   桐葉
  5 半│筆とりて朴の広葉を引撓め   叩端

 是、書置の見立にて、趣向は常の物柄也。

[桃盗]
五十韻
冬されば

名ウ1  │宮方の軍も尾花ちりぢりに   只草
  2 半└ 今宵八月十五夜の月     山紫

 時世に在さば、詩歌管弦の中に、今宵の月を詠め給はん物をと、盛衰の観なれど、句面かろく言取りて、却つて哀れ深し。いつも負け軍には飯椀ころぶ、立具仆ると、おのが狼狽心より、名将の心をはかるは、恥づべき事なり。

[越]

     ┌ 萬端置いて小便にたつ    過角
     │心得ぬ長田がけふの亭主振   支考
    半└ 大工が二人台所に居る    左明

 「心得ぬ亭主ぶり」と云ふを咎めて、板返しの謀(はかりごと)顕れし様と見て、「大工」と付けたり。句面は、只、平生也。

[そこ]

     ┌ 水濺々と松の出離      林紅
     │武者一騎見返る城の暇乞ひ   路徤
    チ└ 耳に覚ゆる浄土寺のかね   支考

 是打死と覚悟したるその場に、無常観想の付也。

[八夕]
百韻
夕暮を

名オ7  │信玄を始め何れも我を折りて  寸昭
  8 チ└ 遠路の所尾張大根      乃露

 前の軍意を、常のあきるゝ事に見かへ、小田(織田)家の進物と趣向を定め、信玄に尾張大根を寄せたり。若し、これが、ねりま・守口ならば、我を折るまじ。

[草刈]

     │轡むしばかりに成て月高く   北枝
     │ 鳥居を乗て出づる母衣武者  万子
    チ│誰が家の子ぞ少年の花の時   支考

 母衣武者を美男と見立てたり。前にいふごとく、軍する人の心にて、前句を見るときは、只常の用出るもの也。すべて付句は、己れを捨てゝ見ざる時は、惑ひ多し。

△ 軍事面去。       ↑ トップへ

 「句面軽き含みの軍事」、「敵討」、「賊」等にかはりては、五去・三去なるもあれど、取合せて百韻四ばかりに過ぎず。忌々しき句ならば二つも無用也。

[焦]

     │教経と波に聞ゆる叱り声    其角
     │ 二
    ゾ└ 捕手が破る鴻門の楯     其角

[さる]
梅若菜

初ウ5  │卯の刻の箕の手に並ぶ小西方  珍碩
     │ 五
初ウ11 フ│槍の柄に立すがりたる花の暮  去来

[一橋]

     │已にたつ討人の使ひいかめしく 曽良
     │ 三
    カ│影形しれぬ敵を世に歎き    曽良
     ├─五
     │いきいきと軍に気ある朝薄   嵐雪

[鶴]
百韻
日の春を

初ウ4  ┌ 敵寄せ来るむら松の声    千里
     ├──三十
二ウ7  │理不尽に物くふ武士等六七騎  芳重
     │ 六
二ウ14 ゾ└ 酒もりいさむ金山が洞    朱絃 ※盗賊金山八朗衛門

[鵆]
京までは

名オ2  ┌ 父の軍を起ふしの夢     翁
     ├─十一
名ウ2  └ 陣の仮屋に碁をつくる程   安信

[次韻]

     ┌ 武士の刄祭をあれにける   楊水
     │ 十
     └ 血摺の寝巻夜やしのぶらむ  其角

[俳]
[武蔵]
錦どる

二オ3  │秦の代は隣の町と戦ひし    其角
     │ 六
二オ10  │ 強盗春の雨をひそめく    昨雲
  11  │嵐更け破魔矢つまよる音凄く  千春
  12  └ 鎧の櫃に餅荷ひける     麋塒

[一]
百韻
須磨ぞ秋

初ウ2  ┌ 火付の野守捕へられけり   翁
     │ 八
初ウ11 ゾ│吉の山みだれて武士の世也けり 似春

△ 殺伐の句、仕損じの戒め。       ↑ トップへ

[小弓]

     │日本ばし雪よりけ出す玉の映  東鷲
     │ 財布ぐるめに米屋真二つ   不角
     │恋衣密事寝言に綻びぬ     不角
     ├─
     │根に深き流石といへるてには種 東鷲
     │ 介錯後れたりとにらまれ   不角
     │瘧日を忘れてひよつと震ひ出で 不角

 財布、介錯等の付は、百韻にても、一句に過ぎず。さるを、一人にて二句付けたるうへに、その後句も同作者にて、誠にあさましき死句を付けたり。不角は、翁面授の人なるに、いかなる惑心あるぞ。又、東鷲は、集の撰者なれば、かゝる付は再び受けまじきを。蕉門の大害なる一大事も慮らず、各甚だしき事ども也。
 此句、若し返句成り難き主ならば、一度は受けて、後句に活を施す法あり。
 その活とは、「財布の句」は、田舎より雑穀の出買して、荷ひ帰るを見て、凶年の米止役人、強ひて米かと疑ひたるに、此米屋腹立てゝ、財布の縫目、真二つに引明け見する体と見たて、「咎めたる目付の鼻をはじき豆」などと付けて、をかしみに腹をよらせ、「介錯の句」は、命を塵芥よりも軽んずる勇士と見たて、「鉄石に義を堅めたる胸の内」などと付けて、敵にもなみだをこぼさせむ。
 かゝる所には、付け方幾筋もあるもの也。


死活

□ 死活。       ↑ トップへ

 すべて、前句の語を逐うて付くるを、前句の噂とも、呑まるとも、死句とも、理屈とも戒めたり。是皆人、理の私もて、考ふる句也。爰に其活の例を挙げて、死の戒めは、文中にいへり。

[為弁]

[茶]
     ┌ 顔のしかみて黒き小伜    白雪
     │さく花に獅子のさゝらを摺鳴し 扇車

 此所に人々按じ入りたる。我其句評に、「いつぞや守山を過ぎし時、かゝる童の疱頬が、大神楽のさゝらを摺りたり」といへば、翁は例の笑ひながら、「夫をなぞいはざるや」と、其詞をその儘に、かくは作り給ひぬ。
 我其時に、この付を疑ひて、「俳諧は、かく前句の人を捕へて、その事を直にいふものにや」と、其夜は惑ひて寝られず。阿羅野・猿蓑より、あらゆる翁の付合を見るに、十が五つは其様也。
 勤ての日(翌朝)、其事を申すに、翁のいへる、「我と俳諧に遊べる事、二とせか三とせならむ。明暮の付合を聞きながら、夫等の集を見るに及ばねど、夫を随類得解と言ひて、機縁の時ならでは、決してしれがたし」。(約文)

▲ かく己が惑ひを述べて、付意の得難き事を深重に書けるは、皆後者のため也。付くとつかざるとの境、翁の在世すらかくのごとし。学者実に肺肝を砕けよ。
 按ずるに、此句を人々の付惑ひけるは、其小伜の魂を嫌ふ心の理屈を捨てざる故に、何句付けてもつかざりけむ。  支考は、只無念無想にて、其句に似たる咄しせしを、翁は、その醜き男を出過者と見立て、其出過ぎの用をさゝら摺りと趣向し、顔の獅噛(しかみ)に獅子と句作せしをかしみの余情迄、百練の工夫調ひたる咄なれば、花の字を入れて、其儘に作られたり。
 凡そ、付句は、現事より思ひよする時は、変化自在に備ふるもの也。按じ方の法といへども、皆現にあるべき事に見たつる事也。醜きを嫌ふは前句を耳に聞いて、己が理より理を工む死句也。いかほど醜くとも、目もて其人の行ひを見る時は、称する事もあらむ。是を付合の活と云へり。  さるを白雪、桃隣、雪丸、淡水をはじめ、後に聞えし許六まで、此付は翁も仕方なさに座咄を付けられたれど、皆徒言と思ひゐる故に、此付味の聞えずば、随類得解の時を待つと、広太(こうたい)に云はれしは、ほんの逃口などと、生涯しか思ふて過ぎけるは残念也。  支考、是を悟りしも、二年ぶりと見ゆ。  さて、為弁に「角前髪の憎い疱頬」と前句を書き損じたり。

[拾]

     ┌ 小姓泣きゆく葬礼の中    嵐雪
     │丁寧も事によるべき杖袋    翁

 爰に泣く人の様を付けなば、死句とならんを、只引延びたる行列と見て、袋杖を叱りしは、貧乏侍の親類ならむ。

[寒菊]

     │押詰まる師走の口を喰ひかねて 翁
     └ 尾に尾を付けて咄す主筋   野坡

 爰に貧の様を考ふるは、前の噂也。さるを主を笠に着、高楊枝遣ふ男と見たてし所、活也。

[蓮池]

     │朝霞生捕られたる物思ひ    惟然
     └ 衣着かへねばわるき春雨   越人

 爰に不運の意を考ふるは死也。物思と云ふを其戦ひに、肌着の汗朽ちて、うるさきをいとふ事に取りなしたる所、活也。

[ひな]

     ┌ 木賃泊りは不馳走にする   如誰
     │入る影も細き高野の朝の月   曽良

 爰に不足のこころ、うき旅の情を付けるは死也。
 木賃の不馳走は世並と見捨て、其泊りたる場を考へて、風景の活を付たり。按じ方は深く探り、趣向は弘く求むる物也。

[だて]

     │何故に人の従者と身を下げて  嵐雪
     └ 膳に居われば鯛の演焼    嗒山

 爰に述懐の案は死也。この従者、何事の用かと考へて、婚礼の供と見立、其振廻ひを趣向し、美を尽したる膳に昔を忍びて、落涙の様を見せたるは、いと哀れ也。

[深川]

     ┌ 今は敗れし今川の家     嵐蘭
     │移りゆく後撰の風を詠興し   許六

 爰に浪人盛衰の情を思はば、何を付けても前の噂也。
 敗家の子孫、如何なる志ありやと考へ、古了俊入道にも勝たる和歌の達者を得たるは、作者の信力也。

[ぶり]

     │掘りて来る薬も頼み少なうて  凉菟
     └ 哲といはるゝ弟子は十人   蒲右

 爰に無常を考ふるは死也。
 薬を掘りてまで介抱するは何人と考へて、名高き聖と見立て、掘りて来るとは多人数の様あれば、看病に集まりたる門人を趣向して、只平生に作りたり。
 あゝ、翁の十哲死して蘇せず、今此活を誰か得む。


一句立

□ 一句立の論。(七部省)       ↑ トップへ

 こゝに挙ぐるは、竿頭進歩の付なれば、大方の人皆、或ひは一句立たず、あるひはすがりたりと思ひ惑ふ句也。此例多く草の巻の曲節にあり。凡そ前句に、そのさす物なき所にて、後句に趣向の物柄を含みて付けたり。もし後句に含みたる物柄を、前句に含みゐるときは、一句たたぬ句となれば、よく慮かるべき付句也。

[笈]

     ┌ 住持に化けた狸煮てくふ   許六
     │雇人の半分聞て早合点     李由

 前句、常の鍋煮する傍らにて、夜前何所にて取りし狸を「煮て喰うたらよからむ」と咄す体と見立て、その咄半へのぞきて、聞違ひせし人を付けたり。この雇、狸好きなる故に、其鍋を見違へて羨みゐる所へ、「ちよつと来よ用あり」と云ひし詞を、「狸くはぬか」と申されし事と聞取り、「夫は御馳走」と罷り出でたるは、一笑すべき間違ひ也。
 此句もし、「雇人の早合点して畏まり」と作るときは、もたるる也。雇人の半分聞いてしるは、大工、左官、料理人にても、己が馴業の常と云ふことにて、一句たつ上に、爰に半分と云ふは、前句に添へたる「たらよからむ」と云ふ詞の姿を立つる釘語(ていご)也。

[桜山]

     │慮外する奴も諸とも夢に見て  丹岫
     └ 一首の歌にかくぞよみぬる  支考

 前句もし「慮外する奴をむしけらなどゝ見て」とあらば、「かくぞ」と云ふ詞もたれむ。前句に「かくぞ」と云ふ詞の懸りなき故に、後句の内の含み物となりてもたれず。
 かくのごとく含みて作るは、余情を深むるためなり。この付は、天竜の渡にて、西行の僕の叩かれし俤を模写したり。

[三匹]

     ┌ 昼寝もさめず莨盆見る    水甫
     │我一人忘れてゐれば皆わすれ  杜草

 前句、昼ね前に、寝ておきたら何せんと各々約したるを、起きはおきたれども、きよろきよろとしてゐる様と見立てて、かく付けたり。此忘れ物、前句の中になき故にすがらず。

[三日]

     ┌ 天窓に付きてかはる分別   井炊
     │内義のが道理といひて世間から 路通

 前句、こゝろ定まらぬ夫へ、女房の異見せし体と見たてて、世評を付たり。道理の物柄、前になし。

[たそ]

     ┌ 山も笠着て春日野の秋    巴兮
     │茸狩に是がなうてはならぬ也  鴟皮

 前句、三笠山の名に対して、その山遊びには、かならず笠きると云ふ詞と見立て、その遊びを茸狩と趣向したり。
 「茸狩りに笠がなうては」と作るべきを、茸の字に笠をふくませて、是と作りたるは、その茸狩にゆく人を、暑からぬ朝陰に、なぜ笠着たと咎めし答へに、着たる笠を撫でて、松茸の姿になり、是はなうてはと言ひながら笑はする様を見せんためなり。笠と云ふ時は、只文上の付と成る。是と云ふ時はかゝる滑稽となる。上手と名人との境、かくのごとし。但し余の狩ならば、是の字、一句立たず。

[たそ]

     │一口にいへばこそあれ八百目  従吾
     └ どちらへしても是は残念   鴟皮

 前句を後悔の詞と見て、残念と付けたり。残念と云ふ詞、八百目へかゝる様なれども然らず。もし、前を、八百目の富取と見る時は、「どちらへしてもこれは喜び」と付けなむ。そは、其人は十貫目の乙取る当たりなれど、八百目の節でも喜ぶといふ心になる也。
 この残念も、事によりては十貫目の損もすべきを、八百目にて済みければ損は軽けれど、一口にいへば八百目なれど、八百目といふも少ならずと云ふ事に聞ゆる也。元より「どちらへしても」と云ふ詞、二道へかゝる用なれば、前へもたれずして一句たつ也。

[本朝]

     │雛の日の便りに児の状書きて  童平
     └ 雇人なれば知らぬはず也   涼三

 前句、先方より来たる使の便りに、わき方へ贈る状頼む様と見立て、その使雇人にて、其行先を知らぬ故に、「知らずは内まで持帰れ、内方には知りたれば」と、持ち帰らする様の付なれば、しらぬはづと云ふこと前へかゝらず。

[歌]

     │十夜とは先づ釈教に恋無常   風草
     └ 只一句にて伯父も閉口    蓮二

 前句、講釈ぶる様、伯父の異見を打返す詞と見立ててかく付けたり。只一句と云ふは、丸で前のことなれども、付肌変化ある故にもたれず。元より一句詰と云ふ事は、前句なくても聞ゆる詞なれば也。
 此類の付、婆心録に長四角係付と号けて辨じたり。
 又、空撓(そらため)付の中に、この八例に同じき作あり。凡そ、前句の意を反して、趣向を取りたるは、情の詞にて作りても、その中に姿たしか也。いかほど姿の句付けても、前句の情をその儘に移したる句は、付句の法に叶はず。まして、情の詞を述べたるをや。但し、これ等の作を能くせし人は、昔といへども其角・木因・支考・凉菟の四子に過ぎず。

         ○ 此、囚みに先哲の論を評す。

[そこ]
百韻
其許は

二ウ6  ┌ 掃除きれいに寺の墓所     濫吹 ※はかどこ
  7  │雉が出てなけばあれをと思ひぬる 支考
  8  └ これの山葵を見るに付けても  浪化

[やわ]
掃除・雉の
二句を挙

[そこの花]
     ┌ 掃除きれいに寺の墓所     濫吹
此付よし │雉が出てなけばあれをと思ひぬる 支考


 是、東花坊一生の誤り也と、凉菟は所々にて評せし由、まことに損じたるに近し。凉菟のいへるは、寺の墓所にて雉を害せんといふ、不律の難にや。在家の人は思ふに及ばず、殺しもすべかれど、「あれを」とのみ思ひて、殺さざるは、掃除人の身にてでも、出家の殊勝也。
 俳諧師は、人の胸中に駒を乗入れて、僧俗貴賤を蹴たてたらむ。吾門の活斗也。(約文)

[東西夜話]
雉・山葵の
二句を挙

[そこの花]
     │雉が出てなけばあれをと思ひぬる 支考
此付あし └ これの山葵を見るに付けても  浪化


 こは前句の埒を明かさずして、付合にて断ると云ふ付け方なり。さるは一巻の曲なれば、強いては、好むまじき手筋也。

▲ 山葵の付は、全く前句の噂也。「強ひて好むまじ」と、自ら断るごとく、決してすまじき付也。雉の陳言は誠に然り。
 蓋し、凉菟、何れを評せしや。若しも、山葵の評ならば、一生の仕損じと、鼻はじきしも、いとよし。

[深川]

     ┌ 高観音に辛崎を見る   洒堂
     │今はやる単羽織を着連立ち 嵐蘭
     └ 奉行の槍に誰も隠るる  翁

[湖東問答]

[深川]
       奉行の槍に誰も隠るる  翁


 許六曰く。
 巻出来終りて師曰く、「此『誰』の字は全く前句の事也。これ仕損じ也」といへり。

▲ 此語、若し翁の詞ならば、許子を試み給ふ釣語(ちょうご=索語)なり。
 座俳諧と異り、こは撰集なれば、一言の仕損じにても、若しあらば、直さるる事勿論なり。
 まことに、許子は翁の詞を重んずる人にて、「秘書要訣」のごとき、あるひは「貞享式の茶の出花」のごとき、自己に分別すべき所にても、翁の詞なる故に、その儘に述べらるる程の信者なれば、事により、頑ななる論もあり。

[為弁]

 五老主人の口評に、「誰」の一字は、上手をもて、世間すべての遁辞ならむ。翁も一生のこまりにやといへり。我、こゝに、さゝらの疑ひ(前出「死活」の段)を語りて、噂と用との差別をいはむと思ふに、主人は、例の俳諧に迷はず、即啄(そったく)の縁叶ふまじきを知りて、終にその事いはずなりぬ。単羽織に町奉行は、趣向にして、隠るゝは句作なり。誰といふを、噂の逃げとは、思ふ事なかれ。(約文)

▲ 獅子のさゝらの付は、人皆まどひたるを、支考やうやく発明せし故に、許六はいかにやと、占問ひ見るに、猶前句の噂と言ひしその折から、深川の評ありしを、許六は迷はぬゆゑに悟らずといへり。
 さて、此付は、前を大勢の千日詣と見て、単羽織と付け、次は、今略式流行の看板羽織を着連れ立ちたるに、軽き行列と見て、その人を町奉行と趣向したり。常人ならば「お町奉行の槍挟箱」と、直に単羽織の姿を作るを、翁は一段すり上がりて、「誰も隠るる」と勢ひを添へられたり。さるを、許子は、羽おり着た若者が、奉行に隠るるといふ付と思ひし故に、前へすがるを「誰」の字にて一句を断りたるは、拙と思ひけむ。しか解しては、扉に成りて、案じ方に背くなり。
 此句、もし槍挟み箱とあらば、誰も聞けども、一段活かしたる故に、もし聞き惑ふ人もやあらむと、翁わざと仕損じとのたまひしを、仕損じならば直し給へと面前にて詞も返さず。深川の徒、みなみな釣針呑みて退きしを、翁は、ほいなくおぼされけむ。獅子、よく翁にかはつて歯がみ(はがみ=獅噛み(しがみ))をなしたり。


両体両用

□ 両体両用の弁。       ↑ トップへ

 此条は、両用に似て似ざる古例の弁也。凡そ、前句にその用・その情を表に立てたる句あるときは、後句に見かへし、趣向を体に作りて付けるなり。前句の見かへ、軽き所にて、その用か情をそのまゝに作る時は、扉となるなり。婆心録長四角結付の弁に互見せよ。

[続有]

     ┌ 雁より鳧の早う来てゐる  野明 ※鳧=鴨
     │抱込んで松山広き有明に   支考
     └ あふ人毎の魚くさき也   翁

 雁より鴨のはやう来るは、暖かなる所と見て、山懐の体を付け、次にはその松山を、往来辺りと見立て、「有明に」といふ詞の引取りに、朝出の用を趣向し、浦近き所に転じたり。

[雪丸]

     ┌ 月をゆりなす浪の浮海松  令道
     │黒鳧のとび行く庵の窓明けて 不玉
     └ 梺は雨にならむ雲きれ   定連

 浮きみるに、窓と付けたるは、只その場の体なり。さるを鴨の羽音に、窓開け見るは、日和狂ふを気遣ふ様と見て、その場を転じて、かく付けたり。窓よりどちらも見るやうなれども、意の違ひあり。

[雪丸]

     ┌ 絶え絶えならす万日の鉦  曽良
     │故郷の友かと後をふり返り  川水
     └ 詞論ずる舟の乗合ひ    一栄

 前の鉦たゝきは、他国にて庵住の僧と見立て、その辺りをそれともしらず通りすぎる故郷の友を、僧の呼び返す声にふり返りたる付けなり。
 次は、ふり返りたる人を、旅に久しくすむ人の、故郷の人に、旅にて逢ひたるさまと見立て、乗合の国訛り喧嘩を付たり。ふり返るさまは似ても、意趣変りたり。但し、詞論の句は逆付也。

[深川]

     ┌ 皆はらはらとひらく傘   杉風
     │あの男やらじと道を立塞ぎ  洒堂
     └ 駿河の田植ゆりわ頂く   曽良

 傘ひらくを、人を止むるさまと見て、立ふさぐと付け、次にはあの男といふを、見知らぬ旅人と見て、塞ぐの用を、田うゑのざれ事としたり。
 前の「立塞ぐ」といふ詞、後句へ┌─┐かゝるゆゑに、只その国風俗の姿を──結びたり。もし、「早女達のなせる悪性」「田植時にはならぬ往来」などと、その情・その用をつくらば扉とならむ。

[三顔]

     ┌ 浜の小供の水に日黒み    曲紫
     │習はねど仮御所の笛聞馴れて  廬元
     └ 雨に淋しい簾捲かする    岷青

 前は、浜の子供の笛ならはねど、自ら仮御所の笛を聞馴れたりと云ふ付なるを、次には仮御所に侍りし人の、習はねど君の笛を聞きなれて、吹き覚えたりと云ふこゝろに見立て、時過ぎ、所をへだてて、仮御所の昔を思ひ出し、雨の簾まきあげて、記念の笛をしらぶるさま也。笛を中にして、左右より聞くやうに見ゆれど、しからず。この類も、婆心録に多く弁じたれば、こゝに略す。


輪廻

□ 輪廻(わまわし)の論。       ↑ トップへ

[古今抄]

 俳諧は、その座にその句の姿情を分けて、前句の言外を付くるゆゑに、一字一点のてにはより、言々句々に変り行けば、多くは付合の輪廻なし。

「東西夜話」

 世の人の打越を苦しむは、付け方の変化を知らざるゆゑなり。昔の俳諧はさもあらむ。今の俳諧は、打越曽てくるしからず。付け方幾筋も前で、一句一句の変化あり。越しといふ人は、人の付けたる後を、又付けんとするゆゑ也。(約文)

▲ 近世一癖論あり。或は越に「窓・眺・彳・休」等の句ある時、景気の付は、越より見るとて許さず。かゝる所へは、響き物を付けて、見聞の変といへり。或ひは、場二句並べたる次へ、歩行体を付くるときは、越をありくなどと恐れたり。そは前句を見かへずして、その尾よりその尾に取り付いて付ける故に、越より見るとも聞くともゆくとも難あらん。
 蕉門の付けかたは、人の付けたる後を付けず、句毎句毎に、前作者の情を転じゆけば、仮令同体の趣向を百並ぶとも、句々の心雲泥の違ひありて、越すべき理は露もなし。
 抑も輪廻とは、意の運びにて、物柄ならず。たとへば、山海の魚鳥を割きて、五彩を分つとも、風味等しきときは一椀にあき、終日豆麩一色をもてなすとも、百珍の塩梅異なるときは、清風明月時々にあらたなり。そを一色にて変なしとおもふ人は、黄金の浄土、るりの極楽の章を、見わけむ事思ひもよらず。

[三匹]

     │しわしわと棒はへの字に油売  支考
     │ 戻りによろというて嘘つき  反朱
     │こちからはよう見えてゐる簾越 汀芦

 今の人は、簾越より油売が見ゆと恐れなん。この油売は、昨日も呼びしに、頼み物邪魔がりてよらざりしを、けふも呼ぶに復戻りによろと言うて、嘘つくらんといふ付なるを、次には帰る人を見懸けてかくいふ詞と見立、祭り客を付けたり。その初め門口にて出合ひ、先づ此方へと引き止めしを、伯父の所へ投足してはあしければ、「ちよつと参りて来ん、必ず」と約しながら、先方にて酔ひたれば、よられもせず。見付けられまじと、向ふ側を顔振りて帰るを、簾の内より見て、戻りによろと言うたが、もう酔うたやら千島足。背中向けて通つても紋が知れてある。ええ儘にして止むるなと笑ふ様也。簾の一字にて酔のさま、祭りの様明らか也。油売は戻りに通らぬ様、是はもどり通る様とかはり、情も雲泥のちがひあり。

[浪化]

     │一つ家の四方見はらす窓明り   海人
     │ 畑の人を呼ばる食時      胡桃 ※めしどき
     │はらはらの雨もさらりとよい天気 路青

 一つ家の明放ちたるは農事時と見て、畑人を呼ぶと付けたるは、その体を他より見る様也。さるを、次には、畑に行きてよぶ人の自句と見かへ、その日の天気を畑人と咄す様を付けたり。いかにせんさくしても、窓より雨を見る気遣ひなし。

[笈]

     ┌ つゝじに木瓜にてり渡る影   左次
     │春の野のやたらに広き向ふ河岸  巴丈
     └ 三俵つけて馬の鈴おと     露川

 照り渡るといふを、広野と見立て、向ふ河岸にその場を定め、次には、その河岸を街道と見て、市いづるを付けたり。前は広野の眺め、後は往来の用也。この馬、木瓜の下を通る様なし。この類も七部中に多き故に、爰に略す。

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