秘蘊集

秘蘊集 索引

月窓序第一 不易流行之事第二 歳旦句 三つ物の事第三 発句真行草の事 懸合の事
第四 発句、鴬・時鳥の事第五 切字無し発句第六 竪題横題の事
第七 新題を撰出の事第八 脇・第三とまりの事 すみのてにをはの事
第九 付味の大事口伝 十七体の事第十 等類新古の事
第十一 執筆文台の法事 本式誹諧の連歌の事付 星月夜習の事
付 木枯の扱の事裏白連歌の事刊記

 


 


 ひうんしゅう

秘蘊集

<解題>
 「蕉門誹諧作法伝書」の一つ、山本孟遠著。許六門伝書の一つである。

 「芭蕉俳諧を継承した許六の説」をとらえる一助として、ここに挙げる。

 底本は、
   ① 「正風芭蕉体奥義伝秘蘊集 写 八戸市立図書館蔵」、
   ② 「正風芭蕉奥像伝 写 谷口丹波記念文庫(群馬県)」、
   ③ 「俳諧秘書 正風蕉門、幽明一場人編 頴才新誌社 明26.12、国立国会図書館蔵」、
  以上三巻。


<森川許六 きょろく・きょりく>
 韻塞:編,許野消息:著,許六拾遺:著,青根が峰:著,東西夜話:編,俳諧宇陀法師:撰,風俗文選:撰,篇突:撰,歴代滑稽伝:撰,花の蘂,鎌倉海道,笈日記,桜山臥,深川,雪之光,発明弁,木葉漬,夜話狂,有也無也関、柴門之辞,本朝文選,雅楽集,正風彦根体,俳諧問答,五老井発句集,菊阿全集,俳諧許六伝,奥の細道行脚像,五老井・蘿月堂・風狂堂・黄檗堂・曇華台・巴東楼・是非斎・如石斎・碌々庵・ 黄斜庵・菊阿仏・無々居士・潜居士・婆欒樹林・一維道人_彦根藩士_画:安信門_江戸前~中期_正徳5(1715)年没60歳.

<山本孟遠 もうえん>
 木葉漬、七句集:編,俳諧桃の杖,秘蘊集,波数農葉能紀行,獏の華,芭蕉十三回忌十三歌仙発起,横斜庵・四十九軒・七々軒・夢明坊・須弥仏_彦根藩士_許六門_江戸前~中期_享保14(1729)年没61歳.

<高屋去音 きょおん>
 木葉漬,好々舎,瑞雲弗_京都_孟遠門横斜庵_江戸中期_寛延2(1749)年11月10日没63歳.

<戸田文鳴 ぶんめい>
 猿談義:撰,蛙袋,朝茶坊・好々舎・敬山・雉随車・九皐子_京_去音門好々舎_江戸中期_明和3(1766)年没61歳.


 

凡例

 底本①は、誤りが少なく、「五世文鳴」が伝授した原本と思われるので、これを基とした。しかし、①は部立に沿っていないので、底本②を参照した。①が欠く部分は、底本②③で補い、背景色で区別した。

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底本①

正風芭蕉体奥義伝秘蘊集

 底本①は、誤りが少なく、「五世文鳴」が伝授した原本と思われるので、これを基とした。しかし、部立に沿わない記述であること、口頭での説明がなければ分かりにくい箇所が多いこと、読み手を考慮しない独特な書体であることなど、難点がある。
 部立ては、底本②③に照らし合わせ、見開き頁の番号を、「12R」「12L」などと付した。
 底本②③が書き加えている部分は、〔底本②③の追加記述〕のように補った。

底本②

正風芭蕉奥像伝

 底本②は、「三世孟遠」の記述を、写したものと思われるが、誤写が多い。引用箇所の誤りと思われるところは赤字で示した。

底本③

正風芭蕉流奥像秘蘊集

 正風芭蕉流奥像秘蘊集

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許六門孟遠著「秘蘊集」

秘蘊集

①の序

底本①
月窓序

 正風芭蕉体奥義伝秘蘊集

  はしがき
 夫、和歌は、神明の内証、仏道の妙理なり。亦、連歌は、人皇十二代景行天皇の御宇、日本武の尊、新治の筑波を出ていくよかねつると、上の句ばかりあそばされし事よりはじまり、俳諧猶、久かたの天の浮橋の本にして、うまし乙女にあひぬと、の玉ひしより、今に至るまで、世の人之を翫ぶ事も少なからず。
 長頭丸より季吟、〔、季吟翁〕より芭蕉翁伝来の秘書二巻有りて、則ち五老井許六菊阿仏、是を伝り、二世の翁と称し伝る。然るその道統、孟遠につたへたまひ、三世の血脈を相続して、正風体国中に輝き、孟遠子大音去音に秘巻を伝受して、四世の道統相続し、夫より某文鳴に、翁より伝来の秘伝書二巻口授、残らず相伝して五世を道統相続す。
 今、爰に記す物は、其中の抜書にして号く、秘蘊集と。尤、正風の大事、不然之もの也。

月窓 

②の序

底本②
孟遠序

 正風芭蕉奥像伝    夢明坊孟遠自序

 夫、和歌は、神明の内証、仏道の妙理なり。亦、連歌は、人王拾二代景行天皇の御宇、日本武尊、にいはり筑波を出ていくよかねつると、遊ばせしより始り、俳諧は、久かたのあまのうきはしの本にして、うまし乙女にあひぬと、の給ひしより、今に至るまで、世の人之を翫ぶ事も少なからず。
 又、長頭丸より季吟、季吟翁より芭蕉翁へ伝来の秘書二巻有りて、則ち五老井許六法名菊阿仏、これを伝へたり。二世の翁と称し侍る。然して、道を統る。付属し給ひ、孟遠三世の血脈を相続して、正風体国中に耀きて、今、爰に記す。其中の秘伝を抜書し、愚書を増し、秘蘊集と号く。

  此秘書二巻、孟遠師、頭陀に納め、享保中侍最巨郭、遣六十余、定めなき潤九月や秋日和といひて、死す。伝天城海禅寺に葬る。巨郭の集「木の葉」 二巻

③の序

底本③
孟遠序

 正風芭蕉流奥像秘蘊集

  はしがき
 夫和歌は、神明の内証、仏道の妙理なり、又連歌は、人皇十二代景行天皇の御宇、日本武尊、新治の筑波を出ていく夜かねつる、と上の句ばかりあそばされしより始まれり、俳諧はなを、久かたの天の浮橋の本にしてうまし乙女にあひぬ、と宣ひしより今に至るまで、世人これを翫ぶことすくなからず、長頭丸より季吟、季吟翁より芭蕉翁へ伝来の秘書二巻あり、則ち許六法名菊阿仏、是を伝り、二世の翁と称しはべる、然して其道統、予に付属したまひ、孟遠三世の血脈相続して、正風体国中にかがやく、今爰に記するものは、其中の秘書を抜書して、愚書をまじへ、秘蘊集と号しはべる、尤も正風の大事、これに過ぐべからざるものなり。

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秘蘊集

第一 不易流行之事

不易流行 抑、芭蕉翁、正風体の俳諧を見出して、千歳不易・一時流行と、独歩したまふより、一天下、皆此道に入門して、或は不易、或は流行と、別れ別れに、門人の論絶ゆる事なし。
 是皆々、癖論僻論にして、正風の委かくせる〔委しからざる〕故なり。爰に菊阿仏許六、此論を説て、教て曰く、「不易は、かくれたる所なき故に不易なり。流行の姿は、年々に替る。芭蕉流の体は不易にして、風は流行なり。〔変化自在の〕正風体なれば、いづれか不易流行方寄んかたよらんや」。 05L
証句 是を述るに発句にていはば、少し紛るる味あれば、付句にしてここに記す。前句ありて栄螺の壺煎りといふ事よき所ならず。昔、作り出し侍る時は、
    壺入のさざゐはちょくに居り兼  ※すわりかね
 など作れり、中頃句を工み、拵へたるときは、
  又 にかやきのさざゐに蓋のひつ付て
  又 にかやきのさざゐを横に喰付て

 など作れり。当時江戸表、五句付点取の俳諧は、今に此場所におり。此拵へたる事をにくみたまひて、「炭俵」「別座敷」に、場をふみやぶりて、
    さざゐを振てひたと吸るる
 と芭蕉翁、をどり出て付たまひぬ。其後、菊阿仏、又流行して、
    火鉢のに並ぶ壺煎     許六 ※とう、埋み火
 と流行せられたり。雉子、かまぼこを焼たるあとは、青串に必ず一献を侍る。にかやきのさざゐに並べたるを、直に見たるごとくし、其後、
    こけたさざゐを起す青串   孟遠
 と、其場をすかさず流行いたされし。 06R
不易流行の姿 不易流行、二つながらなくては叶はざるものなり。叶はざるとて、常に不易流行を荷ふ運ぶものにはあらず。血脈相続をママの人の句は、口より出るとひとしく、不易流行の姿出来て、千里をはしるものなり。 06L
発句
流行の姿
 又、発句を以て、流行のすがたをいはば、
    傘からかさで押分て見る柳かな   芭蕉
 此句、其頃はまだ正風体、最初の頃なれば、雨の柳の場を少しかすりて申出られけり。其後、
    八九間空であめ降るやなぎかな    芭蕉
 是、少し流行して、雨柳の雨をはなれ、柳を雨に見なしける句なり。 06L
 〔これ眺望の吟なり。雨の降込む柳の景曲一作の流行なり。其姿を、又流行して、
    はる雨の梢ふり継ぐやなきかな    木導〕
柳に雨の噂 許六、菊阿仏を悟つて、独歩し、「もはや雨の噂はなき所なり」と発明して、
 〔菊阿仏これを悟り、場をふみかへて、〕
    西風に東近江のやなぎかな      許六
 とや出られけり。許六門人、湖水の辺こそと、
    そらはまだ鶴の羽音のやなぎかな   木導
    坂本は横に朝日の柳かな       曰良
    宿替の船をさし込柳哉        作者失意
    質の船うけては繋ぐ柳かな      作者失意

 これより諸書、水辺の句作りけり。 07R
流行の句 孟遠曰、水辺ばかりに限るべからずと、其場をかへて、
  又 百姓のそろそろうごく柳かな
  又 湯上りの僧行違ふ柳かな

 此句、彦根体の頃なり。其後孟遠西国に至る。豊後の門人に、此流行を説く。
    鶤とうまる、軍鶏の声に夜明の柳かな
    日待してしらむをすかす柳かな

 是「鯰橋(里仲、享保3(1718)年)」に出る。みなみな流行の句なり。次に「目団扇(里之・于候、享保4(1719)年)」、次に「東海道(何狂、享保6(1721)年)」、何れも流行の句なり。
 其姿、能々見給ふべし。諸発句・付句共にこの句なれば、師説能々聞給ふ時は、自然と流行すなり。 07L
去音   上ずりに足もとしらぬ柳哉    去音
 等云は、正月頃より、よき人々は、遊び事にしこりて足本も落着ず。是、自然と柳の懸合なり。是、流行なり。 07L
文鳴   ゆつたりと行来もしらぬ柳哉   文鳴
 是、旅閣の句なりといへども、総体の句なり。「行来もしらぬ我思ひ哉」と、西上人の歌を切込め、総別正月のゆつたりしたる所を肝要といたしたるなり。是、又流行なり。 07L
 ----- 第三 発句真行草へ  -----

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第二 歳旦発句之習。同三つ物之事

歳旦 歳旦発句の習 並三つ物のこと
 蕉翁口伝云、歳旦の句といふは、元朝一天明初る時、始めていふ句なり。二句としては、歳旦にあらず。 20R
元三は神道 抑、日本は神国なれば、〔神道一教を守るべきことなれども、かたよらぬは、〕又和国の風儀なれば、尤も有がたき事なり。
 秘密、神道の奥義は天子一人しろしめし行せられて、四民の末々は、心々に道に入るべきの国風こそ尊とけれ。さればとて、神道にも廃れず、正月元日より三日を、神代の風に祭りて、家々の行事有り。元三の中は、全く神道なること顕然たり。 20R
天下泰平
国土安穏
 昔より俳諧歳旦の発句は、自身の上を祝ふ事とばかりこころへて、才覚に句作り、礼をしらず、非道のみおもふ。神は非礼を請給ず、必ず不吉云出して、凶事にあやかり、神罰をうくる事恐るべし、恐るべし。是、正風体にあらざる故に、当流案じ方の大事といふは、先づ神国なる事、おもふ精誠、穢をはらひ、心を正して、其身一人の神となるべし。
 中臣祓に、神と人との元の心とあれば、其いにしへに精神なる所を見るべし。屋を祓ひ、衣服を改め、体を清め、心を浄めて、先づ第一に、天下泰平国土安穏を祈るべし。 20L
新しき句 一天下の治世民安全の心を先とあんじて、あながちに秀逸たる好むべからず。唯、新しき句をすべし。古き句、めでたからず。
 譬へば、随分結構なる故にては、持古したるは用ならず。麁相なる寺扇成とも、あたらしきを正月ものとするごとし。
 唯、発句は、手垢なく、安々と句作り、榧土器のごとく有るべし。是、正風体なり。 21R
歳旦の意 五老井許六「篇突集」にいふ。
 当時、歳旦の格式、知れる人稀なり。次第に師説もうとく成り行くこそ、いと口惜けれ。只、初はるの季を入る迄にて、曽て歳旦にならざる句のみ多し。歳旦の字意をよく工夫し侍らば、仕損じは有るまじ。歳旦の句、二つ三つしるし出すやからも有り。又、歳旦帳に、子の日二日三日など題して出す人もあり。師説いかが聞置侍るや、覚束なし。
 遠国の歳旦など、まぜて出すも、遠慮ありたきことか。
 大津絵等の前書、後代歳旦の格式、是にて分明なり。季の詞をむすぶなども、よく時代の考なるべし。「元日や」といふうち平めたる詞などは、四五年も過去たるべし。歳旦道具等、猶以て新古の差別なるべしと書けり。此事見まがひ有るべければ、有増あらまし爰に註を加ふ。
 「歳旦」の字意をよく工夫し侍らば、仕損じは有るまじと書かれたる迄は、右、師説にて明事なり。 21L
句数等 歳旦、二つ三つ出すやからもありといへるは、一とせ、千那・季由、歳旦帳に、子の日・七種・左義長の類ひを、一句づつ立発句で出方の相談の時、師の云、「無用なり。〔時節あらざる句を前方より出すこと、せぬものなり。〕歳旦の句、年内に極め出す事は、元日より早々板行なりがたき故に、是非なくすることなり。遠国の句をまぜて出す事、遠慮ありたきこと」と、されたり。 21L
芭蕉句 大津等の前書とは、
    空の名残をしまんと、
    旧友の来りて、酒興しけるに、
    元日の昼まで伏して、曙を見はづして、
   二日にもぬかりはせじな花の春  芭蕉

 二日は歳旦にならざるによりて、言分の前書なり。
    又、三日閉口、題四日、
   大津絵の筆のはじめは何仏    芭蕉

 是も題を前書にて断りたり。元日、三日迄は神道なれば、何仏の発句、四日に題せられたり。僧衆の礼、四日よりはじまるなり。 22R
一 歳旦は、元朝明け初めてより、明け離れて迄なれば、此所をいひ、作せんとするに尽るなり。よつて題を極る二、三十も有るべし。此題を以てするに、皆歳旦に叶ふの題なれば、昔より題なしにはせぬなり。然るを、近年題なしに、「初」といふ字さへ入れば、歳旦と心得たるこそ口惜けれ。
 又「元日や」と五文字、平めなる詞ゆへ、云ひ古して一作なくては遣はれず。第一、元日、二日にはたる一日に渡る題なり。其弁へもなく、「元朝や」とする(べき)句などにも「元日や」と有り。尤、習、師説をも知らぬ故なり。
   元日に田ごとの日こそ恋しけれ  芭蕉
 田毎の日とは、一作なり。「信州姨捨山」に、「田毎の月」あり。是を元日に合されたり。 22R
門下   元日や板倉殿も御命日      許六
 〔板倉内膳正殿、天草にて、元日、討死したまふ。この句、手柄なり。
 句意、口伝。
   元日や工夫して見るへそのあな     孟遠> ← 脱落

 人に九穴有り。皆々、其役目あり。予、西国行脚の頃、豊後の日田に年を迎へて、終日暇にて、元日一日は寝たり。されば、九穴の外、臍ばかり、何の役目なければ、申出たり。総じて、一曲、一手がらあらば、過去といふ類あるべからず。古事、毛頭なし。 22L
歳旦三物
一 歳旦の三物の事、有増あらまし「篇突集」に出たり。委、爰に顕さず。
 発句は元日の句なれば、其響く所をちらりと見付て、脇は、正月十五日迄の季節なるべし。
 又、三ヶ月にわたる季節も有るべし。柳・霞・陽炎の類ひなり。一曲一作なくてはなるまじ。唯ぬらりと仕たる句は、尋常の俳諧なり。歳旦は、格別働入る事なり。 22L
第三 又、第三の事、大率三月の季節を心得べし。必ず、早春の季節、遣ふべからず。是非、三月の季、遣はれぬ時は、三ヶ月に渡る季節の内にて、凍解・春雨等、其外いか程も有るべし。
 脇は、句をかしこく働きたる由。第三はのびのびと、景曲あるべき事なり。若し発句に景曲あらば、第三世話事成るべし。
 只、三句に百韻千句の働きとは、此事なり。勿論新らしき所を専一と案ずるなり。総じて、尋常の俳諧にも、初春の発句に、初春の第三、暮春の発句に暮春の第三はせぬことなり。是、三句目、打越す故なり。他季、之に准ず。なほ、味細微細の事は、口伝。 23R
歳旦題     歳旦題(年越未だの元日に、春たつとはせぬ事なり)
 御代の春 明の春 花の春 京都の事之 千代の春 今朝の春 御慶
 君のはる 国の春 老の春  けふの春 元日  はつね
 元朝   雑煮  着衣初  鏡餅   年男  大将
 若水   庭竈  若恵比寿 初空   はつ霞 四方の春
 初日影  はつ日 蓬莱   門松   出初  三の旦
 月日星なり、三ヶ日は歳旦にあらず 23R

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第三 発句真行草の事 並懸合の事

真行草  発句真行草の事 並懸合の事
一 発句に、真行草発句は、第一題を撰ぶべし。
 竪題なるべし。詞書・前書等もなく、題を読入て、一曲秀逸、さび・細味、備はりたる句をいふ。
 横題の句にも、真の格有り。是、行の真なるべし。行の内の真有り。行の中の行有り。句を以て爰に記す。 23L
 ----- 第一 不易流行から  -----
真行

  真句
 又 振売りの雁あはれなり夷講  芭蕉
  行句
 又 夷講酢売に袴着せにけり   芭蕉

 振売の句は、芭蕉の本情より出て、正月至極の城郭なり。此哀れ、見出しけるは、真の句なり。又、酢売に、袴着せけるは流行して、真の城郭を飛出し、伏見・大津辺迄も出張せられたり。是れ行なり。
 譬え横題なりとも、真の句有るべし。真の竪題の句なりとても、行の句有るべし。 08R

真行の境 真行の境、工夫あるべし。
 滑稽伝に、「一代の秀逸は、題を撰ぶ」と書れけれども、真の句の事なり。 08R
一 草の格といふは、題を撰ばず、季節を入て、云流す句なり。
 紀行、挨拶の類ひなり。皆々、詞書を以ていひ述る句の事なり。季節の言葉の動きをかまはず、其場を題とする故なれば、或は文などをかきて、其とまりに発句を置給ふ。皆々、草の格なり。
   此あたり目に見ゆるもの皆涼し 芭蕉
 此発句ばかり聞く時は、涼の題と見ゆ。しかれば、「皆暑し」とも、「皆寒し」とも動く。ヶ様の句を聞て、出倚題をいふやから、世上に多し。この句は、美濃国長柄川長良川にて、「十八楼を記」を書給ふ。其文の留りに置き給ふ故に、「涼し」の詞、能居りたり。是、草の格の句なり。能々熟吟して、真草の境を知るべし。 08L
懸合一 発句懸合の事は、翁の真最初より、諸つ人に教し給ふ事なり。委は、「篇突集、発句調錬の弁」に有り。又、「滑稽伝」の「一枚起請」にも書かれけり。能々見べし。
   さりながら、其味細の所に至つて、流行する所にかけ合の大事有り。委、口伝を持て自ら句する所なり。
 年々としどし、句同じからずといへども、血脈を得たる所は、此かけ合のこと筆頭にに及ばず。猶見ず。推量には成べからず。芭蕉流発句の大事といふは、此懸合なり。 08L

第三 発句真行草の事 並かけ合の事

真行一 発句に、真行草有り。真の発句は、第一題を撰ぶべし。
 竪題なるべし。 (竪題の事、奥に出す) 詞書・前書等もなく、題を読入て、一曲秀逸、さび・細味等、備はりたる句をいふ。
 横題の句にも、真の格あり。是、行の真なるべし。行の中の真あり。〔行の中の行有り。〕句を以て爰に、
  真の句  振売りの雁哀なりゑびす講  芭蕉
  行の句  ゑびす講酢売に袴着せにけり 芭蕉

 振売の句は、芭蕉の本情より出たり。正風体至極の城郭なり。此哀ミ、出されたるは、真の句なり。又酢売に、はかま着せたるは流行して、城の都を飛び出し、伏見・大津辺迄も出張してせられたり。是れ行なり。
 たとへば、横題たり共、真の句あるべし。真の竪題たりとも、真の句、又真の竪題たりとも行の句あるべし。真行の境、工夫あるべし。滑稽伝に、「一代の秀逸は、題を撰ぶべしと書れしも、真の発句の事なり。
一 草の発句の格といふは、題をゑらばず、季節の言葉を入て、云流すなり。
 、挨拶の類ひなり。皆々、詞書を以ていひ述、季節の詞の働を構はず。其場を題とする故なり。或は文など書て、其とまりに発句を置く、皆々草の格なり。
   此あたり目に見ゆるもの皆涼し   芭蕉
 此句ばかり聞く時は、涼の題と見ゆ。しかれども、「皆暑し」とも、「皆寒し」とも動くに、横の句を聞て、師説なしの出倚題をいふやから、多し。この句は、美濃国長柄川長良川にて、「十八楼の記」を書きたまふ。其文の留りに置き給ふ句なる故に、「涼し」の詞、よくすはりたり。是、草の格の句なり。能々熟味して、真境を知るべし。
懸合一 発句懸合の事は、…略…
※ 「歴代滑稽伝」に、「第四に、連俳は季節の辞を題とす。秋季・春季を持といへども、発句にならぬ只事おほし。秋の峯・春の山のたぐひ、似た事にて、春の野・秋の野は題也。先師、「大根引は題にならず」とて、「大根引といふ事を」と、前書にかきて出されたり。一生の秀逸題を撰ぶ。梅・桜・月・雪のたぐひと心得べし。」と、ある。

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第四 発句、鴬・時鳥の事

正風   鴬、時鳥、発句之事
 此二鳥、発句、至極六ヶ敷き題なり。山崎宗鑑・伊勢の守武・貞徳より、宗因・季吟まで、みなみな其時の一風を得たりといへども、只、此二鳥の句を見るに、大率、題の噂にして、歌・連歌のいへる所を、俳言といふ物を入れて、俳諧に仕たる迄なり。
 翁、始て正風体を見出され、歌・連歌(に)せざる誹諧を捜出し、かの懸合をもつて、此二鳥の句を発明せられてより、格別に新しく、さによつて、芭蕉流に、俳諧とはいはず、句の魂を入れて、全体歌・連歌の云古したる心にて、面を啄砕、上を俳言といふものにてぬり塞ぎたるものなり。皆々作りもの、彩色ものなり。
 正風体は墨絵のごとく、句を赤裸にして云出して、魂に大曲を入て、俳諧を云出したるなり。
     鴬や餅に糞する椽の先  芭蕉
 この句の大曲、他門はさて置き、芭蕉直弟子、努々知らず。予、門人の中にも、よくよく深切の二三子ならでは、此曲を尋ねず。初心の者は力なければ、尋ぬるすぢを知らず。まして、遠国の末々、師説なければ、猶知るまじ。
 正風体の句の内、是ほどむつかしき題はなきなり。
 大方世上の鴬の句は、啼く事を色々と云替へ、題賞翫とのみ云立て、少しも新らしき所をしらず。新敷き心得、今めくことを取ちがへて、新敷きと思へり。さらさら左様の事ならず。先づ「鴬」と五文字に云出すといなや、面白き題なり。何をいつても発句らしくなる故、初心の輩、多くいひたてるものなり。
 師説に曰く、鴬は早春の題なれば、元日より正月中を思ふべし。三月ころの鴬面白からず。詩歌ともに初春の目当なり。昔より俳諧ばかりも数万句、此鳥の題にて、毎年毎年いたす事なれば、も早噂は尽ぬべし。
 翁四海に独歩して、一風を起さるるに、噂を句作りては、全く古し。さるによつて、理屈、噂をはなれて、懸合一種の献立なり。
 伝曰、鴬を鳥とばかり見るゆへ、噂に落る。初春の使なれば、春の来ると見ること、一の口伝なり。
 古歌、
   いづちゆく春の使の鴬の 羽休めして爰に鳴らむ
 歌にも新古ありとかや。名歌なれば、今に古びず。これ不易なるべし。
 餅に糞するの句は、餅に鴬と懸合せけるものなり。梅に鴬は古き懸合なり。此餅こそ新しけれ。全体はいかひなり。さて、この餅の曲といはば、抑、和国は、餅を第一と称して、初春の朝毎、日本の地は、皆々餅なり。何方までも、餅ならぬ所はなし。
 されば、鴬が来て糞するに、野も山も餅の中なれば、餅に糞するといふこと、大曲ならずや。縁の先とは、一流の云ながしなり。句の面を、何となく縁の先にもちなど干て置きける様に、句作りけるものなり。第一初春と案ずること口伝なり。 10L
許六句 総じて題と発句、響き合ふ所を以て、かけ合とは云なり。題に無縁なることは、かけ合ず。縁を専らと案ずることなり。
   鴬や飯米はもつ何千里    菊阿許六
   鴬に道で逢ひけり丹波越   菊阿許六

 「飯米はもつ」とは、明けそめてより、一年中の用意とぼしからず。只ゆたかに、長閑か成る所を云出して、「何千里」と、縁の詞にて作りけり。
 古詩に、
   千里鴬啼緑紅。
 この千里を一作打こして、「何千里」といへり。
 又、丹波越の句は、都、通俗に欠落することを、丹波越といへり、極月押詰て、京都を丹波越して、道にて正月に成けることなり。是れ春に逢ふといふことなり。されども、丹波路、山国にて、鴬の住所、能き国なれば、鴬は都へ出るに逢けること、全体俳諧なり。又名所をかすりてするも、其緑を思ふ故なり。 11R
尚白句 翁、在世の頃、
   逢坂や鴬きかば小関ごし   大津尚白
 これ、歌の縁より出たり。逢坂の杉に鴬の古歌あり。小関越は、京より大津へ近道なり。逢坂より、小関越こそ鴬はよけれと、言ひなぐりけゐ俳諧なり。是、翁の賞美せられたるよし〔、猿簑集に出づ〕。其外、句々あり。何れか一曲なきは、なし。 11L
※ 猿簑に出ない。「韻塞 月別句集 正月」に句のみ出る。
去音句   鴬や羽織ゆゆしき弟子に供  去音
 是、流行なり。正月には、息子又は主人よりの仕着を著かはり、或は、祇園・清水などへ、そろへぞめき詣るなり。されどかかる道筋、谷・野山もありて、鴬の声も聞ゆるなり。 11L
文鳴句   鴬やまだかたまらぬ干大根  文鳴
 これは、京近く、田舎より年玉に、大方、是を持出るなり。或は、此年、木の得意・茶の得意、又は、知音の方へ年礼をする事なり。
 鴬の声も又かたまらぬ頃なり。総じて、鴬は都へくるといたす事なり。歌にも「来鳴」との読方なり。仍、如斯、流行なり。 11L
時鳥 又、郭公も同然、難題なり。昔より数千句、数万いひ尽しければ、是は、噂はなし。理屈は当流の禁制なれば、懸合にてなければ、句ならず。同じく縁の詞、専ら思ふ。この題は、鴬よりまだ景曲もあり。見る様体広ければ、少し手がかり有り。
 伝に曰、郭公を鳥と見なしては、鳴し噂ばかりなれば、古し。是は、人情の上にしては、風雅の人と見るべし。案じ方、四月を専ら、〔五月中頃まで、〕此鳥の目当とするなり。六月の時鳥、面白からず。和漢、此鳥の事、相違なりといへども、只和国の風は、歌の国なれば、賞翫専一なり。諸の題中に随て、称し侍る故、懸合容易なるものにては懸合す。 12R
芭蕉句
茶摘
 発句を以て、此事を伝ふ。
   木がくれて茶摘も聞くや時鳥  芭蕉
 「茶摘も」もの字、肝要なり。是、名人の句なり。「茶摘」といふ題は春なれども、「田舎茶摘」は、夏なり。四月、五月の時分、専なり。是、時節の懸合なり。されども、五文字を「木隠れて」と置かれける、敷妙深妙?なり。「木隠れて」、夏なり。「茶摘も聞くや」、此もの字にて、「一天下残らず聞や」といふ事なり。〔大曲なり。〕
芭蕉句
あやめ
   ほととぎす啼や五尺のあやめ草 芭蕉
 「五尺のあやめ」といふこと、連歌の宗匠「紹巴」の書る「秘書」にいふ。「発句の姿は五尺のあやめに水をそそぎける如く」と書り。是なり。郭公を懸合せて、名句とせられけり。 12L
 〔此の句は、風雅の人と見なしたる所の作なり。是も同様の懸、歌の縁を取りたる句なり。〕
許六句   先鳴くや東坡の桑に郭公    菊阿許六
 此句、「滑稽伝」に出る。桑の芽の能頃、四月なり。
 諸木の中に、勝れたる桑の徳有ることを、時鳥に懸合けり。「東坡」は、鳥とり、取りはやしなり。風雅の詩人なり。又千株の桑を植て、たつきとせしとかや。よき継手なり。
 此の懸合をしれば、郭公の句、無尽蔵なりと教へ給へり。 12L
孟遠句   桑ほどの桐の葉分や時鳥    孟遠
 桐の葉、桑の葉程に成るころ四月なり。よく似たるものなり。故、桐の徳を思ふ。鳳凰をやどるといへば、諸木に勝れたり。「徹書記」がうたに、
   ちりぬただ見ぬ唐土の鳥も寝し 桐の葉分の秋の夜の月
  〔中々に見ぬ諸越の鳥も寝し 桐の葉おとせあきの夜の月〕

 この歌をよみて流されけり。桐の分の言葉をかりて、郭公の句となる。鳳凰より〔日本にては、〕時鳥を賞翫したり。又、梧桐散り初むる時を秋といへり。卯月の初より葉出して、初秋ちる。郭公もまた然り。是、よき懸合なり。 13R
※ 徹書記は、室町中期の臨済僧、東福寺書記正徹のこと。
   中々にみぬもろこしの鳥はこじ 桐の葉おとせ秋の夜の月
 この歌が「上を謗る」ものとして、京を追放された。後、美濃荘福寺で、盆に、
   中々になき魂ならば古里に 帰らんものを今日の夕暮
 と詠み、勅勘を免じられ帰京した。長禄2(1458)年没、79歳。
極真の句 翁の発句を初め、彦根体「鯰橋」「_うち_目団扇」「東海道」、此集に出る時鳥の句を見べし。一句も仇なるはなし。
 能々、新古、場に入て、吟味を遂げ、句意を求め、曲を見出し給ふべし。極真の句といふは、此鳥のことなり。聊、容易には、成るまじき題なり。 13L
芭蕉句   京に居て京なつかしや時鳥  芭蕉
 この意、聞人稀なり。一年、翁、都に登り居給ひども、只、不風雅なることのみにて、更に正風の翁を知る者なし。 13L
※ 小春宛書簡。元禄3(1690)年6月、幻住庵に滞在。
宗鑑 むかし、山崎宗鑑の狂歌に、
   かしがまし我里いでよ時鳥 都のうつけ嘸な待つらむ
 と詠り。今の世は、其うつけさへなくなりて、昔のこと夏かしく懐かしく、京は京ながら、かく替るものかなと、悲しみたる句なり。是又、妙々の句なり。 13L
丈草他   飛込んだままの都の郭公   丈草
   白川を夜舟や京の郭公    菊阿許六
  其日
   春立て白夜の様や郭公    太音去音

 是、流行なり。恋は風雅の最上なり。少将に寄せて句作りたるなり。一夜一夜と指を折て、待侘たるなり。 14R
文鳴  其日
   夢どもの中を飛けり時鳥   文鳴

 是は、「撰集抄」に言、二月の頃、嵯峨の後をわたるける鳥の夢どもの、春雨にうるほされてみどりふかくとかやあり。「これはや」と聞く内、然るを人の夢とみて、夢うつつどもの中に飛きつたる風雅人といふ句なり。短夜の折節なれば雨にては、只夢の中を飛行といふ様にきかせけるものなり。 14R

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第五 切字無し発句

切字伝受  無切字発句伝受 口伝之事
 発句は、大将軍なれば、位高く幽玄の姿あらまほし。勿論諸書に出る所なり。
 古より「切字なしには、かつていたさぬことなり」と定りたる事、いかなる故と言ふことを知る。是を切字伝受とは申すなり。此切宇の由来しらぬ人、切字なしの句なるべからず。是、芭蕉翁の口伝なり。 14L
初心一 切字なしの発句の習ひ、伝受せぬ人、推量に色々申侍れど、一つも合はず。此大事、早速伝受ある事なり。初心のうちには、切字なしにて、よき発句あるものなり。伝受なければ、此切字なしの発句すたるなり。宗匠、慈悲にて、初心より免じ、伝受すべきことなり。 14L
口伝一 伝授せぬ人、推量にやりたる時、急度とがめ置くものなり。必ず必ず、容易にいたすこと有るべからず。
 切字自由に入らるる句を、入れずして、切れ字なしといふこと無念なり。何としても、切字入れては、発句あしくなる句有るべし。此所にて習の位にて、切字なくても苦しからず。是、口伝。 15R
翁の慈悲一 さもなき句に切字なしとていたす事有るべからず。随分絶勝の句なれとも、切字つかへて、句ならぬ時のことなり。根元、翁の慈悲は、並々の句の事にはあらず。透逸の捨るすたるゆへに、切字なしを免みたまふなり。 15R
不のぬ
過去のし
一 「不のぬ」「過去のし」文字ある句には、切字なしといふこと、仕損なり。其故は、初心の輩、此「過去のし」「不のぬ」にて切るとおもへば全なし。これ、初心の迷ひと成る。又、巧者なるてにはちり知り、他門の作者是を見て、「この『し』にては切れず。これは『不のぬ』なり」と、嘲弄せんと、口をし。去りながら、極めて絶勝の透逸ならば、遠慮有るべからず。
   父母のしきりに恋し雉子のこゑ 芭蕉
 此「し」、「過去のし」なり。然れども、名句、妙句の徳なれば、他の評に及ばず。 15L
※ 「過去のし」ではない。「過去の助動詞し」であれば、「父母がしきりに恋をした雉子」の意となって合わない。この「し」は、「形容詞終止形の活用語尾」で、「父母のことがしきりに恋しい」の意である。
非大廻   あなたうと春の日の磨く春日の磨く玉津島
 是、むかしより、大廻しの句なりといへども、大廻しにあらず。「あなたうと、切たり」と、翁の宜ふ。口伝。かやうにかくれたるきれ字ども、有し間、他は准て、よくよく吟味を遂げ、自他の句、了簡あるべし。中々、未練にしては、句の評なりがたし。 15L
一物の上一 市物の上を言叶ふたる句は、慥に切字入るべきことなり。口伝。
 一物のうへと云ふ句は、
   いざさらば雪見にころぶ所まで 芭蕉
   やがてしぬ気色も見えず蝉の声 芭蕉
   毛衣に包みてぬくし鴨のあし  芭蕉

 此の如き句の事なり。皆々切字、慥に入りたり。此の句、懸合と云もの、表には見えねども、懸合、慥かに有り。口伝。 16R
懸合一 第一発句は、懸合にて致すこと、是、蕉門の読方第一のことなり。翁の句、一句にても、懸合なきはなし。右のごとくの句を見て、懸合なきといふ門人も、有之候へども、此習ひをしらぬ故なり。かならず、かならず、懸合、忘るべからず。 16R

第六 竪題横題の事

横題の内
草の題
一 横題のうち、出替・養父入・相撲・を取、か様の類ひのうちには、かけ合なくても一曲ありて、理屈をはなれたらば、発句なるべき事なり。是、横題の内の、草の題なることなり。右の題の外にもあるべきなり。是に限るべからず。是とても、定りたる事にはあらず。心を働かせ、古人の作を見るべし。句は其題によつて、様々あるべきことなり。 16L
竪題一 横題・竪題といふことなり。譬べき雪・月・花・時鳥・雁・鴬・鹿・栬の類ひ、皆竪題なり。是、本歌の題なればなり。 16L
横題 歌・連歌にせぬ題は、みな俳諧の題なり。〔踊・角力・ゑびす講の類、〕是を横題と申すなり。近年猥りに題ならぬものを句作り、芭蕉〔流〕の発句とていたす人有り。是、さんざんの事なり。総じて、題は、翁の時、有増荒増極り有り。紀行・挨拶ら、奥の句は、格別の事にして、草の発句なり。口伝。題発句なれば、落第の句、有るべからず。若、秀逸に落第の句も有し時、前書あるべし。
 許六の句に、  続猿蓑の
    臘八に
   腸はらわたを探て見れば納豆汁

 これ、落題なり。此句、最前は「臘八や腹を探れば納豆汁」といふ句なり。翁に呈す。師の曰、「これ秀逸也。然ども、其句の勢ひ臘八にして、ぬるし」とて、句作り直し給ふ。是、前書の格なるべし。
 又、「炭俵」に、
    大根引といふ事を、
     鞍壺に小坊主乗るや大根引  芭蕉

 此句、前書、右のごとく残されたり。是、大根引と言、題はなき故、浮世の嘲りを恐れ給ふ前書なり。是より「大根引」は題に用ゆ。
  続猿
    甲戌の夏、大津に侍しを、
    兄このかみの本より、消息せられければ、
    旧里に帰り、盆会をいとなむとて、
   家は皆杖のしら髪や墓参り  芭蕉

 是、前書の題を入られたり。「墓参り」といふこと、題にも、又季節にも用ひがたし。依て、前書を加へて、盆の句とはなりぬ。是より、盆参りはあつかふては、秋に成るなり。翁はヶ様に浮世を恐れ給ふ。聊か容易なる題にては残されぬ事と知り給ふべし。 17L

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第七 新題を撰出の事

自得発明 許六曰く、夏座敷といふ事とママ題になること慥なり。いかにと云に、春座敷・秋座敷とも云れぬなり。又、〔冬篭は題にて、〕春篭とも、夏篭ともなき事なり。されば、冬篭の裏なれば、是、題に極りたりといへり。
   〔とんぼうのついと通るや夏座敷  許六〕
 総じて達人は、此の如く吟味を遂て、自得発明して俳諧を極む。能々、准して知るべし。 17L

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第八 脇・第三とまりの事 すみのてにをはの事


字留
一 脇の仕様、古より五分の品有ること、諸集に出る通りなり。略す。
 留りは、字留然るべしと、翁も申されたり。 17L
脇の本意一 脇は、一節、手立をなし度やうに思ふは、脇の本意にあらず。
 又、平句の脇にしては、脇の本意にあらず。くだくだしからず、概、幽玄の姿あらまほし。
 脇は、発句の云ひ残したる所を以て、其末を次、脇にすべし。然ども、善悪にもよらず。発句に云たしたる句もあり侍る。 17L
四道 伝に、
  添 逆 離 順   四ヶ条の事
     添
   梅が香にのつと日の出る山路かな 芭蕉
    ところどころに雉子の啼きたつ 野坡
     逆
   雪の松をれ口見れば尚寒し    杉風
    日の出る前の赤き冬空     孤屋
     離
   そら豆の花咲にけり麦の縁    孤屋
    昼の水鶏の走る溝川      芭蕉
     順
   猿蓑に漏たる霜の松露哉     沾圃
    日は寒けれど静なる岡     芭蕉
 18L
※ 宗牧「四道」、連歌における、付句の態度・姿勢の四つ。
  添(てん・そふ)、随(ずい・したがう)、放(ほう・はなつ)、逆(ぎゃく・さからふ)

字留
一 字留と云こと、てには字はせぬ法と、古より定りたるなり。此義を守るべきことなり。真の俳諧など、別るなり。真の俳諧といふは、神祇・夢想・追善・移徙・賀等のことなり。 18L

てには留
一 てには留の脇と云こと、大秘事なり。能々習ふてすべし。別て習といふこと、口伝なり。名人の上には格なし。 18L

てには留
例句
一 脇、てには字にて留まりたる月
    炭俵の巻の
   梅が香にのつと日の出る山路哉   芭蕉
    処々に雉子の啼立つ       野坡

 炭俵に
   子は裸父はててれで早苗舟     利牛
    岸の茨の真白に咲        野坡

 続猿蓑に
   いさみたつ鷹引すゆる嵐哉     里圃
    冬のまさきの霜ながら飛     沾圃

 又後集星会集・桃の白実
   牛部屋に蚊の声弱し秋の風     芭蕉
    下樋の上に葡萄重なる      路通

 此外、なり・けり、何々と、てには留多きに有るなり。 24R
第三の留一 第三、て留、然るべし。諸集に出づる所、同前。幾度もてどめ宜し。それ故、脇の腰にて文字させぬ法なり。但し、貴人などの句、たまたま有るとき、に留に留るべし。字留のこと、習ひなり。知りたりとも、常のはいかいに、無用たるべし。
 歳旦三物ならば、て留めばかりもならず。らん留もなし、捨やなどの内、字留あるべし。 18L
第三ぶり一 第三曲ぶりと云こと、大事なり。〔第三とまりの事、口伝といふは、何にてとめてもくるしからず。第三ぶりといふ事、大秘事なり。〕此曲を知らぬ人、みだりに、て留めの外、なるまじ。
 初心の人に教へて、曲のつく留りを撰みて、て留、らん留め、に留などにすれば、第三曲、自然と備る故に、定めたるものなり。其曲といふもの、巧者ならでは、慥かに知がたし。有増は、下の五文字にて、発し立たるものなり。 19R
すみのてには すみのてにはといふ事習なり。連歌に、
   松立る奥の山本日はさして
   越て行くせきの山風袖さへて

 是、山本・山風、中の七文字の留りに、てにはをもたせたるものなり。
 又、上の五文字と、中の七文字と、縁のきれぬ句作りなり。第三、この心、専一なり。 19R
韻字留一 「韻字留」と云ことは、脇のことなるなり。第三は、「字留」と云こと勿論なり。 19R
字留第三一 字留第三の事、先づ炭のてにはすみのてにはにて、さらさらと五七をつづけ、下の五文字にて発す。
  春の風  菊の花  冬の風
 等の物の名か、季節の題の詞にて留る。但し、てには字は、留に遣ず。たとへば、
    歳旦三つ物に、
   着そ始めうちを探らす大夫殿
    俵かさねて中戻りする

 此脇、こしに「て」文字有りて、留りてにはなり。第三按がたし。
   芋種も角ぐむころの朧月
    又、
   正月や先清きものあら莚
    銭ざくで引るる下の節衣
   猫の毛の一かたまりに春の風
    又、
   春立や餅の間の人通り
    夜半の留士に初日輝く
   歌読の細川殿は長閑にて
 20R
歳旦三つ物一 歳旦三つ物の格、能々習ひて致すべき事なり。 20R

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第九 付味の大事口伝 十七体の事

底本② 付味の大事 口伝の事

三句目

  付句を付るとは云はず。乗といふ。第一打越をせぬ事なり。
 体付・用付はいにしへ、今にかはらず。唯三句目の転じ、
  ┌  五つが鳴ればかへる女房
  │ 此際も利上けばかりに言延し
  └  まんまと今朝は鞆を乗出す    芭蕉

 是、備後の国ともなるべし。三句のはなれ、ヶ様有りたし。
 又、
  ┌ おとろへて土器ふるう身のよわり
  │  御然比にて鎌倉をたつ
  └ 門々に明日の餝りをくばり置き   芭蕉

 何方迄も、此はなれ三句目を思ふべし。

底本③ 上に続いて

三句目

  ┌  我あとからも鉦鼓打来る
  │ 山伏を切てかけたるせきの前
  │  鎧もたねばならぬ世の中
  │ 付合はみな上戸にて飲明かし
  └  さらりさらりと霰降るなり

 これに皮肉、骨流しなどいふ事備れり。よくよく師説習を受くべし。

底本① 付味

付味一 付味は景気・推量・俤、此三つより色々出るなり。是、翁の相伝なり。秘すべし、秘すべし。聊、容易に思ふべからず。 25R

底本② 付味

付味

一 付味は景気・推量・俤、此三つに極る。色々の事ありといへども、とかく此三つをよく工夫すべし。伝に、推量とも付るに、二句づつはくるしからず。三句同じ句拍子有るべからず。右何も芭蕉翁直伝の処、秘_すべし。聊もたやすく思ふべからず。精誠工夫有るべし。
 芭蕉翁より伝へ給ふ一大事の秘書は江東の許六一人に残り、今は孟遠相伝、(享保中、伝別器山死す則巨郭に止同天城海禅寺葬自筆に一者伝之)

底本③ 付味

付味

 付味は景気・推量・俤、此三つに極る。色々の事ありといへども、とかく此三つをよく工夫すべし。千姿百体、此中より出て、天地かけ廻る事なり。又、此三つをかくのごとく並べて付るにはあらず。景気に景気、推量に俤とも付るに、二句づつはくるしからず。三句と同じ句拍子あるべからず。
 景気 ┌ 乗りかけの提灯しめすあさ嵐
    └  汐さしかかるほし川の橋
 推量 ┌  衛士のかがり火立る黄昏
    └ 釆女招す玉の御膝のうち崩れ
 俤  ┌ 草庵にしばらく居ては打破り
    └  みごといのち嬉しき撰集のさた

 先づかやうの類なり。微細の所は口伝。

底本① 十七体

十七体一 去来、長崎に於いて、「篇突」論「旅寝論」を書り。其えの余評に曰。
 或人問曰、「蕉門の付句に十七体の教へ有りとて、一年ひととせ、路通この浦長崎に来て、人々に伝授す。定めて此事を聞き給ふらむ」。
 去来答曰、「十七体とやらん、四体とやらん、書たる跡を破り給ふことは承り侍る。これを伝授し給ふことは知らず。
 先年野水、先師に語りて言ふ、『近来大津の連中、名古屋に来て、蕉門の十七体付句残らず伝受し侍るよしを申す。名古屋の連衆旦て曽て信ぜず。若し懸ることも侍るや』。
 先師の曰、『是れ誠にとほうなきことなり。先比、加賀の門人何某に許より、常に遠国侍れば、親く教え受ること叶はず、願くは、付句の体、書記し侍るべき由を望む。是がために付句の大数書き出し侍れども、かくの如く書示て、付句爰にとゞまり、却て初心のまよひ有べしと思ひ取て、終に其書を止む。定て、反故のはしを拾ひ見て、是れを言ふべし』、笑ひ給へり。
 おもふに此文を調へ給ふに、大津にての事なり。路通久しくかしこに侍れば、その文を見、その旨を知らずして、猥りに遠境の人に伝る成べし。もっとも、付句は千変万化の数を以ていふものにあらず」。
 聊信ずるに足らずといへり。其十七体に迷ひ給ふべからず。習て益なし。初心の人、此辞を聞く場・時まし。巧者の人は又、此体を聞ずとも、かく事無べし。
 近年、支考の二十五ヶ条、野坡の二十編、路通の十七体、宇鹿の十四体、皆々無益の作りものにて、己の口過の妖物草紙の成べし。夢々努々妖され給ふべからず。
 芭蕉翁より伝ひ給ふ秘書は許六に残り、孟遠相伝して去音に伝へ、又、某文鳴相伝致したるより外になし。 25R-26R

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第十 等類新古の事

今めかしき一 一句に新しきと今めかしきと有り。先、今めかしきとは、其角の句に
   越後屋に絹さく音や更衣
 此句、勿論、句作りなどは、能々取はやしたりといへども、是、晋子などせぬ句なり。
 か様の今めかしき物を取出して発句にする事、以ての外の至りなり。奥に案じて云捨の巻などには、さも或べし。晋子は江戸の宗匠、蕉門の高弟なり。末々の弟子、此句を見て、あたらしきと云ふ様の事と誤り、証句にせん事うたがひ有るべからず。
 此外、平句にも、二朱判五割増・医者坊・てれん・ちゃりす等様の当世詞ふつふつせぬ事なり。是を今めかしといふ。
新しき 又新敷といふは、翁の句に、
   蛸壺やはかなき夢を夏のつき
 是、昔より有り来て、人々の見残し、取残したるものなり。此蛸壺に限らず、いか程の有るべし。新敷といふものなり。
等類
非等類
一 風国の「はつ蝉、下巻(元禄9(1696))」に、
   鮹壺を駒が林の火桶かな    泥足
 其後集に、
   閑なる秋とや蛸も壺の中    惟然
 是、句がらは、違ふといへども、翁の蛸壺と等類なり。
   鎌倉を生て出けんはつ鰹    芭蕉
   鎌倉の砂ほせり出す初松魚   許六

 是、等類にあらず。
    花浪なにわの園女亭にて
   しら菊の目に立て見る塵もなし 芭蕉
    同所にて、
   秋は先目に立菊のつぼみ哉   去来
 又、
   葛の葉の表見せけり今朝の霜  芭蕉
   朝顔の裏を見せけり風の秋   許六

 是、等類にあらず。前の蛸壺は、古人の見残しを取出されて、新きものなり。其新しきものを泥足しらず。駒が林の火桶など吟ず。これ鮹壺をかけて、外曲あるべからず。
 惟然が句も、鮹壺を除て外に曲成る物有るべからず。是、おのづから制なることを知らぬ故なり。
 又、鎌倉の鰹は、古より云ふらしたる。兼好も書置れたれば、新敷といふべからず。
「出て出けん」と曲を入れて、発句にせられたり。されば、鎌倉に初松魚としたりとて、作例とも、等類とも云べからず。
 其上、〔許六の句は其場にて、〕砂ほせり出すと曲を見付たり。鎌倉の鰹は制なるべからず。
 此制の詞と云事、未練の作者知る事あらず。達人に問ふべきなり。
 又、白菊の句の「目立つ」と云事、去来句にもあり。等類にて有るべからず。句の生じ、大に相違なり。 27L
芭蕉句   清滝やなみに藝なき夏の月   芭蕉
   しら菊の目に立て見る藝もなし  芭蕉

 是、等類なり。藝の草、外より出す給る後に〔塵の一字外より出すによつて〕
   清滝やなみに散り込む青松葉
 と、直されたり。何程詞似たりとても、句の生れ所違ふ時は、等類といはず。 28R
和及句   手をつひて歌申し上る蛙かな 山崎宗鑑
   徳もなき我に手をつく蛙かな   京和及

 是、等類なり。作例と云ん句の姿は相違なれども、曲は手をつくといふ事一つなり。嗜むべき事なり。 28R
許六句一 許六の「朝顔の裏句を見せけり風の秋」と云句を、「翁の『葛の葉の表見せけり』と等類作例たるべし」と、丈草申されたり。
 此句少しもくるしからず。翁の句は「葛の裏」と云古歌の詞を返して、初て「葛の表」とはいはれたり。是、目分別なり。
 「葛の表といふこと、終に歌俳諧の制はなし。許子の句は、葛の裏に対して、新みをいひらる句なり。古人、葛より外は裏を見ぬと云けれども、葛よりは花の先に朝顔の有りける事をしらずと、嘲たる句なり」と、「篇突」にもかひて出せり。
 是を、去来論じて云、「只一句に見所あらば、格別、只古人の『葛の葉』を詠じて、目前に朝貌の有る事を知らずと、嘲りたる分にては、いかが侍らん。古人、若し再来して、朝顔の事は知り侍れども、裏を見せ、ただ風情、健ならざる故、是をとらずといはば、いかが答へ侍らん。『蔦の〔葉の〕裏吹のぼる』などと、蚊の足蚊足、ぶんそくも作りぬ。許六も、定めて見る所有りて、発句とは、なし侍らん。其風吹を知らずして、脇より尤も評しがたし」と、書けり。
 是、句は難ぜずして、一句を評したる詞を、難じたるなり。此句の風情は云ずとも、哀は備れり。然ば、俳諧の入れ所を専一と案じたるなり。古人の眼をいひかすめて、今日手がらとする者は、滑稽の大意なり。これ俳諧なり。凡、句の難陳、文作ともに、俳諧滑稽を離るべからず。今日の上も、此滑稽こそ命なるべけれ。それを許子、専一と申されたる事を、一段卑めて実論にかけて、許六を難じたる詞なり。
 其角が、鴬の身をさか様と云ふ事なり。難じたる詞も、同然なり。
 頼政の謡に、「宇治川の南北の岸に打望」とあり。是、相違也。「宇治川、南北へ流るれば、東西の岸なり」と実論に懸て云人あり。是も文法の風雅を知らぬ故なり。
 越後信濃前司、平家物語に「おじかなくこの山里」とよみ置る「嵯峨の方の秋の空」と、小督の所に云たり。この歌全、なき事なり。桜井の基佐の「花舟下す」といふ事、其〔連歌の〕席にて、古歌をよみたる類ひ、実ならずして、皆々風雅の手柄と云ものなり。
 去来、実論に懸けて、俳諧を談じたる事にて、一代の俳諧の底、見へ過て浅まし。ヶ様の名高き作者も、底をぬかんといふことにて、見誤りあるべし。唯、翁の発句、翁の俳諧に元付て、誠精修行あるべし。 29L
判別   櫓の声に膓氷る夜やなみだ  芭蕉
   腸をさぐつて見れば納豆汁  許六
   腸に秋のしみたる塾持熟柿かな 支考
   腸に染る紅葉や猿の声    文鳴

 初の句は、腸凍ると姿詠じて、其情つきたり。
 納豆汁の句は、伝有り。翁に呈す時に、是秀逸なりとのたまふに、翁の句に等類ならざる事にて、考給ふべし。
 三句目は、秋のしみたる熟柿にて、変をつくせり。腸は文にして、なくてもくるしからず。等類にあらず。
 又、文鳴句も、猿の声に染るの葉やとうたがふて、姿を云なり。折から独断腸の思ひをなして、「腸に染るの葉や」と文をなしたるものなり。是も、腸をかりたる趣向にてはなし。
 右、古人の句どもに、一句も等類にあらざるなり。凡、等類ならざること、作句の違ふ有り。中々、未練にして評しがたし。俳諧の神と云所を知り給ふべし。譬ば、正風の手筋を改めたりとも、血脈大悟せずはと、今此事は、極秘蔵の事なれど。有増聞き置ける所々書記し置ものなり。努々、他見有べからず。千金重と大いに(する)なかれ。穴かしこ。 29L-30R
非血脈   壇の浦にて
    秋のの花とも咲かで平家蟹    支考  ※秋の野の
    世を夢の葉とも這はでや平家蟹 弟子芦元

 是は等類なり。文俳ともに二つならず。芭蕉翁の直弟子の相続なりといへども、翁の血脈にあらざる故なり。准て、知り給ふべし。 30L

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第十一 執筆文題の法の事 本式誹諧の連歌の事

会・料理一 先、会合は未明なり。上下着して寄合事なり。朝は粥、料理は精進なり。茶菓子は昆布・榧豆・三章山椒・あられ・南蛮・菓子。口伝。 30L
天神一 床に天神をかける。(名号にても、画像にても)三寸盃、御酒を備ふ。 30L
宗匠の座一 宗匠は、床脇文台の左に着。(但、所によるべし) 30L
文台一 宗匠へ文台をむけ、執筆、連衆を好に、事も有り。 30L
有明一 発句、「月次の月」の句の時、有明、二句隔てするなり。連歌は、三句さるなり。常の月に有るときは、五句去なり。面に、是非有明する事、法なり。脇、第三に有の字・明の字、出さぬ法なり。是非、有明ならぬ時は、宵闇・暁闇・上弦などするなり。 31
  右三ヶ条、委、奥に記。 31R
名所一 発句、名所もするなり。常体にもするなり。〔発句に名所あらば、脇にもするなり。なくてもくるしからず。〕 31R
恋など一 発句、恋にても、釈教にても、無常にても。何れも、脇にもするなり。 31R
一 発句、旅の心なき句、旅の脇付ぬものなり。第三より旅、苦しからず。 31R
綴じ方一 懐紙とぢやう、水引五筋を、三筋と二筋に分て、裏表より返し、むすびやる。口伝。針にかける様にすべし。 31R
折り方一 懐紙は内▽〔うちをり〕。◇1を下に、畳たとうを上に、横折に重て折。
 但、貴人高家の懐紙は、◇2を上に、畳を下に折るなり。三折にして、口一分に空けて、何の俳諧の連歌と書なり。但し、当時俳諧の字人▼人偏?片よし。〔俳の字人偏よし、言偏書ざる法なり〕 31R

 読めなかった字

 ▽筆字1、  ◇1筆字2・◇2筆字3、  ▼部分は欠損筆字6

日付一  口のとぢめ際に、宗匠の直筆にて、年号月日書くこと、古より極りたる法なり。是、証文なり。 31L
竪懐紙一 竪懐紙は付き紙なり。文台の外に置くべし。必、文台へ上べからず。脇篭に入置。水引も一所に置くなり。但、錐さすか糊へら持出る事、執筆の務なり。忘るべからず。 31L
一 硯は、文台のせぬ法なり。脇に置くべし。筆を一本、筆返しの所におくなり。 31L
硯箱一 其硯箱、人々に渡す。但、中聞くは〔連衆多くば〕、相合あいあいしてもよし。但、人々手前にて、覚書・さし合など見るためなり。 31L
常式一 常式の発句、宗匠脇たること、第三、宗匠に相続衆、又、同脇成人有る時、面月、夫、後すべし。
 免角、上手へ長の句、初心短句と覚ゆべし。
 初折の花は、是非とも宗匠へ好むものなり。臭の花は折合なり。 31L
置所一 執筆書様の事。夢想・追善・移徒移徙・神祇・常式ともに、一巡を竪懐紙に書。執筆の句は、見合て取なり。処あしくば、揚句にて取なり。若、宗匠の句、置所おくれたらば、一巡の次に、宗匠含むなり。次に、執筆の句とれば、筆脇といふなり。是、上手の置所なり。 32R
懐紙一 懐紙は、二下り宛に、次第に、__はばつめて書て能。裏へ返して、一折の仕廻。とじわの所、明て書べし。 32R
竪懐紙一  竪懐紙は奉書にて、一下り云なり。一巡出来て後、横懐紙に写し、扨句付て、先縦懐紙へ書。又、句付て、同竪懐紙へ書。扨、宛前の句、横懐紙へうつし書べし。段々、此ごとし。二句へも竪懐紙に書て、一句横懐紙へ写すなり。 32R
吟じ方一 句、吟じ様の事。発句二返も吟じ、句の切様、五もじ七もじ五もじ、下の句は七文字七文字に吟じ、発句と脇句は、二返吟ずるなり。 32R
遅参一 遅参の衆は、前句、四五句前より吟じて申事。止りの句を二返吟ずるなり。惣は、此句に付るべしと云心にて、二返吟ずる事なり。 32L
披露一 筆ながら吟じ、披露すべし。貴人の句は、請取て懐紙へのせて、跡にて披露すべし。
 平人の句は、宗匠の下知を守るべし。領納有りて、懐紙へのせて披露すべし。執筆、二返も吟じて、宗匠取ぬ時、作者御前句といつて次へ譲る。是、次の人へ遅る送るための時宜相に有ざるなり。其時、執筆、又前句を吟ずるなり。 32L
吟声取次一 連中連衆多き時は、末座へ吟声届かぬものなり。依て、取次の役人を定むる法なり。座席は、時の宗匠はからふべし。 32L
文台一 一折、出来候はば、文台の向に置くべし。文台の寸法、懐紙の幅、定なり。別に二見形の文台は、翁の製なり。寸法、定あり。 32L
備え方一 百韻出来候はば、口伝の通、懐紙をとぢ、以て宗匠へ口書を乞、口伝出来て、天神へ備る。字頭、を天神へ向て備べし。 32L
百韻出来一 百員百韻出来兼候て、夕飯時分にも成候はば、亭主出て、料理出べき案内申。其時、連中、三寸御酒を戴く。扨、天神を巻て、掛物何にても、懸かゆるなり。是はまた料理を出す故なり。置もくるしからず。何れも上下取て書なり。何も上下とあるために、此時戴_なりと定たるなり。 33R
夢想一 夢想開きの事。開くべき気付極たる時、先、宗匠は残して、脇をめで度するなり。脇亭主、第三宗匠、定るなり。是、夢想の法なり。但、新き親類を一巡へ代句して入るる事もあり。 33R
夢想短句一 夢想の句、短句ならば、亭主、発句致事。夢想は前句に置なり。 33R
執筆は名代一 発句を書て、懐紙にそへ、文台の上に置なり。一巡出来たらば、其一巡、竪懐紙に書置なり。懐紙折やう、前に同じ。懐紙を折て置様につみて、一巡を取まねにてひらき、執筆、発句より読て、又、巻て置なり。懐紙書様、前に同じ。執筆は、神の名代惣なれば、執筆読上る事、尤も殊勝神々しいことなり。 33L
忌詞一 新宅・移徙には、燃・焼るなどの火事、火気を大きに嫌ふ。其外、つぶれ・たおれ・崩るるの類、忌むべし。
 夢想の会には、夢の字・左遷の噂、忌む。
 追善には、地獄の沙汰・鬼・落る・しづむ・罪深き・くらき道・迷ふ道・うかまぬ・悪業の類、忌。
 礼中にては、かへす・泥む・流れるなど忌事、委、記に及ばず。余をなぞらへてしるべし。其外、五体不具の噂など覚へずして、連衆の中に心にかかる人もや有るべしと、思量すべき事なり。 33L
嗜み一  総連中、嗜むべき心得の事。出座遅参、雑談・ささやきなど咄、高吟。貴人又は印章師匠と同音に吟ずる事。自分の句吟じ、論ずる事。他の句難ずる、他の句返句して自分の句付る、自分の句に句さる内に座を云事〔自分の句すべぬ内座を立つ事〕。別輩より指合をくる、末座より、句数を好む、同(末座より)、雪・月・花の句をいたす事。眠り・欠び欠伸など、何れもたしなむべき事なり。座はろくにいる陸に居る、あぐらなり。立居に、心得有るべし。只、第一に、噺禁制なり。 34R
執筆心得一 執筆は一大事なり。其席の奥書も、執筆によるものなり。指合よく考み、雪・月・花の出所、心懸べし。去嫌、見るために、懐紙を打返し打返し、見べからず。只、覚たるまま嫌ふべし。貴人五は、叟などの句は、仮七句のものは、五句にて取べし。古より法等をゆるくする法なり。貴人叟などの法名を、兼て予て覚へて、其座に出すべし。指合も、事々しく申す事、留たるなり。 34R
本式一 本式の連歌は、人数十八人に極る。月次〔題〕、清水に有り。面十句、名残の裏六句、花八本、月出次第、但五句と隔り、面に名所一句する事。是、本書の句出し所、口伝なり。〔是、本式の極なり。〕
 歳旦に三つ物の内、㤩所(名所ではない)する事、是、本式の格なり。秘すべし。
 元来、本式の面十句の故に、八句の時も十句の糺遙有。面の糺けひ十句は仕様むつかし。口伝。 34L

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付 星月夜習の事

星月夜一 星月夜の事、習なり。月にならず。秋なり。〔星の影の月夜の如く光るをいふ。〕秋をつづけて五句有るなり。又、六句めに他の季の月するなり。口伝有り。人に習ふことなり。 34L
〔月は花より数多き事は月々に月は有るもの故なり。〕

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付 木枯の扱の事

木枯らし一 木がらしのさばきの事。大口伝なり。木の字二句、風体に二句、枯に折を嫌ふ。木の字は付句も嫌ふなり。風と云字出ても同事。 34L

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裏白連歌の事

裏白一 正月四日、北_にて、裏白の連歌といふこと有るなり。是、古へ執筆誤て、一代の裏に書かずして、二の懐紙の表に書たるを改めず、余をも片面に書て、以上八枚に百韻を書となり。是を、裏白と云なり。
 八月四日、天神出現し給ひに依りて、四日を誕生日といふなり。此故に、正月四日に裏白有と云なり。

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奥書等

底本①

巻末

  右秘蘊集  𦕬※1、 容易に思ふべからず。必、他見有べからず。

    宝暦八戌寅春※2

芭蕉翁道流五世          
朝茶坊 文鳴 
法名 渾安 

底本②

付記

 …略…
 夢明坊孟遠師は、彦根の産なり。初より許六に仕へ、神に儒に禅に黒衣にくはる、大道を往来し、俳諧の自立を得たり。京都横斜庵に門弟を集、「東海道集」をゑらみ、心の行所、西海にて、_好の畠に「_楷集」あり。六十余齢伝器山巨郭に正風血脈を伝へ、享保年中「定なき閏九月や秋日和」※3と吟じ、備中足守元建へ_迚旅駕にねむりつる。追付天城なる藤戸のわたり海禅寺※4へ葬る__つる不及申京都彦根諸国の追福を納む。
 …略…
  元文元辰十月十六日※5忌日三七ノ比一之云了

底本③

巻末

 今、此事は極秘蔵の事たりといへども、貴丈熱心たる故、荒増聞き置ける所々書記し、これを伝ふるものなり、ゆめゆめ他見口外すべからず、千金おもしとすることなかれ、穴賢穴賢。
 正風芭蕉流奥像秘蘊集終

※1  𦕬  ←Safari は表示しない。敢の「攵」が「邜」。
※2 宝暦8(1758)年1~3月
※3 閏9月がある年は、享保14(1729)年。享年61歳。
※4 西光山海禅寺 倉敷市藤戸町天城
※5 元文元(1736)年、4月28日享保から改元。

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