俳諧の作法 「元禄式 巻之三」

元禄式 巻之三 目録
雑のこと ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ ⑩指合のこと ⑪ ㊲ ㊴ ⑫ ⑬ ⑭
水辺のこと ⑮ ㉔連歌の詞のこと ㉕恋句のこと ⑯ ⑰ ⑱ ⑲ ㊶
挙句のこと ⑳ ㉑初表のこと ㉛ ㉜ ㉒ ㉓ ㉝ ㊵指合繰ること ㉖
去嫌のこと ㉗ ㉞ ㊱ ㊳催しの会のこと ㉘ ㉙ ㉚花の句のこと ㉟

資料 索引
元禄式、記述順


 


 


元禄式 巻之三

<解題>
 「蕉風俳諧作法伝書」の一つで、去来に伝授されたものという。
 元禄三(1690)年春三月、落柿舎で伝授と記されている。去来「猿蓑」撰に当たっての伝授か。
 この年、芭蕉は、膳所義仲寺で新年を迎え、1月3日伊賀上野に帰っている。郷里には2か月余り滞在、3月2日風麦亭で「木の本に」興行。3月中旬に近江膳所に戻り、「洒楽堂の記」執筆。4月1日石山寺で源氏の間を見、同月6日国分山幻住庵に入っている。  従って、落柿舎における去来への伝授は、洒楽堂の記執筆から、石山寺参詣までの期間に絞られる。

 この「元禄式」は、「芭蕉と蕉門俳人(大礒義雄著、平成9年)」に、「岡崎日記」研究の過程で昭和50年に確認された経緯が語られ、「芭蕉-去来-空阿-茂竹の系譜をたどることができる」という。また、この内容は、許六系芭蕉伝書「新々式」に、「小異を含めて全部見出される」とある。

 「新々式」はまだ見ないが、鳳朗により越人系伝書とされる「直旨伝・師説録(蕉門俳諧師説録)」に共通した内容があることに気付いたので、比較しつつ読んでみた。「直旨伝・師説録」には、成立の謎があるが、こちらの解明に役立つ。


<凡例>

 ・ 内容を項目別に再編したもので、記述順ではない。照合の為、各段頭に記述順の番号を付してある。

→「元禄式(記述順)

 ・ 「直旨伝・師説録」と近似する内容は、薄茶(柳茶)色で示し、直旨伝は、師説録はを付けた。
  「元禄式」41項の内31項(75.6%)が「直旨伝」の内容にほぼ一致する。

→「直旨伝・師説録(蕉門俳諧師説録)

 ・ 「二十五箇条」と類似する内容(一致ではない)は、太字で示し、リンクを貼った。



元禄式 三(雑)

(再編)元禄式 巻之三

底本

 「元禄式」は「芭蕉と蕉門俳人、大礒義雄著」を参照、底本とした。

 比較した「師説録」は、天保三大家の一人、鳳朗(1762-1845)が採取刊行した芭蕉の伝書で、「正風俳諧直旨伝」及び「蕉門正風師説録」からなる。
 「師説録」の底本は、「蕉門俳諧師説録 乾・坤(花御本鳳朗著)、文久2(1862)年、芝飯倉、一貫堂刊。早稲田大学図書館蔵」、及び、虫損を補うため参照した「同中村俊定文庫」の二巻。

雑のこと

雑の詞

① 春の宮 雑なり。東宮の御事なり。
J 春の宮、雑なり。東宮の御事なり。

② 草枕 植物にあらず。逆旅と書くゆへなり。草を枕としても植物にあらず。夜分に嫌はず。
J 草枕、植物にあらず。迷路旅路or逆旅といふ事なり。草を枕せしも非植物。夜分に嫌はず。

③ 笹枕・苔莚 植物なり。
J 笹枕・苔枕苔莚、植物なり。 

④ 技折とは、道のしるしなり。木の枝など折りかけて、家路のしるしとするなり。深山にてある事なり。
  よしの山去年の枝折の道かへて まだ見ぬかたの花をたづねん  西行
⑤ 村雨 雑なり。しかし、春冬の前句には付べからず。四月・七月にふる雨なり。
J 村雨、季なし。但、但、春秋春冬の句には付べからず。大方、夏秋の宵にふる雨なり。
  祭といふ句、同前なり。

⑥ 玉柏 石の事なり。又屋根の雪をおとす物ともいへり。
J 玉柏、石の事なり。又、屋根の雪を落すものをもいふ。

⑦ 松の門 杉の門 杉の窓 雑なり。板にてしたるをいふ。非植物。
J 松の門・杉の窓、板にていふなり。非植物。但、松の戸・松の住居など、隠者の住所に云立たるは、句の仕立によりて植物にもなるべし。

⑧ 絵に書る花・紅葉の類ひ 連歌植物に二句。俳諧不嫌之。春秋も二句なり。但あつかへば季を持なり。
J 絵に書たる花・紅葉の類、連に雑なり。二句なり。俳に嫌はず。但、扱へば、季を持なり。

⑨ 月花といふ句 雑なり。

⑩ 芦鴨・芦たづ 非植物。あつかへば季を持なり。田鶴に田の字付ても苦しからず。かなに書く法なり。
J 芦鴨・芦田鶴、非植物。たづ、田に田の字付ても苦しからず。仮名にて書法なり。

※ 貞門と異なる。例えば、「俳諧小式」に、「又、花の句に月を結てする事あり。これを、「月花の句」といふ。月は四季ともに有ゆへに、花にひかれて春なり」。
 ⑨は「新々式」にないため、許六捌きの巻は、「月花・雪」を春にする。 →「宇陀法師」参照

指合のこと

⑪ 夕闇 夜分なり。宵闇といふ事なり。暮時分に嫌はず。
J 夕闇、夜分なり。宵やみと云事なり。暮時分に嫌はず。
㊲ 狩、いろいろあり。狩とばかりは、雑なり。生類に嫌はず。又、巡狩とて、その国の治否をしらんため、勅使を立らるゝ、是を狩の使といふ。その余は、皆求る心なり。
J 狩の事、いろいろ有り。狩と斗は、雑なり。生類に嫌はず。巡狩とて、其国の治否をしろしめさんと、勅使を立らるる、是を狩の使といふなり。其余は、皆求るこころなり。
㊴ 浜庇 非居所。砂の崩れたる所をいふなり。
J 浜庇、居所にあらず。砂の崩て、空(うろ)に成たる所をいふ。但、浜辺にある庇をいふ時は、勿論居所なり。但、非居所浜庇たりとも、浜辺の家の庇にかけて、作れる句ならば、いふに及ばず、居所なり。浜手の岸の根、なみにされくぼみて、上の方ばかり残て、さし出たるを云。

⑫ 時雨に時の字付くも、くるしからず。
J 時雨に時の字付ても、苦しからず。
⑬ 春日山に春の字・日字、付句を嫌はず。
J 春日春日山に春の字・日の字、同前。
⑭ 雷に神の字、連に二句なり。俳、これを用ひず。
J 雷に神の字、連に二句なり。俳に是を用いず。

水辺のこと

水辺
非水辺

⑮ 軒のあやめ、連に水辺なり。俳、これを用ひず。
J 軒のあやめ、連に水辺なり。俳に嫌はず。
㉔ 非水辺物、連歌に硯の水・軒の玉水・潦雲凌雲の波。但雲水は水辺也。雲と水と二物也。新式にその数多し。俳諧には分別物なり。
J 非水辺もの、連歌に、硯の水・軒の玉水・潦雲凌雲の波、新式にその数多し。但、雲水は水辺なり。雲と水との類、すべて俳諧には別物なり。

連歌の詞のこと

連歌の詞

㉕ 屏風・几帳・珠数、連歌に用ゆるといへども、俳諧に用ゆる時は平話なり。
J 屏風・几帳・数珠、連歌に用る品ながら、俳に用る時は、慣言葉なり。 

恋句のこと

心得

⑯ 恋の句、秋の句にはさみてせぬ事なり。
⑰ 花前に、恋の句付かけぬものなり。

挙句

⑱ 揚句 恋にても挙ること、殊に祝義なり。うき・つらき・かなしき・歎・泪・しぬるなども、祝言とて二句するなり。

二句捨

⑲ 我家に恋を二句にて捨る事、古き連歌の書に、「恋を二句にて捨る事、甚く無下の事なり。三句より五句までつゞくべし」とあり。古風の連歌、二句にて捨たる例あるを以て、此の如く、当流の難句、恋に極りたるゆへなり。

心の恋
詞の恋

㊶ 恋に、心の恋・詞の恋といふことあり。詞の恋は恋にならず。当流は詞にかゝはらず、心の恋を専らとするなり。
  物さしに狂ふ男のたゝかれて
 といふ句、詞に恋なし。心の恋なり。女房・娘等の詞、句作によりて、表にもくるしからず。
S 当流詞の恋をとらず。心の恋を恋とする所なり。

挙句のこと

挙句

⑳ 揚句に花をする事、宗祇法師神祇の巻にせられしことあり。常にはあるべからず。
J 揚句の花、宗祇の神祇の巻にせられし事は、常には無きことなり。
㉑ 挙句に発句の字せず。
J (挙句で)発句にある文字を用ひず。
 発句の作者、挙句をせず。為其、句引の末に揚句と作者を書くなり。
J 発句に発句の作者揚句せずといふは、句引して末に揚句の作者を書なり。句引とは巻末に誰何句と書。他は准てわきまふべし。

初表のこと

発句
切字

㉛ 切字のこと、むかしより書々に書出し侍れば、これを略す。
 細川玄旨の曰、「連歌に、ある人に語て口むつかしき切字悉く伝受し侍れど、これまで、一度もせずしての益なし。切字沢山なれば、人のよく聞しり面白かるやうにしたるがよし」といへり。此心、俳諧に第一と心得らるべし。

発句
切字なし

㉜ 切字なしの発句の事、伝受せぬ人、推量にいろいろ申し侍れど、一つもあたらず。この大事早速伝受すべきことなり。初心の中には、切字なしにてよき発句あるものなり。しかれども、伝来なければ、この切字なしのよき発句捨るものなり。宗匠の慈悲にて初心たりとも、はやく伝受すべし。
 抑、切字なしの伝といふは短く伝ふる時はなくてもくるしからずといふことなり。五七五の間にいひ切たる、是切字の伝受なり。いづれの切字なしの発句も、いひきらぬ句はかつてなし。
 しかれども、伝受せぬ人、推量にやりたる時は急度とがめ置ものなり。すべて伝受事、あまり心安き伝受なれば、わざとおもくするもの也。
J 師曰、切字なしの発句の事、伝受せぬ人、推量に色々申侍るといへども、一つもあたることなし。初心の中に、切字なしにてよき発句あるものなり。されども、功者の人に、「切字はいづれにある」と、咎められたる時、云開くべき事をしらざれば、よき発句とても捨るなり。此ゆゑによき師を撰て、はやく此大事を伝授すべきなり。
 伝授の事は、あまりに心安きゆゑ重くするものなり。唯、道を重んずるのことはりなり。

脇・第三

㉒ 只の発句に旅の脇せぬ事なり。第三にはくるしからず。
J 唯の発句に旅の脇はせぬものなり。第三苦しからず。
㉓ 哉留の発句に、第三にて留。いにしへは嫌ひ侍れど、今は嫌はず。
J 但、哉留の発句、にて留の第三、いにしへは嫌ひ侍れども今は嫌はず。

㉝ 三月に渡る発句、柳・霞・月・雪の類、脇にて当季を定る、この例なり。
 脇の季いづれの月と吟味して、第三を案ずべし。是三句に渡るゆへなり。
 たとへば、初春の発句に初春の第三せず。暮秋の発句に暮秋の第三せずといふことなり。
 暮春暮秋の第三、別に伝受あり。むつかしきことなり。初心のすべきことにあらず。

表の月

㊵ 月次の月の字、発句・脇などにある時、表の月、有明の類なるべし。
J 月並の月の字、発句にあるときは、本月、連歌に三句去なり。俳諧には二句去べし。有明とも桂男ともする法なり。兼て有の字明の字など嗜べし。同字なれば、月とうち出してせず。表の心得大切なり。

指合繰ること

新式大意

㉖ 新式の大意は、末座の人、或は初心の輩、句たくさんにするを押へんが為なり。
 非水辺、硯の水の類を水辺近しとて、執筆くらば、初心末座の人は、夫れに任す可。
 貴人功者の連歌の仕所を、無下に付たらん時は、なき指合をもくる事、執筆の故実なり。
J  新式の大意は、末座の人、初心の人、句沢山にするを押ためなり。此故に水辺にあらざる硯の水の類をも水辺近しとて執筆のくらば、初心末座のものは、それに任すべきとあり。
 爰は一筋あらんと宗匠などの案る所、初心の人無下に付侍らば、なきさし合もくる事、執筆の故実なり。本式にも記るなり。 □16

去嫌のこと

趣旨

㉗ 一座に一句、二三四五句の物と定るは、あとの付にくき物を考て定むるなり。
 打越を嫌ふ物は、一座にもあまた仕度き物を定むるなり。
 これより七句隔る物などは、それぞれに分別して、付よき様に定むるなり。或は、面を嫌ひ折を嫌ふ物、皆々その分別なり。
 所詮、付にくき物を仕出すこと、好ざることなり。
J 一座に一句・二句・三句・四句・五句のものなど定むる事、後の付にくきものを考てさだめ置しものなり。
 されば、うちこしをを嫌ふといふものは、一座にも数多仕たき物をさだむるなり。
 是より三句・五句・七句、それぞれに分別して、付の支るやうに付よきやうに定るなり。或は、表に嫌ふものも、折をきらふものも、みなみな其分別なり。
 所詮、付苦き物を仕出す事、好ざる事なり。
 大やう連歌に二句といふものは五句、五句といふものは七句と、俳諧にはゆるすなり。

一座一句
のもの

㉞ 一座一句のもの、連歌新式に、四十ばかりあり。然ども、俳諧には、慥かに二つもすべし。
 いひかへて、又ある可し。鬼女虎龍の類、一句出て後、虎屋・虎之助などは、虎のかたちなければ、数を定めず。二つも三つもあるべし。他、これに准ず。
J  「一座一句のもの、連歌新式に、四十ばかり有り。別条にいへる鬼女・竜虎に一つなれども、俳諧には、いひかへて、又あるべきなり。たとへば、虎屋・虎之助の類なり。生類の虎のこころなければ、すべて本名異名なり。どちらにても一つ。異体は数をさだめず。俳は他は是に准ず」。 □11

㊱ 都、二つなり。面にもすべし。非名所水海、同前なり。
J 都は表にもすべし。水海同前なり。凡名所所名故非名所、同前なり。

一座二~五
句のもの

㊳ 二句、三句、四句、五句のもの、右に准ず。俳は寛制にして、あまたこれをゆるす。時に臨て、分別あるべし。

催しの会のこと

心得

㉘ 夢想の俳諧、一座に夢の字あるべからず。
J 夢想の俳諧に、夢の字あるべからず。
㉙ 追善の俳諧に、鬼の字・地獄の沙汰、ゆめゆめあるべからず。
J 追善の俳諧に、鬼の字・地獄の沙汰等、ゆめゆめあるべからず。
㉚ 移徙の俳諧に、燃る・焼る・ひしぐ・倒るゝの詞、尤禁忌なり。
J 移徙のはいかいに、燃・焼・倒るゝの言葉、尤禁忌なり。ためる・枯るなどの類も用捨すべし。其他推てしるべし。

花の句のこと

花・桜

㉟ 花といふは、桜のことにして、桜は正花に非ず。花に付ること、別に伝受あり。大事なり。
  辛崎の松は花よりおぼろにて
   山は桜をしほるはるさめ

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資料 「元禄式」

 以下、記述順に再掲。


<凡例>

・ 薄茶は、「師説録(直旨伝・師説録)」と同じか近似。
・ 薄赤は、「新々式」にもなし。
・ 太字は、「二十五箇条」に対応。
・ 下線は、「三四考、芭蕉翁口授」に対応。

元禄式


 元禄式巻之三 芭蕉翁
 ● 雑之部

① 春の宮 雑なり。東宮の御事なり。
② 草枕 植物にあらず。逆旅と書くゆへなり。草を枕としても植物にあらず。夜分に嫌はず。
③ 笹枕・苔莚 植物なり。
④ 技折とは、道のしるしなり。木の枝など折りかけて、家_(路)のしるしとするなり。深山にてある事なり。
 ● よしの山去年の枝折の道かへて
       まだ見ぬかたの花をたづねん  西行

⑤ 村雨 雑なり。しかし、春冬の前句には付べからず。四月・七月にふる雨なり。
  祭といふ句、同前なり。
⑥ 玉柏 石の事なり。又屋根の雪をおとす物ともいへり。
⑦ 松の門 杉の門 杉の窓 雑なり。板にてしたるをいふ。非植物。
⑧ 絵に書る花・紅葉の類ひ 連歌植物に二句。俳諧不嫌之。春秋も二句なり。但あつかへば季を持なり。
⑨ 月花といふ句 雑なり。
⑩ 芦鴨・芦たづ 非植物。あつかへば季を持なり。田鶴に田の字付ても苦しからず。かなに書く法なり。
⑪ 夕闇 夜分なり。宵闇といふ事なり。暮時分に嫌はず。
⑫ 時雨に時の字付くも、くるしからず。
⑬ 春日に春の字・日字、付句を嫌はず。
⑭ 雷に神の字、連(連歌)に二句なり。俳(俳諧)、これを用ひず。
⑮ 軒のあやめ、連に水辺なり。俳、これを用ひず。
⑯ 恋の句、秋の句にはさみてせぬ事なり。
⑰ 花前に、恋の句付かけぬものなり。
⑱ 揚句 恋にても挙ること、殊に祝義なり。うき・つらき・かなしき・歎・泪・しぬるなども、祝言とて二句するなり。
⑲ 我家に恋を二句にて捨る事、古き連歌の書に、「恋を二句にて捨る事、甚く無下の事なり。三句より五句までつゞくべし」とあり。古風の連歌、二句にて捨たる例あるを以て、此の如く、当流の難句、恋に極りたるゆへなり。
⑳ 揚句に花をする事、宗祇法師神祇の巻にせられしことあり。常にはあるべからず。
㉑ 挙句に発句の字せず。発句の作者、挙句をせず。為其、句引の末に揚句と作者を書くなり。
㉒ 只の発句に旅の脇せぬ事なり。第三にはくるしからず。
㉓ 哉留の発句に、第三にて留。いにしへは嫌ひ侍れど、今は嫌はず。
㉔ 非水辺物、連歌に硯の水・軒の玉水・潦雲の波 但雲水は水辺也。雲と水と二物也 新式にその数多し。俳諧には分別物なり。
㉕ 屏風・几帳・珠数、連歌に用ゆるといへども俳諧に用ゆる時は平話なり。
㉖ 新式の大意は、末座の人、或は初心の輩、句たくさんにするを押へんが為なり。非水辺、硯の水の類を水辺近しとて、執筆くらば、初心末座の人は、夫れに任す可。貴人功者の連歌の仕所を、無下に付たらん時は、なき指合をもくる事、執筆の故実なり。
㉗ 一座に一句、二三四五句の物と定るは、あとの付にくき物を考て定むるなり。打越を嫌ふ物は、一座にもあまた仕度き物を定むるなり。これより七句隔る物などは、それぞれに分別して、付よき様に定むるなり。或は、面を嫌ひ折を嫌ふ物、皆々その分別なり。所詮、付にくき物を仕出すこと、好ざることなり。
㉘ 夢想の俳諧、一座に夢の字あるべからず。
㉙ 追善の俳諧に、鬼の字・地獄の沙汰、ゆめゆめあるべからず。
㉚ 移徙の俳諧に、燃る・焼る・ひしぐ・倒るゝの詞、尤禁忌なり。
㉛ 切字のこと、むかしより書々に書出し侍れば、これを略す。細川玄旨の曰、「連歌に、ある人に語て口むつかしき切字悉く伝受し侍れど、これまで、一度もせずしての益なし。切字沢山なれば、人のよく聞しり面白かるやうにしたるがよし」といへり。此心、俳諧に第一と心得らるべし。
㉜ 切字なしの発句の事、伝受せぬ人、推量にいろいろ申し侍れど、一つもあたらず。この大事早速伝受すべきことなり。初心の中には、切字なしにてよき発句あるものなり。しかれども、伝来なければ、この切字なしのよき発句捨るものなり。宗匠の慈悲にて初心たりとも、はやく伝受すべし。抑、切字なしの伝といふは短く伝ふる時はなくてもくるしからずといふことなり。五七五の間にいひ切たる、是切字の伝受なり。いづれの切字なしの発句も、いひきらぬ句はかつてなし。しかれども、伝受せぬ人、推量にやりたる時は急度とがめ置ものなり。
 すべて伝受事あまり心安き伝受なれば、わざとおもくするもの也。
㉝ 三月に渡る発句、柳・霞・月・雪の類、脇にて当季を定る、この例なり。脇の季いづれの月と吟味して、第三を案ずべし。是三句に渡るゆへなり。たとへば、初春の発句に初春の第三せず。暮秋の発句に暮秋の第三せずといふことなり。暮春暮秋の第三、別に伝受あり。むつかしきことなり。初心のすべきことにあらず。
㉞ 一座一句のもの、連歌新式に、四十ばかりあり。然ども、俳諧には、慥かに二つもすべし。いひかへて、又ある可し。鬼女虎龍の類、一句出て後、虎屋・虎之助などは、虎のかたちなければ、数を定めず。二つも三つもあるべし。他、これに准ず。
㉟ 花といふは、桜のことにして、桜は正花に非ず。花に付ること、別に伝受あり。大事なり。
 ● 辛崎の松は花よりおぼろにて
    山は桜をしほるはるさめ

㊱ 都、二つなり。面にもすべし。非名所水海、同前なり。
㊲ 狩、いろいろあり。狩とばかりは、雑なり。生類に嫌はず。又、巡狩とて、その国の治否をしらんため、勅使を立らるゝ、是を狩の使といふ。その余は、皆求る心なり。
㊳ 二句、三句、四句、五句のもの、右に准ず。俳は寛制にして、あまたこれをゆるす。時に臨て、分別あるべし。
㊴ 浜庇 非居所、砂の崩れたる所をいふなり。
㊵ 月次の月の字、発句・脇などにある時、表の月、有明の類なるべし。
㊶ 恋に、心の恋・詞の恋といふことあり。詞の恋は恋にならず。当流は詞にかゝはらず、心の恋を専らとするなり。
 ● 物さしに狂ふ男のたゝかれて
 といふ句、詞に恋なし。心の恋なり。女房・娘等の詞、句作によりて、表にもくるしからず。
 

 右一巻者俳諧之新式也。門人去来、依懇望、即於落柿舎、自書而与之者也。
  元禄三年春三月   芭蕉翁  桃青

※ 「芭蕉と蕉門俳人、大礒義雄著」を参照、底本とした。





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