俳諧の作法ガイド 「誹諧埋木」

索引
誹諧埋木
誹諧之事清輔、奥義抄順徳院、八雲御抄飛鳥井公、古今の説宗祇の註
六義のこと
発句の切字切字(28例)下知(切字、続き)
発句本歌の発句詩心の発句本説の発句
世俗のことわざにてせし句かな止め発句の第三
脇・第三付面八句第三四句目
五句目七句目八句目
名残之裏、
祝言夢想之会之心得
九句目誹諧の掟十三句目に心得
十一句目より心得祝儀祝言の心得名残の裏
手爾於葉七のやの事にて止押字ぞかよ三字いつのて下句て止り
下句つつ止り見ゆ止まり(こそ止まり)こそてにはかさねらん
一字ばね・二字はなし・三字くはへ・四字不同治定のか句切連歌
異形通対かけてにはきせてにはかさねてにはあたりてには
重又地又といふ事(てにをはまとめ)すみのてには、追記
本歌ことわる誹諧(例1)滝の音は(例2)恋のけぶり
皮肉骨之誹諧
真草行のはいかい
有文の句作無文の句作有文・無文
二五三四・五二四三二五三四五二四三
親句疎句親句疎句
篇序題曲流(例)(言いのこすこと)(説明)
十体第一 幽玄体、他第二 長高体、他第三 有心体、他
第四 麗体、他第五 㕝可然体、他第六 面白体、他
第七 濃体第八 見様体第九 有一節体第十 拉鬼体、他
(後記)(後書き)(刊記)

誹諧埋木

埋木刊記

<解題>
 北村季吟著の俳諧式目書。明暦2(1656)年成立、延宝元(1673)年刊。俳諧の作法・式目を述べる。
 芭蕉は季吟に俳諧を学び、延宝2(1674)年3月に伝授される。奥書に「此書雖為家伝之深秘宗房生/依俳諧執心不浅免書写而/且加奥書者也必不可有外見/而巳/延宝二年弥生中七、季吟、花押(此の書、家伝の深秘為りと雖も、宗房生、俳諧、執心浅からざるに依りて、書写を免じて、且に奥書を加ふる者也。必ず外に見すること有るべからざるのみ。)」とある。この伝は古式であるが、これを礎として芭蕉は蕉風を形成する。
 底本は、貼外題「誹諧埋木 全」・巻頭「誹諧埋木目録 季吟撰」、識語「丙申睦月初五日重校合之 季吟、同五月十四日謹写之 門弟元隣」で、早稲田大学図書館所蔵。


「埋木」 芭蕉記念館蔵       


誹諧埋木 その1 

 15の「誹諧埋木目録」、内4番目の「本歌之発句」の後に、切字についての注釈が挿入されるので、一つの区切りとした。内容のまとまりで、分けてはいない。

誹諧之事

誹諧といふ事、

奥義抄1
漢書

誹諧といふ事。奥義抄言。漢書之誹諧者。滑稽也。滑ハ妙義也。稽詞不尽也。史-記滑-稽伝考物言。滑-稽酒-器也。言口成詞不ルコト窮-竭滑-稽一∨酒也。 ※訓点はママ。

 誹諧といふ事、奥義抄に言はく。漢書の誹諧は、滑稽なり。滑は妙義なり。稽は詞尽きざるなり。

 史記滑稽伝の考物に言ふ。滑稽は、酒器なり。言は口より出て、章を成し、詞の窮竭をせざること、滑稽の酒を吐くごとしなり。

伝に言ふ。 

奥義抄2
史記
「滑稽列伝」

  伝云

大史公曰。天道恢々タリ豈不大哉談-言微中フカクアツ亦可一∨紛 優-孟弁常以テニノ談咲諷諌。優-旃善為咲言然合ヘリ於大道淳-于髠滑稽ニメ弁部(○郭)舎人発言シテ辞雖大道二∨人主和悦。 是等滑稽大意也。 ※訓点はママ。

 史記滑稽列伝に言う。

 大史公の曰く。天道は恢々(カイカイ)たり。豈(あに)大ならざらんや。談言(談笑のこと)、微(やや)中て(あって)、また以て紛を解す。優孟は弁多く、常に談咲(ダンショウ=談笑)を以て諷諌(フウカン)す。優旃(ユウセン)は善にして、咲言(ショウゲン=笑言)を為す。然れば大道に合へり。淳于髡(ジュンウコン)は、滑稽にて弁多く、郭舎人は、発言して辞を陳ぶ(ならぶ)。大道に合はざると雖も、然も人主(武帝)をして、和ませ悦せ(よろこばせ)しむ。 是等、滑稽の大意なり。

 ※下線部「微中」に片仮名で「フカクアツ」と送るが、奥義抄は、平仮名で「やゝあつ」と送る。埜の変体仮名と同の字点を「ふかく」と読んだか。

誹諧の字は、

奥義抄3
誹諧の字

 誹諧の字は、わざことゝ読むなり。これによりて、皆人、偏に(ひとえに)戯言(けげん、ぎげん)と思へり。かならずしも、しからざるか。

 今案ずるに、滑稽のともがらは、道にあらずして、しかも道を成す者なり。また誹諧は王道にあらずして、しかも妙義を述たる歌なり。

 ゆゑに、これを滑稽に准ふ(なずらう)。そのおもむき、弁説利口ある者の言語の如し。火をも水に言ひなすなり。或ひは狂言にして、妙義をあらはす。この中、また心に込め、詞にあらはれたるべし。

 この段まで、奥義抄からの一連の引用。下線部、「今案」じたのは、撰・著者藤原清輔である。

 言葉の技で、戯れ言であることを認めつつ、心にあるものが詞に出るという姿勢。

誹・俳

 また<奥義抄に>言ふ、「誹は音、非(ヒ)なり。俳(ハイ)の音なし。俳の字を用ふべし云々。しか雖も、古今・拾遺等、以つて誹字を用ゆ、尤だ(はなはだ)不審なり」。
 愚案に、こゝに拾遺と侍るは、後拾遺なるや。

 奥義抄、部立て部の引用。「俳」とあるが、伝統的には「誹」である。この書も「誹」の字をあえて用いる。

 ※ 「奥義抄」は、正和5(1316)年10月27日清輔自筆本写比校、慶安5年5月木村源兵衛開板のものを参照。

八雲御抄に

誹諧様々

 八雲御抄に言ひ、或いは説に曰く、誹諧様々あり。

一、俳諧。二、誹諧。三、俳[言+唐](○諕)。四、滑稽。五、諧讔(イン) イニ誹-(誹讔?)。六、謎字。七、空戯。八、鄙諺。九、狂言イニ枉言。

 愚案ずるに、或る義、

∠俳諧は体も心もともに狂言なり。

∠誹諧は体狂言にして心直なるなり。

∠俳[言+唐]は。詞字からことばの歌なり。

∠俳讔は心あらはにきこゑず外物にすがりて狂じたるなり。滑稽はまはりかしこしとよめり。その心、奥義抄の如し。

∠謎字はなぞなぞのやうにいへるなり。

∠空戯はひたすらにたはれて実すくなきなり。

∠鄙諺はいやしきことばをきらはで言ひ立たるなり。

∠狂言は偏におかしきやうにいへるなり。枉言といへる、疏によらば火をも水とまげていひなせるなりとぞ。

八雲御抄は、順徳院著、鎌倉初期の歌学書。

三は、俳諕(はいごう)が正しい。諕は「さけぶ」の意。

飛鳥井殿の

古今集の説

 ∠ 飛鳥井殿の、古今集の説には、誹諧と言ふこと、世間には、あれたるやうなる詞などをいふと、思へり。この集の心は更にしからず。たゞ思ひよらぬ風情をよめるを、はいかいと言ふなりと申されし。されど歌のあらき事をもまじへたるなりとのたまへり。

 季吟の師、飛鳥井雅章公、古今和歌集聞書を著す。

宗祗言はく

宗祇の註

 宗祗言はく、誹は甫尾の切、諧胡皆切。和なり合なり。
 このはいかいの事、他流の儀は、物をいかにもよくいふ人のあらぬことをいふが、しかもよくいひなせるよしとぞ、当流にこれを用ひず。当流の心は道にあらず、道を教え、正しからざる道、正道を進むと言ふ、これにかなへり。史記に滑稽伝と言ふ、それに似たり。

 愚案ずるにこの祗註の心は、さきにしるせし奥義抄とひとしきにや。八雲御抄飛鳥井殿の御説の心、をのをのいさゝか、たがひめありといへど。いづれも捨まじき正説なれば、ともにならべて、心得べし。
 また長頭丸の口伝侍り。今しづかにしるすべくなん。

 宗祇は、反切で示している。甫は fǔ 、尾は wěi または yǐ であるから、誹は fěi または fǐ となる。ハイ・ヒ両音の根拠となる。諧は、胡の声母 h 皆の韻母 iē で、hiē である。

 「和なり合なり」とは、誹と諧がよく合っていることか、ハイもヒも元は同じというのか、分からない。

なお、長頭丸(貞徳)の口伝は以下のことか。


六義

六義(りくぎ)のこと、

古今集
定家
心敬・宗養
先師貞徳

 ∠ 六義のこと、しきしまのやまとことの葉には、古今集にぞ侍るを、京極黄門(定家)の御説に、「おおよそ六義の根本は毛詩よりことおこれり。よろしくこれを披見して、そのたゝずまひを見よ」とかや、の玉ひけり。

 連歌には心敬僧都、「大かたむくさの心句ごとにわたるべきなり」など、きこえ玉へりき。宗羪(ソウヨウ、以下宗養)なども、しるし給へるに、俳諧の句、ことなるべきにあらねば、今この説々にしたがひつゝ、先師のしめし給へる句どもをつらね、次に愚句をもて、心あてに、それかとばかり、かきけがし侍る。

 六義とは、古今和歌集の仮名序にならった和歌の六種の分類「賦・比・興・風・雅・頌」のこと。

 毛詩は、詩経の異称。

風・賦・比・興・雅・頌



 八雲御抄に「風と言ふはそヘ歌なり。物を物にそへよめるなり。そのことをいはで、その心をさとらす」といへりと云々。京極黄門の御説には、∠風といふものは、其色見えず。物によせあはせて、その品あらはるゝためし」なり。風の歌もかくあるべきにや。いかなることにてもあれ、そのことのよしをいはむとて、あらぬ物をひきよせてよむを風の歌と申すなり。さて、清輔の説にいはく、「毛詩に言ふ、上風を以て下に化し、風を以て上に刺す」。註に言ふ、風化・風刺、皆譬喩を謂ふ。仟の言ならずなり。

 今案ずるに、同書に言ふ風は諷なり。そふとよむなり。そふと言は題をあらはにいはずして、義をさとらするなり。ゆゑに風をそヘ歌と言ふ。宗祗、古今の抄に言ふ、毛詩の六義には、種々義ありて、或は経緯といひ、或は体用と分つとしるせり。風にして興を具するもあり。その様少し本朝に異なるなり。また義通ずる説もありといへり。連歌には、心敬僧都、そへ歌の心とて「名は高く声はうへなし郭公、と言句を引きて、二条太閤様を時鳥そへ、称揚し奉るなるべし。物にそへて、句の心をあらはすを風の句なるべしと、のたまへり。半松斎宗養も心におもひ目に見そヘいふ義なり。などしるし給へりし。

 これになぞらへ侍らば、誹諧の句もなにかことならん。
  よめならば見どりにせばや柳髪   長頭丸
 愚句の中にては山崎にて宗鑑の旧跡を見侍しとき、
  すきものはさくをあやかれ梅の花
 と申侍りし。これらやかなひ侍るべき。

 詩経六義の風は、民衆の間で作られた詩歌。



 八雲の御抄に賦はかぞへ歌なり。京極黄門御説に賦は歌人の本意なり。秀人の大旨なり。心を一遍にとどめずして。偏執なきを秀人と言ふべし。清輔言はく、正義(毛詩正義)に言ふ、賦の言、鋪なり。直に、今の政教の善悪を陳べ鋪く(ならべしく)。

 今案ずるに、賦は鋪なり。しくとはことをつくすなり。題の心をつくして、たゞちにいふなり。またものをかぞふるはつくす義なり。ゆゑに賦をかぞへ歌といふなり。宗祗言ふあり、事をたゞちにかぞへいふなり。たとふるにあらず。賦は量なり、構なり、または鋪なり。置ならべたるやうにいふなり。量はかぞへいふ心、これに同じ。構も量の心と同じにや、など侍り。心敬僧都の連歌の句には、物ごとに心をくばりて、かよはしたる句なるべしとかや、のたまひぬ。宗養も、こゝろを一ぺんにとゞめざる義なりといへるは、彼黄門の御詞に、かなひ侍るにや。この宗養の引句には、すゝきちり花に霜ふる岩ね哉、花にそめし心もちらぬもみち哉、などいへる句を、つらねかき給へりし。

 これらの心をなぞらへて誹諧に申侍らば、
  草でなし萩荻すゝき菊きゝやう   長頭丸
  山の景や一児ざくらにほのうみ   季吟

 六義の賦は、比喩を用いず、感じたことをありのままによむ詩の叙述法。



 八雲御抄に言ふ。比はなずらへ歌なり。物になずらへたるなり。定家卿、またはた、くらべ歌ともよむべきにや、とのたまへり。清輔言はく、正義(毛詩正義)に言ふ、之を失ふを見れば、敢て仟の言せず。比類(ヒルイ)を取りて、以てこれを言ふ。
 今案ずるに、比はなずらふるなり。物に似するなり。ゆゑに比を「なずらへ歌」と言ふ。
蓮心院殿の古今の聞書に、比は物をとりて、物ににたるを言ふなり。世俗に両方をかねたると言ふ同心なり。霜のをきて(おきて、置きて)、雪の降りてなど、をきふし(おきふし、起き伏し)にたとへ、身の経りたるに寄せて、よむを「なずらへ歌」と言なり。心敬僧都の引句には、「下もみぢちりにまじはる宮ゐ哉」と言ふを書きて、散の字を、塵につくりなして、なぞらへたるなるべしと、きこえ給へり。宗養の抄物には、物になぞらへる儀なりとて、。「遠山は袖のしたなるかすみ哉」など言ふ句を、書つらね給ひしかは。彼定家卿の御説に、詞と義と二つの義をふくめたるを言義比といひ、月をはたらかさずして氷といひ、花ををして雲といひたくらぶるを義、体比とのたまひをきし心ばへにかよひ侍るにや。

 俳諧には、
  つかぬかねひゞくほどふるしもく哉 長頭丸
  うぐひすの和歌三神や月日星    季吟

 比は、 比喩を用いて、気持ちを述べる詩の叙述法をいう。



 八雲言ふ、興はたとへ歌なり。また言ふ、古今にそへ歌に同じやうなれど、少しさまをかへたりといへり。蓮心院殿の聞書にたとへ歌は、そへ歌に少しかはるなり。たとヘば、そへ歌はかくし、たとへ歌はあらはるゝなり。なには津の歌はおほさゝぎの帝をそヘ、とあるにてこそきこえたれ。さなくは、たゞ梅の歌なるべし。たとへ歌は恋にも述懐にもその事をいひあらはして、さすがに物にたとへてよめるなり。定家卿御説興に二つあり。譬興・節興なり。譬興といふは、今の、わが恋はとよめる歌、これなり。
  わが恋はよむともつきじありそうみの浜のまさごはよみつくすとも
 ∠また言。節興と申すは、四時の折節にしたがひて、興ある事をおもしろくいひたるを節興と申すべし。
 ∠清輔言はく、正義(毛詩正義)に言ふ、今の美を見て、媚諛を嫌ふ。善く古事を取り、以て喩へ、これを勧む。今案ずるに、興をば毛詩にたとへとよめり。たとへと言ふは、かれをもて、これになぞらふるなり。ゆゑに興をたとへ歌といふ
 ∠宗祗言。風・比・興の三つは。皆物に詫するなり。∠風は、深く隠れ、∠興は、少し隠るゝなり。
 また言ふ、∠比はあらはに、興は隠れたるなり。所の興を表に言ひ出だして、懐は隠るゝなり。褒むべき事などを、あらはに言はずして、たとへをとりて言ふなり。媚諛を嫌ふなり云々。人を直に褒むること、へつらへるに似たるを、はばかる心なり。漢の先儒は、みな興の字を側声とす。たとふる心なり。宋儒は平声とす。起と用ゐるなり。所詮心をおこすと言ふも、たとふる心あるよりのことなれば、畢竟同意なり。

 ∠心敬僧都、連歌の引句には「五月雨はみねの松風谷の水」といふ句を書きて、「これは、その物にゆへ(ゆゑ)づきたるを、見なし聞きなし、たとへたる興の句なるべし」と言へり。宗養の説には、「春風をあはをによれる柳哉」「冬川の雪の柳や滝の糸」などやうの句を引きて、「物にたとへて興ある体なり」と、いへりけり。されば誹諧にも、
  かりがねは秋風楽のことぢかな   長頭丸
  をみなへしたとへばあはの内侍哉  季吟

 これらや、このたぐひならむ。

 興は、風物に託して、自分の感興を歌う詩の叙述法。



 八雲に言ふ。雅はたゞこと歌と言へり。古今、これは事の、とゝのほり正しきを言ふなり。定家卿言ふ、雅は思ふ事を少しもかたよることなく、たゞ一筋に、始より終はりまで、言ひ下すなり。雅に二つあり。∠一には言雅、∠二には意雅なり。言雅といふは、言葉にあらはして、そばよることなく詠むなり。
 ∠意雅と言ふは、心はなをなをと、異なることなく、詞に少し疑はせて、治定なきさまなども、詠みなしたらんを言ふべし。
  春立と言ばかりにやみよしのゝ山もかすみてけさはみゆらん
  この歌は、心は、なをなをとして、詞は少し疑ひたり。則ち、「ばかりにや」の「や」の字と終りの「らん」の字は疑ひたり。これなん、かなふべき歌なり。

 清輔言へる毛詩に言ふ。

天下之事四方之風之雅雅は正也。政有小大故有小雅焉有大雅

天下の事を言ひ、四方の風を形(かたちあら)はす。之、雅と謂ふ。雅は正なり。政は小大有り。故に小雅有り。大雅有り。 <詩経、毛詩序>

 ∠今案に、雅はまさしきなり。たゞしきなり。物にもそヘず、たとへをもとらぬなり。ゆゑに雅をたゞこと歌と言ふ。
 ∠宗祗言ふ、雅は賦に似たりしやうなれども、賦は政の善悪をかぞへいふなり。雅は政をたゞしくありめにいふなり。
 ∠心敬僧都雅の引句に。
  夏草も花の秋には成にけり
 と言ふをしるして、たゞちにいひたる句なり。ことば心をたゞしくいへる雅の句なりとのたまヘり。
 宗養は、おもふことをたゞことにいふ義なりとて、
 ∠いつをみん山はうす雪うす霞
 ∠あけやすき比とや出て夕月夜
 など言ふ句を引たまへり。
 はいかい
  鳳凰もいでよのどけき鳥の年    長頭丸
  まざまざといますがごとし玉祭   季吟

 雅は、王朝の儀式や宴席で歌われた詩歌。



 八雲言ふ。頌(しょう)はいはひ歌なり。是は世をほめて神につぐるなり。定家卿言ふ、頌は神明につぐる心あるなり。頌にまた讃頌歌といふもあり。いはひ歌と申す。褒むる心あれども、まさしく言葉をさしあらはしてめでたかりけりなどいふをば、讃頌の歌と申すなり。只何も神明に告る心あらば、頌の歌と申べきか。

 ゆゑに毛詩序に言ふ、

  美盛徳之形容其成功而告神明

<詩経、毛詩序>盛徳の形容を美し(びし)、其の成功を以て、神明に告ぐる。

 といへり。是は、六体(六義)の中の、頌の所の文なり。清輔言はく、正義(毛詩正義)に言ふ、頌の言は誦なり。容なり。今の徳広めて、以てこれを美む。

 ∠今案ずるに、頌は誦なり。称讃の義なり。祝ひは褒むる心なり。ゆゑに頌をいはひ歌と言ふ。宗祗言ふ、頌は容なり誦なり。容は王者の盛徳をかたどり出して褒むるなり。誦は歌ひあぐるなり。ひろめて褒むる心なり。頌の詩は宗廟にて誦して、神にまうすなり。世をほめて神につぐるなりといへる、この心なりと云々。
 ∠心敬僧都の説に
  ∠花椿みがける玉のみぎり哉
 と言ふ句をひきて、褒め祝ひたる心なるべし。頌の句なり。古今の仮名序の小註には、頌の歌には。神祗の心あるべしと言へり。この小註は、後にある人の書入たる詞なりと言へり。されば談義ともに心得ずとて、難ず。作者口伝あり。然る間本註をひきて、この本句どもをしるし侍りとかや、のたまへり。されども宗養は、いはふ心を、神につぐる義なりとて、
  神のもるこずゑや代ゝの家ざくら
 といふ句をひき玉へり。これ京極黄門の御心、宗祗法師の説などにも叶ふべきにや侍らんとて、誹諧にも、宗養の頌の句の心にしたがひ侍りし。
  信あればこれもとび梅のきどく哉  長頭丸
  冥加あれな宿にあやめをふき自在  季吟

 長頭丸、六義の口伝に言ふ。
  ∠風は題をあらはさずして、物をとりて、ひとへにそれになして言ふなり。

  ∠これは、ものをとりて、それによれることばに、寄せ言ふなり。興は物をとりて、それにくらべて、題の心をあらはすなり。これ∠風∠比∠興のひとしきに似ての、いさゝかのたがひめなり。
 また∠賦∠雅のかはりめは、∠賦は、物をしきならべて、あらはにいふなり。
 ∠雅∠は、少しもあやつることばなきにや。
 ∠頌は、いはひて神に申すなり。
 ∠宗祗法師言ふ、六義の中に雅を執することあり。正しき道を本とする理(ことわり)なり。周詩、思ひ邪なきを用ゐる心なり。畢竟この義を肝心とす。当流の心なり。宗養言ふ、飛花落葉を見ては、真如実相を観じ、春秋のうつるには、有為転変の理をかなしみ、歌を詠じ、発句を得、風賦比興雅頌の六義をたどりて、六道輪廻のもとひをわきまふぞかし
 ∠愚案ずるに、誹諧連歌、実に狂言綺語たりといへど、戯言なれども思ふより出るわざなりければ、この心をえざらん人の、みだりに口にまかせたらんは、似たる事はにたるもあらめど、是(ぜ)なることはいかでか是なるべき。よくよく思ふべき理なるべし。

 頌は、宗廟で、祖先の徳をたたえる詩歌。


発句の切字

かな

 ちる花を追かけてゆくあらしかな
 うらゝ迄おめでたいかな年のくれ

[終助]《係助「か」+終助「な」》体言・活用語の連体形に付く。感動・詠嘆。

もがな

 季にさくひがんざくらのたねもがな
 かたぶくにほうづえもがな月のかほ

[終助]《終助「もが」+終助「な」》名・形容、助動「なり」「ず」の連用形、助詞に付く。願望、願意。

けり

 もり山のいちごさかしく成にけり
 花桶もみつわぐみけり姥ざくら

[助動]動・助動の連用形に付く。気付きの詠嘆表現。

けりな

 春過て夏来にけりなすずめの子

[助動けり]+[感動詠嘆の終助な]気付きの感動詠嘆。「な」は、活用語の終止形、助詞に付き、「けり」でなくとも可。

む(ん)

① 女にてみやなぎがみやなぎごし
② 花みせいざやあみだのひかり堂
③ 北面のみさぶらひけまどのむめ

[助動]活用語の未然形に付く。平安より「ん」とも書く。①は、適当・当然、②は意志・勧誘、③は推量の意。

し(じ)

 夜目遠めかさのうちよ月のかほ
 あの世なるもを(お)よばこゝのしなの蓮

上は、[形容詞よし]の終止形、活用語尾。
下は、[助動詞じ]の終止形。打ち消し意志。 →あの世なるも/及ばじ//ここの(此処の・九の)/品の蓮

もなし

 天神ぞ梅にましたる花もなし
 何もなしわが頭陀ぶくろ夏ばらへ

連語【[係助詞も]+[形容詞なし]】

 本尊心にかけたほとゝぎす
 一番にみゝより年とりの声

[係助詞]付いた語を強く示す。

さぞな

 庭にさへさぞな落葉はひがし山

連語【([副詞さ]+[係助詞ぞ])+[終助詞な]】

かしな

 ふれかしなむぎはあしくと花の雨

連語【[副助詞かし]+[終助詞な]】

 歌よみ雪ひらめける春のそら

[係助詞]の文末用法。疑問、反語、願望を表す。

① 春たつといふばかりにかざりなは ※春立つと言ふばかりにや。飾り縄
② あをまめとうふのうばが若ざかり ※青豆や。豆腐の姥(湯葉)が若盛り
③ 滝つぼは冬がんなれゆふすゞみ  ※滝壺は冬瓜なれや。夕涼み
④ おもしろ花にかいだうくだり月  ※面白や。花に街道下り月
⑤ きゝたしけふの雨山ほとゝぎす  ※聞きたしや。今日の雨山時鳥

① [係助詞]文中にあって、疑問を表す。結びの省略。
② [間投助詞]詠嘆・感動を表す。
③ [係助詞]文末用法。疑問・反語を表す。終助詞的用法。
④ [間投助詞]詠嘆・感動を表す。
⑤ [間投助詞]強意を表す。

やは

 くすの木がなるとのみやは岩つつじ

[係助詞]、連語【[係助詞や]+[係助詞は]】とも。反語を表す。

かは

 もゝの酒いづみかはけふみかのはら

連語【[係助詞か]+[係助詞は]】感動の篭もった疑問を表す。

こそ

 いもがこははふほどにこそ成にけれ
 たんぽぽの花こそ露のをきつづみ

[係助詞] 上は言いさして強調。下は取り立てて強める意。

なり

 かみがきもじゆくし色なり八王子

[助動詞] 詠嘆。近世の用法。

いさ

 くるゝをもいさしらぬひのつくづくし

[副詞] 後に「知らず」の意を伴って、「さあどうだか」。 

いかに

 なくにさへわらはゞいかにほとゝぎす

[副詞] 疑問・反語を表す。どうして。どうしてか。

いづれ

 うたいづれ小町おどりやいせをどり

[代名詞] 不定称の指示代名詞。どれ・どちら。【[代名詞いづれ]+[疑問の終助詞]か】で、「か」の省略形。

いづこ

 わか水は老をいづこへはねつるべ

「いづこ」は代名詞。用法は、上と同じ。

いつ

 われもかくていつこんるりの玉祭

「いつ」は代名詞。用法は、上と同じ。

なに

 ほねおりてまけかちはなに扇きり

[代名詞] 不定称の指示代名詞。はっきりしない事物について問う。

など

 雨はなどとがなき花をうつけ物

[副詞] 「なにと」の音変化で、なぜ・どうしての意。

いく

 千年もいく七まはり春の藤

[接頭語] 長い年月の意。

 花ざかりそれかとへばよしの山

「た」は、不定称の人称代名詞。

 とをといひてよことしの老の浪
 十と言ひて寄つ。今年老ひの浪 & 十と言ひて四つ。今年老ひの浪

[完了の助動詞つ] 「寄す」の連用形+「つ」の形。「四つ」と懸ける。

 もはや年のおぼそに成小晦日

[完了の助動詞ぬ]

 さかりには忠が不忠花のあめ

[終助詞] 判断・主張・感情などを強め、相手に言い聞かせる意。

 たゞ大概をあげ侍り。なを疑ひの詞、決定のことばなどの切字、ことごとくしるしがたし

・ 季吟の切字は、ここまでで、28字。「悉く記し難し」は、芭蕉の「四十八字皆切字なり」に通じる。

・ 宗祇は、「かな、けり、もがな、し、ぞ、か、よ、せ、や、れ、つ、ぬ、へ、ず、いかに、じ、け、らん」の18字を挙げている。

下知

  佗てお 七重のひざをやへざくら   ★

  くれてみ うすずみ色の綸旨梅    ★

  すりこぎにしらす たでの花盛    △

  守り給 ことしはやくし十二神    ★

  ねなほり かるゝはうぐろもちつゝじ △ ※もぐら・もぐらもち

  いやめなる子どもうみを ほとゝぎす ★ ※(○おけ)

  ちぎらずといはヘ みかのよもぎ餅  △

  四十からもんどりがへ 老のはる   ★

  よ こよひ十三経も窓の月      ★

 猶、あげていふべからず。

★印は、動詞の命令形。△印「な」は、禁止の[終助詞]。△印「そ」は、[終助詞]で、 [副詞な]+[動詞の連用形]に付け、懇願しつつ婉曲に禁止・制止する。△印「や」は、[助動詞]で、敬語「やれ」の変化したもの。「~なさいな」の意。

(切字、続き)

 また、言ひ添へて、きれ字に用ひたることあり。

言添へ

  さか∠さいのかはらなでしこなむ地蔵
  ひたとおはゞ∠いねのなかなるしかの声

 上の例、「釈迦(さか)/賽の河原/撫子/南無地蔵」「逆井(さかさい)の/カワラナデシコ//南無地蔵」と二重の意。釈迦を言い添えた例。

 下の例、「直と追はば/稲の中なる鹿の声」。この事態のきっかけとなる動作を言い添えたというより、[接続助詞ば]の働き。

をまはし
の切字

  うぐちさへえ(○ゑ)くぼにみる 花の顔

 このような句を芭蕉は作らない。芭蕉の句に替える。

  青くてもあるべき物 唐がらし

 赤いことを「を」に含み、「青くてもあるべきもの」に返して切れる。

→ 「誹諧小式 第九をまはしの発句之事」参照

玄妙切

  ∠玄妙切、∠し∠ぞ∠やの分別と言ふことあり
  うたもな∠花∠めいぼくなかるら∠
 猶この句のならひ。三世の心をこむる深き口伝はべり。初心のかゝるわざして、人のみる目、いとかたはらいたく、くやしく侍れば、かならず心あるべきにや。

 面目、「源氏物語」にめいぼくとある。面目に、名木を掛ける。返す心を含む。

大廻切

  ∠大廻切、 つねはすまじき事なり
   ∠たまりやせぬたまりやいたさぬ∠花の露
 たまりはせぬ花の露と、まはるなり。 

 上句が下五に掛かることを大廻しという。特別なときの句法。

→ 「誹諧小式 第十二大まはし発句之事」参照

三段切

  雪はけさ∠庭の木に餅∠岩に花

 天・人・地の三段。「雪が餅」「雪が花」と、切れているか微妙。

三字切

  かいで見 ∠よ ∠何のかもなし梅の花

  嗅いで見よ/何の香もなし/梅の花

 有也無也関によれば、未来//過去/現在の三時。字は時か。未来で切れるという。

 「俳諧詞寄(梧窓庵)」によれば、切字の数。よって、「よ」「何」「もなし」の三字。
 これも一句内の「切れ」なら、「二所切」でよいが、「三字切」とする。これは、「三つの切字」で、次句との間を切るということ。振り返れば、「言添」以下、発句言切りの例。

二字切

  山さと ∠や ∠いつも正月かどの松

  山里や/何時も正月/門の松

 二字は、「や」と「いつ」。「山里は正月」「いつも正月」と、切れているか微妙。

三しの事

  ∠ふかし ∠とをし ∠おほしなどは現在のしなり
  ∠あるべし ∠なかるべし ∠あらじ ∠なからじ、などは未来のしなり
  此二つのしにては切字になるなり。
  ∠ありし ∠思ひし ∠なかりしなどは、過去のしとて、切字にならざるなり。さきにひく所の ∠夜め遠めの句は、現在のし。あのよなるも及ばじといへるは、未来のしにて侍るなり。 

 形容詞の終止形、推量・当然などの助動詞「べし」、打ち消し推量の助動詞「じ」は切れるということ。「し」は、過去の助動詞「き」の連体形だから切れない。「き」なら切れる。

をはんぬ
ふのぬ

   ∠をはんぬ ∠ふのぬの事
  はつかになりぬあいも見もせで ※「あい」は、逢なら「あひ」、藍なら「あゐ」
 これ定りて廿日になりをはんぬと言ふ心なれば、をはんぬと言なり。さきにぬの字の切字にひき侍し、おぼそに成ぬもおなじことなり。

   ∠ふのぬと言ふは ∠あらぬ ∠せぬなどいふやうの、てにをはなり。たとへば「不有」かきて「あらぬ」とよみ。無為と書て「せぬ」とよむなれば、「不」の字にかよふ「ぬ」の字を「ふのぬ」といひ侍り。

   ∠またおなじ詞ながら、いさゝか声のかはりて、をはんぬにも、ふのぬにもなれり。 ∠消ぬ ∠思はれぬなど、 ∠ヘ ∠け ∠せ ∠て ∠ね ∠え ∠め ∠れ、此文字より、つゞきたるぬの字、みなみなまぎるゝなり。よくよくその句のこゝろをあぢはふへし。
  雪まだとけ∠ぬ深山のおく
 これ、「ふのぬ」なり。
  雪はやとけ∠ぬあの朝日山
これ、「をはんぬ」なり。 

 「畢んぬ」は、完了の助動詞。動詞の連用形に付く。

 「不のぬ」は、 打ち消しの助動詞。活用語の未然形に付く。「ず」の連体形を終止形に転用したもので、切れは弱い。

 「書き-ぬ」は完了、「書か-ぬ」は打ち消しと、付く語の活用形で区別できる。未然形・連用形が同じ一段活用の場合、語形で区別はできない。上の説明では、下一を挙げるが、上一も同様である。


本歌の発句

(取り成し)

   ∠名にしおはゞまめ鳥や月の都鳥 ※マメドリはイカル(斑鳩)の別名。
  名にしおはゞいざことゝはんみやこどりわがおもふ人はありやなしやと
   ∠としをへてすはるや花のかゞみ餅
  としをへて花のかゞみとなる水はちりかゝるをやくもるといふらん

 右二句、本歌のこと葉をあらぬ物にとりなして、上下にをく(○おく)類なるべし

(掻い添い)

   ∠さみだれや山どりの尾のしだらでん ※しだらでんは、震動雷電の音変化
  あしひきの山どりのおのしだりおのながながしよをひとりかもねん
   ∠花はちれどねこそ世継のおきな草
  うへしうへは秋なきときやさかざらん花こそちらめねさへかれめや

 右二句、本歌にかいそひて、いへり。

(本歌贈答)

   ∠老となるはじめや月を見あげじは
  大かたは月をもめでじこれぞこのつもれば人の老となるもの
   ∠是やつみて法花経を得し鴬菜
  ほけきやうをわが得し事はたき木こりなつみ水くみつかへてぞ得し

 この二句、本歌贈答せしなり。

(成り返り)

   ∠卯の花はしらがぞ夏の月がしら ※陰暦四月
  うの花のみなしらがともみゆる哉しづがかきねもとしよりにけり
   ∠をみなへしそちやむぐらの家とうじ
  やへむぐらしげれるやどのさびしきに人こそ見えね秋はきにけり

 右の句、本歌の心になりかへりて、しかも本歌をへつらはずして、かはれる心を言ひ侍しなり。

(心取り)

   ∠こげるからや伽羅の焼がら梅の花
  いにしへの匂ひはいづらさくら花こげるからともなりにけるかな
   ∠なにはがたみじかきかものあしべかな
  難波がたみじかきあしのふしのまもあはでこのよをすごしてよとや

 右、本歌の心をとりて、風情をかへたり。

(詞取り)

   ∠歌もがなよいさくさめのとしのくれ
  今こんといひしばかりをいのちにてまつにけぬべしさくさめのとじ
   ∠朝がほやるりをのべたる花の顔
  るり色にさけるあさがほ露をき(○おき)てはかなきほどぞ思ひしらるゝ

 この二句、本歌のことばをとれるばかりなり。

 右、この本歌をとれるしなじなは、「井蛙抄(せいあしょう、頓阿)」「愚問賢註(ぐもんけんちゅう、頓阿)」などの心を、かたのやうになぞらへて、しるし侍る。まことにあたらぬ事どもなめれど、初学の人のために、あらざらんよりはとてなん、書きつらね侍りし。
 をよそ(○およそ)古詩本語、たとひ世俗のことわざをもて、句作侍らんも、皆々この本歌とる心ばへにて、をし(○おし)はかるべし。


詩の心の発句

(1)

  雪つくす江南のはるのひかり哉 ※雪、行き。貞徳句

  行尽江南数十程 ※「華清宮」杜常七絶

(2)

  ふきあぐる花や春風たうりてん ※桃李てん、忉利天(とうりてん)
  春風桃李花開日 ※「長恨歌(三)」白楽天

(3)

  月のかげをそき(○おそき)は雨やふらうもん ※降ろうもん、不老門
  不老門前日月遅 ※「和漢朗詠集」慶滋保胤


本説の発句

伊勢物語

  あはいゐ(○いひ)を手づからもるやをみなへし ※粟飯
 伊勢物語に、手づからいゐ(○いひ)かいとりて、けごのうつはものに、もりけることなり。 ※伊勢物語二十三段

日本書紀

  とこやみやあかりしやうじのかみ神楽
 天照太神天磐戸にかくれましましけるとき、六合(天地四方)、とこやみと成りけるに、天鈿女命、歌舞をなして、いは戸のまへにて、かなでければ、日の神めで玉ひて、ふたゝび、世にあらはれ玉へること、日本紀、古語拾遺などにあり。


世俗のことわざにてせし句

ことわざ1

  文月やめでたくかしぐはすの飯 

 ※かしぐ=炊ぐ。文-かしく=かしこ。蓮飯=盆に供える蓮葉に包んだ強飯。

ことわざ2

  よるたゝくおとやね耳に水いりな

 ※寝耳に水。

ことわざ3

  子をつるゝきじはあいやのほろゝ哉 

  ※あいやは足の幼児語、あいやのほろほろ(あんよは上手)。ほろろは、雉子声の擬声語。


かな止め発句の第三

  ∠かなととめたる発句は、「にてどまり」に多くは、いはるゝ物にて侍れば、その第三に「にて」とはとめ侍らずとかや。
  わらべ敷長歌反歌も試筆哉    ※敷(しき)は博奕場。丁か半か。
 と言ふ句、先年仕り侍りし。これらの第三、「にて」とは、とむまじきことにて侍るを、その第三、
  重代はやきばかすまぬつるぎにて ※重代=先祖伝来の刀剣。
 とありしを、正章(まさあきら、貞室、貞徳門七俳仙の一、季吟より14歳上で最初の師)も、心つかざりしにや。何とも申されざりけるに、やつがれ申して、
  やいばかすまぬ太刀ならん
 と、なほし侍りしなり。

   ※ 貞門七俳仙:立圃、重頼、貞室、西武、令徳、季吟、梅盛


(以上、発句切字の伝について)

 右、俳諧連歌の発句切字は、先師長頭丸に侍りし、半松斎(はんしょうさい、宗養)の抄物をうつして、あらまししるし侍るところなり。初学、よろしく見ならひ、きこゆべきものなるべし。


誹諧埋木 その2 

脇・第三・面八句之事

 半松斎言ふ、脇は発句にしたがひて、時節をかゝへ、また客主のあしらひ侍るべし。第三は転ずるをもとゝして、一句によそひあるべしとぞ。

 ∠紹巴法眼(ジョウハホウゲン、里村姓、戦国時代の連歌師)の言ふ、脇は発句にかいそひて、句がらをたけ高く、物の名か、なにゝても一字にてとめ候なり。てにをはにて、いひながし、とめぬ物なり。また言ふ、本歌の発句の脇は、発句のいひのこしたる詞をもて、歌の末をつゞきたるやうになすべし。一ふしの手だてをなしたきよしを思ひてせんは、脇の句の本意には、たがひつるなり。脇におゐては、五つのやうあり。
 ∠一にはあひたい付、 ∠二にはうちそへ付、 ∠三にはちがひ付、
 ∠四には心付、 ∠五にはころどまりなり。

 ∠長頭丸言ふ、わきに対付、ひろひづけ、大小のわきなど、いふことあり。
 ∠愚案ずるに、ひろひ付とは、発句の心をうけて、よくこまやかに付おほせたるをいへり。∠彼の心付といへる打そへ付など、の玉へるにひとしかるべし。対付はあいたい付とひとしく、大小のわきとは、ちがひ付の事なるべきなり。

 紹巴法眼、ひとからみといふこと、脇の句にあり。たとへば、藤などの発句に、松を根ざしてはひかゝる物なれば、一句の中に松などに取合せ候は、たゞ花を賞翫にて候ふを、発句に無益の植物を取そへ候ふこと、さらにいらぬことなり。是も上手の行ひは、はかりがたく候ふ。

第三

 また言ふ。第三は、脇の句によくつき候ふよりも、たけ高きを本とせり。句がらいやしきは、第三の本意たるべからず。

 また言ふ。第三は相伴の人のごとし。たけたかく優なるを希ふことにて候ふ。左様の義は、初心の人は学びがたし。風体をかざり、第三めきたる句作り、然るべく候ふ。

 惣別、面八句十句までは、各(おのおの)心得候ふ間、ゆるしなきものなり。

四句め

 四句めをば、脇の句より引さげて、やすやすと付候ふを、四句めぶりと申し候ふ。とまりは、なり・けりなどゝ、いひながし、然るべく候ふ。

五句め

 五句めは、第三の句をかたどり、たけをたかく、御沙汰一々有り候。韵は、らんなどはねて、然るべく候ふ。左なくは、いひながしたるべく候ふ。

七句め

 ∠七句めは、五句めより句がらをやすやすと、風景風情ばかりにて、成さるべく候ふ。

八句め

 八句めは、詞につまり候ふゆゑに、何となくかろがろと、幽玄体をもて付け候ふを、八句めぶりと申し候ふ。

※ 以上、百韻・五十韻・四十四、初折の表八句。


名残の裏、他(初折裏以降の句、誹諧の掟・心得、祝儀・祝言の句など)

※ 次の九句めは、初折の裏14句の第1句(折立の句)。

九句め

 九句めは、ことにつまりゆくものにて候ふ間、前句のてにをはに、そと(そっと)あたり、付けらるべく候ふ。さりながら、懐紙うつりのことに候ふ間、句たけ引たてられ侯やうに、尤に候ふ。

誹諧の掟

 ∠愚案ずるに、右、連歌のならひにて、祖父宗龍(そうりゅう、北村姓。江戸初期の連歌師。紹巴の門弟)、この法眼にうけつたへ侍し抄物にしるされたるおもむきなれば、かきつらねて侍るなり。∠故長頭丸、誹諧には、かゝるおきても、物し給はず。さしあひをはじめ、よろづ緩べ(ゆるべ)侍るわざなれば、大かたは、此心しらひ(心遣い)をもとゝして、さのみまた、折り目高に(堅苦しく)のみはあらずとも」とぞ、のたまひける。

 しかあれど、未練(未熟)の滑稽連師(れんじ、連歌師)にまじはりて、∠唯に(ただに、もっぱら)はいかいは、何の作法もあらぬものにや、いかなるべきしらずかし」など、あさはかにいひゐたらんは、いと口お(を)しかるべきわざなれば、よく定め、を(お)きて(掟)を、わきまへたらん、何のさまたげ有るべきぞや。たゞ大かたに、かく心得ゐたらんは、かのわらひをまぬかるゝに、ひとつのたすけにこそ侍らめ。

十三句めに心得

 紹巴法眼言ふ。夢想・神祗・尺教(釈教)・懐旧などには、十三句めに心得あり。
 愚案ずるに、これ口伝事なれば、かろがろしく書あらはしがたし。

十一句めより、心得

 また、言ふ。十一句めより心をめぐらし、思案専要なり。風姿をつゞけ、詞をかざり、風体をたしなみあそばし候へ。よき前句に付候はんとて、面をすり(面の残りがなくなり)、句ごとにを(お)くれ、前句うけられぬ所にて、付け候へば、必ず一句も節立ち、つかぬものにて候ふ。先々懐紙うつりには、二句三句のうちを心がけ、やすやすと付けられ、そのうちに思ひより申し候ふ句、出来候はゞ、それにて一ふし仕候へば、連歌もはなやかなる物にて候。心いたられず候ふて、存分よりほかの句を、初心にてねがひ候間、句毎に遅れもてゆき、やり句を細々なすことなり。これ等の心得、肝要たるべきなり

祝儀祝言の心得

∠また、言ふ、祝言の時、発句・脇・第三の句などに仕様のこと。∠桜∠花∠梅∠柳∠松∠竹∠花を待∠花ひらく∠めぐむ花∠花おそし∠木のめたつ∠若葉しげる∠木玉の砌∠玉しく庭∠玉すだれ∠まきの屋∠甍かさなる∠軒のつまづま∠門道のゆきゝたえやらぬ∠里々の行かひ∠駒はなちを(お)く。このごとく然るべく候ふ。

 また、言ふ。祝義の時松は千代千年などと、限りを定めざるよし。さりながら、かたづくべからず。∠花をうへ(ゑ)そむる∠小松うへ(ゑ)・うふ(う)るなど、然るべく末をかゝへ候ふことよし。∠夕露∠夕霧∠雪消∠露落∠花散∠木葉落る、かやうのことども、祝言には如何(いか)に候ふ。∠朝霞∠明方の雲∠けさ∠朝、かやうのことにて、然るべく候ふ。

 また、言ふ。祝義の時、上句ににほひの意得あり。
 発句・脇・第三、同前

 宗祗、言ふ。祝言の発句にかなととめ候はんに、脇のはじめのことば、しきしまの道などやうのこと、すまじきなり。「かなしき」と、よみつゞけらるゝゆゑなり。
 ∠また、わきのとまりに、うれしきなど、とめ候はんと、かなしきと文字ならびてあしく候ふ。すべて、玉柳などいふ詞、心すべきなり。「玉や、なき」と言ふにも、よまれ候へばなり。これにて、よろづ心うべきなり。

 愚案ずるに、右のいましめども、初心より後心にいたるまで、能々忘るまじきことわりなるべし

名残の裏などの心得

 ∠紹巴、言ふ。名残のうらなどに、事がましき(仰々しい)詞など、努々せぬ物なり。付句も、前句にひかれ、節立つ物にて候へば、付句にて、やすやすとやること、功者の心得なるべし。

 ∠愚案ずるに、はいかいは、とにもかくにも、よく付たるを、もてはやし侍れば、名残の裏にても、たゞ、おほ付きならざらんやうに、たしなむべし。さすがにはいかいは、連歌よりも、ことひろき道にて侍るめれば、つけ侍らん手立ても、少なからぬにや。長頭丸も、さのみこそ、のたまひしか。さりとて、前句にせんなきことなど、一句をかざらんために、ことおほくたらんは、あやなきわざにこそ侍るべき。また、無文(むもん、表現が平淡な句)にて、あまりに、ぬるきやうならんも、きゝ所なきものなれば、その程のさしはからひ、たゞその人の心えなるべし


手爾於葉之口伝

七ノやの事

口あひのや

∠七ノやの事

  君∠やこんひとりはねじの年こしに

切や

  鳥のこ∠や十づゝ十ひらかさぬらん

捨や

  あの人とはだふれんとは思ひき∠や

疑のや

  なつけば∠や雉も野心うせぬらむ

中のや

  御づしにはひな∠やはりこのならびゐて
 これを「はさみや」ともいふなり。

はのや

  ふじ山∠やこしには雲の帯をして
 これを「のや」とも言ひ侍り。

すみや

  のぞく∠やと壁のあなたを気遣ひて

こしのや

   此外
  不孝なる心∠や人であらざらむ

 右、はじめより三つめ、口あひのやなり。∠五つめ、切やなり。韵やは、捨やなり。

 

 ∠五つめ疑やなり。∠四つめすみのやなり。∠九つめこしのやなり。

 

にてどまりの押さえ字

 ※押さえ字、連歌誹諧に上下呼応する言葉の上のこと。

 △∠にてどまりのをさへ字五つあり
  水くさき心∠を人のならひにて

  うたてき∠はをひ女房のりんきにて ※をひは甥、老いはおい。

  よりそへ∠ば顔ににせざるこゝろにて

  老たれどしにともなき∠も道理にて

からぬ

  しなだるゝかほにく∠からぬまゝ子にて

ぞかよの三文字

 △「ぞ・か・よ」の三字にては、「て」ととまらぬを、「て」と止むる押さへ字の事
  夜ばひぞ∠としゝしにゆくも疑ひて ※小便の幼児語。

  そゞろなる神か∠ときけばうすひきて ※そぞろ(すずろ)-墨磨ろ(すずろ)。臼挽(うすひ)きて-雨水(うすい)来て。

  さらばよ∠とたんだ一こゑいひすてゝ ※たんだは、唯(ただ)の撥音挿入。

いつのての事

いつ-て

 △∠いつのての事 口伝あり。
  なが旅はいつまで草の秋をへて
  ねづなきはいつれかうしにならびゐて  ※いづれ
  やる文はいつこのたれをあてどにて  ※いづこ

「いつ」の漢字表記は「何」、接尾語を付け、何れ、何こ(く)、何ち、何れなど、不定称代名詞となる。はっきりしない事物について問い掛けて切り、先に言うべき説明部分に接続助詞「て」を付けて添える。倒置の一つ。

下句のてとまりの事

て止まり

 △∠下句のてとまりの事
  見ぐるし野べの萩はしほれ(○しをれ)て
  松にけあげしまりはとまりて

下の句のつゝどまり

つつ止まり

 ∠下の句のつゝどまりは、さのみならひと言ふことも、あらず。たゞ、上の句のつゝどまりには、中に∠なりとか∠けりとかいふ詞、ありて、つゝととむべきよし、宗養の説なれども、すべて、近代好まざることとかや。下の句は、
   大さかづきをくみかはしつゝ
 など、ちかくも長頭丸など、いひたまへり。猶ほ、口伝あり。

見ゆとまりの事

見ゆ止まり

 △ 見ゆとまりの事
う  ほのぼの月のひかりだ∠うみゆ  ※原文、堂は漢字。中央に∠を打つ。
く  すいりせし鵜の波にう∠くみゆ   ※水入り(すいり)
す  みしやげし柿ぞかちおと∠すみゆ  ※みしゃげる=割れる
つ  うこんのばゝに玉をう∠つ見ゆ
ぬ  かく文章のつくろは∠ぬみゆ
ふ  うちばこかりて縄をな∠ふみゆ  ※内箱は、芸妓屋で芸者の世話をする者。
む  木ずゑにとゝがゑのみは∠むみゆ  ※とと、鳥の幼児語。

る  むかひの山にところほ∠る見ゆ
 大かた、かやうにて、みゆととめ侍り。また、さならで、とめたる例もあり。
 みづからは、かく覚えて、人のことは、とがめ聞こゆまじきなり。

(こその止まり)

(こその止まり)

 △∠こそといひては、けせてへめれと、とまるなり。
け  馬のうへにて琵琶をこそひ∠け
せ  きもをこそつぶ∠せね耳に水いりて
て  すみがしらこそけぶりとはた∠て  ※炭頭、大きいがよく焼けていない炭。
ね  いひこそはせ∠ねはらのたつ事
へ  おためこそ思∠へにくさのいけんかは
め  木の葉こそふるら∠めかゝる晴天に
れ  肩をこそうらむ∠れ世をばかこためや  ※下五、不詳。
 この外、しか・ありしなどと、もとむるなり。彼の、人しれずこそ思ひそめし∠かの類なり。

こそてには

こそてには

 △∠こそてには
   ぬしあればこそつらき若衆
  はじめこそこらへしざれのこく成て  ※ざれ、戯れ。

 △∠これら、∠れと、心にもちて、とめたるなり。
  いかで・いつ・など・なに・さぞ・誰・いく・や・か・なぜに・どち、このごとく押字にて留なり。

かさねらん

かさねらん  △かさねらん
  ∠とめざらん物ゆへまりをけあぐらん
  ∠秘所ぞうきしるらん事をかくすらん

一字ばね・二字はなし・三字くはへ・四字不同と言ふ事

一字ばね

一字ばねとは  押字なくて、はぬるなり。
たとへば、な∠ん・せ∠ん・み∠ん、などなり。

二字はなし

二字はなしとは 前句の∠やをうけて、はぬることをいふ。

三字くはへ

三字くはへとは 宗養、三ヶ月に原と付け、老にその森とつくる類なり、との給へり。はいかいに言ふ、
 ∠手折て供にもたせぬる萩
  大水も心かくらし玉まつり

四字不同

四字不同    宗養言ふ。松と藤と有る前句に、風と波と付るなり、云々。
       ∠愚案ずるに、松に風はくるしかるまじけれど、藤に浪は、今の世のはいかいならば、うしろ付とやいはん。それもまた、句の仕立やうによるべきにや。

治定のか

治定のか

△∠治定のかと言ふ事
  花のみ∠か若衆ざかりもしばしにて
 このかにては、てととまるなり。また、
  あらそふ∠かもちをねずみのひいていて
 かやうにてもとまるべし。

句切連歌

句切連歌

 彼の宗養の抄物に、句切連歌と侍るは、一句のうちを、句をきりて、きく所あるを言ふとぞ。長頭丸、をしへ玉へりける連歌の句、これを略す。
   世にそまらざる気だてとぞしる
  まあ紙かはたゞ松ばかり。紅葉して  ※紙花(しか)は遊郭の紙纒頭(かみてんとう)のこと。

異形通対

異形通対

 ∠異形通対と侍るは、無名の鳥に有名の鳥を付け、とりなしたる句なり、とのたまへり。連歌、これを省す。
  夜がながいとやむしもわぶらん
  あぶら竹すべりて蟻ののぼりかね

かけてには

かけてには

 ∠かけてにはとは、前句の終の詞を、当句のしめにうけてつくるなりとかや。連歌に、
  くる秋の心よりをく袖の露
   かゝるゆふべをおぎのうはかぜ
 これをはいかいに、なぞらへ侍らば
  見玉ふと袖に流れおんなみだ
   おつる出家のこゝろわりなし

きせてには

きせてには

 ∠きせてにはとは、当句の韵の字を、前句のかしらの詞に、ことはらせたるなり、とぞ。
 連歌、
   せんかたもなき秋のかなしき
  霧くらき夕のやまの雨やどり
 はいかい
   めぐるもやすき神の宝前  ※ほうぜん、ひろまえ
  みあかしもあぶらさしたる御くるま

かさねてには

かさねてには

 ∠かさねてにはとは、前句の終のことばを、当句のかしらにうけて、かはれる事の、となへおなじきことばにて、いひ出せるなり、とかや。連歌、これを略す。
  桐のはにきれいにそゝぐ露の玉
   たまの客にや出すひやむぎ

あたりてには

あたりてには

 ∠あたりてにはとは、前句に、けやけき詞あるにあたりて、付る句なり、となん。連歌、引くにをよば(○およば)ず。誹諧、
  又かきたつるまどのともし火
   古今集すめば後撰に筆をそめ

重又、地又と言ふ事

重又

  ∠又といふ詞に、∠重又、∠地又と言ふ事有り。
重又   また留守をして茶磨ひけとや  ※ちゃすり

地又

地又  又とあふそもじならねばなごりおし(○をし) ※そもじ、中世は目上、近世は対等以下の男の二人称。

(てにをはまとめ)

 かやうのてにはをよく心得て、付け侍るべきなりとかや。すべて、八字の付所といふことあり。

  ∠さへ∠なに∠か∠猶∠こそ∠は∠誰∠も  これなり。

 これらの心をしらで、付け侍る作者は、めなしどちの、をし(○おし)に道問ひける類なるべし。

(追記)

すみのてには

 △∠すみのてには
  のびあがりのぞく垣ごし花ありて
  すんずりとしたる松陰駒とめて
  ※すんずりは京方言。涼しくすがすがしいこと。

 かく、のこしをくてにをはに、一句のたけたかくなるものなれば、第三などせんに、この心ばへありて、よきぞと、返す返すぞ、の玉ひけるを、今に小耳にはさみて、忘れがたく、げにげにと思ひ出る折々、おほく侍るぞかし。のちの、これをみん人、かならずかならず、ゆるがせにおもひなすべからず。


誹諧埋木 その3 

本歌ことはる俳諧

(例1)

∠本歌ことはる(○ことわる、理る)俳諧


   まかりかへるや大覚寺殿
  滝の音はたえて見にこしせんもなし

  嵯峨大覚寺にまかりて、これかれ歌よみ侍りけるによみ侍る。

  滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ  藤原公任

 ※ 大覚寺殿は、後宇多上皇。

(例2)

   恋のけぶりとよんだるはなに
  待宵でなきにも侍従かほらしつ ※○かをらしつ

  いかにせむ室の八島に宿もがな恋のけぶりを空にまがへむ (俊成、千載703)

  待つ宵のふけゆく鐘の声きけばあかぬ別れの鳥はものかは (待宵小侍従、新古1191)


皮肉骨の誹諧

皮・肉・骨

   荷に念いるゝおほはかのしゆく  ※あをはか、青墓宿。
  本膳はいとそさうなるはたごにて  ※粗相、粗末。

 盗賊長範は、義経と奥州へ下る吉次の荷を狙い、青墓宿で襲うが討たれる。

 内容ではなく、「さびれた宿」にのみ付けた例。皮相の付けである。

   普賢の前によめるほけ経
  うぐひすのこゑはさくらのこちらにて

 普賢象はバラ科サクラ属の植物の一種。雌しべが普賢菩薩の乗る象の鼻に似る。室町時代に知られるサトザクラの一つ。

 法華経からウグイス、普賢から桜の普賢象を連想し、前句の意をとらえて付ける。皮より深い肉相の付け。

   からりからりとからめきぞする
  さんせうとこせうをいれてすりこ鉢  ※山椒、胡椒

 前句、からめきは、やせた様や、軽く硬いものの立てる音、からめくの連体形。こうした風情や情緒に付けた「深みのある」例をいうか。


真草行之誹諧

   文字数多くかこつたまづさ
  からすうりのさねこんといひし比も過て

  どしめくや馬物具のをと(○おと)ならし ※もののぐ
   たいこをうちていさむさいれい

   はれさうになき月のくろ雲
  心をば腎よりいろにまよはせて

 ∠宗養、言ふ。心、詞かけあひたるを∠真といひ、趣ばかりを付るを、∠草といひ、大かたよりあひたるを、∠行といふとかや。


有文の句作、無文の句作

有文・無文

 △有文(うもん)の句作、無文(むもん)の句作りといふ事有り。

   ながめて月を猿やほしがる
 これ有文なり。かやうに、句作をたしなむべし。
   月をながめて猿やほしがる
 これ無文なり。一句こともなきにや。

 有文、和歌・連歌・俳諧で、技巧や趣向のおもしろさが目立つもの。
 無文、和歌・連歌・俳諧で、表現が平淡なこと。また、そのような歌や句。

 有文の例句、上七が、倒置(修飾語・被修飾語)である。音数は四三、無文の例句は三四であることから、次段に関係するか。


二五三四五二四三

 ∠下の句に∠二五∠三四∠五二∠四三といふ事
 知らずは、あるべからぬならい(○ならひ)なり。

二五三四

∠二五∠三四とは
   かい日のくれに∠なく∠ほとゝぎす
   山ほとゝぎす∠きなく∠晩景

五二四三

∠五二∠四三とは
   うそくらがりに∠ほとゝぎす∠なく
   晩がたのほど∠とぎすと∠なけり

 おなじ作意を、とざまかうざまに、思ひめぐらして、そのうちにとなへむに、耳にもたゝず、きゝよろしきやうに、したて侍るべし。
 すべて、三四をよきにさだめ、四三をあしきにさだめたり。二五と五二とは、その句によるべきにやとぞ。


誹諧埋木 その4 

親句疎句

親句

 ∠歌連歌に、親句疎句と言事あり。

 親句とは、詞のたくみをもとゝし、前句の付合にしたしみたるなり。心敬僧都の連歌の引句に、
   氷の上に波ぞたちぬる
  さゆる夜の月のかげのゝ花すゝき
   あるじやかたを今つくるなり
  片岡の里のあたりを田になして
 など侍り。

 はいかいにも、
   地をくゞりてぞ天へあがれる
  うぐろもちを黒やきにする夕けぶり
   橋のいたをも引かとぞみる
  大鼠ながらの里にあつまりて

 連俳の親句とは、前句の語句・意味・姿で付けること。その付句もいう。

 和歌は、一首が語や音で切れず、続きのあるものをいう。正親句、響親句がある。

疎句

 心敬僧都、疎句の引句に
   はじめもはてもしらぬ世中
  わたのはらよせてはかへる興津なみ
   これやふせ屋におふるはゝき木
  いなづまの光のうちの松の色

 前句の姿・ことばをからで、只ひとへに、心まで付たるなりと、のたまへり。

 誹諧
  腹だちやひろき所をせばくして
   いらぬすみごをうちてまけぬる

 ∠歌には疎句に秀歌おほしと、定家卿も、申し玉へるとなん。俳諧は先耳ぢかきをもとゝして侍るわざなれば、にや。疎句の体は、目驚かぬ心地なんする、とかや。

 連俳の疎句とは、前句の情趣で付けること、またその付句をいう。

 和歌は、情趣によって統一されているものをいう。


篇序題曲流

概説
例1,2

 △∠歌に篇序題曲流と言ふ事あるを、連歌にもあるべしとて、心敬僧都、言ふ。
 仮令、下の句に曲の心あらば、上ノ句を篇序題になして、いひ残すべし。また、上の句に、曲の心ありてもみたらば、下句を篇序題にいひかなへず候となん。
 ∠はいかい
   あふみぢさして落てこそゆけ
  物ぐるひこしにはあふぎ目はなみだ
   さぐれどもけはさはらざるとこ
  えんわうのふすまは鳥の名のみして
 この句、前の下の句に、曲の心ありて、いひつめたるゆへに、付句を篇序題になして、いひかけて、前句にゆづりたるなり。

例3,4

  わが心なたねばかりに成にけり
   人くひ犬をけしといはれて
  うへは下したはうへにや成ぬらん
   ひざにはかしら手にはひぢしり
 この二句は、前句に曲の心ありて、いひあらはすゆゑに、下の句を篇序題になして、前の句をうけて、いひながしたるばかりなり。

言い残すこと

 心敬僧都、連歌は、かならず上の句をいひのこして、下の句にゆづり、下の句をいひはてずして、上句にいはせはつべきものと、見えたり。
 各々にいひはてたる句には、感情秀逸なかるべしと、のたまへり。

説明1

 愚案ずるに、篇序題曲流は、歌の五句の作りざまなるべし。
 篇は人のがり尋ぬるに、いまだたゝずみたるさまなるべし。
 ∠序は、申し次などを、待つほどのことなり。
 ∠題は、この事をいひにきたる、などの分なるべし。
 ∠曲は、その意趣をあらはすさまなり。
 ∠流は、いとまをこひ出たるなるべし、とかや

説明2

 ∠たとへば、
 ∠篇は、ものの本などの外題なり。
 ∠序は、その書の序分(文)なり。
 ∠題は、その書に書きあらはすところの、こまやかなることを、ひとつひとつあらはし置たる題目なり。
 ∠曲は、そのひとつひとつを、つぶさにいへる文句なり。
 ∠流は、よくいひ終れる心にや。

 心敬僧都、この五つの作りざまを、連歌にも、上下両句を、一つに吟じ合せて、心を得べしとなり。
 この用、心なくは、句ごとに、冠をあしにはき、沓をいたゞくこと、おほかるべし、とぞのたまへりける。
 されば、はいかいも、付けもてゆく心ばへは、ことなるべきにあらぬわざなれば、よく心うべきことなりかし。


十体

 ∠三十体。愚案に、十体の中より、さまざまのきざみきざみありて、すべて三十体なるべし。

第一幽玄体

 この体の事、おくにしるせり。
  美人とはかみのかゝりでしるぞかし
   絵には小町をうしろむかせよ   長頭丸

行雲体

   六月よりもおもふ正月
  ぶりぶりのなりにむきたる真桑瓜  昌俔

廻雪体

   今の世までもしのぶ神農
  七賢と歌ひしふしにあぢ有て     意安

第二長高体

 愚案ずるに、定家卿言ふこの体は、生得の口むきならでは、よまれぬ姿なりとかや。俳諧は、猶ほしか侍るべし。
   ちからかいをものぼる鯉哉
  馬の瀬にいかなる淵の有やらん   為家卿

高山体

 愚案ずるに、定家卿言ふ∠遠白、∠高山、∠澄海、このさまざま申出候。∠長高体の中に、かやうの姿、相まじはるべし。
   六つのみちもやふさがりにけん
  横笛のあなにひとつの指あけて   長頭丸

遠白体

 定家卿言ふ、器量天性ならんか。稽古年ふりたらんとき、常によまるべきなり。
   石のうへにてやすらひにけり
  すぐろくの手うちわずらふ指のさき  救済法師

澄海体

 定家卿言ふ、心をくれなるやうにて、たゞありのまゝの事を、平懐によみなしたるが、さるから物にも混ぜぬかた有て、ことはりあらはにいひ知りて、さすがにけだかゝらん歌をや、申すべき。
  うらなみにながるゝ物はひかりもの
   くらげといへど字は海の月      正式

第三有心体

 定家卿言ふ、その心を、おもてとして、よそほひをうらにしてよめるなり。また、言ふ、おほよそ有心体を以つて、至極とすべし。
  はかなしや玉をぬすまんはかりごと
   仏の目をもくじるすゑの世      長頭丸

物哀体

   もゝついてみせん心中のほど
  ついひぢの忍びがへしも忍びこえ  正章

不明体

   はれさうになき月の黒雲
  心をば腎より色に迷はせて      岡田将監

理世体

 定家卿言ふ、理世撫民は、有心体の本意なり。異域の堯舜、吾朝の延喜天暦の賢き明時聖代のごとくなるべし。
   あみの糸こそつきやれにけれ
  岩かどや鑓のごとくにとがるらん

撫民体

   前わたりする人にだきつく
  橋板をすべる御主の供をして    法印玄与

至極体

 定家卿言ふ、正しくまめなる心を含みて、詞またおぼめかず、直につゞけなして、しかも面白き所みえて傍にもぬけ出たらん類と申すべく候ふ。
   我から人にわろくいはるゝ
  あまのかるもの知がほは見苦しや  長頭丸

第四麗体

 定家卿言ふ、このむねと学ぶべきすがたなるべし。
   ふるかは衣ぬぎぞ捨たる
  二もとの杉の木陰に水あみて     素阿法師

存直体

   わらへばはこそふたつ白けれ
  雪の上にあしだやはきて遊ぶらん  道誉法師

花麗体

   日本のものゝ口のひろさよ
  大唐をこがしにしてやのみぬらん   宗鑑法師
  君が代とかの字を付てよむ歌に   長頭丸

松体

 定家卿言ふ、その心たくみにして、さるから、そゞろげなところなく、つよきを申し侍るべし。
   そもそもこれは何といふべぎ
  能のわき名のるよりはや打忘れ   玄旨法印 ※細川幽斎

竹体

 定家卿言ふ、少しさえたる所、そへるが、少しけしきばみて、しかも、松体のごとくに、いつきゝもおなじやうなる類と、申すべきにや。
   やせたるうでを出す松陰
  ゑんこうがほしさうにする岑の月   長頭丸

第五㕝可然体

   くづるゝつちぞながれ出ける
  軒ばもる雨のふるやのかべぬれて  素阿法師

秀逸体

   いはでかなはぬ時宜もこそあれ
  はやくたゞそり捨たしやみだれ髪   由己 ※ゆうこ、大村

抜群体

 定家卿、有心体にくらべて言ふ。長高体を存ずるばかりにて、毛羽そろへるしるしなき類なるべし。
   手にとるばかり手ごしをぞみる
  みね高き足がらこゆるあしもとに

写古体

 定家卿、詞づかひ古めきはてゝ、近来の歌とも更に見えぬが、心慥に、さるから、物のあはれうかびそへたるたぐひと、申すべし。
   おやにしられぬ子をぞまうくる
  わが庭にとなりの竹の根をさ□□ ※□、印刷切れ。「して」の一部あり。

第六面白体

  仏だにふかき物をやこのむらん
   極楽はよきところなりけり      敬心法師

一興体

  いかさまに盗人ならんした心
   かきそこなへる恣(ホシイマヽ)の字  道節

景曲体

 定家卿言ふ、見様体の歌の、しかもおもしろく興ある姿と、そこに結搆(けっこう、組み立て整えること)したらん姿にて、侍るべきにや。
  世の中にふしぎの事をみつる哉
   わしの尾にこそはなはさきけれ ※鷲の尾、桜の品種。大輪。

第七濃体

 定家卿、この体をば、相搆へて、初心の程よりよみならひて、詞づかひあざやかに、口かろなるやうに学ぶべし。優あるが、しかも、ことはりたしかに、きかするさまなるべし。
   老たるねずみゐるそらぞなき
  古ぐらの壁まはり成犬はしり      救済法師

第八見様体

  三輪山の尾さきやながう出ぬらん
   栗鼠かがみゐる杉むらのうち    正章

第九有一節体

 定家卿言ふ、この体をば、いたく好むべからず。また必ず捨てよとにはあらず。時々まぜてよむべしとぞ。
   かすみのころもすそはぬれけり
  さほ姫の春立ながらしとをして  宗鑑

第十拉鬼体

 定家卿言ふ。骨を存じて、余情を忘れたるたぐひなり。
  露そつとさはればはつちやけむくむく ※はっちゃ、驚きの声。
   すゞめの玉子かへるすおろし  竜慶法師

強力体

   山々の雪のあたまや春の雨
  にぎりこぶしをいだすさわらび

幽玄体について

 愚案ずるに、京極黄門、御説に言ふ、おほよそ、今の体に幽玄と申すは、すべて、歌の心、詞かすかにたゞならぬさまなり。行雲・廻雪の、ふたつのすがたと申すも、たゞ、幽玄のうちの余情なり。但し、心有るべきにや。 

∠幽玄は惣搆(総じた構え)、行雲・廻雪は、別名なるべし∠幽玄と言はるゝ歌の中に、薄雲の月を帯たるよそほひ、飛雪の風にたゞよふ気色して、詞の外に面影のうかびそへらん歌を、行雲・廻雪の体と申べきにとぞ、亡父卿申されしとぞ、のたまひける。

 心敬僧都言ふ、昔の人の、幽玄体と心得たると、大やうの輩の思へると、はるかにかはるなり。古人の幽玄と取をけるは、心を最用せしにや。おほやうの人の心えたるは、姿のやさばみたるなり。心のゑんなるところは、入がたき道なり。人もすがたをかいつくろへるは、諸人の事なり。心をおさむるは、一人なるべし。されば、古人の最上の幽玄体と思へるあとゞも、このころは分明にや侍らざらんとなん。これ、歌連歌の幽玄体を沙汰し給へる詞どもなれば、これによりて、誹諧をも、おもひはかるべし。


誹諧埋木 末尾 

(後記)

 今このつゐでに、猶いはまほしく、かゝまほしきことども、あまたあれど、けふは、しはすの、のちのこゝのかなれば、人ごとに急ぎあへる比なるに、いとあさましう、世につるゝ心の、あはたゞしからずしもあらねば、猶またつゐでなかるまじやとて、筆をさしをく / ものならし

(刊記)

校合

     丙申睦月初五日重校合之           季吟

丙申年は、明暦2(1656)年。1月5日、重ねてこれを校合す。季吟、33歳。

     同五月十四日謹写之          門弟 元隣

明暦2年5月14日、謹んでこれを写す。元隣26歳。京の商家に生まれるが、病身のため廃業。季吟に誹諧を学び、寛文6(1666)年立机。埋木刊行の前年43歳で逝去。

日付

  延宝元癸丑年仲冬吉日

延宝元(1673)年、癸丑(みずのとうし、きちゅう)の年、11月吉日。

発行

               寺町二条上ル町

                          開板

 書肆名はないが、住所により井筒屋庄兵衛と分かる。また、庄兵衛編「誹諧書籍目録(しょじゃくもくろく、元禄5年刊の井筒屋刊行俳書目録)」に、「埋木、一冊、延宝元年霜月中院、季吟作」とあって、明らかである。



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