俳諧の作法 「山中問答」「付方八方自他伝」

山中問答 索引
序文乙也、秋江・鴬村宛て書簡
俳諧大意前書き①俳諧の心②道理と理屈③虚実
④俳諧の文字⑤道草の花⑥俳諧の姿⑦俳諧の楽しみ
⑧工夫は平生⑨切字⑩曲節地⑪句の姿
⑫脇⑬第三⑭初折⑮二の表⑯三の折
⑰名残の折⑱風雅⑲謡ものなり後書き
付方八方自他伝①自・場・他②他・場・自③場・自・(自・他)④場・他・他
⑤場・他・(他ア・自)⑥自・自・他⑦自・他・(他ア・他)⑧他・他・(他ア・自)
⑨他・他ア・自 ⑩他・他ア・自⑪半・場・他⑫自・自・他
⑬自・自・他注釈 後書
巻末也同跋書肆
資料 索引
自他伝の補足「俳諧寂栞」の「連句自他の事」(白雄編著)
北枝の資料立花北枝の資料(別ページ)

山中問答、付録北枝叟考 付方八方自他伝

<解題>
  「蕉風俳諧作法伝書」の一つであり、芭蕉が目を通した伝書として、最も信頼されるものである。
 立花北枝の著で、奥書に「山中の温泉にして翁の物語り給へること共あらあら書留侍り」とある。
 芭蕉が細道行脚の時、元禄2年7月中旬から8月中旬まで寄り添う中、病気の曽良を助け福井に同道する途次、山中温泉で俳諧を問い、聞き得た二十条足らずの箇条書きである。
 後に板行したのは也同で、その際、付け方に関する北枝の考、「附方八方自他伝」を付録としている。これには「右三年の工夫を以で蕉翁に見せ申し候処の一法なり。仮初め他見を許さず。執心の人々相伝すべし。多分は秘すべし秘すべし」といふ奥書きがある。この「附方八方自他伝」も芭蕉は読んでおり、俳諧で学ぶものにとって、今なお欠かすことのできない内容である。
 底本は、貼外題「山中問答」・序「乙也書簡」・也同跋、嘉永3(1850)年、或いは文久2(1862)年の近江屋又七出版、石川県立図書館所蔵。


山中問答

序文

序(乙也書簡)

貴書辱拝誦、清和之節愈御多祥珍重珍重。拙無異。例之物草いづ方へも一向御不音のみ。偖今般山中問答上梓御思召立の由、此義は先年、也同老より粗承候。實ニ蕉門壁中の書ニして、此道の至寶申迄もなし。天晴之御盛気、鼓舞雷同不レ過レ之候。就者小序御申越、致二熟思候處、此二一言を加へ候はゞ泥をもて玉ニ彩るがごとく、返而古人を穢候罪を不レ免候へば任二愚意一兼候。猶當時名家ニ御求候はゞいか程も可レ有レ之候へ共、矢張無レ之。方璧を全すると可レ申哉。斯申も道をいやしめざるの本意迄に候へば能々御了簡被レ下度候。委曲は也同老へ申入候間、可レ然御談し可レ被レ成候。先は貴答迄匆々不一
  卯月十五日               乙也
    秋江雅兄
    鶯村雅兄

 貴書、辱く(かたじけなく)拝誦(はいしょう)、清和の節(気候が清らかで穏やかな、旧暦四月の折)、愈よ(いよいよ)御多祥、珍重珍重。拙(私めは)、異なし(異状なし)。例の(いつもの)物草(無精で)、いづ方へも一向御不音のみ(まったく音沙汰していません)。

 さて、今般、山中問答、上梓御思し召し立つの由、此の義は先年、也同老より、粗(あら、粗方)承り候ふ。實に蕉門壁中の書(焚書を避けて壁に隠した書物、貴重本)にして、此の道の至寶、申す迄もなし。天晴の御盛気、鼓舞雷同、これに過ぎざり候ふ。

 就いては、小序御申し越し、熟思致し候ふところ、此に一言を加へ候はゞ、泥をもて玉に彩るがごとく、返りて(却って)、古人を穢し候ふ罪を、免ぜざるに候へば、愚意に任せ兼ね候ふ。

 猶ほ、當時名家に御求め候はゞ、いか程もこれ有るべく候へ共、矢張之なし。方に、璧を全うすると申すべき哉。斯く申すも、道をいやしめざるの本意迄に候へば、能々(よくよく)御了簡下され度く候ふ。委曲(つばら)は、也同老へ申し入れ候ふ間、然るべく御談じ成さるべく候ふ。先づは、貴答まで。匆々。不一。
  四月十五日               乙也
    秋江雅兄
    鶯村雅兄


 跋のとおり、也同が写した本書を、秋江・鴬村の二人が、上梓する。その際、乙也に序を求め、乙也が固辞した書簡を、そのまま序にしている。也同、乙也は不詳。秋江(しゅうこう)は、安永5(1776)年「月の夜」(樗良撰)入集、若狭小浜の秋江か。

 次に、著者北枝の略歴を置く。

<立花北枝>ほくし

通称研ぎ屋源四郎、別号鳥翠台、趙翠台、壽夭軒、趙子。加賀小松の生、金沢で兄牧童と刀研ぎを業とする。元禄2(1689)年、細道で金沢を訪れた芭蕉に入門。越前松岡まで同行。北陸俳壇の中心。享保3(1718)年5月逝去。50歳くらい。元禄2「山中問答」、元禄4「卯辰集」など。


山中問答/俳諧大意

俳道に志あらん人は、

  山中問答
  俳諧大意
 蕉門正風の俳道に志あらん人は、世上の得失是非に惑はず、烏鷺馬鹿の言語に泥む(なずむ)べからず、天地を右にして、萬物、山川・草木・人倫の本情を忘れず、落花・散葉の姿にあそぶべし。其すがたにあそぶ時は、道古今に通じ、不易の理を失はずして、流行の変にわたる。然る時は、こゝろざし寛大にして、物にさはらず、けふの変化を自在にし、世上に和し、人情に達すべしと、翁申たまひき。


正風俳諧の心

一 正風俳諧のこゝろは萬物の道・よろづの業にも通ひて、一端にとゞまるべからず。世に俳諧の文字を説て、誹は非の音にて俳の字然るべしといへる人もあり。或は史記の滑稽をひきて穿鑿の沙汰に及ぶものもあり。しかれども吾門には俳諧に古人なしと看破する眼より、言語にあそぶといへる道理に任せて、誹・俳の二字とも用ひて捨ず、他門に對して論ずることなかれと、翁申給ひき。


道理と理屈

    道理と理屈との二種ある事
一 俳諧の道理に遊ぶ人は俳諧を転ず。はいかいの理屈に迷ふ人は転ぜらる。世に上手・下手の論のみして、俳諧といふ道の所以をしらず。蕉翁は正風虚実に志ふかき人を、吾門の高弟なりと誉給ひき。


虚実

一 虚実に文章あり、世智弁あり、仁義礼智あり、虚に実あるを文章といひ、礼智といふ。虚に虚あるものは稀にして、正風伝授の人とするとて翁笑ひ給ひき。
  私曰、虚に虚なるものとは、儒に荘子、釈に達摩なるべし。


俳諧の文字

一 いにしへより詩といひ歌といひ、道の外に求るにあらず。然るに、よのつね俳諧の文字にまよひて、和歌に對したる名の道理を辨へず、頓作・当話の俚俗に落て、狂言綺語とのみおぼえたる人もあるべし。これあさましきことなり。


道草の花

一 はいかいは道草の花とみて、知を捨て愚にあそぶベしとぞ。


俳諧の姿

一 俳諧のすがたは俗談・平話ながら、俗にして俗にあらず、平話にして平話にあらず、そのさかひをしるべし。此境は初心に及ばずとぞ。


俳諧の楽しみ

一 世人俳諧に苦しみて俳諧のたのしみを知らず。付句の案じやう趣向をさだむるに心得あり。


工夫は平生

一 工夫は平生にあり。席に臨では無分別なるべし。


切字

一 初学の人切字に惑へり。発句治定の時は切字おのづから有べし。


曲節地

一 面八句ならび四折に曲節地の配りある事。


句の姿

一 発句は発句の姿あり、平句は平句の姿あり。発句は大将の位なくしては巻頭にたらず、平句は士卒の働なくしては鈍にして役にたたず。先このこゝろ得第一也。


一 脇の句は発句と一体の物なり、別に趣向・奇語をもとむべからず。唯発句の余情をいひあらはして発句の光をかゝぐる也。脇に五ツの付方あれども、これみな付やうの差別にして、外に趣向を覓る(もとむる)にあらず。


第三

一 第三は或は半節・半曲なり。次の句へ及すこゝろ、第三の姿情なり。て留は何の為ぞと工夫すべし。て留をはぶきぬれば、何留にてもよきぞとなり。


初折

俳諧一韻にて、四折は面にして表裏の句あり。歌仙にていはゞ、名残の表はあそび處としるべし。

一 初折は地の句を専らにして奇語・怪言をこのまず、直なるべし。恋の句などそのこゝろ得あるべし。


二の表

一 二の表に至ては半地・半節也。初折の礼法をすこしゆるめたる心なり。礼の用は和といへるがごとし。


三の折

一 三の折は俳諧のあそび処也。もつぱら花やかなる句を求め、をかしみを案ずべし。されど和して礼を忘れずとは、正風の姿情とこゝろ得べし。


名残の折

一 名残の折は一巻の首尾なれば、その坐を屈せぬやうにすべし。匂ひの花・挙句にいたつて、高貴の人をまたせぬるは不礼也。俳諧は言語の遊びにして、信をもって交る道なり。妙句に一坐を屈しさせんよりは、麁句にその坐の興を調へよとなり。一巻の変化を第一にして滞らず、あたらしみを心懸べし。好句の古きより、悪き句の新しきを俳諧の第一とす。


風雅

一 句文に風雅といふことを忘るべからず。さび・しほり・細き・しほらしきといふは風雅なり。此こゝろがけなければ、或は平話の句はたゞごとになり、或は無骨、或は野鄙に心いやしく、又道理に落て俳諧連歌の本意を失ふこと、道に於て甚太切のことなり。


謡ひものなり

一 俳諧は謡ひものなること、こゝろえべし。
 名聞の為に風流をおとし、物好みして徳をうしなふと、常にいましめ教へ給ひき。

  山中や菊は手折じ湯の匂ひ
 翁山中温泉にして翁の物がたり給へることゞも、あらあら書とゞめ侍る。
  元禄二年已巳秋
             金城 北枝 誌


付録北枝叟考 

付方八方自他伝


自・場・他

      硯にむかひすだれ揚つゝ     自
     梨の花さき揃ふたる夕小雨     場
      雉子におどろく女ひとむれ    他

 箇様に中の句人情なき時は、自他をふりわけて句作すべし。いか様に転じても中の句を両方にてみるなり。

・ 人情自とは、人物が、自分の姿や心情、振る舞いを表したものである。

・ 人情他とは、その句で語られる人物の姿や心情・振る舞いを表したものである。

・ 場の句とは、人情なしの総称。景色・時間時刻・事柄などを描き、人物の姿や心情を語らないものである。
・ 以下、[付]は付句、[前]は前句、[越]は打越句、[視]は視点人物(見ている人)、[作]は作中人物。


(前句が人情なしのとき、人情他の付け)
 ┌[越] 硯に向ひすだれ揚つゝ  自┌[視]硯に向かった人が、
 └[前]梨の花咲き揃ふたる夕小雨 場└ 簾を揚げて見た情景を描写。
 ┌[〃]     〃       〃┌[視]景色を見てる人が、
 └[付] 雉子に驚く女ひと群れ  他└ [作]見た女の群れの様子を描写。


他・場・自

     おくり火に尼がなみだやかゝるらん 他
      まつ風遠く水のゆくすゑ     場
     さつぱりと酔のさめたる明屋しき  自

 これも自他をふりわけたるなり。但し、面に句つゞき、四五句も人情なき句付たるときは、今一句のばして付るは、常のことなり。

(前句が人情なしのとき、人情自の付け)
 ┌[越]送り火に尼が涙や掛かるらん 他┌[視]尼を見ていた人が、
 └[前] 松風遠く水の行く末    場└ 見た水の風情を描写。
 ┌[〃]     〃        〃┌[視]水を見てる別の人が、
 └[付]さつぱりと酔の醒たる明屋敷 自└ [作]自身の酔い醒めを描写。


場・自・(自・他)

     落瓦あらしは松に鎮りて      場
      みなわすれたる明がたの夢    自
     抱籠の手ざはりもはや秋ちかき   自
  又
     看病の粥ふきさます小くらがり   他

 か様に人情なき句へ、自の句付たる時は、その人の自の句を付るとも、別に人を出して自の句よりみせるか、物いはせるか、思ひやらせるかに句作すべし。此外付方なし。

(前句が人情なしのとき、人情自の付け)
 ┌[越]落ち瓦嵐は松に鎮りて    場┌[視]嵐が去って、目覚めた人が、
 └[前] みな忘れたる明方の夢   自└ [作]自身が見た夢を忘れた話。
 ┌[〃]     〃        〃┌[視]夢を忘れた人が、
 └[付]抱籠の手ざはりもはや秋近き 自└ [作]自身の季節感を叙述。


 ┌[前] みな忘れたる明方の夢   自┌[視]夢を忘れた病人が、
 └[付]看病の粥吹き冷ます小暗がり 他└ [作]看護する人の行動を描写。


場・他・他

      並木あらはに松の露ちる     場
     入月に痩子抱たる物もらひ     他 ※入る月に
      わきひらもみぬ鍛冶が勢ひ    他 ※脇ひら=側辺、傍らのこと

 かやうに、他の句に他の句をむかはせて付たる時は、見て居る人は別にありて、二句ともに見手とつくるべし。尤人倫・人情の差別はなし。よくよく、前句の他を辨へて、付べし。

(前句の付け)
 ┌[越] 並木あらわに松の露散る 場┌[視]誰か見ている人が、
 └[前]入る月に痩子抱たる物貰ひ 他└ [作]物貰いを描写。


<他向かい付け>
 ┌[前]入る月に痩子抱たる物貰ひ 他┌[視]別の見ている人が、
 └[付] 脇ひらも見ぬ鍛冶が勢ひ 他└ [作]物貰いに気付かぬ鍛冶を描写。


場・他・(他ア・自)

      顔にみだるゝ髪の赤がれ     他ノアシラヒ
 これは、その人のあしらひなりとても、物もらひの自他は付ぬものゆゑ、これも見て居る人は別にありとしるべし。
  又
      聖霊おくる朝のせはしき     自

 これは、物もらひをみてゐる人の自の句なり。是を自向ひといふ。此外付方なし。

<他の会釈付け>
 ┌[前]入る月に痩子抱たる物貰ひ  他┌[視]別の見ている人が、
 └[付] 顔に乱るゝ髪の赤枯れ 他会釈└ [作]物貰いをさらに描写。


<自向かい付け>
 ┌[前]入る月に痩子抱たる物貰ひ 他┌[視]別の見ている人が、
 └[付] 聖霊送る朝の忙しき   自└ [作]物貰い対応にできぬ自身を描写。


自・自・他

     あたらしき草履に布施のあたゝまり 自 ※「三四考」は「草鞋に旅の改まり」
      いのちなりけり洛外の春     ゝ
     見よがしにさくらがもとの女房達  他

 か様に、自の句に自の句付たる時は、その自の句の人に見せるか、物いはせるか、思ひやらせるか、如此別の人を出すべし。是も、自より他へうつる句法也。能々考ふべし。この外付かたなし。

(別の自の付け)
 ┌[越]   不明        *┌[視]旅人が、
 └[前]新しき草鞋に旅の改まり  自└ [作]自身の旅心を叙述。
 ┌[〃]     〃       〃┌[視]西行とおぼしき人が、
 └[付] 命なりけり洛外の春   自└ [作]自己の観念を吐露。


(自より他へ移る句法)
 ┌[前] 命なりけり洛外の春   自┌[視]洛外で春を堪能する人が、
 └[付]見よがしに桜が本の女房達 他└ [作]見た女房たちを描写。


自・他・(他ア・他)

      薬のなづむ仮(ママ)つれなき  自 ※「三四考」は「弥生」、寂栞は「病ひ」
     一言もいはで日中の御垣もり    他
      こぼれ松葉を手まさぐりゐる   ゝアシラヒ
  又
      ちらりちらりと屋根ふきの蘆   他 
※「三四考」は「ほろりほろりと屋根葺の薹」
 かやうに、自の句に他を向はせ、またその句に他の句をむかはせるはなし。能々打越しへもどらぬやうに工夫せねば、転じがたきもの也。尤二句の間よくよく向ふやうに句作すべきなり。此外付方なし。

(自句に他向かいのとき、他の会釈の付け)
 ┌[越] 薬の泥む弥生つれなき    自┌[視]高貴な病人が、
 └[前]一言も言はで日中の御垣守   他└ [作]見てる衛士の描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]衛士を見ている人が、
 └[付] 零れ松葉を手まさぐりゐる他会釈└ [作]衛士の様子を描写。


(自句に他向かいのとき、人情他の付け)
 ┌[前]一言も言はで日中の御垣守   他┌[視]衛士を見ている人が、
 └[付] ほろりほろりと屋根葺の薹  他└ [作]視点を移し、屋根葺きを叙述。


他・他・(他ア・自)

     ひとつづゝ手本もらふて粽結    他
      叱る局にわらふつぼねに     他
     よろよろと裾にむしろの下向道   ゝアシラヒ

 かくのごとく、他の句に他の句むかひたる時は、又、他のあしらひを付るなり。あしらひなればくるしからず。三句共に、見てゐる人は、別にありとしるべし。
  又
     染ぬきをおもひのまゝにうり課せ  自  ※おおせ、文様染め

 か様に自の句を向はせてもよし。此外付方なし。

(他句に他句向かいとき、他の会釈の付け)
 ┌[越前]  不明          *┌[視]誰か見てる人が、
 └[越]一つづゝ手本貰ふて粽結ひ   他└ [作]粽を結う人を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]別の見てる人が、
 └[前] 叱る局に笑ふつぼねに    他└ [作]粽結いを見る局を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]全知の見てる人が、
 └[付]よろよろと裾に莚の下向道 他会釈└ [作]下向する局の様子を描写。


(他句に他句向かい付けのとき、人情自の付け)
 ┌[前] 叱る局に笑ふつぼねに    他┌[視]染物屋が、
 └[付]染ぬきを思ひのまゝにうり課せ 自└ [作]商いの様を叙述。


他・他ア・自

     くじら突一二の銛をあらそふて   他
      無分別なる顔に雪ふる      ゝアシラヒ
     あのやうな小庵かなとおもふまで  自

 か様に、他の句へ他のあしらひ付たるときは、あしらひの句を、何ものと見出して、自の句を向はせるなり。見出さねば、二句がらみになるなり。是を、からみ自向ひとはいふなり。

(他会釈の句に、自向かいで付ける)
 ┌[越]鯨突一二の銛を争ふて     他┌[視]全知の見てる人が、
 └[前] 無分別なる顔に雪降る  他会釈└ [作]鯨突きの有り様を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌付句が単独で意味不明。
 └[付]あのやうな小庵かなと思ふまで 自└※下に「寂栞」の例句を引く。


 ┌[前] 無分別なる顔に雪降る  他会釈┌[視]顔を見ている人が、
 └[付]願はしや我も浮世をあの如く  自└ [作]自分の思いをを叙述。


他・他ア・自

      襷ながらに嫁のすり臼      他
     櫛いれぬ髪にも艶は生つき     他アシラヒ
      おはりに成て公事が唀ぬ     自 
※「三四考」は「あはれに」。さばけぬ。
 かくの如く、中の句を公事人とみて、自の句付たるあり、よくよく考ふべし。此外付方なし。

(他会釈の句に、自向かいで付ける)
 ┌[越] 襷ながらに嫁のすり臼    他┌[視]夫が、
 └[前]櫛入れぬ髪にも艶は生つき 他会釈└ [作]嫁の髪を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]裁く役人が。
 └[付] あはれに成て公事が裁けぬ  自└ [作]※櫛入れぬ人を裁く心情を叙述。


自又他・場・他

     花守に花のたんざくのぞまれて   自ニモ他ニモ
      さてものどかにさても黄鳥    時節(場) ※うぐいす
     水上は懺悔懺悔とぬるませる    他 
※山伏の行。水行と懺悔で行う。
 かやうに自の句も付がたく、さりとて花鳥も出たれども、そこに居る他の句をも付たると心得べし。

(場の句をはさみ、打越が自他未分明の句があるとき、人情他を付ける)
 ┌[越]花守に花の短冊望まれて  自又他┌[視]短冊を望まれた人が、
 └[前] さてものどかにさても鴬   場└ [作]季節の情景を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]鴬を聞く人が、
 └[付]水上は懺悔懺悔とぬるませる  他└ [作]水行する人の様子を叙述。


自・自・他

      身は雲水のさまざまの秋     自
     苫ぶねに寝られもやらぬ闇深き   ゝ
      女の声でまよひ子をよぶ     他

 か様に付たるを舟と見て、ふねの句付たる時は、陸人を向はせ付べし。左なくては三句船中にありて、いか様に作り ても転ぜぬなり。

(自句続きに、場を転ずる人情他の付け)
 ┌[越] 身は雲水の様々の秋     自┌[視]行脚の僧が、
 └[前]苫舟に寝られもやらぬ闇深き  自└ [作]夜泊の情景を描写。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]舟に泊まる人が、
 └[付] 女の声で迷ひ子を呼ぶ    他└ [作]陸に聞こえる声を描写。


自・自・他

     編笠に凌げどゆふ日かゞはゆき   自  ※まぶしい
      おくれしつれに心ひかるゝ    ゝ
     たばこの火くれて内儀はもとの機  他

 かやうに、連といふて、そこに居ぬ人は、やはり自の句にして、他の句を向はすべし。

(そこにいない人が出る自句に、人情他の付け)
 ┌[越]編笠にしのげど夕日かゞはゆき 自┌[視]旅人が、
 └[前] 遅れし連れに心引かるゝ   自└ [作]自身の心情を叙述。
 ┌[〃]     〃         〃┌[視]宿に着いた人が、
 └[付]煙草の火くれて内儀は元の機  他└ [作]内儀の行動を描写。

注釈

此書、「此外付方なし」とあるは、人情にて付込する事なきといふ付かたをいふなり。句作廻らぬ時の事也。幾句も人情つゞきたる時は、其場のあしらひ、時分・天相など見合せ付べし。付こむことをしりてのばすはよし、つけられぬとて遁句するは、返々未練也と、翁仰られたり、穴賢。

・ 「付け方なし」は、人情に限定。場の付けはあるが、安易な遁句は、よくないとのこと。

後書

右三年之工夫を以て、蕉翁に為見申候處の一法也。仮初に他見をゆるさず。執心の人に相伝すべし。多分は秘すべし秘すべし。
  元禄五年春 / 翠台北枝

・ 元禄2年に学んで、足掛け三年、工夫を重ねた論であるとのこと。

付け方の表

 「自・他・場」の付方を表にすると、右の通り。

・ 人情なしには、場所・方向・時刻・時間・事柄など様々あるが、まとめて「場」としてある。

・ 「自・他・場」の三つの組み合わせは、27通りである。

・ 丸数字は、自他伝の項目に対応する。

・ 「自他伝」には、★印「他・自・自」の記述がないと分かる。

・ 注釈に、「此外付方なしとあるは、人情にて付込する事なきといふ付かたをいふ」とある通り、場の句で付ける例を省いているのが分かる。(-印)

・ 印、場の句2句は、省略されている。

・ ×印、内容により観音開きにならない。

・ ×印中の▲印、人情句1句を人情なし句ではさむ。内容により可。

・ ×印中の■印、人情なし句の3連続。内容により可。

他会釈の表

<他の会釈> 右表の「他ア」

・ 会釈(あしらい)とは、前句の人物の容姿、持ち物、動作を詠んで、さらりと付けることで、人情他の句である。

・ ⑤⑦⑨⑩は問題ないが、⑧は観音開きにならない。

 打越の他とは別人であれば、可。

 しかし、他会釈の場合、人は登場するが人情のない句、即ち場の句となることもある。⑤のように、打越が場の句の場合、留意する。

<人情自他半>

・ 自他共に入る句を、後年自他半と称する分類を付す。

まとめ

 一見複雑な論のようだが、打越句の人情を見定め、視点人物の観音開きを避けることで、解決できる。

 次は、解決できること。

・ 場の句は、1句で捨ててよいが、たいてい連続2句まで。

・ 人情のある句は1句で捨てず、2句以上続ける。

 以下は、留意すべきこと。

・ 他の会釈句は、人情のない句になることがあるので、打越が場の句のときは、留意する。


巻末

也同跋

此山中問答の一書は、おのれ壮年の頃、ある人のもてるを写し得てより机上を放さず。一日秋江・鴬村など来り、つくづくうかゞひ見ていふ、祖翁の余沢世に溢れて、残墨寸語といへども刊行せざるもの稀なる中に、かゝる金玉の教へをもらせる事惜むに堪たり。我々に与へなば、とみに木にのぼせて、普く世にその光りをかゞやかせんと、両子が乞ふにまかすことゝはなりぬ。
                  也同

嘉永3(1850)年或いは文久2(1862)年の出版。

書肆

              京堺町四條上ル
               御集冊摺物所
                 近江屋又七

中京区八百屋町辺りの書肆。幕末から明治にかけて、句集・俳諧一枚刷等がある。


「俳諧寂栞(抄)」(白雄編)

聯句自他の事

(1)自・場・他

   硯にむかひすだれ巻つゝ    自
  梨の花咲揃たる夕小雨      時分
(1)  雉子におどろく女一むれ    他

北枝の「付方八方自他伝」(以下自他伝と略す)①に同じ。

(2)他・場・自

  迎火に尼が涙やかゝるらん    他
   松風落て水の行すゑ      其場
(2) さつぱりと酔の醒たる明屋敷   自

 かくのごとく中に人情なき句有時は、自他をふり分て句作すべし。

自他伝②に同じ。

(3)場・他・他 

(4)場・他・他ア

(5)場・他・自 

   並木の露のはらはらと落    其場
  乞食の子をかゝへたる朝の月   他
(3)  余所目も更に鍛冶の勢ひ    他 向付
(4)  いかに苦しき赤枯の髪     乞食のあしらい
(5)  ものゝ哀れも盆の名残ぞ    自 向付

 此三句の外付方なし。

(3)は自他伝④、(4)は⑤に同じ。(5)は⑤に対応。

(6)場・自・自

(7)場・自・他

  落瓦嵐は松に静まりて      其場
   皆忘れたる明がたの夢     自
(6) 着るものゝ手ざはりもはや秋深み 自
(7) 看病の粥吹さます小くらがり   他

 此二句の外付方なし。

自他伝③に同じ。

(8)他・他・他ア

(9)他・他・自 

 

  ひとつづゝ手本囉ひて粽ゆひ   他
   しかる局に笑ふ局に      他 向付
(8) 跡や先裾に莚の下向道      他 局のあしらい(○あしらひ)
(9) 染ぎぬをおもひの儘に売付し   自 向付

 此二句の外付方なし。

自他伝⑧に同じ。

(10)他・他ア・自

  鯨突一二の銛を争ひて      他
   無分別なる顔に雪ふる     他 あしらい
(10)願はしや我も浮世をあの如く   自 向付

 此外付方なし。

自他伝⑨に対応。

(11)自・他・他ア

(12)自・他・他 

   薬のなづむ病ひつれなき    自
  人ごともいはで日中の神垣守   他 ※みかきもり
(11) こぼれ松葉を手まさぐり居る  御垣守(ママ)のあしらい
(12) ほろほろ落る家根葺の薹    他 向付

 此二つの外付方なし。

自他伝⑦に同じ。

(13)自・自・他

  新しき草鞋に旅のあらたまり   自
   命なりけり洛外の春      自
(13)見よかしに桜が本の女房達    他

 此外付方なし。

自他伝⑥に同じ。

(14)他・自・自

  巻藁に弟も向ふ手束弓      他
   うき世の中も頼母しき哉    自
(14)西国を打は都も旅なれや     自

 此外付方なし。

自他伝が漏らした「他・自・自」の付け方を載せる。

十四体

 是、自他のわかち十四体也。
 此外付方なしとは人情をわかち付るに、外に付方なしといふ事也。

自他分かち十四体一覧 編著者加舎白雄(かやしらお)は、天明中興五傑(蕪村・蓼太・暁台・闌更)の一人。

 俳諧寂栞の巻記には、文化9(1812)年とある。「布施のあたゝまり」を「旅のあらたまり」とするなど、意味が分かりやすくなっている。「足のあたたまり」とする別の写本もある。

 

 右表のように整理すると、

・ 自他伝が漏らした「自・他・他」を追加している。(14)

・ 自他伝にあった重複を整理している。また、不足もない。

 などが、分かる。

 

 さらに、「俳諧寂栞」は、人情なしについても、次のように詳しい。

人情なしの五句

 人情打つゞきたる時は、時分、時節、天相、其場のあしらひ。
 此五句をもて付べし。

    時分・昼夜・旦暮の事
時分  けふの日もはや八下り也 ※じぶん、やつさがり
時節  置わたしたる朝草の露
天相  雨とふ雲にあらし催す
其場  杭四五本を門の馬繋
其場のあしらい  赤く煤けし行燈のさや ※鞘:長立方体の枠の四面に障子紙を貼った覆い。

 付け所八体の内、其人・時宜・観相・面影以外の四つを挙げる。

人情と転じ

 人情なき句続くは悪し。転ぜざる故なり。
 人情有句を人情なき句にてはさむは悪し。是も転ぜざるゆへなり。

 場の句の扱い、当然観音開きは避ける。

人倫と人情

 人倫・人情同じさばきなり。人倫は二句去、二句続く也。人情は何句もつゞく。唯自他のわかちなり。人倫とは鰹売、関守。人情とは鰹うる、関守りて。此心にて一理万通すべし。

・ 二句去で、観音開きを避ける。

・ 「人情は何句もつづく」とき、「自自他他自自他他」の形となる。

・ 人倫は人情に含むが、二句去。

前句の自他

    付句をもて前句の自他をさばく事
  朝まだき狩弓狩矢持添て
    うしろ姿もはたち内外
 かく作る時は前句、他の句に成也。
    つめたかりけり歩行わたり川
 かく作る時は前句、自の句に成也。
 かやう成る自にも他にもなる前句の出たる時は、三句を見はからひて前句の自他をさばくべし。
 惑ふべからず。古哲曰、聯句は前念に戻るまじ。又曰前句をうごかすべし。又云、有用にして無用、無用にして有用の案じ方専らたるべし。是等の趣を能く弁へて句々風情を尽すべし。

 人情あり句に、自とも他とも取れる句がある。そのとき、他の句を付ければ他となり、自の句を付ければ自になるといいうこと。

 「三句を見はからいて」は、打越句が自であれば他を付け、他であれば自を付けるということ。観音開きを避ければ、自ずとそうなる。

 このように、「俳諧寂栞」の「連句自他の事」は、北枝の「付方八方自他伝」を整理・補足したものと言うことができる。ただ、その旨の記載がどこにもないのが、残念である。


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立花北枝の資料

資料の索引
「山中問答」の出処「山中問答」の評
芭蕉と北枝の動向「奥の細道」、旅程「金沢~福井」から
「奥の細道」と北枝出会い天竜寺の段「卯辰集」10月13日付、芭蕉書簡
芭蕉との交流元禄3年4月24日付、芭蕉書簡「池魚の災」
元禄4年1月3日、芭蕉書簡「歳旦句、上京など」
(元禄4年)1月24日、芭蕉書簡「北枝歳旦句、『元日や』の評」
元禄7年8月1日、北枝書簡「自作句紹介、再会について」
芭蕉十七条を巡って去来抄、修行教「芭蕉『十七条の付方』について」
(元禄4年?)6月27日、北枝宛芭蕉書簡「付合十七体について」
「削りかけの返事」(支考)「猪の早太」(越人)
それからの北枝「俳諧名誉談」
北枝の美談
「俳諧芭蕉談」
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「北枝発句集」
北枝の逸話
自他伝の補足「俳諧寂栞」の一章「連句自他の事」(白雄編著)