蕉門俳諧師説録(師説録)

蕉門俳諧師説録(師説録) 索引

付合の事第三の事四句目五句目~七句目
発句、真行草折端、裏移り、匂の花、挙句変化、運び伸句・縮句、遣り句
景色と風情俗談平話、皮肉骨、顕鋒・篭鋒挙句
越人跋鳳朗跋

蕉門俳諧師説録、直旨伝のページへ

 



蕉門俳諧師説録(直旨伝・蕉門正風師説録)

<解題>
 「蕉風俳諧作法伝書」の一つで、越人序、門人著・越人編という。
 田川鳳朗(鴬笠)が稿を得て、頭注を加えて成ったのは、文政8(1825)年(鴬笠跋)、芭蕉没後132年。刊行は、さらに37年後の文久2(1862)年である。

 「蕉門俳諧師説録」は、「直旨伝」と「蕉門正風師説録」(以下「師説録」)から成る。

 ここでは、「直旨伝」を芭蕉庵に出入りした門人の聞き書き、「師説録」を門人の解釈と読み分けて、鳳朗の注を参考にしつつ、「芭蕉の伝」を探っていく。


 なお、このページは、「師説録」の内容を記述順に写したものである。


<凡例>
 ・ 内容は、記述順である。各段末に頁番号(和本なので、何丁目かの数字)を付す。頭の ◆s は師説録。
 ・ 鳳朗跋によれば、入手の稿は、虫損・汚損の欠けを補ったと言う。そのためか、難解な箇所が多々あるので、次のように補足・修正を加えた。
   〔補足〕  凡名所所名故非名所、同前なり。
   〔修正〕  苔枕苔莚
 ・ 「元禄式、巻之三(雑)」と一致、または近似する部分は、青色で示した。「元禄式」41項の内29項(70.7%)が「直旨伝・師説録」の内容にほぼ一致する。
 ・ 「昼の錦・二十五箇条」と一致又は類似する部分は、紫色で示した。
 ・ 「俳諧有也無也之関」が一致又は類似する部分は引用し、茶色で示した。
 ・ 内容の違いは、次のように背景色で示す。
直旨伝師説録鳳朗頭注
紛らわしいので縮小
愚注
記事記事


蕉門俳諧師説録

蕉門正風師説録

付合の事 ◆s01

巻頭(発句)

 巻頭の句は、景曲よし。高姿あるがよきなり。
 心がちにふかきは、脇もむづかしければ、表ぶりやすらかならず。是は尋常の俳諧をいふなり。事によりて発る句、此論の外なり。いかやうの句出来んもしるべからず。出来にまかせて、是に応ずべし。
 「猿蓑集」より後、常の席には、景曲なる句、巻頭に置れたり。
 「冬の日」などは、有心の発句より起りたれば、全体重みを離れず。
 猶、諸集をみて、其旨をしるべし。 ◆s01

(脇) ◆s02

五脇の法

 脇の事、連歌に五脇の法あれども、これを取らず。
 先師曰、「脇に五脇といふは、宗祇の頃より定まる事なれども、当流は、発句のふりによりて、然るべくすべし。定る体あれば、古く成るなり」と、おしへられしなり。
 世間、此説をしるもの、纔?わずかなるか、かならず五脇をもて教とす。
 初心の手がかり、しばらく階梯ともなるべけれども、手差兼、別の旨をしらば、ただ、先師の教にしたがふべし。然れども、かくいふのみにては、初心のてがかりなし。其句のほどによるものなれば、あらかじめ、いひがこけのともに言い難きものの、共に、おほかたのこころへ、左にしるす。 ◆s02

脇心得

 発句出来たらば、体の句か用の句を、又、有心無心、句の大中小にはたはりこだわり?、時節等まで、是をわきまへて、発句けしきならば、けしきの脇、人倫人事ならば、脇もまたこれに随う。或は、大に、或は中に小に、姿情・意味、其発句の機嫌にかなふをよしとす。 ◆s02

人倫人事交

 ┌ 狂句こがらしの身は竺賽竹斎に似たる哉 ※芭蕉
 └  たそやとばしる笠の山茶花      ※野水
 ┌ 両の手に桃とさくらや草の餅      ※芭蕉
 └  翁になれし蝶鳥の児         ※嵐雪
 ◆s02

景曲
景敷・気色
ノモトモ

 ┌ 梅が香にのつと日の出る山路かな     ※芭蕉
 └  ところどころに雉子の鳴したつ鳴きたつ ※野坡
 ┌ 秋の空尾上の杉にはなれたり       ※其角
 └  おくれて一羽海わたる雁鷹       ※孤屋
 ◆s02

景曲

 ┌ 鳶の羽も刷ぬはつしぐれ         ※去来
 └  一吹風の木葉しづまる         ※芭蕉
 ┌ 疇道や苗代時の角大師         ※正秀
 └  明れば霞む野鼠の顔          ※洒堂
 ◆s02-03

景曲

 ┌ うつくしき鰌うきけり春の水       ※舟泉
 └  柳のうらのかまきりの卵        ※松芳
 ┌ 折々や雨戸にさはる萩の聲        ※雪芝・芭蕉
 └  はなすところに居らぬ松虫
               ◆s03

翁の作意

 人倫・人情・人事、景曲にはたはり、大中小見同、脇のわかち、皆其句発句?の機嫌に叶ふやうにする習なり。爰に其一、二を挙る。此心得をもて、集々重々?、翁の作意を見るべし。 ◆s03

挨拶の句

 ┌ 霜寒き霜の宿の旅寝に蚊帳を着せ申    ※如行
 └  古人かやうの夜のこがらし       ※芭蕉
 ┌ 宿参らせむ西行ならば秋の暮       ※雷枝
 └  ばせをと答ふ風の破笠         ※芭蕉
 ┌ やはらかにたけよことしの手作麦     ※如舟
 └  田植とともに旅の朝起         ※芭蕉
 ◆s03

名所等

 名所国国名・名所名等の発句には、脇もさるへ案然るべき?名の所を対す法なり。
 ┌ しるべして見せばや美濃の田植唄     ※己百
 └  笠あらためん不破の五月雨       ※芭蕉

 古法かくのごとしといへども、対ならでもすべし。翁に、格別、あまたあり。 ◆s03-04

祝言等

 「神納・法楽・祝言・餞別・追悼・追善・懐旧」等、都て名号の俳諧、其事によりて、発句に応じて、宜しくすべし。但、比諭もて句作るなり。 ◆s04

脇てには止

 ┌ 霜月や鴻のつくつく並ならび居て    ※荷兮
 └  冬の朝日のあはれなりけり       ※芭蕉

 発句てには留なれど、脇韻字留にせずといふ古法なり。大かた是の如くながら、其法をしりてこれにかかはるべからず。其句にもよるべき事なり。ただ、てには留とばかりいふ時は、「れ・けり・ん」など、常にあり。
 かやうの句にも、必、脇をてには留にするといふにあらず。元来、懐紙の書留の見ぐるしからぬためにする事なり。
 又曰、「脇のてには留は、全体、草体なり。挨拶などには、かならずせぬがよきなり。格別に、耳立てるてには留の発句、挨拶に出来たらば、脇に其格もてする事、非礼ならず」。
  右、てには留発句・脇の対する時は、第三韻字字?にて留るといふも、懐紙面の並ばぬやうのこころづかひなり。伝授とするのひとつなり。何も翁のおしへなり。 ◆s04-05

↑ トップへ


第三の事 師説録 ◆s05-06

第三一転

 第三に変化といはず、一転といふべし。変化と心得て、強て自然を失ふべからず。当流の集々を見て味しるべし。 ◆s05-1

手尓葉をぬく

 古法に杉形、大山の法あり。当流には是を用ひず。
 「すみのてには」をぬくといふ事あり。むかしより大切の事とせしが、今は大方の人知れるやうになりたり。
 このてにはをぬく時は、先、第三の位をうるものなり。初心の階梯なり。 ◆s05-2

※ 上五・中七・下五の掛かり受けは、下のいずれかになる。これは、第三に限らない。
<杉形>
[花棘、咲かへり]+[馬骨の霜に] → 花棘馬骨の霜に咲かへり   杜国
[春の旅、袴着て]+[節供なるらん]→ 春の旅節供なるらん袴着て  荷兮
<大山>
[書を引ちらす中にねて]+[月の宿]→ 月の宿書を引ちらす中にねて 越人
[染物とりてかへるらん]+[夕霞] → 夕霞染物とりてかへるらん  冬文
<小山>
[旅人の虱かき行]+[春暮て]   → 旅人の虱かき行春暮て    曲翠
[大根の育たぬ土に]+[ふしくれて]→ 大根の育たぬ土にふしくれて 芭蕉

すみのてには

 すみのてにはといふは、上、五・七の間、下、七・五の間のてにはなり。すみのてにはとは、「やすみ」の上略、「五七五の間の休み字」といふ事なり。
 留はいつとても、「て留」にすべし。
 若し、さし合時は、「もなし・なれや・らん・に」などにて、留べし。
 ◆s05-3

哉留の発句

 但、「哉留」の発句、「にて留」の第三すべからず。「にて」は「哉」に通ふ故なり。
 気韻といふ事、失ふべからず。肝要なり。 ◆s05-4

※ 直旨伝及び元禄式に、「いにしへは嫌ひ侍れども今は嫌はず」とある。
 元禄3年の歌仙「木の本に」(蓑虫庵小集のほう)は、「発句哉止め、第三にて止め」である。

発句・脇
から出る

 又曰、「第三は前二句とは違へり。二句の間より一物なり出ると知るべし。付かぬやうにと云説、覚悟なり。移・匂ひ・寄・位等、尤、微意なり」。 ◆s06-1

第三は致す

 但、第三に限り、「付る」といはぬものなり。「第三を致す」といふなり。脇に付るにあらざればなり。 ◆s06-02

第三の一転

 又曰、「発句、人倫・人事ならば、脇も然り。其時、第三は、気色景曲なり」。
 発句・脇、景曲ならば、第三、人情にて作るべし。
 発句・脇、大ならば、第三、中より小、余は是に效へ傚、ならえ。都て、三句均しからざる始なり。 ◆s06-3
景色・人情 発句・脇人倫なるとき、第三極て景色を付るといふこと格式のやうには心得べからず。人のうへ及び景曲にて続くとも、一転きらびやかなるときは害なし。ただ、転を専にするを旨とする為にかく大旨を述たるなり。
  ┌ 発句 雪ごとにうつばりたわむ住ゐ哉 岱水
  │ 脇   けむらで寒し浦のしほ焼   路通
  └ 第三 さまざまの魚の心もとし暮て  芭蕉
  ┌ 発句 水鶏啼と人のいへばや佐屋泊  芭蕉
  │ 脇   苗の雫を舟になげ込     露川
  └ 第三 朝風にむかふ合羽を吹たてゝ  素覧

 かく景色斗も人情斗もつづきたる例多し。とかく其場のもやうによるべきなり。 ◆s06<頭注>

巻頭、春

 春の巻頭に、第三までに花出ても、出ずとても苦しからず。素春にも植物は出すかたよしといふ説有ども、なくても、亦苦しからず。其場のよろしきにしたがふべし。 ◆s06-4

巻頭、秋

 秋は、第三までに、月を出すなり。 ◆s06-05

星月夜

 星月夜は、月にならぬなり。其時は句のあつかひ、大切の心得あり。 ◆s06-06
 星月夜の月を持たる変例
  春と秋集名残の表
  うたれてかへる中の戸の翠簾 
   柊に目をさす程の星月夜 翁

 次、谷の梟と付け、名残の裏、引返し冬篭と付、冬三句にわたして冬月としたり。異なる例なり。 ◆s06<頭注>

 ※┌ 名オ10  打れて帰る中の戸の御簾 芭蕉  歌仙「衣装して」
  │ 名オ11 柊木に目をさす程の星月夜 曽良
  │ 名オ12  つらのをかしき谷の梟  路通
  └ 名ウ1 火を燒ば岩の洞にも冬籠  曽良

三月尽
九月尽

 三月尽、九月尽は、いかやうにもすべし。
 九月尽は、脇にも月をする事なし。第三に月を出せば、季戻して宜からず。習ひなきうちは、「九月尽の発句」立ぬがよきなり。直旨に委し。 ◆s06-6

第三
物好き

 第三物、「平句物とて、其取物に物好ある事なり」と、翁は申されしなり。其位に至らざれば、其者ずきも宜しからず。 ◆s07-1

↑ トップへ

(四句目) 師説録 ◆s06

四句目
軽く
 四句目は軽くすべしといふ事、昔よりの教なり。さるを心得違て、やり句するやうに覚たるは誤なり。
 蕉門の説には、四句目を変化のはじめとす。大切の場なり。すらすらとするは、作のこころへなり。此故に「『や留』にするが宜し」などもいへり。その旨を知らば、何ぞ、かかはる所あらん。

 猿蓑集に「狸をおどす篠張の弓」といふ句もあり。発句脇、景曲の時は、第三人事の句、大かた出来ゆへに、四句目にちからなければ、第三ばかり離もののやうになるなり。かかる時は、大方人事を付るなり。 ◆s07-2

  発句  鳶の羽も刷ぬはつしぐれ   去来
  脇    一ふき風の木の葉しづまる 芭蕉
  第三  股引の朝からぬるゝ川こえて 凡兆
  初オ4  たぬきをおどす篠張の弓  史邦

 芭蕉七部集「鳶の羽もの巻」参照。

 四句目は第三に打添ふをよしとす。付起すは悪し。「狸をおどす」の付、事を起したる句作に似たれども、第三によくよく打添て一句はしれり。故に波たつ事なし。妙なり。 ◆s07<頭注>

(五句目~七句目) 師説録 ◆s07

五句目・
六句目
 五句目、六句目、然る可くすべし。ふしくれだたぬやうにと、心得べし。
 八句表の時は、此二句、無役の場にて、仕にくき所なり。ややもすれば、表ならぬ句の出来るものなり。 ◆s07-3
七句目 七句目、月を出すときは、論なし。
 秋の発句の時は、爰に他の季の句を出すべし。
 歌仙は一季にても、くるしからず。名号の俳諧は、大かた、法によるかた、よろしきなり。 ◆s07-4
 一季の表はせぬといふ法なり。 ◆s07<頭注>

↑ トップへ


(発句、真行草) 師説録 ◆s08

発句
草体

 すべて、尋常の俳諧、草体にして、変格も時に随て、さまざま出来るなり。
 名号の俳諧は、真ならずとも、行たるべし。真は、その格正しきなり。
 行は其次なり。草は、変格自由体なり。此故に、翁の集及び云捨てのはいかいには、変格多し。集といへども、名号の俳諧にはあらず。只、自由体にて、格を出たり。此位に至らざれば、縛せれて、縦横する事あたはず。
 師家たるもの、いささかも自縛せば、我も苦しみ人をも苦めつべし。
 発句も亦しかり。草体には、秀逸も面白き体もあまたあり。翁の旨とせられしは、発句の草体なり。 ◆s08-1

(折端、裏移り、匂の花、挙句) 師説録 ◆s08-09

折端ぶり

 折はしの句、やり句するやうに覚るは、誤なり。尤、表の折端は、いささか心遣ひもあるべし。
 巻中に至ては、其巻面の折端毎に、安き句の付ては、後の句付出すべき力なき故に、却て巻中悪くなる。然ども、折端ぶりということなきにしもあらず。こころへてするまでなり。
 都て、付合は一句たつやうにて、ひとりたたず。おもむき残るやうなるが、后の手がかりと成て、面白き事の出来るものなり。これを句のはこびといふなり。 ◆s08-2


待兼

 裏うつりに、恋を付る事、待兼恋とて、世に嫌へり。待兼恋と名付て制するは、何事ぞや。其故を問はば、ひしとつまるべし。 ◆s09-1

祝の季

 祝詞などの俳諧に、秋の句、先、荷なひ出さんより、はるのまさるべし。◆s09-2


匂の花・揚句

 匂いの花、揚句にても、恋の句をする事くるしからず。かへつて祝儀なりと、翁の申されしにて、しるべし。 ◆s09-3

裏移り
表にせぬ物

 前句は覚へず。言捨の俳諧に、
   双六の恨を伯母の書尽し
 と、翁の句あり。されど、其席の宗匠、是を制せば、背くべからず。すべて、面にせざる物は、裏うつり二句まで、むかし、制し侍るにや。当流には、其沙汰なし。 ◆d09-4

裏移り
起請

 裏うつり三四句ほど、初裏のうちは事もなくすべしなどいふ説も百韻、或は席ふりの俳諧の心得ぞかし。草体は是にかかはるべからず。表よりのはこびにもする事ながら、大かた裏うつりは起請起情?なり。(こは、句数にいふ起請にあらず。付方のうへの起請なり)
 力を持せんためなり。表の折はし、おほかたやすらかにする故なり。 ◆s09-5

(変化、運び) 師説録 ◆s09-11

三句目の
変化

 面うら二句目、其起請に応じて、しかと付るなり。三四句故にむつかし。捌きのはじめとするなり。
 此三句目大事なり。風景などにて、逃付に、あしらひなどすれば、俳諧骨折事はいらず、付にくき所は、いつも逃句するやうになるべし。
 この三句目三句目の変化を学びとする事なり。 ◆s09-6

三句の別

 其「三句の別」が、手に入れば、「千句万句も自在なり」といへり。俳諧の稽古は、付する意味と、三句の別との二句二つなり?。此中に千差万別の体、出来るなり。 ◆s10-1

五句の運び

 四句五句或は、見わたしのはからひは、運びの扱ひなり。
 扨、右、裏移の三句目も捌きにて付たらば、四句目は逃んとするなり。
 更に、気色に移りたゝたるは、半延の句とて、半無用のてにはをあしらひて、句を作る。五句の人、心得て、人情を抜て、気色言語にて、付延すなり。
 しかしながら、かくいへばとて、格式のやうに覚へて、是にからまれ、偏屈におちいるべからず。
 付合は、前句よりのはこびによる物なれば、かく心を得しとへば、変体幻?自在なるべし。 ◆s10-2

人事・風景
連続

 かくて、人事を五句もと嫌べく、風景の句は二句に過ぐべからず。 ◆s10-3

無常
景曲・人情

 無常の句、多く続けては、巻中、力を失ひ、弱くなるなり。依て無常の景曲、二句も続かば、三句目は、必、付起して、人情を出すべし。爰に、人事・人情を出して付する事、上手の業なり。 ◆s10-4

人情句
連続

 初心の内は、人情、三四句も続け得ざるものなり。せむべき所にて、人を抜くときは、忽、ちからぬけて、一巻の疵となる。
 逃るべき所は、自然と出来るなり。
 是を見る事、亦、功者の眼ならでは、難し。其事、答ずして、手のひかれざる所は、何句にても付するは、当流の力なり。是、尤、自然の境なり。
 しかるを、世間の俳諧は、三四句も人のうへを続ければ、うるさしとて、必、無理に逃句を付るなり。いはれなき事ぞかし。 ◆s11-1

調子

 総じて、はいかい、もてゆく所、大方、始終同じ調子なり。
 付といふ、場と地にてえらぶ境のわいだめ弁別なし。かくては、一巻の眼と見るべき所なく、力なきなり。 ◆s11-2

 転変不変の「変」、今日の上に当てて、了簡すべき事ぞかし。いかが、定あらんや。付べき程に、前句が付けよ付けよと来るなり。遁道に、場も亦、其心得なり。事定たるも、みな自然なり。 ◆s11-3

↑ トップへ


(伸句・縮句、遣り句) 師説録 ◆s11-

伸句・縮句

 伸句といふは、縮る句に対していふ名なり。縮句は、力を作して、付心も立寄て、付縮るなり。伸句は逃て、付ゆるめたるなり。
   思ひ切たる死狂見よ
 とまで、付ちぢめてす。是に、「有明月の朝朗」「湖水の秋の比良の初霜」と、二句付伸したる風景、えもいはれず。 ◆s11-4
 是等の二句は、其前六句とまで、緩中、急に付責来れば、「死ぐるひ見よ」にて、事たて、「おのれ」と抜べき場に至れり。
 この見わけなくして、又、ここを付責る時は、無理になる故、或は、跡へこころかへり、或は、重付て、鬱陶敷なりて、巻物、奇麗ならず。
 六句とも責来り、抜べき場を逃さずぬきたる故、此二句の伸句、まことに快然として、一入栄合よく、うるはしく見ゆるなり。 ◆s12-1

 芭蕉七部集「鳶の羽もの巻」参照。

付句は料理

 深川の夜話に、嵐雪の論に「付句は、おほかた料理の『甘し・辛し・すく・苦く』、物によるごとし。能きも極て、能にあらず。悪きとても、亦、あしからず」と、いへり
 此論よく当れり。おもしろき句の縮たるも、場によりて、うるさく、さまでもなく、尋常の伸句のやうなるをとりかへて、すへたる時、かへつて、巻面栄有りて、奇麗に風味よろしく成事ある物なり。されば、よきもよからず、あしきもあしからずと、しるべし。 ◆s12-2

 「二十五箇条、変化の事」に、
 文章といふ事は変化の事なり。変化は、虚実の自在をいふなり。…略…、一巻の変化に遊ぶべし。
 変化はおほむね、料理の甘く淡く酸く辛きがごとし。能もよからず、あしきもあしからぬ所に、変化は虚実の自在よりとしるべし。

遣り句

 やり句を、伸句・逃句とおなじやうに覚たる輩、多し。誤りなり。伸句は、所々にあれども、遣句は数多なし。 ◆s12-3
 是は、殊外に付つみたるとき、又は、見わたし及席としぶりたるときは、時々安々と句作して、其場の[立ふ]り?立止り・こだわり?をよく取り、句を投やりにするなり。先師、殊の外工夫ありし事なり。 ◆s13-1

遣り句
工夫

 先師、殊の外工夫ありし事なり。「冬の日集」の、さも工たくみなる巻の中に、
   藤の実つたふ雫ほつちり
 といふ句有り。
 其后の集にも、猶、此はからひあり。「炭俵」になく、「深川集」にも亦、あり。其後の俳諧は三四句_にして心ゆるむ所あればさまで付詰る場なし。故にやり句なきなり。全体、前々よりはこび力を尽す事弱く調子に緩急中なく常に平地をゆくごとくする巻にはやり句すべき場なし。尖り来る所なき故なり。
 「西瓜きるごとく、梨子喰くちつきのごとく、鍔もとに切込如く、大木をゆするごとく」などのをしへを味ひしりて、其気韻、句勢に、うつり、ほどこずとならば、自然の意気、自得すべし。
 付句を、ただじょうずにするばかりにては、得べからず。其気、かげろふのごとし。 ◆s13-2

(景色と風情) 師説録 ◆s14-

景色と風情

 景色と風情との句を、同事におもへるも有り。これも、誤なり。
 景色は、付せめたる欝気をさます場の外はなし。風情は付責るうちにも句に人を出さずして、人の上を聞かず、句にて付あふたる二句の間に其人・其住居などみゆるなり。

  ほつれたる去年の寝蓙寝茣蓙のしたたるく
  寒徹す山雀篭の中のへり

 是等の類也。伸句ならず。勿論景色とは大に相違せり。是は風情の句といふなり。景色は、
  一筋もすすき葉のなきすすき原
  薄雪の上に霰のほろほろと

 是なり。其用る場も、句作も、大に異りとしるべし。 ◆s14-1

捨句

 捨句といふは、やり句とは、又、別なり。是は設けの会などや千句にや、さやうの時の心得なり。晴れがましければ、各発句せんと、下心に思ふ故に、席沈みて、しぶり出し、巻はし遂ず。
 欲を捨て、捨句して、席の気を引立るなり。「今少し」と思ふところも、自己を捨て、するなり。客ぶり、席ぶりの気変なり。 ◆s14-2

序破急

 巻中序は急のことは、古より教る所なり。其中に、亦、緩急中の詞ある事なり。此事は、先師も普くは沙汰に及ばれず。意に持つ大事なり。 ◆s14-3
 初心の輩、かやうの事に頓着すれば、句作縮まり、却て修行のさはりとなる故なり。 ◆s15-1

風流・風情

 句毎に風流と風情とを失ふべからず。
 風流は心にあり。風情は姿にあり。
 風流なきは俗に落、風情なきはしほりなく匂やかならず。句作、利口あるはいやしく、いひつめたるは付べきはこびなし。但、此風情といふは、初にいふ風情の句と称るものとは別なり。こは、何の句にもせよ、一句一句のよそほひをいふなり。是を失ふ時は、句々木の切、石屑を見るがごとく、人体の皮肉を去りて、骸骨を顕はしたるが如く、つたなく、卑しく、きたなし。
 ◆s15-2

(俗談平話、皮肉骨、顕鋒・篭鋒) 師説録 ◆s14-

俗談平話

 殊更に、俳諧は、俗談平話をもて述るものなれば、いとふつつかにて、聞ぐるしく、吟声もあさまし。此風流と風情とを直むの故に、諷てとなえて拙からず、吟じて恥る所なし。此境よくよく心得べきなり。 ◆s15-3

風雅
皮肉骨

 「さび・からみ・細み・さびしみ」、風雅の骨なり。
 「匂ひ・ひびき・しほり」、風情は、風雅の皮肉なり。皮肉骨も句によりて、皮肉の勝ものあり。骨の勝ものあり。直旨伝につきて見るべし。 ◆s15-4◆

作文
顕鋒・篭鋒

 作文のをしえに、顕鋒・篭鋒といふことあり。此道に古人の沙汰なき事なり。先師に、はじめて、此事あり。
 年暦同時の俳諧といふとも、尋常のいひ捨の巻と、精撰の巻とは、違有り。篭鋒とは、句の表にあらはれぬ意味深長なるもの有り。顕鋒とは、句勢ありて、句作も打聞より面白巻様なり。先、顕鋒を学びて、是に熟すべし。作文も是を初学として、篭鋒のやはらき静なる所に至るべしといへり。 ◆s16-1

付句・発句
顕鋒・篭鋒

 付句・発句ともに、其心得なり。先師の俳諧、時代を考て、其成所を見わたすべし。 ◆s16-2

不学の輩

 此事明らかなれども、慥に師に付て学ばざる輩は、口訣をしらざる故に、是を見しることあたはず。大かた先ばしりて、二三年、五七年も此道に馴れば、はや得たり顔に高ぶり、発句も付合も、何ともなき所に空論をかまへ、「ここに絶議あり、そこに妙味あり」など、何やらんふはふはしたる事を云ちらして、どふか春風のやうなるあてがひにしてなすものもしかと心得ず。聞人も合点行かぬを、其ふはふは同士の歌あひて、ののしりちらす一統の俗心なり。 ◆s16-3
 かかる類ひは、理害をとくも無益なり。かのはくらんやみ博覧病み?かくらん(霍乱)病み?なれば、過て辱べし。そもそも、何ともなくして群を秀る人は、甚稀くすくなく?、句も亦、掌にのせて員ふる韻?唱うる?句は、先師にさへ、あまたならず。まして、門人のわれわれをや。誰々も、三四句に過べからず。 ◆s17-1

発吟

 付句と、亦、「寄せ・位・匂・移・ひびき」なことなどの意味は、数を尽して至されば、発吟しりたし。先、慥なる筋より切磋琢磨して、幽なるに至る道なり。真の限りなければ、所謂、玄の又玄、是ぞ此道のありさまにて、一期の修行たる事、必、失るべからず。 ◆s17-2

去来の嘆

 去来、日ごろなげく事あり。
 「わが輩の骨折たるも、今人のまぎらかしも、同じ様に思ひもし、見もすらん。かた腹いたくも、せんかたなし。わが党の輩、よくよく是を思ひあきらめて、あらそふ事なかれ」と、むべ、さる事なり。 ◆s17-3

↑ トップへ


(月) 師説録 ◆s17-18

月異名

 月の句、異名にするはよからず。拠よんどころ無くする事なり。
 「月前、是を制して月の字出べからず」と、翁も申されし。尤、「時にもよるべし。法にはあらず」と、なり。
 「百句も、三十六句も、悉雑の句」なる旨をさとらば、月のあつかひ、いかやうにもありて、異名の論、かかはりなかるべし。 ◆s17-4

発句
星月夜

 星月夜、発句に出る時は、素秋にして、他の季の「有明」などの句を敍るなり。伝授のひとつなり。 ◆s18-1

変格
猥にせず

 折端に月をこぼせる、稀には有り。故ある事とこころへ、猥にすべからず。
 すべての変格、子細も知らず、みだりになすものあり。変格を、格式にとるは、不学の誤なり。
 月・花を引上げ、或はこぼしなどする事も、会釈ある席には、其理なくては失礼なり。常の席・無名の俳諧・両吟等にはともかくもあるべし。 ◆s18
 実に道をあきらめ、自然に師とも仰がるゝ輩、其座、其時の運び、変化、物好にて、古になき変格をもなす事あるべし。是は其座限りの事にて、又すべくもあらず。
 去来、糸桜をもて花にかへたるも、古伝ありとはいへど、めづらしき物好なり。是等をもても、思ふべし。 ◆s18-2

(花) 師説録 ◆s18


変格

 花の句の事、定座に花とばかりする事は、勿論、子細なし。変格の扱は、殊の外、子細あり。
 先、引上る方は、くるしからず。まれにも、こぼす事はあるべからず。
 桜を正花にする事も、秘事なり。猥に、あらせまじきためなり。句作、尤、習ひあり。 ◆s18-3
 他の説に心得しるとも、故なくてすべからず。此外にも、さまざま伝授の秘事、なきにしもあらず。
 都て、伝授とする事は、大方は用なき事、或は至極の事、或は全くすべきことにて、是等みな秘蔵とせり。猥にゆるすときは、半途の人、しり顔に珍事を求て、常になし侍る故、秘して教ざるなり。

 さまで、其業、高き人ならずとも、志まことに道に深切なる輩には、其人によりて、免許すべきなり。覚悟の人は、しりて、心にをさめ、みだりに事をなさず、口にも出さぬものなり。かかる人をゑらびて、皆伝すべし。 ◆s19-1

花前植物

 花前に、植物差合時は、似せものの花をする習なり。
 其時は、其一句は雑にて、前の植物にかまはねども、其句に春を付て、正花に扱ふ故に、後をば、植物定式の去嫌にする法なり。
 此格ありといへども、花前に、こころなく植物を出す事、双なき無礼なり。急ときっと制して、其句を戻すべし。面々慎てすべからず。

 只、貴人などの、風とふと植物を出し給ふを、返し侍ん事、いかがなれば、其時の用に扱ふべきための格なり。事もなきに、好て似せものゝ花せん事、をかしからぬ心得をしるべし。いづことても、正花正月をもて遊ぶこそ風流なれ。 ◆s19-2
有也無也之関
 打越花の事    正花になるなり。
     みよし野は常の雲さへ春のいろ
 定座の一二句前に、水仙・山茶花・花野・梅等の句有りて、花あらはれたるときは、定座の花にさはるゆゑ、多くは花前とて、執筆の許さざるところなり。貴人高位の拠なく、句作り出来たらば、返句もいかが。そのときは証句のごとく綴りて、花脇にも、春の句を付べし。
  打越花の事
     みよし野は常の雲さへ春の色
 右、定座の一二句前、「水仙・山茶花・花野・桜ママ」等の句有りては、「花の字・植物」、花の座にさはる故に、宗匠・執筆のゆるさざるなり。
 しかれども、其人、高位・正客などの句、強て返すに及ばず。其時此句作の例を用ゆ。此体を味とりて作ば、いかやうにもあるべし。かくて、次に、春の句を付べし。是、素より翁の教なり。 ◆s19<頭注>


桜七去

 花のある表に、桜を嫌ふ、連歌の説なり。俳諧には、七句去てすべし。然れども、歌仙などには、●様いかがはべらん。 ◆s20-1

初表の花

 花の句、発句・脇・第三の外、表にせざる法なり。秘事とせり。 ◆s20-2

扱えば正花

 「波の花・潮の花」、正花にあらず。されど扱へば正花なりと、先師、申されけるなり。
 「雪の花・霜の花」、扱ふて正花にもなるべきか。本意は、雪霜を賞翫していへる花の字なれば、前条(波の花)とは違へりと、なり。 ◆s20-2

花紅葉

 「花紅葉」とつづけて正花なり。雑なり。二季兼たる名なればなり。尤、句によりて、其強きかたに季を定て、後を付るなり。 ◆s20-3

花吹雪・花の雲

 「花のふぶき」、植物にあらず。花の雪と同前。花の雲、植物なり。 ◆s20-4

花の波

 「花の波」、水辺なり。植物の花の雲は、花を雲とも、雲を花とも見る体あるべし。句によりて、分別すべし。花の波は、散て浮たるをいふ。 ◆s20-5

花の都・花皿

 「花の都」、正花なり。「花皿」、正花なり。其故は、樒は常ながら、其時節時節の花を手向るものなればなり。 ◆s20-6

名残の花・
匂ひの花

 「名残の花」と称する、常の事なり。「匂ひの花」とは、本式に。 ◆s21-1

(挙句) 師説録 ◆s21

挙句

 揚句はひたひたと付て仕まふがよきなり。 ◆s21

(恋) 師説録 ◆s21


二句目

 恋の句、二句目骨折なり。詞にて付捨て置くは、無念なり。 ◆s21-2


一句

 一句にてさしおくことのあるは、付て前句に心かよひ、二句の間に恋を含る故なり。 ◆s21-3

心の恋

 当流「詞の恋」をとらず。「心の恋」を恋とする所なり。 ◆s21-4

終 ◆s21-5

↑ トップへ


奥書等

越人跋 師説録

後書き

 此書、屹と屹度、伝書として、秘めかくすにはあらざれども、重き習の種々とも、亦、少からねば、執心の輩ならずして、かろがろしく見る事をゆるすべきにもあらじかし。 ◆s22

鳳朗跋 師説録

師説録跋

 二書の別て伝る所以は、序詞に詳なるが如し。
 然して、わが祖父此事を越人に受けて、反故の裏に書写す。古の間易(簡易)、しかも極めて麁なるがうへに、或は紙魚のために文字を欠かれ、垢の為に端を朽され、見るに甚心をわづらはしむ。仍てその紙魚の跡の欠字を補ひ、一々監義して、是を新たに明らかにす。然して、此二書天下普通に伝る所にあらず。珍書の極といふべし。秘壺せずんばあるべからず。今は是を万古に伝へて、道とともに不朽ならしめん事をねがふのみ。
  文政八年乙酉季秋日書
         鴬笠居士 印「鴬笠居士」

   文久二壬戌年
     仲夏刻成     芝飯倉五丁目
                万屋忠蔵 梓
  ◆s21-22
鳳朗頭注 直旨伝の序詞を考ふるに、翁いまそかりける比、越人の庫中に入りしとは見ゆるに、此書には先師と書れば、滅後手をいれたりと見ゆ。
 按るに、記事の侭にては事の次第もみだらなるべくして、貫通すべからず。されば、越人の編直せるならんと思はる。既に翁の死後に至ぬれば、先師と書きあらたむるならん。稀に翁としるせる所もあるは、其記事のままならん。これ等は事義にかかはらぬ事なれば、さばかり深きせんさくもなかりしなるべし。 ◆s21-22

 ※ →資料「その4 鳳朗の祖父は、越人に会ったか」参照。

↑ トップへ