俳諧の作法 校合再生本「昼の錦(俳諧廿五ヶ条掟)」 工事中

昼の錦 索引
俳諧の道とすること俳諧の二字のこと虚実のこと
変化のこと起定転合之こと発句切字有ること
脇に韻字あること第三にてにはあること四句目の軽きこと
10月花のこと11花に桜付ること12当季を案ずること
13二季に渡るもののこと14発句のときは季に用ること15発句の像どりやうのこと
16付句案じやうのこと17趣向を定ること18恋句のこと
19切字に口伝有ること20差し合之こと21辛崎の松の句のこと
22鳶に鳶の句のこと23宵闇の句のこと24名所に雑の発句のこと
25仮名遣ひのこと巻末奥書


蕉門極秘昼の錦(俳諧廿五ケ条掟)

<経緯>
 この「昼の錦」と命名された「俳諧廿五ケ條掟」(以下廿五ヶ条)の奥書に、「元禄七甲戌六月付芭蕉奥書があるものを、宝永七辛卯三月十二日に支考が写」し、「百葉泉冨鈴が井泉斎磯音に伝譲」したとある。
 ただ、「晋子・去来・支考/秘伝書也」は誤りで、伝受したのは「晋子・去来」である。
 この書が世に出る契機は、「去来妾。去来死後伝書共、支考に売、乾金十五両(蕉門諸生全伝)」のとおりで、支考の手に入るのは、去来没後の宝永元(1704)年10月以後である。

<解題>
冨鈴は京に住む宋屋の別号で、原松門のち巴人門という。
 その師の原松に「星月夜、其角三十三回忌、元文4(1739)年序」がある。

 抑、新式の根元は貞享二年丑の春、晋子、伏見にて俳諧有りし時、辛崎の松の句の難問を開きて後、東武に帰り、翁にしかじかの事をかたり、一流の伝目後来に授記せん事を、頻りに申ければ、工案三年を歴て、漸く貞享四年卯の五月の比、全部一軸とはなれりける。即、自筆にて晋子に授く。
 其後、去来に付属ありき。
去来、篤実の人之。晋子が吹嘘推挙によりて、爰に及べり。
この後晋子、祖翁に議て、八条目を作れり。去来八条目を増補して四十余条となす。
 元禄七年戌の冬、晋子嵯峨の落柿舎にて枯尾花を撰ず。折から去来に相議して、新式の闕漏を補へり。其中晋子が補あり。去来が補あり。 今両補以口伝分之而已 祖翁末後の門人、此伝書有事をしらず。支考が偽作なりといふは、大なる僻言也。支考は、去来死後の目録を得て、十論・貞享式・東花式等を自作すといへども、口訣、伝はらざれば、祖意に蹉へする事おほし。
 近来昼錦といへる書出たり。信用する者あり。認とどめテ驢鞍橋、為阿爺腮者乎。可笑。


元文4年序の「星月夜」に「近来、昼錦」とあるのは、享保21(1736)年正月刊記・元禄戊辰(元禄元年)六月日奥付の「昼錦抄」刊行を示している。 「夜の錦」は人には見えない。むだなこと、無意味なことのたとえである。「昼の錦」なら人に見える。 この書は、同年9月までに「二十五条」と改題、再印している。おそらく同名の書が先行していたのであろう。
 原松は、「昼錦」を信ずるのは、「阿爺下頷あやあがん」の愚と言う。
宋屋は、上洛した「其角門のち嵐雪門の巴人」門下である。巴人の上洛は享保12(1727)年で、宋屋の立机はさらに7年後の享保19(1734)年である。
 「昼の錦」という題は、「昼の錦・蕉門極秘茶話伝・(無題の諸伝)」の奥書に、
 北村季吟     松尾桃青
  宝井晋子 木者庵湖十 老鼠
       花洛 机墨庵宋屋
 秘訣一巻伝譲之前後共  此次之、
  はせを翁廿五ヶ条有爰に略す
  昼の錦と号連綿外に二巻
 元禄甲辰六月 蕉翁印二ツ
  ※甲戌の誤り
とあって、其角伝授の際に名付けられていたと分かる。貞門伝書「夜の錦」に対する命名か。
 本書は、「蕉門極秘昼の錦・俳諧廿五ケ條掟」の後に「蕉門極秘茶話傳・十七句法/一流諸口伝秘決・破魔弓抄/十六篇・不易流行論/付句のこと/曲定口傳抄/三つの鳥秘訣/引續錦紙/(諸口伝)」を納め、
 右墨付四十一紙は
   蕉翁桃青 晋子其角 湖十老鼠 巴人宋阿 冨鈴房宋屋 写誰文誰?

とする。
 これらは、原松が言う「此後晋子、祖翁に議て、八条目を作れり。去来八条目を増補して四十余条となす」ものに相当するかと思われる。
 巻末の識語には、
 毎日庵筆終 在判
   右 文政十一とせといふとし1828年 子の弥生の末伝而して写終
     夜毎庵左月 主人 嘯堂印

とある。
 左月の姓は江刺家えさしか、名は福治・左守・金七。盛岡藩花輪通代官。安政4(1857)年没。
 原本の「昼の錦」は、盛岡市中央公民館蔵。

引続錦紙(二十五箇条口伝)

<解題>
 「右墨付四十一紙」の一つで、「二十五箇条」の口訣・口伝に対応する内容を持つ。
 これは、其角門下の湖十門・巴人門で、「二十五箇条」のが存在が信じられていた証しである。また、支考が知り得ない内容も含むものである。


「昼の錦」凡例

1 「昼の錦」は何度も写し伝えたものである。初版本「昼錦抄」・校正本「二十五箇条」・美濃派相伝本「二十五ヶ条」と比べ、誤写と認められる箇所は紫字、相違箇所は下線で示し、諸本の記述は小文字を挿入した。
 ・ 何のためにするの言葉事ぞや。
 ・ 人をうらむる処なりあり
2 「昼の錦」の記述が分かりやすい箇所は青色で示した。
 ・ 裏の八句目に月秋月花をする
 ・ 起とは虚空界に向て、無念相の中に念相を起こすといふ、是を発句と云なり。
 ↑↓ 起とは虚空界にむかひて、無念相のうちに念相を●発句といふなり。
3 脱漏・省略箇所は、(括弧)に、諸本を参照して示した。
 ・〔脱漏〕 此掟は、(中品以下のためにして、)中品以上の人とても、
 ・〔省略〕  (口伝連歌のことあり)
 其角本「昼の錦」が公開されたので、早速一読すると、極めて分かりやすいものであった。ほぼ、芭蕉の記述どおりと思われる。  許可されれば、翻刻してみたいと思う。  本書による修正部分は、橙字で示す。


このページの前書
<「昼の錦」について>
 「昼の錦」は変名ではなく、「二十五箇条」に本来付けられていた題であることは、本ページで扱う宋屋本「昼の錦」の存在により明らかである。


蕉門極秘昼の錦/俳諧廿五ヶ条掟
1 俳諧の道とすること
 ある人問曰、「俳諧は、何のためにすることぞや」。
 答て、「俗語平話を正さむがためなり」。
 また問、「俳諧の道とする所如何」。
 答、「仏道に達摩あり、儒道に荘子ありて、道の実有るを踏破せり。歌道に俳かい、この如しと知るときは、常にそむひて道に適ふの理なり。俳諧の形は、歌・連歌の次に立て、心は向上の一路に遊ぶべし。
2 俳諧の二字の事
 俳諧の二字は、古来に穿鑿あり。或は、字書に、誹は非の音なりとも、或は史記の滑稽を引て、俳の字に定たるも、穿鑿の理は明かなり。
 しかれども、古今の集より、誹の字を用ひ来りたれば、この類は古実とて、誤ることもその通りに用ることもあるなり。尤も、八雲御抄にも、俳諧と誹諧の二様あり。
 されども我家には、はいかいに古人なしと看破する眼より、玄とも妙とも、名は別に定むべけれど、言語に遊ぶといふ道理を知らば、我家には、今より、俳諧の二字もしかるべし。他門に対して穿鑿すべからず。
3 虚実のこと

 万物は虚に居て実に働く、実に居て虚に働くべからず。
 「実」は、おのれを立て、人をうらむるところあり
 例へば、花の散るを悲しみ、月の傾くを惜むも、実に惜むは連歌のなり。にをしむは俳諧の実なり。
 そもそも、詩歌・連俳は、上手に嘘をつくことなり。
 虚に実あるを文章と言ひ、実に虚あるを世智弁と言ひ、実に実あるを仁義礼智と言ふ。
 虚に虚ある者は、世に稀にして、或はまた多かるべし。この人を指して我家の伝授の人と言ふべし。

4 変化のこと

 文章といふは変化のことなり。変化は、虚実の自在を言ふなり。
 黒白・善悪は言語のあやにして、白きを黒きといふも黒きを白しといふも、しばらくの言語変化して、道理はもとより、黒白一合なり。しからば天地の変化にあそぶべし。人は変化せざれば退屈する本情なり。
 況や、俳諧は己が家に有りながら、天地四海をかけめぐり、春夏秋冬の変化に随ひ、月花の風情にわたるものなれば、百韻百句に変化すべきこと也。その変化を知りても変化することを得ざるは眼前のよき句にまよひて、前後の変化を見ざるがゆへなり。
 されども、変化と言ふに新古なきことは、人間の春秋にも新古なきがごとし。その日そのときの新古を見て、一巻の変化に遊ぶべし。
 変化は大むね、料理のうまくあはく、酸くからきがごとし。よきもよからず、あしきもあしからず、時に宜しきを変化と知るべし。

<料理のたとえ>
 「深川の夜話に、嵐雪の論に付句は、おほかた料理の甘し・辛し・すく・苦く、物によるごとし」(師説録)に従う。
・ 「甘い」は「あまい」とも「うまい」とも読む。「あまい」には、「砂糖の味」「淡い味」「旨い味」の義がある。「旨い」には「よい味」「砂糖の味」の義がある。従って、うまい・淡いを間違いとは言えない。
5 起定転合之こと

 俳諧は上下とり合て、歌一首と心得べし。
 起とは虚空界に向て、無念相の中に念相を起こすを言ふ、是を発句と言ふなり。
 一物起るときは対して、又生ず。是を脇と言ふ。はじめの一物定るなり。
 定の字あるひは請共、請は上の一物を請もつ心なり。されば、発句は陽なり、脇は陰なり。第三は一転して、天地より人を生ずるがごとし。人は天地より働きあれども、しかも天地より出るところを知るべし。
 合とは、万物一合なり。歌にはの字の心なるべし。
 是より変化して、山あり、川ありて、一巻成就とは言ふなり。

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6 発句に切字あること

 発句の切字と言ふは、差別の心なり。物は其じやによつて、是じやと埓を明るなり。例へば、客と亭主との差別なり。
 たとへ切字ある発句とても、こころのきれぬときは、発句にあらず。
  桐の木にうづら鳴なる塀の内
 この句五文字にて、心をへだてたるなり。
 切字のことは歌にも詮義あり。先は発句の骨柄共言ふべし。

7 脇に韻字あること

 脇しつかりと、韻字にて留ると言ふは、まづは初心へのおしへなり。定の字にかなへんがためなり。
  色々の名もむつかしや春の草
   うたれて蝶の夢はさめぬる

 この句は、はじめて俳諧の意味を、尋る人の俳諧の名目まぎらはしとて、まどひたるを、そのところ、直に一棒をあたへて、蝶の夢を覚しぬるところ、一相対に脇の体となれば、韻字・てにはの詮議なし。
 とかくに脇は、発句の余情、景色の面白くなるやうにすべし。脇の身柄持たるは、脇の心にあらず。(口伝能のことあり)
 発句は客の位にして、ワキは亭主の位なれば、脇をおのれが心を曲げても発句に言ひ残したる草木・山川の一字二字の風情を加へて、客の余情を継ぐべきなり。
 この脇も蝶の一字にて、尋ねありくさまを見るべし。

8 第三にてにはあること

 第三の留りに文字の定ることは、一句のさま、発句の様なれども、下のとまらぬところにて、次の句へ及すべき為なり。この理を知るときは、にの字ての字にも限らずと知べし。
 されど、この句は第三のさまなりと、百句の中に置ても撰み出す程に第三の様を知らざれば、やはり定りたる留り然るべし。
 世に韻字留に伝受ありとて、或は初桜、或は杜宇など、或は押へ字・抱へ字のことあり。それは、知らぬ人の推量なり。
  こほろぎもまだ定らぬ鳴所
 いづれの時か、我にこの第三ありしが、一座をいさめて他聞をゆるさず。
 発句と平句との境は、この第三の韻字にても知るべし。
 されど、よのつねの第三は留りにてことかくまじきこと也。

9 四句目の軽きこと

 四句目は決前生後の句なれば、殊更大事の場なり。
 かろと言ふは、発句・脇・第三までに骨折たるゆゑなり。
 人
、ただ遣り句するやうに言ひなしたれど、一巻の変化はこの句より始まるゆゑに、万物一合とは註したるなり。すべて、発句より四句目までにかぎらず、或はおもく、或はかろく、或はやすく、或はむづかしく、その句その時の変化を知べし。
 この掟は、中品以下のためにして、中品以上の人とても、この掟の所以といふこと、なほしらざれば、自己の俳諧くらき人と言ふべし。

10 月花のこと

 月花は風雅の的なり。月は月々にあり、花は四季に有りて、四花八月とも定まりたるなり。
 されど、なごりの裏の月を略す格にて、(今は四花七月となりたり。)歌仙のときは(二花三月なれども、花一本を桜にて済ますことあれば、)二花二月とも有る義也
 表の五句目に月ありては、裏の八句目に月秋をすること、花前の秋季むつかしく、秋の植物も仕がたし。
 秋季の発句ならぬときは、(初折の)表か裏かに月ひとつありてくるしかるまじきことにや。
 この後器量の人(、古になき変格をなすこと)も有るべし。それも(、その座限りのことにて)、一座のあひしらひ有るべし。
 初心の人はいかゞ、(百韻は表の)月は七句目、(裏の)花は十三句目に有ること、ひたと他人にゆづる時宜なり。
 いづくに有りても子細なし
 すべて、月花は風雅の道具なれば、なくてかなはぬ道理を知りて、さのみ月花の句に新しきを求むべからず。
 一座の首尾よろしきに随ひて、毎々の面影の句なりとも、そのときの程よきやうに付て置べし。さして、奇怪を好まず

11 花に桜付ること

 世に花と言ふときは、さくらのことなりと言ふ人もあれども、花とは万物の心の花なり。
 例へば花聟・花嫁の類、茶の出花・染物のはなやかなるも、その物その物の正花なれば、花とは賞翫の二字に定まりぬ。
 いづれの花にても、春季にして、植物には三句去るべし。花は春の発生するものなれば、古へより、花に桜を付ること、伝授有りとて、初心にはゆるさず。
 或は、さくら鯛など、前の花にあらざる桜ならば、明らかに知りて付べきなり。
 花前の植物も、この類にて知るべし。
 花は桜にあらず、桜にあらざるにてもあらずと言ふこと、我家の伝授とは知るべし。
(伝、糸桜のことあり。)

12 当季を案ずること

 月花の句にも限らず、四季の付句にその季を案ずること、前の二三句軽きときは、当季を捨て、趣向より案ずべし。
 例へば、獅子舞と趣向を定めて、門の花とあしらひ、長刀と趣向を定めて、橋の月とあしらふ。前の二三句おもきときは、尤も、その当季より案じて、花に鴬、月に露の類に、一句の振りを付べし
 されば、この二つの案じ方は、元より変化の為なることを知るべし。

13 二季に渡るもののこと

 いにしえは、二季にわたるものをば、後の彼岸と言ひ、秋の出替と言ふ。されど、前句の秋に付るときは、後の字にも及ばず、秋季なり。この類は数多あることなり。或は、節句の二字に名目を付くるときは、大かた植物の差合あり。是また、前句の季に従ふべし。
 西瓜は秋季よろし。牡丹を夏にするなり。夏季には瓜の類多きゆゑなり
 星月夜は秋季なり。月にはあらず。発句にこの詞あるときは、七句目に他の季にて、異名の月あるべし。
 みそさゞいは、秋の小鳥に入たれども、かならず冬の季しかるべし。ことに十月の頃をかし
 青葉は、夏季にあらず、雑なり。若葉として夏季なり
 淡雪は、春季もしかるべし。
(口伝新古式法あり)
 虫・砧の類は、夜分の心ならぬは面白からず。されど、夜分に差し合なし。
 その外は、この類にて知るべし。
 古式には、是等の詮義なし。
 「鐘のね」「砧うつ」とはせぬことなりとぞ。「鐘の音ヲト」「衣うつ」とは言ふべし。
口伝、寝たることあり
 されば、よく知りてするときは、一座の働きによるべし

14 発句のときは季に用ること

 或ひは、夜着・布団・足袋・頭巾の類、扇・袷など、よのつねに用ゐることの多し
 発句にするときは当季にして、平句にするときは、差し合をくるべからず。されど、一句のさまにて、慥に冬、たしかに夏と見ゆるときは、その詮議には及ぶまじ。この掟は道理の差し合を知て、文字の差合を穿鑿すべからずとなり。

15 発句の像どりやうのこと

 発句は屏風の画と思ふべし。
 おのれが句を作りて、目をふさぎ、画になぞらへて見るべし。死活をのづから顕はるるものなり
 このゆゑに、俳諧は姿を先にして、を後にすと言ふなり。
 すべて、発句にても、付句とても、目をふさぎて、眼前に見侍るべし。
 心に思ひはかりてするは、推量なり。目に見て付ると、心にはかりて付ると、自門・他門の境、紙筆の上に尽くしがたし。諸集の付合を見て工夫すべし。
(口伝連歌のことあり)

  右上巻十五ヶ条終

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16 付句案じやうのこと

蕉門極秘昼之錦
  俳諧廿五ヶ条下巻

 付句案じやうのこと
 発句は格別のことなり。付句はその座にのぞみて、無性に案じぬがよきなり我心しずみぬれば、趣向もしづみ、我が草臥より人も草臥て、一座成就せず
 付句は初念の趣向より、心を落しつけぬがよき也。
 このゆゑに、趣向を定るに伝授あり。
 総じて工夫は平生にあることなり。その座に臨みては、ただ無分別なるべし。
 定家卿も「歌は深く案じ入らぬものなり」と仰せられし由。
 付句は、第一に、調子のものなれば、あればとて、はやく出すべからず。なしとて、久しく案じ入るべからず。
 よきも悪しきも、一座の程を知りてこそ、俳諧の世情に便りある修行なりとは知るべけれ。
 但、大事の付句などは、先づ、言ひ放して、後に思ひかへせば、心の結ぼれも解けて、格別のことあり。
(口伝兵法のことあり)

17 趣向を定ること

 俳諧の付合は、先づ、趣向を定むべし。その趣向と言ふは、一字、二字、三字には過べからず。是を執中の法と言ふなり。
 物、その中をとつて前後を見るときは、百千の数ありても、前後は近し。人は、始めより案じて、終りを尋ぬるゆゑに、その中隔りて、必ず暗し
(口伝源氏物語のこと)
 されば、表八句の趣向の定めやうは、例へば、
   初桜 塗笠 暖簾 村雨 鷺 手習子 月 新酒
 この如く趣向を定め置て、或ひは作にも、或ひは不作にも、或はかたく、或は和やわらかに、黒白青黄の姿を作るに、皆、只、句作のてづまなり。
 この法をしらざれば、人の俳諧に驚くことあり。尤も、二字三字の趣向より、変化のすがたも明に見ゆるゆゑに、尤も、打越の好悪も早く知るゆへに、この法をしらざる人は、我句を作りて後に、打越もよからず。変化も面白からねど、今までの骨折に心残て、その句を捨てることかたし
 二字三字の趣向をかゆることは、曽ておしむべき骨折なし。
 この法は、第一に、変化の為なりと心得べし。いにしへ、儒書・仏経とても、源氏・伊勢物語とてもその中よりはじめといふことなく、天地、豈、人の為に生ずや。その中は、その始なることを知るべし。
(口伝、天地は人の名づけたることあり)
 されど、二字三字の趣向に限らず、五体・八体の付方にもよらず、世にいふ空撓そらだめといへる案じ方ありて、そのとき、その句あらざれば、文字の道理には書尽くし難し
 それは百韻にも三所、四所は有るべし。しからざれば、言語の理屈に落て、はいかいに不伝の妙所なし。
 この執中の二字を指して、我家の秘法と言ふべし。人よくこの法を工夫せば、天下の政明らかに、人間明暮れの働きをも知るべきにや

18 恋句のこと

 恋句のことは、古式を用ひず。そのゆゑは、嫁・娘など、野郎・傾城の文字、名目にて恋とはいはず。
 只、当句の心に恋あらば、文字にはかかはらず、恋を付くべし。このゆゑに他門よりは、恋を一句にて捨ると言ふよし。
 恋は、風雅の花実なれば、二句より五句にいたるべし。先は、二句有りて、陰陽の道理を定たるなり。
 是は、我家の発明にして、他門に向て穿鑿すべからず。

19 切字に口伝有ること

 切字のことは、諸抄にあまたあれど、今の世は、殊に推量多し。
 玄妙切・大廻しなどいへる切れのことは、我家には、曽て詮義なし。この頃の俳書に出たる証句とても、いかなる道理とも心得がたし。
 その外、三段切・三字切なども、今の世の証句、心得がたきなり
 二字切
  山さむし心の底や水の月
 三字切
  子共等よ昼がほ咲ぬ瓜むかん
 三段切
  梅若菜まりこの宿のとろろ汁
 或は、素堂が鎌倉の吟に
  目には青葉時鳥初鰹

 といふ句は、目耳口の三段を明に言へる。梅若菜の句は、心の三段を知るべし。
 殊に、二字切・三字切は、一句の中に「や」と言ひて、「いかに」とうたがひて、下に「らん」とはねたるは、三字同意にて、切は一所なり。
 或は、
  鷹の目もいまや暮ぬと鳴うづら  
 といふ句は、「と」の字にておさへたれば、「ぬ」の字は切字にあらず。
 この類は、あまた有りて、諸抄に押へ、抱へ字の詮議なし。切字は百ありても切ぬこと多し。
 或は、
  ゆふがほや秋は色々の瓢かな
 といふ句は、上の「ゆふ顔や秋は」と句読を切て、「は」の字にてかかへたれば、切字にはならず。この類、猶多かるべし。
  猫の恋やむ時閨の朧月
 是は、中の切と言ふなり。
やむときは何々として、さて、閏のおぼろ月夜は」と、中の心をのこしたる句法なり。
「うかりける人を初瀬の」と、よみたる歌の切なり。
  我は家を人に買せて年忘
 是を挨拶切と言ふなり。一句に自他の差別有るゆゑなり。
 この二つの切は、我家の発明にして、他門に向て穿鑿すべからず。

20 差し合之こと

 俳諧に差し合のことは、「はなひ草」の類に随ふべし。少しづつ新古の事あり。されども、一座の了簡にて、初心には随分ゆるすべし。
 一句の好悪を先づ論じて、差し合は後の詮義なるべし。差合のことは変化の道理なりと、先づ、そのゆゑを知るべし。
 変化の不自在なるより、世に差合の掟あり。万の法式は、この境にて知るべきことなり

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21 辛崎の松の句のこと

  辛崎のまつははなより朧にて
 この発句の落着を知れば、発句と第三と平句との差別を知るなり。
 発句は一句の中に、曲節と言ふことあり。この句に花曲にして、松の朧とは節なり。曲節は、よの常の謡・浄瑠璃にも知るべきことなり。
  辛崎の松は春の夜朧にて
 是は第三の様なり。この句、平句よりも重きところ、松の朧といふ節なり。
  辛崎の松を春の夜見渡して
 是は只、春の気しきのみ。曲もなく節もなきものなり。
 この発句を、世間に、とまらぬといふ沙汰あれども、それは、初心の人の論なり。されば、「朧哉」とあるべき句も、「朧にて」といふこと、「哉」は決定辞にて、花より松が面白ひと決定すれば片題の褒貶のがれがたく、歌にも嫌ふことなり。
  さざ波やまのの入江に駒とめて 比良の高根のを見る哉
 とよみたるその花よりも、辛崎の松の朧にて、ただ面白からんと、不決定の中の決定なり。
 或は、「にて留」のことは、
  三日月は正月ばかりまことにて
 この「にて」の心に知るべし。月は月々の三日月あれども、正月ばかりは、誠三日月にてあらんと、決定の心を残したるなり。
 「にて止」のことは、「哉止」の発句の第三に、子細あることも知るべし
(口伝其角が雑談集のことあり)

22 鳶に鳶の句のこと

 むかし武の深川にて、鳶の句に鳶の句付たることあり。そのときもしれる人稀なれば、今さらに付合の格式とも言ふべし
   韮の柵木に鳶をながめて
   鳶の居る花の賤屋とよめりけり

 是は、前句の言ひとりを、歌の前書と見たるより、かくはよめりけりと付たるなり。この類は、前句の心をおこして、こなたより言ひなしたる托物比興といふものなり。
 或は、前句を軍書とも、能狂言のおかしみとも、浄瑠璃などの拍子とも、皆々聞たる風情なり

  番匠が椴とどの小節を挽かねて
    片兀山に月を見るかな

 是は前句の五文字より、古代の歌のさまと聞なして、「月を見るかな」と歌によみたるなり。
 或は、平句の哉止にもかぎらず、皆々子細あることなり。模様を好み、奇異を求ては、かならずすまじき作意なり。

23 宵闇の句のこと

 あるとき、歌仙の裏の七句目にて、宵闇の句出せしに、三句のうちに月をこめたるなり。

  宵闇はあらぶる神の宮迁しみやうつし
   北よりのかぜそよぎたつ
  八月は旅おもしろき小服綿


 尤も、宵闇に月は付がたく、うち越には、殊に悪し。十句目は、花前にのびて無念なれば、三句の心に月をもたせて、八月の字にて、見渡しの月をあしらひたるなり。是を一座のさばきといふなり。宵闇を月とは、思ふべからず。三句取合て月の働きと知るべし。

24 名所に雑の発句のこと

 名所の発句は、すべて、雑の句も、またしかるべし。名を言ひ、季を言ひ、意こころを言ふときは、句作、必おだやかなるまじ
  朝よさを誰松島ぞ片ごゝろ
  かちならば杖つき坂を落馬かな
  蝸牛角ふり分けよ須磨明石

 このうちに、須磨明石の句は、蛮・触の両国をたとへ、そのさかひ這ひわたるなどといへる詞より、思ひ寄せたれば、かならずしも、蝸牛の当季にもかかはらず。是等を雑体と言ひて、名所の句の格式なるべし。

 口伝に猿の面のこと有り。無季の格なり
 句は
  年々や猿にきせたる猿の面 是歳旦

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○ 仮名遣ひのこと

 世に、定家の仮名づかひといふものあれども、あまり事しげきゆへに、紛れて知りがたし。むかしはかなづかひの詮義もなけれども、その後のことなれば大旨知りて、埓の明くことなり。
 されど、俳諧は、さむふとも、あつふともなり。さむく・あつくては、仮名がきの経文など見るやうにて悪し。この類は心得あるべきことなり。
  い イキク  鯛タイ●*1・鯉コイ●の類
  ひ フヒヘ  アフヒ・雛ヒナ の類
   或ハ、ひいなともひゐなとも
   この類はかなの序書ツイテカギ (ママ)といふなり。
  を をんな 山をろし
  小桶こをけ変体仮名をの字同じ。
  変体仮名お おとこ 変体仮名おろし 桶おけ
  をの字ハあたらず。おの字ハあたるなり。
  緒を 小お 大お 尾お
  変体仮名は  はは同じ、上下に用ゆ。
  変体仮名わ  上に用ゆ、三輪のときは下に用ゆるなり。
  ゑ  声/梢、或ハこずゑ共、このときハ末の字の心なり。
  え  中の/え  キユル/キヘル 杖ツえフえ・机ツクえ
     このときハのえの字と言ふ 古実故実*2なり。
  へ  更衣 カヘ/カフル、是フヒヘにかよふ故なり。
     栄  変体仮名はへ、是は古実故実*3なり。あへもの此類なり。
  縁  えん/この類なり。(衣更の下にフヘノ 口伝有り。)
  ゐ  不ㇾ動字なり。盥 タラゐは器ノとき用ゆなり/手アラひとも
  紅  クレナゐ、又ハ/とも
  住居佇*4 山ノタゝズマゐ/雲ノタゝズマヒ
  法師 ホツシ/ホフシ ほうしとハ古実故実*5なり。
  雑  ザフ/ザツ  拾 ジウ/ジツ*6
     ち  とづる/とぢるの類なり。
     つの字にかまハぬときは/しの字なり。

*1 「」は、定家仮名遣いと異なる。「小お」は誤写。
*2 故実は、昔からの決まりや習わし。杖・笛・机は、順に「突枝、吹枝、突枝に由来する」という故実。同時代の契沖は、万葉に「つゑ」とあると指摘、机は突据で「つくゑ」とする。後に机に「突枝」が見つかり、今は「つゑ・ふえ・つくえ」となる。
*3 栄、「はへ」は、本来「はえ」だが、故実により「はえ」とするということ。「あへもの」もこの類とする。栄は「はゆ(ヤ下二)」、和は「あゆ(ハ下二)」で、行が異なる。もともと「和へ」である。
 しかし、「栄へ」を特記したということは、ヤ行下二段活用を承知しているからで、消を「きへ」としてあるのが不審である。本来「きえ」と書いてあったのではないか。後で検討する。
*4 芭蕉が「住居」と書いたか不審である。養魚本に「住居 山ノ冬スマヒ」とある。行頭の字は、下の仮名書きに対応した文字であり、ここは「佇」でなくてはならない。佇を住と読み違えたのであろう。
*5 「ほうしと書くのは故実」という。契沖の「和字正濫鈔しょうらん抄」に、「法師○此法ハ入聲にて○漢音ハ○はふ○呉音ハ○ほふなれば○假名にハほふしと書べき理なれど○ほうしと書ならへり」とある。定家の「下官集」に準拠した行阿の「仮名文字遣」に法の字が出て、「ほう」とする。歴史的仮名遣いは「ほふし」。
*6 この後に、「此類すべて入声」の一文を欠く。
 【入声にっしょう・にっせい】 漢字音の読みがチ・ツ・ク・キ・フで終わるもの。一イチ・吉キチ・発ハツ・筆ヒツ、色シキ・石セキ・国コク・読ドク、協ケフ・ 猟レフ、雑ザフ・ザツ、執シフ・シツなど。 また、熟語で無声子音が後接し、変化することもいう。国会コッカイ、立春リッシュンなど。
・ 「仮名遣ひのこと」は、去来相伝本にあって、其角相伝本にはない。特に去来に伝えたかったことと思われる。片や其角には「切字の秘訣」を載せる。
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仮名遣いの検討 1

以下、「仮名遣ひのこと」の検討。文字色の意味付けを変える。
・ 異なる部分について、校正本は青字宋屋本は緑字で示した。
・ 前置き部分では、好ましい側を、青太字緑太字にした。
・ 仮名遣いの部分では、歴史的仮名遣いに合うものを、茶太字にした。
・ は、内題「続五論/俳諧二十五ヶ条」。識語「俳諧奥秘録/古今集趣意/浮木庵授 此書は故翁洛の嵯峨の里於落柿舎与去来なり今又書写識て伝者なり/享保三酉十月十二日 獅子庵丈曽書/白馬台東羽伝之 天保十亥七月白馬台主より一見依テ写取者之/九皐園江鶴 此一冊者雖我門之秘訣依為出山仏再奥之/助力伝写里紅童平見之識之尤可尊重者也/享保丁未三月/獅子老人蓮二房/花押/印蓮二房 千錦庵慎写」、岐阜大学附属図書館蔵。
細目 校正本「二十五箇条」 宋屋本「昼の錦」 相伝本「二十五ヶ条」
前置あまりに繁きゆへに、あまり事しげきゆへに、事繁き故
さむう・あつうと書ては、かな書の経文_見るやうにてわろし。さむく・あつくと云ては、仮名がきの経文など見る様にて悪し。寒うさむう・暑うあつう○書ては、かな○書の経文○など見るやうにてわろし。
イキク_鯛タイ・鯉コイノ類イキク_鯛タイ・鯉コイの類 イキク  タイ コイ
いきく_鯛・鯉 の類
フヒヘ_葵アフヒ・雛ヒナ ノ類
あるひは、ひゐなともひゝなとも
此類はかなの序書といふなり
フヒヘ_葵アフヒ・雛ヒナ の類
或ハ、ひいなともひゐなとも
此類はかなの序書ツイテカギ(ママ)といふなり
フヒヘ  アフヒ ヒヽナ
ふひへ_葵 ・ 雛 の類
           
或ハ、ひなともひゝなと
ひゝなハ    
此類は仮名の云なり
をんな_山をろしをんな_山をろし      
をんな 山ろし
小桶、越の字、に同じ小桶こをけ、越の字同じ コヲケ
小桶こをけ 越の字に同じ
おとこ、おろし、桶おとこ、おろし、桶おけ    おろし
とこ、、桶おけ
緒を 小を、おの字はあたらずをの字ハあたらず
おの字ハあたるなり。
緒を 小お 大お 尾お
をの字はあたらず。
おの字あたる也。

 緒を 小 をの字ハあたらず
     
大於  於の字はあたる之
大お 尾お、おの字はあたるなり
はは 同、上下に用はは同じ、上下に用ゆ    
はは同、上下に用ゆ
上に用、三輪の時は下に用る事也上に用ゆ、三輪の時は下に用ゆるなり    
上に用、三輪の時ハ下に
  
用る事も有
声・梢の類、又こずゑ、此時は末の字 心なり。声・梢、或ハこずゑ共、此時ハ末の字の心なり       
声・梢の類、こずゑとも
 
ハ末の字の心之
中のえ、消きへ・きゆる 杖、机
此時は枝といふ古実故実なり
中のえ 消キユル/キヘル
杖ツえ笛フえ・机ツクえ
此時ハ枝のえの字と云古実故実なり
  ノえ    きえる
 中、消きゆる
 
杖、笛、机、
   えだのえ
此時は枝と云古実故実なり
かへ、かふる、是はハヒヘに通更衣 カヘ/カフル、是ハフヒヘにかよふ故なり  
更衣 カヘ/カフル
  是ハ   にかよふ故之
衣更の下にフヘの口伝有
栄はへ、是は古実なり
あへものの類なり
栄はへ、是は古実なり
あへものこの類なり
栄はへ あへ
  二字トモニユルえルなれど
是ハ古実なり。縁えん、
あへものゝ類は故実之
此類之
あへものこの類なり
えんの類も又あり
縁えむ、此類なり
衣更の下にフヘの口伝有
縁えん、此類なり
動類なり
盥たらヰ器ノ時なり
手アライトモ
動字なり
盥タラゐは器ノ時用ゆなり
手アラひとも
   
動のなり
  ゐハ  の時
たらい 器 
  
アラトモ
紅クレナイ、又ヰトモ紅クレナゐ、又ハヰとも      クレナ
紅クレナ井トモ
住所住所 雲のタヽズマヒ
山のタヽズマヒ
住居 山ノタヽズマゐ
雲ノタヽズマヒ
住居 雲のタヽスマヒ
      
山のタヽスマ
法師ホフシ・ホウシ
ホウシトハ古実なり
入声はホフシナリ
ホツシ・ホフシ
ほうしとハ古実なり
ホツシ・ホウシ
ホフシトハコジツナリ
入戸ママハホウシナリ
ザウザツ
拾 シフ・シツ
此類すべて入声
ザフ・ザツ
拾 ジウ・シツ
    
ザウ・ザ
拾 ジツ・ジフ
       ハフノ字
此類ハすべて入声なり
とぢる・とづるの類
づに通ふはぢの字なり
とづる・とぢるの類なり
つの字にかハぬ時はしの字なり
 
る・とぢるの類
之つの字にかよハぬハし
づに通ふはち の字なり

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仮名遣いの検討 2

 「仮名遣ひのこと」の検討。定家仮名遣いとの異同を見る。
 ・ 「下官集」 鎌倉初期、定家が仮名遣いについて記したもの。
 ・ 「仮名文字遣」 南北朝時代、行阿が「下官集」に準拠し、祖父源親行の遺稿を基に、定家仮名遣いを増補したもの。行阿仮名遣いとも。
 ・ 備考欄に引くときは、㋢と印す。
 定家仮名遣いとの違いは、下表にを付す。

 契沖仮名遣いも見た。芭蕉没後の刊行である。
 ・ 「和字正濫抄」 契沖著、元禄6(1693)年成立、同8(1695)年刊。万葉仮名の用例に基づき、定家仮名遣いの誤りを正したもの。書契沖仮名遣いとも。
 ・ 「和字正濫要略」 契沖著、元禄11(1698)年、追補。
 ・ 備考闌に、㋘と印す。

 歴史的仮名遣いは、資料に基づく契沖の研究を発展させたもので、明治以後用いられている。
 ・ 太字は定家仮名遣いと異なるもの。
語句 定家
仮名遣
歴史的
仮名遣い
②校正本
「二十五箇条」
③宋屋本
「昼の錦」
④相伝本
「二十五ヶ条」
備考


たひたひたいたいたい㋘たいと書くべからず。ひらなる魚なれば、たひらの略なり。
こひ/
こい・こゐとも
こひこいこいこい㋘和名に古比。味のよくて人の恋ひしたふ故の名也。こい・こゐなど書くべからず。
あふひあふひあふひあふひあふひ㋘仰日あふひの意に名付るなり。
ひな/
ひゝな
ひな/ひゐな・
ひゝなとも
ひな/ひいな・
ひゐなとも
ひゝな/ひゐな・
ひゝなとも
㋘ひゝな いまだ証を見ず。真名は増して知らず。ひなとも。俗書にひいな、雛の字。

をんなをんなをんなをんなをんな㋘をうな、をみな、これを音便にいへるなり。
おとこをとこおとこおとことこ㋘おとこと書くべからず。をのこ・おとことは証拠もなき憶説なり。
山颪み山をろし
山おろし
山おろし山をろし山をろしろし㋢深山をろしのみを
おろしおろしおろしおろしおろし㋘下風おろし 万葉
小桶こをけこをけこをけこをけこをけ㋘桶をけ 和名に乎計。行阿、桶おけ、小桶こをけ。をは軽くおは重しとしてしたか。
おけをけおけおけおけ

㋘年の緒、玉の緒など。
㋘ことを同韻にて通ず。
おほおほ 
㋘おと書くべからず。



こゑ
こずゑ
こゑ
こずゑ
こゑ
こずゑ
こゑ
こずゑ
こゑ
こずゑ
㋘声 こわだかなど。わの下にて通ず。
㋘梢 木末なり。
きえ
きゆる
きえ
きゆる
きへ
きゆる
きへる
きゆる
きゆるきえる●きゆはヤ下二


つえ、つゑ
ふえ
つくえ、つくゑ
つゑ
ふえ
つくえ
つえ

つくえ
つえ
ふえ
つくえ
つえ
ふえ
つくえ
杖に枝語源なし。
笛、吹柄・吹枝。
机、突据でなく突枝。
㋘杖つゑ、万葉。つえとかくべからず。
㋘机つくゑ、
かへ
かふる
かへ
かふる
かへ
かふる
かへ
かふる
かへ
かふる
更ふ、ハ下二。
室町以降更ゆ、ヤ下二。終止形更ゆるもあり。

(和物)
はへ
あへもの
はえ
あへもの
はへ
あへもの
はへ
あへもの
はへ
あへもの
栄ゆ、ヤ下二から。和え物は、和ふハ下二からで、合ふに由来。

えん

えむえんえん

たらひたらひたらゐたらゐたらゐ●㋢手洗、俗用之。
㋘手洗の義なり。
「和名抄」に「多良比、手洗の二字」とある。
手洗手あらひ手あらひ手あらい手あらひ手あらひ
くれなゐくれなゐくれない
ヰとも
くれなゐ
ヰとも
くれな
くれなゐとも
㋘呉クレの藍アヰなり。
(佇)雲のたたずまひ雲のたたずまひ雲のたたずまひ雲のたたずまひ佇まふの変化。
山のたたずまひ山のたたずまひ山のたたずまゐ山のたたずま

法師

ほう(し)

ほふしほふし
ほうし
ほつし
ほふし
ほうし
ほつし
ほふし
ほうし
㋘法は入声、呉音でほつとつむればほふとかくべき理なれど、和名に保宇之とあり、保布之を見ず。
ざふ
ざつ(慣用)
ざう
ざつ
ざふ
ざつ
ざう
ざふ(ゾウ)は呉音。
じふ
じつ(促音)
じふ
じつ
じう
じつ
じふ
じつ
つは音便。

(閉)
(綴)
とぢる
とづ(文)
とぢる
とづる
とぢる
とづる
とぢる
ダ上二から上一への変化
・ 初ウ4 きえぬそとばにすごすごとなく 荷兮
  青(あお → あを),  植(うへ → うゑ),酔(え → ゑ),
  絵(え → ゑ),    甥(おい → をひ),荻(おき → をき),
  惜(おしむ → をしむ),老(おひ → おい),折(おる → をる),
  楓(かえて → かへて),香(かほ → かを),~さえ(さえ → さへ),
  竿(さほ → さを),  萎(しほ → しを),供(そなえ → そなへ),
  絶(たへ → たえ),  遂(つゐ → つひ),通(とお → とほ),
  行方(ゆくゑ → へ), 故(ゆへ → ゆゑ),宵(よゐ → よひ),
  置(をく → おく),  送(をく → おく),怒(をこ → おこ),
  音(をと → おと),  己(をの → おの),愚(をろか → おろか)

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奥書

昼の錦
奥書

下巻十ヶ条終
 右新式廿五ヶ条大秘訣
  芭蕉翁奥書有略之
 元禄七甲戌六月

伝書者東花坊支考之写
   添書在判略之

 宝永七辛卯三月十二日

翁之掟者
 晋子 去来 支考/秘伝書也
 改而以 神文所置之上今
 勤而書写伝譲者也

     百葉泉
       冨鈴 花押

  井泉斎
   磯音雅丈

<同じ奥書の書>
 ほぼ同一の奥書を持つ書があった。
 迂闊にも既読の「岡崎日記と研究」(大礒義雄著、未刊国文資料、昭和50(1975)年、私蔵)に、去来-空阿-茂竹と伝譲された書として紹介されていた。


題簽 不易鏡
内題 芭蕉翁俳諧廿五ヶ条掟
巻尾 右新式廿五ヶ条大秘訣
   芭蕉翁奥書有略之
  元禄七甲戌六月
 伝書ハ東花坊支考之写 添書
 宝永七辛卯三月十二日 在判

 貼外題こそ違え、薄い字のところ以外は、完全に一致している。これで、奥書を略したのも、宝永七庚寅とあるべきを、宝永七辛卯と誤ったのも支考と判明したわけである。ちなみに、支考は元号や干支をよく間違える人である。
 また、外題の違いにより、宋屋を経由したものでないことが分かる。
 「芭蕉と蕉門俳人」(大礒義雄著、八木書店、平成9(1997)年、私蔵)に、空阿は去来の庶子と思われるとある。
 空阿は、元禄4(1691)年、嵯峨日記のころ、14歳で芭蕉に桃雨と名付けられ、去来入門のとき、21,2歳で、鳥幽と改号。母親は、妾のヲツマで、妻の可南(俳号)と同一人であると推測できるが、傍証はないという(「岡崎日記と研究」)。
 また、大礒氏は、「不易鏡」を読んで、「本書の内容は享保二十一年刊本と小異があり、彼此比較することによって意味の取りやすい箇所がある」と言う。これは、私が宋屋本「昼の錦」を読んだときの感想と全く同じである。
 傍証のないことが多々あるが、経緯や状況を整理すると見えてくることがあるので、もう少し探ってみようと思う。

 → 「二十五箇条」を巡って へ


昼の錦/二十五箇条 関連ページ目録
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校合・再現 昼の錦
諸本を校合、去来伝受本を再現。
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許六の発句作法書。口訣を得た内から、五箇条を「翁曰」と引用。
資料 資料「昼の錦/二十五箇条」 : 古今集・去来抄・七部集・三四考・寂栞などの関連部分をまとめる。
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「昼の錦・二十五箇条」検討 : 去来相伝本、初版本・校正本・支考門本・宋屋本の表現を比較検討。
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「昼の錦・二十五箇条」諸本の関連 : 其角伝受本と各去来伝受本とを比較し、校合の資料とする。

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