貞享式海印録巻六 ④ 内外の論、自他他

貞享式海印録 巻六④ 索引
内体・外体内外の論
自他自他の論
案じ方案じ方禁物の弁前句を画と見立て叶ひたる例
前句を見せ物と見立て叶ひたる例
前句を歌と見立て叶ひたる例前句を夢と見立て叶ひたる例
前句の鳥獣を人に見かへて叶ひたる例軍事に飲食の付叶ひたる例
諸変格
花、変格一座に花二本付けまじき事花を折端へこぼさぬ事
表の花、第三以下にせぬ事正花に用ひまじき物の事
植物に非ざる正花は当門になき事
花を隠すまじき事花を畳むまじき事
月、変格月を妄りにすまじき事三日月・有明、二つはあるまじき事
月を雑に用ひまじき事月待は正の月なる事月五去、守るべき事
宵闇は月にならざる事星月夜、長月、仕損じ
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貞享式海印録 曲斎述   安政6年(1859)序

 芭蕉の伝書という、「貞享式(別称二十五条)」をもとに、芭蕉俳諧の実例を根拠として、通則を見いだして記録したものである。

 このページでは、巻六、内外の論、自他、案じ方禁物、一座に花二、月妄りを見る。


貞享式海印録 巻六 ④

内体・外体

□ 内外の論。       

 近世、内体外体の作、三句と続く事を忌みたり。俳諧は、好肉に瘡(きず)をゑりて(好肉に瘡をえぐる、好肉剜瘡)論ずるものと覚えたるか。
 をりをり痴人の説を聞くに、「翁の時よりは、去嫌ひも、微細に開けたり」などといふ者あり。去嫌ひもて変化とするは愚人の事なり。若し人ありて、内体ばかりか外体ばかりかにて、百句調べよといはば、いかにすべき。変化は、かならず句面にはあらで、付肌にある事ぞかし。

[あら]
内体
七つづき

     │破れ戸に釘打付くる春の末   越人
     │ 店はさびしき麦の引き割   翁
     │家なくて服紗に包むます鏡   越人
     │ 物思ひゐる神子の物言    翁
     │人去つていまだ御座の匂ひける 越人 ※おましの
     │ 初せにこもる堂の片隅    翁
     │時鳥鼠のあるゝ最中に     越人

         ○

[売]
外体
十つづき

     │蒟蒻にけふは売勝つ若菜かな  翁
     │ 吹上げらるゝ春の雪花    嵐雪
     │帰る鴨帰らぬ鴨もさわ立ちて  嵐雪
     │ 七えう山を出でかゝる月   翁  ※七耀山
     │町作り粟の焦げたる砂畑    翁
     │ 露霜くぼくたまる馬の血   嵐雪
     │坊主とも老ともいはず追立てて 翁
     │ 土の餅つく神事恐し     翁
     │生笹に燃えつく烟雨となり   嵐雪
     │ 日暮れて残る杣が切懸け   翁


自他

□ 自他の論。       ↑ トップへ

① 近世、自句三句続かずと云ふことを、諸書にも出し、常にも言へり。これ等の事は、皆、変化不自在の人の言ひ出せしひが言なり。
② おおよそ自他にかよふ句は、どちらへも付けども、自句と極りたる句に、他句は決して付かず。
③ 又他句と極りたる句に、今一句他句と極りたる句は、決して付けず。
④ 自他の別なき句、自句ならば付くなり。
⑤ 又、自句ばかりは百句も続く物也。
⑥ これ、言の葉を扱ふ常にて、俳諧のみにかぎらぬ事ぞかし。
⑦ それを変化とて、自他違ひし句を付けるときは、付句は離れ離れになりて、さらに聞えぬ句となり、又、他句に他句を重ぬる時は、二句の間に観ずる情なくなりて、付合は並べ物となるなり。これも七部中におほく論じたり。
⑧ 自他向合 │兄さんと知らで恥かし勤めの身
  弊風の付 └ さてさて粋ぞ忠義あつぱれ

⑨ こは、七段目のおかる平右衛門の向合のせりふを付けたりとぞ。かく付ける時は、勤めの身と言ふ女が、「さてさて粋ぞ」と兄へ申す詞になり、一向聞えぬ句となるなり。自他向合せて作りたる例は、いにしへ、さらに無き事なり。付句はすべて前句の詞の次の詞を作るものなり。
⑩ 但し、姿の作には、向合ひたるやうに聞ゆる句もあれど、そは、皆作者の地より作りたるものにて、向合詞とは、大いに異なりたり。

①~④ 「自句三句続かず」は「僻事なり」。「自句ばかりは百句も続く」。
・ 「見ている人」が違えば、打越にはならないから、あり得る。

② 「自句と決まりたる句に、他句は決して付かず」。
・ 「自句と決まりたる句」とは何か。北枝の「自他伝」では、「自句と決まった句」に「他句」が付いている。

「自他伝、自自他」の例句
 ┌[前] 命なりけり洛外の春   自┌[視]洛外で春を堪能する人が、
 └[付]見よがしに桜が本の女房達 他└ [作]見た女房たちを描写。

③ 「他句と決まりたる句」とは何か。北枝の「自他伝」では、「他句と決まった句」に「他句」が付いている。

「自他伝、場他他」の例句
 ┌[前]入る月に痩子抱たる物貰ひ 他┌[視]物貰いを見ている人が、
 └[付] 脇ひらも見ぬ鍛冶が勢ひ 他└ [作]物貰いに気付かぬ鍛冶を描写。

④ 「自他の別なき句」とは何か。「自句ならば付く」とあるが、北枝の「自他伝」には、「自他未分明の句に」「場の句を挟んで他を付ける」例が出ている。
「自他伝、自又他・場・他」の例句
 ┌[越]花守に花の短冊望まれて 自又他┌[視]短冊を望まれた人が、
 └[前] さてものどかにさても鴬  場└ [作]季節の情景を描写。
 さらに
 ┌[〃] さてものどかにさても鴬  場┌[視]鴬を聞く人が、
 └[付]水上は懺悔懺悔とぬるませる 他└ [作]水行する人の様子を叙述。

 また、白雄の「寂栞」には、「付句をもて前句の自他をさばく」で、「他句」を付け、前句を他にしている。

「寂栞」の例句
 ┌[前]朝まだき狩弓狩矢持添て   他┌[視]誰か見ている人が、
 └[付]  うしろ姿もはたち内外  他└ [作]弓矢を持つ人を描写。

⑤・⑥ まだ理解できない。

⑦ 「自他違ひし句を付ける」ことの例が⑧か。「他句に他句を重ぬる時」は、③で見た。なるほど、単独の句として味わうときは、「二句の間に観ずる情」はない。「見ている人」を想定しないからであろう。

⑧ 「自他向合弊風の付」、弊風とは悪習・悪い癖のこと。⑨で、どこが悪いのかを見る。

⑨イ 付句の作者は七段目「兄平右衛門」の台詞と言う。前句に表現された人物を付句に登場させたのでは転じない。この問題点は自他にかかわらない。
 ロ 句の表現で、人物の身分や立ち場が表されるものである。「さてさて…ぞ…あっぱれ」では、高位の人物になる。軽輩の足軽であった平右衛門にふさわしくない。家老由良助の言葉なら分かる。
 ハ 七段目のおかるは、日頃兄と会っており、「兄さんと知らで」という前句をおかると見ることはできない。七段目の面影で付けるのは無理。
 ニ 付句をした時点で前句の自他が決まる。この例では、前句は他になる。曲斎は逆の見方。
 ┌[前]兄さんと知らで恥かし勤めの身 他┌[視]兄が、
 └[付] さてさて粋ぞ忠義あつぱれ  自└ [作]妹を、誉める言葉を会話文で表現。

⑩ 会話以外の叙述を地と言い、発話文を詞と言っている。「作者の地」の言葉は、次項で「他より見る人」の言葉と分かる。

[難]

     │百姓の息子が稲の名も知らで  幾因
     └ 見ると和尚は喰はせ好き也  由之

 といふは、息子と和尚と向合ひたれど、詞の仕口は向合はず、前後ともに他より見る人の詞もて作りたり。是を「作者地の詞」と云へり。爰をもて其紛れをしれかし。


案じ方

□ 案じ方禁物の弁。       ↑ トップへ

 前句を、画(絵)・見せ物・狂言・質物・売物・夢・咄・歌・書物などゝ見立つる事、決してあるまじく、そは、何にてもかく見られぬ句はなき故なり。俳諧は、一字一点に渡りて、微細に余韻までも考へ分けて、変化さするものなれば、さるあらめなる案じ方あらん理なし。
 又、
・「景気(けしき)・書画」の類に只見る意(こころ)の付、
・「草木・鳥獣」を人倫におこすと云ふ謎々付、
・「名所に旅人」と、只もて行く付方、
・「只その場その場の延」と云ひ、「只その人・前句の人を定む」と云ふ付、
・「態芸・人情」に、ただ「光陰・時刻」等の付、
・「山川の場に鳥獣の類」を並べて、会釈付と云ふ心得違ひ、
・軍事の次に「飲食・軍談」の付、
・「詞作りの向合付」等なり。
 この条々は、貞徳頃の下手の工夫より出し付方なるを、翁打破し給ひて、中絶えけるに、百年以来、世なべて拙くなりて、再発したる弊なり。
 この外「二句一意」「与奪」「三句の変」「古事俤」等の心得違い、「前句の惑ひ、後句の惑ひ」「摸象」「並べ物」「一斑」「真顔」等の数か条の心得違い、中頃より発りて、世さらにその是非を知るものもなき事、七部婆心録にその惑ひを解きたり。
 さて、左に挙ぐる数例は、禁物の案を、手柄に遣ひ得たる功者の付なり。一変格といふ事を能くせざる輩の、真似て見るべき事にあらず。

△ 前句を画と見立て叶ひたる例。       ↑ トップへ

[あら]

     │染色の不二は浅黄に秋のくれ   越人
     └ 花とさしたる草の一瓶     其角

 染色の浅黄と云ふを、不二の懸物と見て、床の活花と付けたり。此染色と云ひ、浅黄と云ふ詞無き時は、画とは見られず。但し、かゝる付は、前句異なりても、再びせば賤しくならん。ただ、一時一興とこころ得よ。さる訳も知らで、前句の変化に因り、何にても象ある物を画に見立てむは、拙き限り也。

△ 前句を見せ物と見立て叶ひたる例。       ↑ トップへ

[あら]

     │瓢たんの大きさ五石ばかりなり  越人
     └ 風に吹かれてかへる市人    翁

 大きさ五石と云ふを、張抜きの作り物と見て、市人のあきれし様を付たり。凡そ、瓢は一斗入より大いなるはなし。さるを、五石と云ふより、見せ物と見立てたれば、是亦、一座一興の曲節也。

△ 前句を歌と見立て叶ひたる例。       ↑ トップへ

[本書]

     ┌ 韮の柵木に鳶をながめて       ※まがきに
     │鳶のゐる花の賤屋とよめりけり  翁

 前句、「菜園集」の端書(木因の嘘)に似たる故に、かく付けたり。若し、菊の柵とあらば、さは見たてられまじ。されば、花鳥・風月の艶なる句を、妄りに歌と見む事、甚だおぼつかなし。

[拾]

     ┌ 松島の月松島の月       越人
     │ひよつとして歌の五文字を忘たり 聴所

 前句、松島の月松島の月と、くり返しくり返し歌を案ずる様と見立、松島の月といふ七もじに対して、五もじと付たり。

[東六]

     │秋水をちと和らげて秋の水    吾仲
     └ 親父の歌に誰もなびかぬ    宇中

 しうすゐを、秋の水と和らげた迄にて、詩の様な歌と云ふ詞と見て、人のもてはやさぬ様を付けたり。三句皆、三別也。今の一体の新しみあらば、例の一興にはよけむ。

△ 前句を夢と見立て叶ひたる例。       ↑ トップへ

[花摘]
有難や

名オ4  ┌ 敵の門に二夜寝にけり     曽良
  5  │かき消ゆる夢は野中の地蔵にて  呂丸

 「寝にけり」と云ふを、「寝たわい」と云ふ心に聞取り、敵の門に二夜寝たわいと云ふは、敵窺ふ人の、思ひ寝の化夢と見て、其夢さめし野宿の体を付けたり。敵の門に二夜寝たわいと云ふは、夢ならで現にはあらじと見たる所、一時一興なり。此句もし「寝るなり」とあらば、夢とは見られまじ。この後は、いかほど前句に叶ひたる事ありとも、夢と言ふ事は糟粕ならむ。かゝる事は、一句にて止まるものと云ふこと、「四の巻月の部」にも論じたり。

△ 前句の鳥獣を人に見かへて叶ひたる例。       ↑ トップへ

[草刈]

     ┌ 狸が来たら鼓うたせむ     北枝
     │友達の異名の中に鶴太夫     万子

 鼓を能役者と見て、狸を異名に取りなしたり。すべて、かゝる見立は長四角係付に作るものなり。
 そもそも、案じかたに、不易流行あり、これ等は流行中の流行なれば、一句止勿論なり。

△ 軍事に飲食の付叶ひたる例。       ↑ トップへ

[東花]

     ┌ 静一人を荒武者の中      仙角
     │湯をのむに汁出す膳のしどろなる 千声

 亀井、片岡、伊勢、駿河は大食する中に、静の小食なるを見ておどろく様なり。これ又、一時一興のをかしみなり。
すべて、かかる禁物の数体を見誤りて、みだりに古人の興を犯さむ事、其作者の心きたなく覚えらるる也。


○ 諸変格

 此巻に挙げたる変格は、前々の巻の証句の上に㋬と加へ、或ひは、△題下に曲節変格としたるとは違ひて、格外中の格外なれば、証として、かならず真似まじき変例なり。
 さらば、爰に挙げずともよかるべけれど、後世また、古例を探る人ありて、夫等を予が見落しと思ひ、拾遺して混雑せば、なかなか初心の惑ひならむと慮りて、かくは物したり。
 学者、正格と変格と、又この変格の変格なるものと、三段の別を知りて、百世の人をあざむかざる器量あらば、また更に変格をなすとも、何の恐れかあらん。是、真の大宗師なるべし。


花、変格

□ 一座に花二本付けまじき事。       ↑ トップへ

[夏衣]

初折   ┌ 茶の湯といふも是迄の事    七里
     │肩衣に花も咲かねば世を捨てゝ  支考
     ├── 十七
後折   │ 玄関ひろく火鉢ながむる    七里
     │肩衣に再び花のさけばこそ    支考

 こは、鑑亭(七里の別墅)の三吟(七里・支考・慈竹)なり。後折の花にいたりて、句順をかはらんといふを、同人二本の作意あらん事を、主人強ひてのぞみける故に、かくのごとく二句にて、一意なる心ばへもて、前の花を表裏して、同人にて、二本すまじき断りを立てたりと言へり。
 その命ずる人、王侯ならば、一座一曲の手柄ならめど、門人に望まれて後鑑にせんは、鬼眼を弄ぶに近し。殊に二句同意をもて運ぶときは、歌仙の花を一本に縮め、三十六変化を三十五変化にするといふ難、なきにしもあらず。
 さて、両吟三吟の巻にて、花を定座にするときは、いつも同人二本になる故に、必ず花前にて句順を代へること、席の礼なり。もし、代らざる時は、引き上げて譲る事、稽古巻とても、かならず違はざる古例なり。
 句順を代へたる例は、「続寒菊両吟」「夕顔歌両吟」「雪の花両吟」「百囀両吟」「虚栗両吟」「小文庫両吟」「同小文庫三吟」「あつみ山三吟」「未来記三吟」「笈日記三吟」、その外夥し。

△ 花を折端へこぼさぬ事。       ↑ トップへ

[黄山]

 定座  │よしや世の鳥も囀る吉野山    蓮二
 挙句  └ 花のあけぼのさては夕暮    馬岐

 古へより、月は折端にもすれども、花は定座を下げざるは、最も賞すべき巻中の眼なる故に、一座おのおの、よき前句を得て、花を植ゑむと心懸け、あるひは花を譲るをもて礼とするも、大事の物なればなり。
 さて、この巻は、例の三吟なれば、定座にする時は、同人二本となり、前の鑑亭の捌きは糟粕なりと、更に奇を求めて、吉野山に花の俤を含みて、かく付けたるは、こぼしてこぼさずといふ断りなれども、その分別を花前に出して、何故花を引上げざるか。両吟三吟の定座、同人に当たる事は、幾度にても始めより知たれば、その座に至りて分別するも、愚かなるに似たり。
 仮令代らずして、かゝる奇を工むとも、今、両・三の手段はあるまじ。手段尽くるものは、みな奇事なれば也。さるを或書に、此句を引いて、花をこぼす伝としたり。金仏炉を渡るを見て、泥仏水を渡るこそ、片腹いたけれ。

[十七]
十八句
膝のねの

 定座  │いつ咲いて桜に一重鯛の衣    大圭
 折端  └ 花月の外ぞ寝ながらに茶を   淡々 ※かげつの

 これ等は、うるさくて、評もならず。

△ 表の花、第三以下にせぬ事。       ↑ トップへ

[虚栗]

初オ5  │花あゆの鮓の盛りを惜むかな   藤匂子

[新山]

初オ5  │月や経る花なき瓶に松さして   文鱗

[十七]
四十四
桃柳

初オ7  │花の雪引出しにあり衣更     淡々

 花を表にする時は、第三までに出し、四句目より八句目迄を下座として出さぬ事、古今通式なり。但し、虚栗は翁後見の集なれども、例の見許しにや。根本式、表八目に花あれども、是は六花二桜の巻なれば、例にならず。その外には、翁出席巻は勿諭、諸門人にも例なければ、角門の弊を見すてゝ、真似る事なかれ。

△ 正花に用ひまじき物の事。       ↑ トップへ

 酒中花・灯の花・月星の花・花鰹・花かひらぎ・波の花・茶の出花・花やか・花々し、此類決して正花に非ず。

[虚栗]

初ウ6  ┌ うきを盛りの酒中花の時    長吁

[花摘]

名ウ3  │冬の偈の灯の花しらしらと    琴風 ※ともしびのはな、丁子頭

[雪の光]

     ┌ 灯の花の棚に御祓       楚雀 ※ともしのはな

 酒中花・灯の花、正花に用ひたる例外にはなし。其角は之を作り花・花火の例と心得違ひけん。作り花・花火は花の姿をなす故に、古今通じて正花に用ひたり。酒中花・灯の花は、さる物にあらず。

[其袋]

     ┌ 松風の音地震又ゆる      鋤立
     │闇きより心の底凝る定の月    立志
     └ 目星の花のいづこ三吉野    嵐雪

 是も、古式には用ひけれど、蕉門には誰々もせぬ事なり。「こは、越の植物を憚かりし非植の正花也」などいふらめど、さる事は蕉門になき事也。

[あめ]

 花   │叱られてかくにはあらき花鰹   光延

[五色]

 花   │浪人の打ちかたむきて花かつを  素丸

[続花]

 雑   ┌ 花かひらぎのころも明暦    伴輅

 此等も角門の弊也。決して正花にあらず。

[韻]

     │竃の火も仄かに見ゆる茶の出花  李由

[このは]

     │目の下に梢の波の花咲いて    許六

 こは、[本書]茶の出花、染物の花やかなるも、正花といふをもて[宇陀][花のしべ]にもかく述べて、五老門には正花に用ひたり。本書相伝は、其角、許六、去来、支考なれども、(許六以外の)三子、これを正花とせざるは、祖翁も未定にて、正花に用ひられざるゆゑなり。
 されば、[古今二]分別の条に、翁も半用半捨の由を述べたり。そもそも、桜は花の体にて花に代ふるものなれども、そを花桜と作りてだに正花とせざるをや。さるに、百韻わづか四本の賞翫の花を、怪物に代へむと云ふは、不賞翫といふのみならず、奇を好む曲者といはん。
 元より茶の出花も、染色の花やかなるも、花鰹・花かひらぎも花の姿のなきものなれば、姿先情後の法を立てたる翁の腹もては、是等の事には思慮の費もなく、早く看破したまひけれども、古式に正花に用ひ来りし故に、悉く打破せむもと、外聞を慮かりて、暫く従容の詞ありつれど、自ら一句も作りたまはぬをもて、その本意は明らかなり。さるに、翁二見も吟の「疑ふなうしほの花も浦の春」と云ふを引いて、波の花、正花の証なりといふ人もあるよし。その句は、四方の山々の花を、「も」の字に含みて、いちじろき神徳をかしこみたる吟なるを、夫をしも正花の例とせむ人は、彼の桃隣が「あげ句に恋を挙ぐる挨拶」と云ふ付句を付て、挙句にはじめて恋を出しもやせむと、うしろめたくおぼゆるなり。

[俳]

     │見せ馬の荷鞍の茜花やかに    洒堂

 此の一例は、元禄七、浪花にて翁出席の巻也。十哲、この跡をまなばざるは、例の半用半捨の捌きにて、正花ならぬ故なり。支考、此の時随杖して、翁の本意をよく知りければ、若しも後世、この座俳諧を拠として、惑ふ人もあらんかと[古今二]に、「花やか、花々しの詞は、古抄も胡乱の沙汰なれば、正花の論には及ばざらん」と打破したるは、[本書]に、「染物の花やかも正花」と云ふ詞あるも、古式の従容にて、翁の本意ならぬ事までもしらしめむ老婆心、切なり。
 さるに元禄十六、浪花の天垂、諸国を廻りて、百歌仙を撰べり。都合六十四巻、その中に、

[百歌仙]
一の巻

 7 雑 ・独身のめつたがきなる花がつを  天垂
10 雑 ・出る人は皆花やかに着揃ひて   天垂
11 雑 ・人の気をすすぎ上げたる茶の花香 一葉

 第六巻には、「茶の花香」、非正花に用ひたり。

16 雑 ・花やかに育て上げたる衣裳付   江天

[百歌仙]
二の巻

 5 雑 ・ほんのりと是でなうては茶の花香 其外
 9 雑 ・花聟の蔵には何か入れてある   柳江

[百歌仙]
三の巻

 4 雑 ・五つまで月は残りて茶の花香   一砂
 9 雑 ・美しい子達並べて花やかに    梅友
10 雑 ・花聟も後はお竃の火を燃す    天垂

[百歌仙]
四の巻

 3 雑 ・暖簾や簾懸けたも花やかに    天垂
12 雑 ・花聟もどこやらたらぬ姿にて   一貞
16 雑 ・ 荷は花娵の気もつかずして   曽本

[百歌仙]
二の巻

11 春 ・苗代にひがんの空も花々し    井水

[百歌仙]
四の巻

17 秋 ・蜩に日和日傘の花やかさ     任風

 かく十四所、奇なる捌きをなしたり。もつとも花聟は、翁も諸子も用ひたれど、雑とはせず。そは、花娵・花聟の類を雑に用ゐる時は、正花にならざる故也。此等は、賞美の花というて、春季を続けて正花とする物なれば也。元より生得の花にはあらず。
 ああ、翁隠れたまひて十年経たざるに、かゝる人ありて、直弟子と呼ばり、遠境の人々を惑はしけるは、苦々しき事ども也。
 既に翁の跡を追ひて、門を構へる弟子、凡そ二十家に過ぎたり。称して、蕉門二世とのるといへども、純正なるもの、只一家もなし。
 希くは、門々の宗家、偕にその過不及を和して、おのおの祖翁を仰がば、始めて二世の名の余光を挑(かか)げむ。

△ 植物に非ざる正花は当門になき事。       ↑ トップへ

[星月夜]
古今抄を
難じて

 植物にあらざる花もなくては、一座叶はざる事あり。その故、いかんとなれば、花の三四句前までに、素春連ねて、その次、夏冬の植物など、花前まで続き来る時、その折の花、雑花にあらで、いかにする事ぞや。植物も同季も、差合とて花なくて止むべきや。(約文)

[続花]

初ウ9 植│なよ竹の世の上風は凌ぎかね   車葉
 10  │ 嫁入となしに引越してゆく   老鼠
 11 △│下戸めかす花の顔色袖の裏    恵風
 12 春│ 待つてほらせた野老一篭    敬由
名オ1 植│日の居り初子も知らぬ小松原   老鼠

 こは上文に便り、又[其袋]の「月星の花の例」などもて捌きたりと見ゆ、非植物正花と云ふことは、古式にはあれども、花として非植と云ふ事は、平生俳諧の理に違へば、翁は曽て用ひたまはず。
 然らば「『花嫁・花聟・花の顔・花心』などの賞美の花には、いかなる根葉ありて、植物なるぞ」と難ずらめど、そは文外に正花を立て、花のごとき娵、花に似たる顔といふ心なれば、花の姿は顕然たり。さればこそ、必ず春を続けて、雑に捌かずといふ謂われ明らかなれ。かゝる翁の深意も汲まずして、東武門人の正花論に酔ひけるぞ、いたはし。
 そもそも花は、折に一つにて、定座なしと教へ給ふは、よき前句を見て、よき花を付けさせんための婆心なるに、さる心懸けはなくて、祖翁にそむき、定座近く素春を付けて、又植物を続け、態(わざ)と花の植ゑられぬ様に工みて、非植の雑花を付けて、手柄顔に誇らむとは、先づその付句を聞かぬ先より、其作者の膓の邪(ゆがみ)すぢりて、心の花の露もなく散りはてし事知られて、いとあさましく覚ゆる也。猩々庵(原松)は、かく酔ひけれども、今の風子、その嘔、な舐めそ。

△ 花を隠すまじき事。       ↑ トップへ

[類]

     │ちるといる後の曙匂ひけり    其角

[江戸]

     │荷をとけば今に吉野の匂ひあり  一漁

 月といはぬ月はあれども、花といはぬ花はなしとは、古今通式なるに、高弟たる其角、殊には、本書第一に授与の身として、何ゆゑ正花に妄りなるぞ。  是、酔聖の過ちならむか。

△ 花を畳むまじき事。       ↑ トップへ

[桜山]

     │花にとへば花ものいはずされば花 汶村
     └ 花で百韻鳥で百韻       李由

[賀茂]

     │数百軒神の恵みに家の花     鴎笑
     └ 花の心も人の心も       執筆

[雪白]

     │甕舟が着いてもふらぬ花曇    麦士
     └ 花曇とは曇花坊也       執筆

 支考一代の中、かく三あり。翁及び諸子には、この捌きなし。但し、「桜山伏」は五老井の会なれば、許六も所存は隠すまじきを、いかなる其座の衆議にや。
 すべて、畳付には何もすれども、只、月花のみは畳まざるは、月花には数の定めある故也。かくする時は、百韻花五本とならむ。若し又、前の花と二句同意といはば、百韻九十九変化の難あらむ。支考は、すべて正花をよく心得たれど、捌きに三つの過ちあり。
 さるに、二世里紅、跡をとめざるは、その心をしれるかも、三世後の人は、又見竜の蹉(つまずき)をまねて、雲より落ちけり。


月、変格

□ 月を妄りにすまじき事。       ↑ トップへ

[古今抄]

     │都から千鳥もかよへみそぎ川
     │ 紅帷子の笠に夕ばえ
   雑 │見渡せば花も紅葉もあるからに
     └ こゝは一つと片器にさか月

 こは、三国の御社の左右に懸けたる御祓川の六句表なり。この二表は何れも夏の発句にて、五句目は同じく月の座なるに、左右に分けし働きなしと、この表には花を出して、月と花との両詠となさむとす。去乍ら、表に月なきは古法に背けども、五句より六句と秋季ならむは、第三の花紅葉に争うて、表の配り穏かならじと、爰に万葉の例を借りて、「さか月」の名を出せり。そは、古式に盃の影と結びて、異名に用ひたる例なり。然れども、このさか月は、影を結ばねば、秋を付くるに及ばざるより、月の一字を顕はすのみ。天象のさたをも遁るべきなり。(約文)

▲ 万葉の書法にても、古式の例にても、「さか月」にては、月にならねば、法に背きたる月なき巻なり。又、第三の雑の紅葉に、五句目の月の争ふと云ふ事も聞えず、雑の越に同季を許すは、蕉門の掟ならすや。爰に、月花を左右に分くる物好あらば、「有明・いざよひ」の異名を出してよからむ。「さか月」にても、月の字句面に見えては、中々物好のかひあるまじく覚ゆ。

[天河]

     │明日をまつ軒の葱や星の影    乙由
     │ 琴に字をかく風の冷か     春波
     │盃の光に名酒見えすきて     杜菱

 盃の影を月に用ふるは古式にて、蕉門に例なし。こは、越の天象を恐れての捌きならめど、さらば、四句目に付くべけむ。
 もし盃の光と作りて、月の光りにならば、星の影には却つてあしからむ。又、月の光にならずば、月も季も抜けなむ。
 蕉門に用ひざる訳、爰にて尊し。

△ 三日月・有明、二つはあるまじき事。       ↑ トップへ

[三匹]
百韻
猿の手の

初オ6 秋│杉のはづれにさても三日月    季覧
     ├─── 二十九句
二ウ9 夏│見た所夏よい城に三日の月    凉菟

[古今抄]

 古式には、百韻二つといへど、三日月は三字会意の名目なれば、決して二つはせずと云へり。

▲ 此外に例なし。
 古今抄に制するも、三匹猿に破るも、同じ支考なれど、予は古今抄の方を正とする也。

※ 凉菟句は、「くれの月」。(「三疋猿」井筒屋庄兵衛板、宝永元(1704)年序)

[六行]

    春│有明も春はちよこちよこ雪降て  丈羽
     ├──
    秋│有明に一端通る椋烏のむれ    友之

 是も、野坡捌き、一つの外、他に例なし。

△ 月を雑に用ひまじき事。       ↑ トップへ

[星月夜]

 月は四季にありて、しかも素秋の制あれば、雑といふ月はなき理也。

▲ 素秋の制はなくとも、独(かつ)雑の月はなき理也。
 さるに原松が師、其角、是を犯したり。

[誰]

     │新子供朔日頃の月の顔      其角

[夕顔]

     │明方は天一神の昇る月      我笑 ※月次の月

[六行]

     │道つもり月の名所は打はづし   野坡

 是、東武一派の弊也。三句皆秋にして仔細なき物を、妄りに法を破りたり。翁及び諸子に、さることなし。
 但し、月雪花などして、雑に扱ふは、此例ならず。

△ 月まちは正の月なる事。       ↑ トップへ

[拾]

     │月まちの謂れ尊き茎の塩     丈草
     │ 三
     │傘取りにやる程もなき月の雲   去来

 翁の捌きに、月待多けれども、皆正の月也。
 按ずるに、こは「拾遺」の写誤ならむと覚ゆる也。

△ 月五去、守るべき事。       ↑ トップへ

[笈]

     │道者別るゝ関川の月       支考
     ├─ 四
     │月雪に飛弾の金森家ふりて    支考

[翁]

     │拝殿は皆謡也後の月       桃隣
     ├─ 四
     │朧月夜や行尊の席        乙州

 五去定めの物に、四去の変格は何にもある事なれども、翁の捌きに例なきうへに、月なれば、殊に厳にすべき事なり。

△ 宵闇は月にならざる事。       ↑ トップへ

[きそ]

     │宵闇の廊下で紙燭吹消して    野坡

         ○

[百歌仙]

二の三  ・宵闇の空はしばしの間也     素秋
二の四  
 西阿知の巻、後折、月も秋なき巻あり。
三の八  ・宵闇は秋の蛍の名残りにて    知元
四の四  ・宵の間を闇なく闇にしてゆかむ  天垂
四の九  ・闇の間はちつとばかりに夜の旅  晩柳
四の十  ・宵闇も果ててぎくりと樅の枝   楚戎
四の十二 ・宵闇を取違へたる小提灯     白川

 是皆、翁の宵闇を見誤りて、徒らにまねたり。
 されども、一集に一、二ならば、鵜のまねも目立つまじきを、月も花も奇を好みて、数多用ひたるは、人を珍らしがらせむと思ふ、きたなき心よりなしけるわざ也。

△ 星月夜、長月、仕損じ。       ↑ トップへ

[小弓]

 ウ8目 ┌ 旅望から雁鹿による      東鷲
     │頼朝の顔見むまでは星月夜    其角
     └ 田は枇杷色に片そぎの道    沾洲

 其角は、星月夜、月に非ざる事は、よく知りたれど、この裏、月なき故に仕損じと覚ゆ。彼の二月歌仙は、其角没後に、支考始めたれば、その例にはあらず。

[一橋]

初オ5  ・月ほのか笑ふかなくか時鳥    湖春
初ウ2  ┌ 別れにふみし八朔の雪     清風
     │暁の夜着に蛍の秋かれぬ     湖春
 此裏  │ よその踊りに仏唱ふる     清風
  月なし│水の尾や槿をしをる垣深し    湖春
     └ 鳴子崩れし長月の暮      清風
後オ10 ・ 夜さりの鏡月に顔見る     湖春
後ウ5  ・月花の廿九日につまりたる    清風

 此巻、初ウ、月なくて素秋五あり。三月(3げつ)歌仙に、初ウを省く例はなけれ。四月(4げつ)歌仙にて、長月を月に用ひ過ちけん。
 蓋し「長月の月」、「長月の影」などの書損じか。全体、「鳴子崩れし行く秋の月」とありたき句也。


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