芭蕉七部集(連句の訳・釈)

芭蕉七部集(訳・釈)索引

冬の日狂句凩初雪の包かね炭売の霜月やいかに
春の日春めく奈良坂蛙のみ山吹の
阿羅野麦を忘遠浅や美き鯲時鳥待月に柄雁金も落着に我もら初雪や一里の
ひさご木の本色々の鉄砲の亀の甲畦道や
猿蓑鳶の羽市中は灰汁桶梅若菜
炭俵梅が香兼好も空豆の子は裸秋の空道下り振売の雪の松
続猿蓑八九間雀の字勇み立猿蓑に夏の夜
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芭蕉七部集「冬の日」
 

1 冬の日「狂句こがらしの」の巻 -歌仙-

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 笠は、長途(野ざらし紀行)の雨に綻(ほころ)び、紙子(安価な渋引き紙の袖なし羽織)は、泊まり泊まり(宿場へ行くごと)の嵐に揉めたり。

 侘び尽くしたる侘び人<の姿となり>、我さへ(我ながら)あはれに覚えける。

  昔、 狂歌の才士(竹斎…御伽草子の人物。京の貧乏医者竹斎は、名所をめぐり、名古屋で開業、あやしげな診療を3年ほどする)ガ、此の國(名古屋)に辿りしことを、ふと思ひ出でて申し侍る。

俳訳解釈(前句を踏まえて)
1狂句 木枯らしの身は 竹斎に似たるかな。狂歌ならぬ狂句。木枯らしに吹きさらされた我が姿は、あの竹斎に似ているであろう。
2誰そや。迸る(とばしる) 笠の山茶花誰なのか。笠に山茶花の花びらを散らし飾っているのは。
3有明の主水に 酒屋ヲ造らせて

誰だろう、かの有明の主水に、居酒屋を造らせたのは。

※主水は、江戸城・名古屋城などの大工頭領中井主水こと、大和守正清。野水の父祖は、主水の居宅を買い取っている。

4頭(かしら)の露を振るふ 赤馬居酒屋に、ありふれた赤毛の馬で来た。繋いだ馬は、頭の露を振るっている。
5朝鮮の細り芒(すすき)の 匂ひなき向こうの朝鮮渡来の細いススキ(糸ススキ?)は、趣なく、見栄えしない。
6日のちりちりに 野に米を刈る日の光が薄れた野で、陸稲(おかぼ=野米のごめ)を刈り取る。
7わが庵は 鷺に宿ヲ貸す辺りにて私の庵は、鷺に宿を貸すほど、里から離れた辺りにある。
8髪ヲ生やす間を忍ぶ 身のほど還俗し、髪を生やす間を忍んで、田舎に住む身の程だ。
9偽りの辛しと 乳を絞り捨て子から引き離され、仏門に入るような偽りの恋は辛いと、張る乳を絞り捨てる。
10消えぬ卒塔婆に すごすごと泣く子は逝ったが、乳もまだ出て、卒塔婆の字も未だ消えず、気落ちして泣くばかり。
11影法の 暁寒く 火を焚きて墓場の暁は寒く、影法師が火を焚いている。
12主は貧に耐えし から家火を焚く主人は、貧乏に耐え、調度もない虚家(からいえ)に住んでいる。
13田中なる こまんが柳<の葉>ガ落つるころ虚家になったのは、田の中(田舎)にある「こまん(身に余る恋で投身)柳」の葉が落ちる頃のこと。
14霧に舟引く人は ちんばか柳の岸で、霧の中、舟を上流に引く人は、皆前かがみで、足が悪いかのように見える。
15たそがれを横に眺むるト 月ガ細し黄昏の川景色。横に目を移すと、細い月がある。
16となり賢しき[口さがない]町に 下りいる隣の人は口さがない。そんな町に宮仕えを辞めて住み、つい空を見る。
17二の尼に 近衛の花の盛りヲ聞く懐かしく、二位の尼(天皇崩御後仏門に入った第二位の官女)に宮中の花の盛りを聞いた。
18蝶は葎(むぐら)にとばかり<と言って> 鼻かむ屋敷は荒れ果て、聞くと、「蝶は雑草に」とだけ言って泣くだけ。
19乗り物に すだれヲ透く顔ガ朧なる牛車のすだれを透かす泣き顔は、おぼろげに見える。
20今ぞ恨みの矢を放つ声おぼろだが違いない。「今だ」と、恨みの矢を放つ声が。
21盗人の 記念の松の 吹き折れて義経ゆかりの盗人、熊坂長範物見の松(岐阜大垣青野)が、風で折れて。
22しばし宗祇の 名を付けし水盗人の松は折れたが、当分宗祇の名を付けた水(岐阜郡上)は残る。
23笠ヲ脱ぎて 無理にも濡るる 北時雨宗祇なら、北風に乗って降る格別な時雨なら、笠を取ってあえて濡れていく。
24冬枯れ分けて ひとり唐ちさ時雨で、普通は色づき冬に枯れるが、唐ちさ即ち不断草は、野を分けてひとり緑のまま。
25しらじらと 砕けしは 人の骨か何その野に、いかにも白く砕け散ったものは、人骨か何か。
26烏賊は 夷(えびす)の国の 占かたそれはイカである。未開の夷国では、焼いて占う。
27あはれさの 謎にも解けじ 時鳥ホトトギスの風流・あわれさを、それとなく言っても分からないだろう、そんな国では。
28秋水一斗ヲ 漏り尽くす夜ぞ初音を聞くのに夏は夜を明かすが、今は秋の夜長。水時計の水が、一斗落ち尽くした。
29日東の 李白が坊に 月を見て日本の李白と言われる丈山は、詩仙堂で、月を見て詩を作し、夜をあかした。
30巾に木槿を 挟む琵琶打ち月見の宴の琵琶弾きは、唐風頭巾に、はかなくく萎えるであろうムクゲの花を挟んでいる。
31牛の跡ヲ とぶらふ 草の 夕暮れに琵琶を弾いたのは、牛の霊を弔い草を供える夕暮れのこと。
32箕に 鮗の魚を 頂き編みざるにコノシロを入れ、恭しく捧げ供養をする。
33わが祈り 明け方の星ニ 孕むべくお供えをし、明けの明星に、子を宿してくださいと、祈る。
34今日は 妹の眉ヲ 書きに行き祈りの後、今日は懐妊し眉を剃った妹の 眉書(が)きに行く。
35綾一重 居り湯に 志賀の花ヲ漉して化粧の前の居り湯(湯を注ぐ風呂)、一重の絹の綾織で、散り込んだ志賀の花びらをこす。
36廊下は 藤の影ガ 伝うなり湯殿への廊下は、ずっと藤の花房の影が続いている。

2 冬の日「はつ雪の」の巻 -歌仙-

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 思へども、壮年<となって>未だ、衣を振るはず(仕官していて世俗の煩いを脱し得ない)。

  ※「埜水」は以下、「野水」。野水は、名古屋で惣町代の職(現代の助役)を務めた。

俳訳解釈(前句を踏まえて)
1初雪の今年も 袴ヲ着て帰る初雪の今年も、私は役人の袴ヲ着て家路につくのである。
2霜にまだ見る朝顔の 飯

霜の時期になっても朝顔が咲く、朝顔が開く早朝の食事だ。

※芭蕉句「朝顔に我は飯食う男哉」

3野菊まで訪ぬる 蝶の羽ハ折れて仲秋まで生き、野菊を訪れる蝶の羽は折れていて。
4鶉ヨ鳴(ふけ)れと 車ヲ引きけり鳴き声の長さや質を競う鶉合わせに、鶉よ鳴けと車に乗せて引いていった。
5麻呂が月 袖に鞨鼓(かっこ)を鳴らすらむ

鞨鼓

私の月が脇に出たと、鞨鼓(雅楽器)を鳴らしているだろう。
※袖は、「脇で打つか」か、「袖翻し」か。
6桃花を手折る 貞徳の富麻呂(=丸)と言えば長頭丸こと松永貞徳、別荘を五つ持つほど。そこで、桃花を手折るほどの富豪ぶりだ。
7雨越ゆる浅香の田螺ヲ 掘り植ゑてその財力で、雨水が溢れるような、文字通り浅い、福島浅香(安積)のタニシを移植して。
8奥[陸奥]の如月を ただ泣きに泣くタニシたちは、陸奥の陰暦2月を思い、ひたすらに泣くばかり。
9床更けて語れば 従兄なる男泣くのは運命、夜の更けた床で語らえば、男はなんと、従兄であった。
10縁妨げの 恨みガ残りし男との縁の妨げとなったことへの、恨みが残った。
11口惜しと、瘤(ふすべ)を千切る力なき妨げとなったのはこぶ。口惜しいけれど、こぶを千切る力はない。
12明日は、敵に首送りせん力も尽きた。明日は、敵に首を差し出そう。
13小三太に盃取らせ、ひとつ謡ひ最期を迎えるため、小姓の小三太(かり名)に杯を取らせ、一曲謡をいたした。
14月は遅かれト。牡丹盗人ハ←酒宴の最中、絶好の機会。「月はまだ出るな」と祈る牡丹盗人であった。
15縄網の縢(かが)りは破れ、壁落ちてその家は貧しく、縄を編んだ網は破れ、壁は落ちている。
16こつこつとのみ、地蔵ヲ切る町ここは、ひたすらコツコツと、地蔵菩薩を彫刻する石屋の町。
17初花の世とや。嫁入(よめり)の厳めしくこの町も、初花の季になったとか。嫁入りの列が厳かに通っていく。
18禿(かぶろ)幾らの春ぞ可愛ゆき初花と言えば、遊女見習いの少女が迎える、数度目の春が可愛いものだ。
19櫛箱に餅据うる閨。仄かなる←花魁の櫛箱に鏡餅を置く寝間は、ほのかに春が漂う。
20鴬起きよ。紙燭とぼして←鴬よ起きて鳴けと、紙燭を灯し、明るくしてみる。
21篠深く 梢は柿の蔕(へた)ガ寂し篠竹が茂る中、柿の木のヘタだけが、寂しく烏に食べ残されている。
22三線[三味線]ヲ借らむ。不破の関人ヨ←歌枕、不破の関守りよ、その三味線を貸してください。
23道すがら美濃で打ちける碁を忘る旅の途中、美濃で打った囲碁を、今は忘れた。
24寝覚め寝覚めの、さても七十ダ寝覚め寝覚めの繰り返しで、さてさて70歳の高齢になった。
25奉加召す御堂に金(こがね)ヲうち担ひ寄付を募る寺院に、大金を負担して。
26一つの傘の下、挙(こぞ)り差すお大尽のお出かけで、一つの傘を、お供がこぞって差す。
27蓮池に 鷺の子ガ遊ぶ 夕まぐれ蓮が生えた池に、鷺の子が遊ぶ夕まぐれ。※間暮れは当て字
28窓<用>にト、手づから薄様(うすよう・薄い紙)を漉き窓用にと、自分の手で、薄い鳥の子紙(雁皮紙)を漉く。
29月に立てる 唐輪の髪の赤枯れて月を見ようと立った唐輪に結った髪は、赤枯れている。
30<高齢で>恋せぬ砧(きぬた)、臨済を待つもう恋をする年ではない。洗い物を槌打ってしわをのばしつつ、臨済のように徳ある僧を待っている。
31秋蝉の殻に声聴く静かさは

十牛図第一

十牛図に空蝉の声を聞くというのがあるが、ヒグラシの抜け殻を聞く静かさはどうか。
※十牛図の一「尋ね行く深山の牛は見えずして、ただ空蝉の聲のみぞする」
32藤の実ヲ伝ふ滴(しずく)ハ、ほつちり

虚を聞くなら、藤の実をつたう滴は、少しでゆっくり。聞こえるだろう。

※ほっちり=ほつほつ、ぽっちり

33袂より硯を開き、山陰(かげ)に袂から硯を出して、山陰にその水を汲もう。
34一人は、典侍の局か、内侍かうち一人は、宮中の地位ある方か、女官かであろう。
35三日(みか)の花。鸚鵡ヤ尾長の鳥戦(いくさ)3月3日の花。この日、鸚鵡や尾長の泣き声を競う鳥合わせする。
36白髪ガ勇む 越[越後]の独活刈り

白髪の人たちが奮い立つ、越後の天然山ウド(高級品)刈り。

3 冬の日「つつみかねて」の巻 -歌仙-

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杖をひく事、僅(わずか)に十歩で
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1包みかねて 月とり落す 時雨かな時雨に杖で歩き出すこと、たった十歩で止んで、雲が月を包みそこねた。
2氷ヲ踏み行くトキ 水の稲妻道の氷を踏んでいくとき、割れて月にきらめき、稲妻のようだ。
3羊歯の葉を 初狩り人の矢に負いて氷の道を行く。縁起物のウラジロを、初狩に出る人が、胡簶(やなぐい)に差し添えて。
4北の御門を 押し開けの春北の城門から狩りにでましたが、北風を防ぐ門です。春が押し開けたのだろう。
5馬糞掻く 扇に風の打ち霞み北門脇の馬小屋では、馬糞を掻く、扇形の鋤簾(じょれん)の勢いで、風が霞む。
6茶の湯者ガ愛(お)しむ 野辺の蒲公英風霞む中、野点の茶人が、野辺のタンポポを愛でる。
7﨟たげに物読む娘 伝(かしず)きて茶人は、可愛げに読書好きの娘を、大切に育てる。
8灯篭二つに 情け比ぶる年頃になった娘、親の新盆にと、二人の男に贈られた灯篭を見つめ、情愛の深さを比べている。
9露萩の 負(すま)ふ力を 選ばれず秋の風物を比べても、露か萩か、相拮抗して選べない。※すまふ…負けまいと争う。
10蕎麦さへ青し 信楽の坊選ぶにしても、収穫時期の早い蕎麦でさえ青い、信楽の里。※坊…条理の一区画(4町四方)
11朝月夜 双六打ちの 旅寝して月の残る明け方、双六賭博の渡世人が、野宿の旅寝をしている。
12紅花(べに)買う道に 時鳥聞く紅の仲買に行く途中、時鳥の声が聞こえてきた。
13忍ぶ間の技とて 雛を作りゐる世を忍ぶしばらくの間の仕事と言い、雛人形を作る。
14命婦の君より 米等ヲ遣(こ)す後宮の女官、命婦様が、米などを贈りよこした。
15籬(まがき)まで 津波の水に 崩れゆき義捐の米。こちらは、垣根まで、津波に崩れたのだ。
16仏<像>ヲ食ひたる魚ヲ 解(ほど)きけり津波のあと、捕らえた大魚を捌くと、仏像が出てきた。
17県(あがた)二旧る(ふる)。花見次郎と仰がれて←この地方暮らしも長くなり、今では「花見次郎」と尊敬されている。
18紫雲英ヤ菫の畑ガ 六反尊敬?皮肉じゃないかな。6反もの畑は、レンゲやスミレが生える体たらく。
19嬉しげに囀る雲雀 ちりちりと生き物には楽園。畑の上では、ヒバリがちりちりと嬉しげにさえずっている。
20真昼の馬の 睡(ねぶ)た顔なりのどかな、真昼の馬、眠そうな顔だ。
21岡崎や 矢作の橋の長きかな馬も眠いだろう。岡崎矢作の橋は、東海道一の長さだから。
22庄屋の松を詠みて 送りぬ岡崎と言えば、手永(てなが、行政区)ごとの大庄屋、その松を詠んで送った。
23捨し子は 柴刈る丈に 伸びつらむ屋敷の前に捨てた我が子、今は柴刈りができるほどの背丈に伸びているだろうなあ。
24晦日を 寒く、刀ヲ売る年今や浪々の身、この寒い大晦日の支払いに刀を売って、年を越すしかない。
25雪の狂[風流]、呉の国の笠ハめづらしき雪の日、風狂な友が「笠は重し呉天の雪」と詩を吟じつつ、遠路来てくれた。滅多にないことだ。
26襟にト、高雄が片袖を解くその襟巻きは、吉原の万治高尾太夫(2代目)の片袖を解いたものでした。
27婀娜(あだ)人と、樽を棺にシテモ飲み干さん太夫に「恋しい人」と言われるなら、樽酒を飲み干して、棺桶にしても本望です。
28芥子の一重に、名を毀す(こぼ)す禅そんな死に様、一重の芥子が散った坊主。いくら禅でも芥子坊主と呼ばれ、名を毀つのが関の山。
29三日月の東は暗く、鐘の声西に三日月、東は既に暗くなり、晩鐘が響いている。
30秋湖ニ 微かに琴返す[繰り返す]者その夕暮れ。秋の湖に舟を浮かべ、繰り返し琴を弾く者がいる。
31煮ることを赦して 沙魚(はぜ)を放ちけるそのものは、ハゼを釣ったが、煮て食うことを許し、湖水に放ったそうだ。
32声よき念仏ガ 薮を隔つる殺生の罪に思い至らせたのは、薮を隔てて聞こえてくる、いい声の念仏なのだろう。
33影薄き行灯消しに、起き侘びて念仏が聞こえてくる朝になったが、影の薄らいだ行灯を消すにも、何か起きられなかった。
34思ひかねつも 夜の帯[隔ての帯]ヲ引く思い切ることができないのだが、互いの床の間に、「隔ての帯」を引き、越えないと誓った。
35焦がれ飛ぶ魂ガ 花の陰に入る思い焦がれる生き霊の魂が、ほら、花の陰に入ったぞ。
36その望の日を 我も<西行と>同じく「願はくは」と西行が詠んだ「その望の日」、私も同じようになりたいものだ。

4 冬の日「炭売りの」の巻 -歌仙-

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 難波津にあし火燒く(たく)家は煤けたれど
 ‥‥万葉歌に「難波人 葦火焚く屋の 煤してあれど おのが妻こそ 常愛づらしき」とあるが、炭屋の家は、炭を使うから、さほど煤けない。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1炭売の 己が妻こそ 黒からめ炭売りの家は、炭のおかげでさほど煤けない。炭焼きから売りさばきまで手伝う妻のほうが煤けてしまう。
2人[他人]の粧ひを 鏡ヲ磨ぎ寒イとは言え、鏡職人は、他人の内儀のため村を巡って、鏡研ぎ。水を使うので、寒空はこたえる。
3花茨ハ 馬骨の霜に咲き返り鏡の光のように、野ざらしの馬骨に霜が降り、茨の花のよう。
4鶴ヲ見る窓の月ハ 微(かす)かなり鶴の立っているのが見える窓に移ると、暁の月がかすかに照っている。
5風吹かぬ秋の日 瓶(かめ)に酒なき日こんな日は小春日になります。寒さしのぎの酒もいらないので、酒瓶の保充はしなくていい。
6荻デ織る笠を 市に振り[振り売り]するでも呑みたいので、荻の葉で織った笠を担いで、市中で売ることにした。
7加茂川や 胡麻千代祭りガ やや近み気付けば、上流の上賀茂。千年稲荷の胡麻千代祭りもやや近づいたな。
8岩倉の婿ガ懐かしのころその北郊の岩倉、婿殿はそこから来たが、祭りと聞けば懐かしむだろう。
9想ふことヲ 布搗き歌に嗤(わら)はれてそうそう、婿殿はお里恋しなどと、即興の布搗き歌でからかわれまして。
10憂きは 二十歳を越ゆる三平(まるがほ)こちらも、額鼻顎が平な顔とからかわれ、つらいのは二十歳を越えたこと。
11捨られて拗(くね)るか。鴛の離れ鳥ハ←

で、湖面を見れば、捨てられてすねるように群から離れた、鴛鴦のオス。

※鴛はオス

12火置かぬ炬燵デ 亡き人を見む(オシドリは死別とみて)火をおこす気力もなく、火のない炬燵で亡き人の思い出にふける。
13門守の翁に 紙子ヲ借りて 寝る旅に出たが軒先の宿り。年寄りの門番に紙の夜着を借りて寝た。
14血刀隠す。月の暗きに←借りるとき、月の暗いのは幸いと、人を斬ってきた血刀を隠しておいた。
15霧下りて 本郷の鐘、七つ聞くその夜明け方、霧が降りて遠くの音が聞こえる、あれは本郷の、七つを告げる鐘の音だ。
16冬待つ納豆ヲ 叩くなるべしまた、寺のほうから聞こえるのは、冬に備えて叩き納豆をつくる音だな。
17花に泣くノハ桜の黴と 捨てにける僧はその音で、忽然と悟った。花に憧れ散るを嘆いてきたが、そんな思いこそ桜のカビだと。
18僧ハもの言はず 欵冬[山蕗茶]を飲む悟ったとき、僧は何も言わず、静かにヤマブキ茶を飲んだ。※山蕗は、健胃・痰切・咳止・疝気によし。
19白燕ガ濁らぬ水に 羽を洗ひ見れば、庭の湧き水では、白いツバメ。これは瑞鳥、つばめは羽を洗い、さらに白くなった。
20宣旨ガ畏(かしこ)く 釵を鋳る白燕は美女がいるお告げ。恐れ多くもその美女を召せとの詔勅。私はそのかんざしを作っているのだ。
21八十年を三つ見る童ハ母ヲ持ちて頼んだのは楚国の賢老人。80に向かい3年の73歳で母がいて、童のごとく振る舞い喜ばせた人だ。
22仲立ち初むる。七夕のつま[妻か夫]ガ←今宵が二人の契り初めと、七夕の妻と語り合って。
23西南に 桂の花の 蕾むとき西南の空に、桂の花である七日の月が消えゆくころに。
24蘭の油<を搾るの>に 締め木ヲ打つ音蘭桂騰芳、子孫繁栄。香りよい蘭油を絞る締め木の音がする。
25賎の家に 賢なる女ヲ 見て帰る「蒙求」の「宿瘤女」の故事。桑刈りの娘は、首に瘤があるが大変な賢女。齊の閔王は求婚するが、一度目は見て帰るだけになった。
26釣瓶に 粟を洗ふ 日の暮れ見ると女は、釣瓶で水を汲み、粟を研いでいる。既に日暮れ、粟を水に浸して明日使うのであろう。
27流行り[疫病]ガ来て 撫子ヲ飾る正月に<なった>←流行病で洗うのも入念で、撫子を飾る夏の正月となった。これは厄払いの「おこり正月」「にわか正月」である。
28鼓ヲ手向くる。弁慶の宮デ←疫病の退散を祈るため、平泉不動院「弁慶の宮」で、鼓を奉納した。
29寅の日の旦[早朝]を 鍛冶の疾く起きて不動院の寅の日、「寅の日を祝ふは刀工の常」と言う。刀鍛冶は、朝早く起る。
30雲ガ芳ばしき 南京の地[土地、町]

刀工が集まる南都奈良の町、鑪(たたら)の香ばしい煙が雲のようにたなびく。

※原文補注により「ナンキン」と読む。

31忌垣(いがき)ヲして 誰とも知らぬ人の像奈良の都は、神聖な場所として忌垣を巡らしてあり、その内に誰やら分からぬ人の像がある。古すぎて分からんな。
32泥に 心の清き芹の根でもな、忌垣の像、湿地の泥に根を伸ばし、慎ましやかに花を咲かせる芹のように、心ひかれるものがあるな。
33粥ヲ啜(すす)る暁ニ、花に畏まり芹というと、「澤のこ芹のねを白み清げにものを思はするかな」と詠んだ西行が思い出される。粥をすすり、暁から花をかしこまって眺めるという、芹のように清らかな毎日だ。
34狩衣の下に 鎧ふ春風心静かに暮らし、衣服は普段着の狩衣のまま。ふと春風にあおられて鎧がちらと見えたが、いつでも戦えるようにしておられたか。
35北の方ハ 泣く泣く簾ヲ 押し遣りて出陣の決意は変わるまいと、北の方は涙にくれつつも、簾を押しやって夫を送り出した。
36寝られぬ夢を 責むる村雨出て行った男を思い寝ようとするが、村雨の音が夢を破り眠らせないのだ。

5 冬の日「霜月や」の巻 -歌仙-

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 田家を眺望して。
 ※ 岩波文庫脚注「鸛-丹頂鶴に似て丹頂なく,羽毛は大部分白。」
 ※ 大辞泉「こう‐の‐とり〔こふ‐〕【×鸛】-コウノトリ科の鳥。全長約1.1メートル。全身白色で、風切り羽とくちばしが黒い。松などの樹上に巣を作り、姿がタンチョウに似るため「松上の鶴」として誤って描かれた。東アジアに分布。日本では特別天然記念物に指定されたが絶滅した。中国から冬鳥としてまれに渡来。こうづる。」
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1霜月や。鸛(こう)[コウノトリ]の彳々ト並びゐて霜月、美しいコウノトリが秋の田につくつくと並んで立っていて。
2冬の朝日の あはれなりけり冬の朝日には、しみじみとした趣があるものだ。
3樫桧 山家の体<の家>を 木の葉降りカシやヒノキを植えて、山家のように作ったが、この時期は木の葉が降り。
4引き摺る牛の 塩ガ溢(こぼ)れつつ木の葉散る山道を、牛を引き上ったが、荷の塩がこぼれこぼれだ。
5音もなき 具足に月の 薄々と牛引きは音もなく歩くが、月の光でうっすらと具足と分かる。
6酌とる童ガ 蘭ヲ切りに出で酒の酌をする小姓が、主出陣の飾りにと、秋の蘭を切りに出た。
7秋のころノ 旅の御連歌ハ いと仮に旅先のこととて、御連歌の座はにわかごしらえ。秋の野花で飾るのみ。
8漸く晴れて 富士ノ見ゆる寺連歌の席は寺だが、やっと晴れて富士が見えている。
9寂として 椿の花の 落つる音その寂とした寺の庭、椿の花の落ちる音を聞く。
10茶[野点]に 糸遊[陽炎]を染むる 風の香その庭にたつ陽炎。野点の茶の香を、穏やかな風が運ぶ。
11雉追に 烏帽子の女ヲ 五三十<人>茶畑の雉子追いに、烏帽子姿の御殿女中が、数十かり出され、雉子を追い詰める。
12庭に木曽ヲ作る 恋の薄衣雉子追いの後、庭に木曽の山水を模して作った館に、取って置きの薄衣で殿御を待つ。
13夏ノ深き 山橘に 桜ヲ見む[桜として見よう]夏深い山の山橘、白く小さな花だが、これを桜と見立てよう。
14麻かりといふ 歌の集ヲ編むそして、「麻刈り」という名の、歌集を編んだ。
15江を近くニ 独楽庵と<名付け>、世を捨てて編んだのは独楽庵でのこと。入り江近くに「独楽庵」と名付けた庵を結び、世を捨てたわけ。
16我が月出でよ 身は朧なる世を捨てても、「我の時節の月よ出でよ 今の我が身は朧である」と願う程度。
17旅衣、笛に落花を うち払ひそして、旅に出るが、衣に散る落花を、塵の如く打ち払う。
18篭輿ニ<休憩>ヲ許す。木瓜の山間(やまあひ)デ←しばし休めと藤丸駕篭から出された。ボケの咲く山あいで。
19骨を見て そぞろに涙ぐみ うちかへり[顧みる]その時、野ざらしの人骨を見て、訳もなく涙ぐみ、我が身の行状を顧みるのであった。
20乞食の簔を 貰ふ。東雲<時ニ>←そう言えば、流浪の日々、夜明けの寒さに耐えられず乞食に蓑をもらったことがある。
21泥の上に 尾を引く鯉を 拾ひ得て時には、水辺の泥の上で、尾を引く鯉を拾うことができたな。※荘子「吾將曳尾於塗中」
22御幸に進む[献ずる] 水の御薬[霊薬]今度の御幸にと、万病に効く水の霊薬を献上する。
23殊に照る年の 小角豆の花ハ脆しことに炎暑の激しい年、水やりがなければ、ササゲの花はもろく散るものだ。
24萱屋ハ疎らに 炭団ヲ搗く臼日照りの夏、この茅葺きも疎らな山村では、炭団作りが仕事になる。
25芥子尼[髪型]の小坊[童子]交りに うち群れて方や、芥子坊主のようにてっぺんだけそり残して結った女の子が、坊主頭の男児を交えて、何やらワイワイ群れている。
26折るる蓮の実 立てる蓮の実背丈さまざまで、茎の曲がり折れた蓮の実、すっくと立った蓮の実のようだ。
27静かさに飯台ヲ覗くト 月の前[照っていた]静かだな、終わったかなと寺の食堂を覗くと、飯台を月が静かに照らしている。
28露置く狐ダ。風や哀しき。覗いたのは、露に濡れた狐。既に食う物はなく、秋風だけが哀しく吹いている。
29釣柿ノタメに 屋根ヲ葺かれたる片庇干し柿作りのため、片方の屋根を深く葺いた片びさしの下を風が抜ける。
30豆腐ヲ造りて 母の喪に入る片びさしの小屋で、精進料理用に豆腐などを造りおいて、母の喪に服す。
31元政[僧・詩人]の 草の袂も 破れぬべし孝心深い深草の僧元政、衣の袖のたもとが破れるほど、母の死を嘆き悲しむだろう。
32伏見ノ木幡の 鐘ノ<音>ガ花を打つ[散らす]深草に近い伏見木幡の鐘の音が、哀しく響き、花を打ち散らしている。
33<恋の>色深き 雄猫一つを 捨てかねてその山に猫を捨てたが、恋ざかりの雄猫は、連れ帰った。
34春の白州の雪掃きを 呼ぶ春の白州は、猫の遊び場。雪が被ったので、雪を掃くよう命じた。
35水干を<着けた>秀句の聖ハ若やかに白州には、水干で威儀を正した俳諧の達人がいる。実に若々しい。
36山茶花ガ匂ふ 笠の木枯らし秀句の聖とは、美しく映える山茶花の笠に木枯らしをとどめた、正にあなただ。

6 冬の日「いかに見よと」の巻 -表合せ-

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追加
※ 以上五歌仙の興が尽きず、一人一句で表合わせを完結させ、追加した。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1いかに見よと つれなく牛を打つ霰

これでもかというように、情け容赦なく牛を霰が打って、もの憂いありさまだ。

※牛-憂し/※羽笠、心情吐露の挨拶。

2樽火に炙る 枯れ原の松牛飼いは、樽のたき火に、枯れ松の葉をくべ、火勢を増している。
3木賊刈り 下着に髪を茶筅<結い>ニしてトクサ刈りの人たちが、下着姿で、茶筅形の髪に結って。
4桧笠に 宮をやつす 朝露それは宮様が、ヒノキ笠を持ち、目立たぬ姿で、朝露の中旅立たれるのだ。
5銀に 蛤ヲ買はん。月は海。旅先の月が照らす海辺で、漁師から蛤を買おうとしたとき、小銭がなく銀貨を出した。
6左に橋を透かす岐阜山そこは、桑名の浜辺。左手を見ると、橋の向こうに岐阜の山がよく見えている。
貞享甲子歳(貞享元年、2月21日改元) / 京寺町二條上ル町 / 井筒屋庄兵衛板 


芭蕉七部集「春の日」(連句)
 

7 春の日「春めくや」の巻 -歌仙-

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 曙の景色を見ようと、寝ていた(雨桐・李風・昌圭などの)人々の戸を叩き合って、海に近い熱田のほうに行きました。
 宮の宿、七里の渡しの舟が慌ただしくなるころ、並び松のほうも見晴らされて、大変長閑な光景でした。
 加藤重五(じゅうご、蓬左の材木商)の竹垣で囲った庵ができ、道案内ももらっていたのだが、ほど近いので立ち寄ってみると、今朝の景色が思い出されました。 / 二月十八日
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1春めくや 人ハ様々の伊勢参り冬の「宮の渡し」は、伊吹颪がきつく、東海道の難所とされ、冬は敬遠される。しかし、春めくと、待ちかねた人々が、様々に訪れて賑わっている。
2桜散るなか 馬ヲ長く[長々と]連れ桜散る中、馬を列ねる行列が、長々と続く。
3山ガ霞む月 一時に館ガ建ちてこれは、人手を懸けて急いで建てた新築の祝い。霞が晴れて、その館は月に照らされている。
4鎧乍らの火に 当たるなり寒明けと言っても山はまだ寒く、鎧装束のまま火に当たるのだ。
5潮風に よくよく聞ば 鴎ガなく火に当たっていると、潮風が匂い、遠く鴎の声が聞こえる。
6曇りに 沖の岩ガ 黒く見え海のほうを見ると、曇り空を背景に、沖の岩が黒く見えている。
7須磨寺に 汗の帷子ヲ 脱ぎ替えむ浜で汗に濡れた帷子を、須磨寺に戻り脱ぎ替えようか。
8各々ガ涙シテ 笛を戴くしかし、敦盛は討たれ、残された者たちは、遺愛の青葉の笛・高麗の笛を頂き、涙するのみ。
9文王のはやし<言葉>に今日も土ヲつりて[運んで]遺徳ある文王、その号令で人々は今日も土を運ぶ。
※つる‥‥愛知の方言で、持ち上げて運ぶこと。県民は共通語と認識する。
10雨の雫の角[とげ]のなき草文王の治世、僅かな雨の滴で、棘のない草が生える。
11肌寒み、一度は骨を解(ほど)く<ばらばらになる>世にとは言え、夜明けの肌寒さで、一度は死ぬ我が身を感じる。
12傾城ガ乳を隠す有明それは、仮初め床でのこと、夜明けの恥じらいで、乳を隠すのだ。
13霧払ふ鏡に 人の影ガ映り化粧しようと曇る鏡を拭けば、人の姿が映って。
14わやわやとのみ 神輿ヲ舁く(かく=担ぐ)里それは、わいわい言って、御輿を担ぐだけのこと。里の男が、御輿の鏡に映るわけ。
15鳥居より半道(2㎞)奥の砂(参道)ヲ行きて鳥居から社殿まで、白砂の道が2キロもある、とてつもなく大きな神社のことだった。
16花に 大人(成人)の凧ヲ揚ぐるころそのお社では、元服を終えた若者たちが凧揚げをする花のころを迎えた。
17柳よき陰ぞ ここらに鞠[蹴鞠]なきやここに見事な柳の陰がある。これを懸(かかり)の柳として、蹴鞠をしよう。どこかに鞠はないか。
18入りかかる日に 蝶ハ急ぐなりとは言っても、日は傾いていて、蝶は急いで飛んでいく。
19うつかりと麦ヲ擲る[麦打ちする]家に 連れヲ待ちて炎天下、延々と麦打ちをする農家で、連れをまっていたが、うっかりもう日暮れになてしまった。
20顔ヲ懐に<入れ> 梓<巫女の口寄せ>ニ聞きゐる懐に顔を埋め、梓巫女(あずさみこ)の口寄せで、亡き連れのことばに聴き入ったことだ。
21黒髪を 束ぬるほどに 切り残し男に先立たれ、黒髪を切ったが、束ねることができる長さだ。
22いとも畏き 五位(高位)の針立て(鍼師)悲しみのあまり床に伏せったけれど、大層身分の高い五位の鍼医者が来てくれた。
23松の木に 宮司(みやじ、宮主)が門は 俯きて医者が来たのは、宮仕えの神官の家だが、手入れされていない松の木に押された門は傾いたまま。
24裸足の跡も 見えぬ時雨ぞ駆け込む門の雨宿り。裸足の足跡もすぐに消される激しい時雨だなあ。
25朝ぼらけニ、豆腐を鳶に 盗られけるそう言えば、朝ぼらけには、豆腐を鳶にさらわれている。今日はろくなことはない。
26念仏寒げに 秋ハあはれなり飛び去る方を眺めていると、寒々しい念仏が聞こえてくる。そんな秋もしみじみと風情がある。
27穂蓼生ふ蔵を 住まゐに侘びなして折しも花穂が付いたタデが生い茂る蔵、これを隠居の侘び住まいとしている。
28我が名を 橋の名に 呼ばる。<折しも>月昔寄付したこの橋、月に照らされているが、今も私の名で呼ばれている。
29傘の内デ近付きになる。雨の暮れに←雨の夕暮れ、傘に入れてやったことで、お近づきになりましたなあ。
30朝熊<山ヲ>下るる 出家ハぼくぼくト伊勢の朝熊ヶ岳、金剛證寺から、ご出家はのんびりぼくぼくと下ってこられた。
31時鳥。西行ならば歌ヲ詠まむ麓には西行谷。時鳥が鳴いている。あなたが西行なら、歌を詠まずにいられないだろう。
32釣瓶一つを 二人して分け並べし庵に、井戸一つ。つるべを二人で使った仲だ。
33世に合はぬ局 涙<の内>に年ヲ取りて

今は侍女との二人暮らし。今や栄華は昔のこと、嘆く涙のうちにすっかり年を召された。

※小督の局。(祇王かも)

34記念に貰ふ。嵯峨の苣畑ヲ←寵愛の記念として嵯峨野の苣畑をいただき、慎ましく暮らしている。
35逝く春を 花と竹とに 忙しく嵯峨野は、桜と竹の名所。行く春は、花見や竹取りで過ごしている。
36弟も兄も 鳥ヲ取りにいくとは言え、物見だけでは暮らせない。男兄弟は生活のたつきにと、小鳥を捕りに出かけるのだ。

8 春の日「なら坂や」の巻 -歌仙-

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 三月六日野水(やすい)亭にて
※ 奈良坂は、京街道から奈良へ入る道。この坂を越えれば上ツ道で、般若寺から、転害門、東大寺に至る。
※ 芭蕉は、冬の日歌仙興行後、帰郷。さらに、伊賀上野から東大寺二月堂修二会(水取り)に行こうと、この坂を目指す途次、島ヶ原境の坂で転倒。後に、この坂は芭蕉しりもち坂と命名され現在に至る。「春の日」に芭蕉の関与はないが、「奈良坂」の巻は、偶々転倒後間もなくの興行である。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1奈良坂や。畑打つ山の 八重桜おお奈良坂だ。農民が畑を打っているが、さすがは都。郊外にも見事に八重桜が咲いている。
2面白う霞む。旁々の鐘ガ←方々から聞こえる鐘の音まで、風流に霞み、都の春に似つかわしいものだ。
3春の旅。<桃の>節句なるらむ、<人々は>袴ヲ着てのんびりと春の旅。人々の袴姿を見て、桃の節句なんだと気付かされた。
4口ヲ漱ぐべき 清水ガ流るる三日は上巳の祓い。禊ぎに上から飲み、すすぐに適した清水が流れている。 ※三夏の「清水」だが、この場合無季。
5松風に 倒れぬほどの 酒の酔ひ松林に吹き付ける強い風に倒れないほどの酔い加減。
6売り残したる虫ヲ 放つ月酒でいささかよい気分の帰り道、売れ残った虫を月明かりの野に放つ。よい声で鳴けよ。
7笠ノ白き 太秦祭ハ 過ぎにけり笠の白い、太秦の牛祭りは、もう終わってしまった。 ※陰暦9月12日、太秦広隆寺境内、大酒神社の祭り。京都三大奇祭の一つ。白い笠は不明。
8菊ある垣に よい子ヲ見ておく菊の咲く垣根の中にとても器量のよい子がいたので見ておいた。
9表町<の店を>譲りて <夫婦の>二人デ髪を剃らむその子をもらい大事に育てた。さて、よい婿を取らせ表町の店を継がせて、わしたちは仏門に入ろう。忙しい日々じゃったが余生はゆっくりとな。
10暁ハいかに 車ガ行く<音のする>筋

明け方、車が往来する道から聞こえる音をどう聞くだろう。仏門にはいったから、三車火宅を思うだろうか。

※宗祇の付句「暁いかに車やる音」を踏まえる。

11鱈ヲ負ふて 大津の浜に 入りにけりあの車は、越前の港から鱈を載せて、大津の浜に入っていったそうだ。
12何やら聞かん 我が国の声浜辺には大勢集まって、何やら我がお国の訛りが聞こえてきた。
13旅衣。頭ばかりを 蚊帳借りて旅先の宿、客が多くて入られず、皆頭だけ蚊帳に入ってねたよ。
14萩ヲ踏み倒す 万日の原一日の回向が万日の功徳に相当すると言うので、人がどっと訪れ、萩の原が踏み倒された。
15里人に 薦を施す。秋の雨そこへいきなり秋の雨。お大尽は、里の人たちの雨具にと、こもむしろを施した。
16月なき浪(激流)に 重石を置く橋月も映らぬ激流で、コモを着た村人は、橋が流されぬようにと、必死に重しを置いている。
17転びたる木の根に 花の鮎(若鮎)ヲ取らむ先の大雨で流されてきた木の根が浸かっている。よしここに花の鮎(若鮎)を追い込んで獲ってやろう。
18謡ひ尽くせる 春の湯の山鮎とりは面白そうだな。持ってきた謡い本も謡尽くして、山の湯治場の春は退屈だ。
19長閑けしや。筑紫の袂ヤ 伊勢の帯ヤラ山の出で湯はのどかだなあ。あちこちから来てるぞ。あの袂は博多織、あの帯は、伊勢の型染めか。
20内侍の選ぶ、代々の眉の図衣装は調った。化粧だが、礼式を司る内侍が、鴬・岸立・霞など伝統の眉図から選んでいる。
21もの想ふ。軍の中は 片脇に

つい内侍のことを思ってしまう。戦が終わるまで心の片隅にと努めるのだが。

※太平記、勾当内侍への思いで采配が狂う新田義貞のおもかげ。

22名も勝ち栗と 爺ガ申し上げ「殿。進軍の門出に、このかち栗を召せ。名も勝ち栗と申しましてな」とじいが申し上げ。
23大年<大晦日>は 念仏ヲ唱ふる 恵美酒棚このじいは、大晦日に一年の無事を感謝する念仏を唱える。恵比寿の神棚なのに。
24ものごとガ無我に よき隣なり隣人は何事にも無欲で正直だ。今日も我が家の神棚に念仏を捧げてくれた。
25朝夕の 若葉のために 枸杞ヲ植ゑて隣人は、薬効のある若葉を朝夕摘むため、クコを植えて。
26都に 二十日早き 麦の粉<麦焦がし>ここは温暖の地。都より二十日も早く麦焦がしを食べられる。
27一夜借る 宿は馬ヲ飼ふ 寺なれや田舎にきて、一夜の宿を借りると馬がいる。ここは、馬を飼う寺なのか。もしやして、旅人を馬で助ける金竜寺、先ほどの僧は千観様なのか。
28こ(此処)は魂ヲ祭る 如月の月

お、これは魂を祭る声がする。今宵は満月の2月15日。普通は7月だけだが?

※「増山井(ぞうやまのい)」に、年に6度とある。

29陽炎の 燃え残りたる 夫婦にて祖先の魂を祭るのは、陽炎の消えかけているような老夫婦である。
30春雨<の涙>ヲ袖に 御歌ヲ戴く老夫婦は、褒美にと御製の歌を頂戴し、感激したが、春雨のような涙で袖をわずかに濡らしていた。
31田を持ちて 花ヲ見る里に 生まれけりこのような情け深い君主のお蔭か、田を持って花を楽しむ里に生まれることができ、ありがたいことだ。
32力の筋を 継ぎし中の子子にも恵まれたが、中でも強い体力体格の血を引き継いだ中の子の成長が楽しみだ。
33さざなみや(枕詞) 三井の末寺の 跡取りにそれなら、三井寺の末寺の跡取りに出したらよかろう。
34高びく<聳える>のみぞ。雪の山々ハ←三井の雪の山々は、高くそびえるだけである。
35見つけたり。二十九日の月寒きヲ←見付けたぞ、東の空低く、二十九日の細る月、寒い月を。
36君の勤めに、氷ヲ踏み分け夜明けの細り月の方、君主への勤めに、今日も氷を踏み分けて城にいく。

9 春の日「蛙のみ」の巻 -歌仙-

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(貞享2年)3月16日、旦藁の田家(でんか)に泊まりて
 ※旦藁‥‥たんこう。杉田氏、意水庵。現名古屋市西区幅下にあった菓子商、当時海老屋町の菓子店ゑびや。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1蛙のみ聞きて 由々しき寝覚めかな且蒿の田舎家に泊まったら、蛙の声だけが聞こえて、すばらしい目覚めとなったことだ。
2額に当たる 春雨の漏りで、安らかな眠りの私は、額に当たった春雨の雨漏りで、すっきり目覚めた。
3蕨ヲ煮る 岩木(泥炭)の臭き 宿ヲ借りてやむなく、蕨を煮る泥炭のつんとした悪臭い煙の充満した宿を、借りまして。
4まじまじト人を見たる 馬の子宿の馬屋から、見慣れぬのか、じっとこちらを見る馬の子。
5立ちて乗る 渡しの舟の 月影に満員の小さな渡し舟。立ったまま見る月影の明るさに。
6芦の穂を摺る 傘(からかさ)の端いきなりの雨に、立ち乗りの私がさしがさを差すと、アシの穂が傘の端をこすっている。
7磯際に 施餓鬼の僧の 集りて磯際を見ると、水難者の霊を鎮めるため、川施餓鬼の僧が集まっている。
8岩の間(あひ)より 蔵ガ見ゆる里そこは、磯の岩間から、蔵が見える豊かな里だ。
9雨の日も 瓶ヲ焼やらむ 煙ガ立つここでは、雨の日でも瓶を焼くのか、煙が立っているぞ。
10饑(ひだる)きことも 旅の<味わいの>一つに煙を見て腹が鳴っても瓶では食えぬ。まあ、ひもじさも旅の味わい。
11訪ね寄る坊主は住まず 錠ガおりて空腹で訪ね来たが、あの坊主はいない。錠も掛かっているわい。
12解てやをかん 枝ヲ結ぶ松庭の松、再会の願掛けで「枝わがね」がしてあって、時が経ち食い込んでおる、解いておかないわけにはいくまい。
 今宵はもう夜も深まったと言うので止めた。同19日荷兮の奥座敷にて
13咲き分け(源平咲)の 菊には惜しき 白露ぞ結ばれた松の枝は解かれるが、紅白咲き分けの菊花は、2色の小花が円形に集まって一つの頭状花序となる。
その見事さに心奪われ、折角白露を置いても、注目されない。惜しいことだ。
14秋の和名に<取り>掛かる順美しい菊を見た源順、さてとばかりに「和名抄、秋の部」の稿に取り掛かる。
15初雁の声に 自ら火を打ちぬ初雁かと声に気付けば、すでに日暮れ。人も呼ばず、手ずから火を打ち、灯りをともす。
16別れの月に 涙ヲ表はせ有明の月を恨むきぬぎぬの別れ、共に涙をこぼれさせ。
17<別れの>跡ぞ花 四の宮(山科)よりは 唐輪(髪型)にて別れは、「その後のしみじみとした気持ちを味わうのがよいのだ」と思いつつ歩く。山科の四宮を行くころから、娘たちの髪は、皆唐輪にしているが、さて。
18春逝く(・行く)道の 笠も<暑くて>難し髪は簡単な唐輪がいいのよ。いく春の道中は、笠さえ暑くてたまらないのに。
19永き日や(は)、今朝を昨日<のこと>に 忘るらむ春の日永だ。一日が長すぎて、今朝ということを忘れ、昨日のことと思うだろう。
20簀の子茸ガ生ふる 五月雨の中すのこにキノコが生えた。五月雨の長雨で。
※上七字余り。安永板は「生る」とする。/※茸は、ハラタケ科狐傘か。
21紹鴎が<作った>瓢(ふくべ)はありて 米はなく利休の師紹鴎作のふくべはあるが、なんと米はない。風流だなあ。
22連歌のもと(主催)に当たる 忙し米を買う暇などない。今日も連歌の主催をするので、忙しい。
23滝壺に柴ヲ 押し曲げ<入れ>て 音ヲ止めむ連歌をするには耳障り。滝壺に柴を押し曲げて入れ、音を止めよう。
※吉田家連歌の会、藤原為教の故事。
24岩苔取りの 篭に下げられ(吊され)庭造りをするお大尽の指図、男はイワヒバを採るため、断崖絶壁でかごにつるされ命がけ。
※岩苔は、イワタケの説もある。
25貪り(豪奢)に 絹着て歩(あり)く 世の中は命がけで生きる人もいれば、豪奢に絹を着て歩く人もある。世間はね。
26莚二枚デも 広き我が庵莚二枚でも大きすぎて余るよ、私の庵は。それで十分。
27朝毎の露 ソノあはれさに 麦ヲ作る(種蒔)朝毎の露の風情。その趣に感じ入りつつ麦まきをする。いいものだ。
28碁打ち<碁敵>を送る 後朝(きぬぎぬ、別れ)の月徹夜で碁を打ち、有明の月を見ながら、碁敵ときぬぎぬの別れ。そして、朝露の麦まきをする。何とも風流だぜ。
29風のなき秋の日 舟に網ヲ入れよ今日は秋凪だ。漁に行くぞ。さあ、舟に網を入れよ。
30鳥羽の湊の踊りヲ 笑ひ(愉しみ)に漁が終われば鳥羽の港へ。今日は祭りが。踊りを楽しみにな。
31あらまし(期待)の雑魚寝。シカシ筑摩も 見て過ぬ期待に胸躍る山城江文神社の雑魚寝祭り、対してこちら近江の筑摩神社の鍋冠祭り(なべかんむりまつり、貞節の祭り)も見ましたよ。
32熟々(つらつら、つくづく)一期 婿の名もなしつくづく人生を振り返れば、祭りで子種を授かっていたから、婿をとったことはなかったなあ。
33我が春の 若水ヲ汲みに 昼ニ起きて気ままな独り暮らしの新年は、若水汲みも、昼起きだったよ。
34餅を食ひつつ 祝ふ君が代餅を食いながら、この御治世の繁栄と平和を祝う。
35山は花 所残らず(こぞって) 遊ぶ日に山は満開の花、地域の人々が挙って遊ぶ日がきた。
36曇らず照らず 雲雀ガ鳴くなり曇りもせず、照りもせず過ごしよい。ヒバリが空高く鳴いている。

10 春の日「山吹の」の巻 -未完歌仙、表六句-

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追加 / 三月十九日舟泉(しゅうせん)亭

※舟泉‥‥永田氏、介石園、流形庵。三河出身

俳訳解釈(前句を踏まえて)
1山吹の<咲く>危なき岨(そば、崖)の 崩れかなヤマブキが咲いています。危ういそそり立つ崖の崩れに。
2蝶ガ水ヲ飲みに 降るる岩<を置き並べた>橋下を見ると、蝶が水を飲みに降りる岩を並べた橋があります。
3如月や 餅ヲ洒すべき 雪ガありてもう(陰暦)二月なのに、ここ北国には餅をさらす雪があって。
※凍み餅‥‥水に漬け寒中にさらして凍らせた餅。信州・東北地方で作る保存食。
4行幸のために 洗ふ土器この田舎に天皇の行幸というので、大慌てで洗う素焼きの器。
5朔日を 鷹持つ鍛冶の 厳めしく「今月は、わしの番」と、一日の朝、威儀を正した刀匠は、腕に鷹を乗せ、胸を張るのであった。
※後鳥羽上皇、番鍛冶の故事。
6月なき空の門ヲ 早く開け鷹狩りへと、月もなく暗い夜明け前に、門を開けた。

貞享三年丙寅年仲秋下浣(かかん、20日以後)   寺田重德板


 
芭蕉七部集「阿羅野」(曠野集 員外)
 

11 曠野「鴈ならし」の巻 -歌仙-

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 この世で、誰が花に心を寄せないことがあろうか。誰が町中にいて、朝の景色を眺めるか。我は、東四明(とうしめい)[東叡山寛永寺]の麓[不忍池の畔]に住んで、花の心を自分の心とし片時も忘れない。よって、佐川田喜六[永井播磨守の臣]の、「よしの山 花咲くころの 朝な朝な こころにかゝる 峯のしら雲」という歌[本歌は定家の「小倉山時雨るころの朝な朝な」]を、実に感じ入る。また、
  麦食ひし <憎い>雁と思へど 別れかな
 この句は、尾張蓬左の野水子の作で、芭蕉翁が伝えたのを、なおざりに聞いたのだが、先日、田野へ住まいを移して、実にこのに感じ入った。昔、「多くの人が集まったとき、虎の物語をしたが、虎に追われた人があって、この一人だけが顔色を変えた」そうで、誠が隠せないことは、このとおりである。
「猿を聴きて実(げ)に下る三声の涙[杜甫、秋興八首の二]」というのも、「実」の字は老杜甫の心(実際に手長猿の哀しげな声を聴いてのこと)であるぞ。
なお、<野水の>雁の句を慕って<私も一句>
※虎の話「昔嘗て虎の人を傷つくるを談ずる者有るを見る。衆聞かざる莫し。而して其の間一人神色独り変ず。其の所以を問ふに、乃ち嘗て虎に傷つけらるる者なり。」(朱熹)
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1麦を忘れテ 華にハ溺れぬ 雁なルらし雁は、麦の味を忘れ、花の魅力に溺れずに、北へ渡っていくものらしい。
 この文、人が預かって届けられたのだが、三人[野水・荷兮・越人]で開いて、幾度も吟じて、
2手を差し翳す。峰の陽炎ガ←峠のある峰に陽炎が立ち、別れを惜しむかのように手を差しかざすかのようだ。
3かんじきの路も<融けて>しどろに 春の来てかんじきで歩いた雪道も、融けてどろどろになる春が来て。
4もの静かなる 粔籹米(おこしごめ)売りぬかるんだ道では、もの静かになっているおこし売り。いつもなら「こりゃこりゃこりゃ、来たわいな来たわいな」とうるさく呼ばうのに。
※うるち米に蜜をまぜて煎った「おこしごめ」は、おこしの原型。
5門の石ニ 月ヲ待つ闇の 安らひに<座る>暗くて歩けぬ夜の道。行商は、月の出るまでと、門の石でしばし休憩。
6風の目利きをスル。初秋の雲デ←休んでいるうちに、風模様の予測を、初秋の雲でする。
7武士(もののふ)の 鷹ヲ撃つ山も ほど近し武士が鷹狩り用の鷹を捕獲する山もほど近い。風下から巣立つ直前の幼鳥に忍び寄るわけだ、
8枝折りに着いて[沿って]イタラ 滝の鳴る音ダ山道の目印となるしおりに従っていくと、滝の鳴る音だ。
9袋より 経ヲ取り出だす。草の上デ←僧は、滝に近い草の上で、袋から経文を取り出した。
10ずぶと降られて 過ぎる村雨経を読むうち、いきなりずぶぬれにされ、村雨は過ぎていった。
11立ち返り 松明ヲ値切る。道の端デ。麓に戻り、まだ人のいる道端でたいまつを値切って買う。
12千句<の興行を>営む。北山の寺デ←夜道を急ぎ、細川幽斎は千句の興行を営んだ。いわゆる洛北三千院の大原千句。
13姥桜ヤ一重桜も 咲き残りこの辺りは標高が高い。開花の早いウバ桜や一重桜も、まだ咲いている。
14あてこともなき(図らずも) 夕月夜かな桜に加え月も上った。これはまあ、思いも懸けない夕月夜の絶景だ。
15露の身は 泥のやうなる もの思ひ悠久の月を眺めてつつ、露のようにはかないこの身は、図らずも、泥のように粘り着く恋の思いに浸るのだ。
16秋をなほ<身の性(さが)を>泣く 盗人の妻すでに秋、真っ当な暮らしに戻れぬものかと、身の性を泣く盗人の妻。
17明くるやら<む> 西も東も 鐘の声泣きに泣き気付けば外は明けたのか、西も東も鐘の音が響く。
18寒(さぶ)うなりたる 利根の川舟夜明けでは流石に寒くなったな。利根の川舟に乗ると。
19冬の日の てかてかとして かき曇り冬の日は、川面をてかてか光らせたと思ったらすぐ曇り、この繰り返し。
20亥の子(餅搗き)に行くと 羽織をうち着て今日は玄猪(げんちょ)だ。亥の子の餅を搗きに行くと羽織をはおって。
※10月は亥の月。亥の日に搗いて、亥の刻(午後10時頃)に食う。
21ぶらぶらと<提げ持つ> 昨日の市の 塩いなだ手土産にと、ぶらぶら提げ持つのは、昨日の市で買った塩いなだだ。
※塩いなだ‥‥無季。ブリの幼魚で30センチ未満。主に関東の呼び名。
22狐憑(つ)きとや 人の見るらむ魚を何匹もぶら下げて町を歩くと、人は狐つきと見るだろうな。
23柏木の 脚気の比の つくづく(しみじみ)と狐でも憑いたのかしらん。「あの頃は、脚気でふらふら。得意の蹴鞠も」など、柏木はしみじみと語った。
24囁(ささや)くことの 皆聞こえつる病の床は神経が冴える。ささやきごとも、皆聞こえてるぞ。
25月の影。<弾みで、うっかり>寄り合いにけり、辻相撲ヲ←17世紀半ばから度々禁止令が出た辻相撲。明るい月影に、ついつい集まってやりだしてしまった。ばれると大変。
26秋になるより(直ぐに) 里の酒桶秋になったら集まって、里の酒屋の桶洗い。新酒の仕込みもほど近い。
27露時雨ニ 歩鵜(かちう)に出づる 暮れ掛けて時雨のあとのような露が降りたら、落ち鮎漁。暮れかけて、鵜匠は、川端から鵜を操る歩鵜に、一人で出る。
28嬉しと忍ぶ 不破の万作清流の河原、関白秀次の小姓「不破の万作(歌舞伎での名)」は、誘いをうれしと忍んできた。
29畏まる。諫(いさめ、忠告)に涙ヲ 零すらしその美少年は畏まった。暗くよく見えないが、その忠告に涙をこぼしているようだ。
30火箸の撥ねて 手の熱きなり真っ赤に焼けた火ばしが、いきなりはねて当たった手が熱い。そんな心境。
31隠すものヲ見せよと 人の立ちかかり(集まる)その手を開けて、隠した物を見せよと、人が集まってくる。
32水ヲ堰き止めて 池の替え取り(池浚い)水をせき止めて、大勢で池さらい。いいものが見つかるものだ。
33花盛りナノニ 都も未だ定まらず池の水替えのようにはいかぬ。花盛りになったというのに、遷都先も和田か福原か、いまだ定まらない。
34捨てて 春経る(ふる) 奉加(寄進)帳なり遷都で寺も移っていき、無用となった寄進帳が残されたまま、一春過ぎようとしている。
35墨染め(衣、出家)は 正月ごとに 忘れつつ墨染め衣の僧は、正月ごとに勧進の旅を決意するが、すぐ忘れて、未だ実現しない。
36大根ヲ刻みて 干すに忙し大根を刻んで干すのに忙しいのだ。

12 曠野「遠浅や」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1遠浅や 波に標(しめ)ヲ差す浅蜊採り干潮の遠浅でアサリ採り。遙か沖の波に標識が差してあるように見える。
2春の<長い>舟間に 酒のなき里春は舟間も長い。当分は酒のない里である。
3長閑けしや。早き泊り(宿所入り)に 荷を解きてのどかだなあ。舟も早く着いた。宿でゆっくり荷を解いて。
4百足の怖じる薬ヲ 焚きけりムカデが出ると言うので、ムカデが怖がる薬をたいておいた。
5夕月の 雲の白さを うち眺めこれで安心。夕月の傍らに白く見える雲を眺める。
6夜寒の簔を 裾に引き着せ晴れると冷えるぞと、夜寒対策の蓑を足元に着せておく。
7荻の声(葉擦れの音) 何処とも知らぬ所ぞや仕方なく泊まったが、荻の葉擦れだけが聞こえてくる。ここは、どことも知らぬところなのだ。
8一駄(馬荷)ヲ過ごして これ(次の馬荷)も古綿馬が古綿を載せていく。や、次の馬も古綿だ。
9道の辺に 立ち暮らしたる 宜弥(祢宜)が麻(幣帛)街道の道端に立ち、お祓いで暮らす神官、御幣で古綿を祓っている。
10楽する(隠居)頃と 思ふ年栄え(年格好)その神主、楽隠居をしていいと思える年格好なのだが。
11幾つともなくて(年齢を忘れて) 滅多(むやみ)に 蔵造り実は、年を忘れて働いて、むやみやたらに蔵を建てている人だ。
12湯殿参りの<浄衣に> 木綿ヲ裁つなりさて、これから湯殿山参りに行こうと、装束用に白木綿を裁っているのだ。
13涼しやと 莚ヲ持てくる 川の端湯上がりの体がほてり、これは涼しいと、川端にむしろを持ってきた。
14誑(たら)かされしや 佇める月たぶらかされて待っているのだろうか。月明かりの中、川端にずっと立っている。
15秋風に 女車(牛車)の 髭男秋風が、女車(小さめの牛車)のすだれをまくりあげる。と、乗っていたのは、ほおひげのおとこである。
※今昔物語集巻28第2、頼光の郎等共、紫野に物見たる語
16袖ぞ露けき 嵯峨の法輪(寺)女は牛車で、嵯峨野の法輪寺に着く。袖が濡れたのは、露か涙か。
※袖の露「暮れかかるむなしき空の秋を見ておぼえずたまる袖の露かな」(新古今、秋上)
17時々(時折)に ものさへ食はぬ 花の春物思いに、時折ものが食えなくなる。そんな花の春だ。
18<遅咲きの>八重山吹は 二十歳なるべしものが食えぬと子はできぬ。実の生らぬ八重山吹は遅咲きだから、年頃を過ぎた二十歳のはずだ。
19日の出でや 今日は何せむ 暖かにああ日の出だ。今日は何をしようか。暖かだなあ。
20心安げ(気軽)に 土ヲ貰ふなりそんな男は、何の計画もなく、気軽に土をもらって、置き場困るものだな。
21向こうまで <漕がずに>突き遣るほどの 小舟にて土を運ぶのは、向こう岸まで、手でちょんと突いてやれば、すいすい着くくらいの小舟だよ。
22垢離かく(水で清める)人の 着るものの番私は、小舟に乗って禊ぎの願掛けをしに行く人がいて、その着物の番をしているんだ。
23配所(流刑地)にて 干魚の加減(干し具合)ヲ 覚えつつ御赦免になって、今日は水垢離。流刑地では、魚の干し加減を覚えてきたよ。
24歌ヲ歌うたる 声の細々干し魚を作りながら、歌を歌う声は、か細く小さな声だった。
25むく起きに もの言い付けて また眠りそいつは、歌声でむくっと起きて、ものを言い付けて、また眠る。いい気なもんだ。
26門を過ぎ行く 茄子<ナス売り>ヲ呼び込むおお、丁度茄子屋だ。門を通り過ぎる茄子屋を呼び込み、用が足せた。
27入り込みて 足軽町の 薮ハ深し茄子を持ってこいと言うんだが、さて、足軽町は入り込んで、薮が深くて分からない。
28思ひ合ひたり どれも高田派この町の衆は、思い合い、身を寄せ合っているな。どこも真宗高田派か。
29盃も忘るばかりの 下戸の月そうなんだけど、下戸ばっかりで、月見が盛り上がらないんだよ。
30漸(やや、ようやく) 初秋の 病み上がりなるまだ酒は飲めない。ようやく初秋になって、病が治りかけたところさ。
31燕(つばくら)も 大方帰る 寮の窓拙僧は、病も癒え、托鉢に出る。僧堂の窓から見えたツバメも、ほとんど渡っていったしな。
32水ガ鹹映ゆき(しおはゆき、しょっぱい) 安房の小湊ここは、日蓮聖人生誕の安房の小湊。海が近くて水はしょっぱい。
33夏の日や 見る間に泥の 照り付けて<乾く>安房の夏の日は強烈。見る間に泥などは渇いていくよ。
34桶の鬘(かつら、たが)を入れ<直して>仕舞ひけりそう、よく乾く。今日も乾いた桶のたがを付け直して、しまっておいた。
35人並みに 脇差ヲ差して 花<花見>に行く一仕事終わったので、格好だけ人並みに脇差しを差して、花見に行った。
※花札でない。花札は寛永以後の成立。
36つい(うっかり)鱓(たつくり、ごまめ)に 落つる精進まだ忌中なのに、つい花見弁当のごまめを食べ、精進が落ちてしまった。これは、うっかりだ。

13 曠野「鯲」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1美しき 泥鰌ガ浮きけり 春の水美しい水だなあ。水量が増してドジョウが浮いているから濁らない。そんな春の水。
2柳の<葉>裏の 蟷螂の卵薄緑色をした柳の葉裏に、薄黄色いカマキリの卵。この取り合わせも美しい。
3夕霞。染物ヲ取りて 帰るらむ夕霞の中、できあがった染め物を受け取って帰って行くのだろう。
4煙たきやうに 見ゆる月影帰り道、煙たがっているかのように見える春の月影だよ。
5秋草の とてもなき(意外な)ほど 咲き乱れ月に照らされ、秋草が驚くほど咲き乱れているのが見える。
6弓ヲ引きたくる(ひったくる)。勝ち相撲とて秋の野で行われた相撲大会。勝者は、せり勝った勢いのまま、弓をひったくったぞ。
7今日もまた ものヲ拾はむと 発ち出づる男は、今日もまた、ただで何かいいものを得ようと、勇んで家を出た。
8偶々(たまたま)砂の中の木の端浜辺で、砂の中から、たまたまいわくありげな木っ端をみつけた。
9火鼠の皮の衣を 尋ねきて本当は、火鼠の皮衣を探し求めてきたのだ。
※火鼠の皮衣‥‥焼いても燃えない布。竹取物語で、かぐや姫は、右大臣に所望する。
10涙ヲ見せじと うち笑ひつつ目的を果たせず旅に疲れたが、涙を見せないように、笑ってみせつつ。
11高みより 踏み外してぞ 落ちにけるそして、高いところから踏み外して、落ちてしまったそうだ。
※同じく竹取に、燕の子安貝を所望された中納言が、屋根から落ちる話がある。
12酒の半ばに 膳ヲ持ちて立つそれは、酒宴の半ばで、膳を持って2階に行った時のことだ。
13幾年を 巡礼もせず 口惜しきもう何年も、巡礼の旅に出ていない。話について行けず悔しくて中座したわけだ。
14読まで 双紙の絵を 先に見る霊場巡りの絵草子をもらったが、細かく読まず、絵だけめくって先に見た。
15何事も うち湿り(落ち着い)たる 花の顔草子を見ても、何事をしても、気が滅入るのか、憂鬱げで美しいお顔であられる。
16月の朧や 飛鳥井の君中将が訪れてみると、飛鳥井の君は、蔀も下ろさず、おぼろ月を眺めていた。
※狭衣物語‥‥狭衣中将は、大宮二條で、拉致された女を救い、ほど近い飛鳥井の家に送り、以後通うことになる。この場面、物語では、夏の十六夜。
17灯(ともしび)に 手を覆ひつつ 春の風女をよく見ようと、灯火をともし、春の風に消えぬよう手で覆いつつ近寄る。
18数珠ヲ繰りかけて(繰りはじめて) 脇息の上(手を止め、もの思う)潔く身を引こうと、女は煩悩を断つため、数珠を繰りかけるが、脇息の上に手を置き、つい物思いにふけってしまう。
19<かの>隆辰も 入れ歯に 声の嗄るる(しわがる、しゃがれる)数珠を手に読経しようとするが、かの小唄の名人隆達も年老い、入れ歯では、声がしゃがれてしまう。
※隆辰‥‥隆達。僧侶だが還俗し、小唄隆達節をはやらせた。
20十日の菊の 惜しきことなり人も花も賞味期限が。十日の菊では、残念だ。
21山里の秋 めづらしと生鰯けれど、山里の秋では、生鰯が珍しいと、よく売れる。
22長持ヲ買うて帰る やや寒鰯で儲けて、市中で長持ちを買って帰る頃は、秋も終わりのやや寒になった。
23ざぶざぶと流れを渡る 月の影長持ちを担いで、ざぶざぶと流れを渡ればもう間近。月影が川面にはじける。
24馬の通れば <別の>馬のいななく荷を担がせた馬が通ると、この馬を知っている馬たちがいななく。故郷に帰ったぞ。
25寂しさは 垂井の宿の 冬の雨中山道垂井宿。冬の雨の日は、坂道が凍って、人も馬も進めない。街道がないに等しい寂しさだ。
26莚ヲ踏まへて蕎麦ヲ煽つ(あふつ、あおぎふるう)ガ見ゆこの時期、民家の庭で、むしろを踏んで、ソバがらをあおぎ飛ばすのが見える。
27つくづくと(痛切に) 錦着る身の 疎ましくこんな暮らしに幸せがある。錦を着る我が身分が、痛切にいやになる。
28暁深く(ごく早朝) <法華経の>提婆品ヲ読むそう思った翌朝早く、法華経の、悪人が成仏するという提婆品を読みあげる。
29<供えた>芥子の花ハ 取り直す間に 散りにけり南無三。お供えのケシの花が、向きを変える間に散ってしまった。
30味噌擂(す)る音の隣ガ 騒がし隣の家では、食事の準備が始まった。味噌をするわずかな音が騒がしく感じられる。
31黄昏の 門<往来の>妨げに 薪分け夕暮れ時、出入り口での薪分けとは、往来の妨げだぜ
32次第次第に 暖かになるともあれ、次第次第に暖かくなる。しばらくの辛抱だ。
33春の朝 <遊びに>赤貝ヲ履きて 歩く稚児そんな時期、可愛いのは、春の朝、紐をつけた赤貝の殻を履いて、カチャカチャ歩く幼児。
34顔ヲ見に戻る 花の旅立ち我が子の顔を見に戻る、大きな商談をまとめる花の旅立ち。
35如月や 晒しを買ひに 夜を篭めて(こめて、徹して)二月である。晒しの高騰を予測し、夜を徹して買い占めに行くのだ。
36虚(そら、なんとなく)面白き 山口(登り口)の家訳もなく楽しいのは、登る前の登山口の宿だけのことだ。

14 曠野「ほととぎす」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1ほととぎす待たぬ心の 折(おり=とき)もありホトトギスの鳴くを待つ句や歌は多いが、「待たない」という心持ちの時もある。
※「つれなさをしばし忘れて時鳥待たでや見まし有明の空」(新後拾遺和歌集)
2雨の若葉に 立てる戸の口若葉の雨に、戸口に立って待っているわけだが。
※「昔思ふ草の庵の夜の雨に涙な添へそ山ほととぎす」(新古今和歌集、俊成歌)
3引き捨てし車<置き去りの牛車>は枇杷の 堅木にて置き去りにしてある牛車の車輪は、折れることのないという、超高級なビワの堅い木だ。
4荒さがなく(ひどいいたずら)も 人のからかひ(勝とうと張り合う)そんなところに置くひどいいたずらも、負けまいとする気持ちからだ。
5月の秋 旅のしたさに 出づるなり私は争う気がない。月がきれいな秋、旅がしたくて出るだけだ。
6一荷ヲ担ひし 露の木耳露が置いた新鮮なキクラゲ。これを背負って売りにでる。
7初嵐。初瀬の寮の 坊主ども初嵐、初秋の強い風で冬の準備を始める。長谷寺の寮僧どもが、どっと降りてきた。キクラゲを安く売ってやろう。
8菜畑ヲ踏むなと 呼ばり掛けたりこら坊主ども!菜畑を踏むなと、農夫が怒鳴っている。
9土肥(堆肥)を 夕べ夕べに 掻き寄せてこの畑は、堆肥をまぜて、毎夕かき寄せ、大切につくってきたのだぞ。
10印判ヲ落とす袖ぞ もの憂き畑仕事で判子を落とした。落ちるような袖が何とも悩ましい。困ったなあ。
11通ひ路の 衝張(ついはり、塀の突っ張り)ガ転けて 逃げ帰り夜這いの通り道。つまずいて塀の突っ張りが転げすごい音。逃げ帰ったが、その時判子を落としたらしい。
12六位にありし 恋の浮気(多情)さまだ駆け出しの六位であったころ、無類の色好みであったな。
13代参り ただ易々と 請け負ひて女の集まるところであれば、代参などいくらでも承知したよ。
14銭ガ一貫に 鰹ガ一節謝礼が、銭一貫(千文、今の2,3万円)と鰹節一本で、足は出るがまあよかろう。
※鰹節:夏
15月の朝 鴬付け(鳴き方教え)に急ぐらむ月が残る早朝、ウグイスの雛に鳴き方を教えに、鳴き方師範のウグイスのもとに連れて行くようだ。謝礼相場は、一貫文に鰹一節。
※鴬の付子(うぐいすのつけこ):夏
16花ガ咲きけりと 心ハ忠実(まめ)なり飼い主は、花を愛する風流人。また、労苦を厭わぬ人であるな。
17木天蓼に 冷飯ガ浅し(少し) 春の暮れまめな人は、去年の秋マタタビを塩漬けにしておいた。マタタビは一つぶで元気が出る。冷や飯少しで十分な春の夕暮れである。
18掛け金ヲ掛けよ。看経のうちハ←さて、読経をしよう。人が来ると集中できないから、門に掛け金をしておいておくれ、声を出さない看経のうちはね。
19ただ(普通の)人となりて 着るものヲ うち羽織り殿上人を辞して今や自由な普通人。着物を簡単に羽織って読経に明け暮れる。
20夕べハ忙しき(せはしき)。デモ酒ヲついでやるでも、夕食時は忙しいが、酒をつぐくらいのことはしてやろう。
21駒の宿 昨日は信濃 今日は甲斐伝馬の宿は、あっちこっちと忙しいなあ。昨日は信濃、今日は甲斐と大変だ。
22秋の嵐に 昔浄瑠璃台風が来て足止めになったが、宿は昔浄瑠璃で慰めてくれたよ。
23めでたくも 呼ばれにけらし 生御魂めでたくも、今年は生き御霊をしてくれるらしい。うれしいなあ。
※生き御霊‥‥陰暦7月8日~13日の吉日に、高齢の親をもてなし長寿を願う行事、生き盆とも。
24八日の月の すきと(すっかり)入るまで八日月が傾いて、すっかり入る深夜まで、もてなしてくれたよ。
25山の端に 松と樅との 微かなる月が隠れたばかりの山の端、マツヤモミの木がかすかに見えている。
26きつき煙草に くらくらとする遠くを眺めながら、きついタバコで一服したら、くらくらめまいがする。
27暑き日や 腹掛けばかり(だけ)ヲ 引き結びくらくらするような暑い日は、腹当て一丁結ぶだけがよい。
28太鼓ヲ叩きに 梯子ヲ登るかそんな格好で、太鼓をたたきに梯子を上るときどうだ。もろ見えだぞ。
29ころころと寝たる木賃<宿>の草枕(旅)二階に上がって、ころころ雑魚寝の自炊宿。そんな旅も風流だ。
30気立てのよきと 婿に欲しがる倹約家だな。そんな気質が気に入ったと、一人娘の婿にほしがる。
31忍ぶ(忍び会い)とも 知らぬ顔にて 一、二年その娘は、男との忍び会いを、素知らぬ顔で、一、二年やっている。
32庇を付けて 住居変はり(改造)ぬ一方、知らぬ親は、隠居部屋にとひさしなどを付ける改造をした。
33三方の 数ハ難し(煩わしい)と 火にくぶる神棚も作ったが、お供えを載せる三方は、陽数にするとかしないとか、載せきれないとか煩わしいので、直接供えることにし、火にくべてしまった。
34供奉(貴人の供)の草鞋を 谷へ掃き込み神饌用の三方を燃すいいかげんな神主。貴人のお供の草履を、汚いと谷へ掃き込んだ。
35段々や(次々と) 小塩大原 嵯峨の花貴人は、小塩・大原、嵯峨へ、次々と花見に繰り出す。
36人ヲ負ひに行く 春の川岸花の時期、渡しの仕事。花見の人を背負いに行く、春の川岸。
※執筆は、荷兮か。この前句まで、野水18句、荷兮17句。

15 曠野「うちわ」の巻 -歌仙-

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 月がさし昇るありさまは、昼の暑さもなくなるという興に引かれて、「柄をさしたらばよき團(うちわ)」と、宗鑑法師の句を唱え紹介すると、越人は「夏の夜の疵」と脇を添えた。さらに、その後も止まず続いた。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1月に柄を差したらば よき団扇かなおおまん丸の月だ。この月に柄を挿したなら、いい団扇になるであろう。
※月に柄‥‥「夏の夜は光すゞしくすむ月をわがもの顔にうちはとぞ見る」(高松院右衛門祐)を踏まえる。
2蚊のをるばかり(だけ)ハ 夏の夜の疵(欠点)月は風流だが、蚊がいることだけは、夏の夜の欠点である。
3徳利を 誰が置き換へて 転ぶらむ徳利を、誰が置き換えて、俺が転んだのだろう。
4思ひ掛けなき 風吹きの空それは、思い掛けない風吹きで、まあ、空の仕業だな。
5真木柱(神殿の心柱)ニ <胸の>つかへ(閊えの病)押さへて 寄り掛かり一陣の風で、胸が急に苦しくなった。神殿の心柱に、胸の詰まる苦しみを我慢して、寄りかかって。
6使ひの者に 返事ヲまたするそこへ、使いの者が来たが、苦しい中、返事をまた書いて持たせた。
7あれこれと 猫の子を選る 様々に猫の子を選ぶだけなのに、あれこれと、人それぞれに言ってくる。
8年長けるまで 阿呆なりけりしょうも無い理屈ばかりで、いい年になるまで、ずっと馬鹿なやつだ。
9どこでやら 手の筋(手相)ヲ見せて もの思ひこの間も、どこやらで手相を見てもらい、結果物思いに沈んでいる。
10目見(まみ、まなざし)ガ重たげに 泣き腫らす顔そう。まなざしも重たげで、泣きはらした顔だった。
11大勢の人に 法華をこなされ(=けなされ)て大勢に、寄ってたかって、法華をけなされ、やり込められたからなあ。
12月の夕べに 釣瓶ノ縄ヲ打つ(なわ綯う)悔しい気持ちをこらえ、月の夕べ、月明かりで釣瓶の縄をなっている。
13食ふ柿も また食ふ柿も 皆渋し疲れて、柿を食うが、いくつかじっても、皆渋い。
14秋の景色の畑ヲ 見る客柿に懲りたのか、客は、秋、実りを迎えた畑の景色を、疎ましげに見ている。
15我が儘に いつかこの世を背く(出家遁世す)べき秋の景色に人生を思い、我が心のままに生きたいと念じ、いつの日か、出家遁世しようと決意する。
16寝ながら書くか。文字の歪む戸その戸の表札が、寝ながら書いたようにゆがんでいる。
17花の賀に 堪へかねたる 涙ガ落つ表札を書いたご老体。花のころ長寿の祝いをしてもらい、感も極まり、涙が落ちた。
18着物の糊の強き(こはき)春風祝いの席に着た着物、糊がこわくて、すき間から春風が体に当たる。
19うち群れて 浦の苫屋の 塩干ヲ見よみんなそろって見てこいよ。春の日は、浦の苫屋の塩干しの光景がよい。秋は寂しいだけだぞ。
※「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」(新古今秋上、藤原定家)
20内へ入りて なほ吠ゆる犬苫屋で犬に吠えられた。中に入っても、まだ吠えている。干物盗みと思われたか。
21酔ひざめの 水の飲みたきころ なれや犬が鳴き出した。多分、酔い覚めの水が飲みたい頃なんだろう。土間へ下りたな。
22ただ静かなる 雨の降り出し水を飲みに出てみると雨だ。まったく静かな雨の降り出しで、気付かなかったよ。
23歌合はせニ 独鈷<顕昭>ト鎌首<寂蓮>ガ 参らるる雨の中の歌合わせ。独鈷殿と鎌首殿がお出でになったぞ。
※六百番歌合のとき、独鈷を持った顕昭と、鎌首をもたげた寂蓮が歌論を戦わせたことで、それぞれのあだ名になったという。
24また献立の<好みが> 皆違ひけり歌合わせの客人は、献立の好みが皆違うから、主はもうてんてこ舞いだ。
25灯台(燭台)の油ヲ溢して 押し隠し右往左往の料理人、燭台の油をこぼしたが、忙しいので、物で隠してほったらかし。
26臼を起こせば きりぎりす(コオロギ)ガ飛ぶこんなところに臼がある。元に戻そうと起こせば、コオロギが飛び出した。
27吹く風に 狗尾草(えのころぐさ)の ふらふらと外では、エノコログサが、吹く風に、ふらふらとなびいている。
28半ばは壊す 築山の秋作り替えようと、築山は半ば壊したところ。手入れをしていないので雑草が生えたが、これも秋の風情だ。
29むつむつ(むっつり)と月見る 顔の親に似て跡取りが、むっつりとした顔で庭先の月を眺めているが、親にそっくりだ。
30人の請け(保証人)には 立つこともなしやつはまったく不人情で、保証人になど、なったことがない。
31賑はしく 瓜や苴(あさ、麻の実)やを 荷なひ込み店は、大量に瓜や麻を商っており、大もうけをしているのだがな。
32干せる畳の 転ぶ町中荷車が頻繁に通るものだから、この町中に干してある畳はすぐ転ぶ。
33おろおろと(おろそかな)小諸の宿の 昼時分小諸の宿に逗留したが、昼は畳干しに忙しく、時分どきでも何もでん。まったくもっておろそかだ。
34皆同音に 申す念仏ここは、善光寺への街道。大勢が声をそろえて、念仏をとなえていく。
35<能の>百万も 狂ひどころ(子を捜す狂乱の曲舞)よ 花の春子を捜す母「百万」がたどり着いた、嵯峨清涼寺の大念仏。能「百万」一番の見せ場、狂乱の曲舞(くせまい)がふさわしい花の春だ。
36<豆腐>田楽ガ切れて 桜ハ淋しき能が終わり、豆腐田楽も食べきって眺める桜は、寂しいものだ。

16 曠野「雁がね」の巻 -歌仙-

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深川の夜
※貞享5年9月中旬、越人は更級紀行に同行し、芭蕉庵を訪れた。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1雁がねも 閑かに聞かば 枯らび(枯淡な趣)ずや雁が鳴いているが、こうして心静かに聴けば、枯淡寂寞の趣がないとは言えないのではないか。
2酒強ひ(お酌)ヲ習ふ この頃の月雁の声を聴き、酒つぎの道を学びつつ眺めるこのごろの月も風雅である。
3藤袴 誰ガ窮屈に 愛でつらむ(愛で付けたのか)フジバカマ、窮屈な袴とは、誰が愛で付けたのだろうか。
4理を離れたる(説明できない) 秋の夕暮れ説明などできない風情が、秋の夕暮れにはあるものだ。
5瓢箪の大きさハ五石(5こくは900リットル)ばかりなり荘子の逍遙遊に出る瓢箪は五石(ごせきと読む、5せきは95リットル)もあって、理を離れておる。
※逍遙遊「魏王、貽我大瓠之種、我樹之成、而実五石、以盛水漿、其堅不能自挙也」
6風に吹かれて 帰る市人見物を終え、瓢箪のように風に吹かれて、ぶらりぶらりと帰る。
7何事も 長安は 是名利(名誉と利益)の地何にせよ、長安は名誉と利益を求める地である。
※白氏文集「長安古来名利地、空手無金行路難」を踏まえる。
8医の多きこそ 目狂ほしけれだから、医者が多いのには、めまいがするほど驚いてしまう。
9忙しと 師走の空に 立ち出でてそんな医者が、稼ぎどきとばかり、忙しそうに師走の空に、立ち出でる。
10一人世話やく 寺の跡取り寒空に凍える貧者や病人、これも修行と、独りで面倒をみているのは、世話焼寺の跡取り息子だ。
11この里に 古き玄蕃(郷士の役名)の 名を伝へ昔、玄蕃は旅先接待の官吏名だったが、この里は世話役を玄蕃と言い、その名を伝えているのだ。
12足駄ヲ履かせぬ<ほど強い>雨の曙爪革を掛けた足駄を履いても役立たない。それほど雨脚が強い曙だ。
13後衣や あまりか細く 貴やか(優雅で美しい)に別れの朝に、やらずの雨。振り返れば、あまりにもか細く優雅で美しい女がいる。
14風邪ヲ引き給ふ 声の美し風邪でも召されたか。その声もまた美しく魅力的だ。
15手も付かず 昼の御膳も 辷り(そっと移す)来ぬ風邪で食欲がない。手も付けていない昼の午前は、そっと勝手元へ移された。
16もの磯臭き 舟路なりけり何となく磯臭さが鼻につく船路で、何でもその臭いが感じられ食欲を失っしまったのだ。
17月と花 比良の高嶺を 北にして舟で琵琶湖を渡れば、満開の花、振り返れば早くも月がのぼり、北には比良暮雪の峯々が見える。
18雲雀ガ囀るころの 肌脱ぎ葦原のヒバリが高くさえずる頃の肌脱ぎ、畑仕事も気持ちいいなあ。
19破れ戸の 釘ヲ打ち付ける 春の末破れ戸に釘打ち付ける春の末。冬にやっておけば寒くなかったなあ。
20店は寂しき 麦の碾き割り修理代が出ないよ。ひき割り麦だけの店は、客も少ないし。
21家(箱)モなくて 袱紗に包む 十寸鏡(ますかがみ、真澄鏡)麦は売れぬが、値の付く物は皆売れた。嫁入り道具の真澄鏡、銘のある箱だけ売れて、服紗包みの本体は残った。
22もの思ひゐる。神子(みこ、巫女)の もの言ひ(口寄せ)デ←あの巫女の口寄せに従って売ったのだ。だまされたかと、沈み顔。
23人去りて 未だ御座(おまし、御座所)の 匂ひける巫女は帰ったが、未だ御座所は薫き物の香が漂っている。
24初瀬(長谷寺、恋祈願)に篭る 堂の片隅さる高貴な女性が、恋の成就を祈って、長谷寺のお堂の片隅に籠もっている。
25時鳥。鼠の荒るる最中に←その堂内をネズミが荒れ回り、右往左往したが、外でホトトギスの声。もう夏になったか。
26垣穂(垣根)の大角豆(ささげ) 露は溢れて垣根にササゲが植えられ、露がこぼれている。
※露‥‥秋の季語だが、こぼれて無季。
27生憎(あやにく)に 煩ふ妹(乙女)が 夕眺め垣根の内では、折悪しく恋にわずらう乙女が、夕べの光景を眺めている。
28あの雲は 誰が涙ヲ包むぞ乙女は、「あの夕焼け雲は、誰の涙を包んで、あんなに赤くなったのか」と思うのである。
29行く月の 上(うは)の空にて 消えさうに空をわたりゆく月が、山の端のあなたにめぐり逢う前、空の途中で消えそうになって。
※「山の端の心もしらでゆく月はうはのそらにて影や絶えなむ」(源氏物語、夕顔)
30砧も遠く 鞍に居眠り里の砧の音はまだ遠いと、馬に乗ったままの居眠り。
31秋の田を 刈らせぬ公事(訴訟)の 長引きて遅くなったのは、秋の田を刈らせないという訴訟が長引いたから。
32再々(たびたび)ながら(ではあるが) 文字ヲ問ひに来る慣れぬ文書で、度々ではあるが、文字をどう書くか聞いてくるのだ。
33厳めし(豪奢)く 瓦庇の 木薬(生薬、漢方薬)屋聞きにくるのは、豪奢な瓦ひさしの店構え。漢方薬局の主だ。
34馳走する(大事に育てる)子の 痩て甲斐なき薬屋だが、大事に育てている子が痩せていて、世間体も悪く、馳走の甲斐がない。
35花の頃 談義参り(法話の聴聞)も 羨まし病弱なので出歩けない。花の咲く頃、寺で法話を聞くことさえもうらやましいなあ。
36田螺を食うて 生臭き口参りにくる者ども、殺生をして、毎日田螺を食うから、まあ口が生臭いこと。

17 曠野「天津雁」の巻 -歌仙-

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 翁に伴はれてきたひとが、めずらしいので
※其角邸は、芭蕉庵の西方約2キロの日本橋茅場町か。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1落ち着き(客到着のもてなし)に 荷兮の文や 天津雁もてなしの替わりに、同郷の荷兮の手紙を披露しよう。言わば天空の雁便りである。
2三夜さ(望前後三夜)の月見 雲ハなかりけり三日続きの月見、雲もまったくない。
3菊萩の庭に 畳(むしろ・ござ)を引き摺り<敷い>て菊や萩の庭に、秋を堪能しようと、茣蓙を引きずり敷いて。
4飲みて忘るる 茶は水に(冷たく)なる秋景色を見ていて、うっかり飲み忘れた茶は冷えてしまった。
5誰か来て 裾に掛けたる 夏衣つい居眠りだ。誰かが来て裾に夏衣を掛けてくれたが、茶は冷えた。
6歯軋りにさへ(さえ=添え) 暁の鐘よく眠られたな。貴殿の歯ぎしりと同時に、夜明けの鐘が鳴ったよ。
7恨みたる涙ハ瞼に 留まりて悔しさの恨みの涙はまぶたに留まり、すっかり腫れてしまった。
8静御前に 舞を勧むる頼朝は、静御前に舞を勧め、静かは悔しさをこらえつつ、「吉野山みねのしら雪踏み分けていりにし人のあとぞ悲しき」と義経を慕う。
9空蝉(うつし身、現世)の 離魂の煩(陰の病=離魂病)の 恐ろしさ現世に起こる、形と影が分離するという離魂病の恐ろしさよ。
10跡なかりける(跡形もない) 金二万両治療に使い果たし、跡形もない金二万両。
11愛ほしき(可愛い)子を 他人とも名付けたり(他人の名にした)さらに借財もあるので、本来愛おしい子を、勘当して名も変えさせるに至った。
12火傷ヲ治して 見し辛きかな火傷で容貌が変わり客商売ができないので他家に出した。命は取り止めたのだが、親の心のつらさは変わらない。
13酒熟き、耳に付きたる 私語(ささめごと=口説き言)酒臭い息での口説き言、臭いが耳に付いてしまった。
14魚をも釣らぬ 月の江の舟酒の上の風流。魚をも釣らず、月の大河に舟を浮かべる。
15染め色(梵語ソメイロは、須弥山)の富士は浅葱に 秋の暮れ眺めれば、梵語で「ソメイロ」という須弥山のような富士が、浅黄の「染め色」になった秋の暮れであることよ。
16花と挿したる 草の一瓶裾野の花を挿した一瓶、これが花である。
※正花。
17饅頭を 嬉しき袖に 包みける花を摘んできて、お利口さんと、もらった饅頭。喜びながら袖に入れたそうだ。
18浮き世に付けてハ(とかく浮き世は) 死ぬ人は損饅頭はうまい。とかく浮き世は、死ぬ人が損。
19西王母ヤ東方朔も 目には見ず平家物語、巻十に見る長寿の西王母・東方朔も、今は語られるとおり「目にも見ず」であり、いつかは死ぬな。
20縦や(よしや、ままよ)鸚鵡の 舌の短きどうであれ、鸚鵡の舌のほうが短いぞ。
21あぢなき(やるせない)や 戸に挟まるる 衣の褄(つま=端)夜這うときオウムの声に驚いて、戸に着物の端をはさまれた。万事休すでやるせない。
22恋の親とも<思ひ> 逢ふ夜ヲ頼まむ女が忍んできて挟まれている。これを恋の元と思い、今後も逢う夜を期待しよう。
23やや(次第に)想ひ 寝もし(強調)寝られず うち臥して次第に焦がれるようになり、寝るに寝られず、昼も横になるありさま。
24米搗く音は 師走なりけり不眠の耳に餅米をつく音が。ああ、師走だなあ。
25夕烏。宿<宿場>の長さに 腹の立つ年内に帰らねばならぬ道中、夕烏が鳴いている。宿場間の長さに腹が立つ。
※五街道一は、中山道「坂本宿~軽井沢宿」及び「和田宿~下諏訪宿」の5里半、約22キロの峠道。東海道一は、「小田原宿~箱根宿」で4里8町、約17キロの坂道。
26幾つ(多く)の笠を 担ふ強力歩くのは、笠をいっぱい担う強力で、見るからに大変だ。
27穴一に <せしめた銭の>塵ヲうち払ひ 草枕(侘びた宿り)銭投げ遊び穴一。子供相手にせしめた銭、土を打ち払って、今夜も侘びた宿。
28雛(ひいな)ヲ飾りて 伊勢の八朔伊勢に来ると、この辺りでは、8月1日八朔に、雛を飾って子供の生長を祈っている。
※八朔雛‥‥伊勢斎宮で催す(七部大鏡)。京畿では、姫瓜に目を付けて飾る。西国に紙雛を飾る地がある。
29満月に<年中枝のどこかで咲く白子の>「不断桜」を 眺めばや満月の光で、伊勢の白子にある、年中枝のどこかで咲いているという「不断桜」を眺めたいものだ。
30念者(男色の兄分)法師は秋の あき(飽き)風陰間である私。念者の法師は、秋の飽き風。絶えてご無沙汰だ。
31夕まぐれ また恨めしき <音のする>紙子夜着薄暗い夕暮れ、忍んでみると若衆は音の出る紙子の夜具。恨めしいことじゃ。退散しよう。
32弓(ゆみ、支え棒)ガ煤びたる 突き上げの窓その部屋の突き上げ窓。支えの竹棒はすすけて汚れている。
33道端に 乞食の鎮守。垣結ひて道端の小さな鎮守の社。窓が開いているが、さては乞食がねぐらにするか。垣根までして。
34もの聞き分かぬ 馬子の鬮取り(くじとり、順番争い)物事の道理が分からぬ馬子ともが、恐れ多いお社で、客の取り順を決めようとくじを引いている。
35花の香に 浅葱膾(あさつきなます)ハ 緑なり花の香ただよう季節、アサツキなますの緑が美しい。
36筵ヲ敷くべき 呼続(笠寺辺り。浜)の春笠寺辺り、呼続の浜の春は格別です。私はむしろを敷いて、ご馳走しましょう。

18 曠野「新酒」の巻 -歌仙の前半(半歌仙ではない)-

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※嵐雪邸は、芭蕉庵北方約600メートルの墨田区千歳か。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1我ハ盛らじ。新酒は人の醒めやすき私、勧めないから注がない。新酒は、とかく醒めやすいとか言う。
2秋うそ(=薄、なんとなく)寒し。何時も(平生、つねに)湯(ゆ、風呂)嫌い秋は何となく寒い。いつも風呂は嫌いだから、これで暖まりたいものだ。
3月の宿 書(書物)を引き散らす 中に寝て月光が差す宿の部屋、書物を引き散らかす中に寝て。
4外面(そとも=家の背面)ニ薬の草分け(見分け)に行く宿の背面にまわって、薬草を見分け探った。
5撥ね敢ひ(敢ふ=し尽くす)て 牧<の馬>に混じらぬ 里の馬あちこち跳ね回るばかりで、この里の馬は、牧場の馬に交わらない。
6川ヲ越えくれば 城下の道馬を引いて、川を越えくると、もうご城下の道に出た。
7疱瘡顔(いもがほ、あばたづら)の 透き通るほど 歯の白き道を行くと、あばたはあるが、透き通るほど歯が白い女に会った。
8唱歌は知らず 声ハ細りやる(細り節、御詠歌のようになった)女は歌っているが、どんな唱歌か分からないが、声は細り節のようで、哀調を帯びている。
9涙ヲ見る 離れ離れの 浮き雲に<明日の別れが思はるる(小唄)>涙を浮かべて、「離れ離れのあの雲見れば、明日の別れがおもわるる」と小唄を歌っているのだ。
10後添ひヲ呼べ(=めとらせろ)と言ふが 理(わり)なき忘れるには、後妻をとれと言われたが、そんな理屈はとおらない。
11<昨日も>今朝よりも 油揚げする。玉襷(たすきの美称)ヲシテ昨日も今朝も、たすきをして、妻の法事の油揚げを作る。
12行灯ヲ貼りて 帰る浪人暇な浪人の友達が手助けに来てくれた。しかし、料理はできず、傘張りで鍛えた腕で、行灯を張り替えて帰った。
13着る物を 砧(きぬた、皺伸ばし)に打てと 一つ脱ぎ友達は、「着物もちゃんとしろ。しわをきぬたで伸ばしてやる」と、一つ脱いでやる気満々。
14明日は髪ヲ剃る 宵の月影もう今の着物も無用。「明日は剃髪して仏門に入る」と、宵の月影に語りかける。
15白露のヨウニ 群れて泣きゐる女客仏門に入る別れの席、男を慕う女客たちは、白露のように群れて泣き伏している。
16つれな(冷淡、薄情)の医者の 後ろ姿やこれは手遅れじゃと冷淡に言い放ち、帰る医者の後ろ姿の憎らしいこと。
17散る花に 日は暮るれども 長話散る花を惜しむとき、日は暮れてもつい長話になる。
18呼子鳥とは 何を言ふらむ(どの鳥なのか)古今伝授に呼子鳥とありますが、どの鳥なんでしょうなあ。カッコウかウグイスか。いやホトトギスかツツドリだ。結論はでようがない。

19 曠野「桐の木」の巻 -歌仙-

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※野水‥‥名古屋城前、大和町の呉服商、総町代。この年32歳。
※落梧‥‥岐阜金華山西、本町の呉服商。この年38歳。
 この前の冬(貞享4年11月26日)、笈の小文の旅で名古屋滞在の芭蕉を訪ね、落梧の発句「凩のさむさかさねる稲葉山」で、七吟三十句を残す。このとき、野水も同座。この両吟歌仙はほぼ1年ぶりの再会。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1初雪や 今年伸びたる桐(きり、梧はあおぎり)の木に初雪。今年すくすくと伸びた桐の木に掛かって、風流である。梧の字はアオギリ。この一年で大きく伸びた。
2日の短きと 冬の朝起き(早起き)日は短いと、今日は早起きをした。
3山川や 鵜の食い物を探すらむこの季節、山の川では、鵜が懸命になって、食い物を探しているだろう。
4賤(しづ、下賤の人)を遠(とほ、遠く)から 見るべかりけり日々の糧を得るのに精一杯な貧しい人は、遠くから見るべきである。それも風雅で、画にも句にもある。
5思ふ様(思い立ち出掛け)<人と>押し合う月に 草臥れつ思い付きで名所に出かけ、人と押し合って見る月にくたびれた。月はどこからでも見られるのに。
6あら事々し(おやまあ、何とも大仰) 長櫃<に入れた土産の宮城野の>の萩おやまあ、何と大げさな。宮城野土産の萩を長びつで持ち帰ったのか。
※陸奥の守が帰郷するとき、宮城野から長びつで萩を持ち帰り、群衆がこぞって見物したと言う故事。(無名抄)
7川越しの 夫(ぶ)[夫役]に指され[指名され]行く 秋の雨秋雨で増水した川の渡し人足に、名指されて行った。わしを呼び出すくらいだから、よほど大切な長びつだったのだろうよ。
8根太(ねぶと、腫れ物)ヲ痛がる <ゆがんだ>顔の汚さ帰ってくる早々、腫れ物が痛いと顔をゆがめて、より汚い顔になってしまった。
9我が夫子(せこ、夫・恋人)を 理無く(わりなく、仕方なく)隠す 縁の下突然の来客。私の恋人を、仕方なく縁の下に隠した。根太のふりをして、早く帰ってもらおう。
10<三味線の>清掻き(すががき、客寄せの見世菅掻)ヲ習ふ頃の 憂き恋それは、客寄せの歌のない清掻きをならうころ。実らぬ初恋のことだった。
11更くる夜の 湯は難しと 水ヲ飲みて遊女と語らう夜更け、湯は無理だろうと水で我慢して。
12擽り(こそぐり=くすぐり)起こす 相住みの僧水を飲みに行くと、同居の僧が修行中に居眠りしているので、くすぐって起こしてやった。
13峰の松。味な(あじな=風変わりで面白い)辺り(ところ、景色)を 見出したり外に出たとき、峰の松が風変わりで面白い姿をしているのを見いだした。目の覚めるような発見だ。
14旅するうちの 心綺麗さそれは、旅だからだ。旅するうちに、心は清澄になり、見え方が変わるのだ。
15煮た玉子 生の卵も 一文に茶代8文の時代に、煮た玉子、生の卵も一文だ。手間を掛けても元が掛からぬと、いうことか。儲けを思わぬ心のきれいさに感服だ。
16下戸は皆行く。月の朧げニ←ただ同然の茶店の玉子。下戸は皆行く、月のおぼろ夜。
17耳や歯やガ良うても 花の数ならず耳や歯がよくてもだめだよ。今日は、若者だけの花の合同懇親会。
18具足ヲ召させにト<準備万端で迎えた> 今日の初午若侍は、武具を身に付け、準備万端。盛装で行く、今日の初午。
19何時やらも 鴬ヲ聞きぬ この奥に若い頃じゃった。いつだったか、この奥でウグイスを聴いたな。
20山伏ガ住みて 人ヲ叱るなりその山奥に山伏が棲みついて、信仰心がないと人を叱るのだ。
21くはらくはらと 楔ガ抜けたる 米<搗き>車山伏の説法は、カラカラと楔が抜けて、空転する子供の押し車と一緒だな。
22提灯ガ過ぎて 後ハ暗き暮れ子供を交えた提灯の行列が去って、後は暗い暮れが広がる。
23何事を泣きけむ。髪を振り覆ひ←暮れてから、髪を振り乱して顔を覆う女は、何事で泣くのだろうか。
24然々(しかじか)ト<わけも>ものも言はぬ<様は> つれなき(よそよそしい)いくら聞いても、これこれしかじかと、何も言わない様で、日頃気に掛けているのに、よそよそしいのだ。
※「おなじ帝(醍醐帝)、月のおもしろき夜、みそかに御息所たちの御曹司どもを見歩かせ給ひけり。御ともに公忠さぶらひけり。
それに、ある御曹司より、こき袿ひとかさね着たる女の、いと清げなる、いで来て、いみじう泣きけり。公忠をちかく召して、見せ給ひければ、髪をふりおほひていみじう泣く。「などてかく泣くぞ」といへど、いらへもせず。帝も、いみじうあやしがり給ひけり。公忠、
  思ふらむ心のうちは知らねども泣くを見るこそ悲しかりけれ
とよめりければ、いとになくめで給ひけり。」(大和物語)
25<女として>恥づかしと 嫌がる馬に かき乗せて助けられたはよいが、いやというのに、馬の背で前に抱かれて走られて。
26斯かる府中(役所のある街)を 飴舐り行く助けた男は、警備が厳重な役所のある街を、堂々と飴を舐りながら、見よがしに歩く。
27雨止みて 雲の千切るる<光景>ハ 面白や歩くうちに雨が止んで、「雲の千切れる光景は面白いなあ」と眺めている。
28柳散るかと<聞く>。例の(あの)莚道(莚敷く道)ハ男は、行幸経路の確認をしていて、「あのむしろを敷いたえん道に、柳は散っていないか」と聞いている。
29軒長く 月こそ障れ(月見には邪魔だが) 五十間モアルそのえん道には、長い軒が作られて、月見には邪魔だが、まあ、50間はあるな。
30寂しき秋を 夫婦(めおと)<二人で>居りけり長い軒下のひと所、寂しい秋を、夫婦二人が隠れ暮らしている。
31占いを 上手に召さる(めさる=なさる)ノハ 羨まし占いを上手になされ、この二人を見付けられたのは、うらやましい神通力だ。
32黍ヲ持て(もて=もって)生やす(醸す) 古(いにしえ)の酒その霊力は、キビで醸す古代の酒が、あってのことだ。
33朝ごとの 干魚ヲ備へる 瑞垣(神域の垣根、ここは神社の意)にさらに、毎朝神社にに干し魚をお供えしている。
34<早いので>誰よりモ花を 先へ(先に)見てとる朝早いから、誰より先に開花を見付けるだけのこと。
35春雨の 暗峠(くらがりとうげ)越えヲ済まし開花を見定め、春雨の内に、河内から大和への境、くらがり峠越えすました。
36眠り(ねぶり)転べと 雲雀ガ鳴くなり峠では、ネーブリコロベと、ヒバリが鳴いている。

20 曠野「冬籠もり」の巻 -歌仙-

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※一井・鼠弾・胡及・長虹は、名古屋の俳人
一井‥‥貞享4年12月9日笈の小文途次の芭蕉を迎え、7吟半歌仙興行、連衆は他に、越人・昌碧・荷兮・楚竹・東睡。
鼠弾‥‥越後出身。名古屋の浄土僧。能楽。「阿羅野」25句。
胡及‥‥胡弓。名古屋の俳人。「卯辰集」入集
長虹‥‥江戸牛込、長国寺隠居後、名古屋解脱寺に竹葉軒結庵。 貞享5年7月20日、笈の小文の旅を終えた芭蕉を竹葉軒に迎え、七吟歌仙。連衆は他に、一井・越人・胡及・鼠弾。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1一里<こぞって>の炭売りは いつ冬篭り?一里こぞって、炭を売りにきたが、いつ冬ごもりするのか。
2筧(かけい)の先の 瓶ガ氷る朝掛け樋の先のかめが凍る朝になれば、籠もるか。
3三枝(さきくさ、桧)や 正木(良材)を挽きに 誘ふらむ冬ごもりするより、ヒノキの良材を、切り倒そうと誘っているのだろう。
4肩衣(かたぎぬ)ガ外れ 酒に酔う人良材を挽いたお祝いで、袖なし羽織が外れて、酒に酔う人がきたよ。
5夕月の入り際ガ早き 堤際夕月が沈み掛けてから、沈み終わるのが早く見えるな。この堤防の近くでは。
6俵に鮒を 掴み込む秋収穫が終わり、池の水を干した。鮒は掴み放題で俵に放り込む。いい秋だなあ。
7里深く 踊り教へに 二三日米は豊作、魚は豊漁。そんな豊かな奥深い里に、2,3日踊りを教えに行った。
8宮司が妻に 惚れられて憂き踊りを教えに行っただけだが、宮司の妻に惚れられて、鬱陶しい。
9問はれても 涙に物の云ひにくき本心かと問われても、涙にむせて言いにくい。
10葛篭(つづら)ガ届きて 切り解く(ほどく)文つづらに入った荷物が届いて、切り解くと手紙がある。涙がこぼれて読まれない。
11うとうとと 寝起きながらに 湯を湧かす何か届いたが、寝ぼけ眼で、うとうとしながら湯を沸かす。
12冴えゆく夜半の 越(こし=北陸道)の雪鋤き(ゆきすき、雪掻き)ほとんど寝てないが、北陸の冴えゆく夜半に降り積む雪。きしむ屋根に上がって雪下ろし。
13何事か 呼ばり合ひては うち笑ひ雪下ろしの屋根。何事か声かけながら笑っている。笑っていなけりゃやりきれぬ。
14蛤採りは 皆女中(女性の敬語)なり声楽しげな浜辺の蛤拾い。見れば女の人ばかり。
15浦風に 脛(はぎ(=すね))ヲ吹きまくる 月涼し涼しげな月の光の中、海辺の風が、すねを吹きまくる。
16見るも畏き(かしこき=尊い) 紀伊の御魂屋(みたまや、紀州東照宮)紀伊の東照宮は、実に尊い。おかげで、紀州は過ごしやすいのだ。
17若者の 差し矢(近距離用の矢)ヲ射てをる 花の陰このお社の花の陰、若者がひたすら矢数の矢を射ている。
18蒜(ひる、ニンニク)食らふ香に 遠離(ざか)りけり若者の息が荒くなり、ニンニクの香に、皆遠ざかったのだ。
19春の暮れ 歩き歩き(ありきありき)も 眠るらむ逃げ出したが、歩きながらも眠ってしまうような春の暮れだ。
20紙子の綿の 裾に落ちつつあいつ、歩きながら寝てるよ。紙子の綿が裾にどんどん落ちているよ。
21話しするうちも 再々手を洗ひ話しの内に何度も手を洗う細やかさだが、紙子の綿はいいのかねえ。
22座敷ほどある 蚊屋を釣りけりそれは、あいつの流儀だ。部屋いっぱいの大きな蚊帳をつっているよ。
23木鋏(きばさみ)に 明るうなりし 松の枝でも、見事に剪定ばさみを使うぞ。おかげで松の枝がすきりしたよ。
24秤(はかり、天びん)に懸かる 人々の興大きな天秤ばかりを持っていて、人が乗っておもしろがっているぞ。
25この年になりて 灸(やいと)の跡もなきこの年になって、灸の跡もない元気なやつらだ。
26枕もせずに つい寝入る月よく働いて食べて寝る。月のきれいな夜も、枕なしですぐ寝入る。
27暮れ(日暮れ)ガ過ぎて 障子の陰の うそ(=なんとなく)寒きつい寝たが、日暮れが過ぎ、障子の下は何となく寒くて覚めたよ。
28扱(こ)きたる(しごいた)やうに 萎む萩の葉寒いのか、しごいたように萩の葉が縮んでいる。
29御有様 入道の宮の 儚(はかな)げに縮んだ萩の葉は、仏門に入られた親王の、はかなげな御有り様のようであった。
※源氏物語「女三の宮」か、狭衣物語「女二の宮」か。
30衣(きぬ)ヲ引き被(かぶ)る 人の足音床に打ち臥した女二の宮は、足音が近づいてくるので、衣を引き被った。
※狭衣物語の面影と取った。
31毒なりと 瓜ヲ一切れも 食はぬなり衣を被る病の床。瓜は冷えて体に障るから、一切れも食べないのだ。
32片風(わずかな風?)ガ起(た)ちて 過ぐる夕立かも瓜に夕立。瓜畑に一陣の風が起こり、夕立が通り過ぎる。
※かも瓜は、トウガン。完熟すると、白い粉を吹く。粉は水で流れ、夕立で、まだらになる。「かも瓜に夕立」は、若い女の未熟な化粧をからかう言葉。
33板ヲ剥(へ)ぎて 踏みどころなき 庭の内突風が板をはいで、庭の内は踏みどころもない状態だ。
34羽の抜けたる 黒き唐丸(とうまる=鶤鶏、長鳴き鶏)長鳴き軍鶏、新潟産の唐丸、羽が抜けては威厳がない。
35温々(ぬくぬく)と 日足(日の動き)の知れぬ 花曇羽の抜けた鶏も温々として、気持ちよさそう。日も見えぬ花曇り中。
36見渡すほどは 皆躑躅(つつじ)なり暖かくなり、見渡すかぎり、ツツジが咲き誇っている。

京寺町通二條上ル町井筒屋 / 井筒屋庄兵衛板  



芭蕉七部集「ひさご」(連句)
 
 

 江南[近江国南部、瀬田]の珍碩ガ、我にひさごを送れり。

 これは、是レ水漿[水や液体]を盛り。酒をたしなむ器にもあらず、或は大樽に造りて江湖[大河や湖]を渡れと言へるふくべにも異なり。吾また後の惠子[けいし、恵施とも言う。荘子の書に登場する論理学派の代表者]にして、<ひさごを>用ることを知らず。

 つらつら[うつらうつら]そのほとりに睡り、あやまりて此ノうちに陥る。醒めて見るに、日月陽秋ハ綺羅らかにして、雪のあけぼの闇の郭公も欠けたることなく[日月以後→春夏秋冬を尽くし]、なほ吾ガ知人ども見えたきりて、皆風雅の藻思[そうし、文学・詩文の才]を言へり。知らず、是はいづれのところにして、乾坤[けんこん、天と地]の外なることを。<small>※唐の幽棲詩「壺中天地乾坤外」</small>出でてそのことを云ひて、毎日此ノ内に踊り入る。

  元祿三 六月

越智越人 

21 ひさご「桜かな」の巻 -歌仙-

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花見
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1木の下(このもと)に 汁も膾も 桜<の花びら>かな桜の木の下で、花見をすると、汁もなますも煮付けも、花びらが散り敷いて、実に風流である。
2西日ガ長閑に よき天気なり日も傾き、西日ものどかで、絶好の日和。宴もたけなわである。
3旅人の虱<の食い跡>ヲ掻き行く 春暮れて街道を行く旅人。気持ちよさげにシラミの食いあとを掻いていく、そんな晩春の風情で。
4帯(は)き<付け方>も習はぬ 太刀の蟇肌(ひきはだ、皺革の袋)あの旅人の素性は怪しいな。長刀に付けたひき肌の袋。あの付け方ではいざというとき役立たないぞ。
※蟇肌‥‥蛙の肌に似た漆塗りの皺皮。刀には、雨の日など、つか袋・さや袋を付けた。
5月ヲ待ちて 仮の内裏の 司召(つかさめし、秋の任官人事)身だしなみもそこそこに急ぐのは、月の出を待ち、都を移された天皇が、仮の内裏で任官の公事をなされるからだ。
6籾臼(もみうす、脱穀臼)ヲ造る 杣が早業都の人の、のろいこと。仮の内裏がある、このあたりの山人には、脱穀臼など、あっという間に作る早業があるぞ。
7鞍置ける 三歳駒に 秋の来て鞍が置けるようになった三歳馬に秋が来て、木材を運ぶ初仕事を待っている。
8名は様々に 降り替はる雨思い起こせば、一雨毎に変わる雨の名。一雨毎に大きくなりました。
9入込(いりこみ=混浴)に 諏訪の出で湯の夕まぐれ雨の日の男女混浴。つい長逗留した下諏訪温泉の夕間暮れ。
10中にも(=でも) 背(せい)の高き山伏湯仲間の戸隠修験者の中、背の高い山伏がいた。
11言ふことを 唯一方へ落とし(一方的にしめくくり)けりその山伏は、さまざま議論しても、一方的に締めくくっていたな。
12細き筋より(ちょっとしたわけから) 恋ガ募りつつそんな人ではあるが、そこは女心。ささいなことがきっかけで、恋が募ってきた。
13物思ふ身に もの食へと 責付かれ(せきたてられ)て悩む身なのに、食えば治ると、せき立てられて。
14月見る顔の 袖ガ重き露月に顔を向けても、袖が涙の露で重い。
15秋風の 船を怖がる 波の音既に秋風。波音も高く、船は恐くて乗れないのだ。
16雁ガ行く方(かた)や 白子若松冬間近。雁行く方は、白子か若松。
17千部読む(千遍読経の行事) 花の盛りの 一身田(いしんでん)白子近くは、花盛り。千遍読経真宗高田の一身田。
18巡礼ガ死ぬる(行き倒れ) 道の陽炎信心の道の本望か。行き倒れの巡礼がいる道に陽炎。
19何よりも 蝶の現(うつつ、現存)ぞ あはれなる夢でなく、倒れた蝶のうつつが、哀れだなあ。
20文書くほどの 力さへなき哀しみで、手紙を書くほどの、気力もない。
21羅(うすもの)に 日を厭はるる 御貌(おんかたち、美しい姿)日差しをいとい、薄ぎぬでお顔を隠す仕草の美しさ。
22熊野見たきと 泣き給ひけり何としても熊野権現を見たいと、お嘆きになられたのだ。
23手束弓(たづかゆみ、手に持つ弓…枕詞) 紀の関守が 頑な(かたくな)に和泉から紀州に入る雄山の関。関守が頑として許してくれぬ。
24酒で禿げたる 頭なるらむ関守は、きっと酒で禿た頭だろう。
25双六(博打)の目を 覗くまで 暮れかかりいや、博打で神経すり減らしたのだ。今日も暮れかかって、双六の目を覗くまでやっていた。
26仮の持仏に 向かふ念仏一方、博打の宿の片隅で、自前の持仏に向かって念仏する者がいる。
27中々に(かえって、むしろ) 土間に座れば 蚤もなし畳の上は大変。むしろ土間に座れば、ノミもいなくて快適だ。
28我が名は里の 嬲(なぶ)り者なりまあおれは、里に帰れば、馬鹿にされるけど。
29憎まれていらぬ 踊りの肝を煎り(世話を焼き)のけ者にされて、挽回しようと、踊りの世話を焼き。
30月夜月夜に 明け渡る月十三夜から十六夜まで、夜が明けるまで頑張ったぞ。
31花薄(はなすすき) あまりニ招けば 末枯(うらが)れて尾花のお辞儀もほどほどに。頭を下げるうちに枯れてしまうぞ。
32唯四方(よほう)なる(簡素な方形なだけの)草庵の 露そうだ。控えめで、ただ簡素な方丈の庵は、露に濡れるしな。
33一貫の銭ハ難(むつか)し(うっとうしい)と 返しけり

「銭一貫?千文程度で恩に着せられるのは、不本意だ」と庵の主は、突っ返した。

34医者の薬は 飲まぬ分別この男。「医者は薬を研究しているわけではないし、自分では飲んでいない。だから、医者の薬は飲まない」と結論付けた。
35花咲けば 吉野辺りを 駆け回りこの人は気分次第。花が咲けば、吉野辺りを駆け回る。
36虻に刺さる 春の山ノ中虻に食われても、へっちゃらな春の山中。
翁  十二 / 珍碩 十二 / 曲水 十二

22 ひさご「春の草」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1色々の 名も難(むつか)しや 春の草一斉に咲いた春の花。それぞれに名があり、それを覚えて言い当てるのは実に難しいことである。
2打たれて 蝶の夢は 覚めぬる春の草花に酔いしれて眠る蝶は、打たれて始めて目が覚めるものだ。
3蝙蝠の 長閑に面(つら)を 差し出してコウモリがぶら下がり、のんびりとした顔を腕の間から出して。
4駕篭の通らぬ峠ヲ 越えたりコウモリはのんびり眺めているが、やっと駕篭の通らないような険しい峠を越えたぞ。
5紫蘇の実を 叺(かます、むしろ袋)に入るる 夕まぐれ里に出ると、薄暗い夕方になった。農夫たちは、その日収穫したシソの実を、むしろ袋に詰めている。
6親子デ並びて 月に(月を見ながら)物食ふ(夕餉する)よく働いた。親子並んで月を見ながら夕食を食う。
7秋の色 宮も覗かせ給ひけりこれは、実に秋らしい光景と、宮様もそのありさまをご覧になられた。
8擽(こそぐ)られては 笑ふ面影宮の牛車の中、連れられた姫君は、こそぐられて、時折笑うような表情をなさった。
9移り香の 羽織を 首に引き巻きて朝、男は、移り香のある羽織を首に巻いて、にやつきながら帰って行く。
10小六(小唄小六節)ヲ歌ひし 市カラの帰るさ(帰るとき)街からの帰り道、小六節を歌いながら歩いてきた。
※小六節‥‥赤坂に住む美男の馬子。この小六がはやらせた小唄、あるいは小六を歌った小唄のこと。
11鮠釣りの 小さく見ゆる 川の端土手を歩いて、見ると、向こうの川端に、ハエを釣る人が小さく見える。
12念仏ヲ申して 拝む瑞垣ありがたそうな瑞垣があるので、念仏を申し上げて拝む。
13拵(こしら)へし 薬も売れず 年の暮れ年の暮れだというのに、精を出して作った薬も、さっぱり売れない。心を込めて祈ろう。
14庄野の里(東海道鈴鹿の宿)の 犬に威(おど)されさんざんだ。東海道鈴鹿の庄野宿では、吠える犬に追いかけられたし。
15旅姿 稚(おさな)き人の 乳母連れて犬に追われているのは、乳母を連れている旅姿の幼子だ。
16花は?赤いよ。月は?朧夜。(問答)乳母が「花は?」と聞くと子供は「赤いよ」、「月は?」と聞くと「朧夜」と答えている。可愛いいなあ。
17潮の差す 縁の下まで 和日(うらら、麗ら)なり二人は海辺の別宅。潮が差す縁の下まで、うららかだなあ。
18生き鯛ガ上がる 浦の春かな春の漁港には、生き鯛が上がる。
19この村の広きに(広いのに) 医者のなかりけり鯛のおかげで、皆健康。広い村にも医者いらず。
20算盤置けば もの知りと言ふ学のない村だ。算盤で計算してみせると、もの知りと驚いている。
21変はらざる世を 退屈もせずに過ぎ平穏な時代だなあ。算盤のおかげで、退屈もせず過ごせた。
22また泣き出だす 酒の醒め際人生不足はないと言いながら、また泣きだしている酒の覚め際。
23眺めやる 秋の夕べぞ だだ(むやみに)広(びろ)き眺め渡す秋の夕方。景色は無闇に広いように感じて、泣けるのだ。
24蕎麦ガ真っ白に 山の胴中(中程)見渡せば、山の中程は、ソバの花が真っ白に咲いている。
25饂飩ヲ打つ 里の外れの 月の影月影に見える里の外れ家。そこから聞こえるのは、ソバでなくうどんを打つ音だ。
26李(すもも)持つ子の 皆裸虫(はだかむし、衣服のない貧者)うどんとは何たる贅沢。それに引き替え、うちの子は、山で取ってきたスモモをかじる裸ん坊だ。
27珍しや 繭ヲ煮るなりと 立ち止まり旅の途中、「あれ、珍しい。この臭いは繭を煮ているのだ」と、立ち止まり。
28文殊の知恵も 槃特(はんどく)が愚痴(愚かなこと)文殊の知恵と言うが、知者は知らず。本来の知恵は、愚かな槃特と変わらない。
※「槃特の愚痴も文殊の知恵」を反転。悟りを開けば同じことを言う。
29熟(な)れ加減 またとは出来じ 醤味噌(ひしおみそ、なめ味噌)おおこの熟成加減。このひしおは、またとはできないだろう。理屈ではない長年の勘と経験の成果だ。
30何ともせぬに 落つる釣り棚長年の勘と経験をもとに作ったつり棚だが、何もしないのに落ちてきた。
31忍ぶ夜の 可笑しうなりて 笑ひ出す足音を忍ばせ夜這うとき、いきなり棚が落ちてばれたが、女は可笑しくなって笑い出した。
32逢ふより(すぐに) 顔を見ぬ別れして逢った朝、懲りて顔を見ぬようにして帰ったよ。
33汗の香を抱へて(香を含み持つ) 衣(きぬ)をとり残し汗の香が残る衣を取り残し、あのお方はお帰りになってしまった。
※枕草子「あせの香すこしかゝへたるきぬのうすきを引かづきて」
34頻りに雨は 打ち明けて(引っ繰り返してぶちまけて)降る雨夜の品定めのつもりであったが、雨がぶちまけ降り、互いの声も聞こえずあきらめた。
35花盛り また百人の膳立て(膳並べ)に花盛り、料理百人の膳を並べ終わったのだが。また雨で無駄になる。
36春は旅とも 思はざる旅(昔の旅は難儀)古来、旅は憂いものつらいものと言うが、この春の旅は旅と思えぬよい気分。

23 ひさご「卯月哉」の巻 -歌仙-

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城下
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1鉄砲の 遠音に曇る 卯月かな大津のお城で鉄砲の訓練。遠くで響く音も曇るような4月になった。
2砂の小麦の <畑地は>痩てはらはら(疎ら)湖の近くの畑地は砂地で、小麦がやせてまばらである。
3西風に ますほの<赤い>小貝ヲ 拾はせて種の浜では、ますほの赤い小貝を拾わせて。
※「しほそむるますをの小貝ひろふとて色の浜とはいふにやあるらむ」(山家集)
4生ぬる(なまぬる、微温湯)ヲ一つ 貰ひかねたり食えもしない貝を拾う仕事。言いかねてぬるい白湯さへ、貰い損ねた。
5碁諍(いさか)ひ 二人白ける(しらける、間が悪い)。有明に←夜明けまで、白湯さえ飲まず碁でけんか。有明の月で熱が冷め。
6秋の夜番の 物申(ものもう、夜警の声かけ)の声争う声がして、秋の夜警がこれこれと声を掛ける。
7女郎花 心細気に おけはれ(うなされ)て不寝番の声に、女郎のお花は、心細げにうなされて。
8目の中重く 見遣りがち(見つめがち)なるそのまなざしは重く、見つめるばかりである。
9今日もまた 川原話(芝居話)を よく覚え今日もまた、無聊の慰めに芝居話を聞き、覚えてしまった。
10顔の可笑しきハ 生れつきなり話を面白いと聞いてくれるが、顔が可笑しいのは生まれつきだぞ。
11馬に召す(お乗りになる)神主殿を 羨(うらや)みて出自の違いかと、馬に乗られる神主殿を、うらやましがって。
12一里ガ挙(こぞ)り 山の下(草)刈り馬には乗れぬ里人は、こぞって山の下草刈りだ。
13見知られて <修行の>岩屋に足も留(と)められず「私を知っている村人たちが来る。ここを知られては修行が台無しだ。もはや岩屋に留まれない」と、ひとまず退散。
14夫れ(そもそも)、世は涙。雨と時雨とそもそも修行は涙。時には雨と降り、時には時雨のように袖が濡れる。
※大普賢岳笙の岩屋に籠もった日蔵上人の歌「寂寞のこけの岩戸のしづけきに涙の雨のふらぬ日ぞなき」
※行尊大僧上の歌「草の庵なほ露けしと思いけむもらぬ岩屋も袖はぬれけり」
15雪舟(そり、橇)に乗る 越(越の国、北国街道一帯)の遊女の 寒さうにそりに乗っていく。北陸道の遊女が寒そうにして。
16壱歩に繋(つな)ぐ 丁百の銭(百文)北陸は丁百の相場だが、たまれば一歩につながるお宝だ。
※江戸は、当時96枚で百文の価値となった。丁百は100枚で不利。
一両は4分。1分は1000文。
17月花に 庄屋を寄つて(寄ってたかって、皆で) 高ぶらせ月だ花だとよい時候に、寄ってたかって庄屋をおだて、その気にさせて楽しんだ。
18煮しめの塩の 辛き早蕨(さわらび)庄屋は塩までおごったから、さわらびの煮しめの塩辛いこと。
19来る春に付けても 都を忘られず田舎の料理は塩辛い。来る春に付け、都が恋しく思われる。いつ御赦免があるのか。
20半気違ひの 坊主ガ泣き出す都を思い、平常心を失った坊主が泣き出した。
21飲みに行く 居酒(いざけ)の荒れの ひと騒ぎ坊主がよく飲みに行く居酒屋。そこで荒れた一騒ぎのことだな。
22古き博打の 残る鎌倉古都鎌倉には、古い博打も残っている。それがきっかけの騒ぎか。
23時々(まれに)は 百姓までも 烏帽子にて古都では、まれだが、お百姓も烏帽子姿になる。
24配所(配流の地)を見舞ふ 供御(くご、貴人の食料)の蛤その烏帽子、配流された貴人のお食事を捧げる際の姿だな。
25黄昏(たそがれ)は 船幽霊の泣くやらむ黄昏時には、船幽霊が定めし泣いていることだろうよ。
26連れ(仲間)も力(ちから、助っ人)も 皆座頭なり見えないから恐くない。仲間も後ろ盾も皆座頭だ。
27空風(からかぜ)の 大岡寺(たいこうじ)縄手()ヲ 吹き通し仲間と街道を行くと、空風が、大岡寺縄手を吹き通した。
※縄手‥‥縄のようにまっすぐな一本道。畷とも。
※大岡寺縄手‥関宿近くの鈴鹿川左岸にある盛り土道、東海道一の長さ。
28虫(腹の虫)の強る(こわる、腹痛)に 用ヲ叶へたき(便所へ行きたい)腹の虫か下腹が張り、出そうだが、見通しのよい道だ。南無三。
29糊ガ剛き夜着に 小さき御座ヲ敷てそんなときは、糊のきいた寝間着で、小さいござに寝るとよい。
30夕辺の月に 菜飯ヲ嗅ぎ出す横になって夕べの月を見ると、菜飯の臭いがする。
31看経(かんきん、読経)の咳に紛るる 咳気声(がいきごえ、風邪声)風邪引きの声での読経、菜飯の臭いで咳が出る。
32四十<歳>は 老いの美しき際風邪声はいただけないが、四十歳は初めの老いと言い、人生の最も美しい時期だ。
※「我、今は初めの老いも四とせ過ぎて(44歳)」(芭蕉「臍の緒」句詞書)
33髪くせに 枕の跡を 寝直して初老の美に、枕の跡が付いた髪くせはよろしくないと、向きを変え寝直して。
34醉を細めに <障子を>開けて吹かるる酔いをさまそうと、寝ながら障子を細めに開けて風を入れた。
35杉村(杉の群れ立ち)の花は 若葉に雨気(あまけ、雨模様)づき群れ立ちの杉に花が一本、若葉も萌えて雨の到来を告げている。
36田の片隅に 苗の取り(最後の苗)挿し雨も降った。田の片隅に残り苗を挿して、田植えは終わり。

24 ひさご「亀の甲」の巻 -歌仙-

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※無季の発句の意。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1亀の甲(亀、鼈)ハ 煮らるるときは 鳴きもせずカメは、煮られるときは、鳴きもしないものである。
※成美説「乙州一時憤懣のことありて、たまたま作れる処か」
2唯牛糞に 風の吹く音仇討ちに役立つ牛糞、今はただ静かにし、風の音を聞くのみ。
※牛糞‥‥猿蟹合戦で、栗・蜂・臼とともに、蟹の恨みを晴らす。攻撃力はないが、猿を滑らせ、臼に止めを刺させている。また、牛糞のみ無季であり、一年を通して力を発揮できる。しかし、明治の教科書では教育的配慮から、有季の昆布にその地位を奪われてしまった。
3百姓の 木綿ヲ仕舞へ(綿花の収穫)ば 冬の来て農民が綿花の収穫を終われば、間もなく冬が来て。
※第三で季を晩秋に定めた。
4小歌ヲ揃ふる 唐臼(からうす、杵に支点ある足踏み臼)の縄(掴み縄)今日は皆で脱穀作業。小歌を揃え、縄につかまって、唐臼の柄を踏んでいる。
5独りデ寝て 奥の間広き 旅の月小歌を聞きながら、独り寝る旅の宿。月が奥の間にも差し、より広く感じられる。
6蟷螂(とうろう)ガ落ちて 消ゆる行灯カマキリが芯に落ちたか、行灯が消えて、後は月明かりだけ。
7秋萩の 御前(ごぜん、貴人・主君の面前)に近き 坊主衆火が消えたが、秋萩をご覧じる殿の御前には、近習の坊主衆が控えているから任せおいた。
8風炉の加減の 閑かなりけり坊主衆の主な仕事は、茶の湯のお世話。風炉の火加減も最適で、茶釜の音が心地よく、閑かさが漂う。
9鴬の 寒き声にて 鳴き出だし茶室にウグイスの初鳴きが聞こえた。まだ慣れぬのか、寒さをこらえるような鳴き方だ。
10雪のやうなる 梭子魚(かますご=イカナゴ、コウナゴ)の塵(ちり、細かいものの見立て)ウグイスの鳴き出す頃、雪のように白いイカナゴ(関西ではカマスゴ)の子魚が獲れる。
11初花に 雛の巻樽(縄巻きの酒樽、初節句の進物) 据え並べ今日は娘の初節句。イカナゴの釘煮、ちりめん山椒、だし巻き、かき揚げとできあがった。頂戴した縄巻きの酒樽も据え並べ、準備は万端調ったぞ。
12心の底に 恋ぞありける進物をしたのは、心の底に恋があったからだ。
※「恋御歌とて/うきをうしといはぬよりまづ先立ちて心の底を知る涙かな」(朔平門院、玉葉集)
※「世の中に恋といふ色はなけれどもふかく身にしむものにぞありける」(和泉式部、後拾遺集)
13御簾の(内からの)香に 吹き損なひし 笛の役御簾の中の薫香が、和琴を弾く袖に吹き漂い、笛を吹く直衣姿の若者の息を、お乱しになられたのでございます。
※「源氏物語・若菜」のおもかげ。
14寝言に起きて 聞かば鶏(とり)ガ鳴く肝心なときの失態と、自分の寝言に起きて、外の音を聞けば、そのとき鶏が鳴く。
15銭入れの 巾着下げて 月(月見)に行く気を取り直し、銭入れ巾着を提げて月見に出かけた。
16まだ上京も見ゆる やや寒集金の巾着提げて、下京は終えた。まだ、上京の客もまわる予定のやや寒の宵だ。 ※「見ゆる」は、「まみゆる」の意。
17蓋(椀のふた)に盛る 鳥羽の町屋の 今年米今年の米は貴重品。鳥羽の町屋では、椀の蓋での量り売り。
18雀を荷なう 篭のぢぢめき(じじめき=鳴き騒ぎ)鳥羽と言うから鳥を売ろう。雀をになう篭、鳴き騒ぐ。
19薄曇る 日はどんみり(=どんより)と 霜折れ(雲で霜降りがないこと、霜降後の日和崩れ)て行商の道は、どんよりと薄曇り。霜も降りずに、日も差さず。
20鉢(はち、托鉢・施物乞い)ヲ言ひ習ふ 声の出かぬる曇る朝、托鉢の習ったばかりの物乞い文句、声は出かねて、身も入らず。
21染めて憂き 木綿袷(あわせ)の 鼠色(僧の衣色)衣装は、念願の墨染めだが、尼僧は木綿の袷でねずみ色。趣味に合わずに憂鬱だ。
22選り余されて 寒き曙着物にこだわり、選び残された。独り留守番、曙が寒い。
23暗がりに 薬缶の下を 燃やし付け(焚き付け)曙の暗がりの中、まず薬缶の下を焚き付けて、朝食の準備だ。
24伝馬を呼ばる 我が回り口(和讃の読経)ガ朝の和讃、勤行の回り口をしていたが、なぜか伝馬が来てしまった。
※回り口‥‥真宗大谷派の用語。長いので、毎日順次読み進めていく事。
25熱(いき)りたる 槍一筋(ひとすじ、一本)に 挟み箱「伝馬など無用じゃ」と激しく怒って、伝来の槍一筋に挟み箱。奴に持たせ、忠義の道を駆け出した。
26水汲み換ふる 鯉店(こいだな、鯉を売る魚屋)の秋鯉屋の鯉が飛び出した。水のせいかと、大慌てで汲み換えている。
27さはさは(=さらさら)と 切篭(きりこ、盆の切り篭灯篭)の紙手(しで=幣、垂らし物)に 風ガ吹きて外は騒々しいが、仏間では、盆の切り灯籠に垂らしたしでに、さらさらと風が吹いている。
28奉加の序(寄進募りの序文)にも 「仄(ほの)かなる月」トアル寄進を募る「奉加の序文」にも「仄かなる月」とあって、風流なことだ。
29食ひ物に 味の付く(病後の味覚回復)こそ 嬉しけれ寄進をしたお蔭か、病も癒えつつあり、味の付いた食事を頂けるようになった。ありがたいことじゃ。
30煤ヲ掃くうちは 次に(次の間に)居替はる(控え移る)動けるようになり、掃除をするうち、次の間に控え移れるようになった。
31目を濡らす 禿(かぶろ、廓の少女)の嘘に 取り上げ(受け入れ)て遊郭で、目を水で濡らす見習い少女の嘘泣き。よしよしと聞き入れて部屋を移った。
32恋には堅き 最上(もがみ、出羽)ノ侍堅物の最上侍、仮初めの恋の誘いに、なかなか乗らない。
33手短かに 手拭ヲ捻(ねじ)て 腰に下げ男は、帰るぞと、素早く手拭いをねじって、腰にさげた。
34縄を集むる 寺の上葺き(うわぶき、萱屋根補修の挿し茅)寺の茅葺き屋根が痩せて、挿し茅をする縄を集めた。
35花のころ 昼の日待ち(太陽信仰、会食)に 節御(せちご、=節小袖、晴着)ヲ着て花のころに工事が終わった。日の出を待つ「日待ち」がなぜか昼にあったが、節句小袖の晴着を着て出かけた。
36ささら(割竹の楽器)に狂ふ 獅子<獅子舞>の春風竹を割った楽器のささらに、舞い狂う獅子。春風がそよぐ。

25 ひさご「角大師」の巻 -歌仙-

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田野
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1畦道や 苗代時の角大師(つのだいし、鬼形の絵、虫除け)

角大師

苗代時の畦道、角大師のお札が飾られて、壮観である。

 

※天台座主元三大師(がんざんだいし)良源が、鬼に化し疫病神を追い払った像。

魔除けの護符、稲を鳥獣や虫から守るよう祈る。

2明くれば霞む 野鼠の顔明日の朝、これを見る野ねずみども、顔色を失うことであろう。
3觜太(はしぶと、烏)の わやく(無闇に)に鳴きし 春の空ハシブトガラスが、無闇に鳴いた。春の空で。
※体言止の第三は希有。
4構へガをかしき(惹かれる)門口の 文字構えが風流で、心ひかれる門に文字が書かれている。
5月影に 利休<好みの>の家を 鼻に懸け門口の文字は、月影が覗く利休好みでこしらえた家を鼻に掛けるような書きぶりで、無粋だ。
※利休好み‥‥閉ざされた狭い空間、平面の縮小と、装飾のない簡明な空間を好んだ。織部好み、遠州好みと対比。
6度々芋を 貰はるるなりその主、実は俗物。ときどき近隣から好物の里芋をもらっておられる。
7虫は皆 つづれつづれ(綴れ、コオロギ)と 鳴くやらむそんなけちな家の虫は、コオロギだけでなく、皆ツヅレツヅレと鳴くだろう。
8<残った>片足ト片足の 木履(ぼくり、下駄)ヲ尋ぬる(訊き調べる)いや、けちじゃなくきちんとしないと気が済まないだけで、客が帰った後、片足ずつ残った下駄を提げて、訪ね歩いていたよ。
9誓文(誓いの文書)を 百も立てたる別れ路(わかれじ、別れ際)に女郎屋に残ったその片足は、誓文を百枚も書いて許され、飛ぶように出て行ったあの間抜け面のものだな。
10涙ぐみけり 供の侍女との悲しい別れ、お伴の侍まで涙ぐんでいた。
11須磨はまた 物不自由なる 台所(財政事情)須磨へ移られるのか。近ごろはさびれて人かずも少ない。台所をまかなうにも、物は不自由と聞くが。
※源氏物語・須磨のおもかげ。
12狐の恐る 弓ヲ借りに遣るその里は、狐が出て、わずかな食い物も奪う。そうだ、狐が怖がる弓を借りに行かせよう。
13月氷る 師走の空の銀河(あまのがわ)狐が出るのは、月がしらじらと凍る師走の空に、天の川が見えるころだ。
14無理に据えたる 膳も進まず寒くて凍えそうだ。夜遅く無理を言って用意させた膳も、箸が進まない。
15要(い)らぬとて 大脇指も打ち呉(く)れて飯代に、最早不要と、大脇差しもくれてやって。
16独りある子も 矮鶏(ちゃぼ)に替えける(奉公、身売り)一人いた子も奉公に出し、その金でチャボを買い、生活のたずきとした。
※矮鶏‥‥江戸時代、チャンパ国の小型品種を改良。性は穏やか。雛を孵す能力に優れ、当時の農村の貴重なタンパク源となった。
17江戸酒を 花ガ咲く度に 恋しがり江戸から離れ、花が咲く度に江戸酒を恋しがる。
※江戸酒‥‥殆どが京阪からの「下り物」で、清酒。伊丹・池田・伏見・灘などから、海路を運ばれるうちに、杉樽の香が移り、芳醇になったという。江戸当地の酒は濁り酒で、下り物でないことから、「下らない」と言われた。
18間の山(あいのやま、俗謡)ヲ弾く(三味線) 春の入逢(いりあい、入相、夕暮れ)寂しさに、三味線で「間の山」を弾く。「花は散りても春咲きて、鳥は古巣に帰れども、行きて帰らぬ死出の道。夕あしたの鐘の声、寂滅為楽と響けども、聞きて驚く人もなし」、この歌どおりの春の夕暮れだ。
※間の山‥‥神宮の内宮外宮間にある尾部坂辺りのこと。この歌を歌ったお杉お玉碑が残る。
19雲雀鳴く 里は厩糞(まやこえ)ヲ 掻き散らし[堆肥作り]間の山では、雲雀が高くさえずり、里では牛馬の糞を掻き散らして堆肥を作っている。
20火を吹ひている 禅門(剃髪の在家、入道)の祖父(じじ、爺)[かまど炊き]町では、頭を剃った在家坊主のじいさんが、かまどの火を吹いている。
21本堂はまだ荒壁の 柱組み坊さんの本堂は建築中。まだあら壁で、柱組が見えている。
22羅綾(らりょう、高雅な服)の袂ヲ 絞り給ひぬ夫の菩提寺建設が進まず、高雅な服、涙で濡れた羅綾の袂を、お絞りになられました。
※羅綾‥‥うすぎぬとあや織。
23歯を痛む人の姿を 絵に描(か)きて歯が痛いと涙を流す人の姿が美しいと、絵に描いて。
24薄雪デ撓む すすきハ痩せたりそのたよりげない様子は、薄雪でたわむやせたススキのようです。
25藤垣(藤蔓組み)の窓に 紙燭(しそく、移動用の灯)を挟み置き薄雪の様子を、竹の格子を藤蔓で結った窓に、紙燭を挟んでおいて、眺めた。
26口上ガ果てぬ 往に様(いにざま、帰り際)の時宜(じぎ、あいさつ、辞儀)紙燭の下、帰り際の挨拶が、長々と続いている。
27尊げに 小判ヲ数ふる 革袴[上級武士]客が帰ると、革袴の家老は端座し、尊げに小判を数えている。
28秋入り初むる[収穫開始] 肥後の熊本既に年貢を換金した家老。肥後の熊本は、どこよりも早く秋の収穫が始まるのだ。
29幾日路(いくかじ)も 苫(とま、むしろ、雨よけ)<の下>で月ヲ見る 役者船秋の興行に出向く幾日もかかる旅路。役者舟では、雨よけの苫のすき間から月を見るのだ。
30素布子(すぬのこ、みすぼらしい綿の綿入れ)一つデ 夜寒なりけり旅の宿、みすぼらしい綿入れ一つで、夜寒がこたえる。
31沢山(たくさん)に 励め励めと 叱られて(叱咤されて)綿入れ一つで頑張っているのに、偉そうに「もっと精を出せ」と叱咤されて。
32呼び歩けども 猫は帰らず叱られて探しに来たが、名を呼び歩いても、猫は帰らない。
33子規 御小人(おこびと、小者、雑役の下級武士)町の 雨上がり歩いて気付けば、雑用武士の住む町か。雨が上がり、ホトトギスが鳴いた。
34八入(やしお)の楓(春赤く、夏緑になる) 木の芽萌え立つ下町では、八入の楓の赤い芽が萌え立ってきたな。
35散る花に 雪踏[尻鉄(しりがね)の付いた竹革草履]ヲ引き摺る音ありて散る花に、尻鉄草履を引きずる音が、チャラチャラと。
36北野の馬場に 燃ゆる陽炎(かげろう)北野の馬場に、陽炎が燃え立っている。
寺町二條上ル町 / 井筒屋庄兵衛板 


芭蕉七部集「猿蓑」(連句)
 
 

   晋其角序

 誹諧の集つくる事、古今にわたりて此ノ道のおもて[面目]ヲ起こすべき時なれや。

 幻術の第一として、その句に魂[句に姿情花実そなはりて言外の余意あるをいふ也(逆志抄)]の入らざれば、夢に夢見るに似たるべし。

 久しく世に留まり、長く人に移りて、不変の変[不易にして流行すること]を知らしむ。五徳[五つの徳目。仁義礼智信(逆志抄)、温良恭倹譲(論語)、智信仁勇厳(孫子)など。]は言ふに及ばず、心を凝らすべきたしなみなり。

 彼ノ西行上人の、骨にて人を作りたてて[骨にて人を造る事(撰十抄、第五)]、声は割れたる笛を吹くやうになん侍ると申されける。人には成りて侍れども、五つの声の分かれざるは、反魂の法のおろそかに侍るにや。されば魂の入りたらば、アイウエオよく響きて、いかならん吟声も出でぬべし。ただ誹諧に魂の入りたらむにこそとて、我が翁ガ行脚のころ、<津から>伊賀ヘ越しける山中[伊賀越‥‥東海道・伊勢街道から伊賀へ越える山中。新大仏寺の東]にて、猿に小蓑を着せて、誹諧の神を入れたまひければ、たちまち断腸の思ひを叫びけむ、あたに[「あだ」とも。甚だしく]懼るべき幻術なり。これを元として此の集を作りたて、猿蓑とは名付け申されける。是が序もその心を取り、魂を合はせて、去来ヤ凡兆の欲しげなるに任せて書く。

  元祿4年辛未ノ歳、五月下弦[下弦は末の7日]

雲 竹 書 [京都の書家。芭蕉書道の師。北向(きたむき)氏。]

[笈の小文の旅後、芭蕉は雲竹に、孝女お伊麻の話をする。→笈の小文/奈良/伊麻・孝女於伊麻乃伝]

27 猿蓑「鳶の羽」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1鳶の羽も 掻い繕ひ(整え)ぬ。初時雨ガ猿だけでなく、鳶の羽も、初時雨がきちんと整え、凜としている。
2一吹き風の <舞い上がった>木の葉ガ鎮(しず)まる風の一吹きで、木の葉が舞い、今は鳶の羽と同じく鎮まっている。
3股引(木綿の仕事履き)の朝から濡るる。川ヲ越えて朝から股引が濡れた。増水した川を越えて。
4狸を威す 篠張(しのはり、篠竹)の弓川を越えて畑に行く。生えたままの篠で、狸をおどす弓を仕掛ける。
5舞良戸(まいらど、横桟付き板戸)に蔦ガ這ひ懸かる 宵の月

舞羅戸

狸は見た。畑近くの「板を張ったまいら戸にツタが這い掛かるあばら家」を、宵の月の光で。

舞良戸 = 

6人にも呉れず 名物の梨あばら家の主は渋ちん。畑に評判の梨が実るが、誰にもやらない。
7書き殴る墨絵ガをかしく(惹かれる) 秋ハ暮れてけち兵衛だが、晩秋の暇に、彼が書き殴る墨絵は、なかなかのものだ。
8履き心よき 莫大小(めりやす、伸縮する)の足袋絵の達人は、新し物好き。「伸縮するメリヤスの足袋は、実に履き心地がいい」と。
※延宝8年(1680)談林派自悦の「洛陽集」に「唐人の古里寒くめりやすの足袋(眠松)」。徳川光圀(1700没)の遺品に7足ある。長崎産か。
9何事も 無言の内は 静かなり莫大小の感触を味わう風流人。「何事も無言のうちは静かなり」と言うがごとし。
10里ガ見え初めて 午の貝(正午の法螺貝)ヲ吹く満行の朝、山を下りる。里が見え始めて正午になり、ホラ貝を吹く。聞く人がいて生きる音だ。
11解(ほつ)れたる 去年(こぞ)の寝茣蓙(ねござ)のしたたるく(垢でべとつく)久しぶりに帰り寝転ぶ行者。去年のほつれた寝ござは、土になろうとしている。
12芙蓉の花(蓮)の はらはらと散る眠れぬので、庭を見ると、池面に茎を伸ばした蓮の花が、はらはらと散る。
※この芙蓉は蓮の異名。夏季。/アオイ科の落葉低木である木芙蓉・木槿は、秋季。花は、午後にしぼみ、翌朝丸ごと落ちる。
13吸物は 先ず出来(でか)されし 水前寺(すいぜんじ、川海苔をいう)池を眺めつつ頂戴する膳。吸い物の蓋を取れば、よい香り。水前寺の川海苔じゃな。これはこれは、実にお見事。
14三里余りの 道ヲ抱へ[控え]ける結構ですなあ。でも、頂きますれば、直においとま。帰りは3里あまりの道でしてな。
15この春も 盧同(唐の茶人)が男(下男)ハ 居成り(年季明けの再奉公、重年)にて三里の道を行き戻るのは、高名な盧同とも言うべき有能な使用人。ただ、盧同は人に仕えなかったが、うちの盧同はこの春の年季明け後も再奉公で戻ってくる。
※盧同‥‥唐の茶人・詩人。茶経の著者。盧仝。/※年季の出代わりは、3月5日。
16挿し木ガ付きたる 月の朧夜再奉公後、月の朧夜に、挿し木が付いたのを見届けた。自分も居着いたわけだが。
17苔ながら(苔の付いたまま) 花に並ぶる 手水鉢花の近くには、苔が付いたままの侘びた手水鉢が置いてある。
18ひとり(ひとりでに)直りし 今朝の腹立ち工夫をした庭を見ていると、今朝の腹立ちもひとりでに収まった。
19一時(いちどき)に 二日の物(二日分のもの)も食ふて置き今度腹が立ったら、家出をするだろうから、一時に二日分食って置く。
20雪気(ゆきけ、雪もよい)に寒き 島の北風十分に食った。雪もよいの寒空で、島では北風が吹いているが、降る前の今こそ漁の好機。
21火ヲ点(とも)しに 暮るれば登る 峰の寺今日は雪もよいで出漁はなかろうが、僧はいつも夕暮れに、目印となる灯りをともすため、峰の寺に登る。
22ほとゝぎすハ皆、鳴き仕舞ひたり寺の山では、ホトトギスの鳴く季節は終わってしまった。
23痩せ骨の まだ起き直る力なき季節は移り、病は癒えたが、やせたまま骨が立っていて、まだ起きる力はない。
24隣を借りて 車(くるま、牛車)ヲ引きこむ病み上がりの女は、起き上がれないので、門を開けられない。仕方なく隣を借りて、牛車を引き込む。
※「源氏初語、夕顔」に、「御車入るべき門は鎖したりければ」、「この家のかたはら」の「門に入りて」夕顔を「折る」。「尼君(大弐乳母)も起き上がりて」、「『かく渡りおはしますを、 見たまへはべりぬれば』」と、「弱げに泣く」とある。
25憂き(つれない)人を 枳穀垣(きこくがき、トゲのあるカラタチの生け垣)より 潜らせむ旦那様が隣から来るという。お見限りかと思うたが、カラタチの生け垣をくぐらせ、少しは痛い目に遭わせたい。
26今や別れの刀ヲ 差し出す追っ手が入れないよう枳穀垣から、主様を引き入れはしたが、南無三。最早これまでと、刀を差し出した。今生の別れとなるだろう。
27忙(せわ)しげに 櫛で頭(かしら)を 掻き散らし(=ひっかく)「今や離縁だ」と、夫が別れの刀を差しだした。突然の離縁に混乱した女、頭を櫛でひっかきまわすのみだった。
※武士の離縁‥‥「手間状/一ツ、此の度不縁に付キ、手間状を為ス。/刀一腰ヲ相ヒ渡シ候フ上ハ、其方ノ儀ニ付キ、此ノ上ハ何方へ縁付キ候フ共、少も等閑ナルハ御座無ク候フ、以上/○年○月/男の名(花押)/(名の間を刀で斬る)/女の名 殿/参ル」のように、離縁の証拠となる刀を渡し、再婚の保障を与える。
28思ひ切つたる(覚悟のできた) 死に狂ひ(荒れ狂い)ヲ見よ舞台袖で頭を掻き乱した役者、「この覚悟を決めた死に狂いを見よ」と一言、舞台へと去った。
29青天(青空)に 有明月の 朝ぼらけいくさを切り抜けた武将、見れば、朝ぼらけの青空に、有明月が迎えてくれている。
30湖水の秋の 比良の初霜晴天に、比良の初霜。琵琶湖の秋が深まっていく。
31柴の戸や 蕎麦盗まれて 歌を詠む湖畔の柴の戸で質素な暮らし、ソバを盗まれて、歌を詠むことになる。
※古今著聞集に、隣家でソバを盗まれたとき、澄恵僧都が、「ぬす人は長袴をやきたるらんそばを取りてぞ走りさりぬる」と詠んだとある。袴の両脇を持ち上げることを「そばを取る」と言う。
32布子ヲ着習ふ 風の夕暮れ盗まれて心も冷える。晩秋の風の夕暮れに、綿入れを着始めた。
33押し合ひて 寝てはまた立つ 仮枕(=旅寝)綿入れを着た雑魚寝で押し合い、寝ては旅立つ草枕だ。
34たたら<製鉄>の雲(煙)の<ように> まだ赤き空朝のまだ赤い空。たたら製鉄の夜煙のように赤い。
35一構(ひとかまえ、一軒の家) 鞦(しりがい)ヲ作る<部屋の>窓の花馬具のしりがいを作る一軒の家の窓辺に、花がある。
36枇杷の古葉(ふるは)に 木の芽ガ萌えたつ古葉の枇杷に、ふわふわの芽が萌え立つ。

27 猿蓑「市中は」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1市中は 物の匂ひや 夏の月町中はいろいろな物のにおいがある。夏月の夜は。
2熱し熱しと 門々の声熱い熱いと、門かどで言っている。
3二番(2回めの)草取りも果さず 穂に出でて二回目の除草もせぬうちに、稲穂が出て。
4灰ヲうち叩く 潤目(うるめ)<鰯>ヲ一枚(魚を数える助数詞)灰を打ちたたく、うるめイワシ一枚の食事だ。
※灰は火山灰。 火山灰に埋め、熟成させつつ、浸透圧を利用して魚を干し上げる製法。築地でも行われていた。
5この筋<街道筋>は 銀<丁銀貨幣>も見知らず(通用せず) 不自由さよ(困る)うるめ1枚に銀を出したのも悪いが、この街道は、丁銀も通用しないので、困るな。
※銀‥‥地方では貨幣として通用せず、計量が必要であった。
6ただ突拍子(とひょうし、度外れ)に長き 脇差しそこへ、やたらと長い脇差しのやつが出てきた。こけおどしか。
7草群に 蛙ヲ怖がる 夕まぐれ長脇差しは、草むらに蛙を見付けて、怖がっている。そんな夕暮れ。
8蕗の芽(蕗の薹)ヲ採りに 行灯ヲ揺り消す朝まだき、行灯を揺り消して、蕗のとうを採りに出かけたが、若い娘のこととて、蛙に驚いてしまったのだ。
9道心(仏道帰依心)の起こりは 花の蕾む(つぼみになる)ときその娘、仏道に帰依する心が起こったのは、花にたとえれば蕾ができる頃で、感心なことだ。
10能登の七尾の 冬は住み憂き(つらい)仏道の修行に、能登の七尾に来たが、冬は住みづらい。
11魚の骨ヲ しはぶる(しゃぶる)迄の 老いを見て海辺の暮らし。昔は骨ごとばりばり食ったが、今は骨をしゃぶる。老いを実感するときである。
12待人ヲ入れし 小御門(通用門の敬称)の鍵(かぎ)年寄りの門番が、鍵を預かっていて、車を通す小御門から、待ち人を入れたのである。
※源氏物語、末摘花「御くるまいづべき門は、まだ開けざりければ鍵の預かりたづね出でたれば、翁のいといみじきぞ、出で来たる」の面影。
13立ち掛かかり 屏風を倒す 女子(おなご)ども誰が来たのかと、女どもは、屏風に立ち掛かって倒してしまった。
14湯殿は 竹の簀の子 侘しき女どもが逃げ帰ったあとの湯殿は静かで、竹の簀の子が侘びていて趣がある。
15茴香(ういきょう)の実を 吹き落とす 夕嵐夕嵐が、茴香の実を落とし、湯殿の壁にはらはらと当たる。
16僧 稍寒く 寺に帰るか夕嵐の後、晩秋のやや寒の中を僧が歩き出す。寺に帰るのか。
17猿引き(=猿回し)の 猿と世を経る 秋の月寺に帰らず猿回しとなって、猿と共に世を過ごし、感慨深く秋の月を見る。
18年に一斗の 地子(田の賃料)ヲ量るなり猿引きをしながらも田を借りて、年に一斗の借地料を量って払うのだ。
19五六本ノ 生木ヲ漬けたる 水溜まり支払いの米を持って出かけると、5,6本の生木を並べた水溜まりがあった。
20足袋踏み汚す 黒ぼこ(濡れると黒い火山灰土)の道道は黒い火山灰。水溜まりで足袋を汚してしまった。
21追ひ立てて 早き御馬の 刀持ち太刀持ちは、足袋を汚している。主が馬を追い立てて速く走るから仕方ない。
22丁稚が担ふ水ヲ 溢(こぼ)したり馬が駆け抜け、丁稚は担ぐ水をこぼした。
23戸障子も<無く> 莚囲ひの 売り屋敷水をこぼしたのは、戸や障子を外した、むしろ囲いの売り屋敷の前だ。
24てんじやうまもり、いつか色づく売り屋敷の庭の、テンジョウマモリと言う八房唐辛子は、いつの間にか色付いている。戸や障子がないので、名の通り天井を守ろうと上を向いているのだ。
25こそこそと 草鞋(わらじ)を作る 月夜差し(ざし、様子)ひっそりとわらじを編んでいる月夜のひと様
26蚤を振るひに起きし 初秋ノミを振るいに起きた初秋、親はわらじを編んでいた。
27そのままに 転び落ちたる 升落とし(=升のわな)起きてみると、ねずみ取りの升落としは、置いた場所で転んでいた。
28歪みて蓋の 合はぬ半櫃(長持ちの半分の収納箱)そこには、ゆがんだままで蓋が合わぬ半長持ちがある。
29草庵に暫く居ては 打ち破り(放置する)散らかっているのは、草庵を結んだかと思えばすぐ、放置して移り住むからだ。
30命ガ嬉しき 撰集<に入選>の沙汰(=便り)転々としていたが、撰集に入選したという便りがあり、生きる喜びを感じた。
31様々に 品(しな)変はりたる 恋をして入賞は、さまざまな趣の違う恋をして、経験を広めた結果だ。
32浮き世の果ては 皆<小野>小町なりさまざまな恋をしても、この世の果ては、小町のように老いて、悲惨な末期を迎えるのだ。
33何故ぞ 粥ヲすするにも 涙ぐみこの老女、かゆをすするにも涙ぐむのは、何故なのか。
34御留守となれば 広き板敷(台所に接した板の間)板敷きの主、台所をにらんでいた御老女、涙ぐみ出て行かれたか。お留守になると、この板の間は随分広いなあ。
35手の平に 虱を這はする 花の陰身も心も解き放たれる花の陰。シラミを取って、手のひらにはわせている。
36霞ガ動かぬ 昼の眠たさ霞も動かない昼の眠たさ。いいものだ。

28 猿蓑「灰汁桶」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1灰汁桶の 雫ガ止み(灰汁が落ちきり)けり きりぎりす灰汁桶の灰汁が落ちきり、音が止んで、コオロギが鳴き出した。
2油ガ掠りて(=かすれて) 宵寝(=早寝)する秋秋の夜長で、油がなくなるのも早いものだ。買い足すのを忘れ、行灯の油が切れれば、宵のうちに早寝をする。
3新畳 敷き均(なら)したる 月影に名月に間に合うよう新しい畳を敷きならし、月影も映えて。
4並べて嬉し 十の杯(さかずき)さかずきも仲間の数で、十しつらえた。来るまでと並べる愉しさよ。
5千代経べき物(千年伝わるであろう宝物)を様々<並べ> 子の日(初子の祝)して多くある中から、千年伝わるようなよい品を選び出し、子の日の祝いをして。
※千代ふべき‥‥「千代ふべきものをさながら集むとも君がよはひを知らんものかは」(山家集)
※子の日‥‥正月最初の子の日、野外で小松を引いたり若菜を摘んだりし、宴遊を行って長寿を祝う。
6鴬の音(ね)に 太平雪(たびら雪、春の淡雪)ガ降るウグイスの音が聞かれたが、牡丹雪が降っている。
7乗り出して 腕(かいな)に余る(御しかねる) 春の<若>駒雪が止み、若駒に乗ったが、元気がよくて御しかねる。
8摩耶が高根(神戸市)に 雲の懸かかれる遠く眺めれば、摩耶山の高嶺に雲がかかっている。
※旧暦2月初午に、馬を連れて摩耶山上の天上寺で、飼馬の息災を祈願した。
9夕飯に梭子魚子(かますご、イカナゴ)食へば 風薫る夕飯で、イカナゴを食えば、初夏の清々しい風が感じられる。
10蛭の口処(くちど、吸血あと)を 掻きて気味よき食後、のんびりとして、ヒルの噛み跡をかいて、気持ちいい。
11もの思ひ 今日は忘れて 休む日に今日はよく働いた。物思いを止めて心を休める日にしよう。
12迎へ忙(せわ)しき 殿よりの文心休まる日を送りたいのに、殿からは、早く戻れと何度も催促の文が来る。
13金鍔(金つば)と 人に<あだ名で>呼ばるる 身(人の真価・刀身)の安さ殿から金つばを拝領して以来、金つば殿と呼ばれるが、刀身も我が身も安物で、気楽にしている。
14熱風呂好きの 宵々(=毎晩)の月伊達男は、熱風呂好きで、毎晩風呂から月を眺める。
15町内の秋も更け行く 空き屋敷風呂帰りの近道で、空き屋敷を通れば八重葎。町内も寂れ、更けゆく秋を思う。
16何を見るにも 露ばかりなり屋根、庭と、何を見ても、露ぶいている。
17花と散る身は 西念(道心坊主の仮名)が衣ヲ着て花のようにはかなく散っていく身を感じ取り、道心坊主の衣をまとって。
18木曽の酢茎(発酵菜漬)に 春も暮れつつ木曽の寺に籠もり、すんきを食べ尽くすころ、春は暮れていく。
※酢茎‥‥木曽ではすんきと言う。赤カブの根と茎を漬け、塩を用いず乳酸菌で発酵させる伝統保存食品。
19帰るやら<む> 山陰ヲ伝ふ 四十雀ツツピーが聞こえる。巣に帰るのか、シジュウカラの群が山陰を伝っていく。
※帰る四十雀は、春季。
20柴挿す(粗朶葺き)家の 棟を絡げる(束ね括る)そだ葺きの農家では、棟でそだを束ねてふいている。
21冬空の 荒れに成りたる 北颪(おろし)修理を急げ。北おろしが吹いて、冬空が荒れてきたぞ。
22旅の馳走に 有り明し(常夜行灯)置く北風の音が気になるだろうと、宿の主は、旅のもてなしに、常夜行灯を置いた。
23冷じ(すさまじ、秋気凄冷)き 女の智慧も儚くて興ざめだな。常夜行灯で客を呼ぼうなんて、女の知恵もむなしいものだ。
※すさまじ‥‥冷の字をあて、秋季。
24何思ひ草 狼の鳴く思い草は、オオカミの遠吠えを聞きながら、何を思うのか。
※思い草‥‥竜胆、露草、女郎花の異名。
25夕月夜 岡の萱根(かやね、はびこって強く土壌を抱える)の 御廟守るオオカミの声を聞く丘の御廟、茅の根が張り土を抱え守っている様を夕月が照らしている。
26人も忘れし あかそぶ(赤渋で鉄気、垢・灰汁で赤化)の水御廟の手水場の水は、訪れ守る人もなく、赤渋色をしている。
27嘘吐き(嘘話の提供役)に 自慢言はせて 遊ぶらむ(余情ある断定)赤渋はないだろう。また、話し相手に呼んだ嘘つき役に、ほらを吹かせて楽しんでいるのだな。
28またも大事の 鮓(すし、熟れ鮨)を取り出す話がおもしろいと、取って置きの熟れ鮨を取り出す。
29堤より 田の青やぎ(緑らしくなり)て 潔き食べながら見ると、堤防よりも田んぼの苗が緑を増して、清らかである。
30加茂の社は 能(よ)き社(神々しい社)なり加茂川の堤からながめる上加茂神社は、実に神々しいお社だ。
※京都市北区にある賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。町中の下賀茂神社と総称し、加茂神社という。前句に稲があるので雷を付けた。
31物売りの 尻声(あとを引くような)ガ高く(甲高く) 名乗り捨て(品名のみを言う)神社の近くに物売りが来た。物の名を伸ばして名のり、語尾を甲高くして言い捨てる。
32雨の宿り(踏:宗祇句)の 無常ハ迅速いきなり雨。雨の宿りをすると、様々な句が浮かび、無常迅速を思うのだ。
※世にふるはくるしき物をまきのやにやすくも過る初時雨哉(二条院讃岐)/世々ふるもさらに時雨のやどり哉(後村上院)/雲はなほ定めある世のしぐれかな(心敬)/世にふるもさらに時雨のやどりかな(宗祇)/世にふるも更に宗祇のやどり哉(芭蕉、貞享3)
33昼眠(ねぶ)る 青鷺の身の 尊さよ無常を知らず昼から眠るアオサギの姿には、尊いものがある。
34しょろしょろ水(浅い流れ)に 藺(い、い草)のそよぐらむまた、その清らかな浅い流れには、い草がそよいでいるでしょう。
35糸桜 腹(原を掛ける)一杯に 咲きにけり糸桜が、腹一杯になったようにふくらんで、野原いっぱい咲いている。
※糸桜が、正花扱い。去来抄に記事あり。
卯七曰「猿(さる)みのに、花を桜にかへらるるはいかに」/去来曰「此時、予、花を桜にかへんといふ」/先師曰「故はいかに」/去来曰「凡、花は桜にあらずといへる、一通りはする事にて、花婿茶の出はな抔も、はなやかなるによる。はなやかなりと云ふも拠有り。必竟、花はさく節をのがるまじと思ひ侍る也」/先師曰「さればよ、古は四本の内一本は桜也。汝がいふ所もゆひなきにあらず。兎もかくも作すべし。されど尋常の桜に替たるは詮なし。糸桜一つはひと句主、我まま也」と笑ひ給ひけり。
36春は三月 曙の空春は三月がいい。しかもあけぼのの空。

29 猿蓑「梅若菜」の巻 -歌仙-

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乙州の東武へ行くに餞(はなむけ)す。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1梅若菜 鞠子(まりこ)の宿の 薯蕷汁江戸への途中、鞠子宿では梅が咲き、七草も生える。とろろ汁もさぞうまいことだろう。
2笠[旅笠]ガ新しき 春の曙笠も新しく整え、春のあけぼのの出立である。
3雲雀鳴く 小田[小さな田、田]に土持つ[土入れする]頃なれやヒバリが鳴く小さな田に、土を入れるころだろうか。
4粢(しとぎ、しとぎ餠)を、祝うて下されにけり手伝うと、卵形のしとぎ餅をご祝儀に下されました。
5片隅に[目立たぬ] 虫歯ヲ抱へて 暮の月餅をもらったが、虫歯で食えず片隅に居て、暮れの月を眺める。
6二階の客は 立たれたる秋秋になり、二階の客が発って、部屋の片隅で寂しがる。
7放ちやる[放生会の放ち鳥] 鶉の跡[飛翔経路]は 見えもせず今日は放生会の放ち鳥。鶉を放すと経路も分からぬくらい早く飛び、見えもしない。どこへ行ったか。
※当時は、鶉を飼って、鳴き声を楽しんだ。
8稲の葉延(はのび)の 力なき風稲の伸びた葉を、弱々しい風が揺らしている。
9発心の初めに 越ゆる鈴鹿山発心の初めにまず鈴鹿山を越える。
※「世をのがれて伊勢の方へまかりけるに鈴鹿山にて/鈴鹿山浮世をよそにふり捨てていかになり行くわが身なるらん」(西行)
10内蔵頭(朝廷の蔵の長、ここは金持ちの呼称)かと 呼ぶ声は誰鈴鹿山を行くと、「内蔵頭(くらのかみ)か」と呼び止められたが、誰だろう。
※内蔵頭は、金持ちの呼び名か。/鈴鹿山は、街道が整備される前は、山賊がよく出たところ。
11卯の刻[明け方]の 簔手に並ぶ[半月形布陣] 小西方[行長、石田側で敗]名を呼ばれ、明け方に小西行長は、関ヶ原西軍の中央で、半月形の布陣を取る。
12澄み切る[くっきり見える]松の 閑かなりけり開戦の前、くっきり見える松は、静かに立っている。
13萩の札や 薄(すすき)の札に 読み成し[詠み遂げ]て野辺の庵で、萩の札や薄の札に詠み遂げて。
※撰集抄巻六第八佐野渡聖事「手折ていほにつくれる草に、紙にて札をつけたり。/薄のやりとには、すゝきしける秋の野風のいかならんよる啼虫の声のさむけさ/‥略‥/萩のさけるには、萩か花うつろふ庭の秋風にした葉もまたて露は散つゝ」
14雀ガ片ニ寄る 百舌鳥の一声その時、モズの鋭い一声で、庭のスズメが、庭の片隅に寄った。
15懐に 手を暖むる 秋の月モズの声で、懐に手を入れて温め、秋の月を見る。
16潮<のうねり>ガ定まらぬ 外[外洋]の海面懐手で、入り江の外を見れば、潮のうねりが定まらない。
17槍の柄に 立ち縋りたる 花の暮れ花の暮れつ方、槍持ちは疲れて、槍の柄にすがって立っている。
18灰ヲ撒き散らす 芥子菜の後[収穫後]からし菜を収穫した後、畑に灰をまき散らす。
19春の日に 仕舞ふて帰る 経机春の日の法要。僧侶は、読経を終えて、経机を片付けて帰る。
20店屋物食ふ 供[従者]の手替はり[交替]彼岸会の終わりを待つお伴が交替で、店屋物を食いに行く。
21汗拭ひ[手拭い] 端の印の 紺の糸お伴の手拭い、端に紺の糸で目印がしてある。
22別れガ忙しき[急かせる] 鶏<の吊り寝床>の下糸で結ばれた二人だが、鶏の吊り寝床の下だ。夜明けの別れを、鶏にせき立てられる。
23大胆に 思ひ崩れぬ[くじけない] 恋をして大胆に、なりふり構わぬ、くじけない恋をして。
24身は濡れ紙の 取り所[よいところ、価値]ガなき恋に溺れ、身は濡れ紙のような役立たずになっている。 
25小刀の 蛤刃[蛤のように厚い刃]なる 細工箱言わば、刃の厚い蛤刃の小刀で、模様を刻んだ細工箱。柄も模様も分からない。
26<神>棚に火ヲ灯す 大年[大晦日]の夜大晦日の夜、やっと細工を終え、神棚に火を灯す。
27此処許(ここもと)は 思ふ便りも<来ない> 須磨の浦ここは、来るはずの便りも来ない須磨の浦だ。
28胸打ち合はせ 着たる片衣[袖なしの短い上着]丈が短く袖もない片衣で、胸を無理して合わせている暮らしだ。
29この夏も 金目[要]を括る 破れ扇この夏も、要が外れて縛った破れ扇しかない。
30醤油ヲ<発酵のため>寝させて 暫し月ヲ見る醤油を仕込み発酵のために寝かせておいて、扇であおぎながら月を見る。
31咳声[せき・咳払い]の 隣は近き 縁伝ひ隣は近いので、縁伝いに咳払いが聞こえる。
32添へば添ふほど こくめん[律儀実直]な顔この男は、連れ添うほどに、律儀で実直だと分かる。
33形なき絵を 習ひたる 会津盆[会津絵の漆器]そんな顔で、何かの形でなく模様を習って、会津絵の盆を付くっている。
34薄雪ガ掛かる 竹の割下駄盆ができ、帰ろうとすると、竹革の割下駄に薄雪がかかっている。
割下駄は、底材に横割りを入れ、歩きやすくしたもの。
35花にまた 今年の連れも 定まらず花見が近づいたが、誰と行くか、今年もまだ決まらない。
36雛の袂を 染むる春かぜ雛の袂に、花の色が映え、春風が優しく染めている。

 芭蕉 三  去来 二  嵐蘭 一  乙州 五  正秀 一  史邦 一  珍碩 三  半残 四 

 野水 一  素男 三  土芳 三  羽紅 一  智月 一  園風 三  凡兆 二  猿雖 二

<内訳>

 ①  1~13句(1月1~5日間、大津)  芭蕉 三  乙州 四  素男 三  珍碩 三

 ② 14~20句(1月2~5日間、大津)  去来 二  凡兆 二  乙州 一  智月 一  正秀 一

 ③ 21~24句(1月6日以後、伊賀)   土芳 二  半残 二

 ④ 25~30句(1月7日以後、伊賀)   半残 二  園風 二  猿雖 二

 ⑤ 31~32句(1月8日以後、伊賀)   土芳 一  園風 一

 ⑥ 33~36句(3月~4月中、京都)   嵐蘭 一  史邦 一  野水 一  羽紅 一

京寺町二條上ル丁 / 井筒屋庄兵衛板 


芭蕉七部集「炭俵」(連句)
 
 

  炭俵序

 此の集を撰める孤屋・野披・利牛らは、常に芭蕉の軒に行き通ひ、瓦の窓を開き、心の泉を汲み知りて[「漢相如ノ文に朝開瓦窓夕汲心泉」(標注)]、十あまり七の文字の野風[発句。和歌に対する謙遜の詞]を励み合へる輩なり。

 霜凍り、冬殿の生れ坐せる夜[冬を神格化した表現、冬殿がこの世にお出ましになった夜]、この二三子ガ庵に侍りて、火桶に消し炭を起こす。

 庵主ハ、これにロをほどけ[口を開き]、「宋人の手ガかがまらず」と言へる薬[荘子逍遙遊にある妙薬]は、是ならんと、篠の折箸に燠[おき、熾き火]のささやかなるを縦に置き、横に直しつつ、「金屏の松の古さよ冬籠」と、舌よりまろびいづる声の、三人が耳に入り、聡くも映る鵜の目鷹の目どもの、是に魂の座りたる気[け、景色、様子]にや、これを思ひ立つ、春の日ののつと出でしより、秋の月に頭ヲ傾けつつ、やや吟終り篇なりて、遂に天地(あめつち)の二巻に分かつとなん。

 是を開き見るに、有声の絵[王維曰、詩有声画、画無声詩]を綾取り[あやどり、美しく飾り]収むれば、又くぬぎ炭[火力があり長持ちする]の筋ガ見えたり。

 けだしくも[考えてみるのに]、題号をかく付け侍ることは、詩の正義に言へる五つの品、あるは大和の巻々[源氏、栄華の巻々]のたぐひにはあらねど、例の口に任せたる[普段の会話]にもあらず。密かに[表には出ないが]より所[拠、根拠]ガありつる事なルらし。

 ひと日[ある日]、芭蕉旅行の首途(かどで)に、やつがれ[私め、改まった場で、謙って用いる一人称]が手を携へて、再会の期を契り、かつ此れ等の集の事に及びて、かの冬寵りの夜、きり火桶のもとにより、くぬぎ炭の古歌[ちぎりあれやしらぬ深山のふしくぬぎ友となりぬるねやの埋火(醒睡抄)]を、うち誦しつるうつりに、「炭だはらといへるは誹[俳諧のこと。誹諧とも書いた。]なりけり」、と<芭蕉が>独りごちたるを、小子聞きをりて<三人は>よしと思ひうるとや、此の集を選ぶ媒(なかだち)と成りにたり。

 この心もて宜しう序ヲ書きてよと云ひ捨て別れぬ。今此の事をかうがへ、其初めをおもふに、題号おのづからひびけり。さらに弁をつくる境にはあらじかしと、口をつぐむ。

元祿七の年夏閏さつき初三の日 素 龍 書 

30 炭俵「梅が香」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1梅が香に のつと日の出る 山路かな梅の香にうっとりとして山路を歩くと、のっと日が出た。
2所々に 雉子の鳴き立つ所々で雉子が鳴き立って驚かされる。
3家(や)普請を 春の手透きに 取り付いて家の修理を、春の短い農閑期に、取り掛かって。
4上の便り[上方の音信]に 上がる米の値上方からの音信によると、米の値が上がるようだ。
※米相場ではない。元禄の次、宝永・正徳期から米相場が始まり、堂島の会所が正式に発足したのは、35年後のこと。
5宵の内 ばらばら[散らばる様]とせし 月の雲宵のうち、ばらばらと雨が降ったが一時で、今は月に時折かかるくらいだ。
6薮ヲ越しテ話す 秋の寂しき夏の間に繁った薮ごしで話すが姿は見えない。これも秋の寂しさの一つだな。
7御頭へト 菊ヲ貰はるる[所望される] 迷惑さ菊の話をすると、隣人はお頭へ差し上げたいという。菊を認められるのはいいが、迷惑なことだ。
8娘を堅うシテ 人[男]に会はせぬ菊は気前よく人にやるが、娘には厳しく目を配り、男には会わせないようにしている。
9奈良通ひ<の商い> 同じ列[同列、同ランク]なる 細元手[小資本]その男、奈良に通って商いをしているが、相手は同列。小資本の店だ。
10今年は 雨の降らぬ六月行商は大変だ。今年雨の降らぬ6月。正に炎天だ。
11預けたる 味噌取りに遣る 向かふ河岸汗をかくから塩気がほしい。向こう岸に預けてある味噌を取りにいかせる。
12ひたと[ひたすらに、にわかに]言ひ出す お袋のこと取りに行くと、味噌で思い出したか、にわかにお袋のことを言い出した。
13終宵(よもすがら)[終夜] 尼の持病を 押さへけるいや、言い出したのは、一晩中尼さんの看病をして、思い出したからだろう。
14蒟蒻ばかり 残る名月そう言えばお坊さんが来ていない。名月の会の料理、コンニャクばかり残っているぞ。
当時は二食。僧院では「糟鶏(そうけい)」というみそ煮コンニャクを間食としていた。
15初雁に 乗懸下地[荷馬用座布団]ヲ 敷きて見るおお初雁だ、ゆっくり寝転んでと、荷馬の座布団を敷いて見た。
16露を相手に 居合デひと抜き庭の木の葉に露が一粒。落ちる瞬間、居合いの一抜き。
17町衆の つらり[ずらり]と酔ふて 花の陰花の陰で、居合いの見物。町の衆が、酔ってずらりとならんで見ている。
18門(かど=もん)で押さるる 壬生[みぶ寺、京]の念仏さて、次は壬生の大念仏と行くと、人が多くて門で押される。
※壬生念仏は、春季。陰暦3月中旬。
19東風(こち)風に 糞[堆肥]の熱(いき)れを 吹き回し群衆の中にも東風が、堆肥のむっとする臭いを吹き回してくる。
20ただ<家に>居るままに 肱(かいな)ヲ患ふ[神経痛]皆が堆肥をかき回し、自分は家に居るだけだが、腕の神経痛を患った。
21江戸の左右(そう)[状況] 向かひの亭主ガ 上られ[上京され]て向かいの亭主が江戸から帰ったか。ひとつ江戸の状況を聞きに行こう。
22此方(こち)にも 要(い)れど 唐臼を貸す早速唐臼を借りたいと言う。こちらもいるが、先に貸してやろう。
23方々(ほうぼう)に 十夜[十夜法要]の内の 鐘の音ほうぼうから十夜法要の鐘の音が響いてくる。
※十夜法要は冬季。浄土宗。陰暦10月5日から。
24桐の木ガ高く 月冴ゆるなり落葉した桐の木が高く、梢の月は冬の大気に澄んでいる。
25門(かど)閉めて 黙つて寝たる 面白さいい夜だ。早めに門を閉め、人が来てもじっと黙って寝ているのは面白いぞ。
26拾ふた金で <畳の>表替えヲする新しい畳表、寝転んで気持ちいい。拾った金で表替えをしたばかり。
27初午に 女房の親子[親類] 振舞ひて金はまだある。初午で女房の親類に振る舞って。
28またこの春も <主家への帰参ガ>済まぬ牢人[浪士]振る舞ったが実は浪人。またこの春も、帰参がかなわない。
29法印[坊主の敬称]の 湯治を送る 花盛り近くの寺では、花盛りの中、法印殿の湯治行きを見送っている。
30縄手(畦道)を下りて 靑麦の出来(でき、実り)一行は畑の畦を下りて、青麦の穂の付き具合を見ている。
31どの家も 東の方(かた)に 窓を開け見渡せば、どの家も東の窓を開け、風を入れている。
32魚に食ひ飽く 浜の雑水[雑炊]浜の漁師飯。誰も魚の雑炊に飽きている。
33千鳥ガ鳴く 一夜一夜に 寒うなり魚がよく獲れるのだ。千鳥が鳴いて一夜ごとに寒くなって。
34未進[未納]の高[総額]の 果てぬ算用[勘定]年貢の納め残りの総高が現有高より多く、何度やっても計算が合わない。
35隣へも知らせず 嫁を連れて来て年貢を納められない引け目。隣にも知らせず、そっと嫁を連れてきて。
36屏風の陰に 見ゆる菓子盆二人だけの祝言。屏風の陰に菓子盆が覗く。

31 炭俵「兼好も」の巻 -歌仙-

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三吟
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1兼好も 莚ヲ織りけり 花盛り「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは」と書いた兼好も、大坂の花盛りには、花見莚を織っていたわけ。
※兼好の消息について、「崑玉集」「双岡」などに、「諸国を遍歴。武蔵、下総、陸奥、伊賀、伊勢の後、摂津国安部野に小庵を結び、門人寂閑、侍童の命松丸の三人で住む。生計のため、むしろを織る」と伝えられる。大阪府阿倍野区松虫通の正圓寺辺りに遺跡がある。
2薊や苣<の葉>に 雀鮨[すずめずし、飯込め鮒鮨]ヲ盛る弁当に、アザミやチシャの葉に、名物の雀鮨を盛っている。
※雀鮨……江鮒(エブナ、ボラの幼魚)を背開きにし、すし飯を多く詰めたもの。今は小鯛を用いる。
3片道[復路]は 春の小坂の 固まりて帰り道、春のちょっとした坂道が、乾いて固まって。
4外をざまく[粗略]に囲ふ 相撲場坂を下ると、外側がいい加減に囲って、中が見える相撲場がある。
5細々と 朔日ごろの 宵の月いよいよ八朔相撲。一日頃の宵の月は、実に細い。
6早稲も晩稲も 相生[共]に出る[生い出る]早稲も晩稲も、同時期に生い出る。
7泥染めを 長き流れに 伸ばすらむ収穫を終えた田で、いよいよ泥染めの時期。今頃は染めた布を、清らかな流れに伸ばしていることだろう。
※色の定着に、鉄分を含んだ泥を用いる染色法。大島紬など。
8彼方此方すれ[回り歩け]ば 昼の鐘ガ打つ泥染めをする田や川を、あちこち歩くうちに、昼の鐘を打ち出した。
9隣から 節々[せつせつ=しばしば]嫁を呼びに来るなぜか昼になると、隣からしばしば嫁を呼びにくる。
10喋喋しく[おおげさに]も 誉[ほむ]る貝割り[帯]そして、二枚貝を開いたようにするだけの簡単な貝割り帯を、大げさに褒める。
11黒谷[法然所縁の寺院群、洛東]の口[入り口]は <南>岡崎カ<西>聖護院法然所縁のゆかりの寺がある黒谷への入口は、岡崎か聖護院の二つある。
12<たった>五百の掛け[未収金]を 二度に取りけりわざわざそこへ、たった500文の売り掛け金を、2回取りに行った。
13綱貫き[牛革雪沓]の疣[いぼ、裏の鉄鋲]の跡ガある雪の上苦労したな。雪の上に、鉄鋲の跡がある。本格的な綱抜きを履いていったのだ。
14人の触らぬ松ハ 黒むなり大変な山奥だ。人が手を掛けぬ松は黒っぽいと言うのは本当だ。
15雑役<の馬>の鞍を下せば 日が暮れて運び終わり、雑用馬の鞍を下ろすと、もう日が暮れて。
16飯の中なる芋を 掘る月今宵は芋名月。芋飯から、里芋だけを掘る愉しみ。
17漸う[ようよう]と 雨ガ降り止みて 秋の風おお月だ。やっと雨が止んで、秋の風吹く。
18鶏頭ヲ見ては また鼾ヲ掻く雨で仕事は休み。ケイトウを見て、また昼寝のいびきをかく。
19奉公の苦しき[つらい]顔に 墨ヲ塗りてつらい奉公の丁稚が熟睡している。顔に墨を塗ってみる。
20抱き上ぐる子の 小便をするおさんどんも子守もする。抱き上げた子は、小便をする。
21くわたくわた(カタカタ)と 河内の荷物[鋳物]ヲ送り掛け[発送開始]よいしょと河内の鋳物を運び終え、かたかたと荷物の発送をはじめる。
22心ガ見らるる 箸の選択この鋳物鍋は高級品。どんな箸を添えるかで、持ち主の品性までがわかるのだ。
23婿が来て 娘の世とは 成りにけり娘の好みで選ぶのだ。婿が来てからは、家はもう嫁任せでな。
24今年の暮れは 何も貰はぬ代替わりしたから、今年の暮れは、何ももらわない。
25金仏[金属製の仏]の 細き御足を 摩(さす)るらむすることもなしに、なにかいいことがあるようにいのりつつ、金仏(かなぼとけ)の細いみ足を、さすっているだろうよ。
26この界隈の 小鳥ガ皆寄る和尚が掃除をすると、この辺り一帯の小鳥が皆寄ってくる。
27黍の穂は 残らず風に吹き倒れ小鳥が寄るのは、重いキビの穂が残らず風で吹き倒され、地面に落ちたからだな。
28馬場の喧嘩の後に 澄む月馬場の競べ馬で、けんかの騒ぎ。治まった後の静寂に、澄んだ月が出た。
29弟は到頭[終に] 江戸で 人になる[成功する]あのけんか好きの弟は、負けん気で、ついに江戸で成功したよ。
30今に[未だ]庄屋の <出入りの>口は解[ほど]けず江戸で成功しても、庄屋様のところに、未だお出入り禁止だ。
31売手から 打つてみせたる 叩き鉦[仏事の伏せ鉦]旦那、これはいい音ですと、仏具屋は自ら伏せ鉦を打ってみせた。
32ひらりひらりと 雪の降り出し鐘の音に合わせ、ひらりひらりと、雪が降りだし。
33鎌倉の便りヲ 聞かせに走らする昔雪の後、馳せ参じ、恩賞を頂戴した。
おお、雪だ。またもらえるかも知れぬと、鎌倉の消息を聞きに走らせる。
※謡曲「鉢の木」佐野源左衛門常世の面影。
34貸した所の 知れぬ細引き[荷造り用麻縄]いざ鎌倉で用いた荷造りの麻縄、人に貸したが、誰にやら忘れた。
35独り在る 母を勧めて 花の陰父に先立たれ、独り暮らす母を勧めて、孝行の花見に行く。
36まだ黴び残る[黴びていない] 正月の餅宴の馳走は、まだ黴びていない正月の餅だ。

32 炭俵「空豆の」の巻 -歌仙-

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深川に参って
※元禄7年4月初、孤屋・岱水・利牛の三人が、深川の芭蕉を訪れた。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1空豆の花ガ咲きにけり 麦の縁

麦が青々と茂り、畑のヘリには空豆の花が咲いている。

※春季の「空豆の花」、仲夏の「麦」で、句は初夏の扱い。

2昼の水鶏の走る 溝川

川のように流れる溝では、昼の水鶏が元気よく走っている。

※「水鶏はしる」は、初夏。

3上張り[羽織り物]を通さぬほどの 雨ガ降りて羽織り物を通さないほどの、軽い雨が降って。
4そつと覗けば 酒の最中雨宿り。そっと覗くと、この家の主は酒の最中。
5寝所[ねどころ]に 誰も寝ていぬ 宵の月ひそかに酒盛りか。宵の月に照らされた寝どころには、誰も寝ていない。
6どたりと塀の転ぶ 秋風秋風で塀がどたりと転んだので、皆で起こしている。
7きりぎりすガ薪[まき]の下より 鳴き出して片付けていると、コオロギが、薪の下から鳴きだして。
※芭蕉句「むざんやな甲の下のきりぎりす」もコオロギ。
8晩の仕事の 工夫[思案]ヲするなり「肩刺せ、裾刺せ、綴れ刺せ」か。夜長の夜仕事、繕いをしようかと思案をする。
9妹をよい所[良家]から[に依って]貰はるる[受身]働き者の妹は、良家にもらわれていった。
10僧都の許[もと]へ 先づ文を遣る妹は、叔父の僧都に、先ず報告の手紙を送る.
※「源氏物語、若紫」北山の僧都の面影。
11風[様子]ガ細う[繊細に] 夜明け烏[夜明けと明け烏の掛け]の 鳴き渡り訃報が届く。頼りなげな風とともに、夜明けの烏が鳴き渡る。
12家の流れた跡を 見に行く夜が明け、家の流れた跡を見に行く。
13泥鰌汁 若い者より よく成りて[食って]何があっても達者。若い者よりどじょう汁をよく食って。
14茶の買ひ置き[仕入れたもの]を 下げ[蔵の棚から下ろし]て売り出すまた商売。仕入れた茶を、蔵の棚から下ろして売り出す。
15この春は どうやら花の静かなる[花付きが悪い]景気もなあ。この春は花付きも悪いし、花の時期も静かだろう。
16枯れし柳を 今に惜しみて花がなければ柳と思う。枯れた柳も、今さらながら惜しいと思って。
17雪の跡[降った痕跡]ヲ 吹き剥がし[融かすの強調、見立て]たる 朧月雪の降った淡い跡をさらに融かすような暖かい朧月だ。
18蒲団ヲ丸げて もの思ひ居る月を見ながら、女は、蒲団を丸め抱いて物思いにふけっている。
19不届きな隣と 仲の悪うなり気が沈む。失礼な隣人と、仲が悪くなり。
20托鉢[はつち]坊主[物乞い僧]を 上[部屋]へ上がらすけちな隣とこちらは違う。乞食坊主を、部屋へ上がらす。
21泣く事の 密かに出来し 浅茅生[あさじう、侘びた住居]によいところに物乞いの僧。世間に言えぬ弔いができたわび住まいには、おあつらえ。
22置き忘れたる金[かね]を 尋ぬる泣いていても始まらぬ。置き忘れた金を尋ね回る。
23着の儘[きのまま、着替えないまま]に 竦[すく]んで[身を縮ませて]寝れば 汗をかき戻った金を抱いて、着替えぬままに縮こまって寝たら、汗をかき。
24客を送りて提げる燭台予定あっての着のまま。燭台を持ち、夜立ちの客を送る。
25今の間に 雪の厚さを 指して[測って]みるたいていの客は朝立ち。それほど積もらぬ今の間に、雪の深さを測ってみる。
26年貢<納め>ガ済んだと 褒められにけり冬は雪の厚さにも気を配り、豊作となった。早々と年貢納めが済んだと褒められてしまった。
27息災[無病健全]に 祖父[じじ]の白髪の 目出度さよ年の功の豊作じゃ。無病息災、爺の白髪は実に目出度いのう。
28堪忍ならぬ 七夕の照り[旱、日照り]我慢ならんな。この七夕の日照りは。
29名月の 間に合はせたき 芋畑仲秋の月は芋名月。芋畑は、間に合うように実らせたい。
30すたすた言ふて[息せききって歩き] 担ふ[担ぐ]落ち鮎畑の脇、息せききって落ち鮎を担いで歩く。
31この頃は宿の通り[宿場の街道筋]も 薄らぎ[人出が減り]し何かと忙しいのか、宿場の街道筋の人出が減ったな。
32山の根際[近く、傍ら]の鉦[かね、伏せ鉦] 微かなり山近い寺の、伏せ鉦の音もかすかになったな。
33横雲に そよそよ風の 吹き出だす山に横雲がかかり、そよそよと風が吹き出す。
34晒[さらし、晒し布]の上に 雲雀ガ囀るさらし布を干す上空に、ヒバリがさえずる。
35花見にと 女子ばかりが 連れ立ちて花見にと、華やかな娘たちが連れ立って。
36余の[=他の]草なしに 菫・蒲公英みんな野の花、スミレ・タンポポだけ。

33 炭俵「早苗舟」の巻 -百韻-

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百韻
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1子は裸、父はててれ[犢鼻褌]で 早苗舟子は裸、父はふんどし一丁の田植え舟。みんな裸で頑張っている。
2岸の茨の 真つ白に咲く岸のイバラは真っ白に咲いて、飾り気がない。
3雨上がり 珠数懸鳩の 鳴き出してジュズカケバト

雨上がり、ジュズカケバトが鳴き出して。

※ジュズカケバト……飼育鳩。全長25から30センチメートル。淡い灰褐色で、後頸に半月状の黒輪がある。クックルーと鳴く。

4与力町[役人の住む町]より 向かふ西風鳩が何か感じたか。役人の住む与力町から、西風が向かってくる。
5竿竹に 茶色の紬ヲ 手繰り寄せ風が、竿竹に干す茶色のつむぎを、東にたぐり寄せ。
6馬が離れて 喚[わめ]く人声馬が逃げたと、喚く人声。取りあえず洗濯物を取り込もう。
7暮の月、干葉[ひば、大根の干し葉]の茹で汁 悪[わる、不快な]臭し年末の月の夜。飼い葉桶に入れた、大根の干し菜の汁が悪臭を放った。
8掃けば、後から 檀[まゆみ]散るなり干し葉を掃けば、すぐ後からマユミの葉が散り落ちる。
9ぢぢめき[囀り]の中で選[よ]り出す 瑠璃ト・頬赤庭木に提げた鷹餌の鳥かご。騒がしいさえずりの中から、ルリとホアカを選んで逃がす。
10坊主になれど 矢張り仁平次[仮設定の人名]坊主になったが、鳥刺し仁平次。まだ、罰当たりは鳥を捕って売っているのか。
11松坂や 矢川[花街]へ入る 裏通りここは松坂。仁平次は、裏通りから、つっと花街の矢川に入る。
矢川‥‥松坂伝説の花街(元禄3年12月焼失)。松阪市白粉町(おしろいまち)ベルタウン辺り。
12吹かるる皹(ひび)も辛き 闇の夜よしよしと口で吹かれる手のひびもつらい、闇の立ち娼。
13十二、三 弁[弁官]の衣裳<を着けた人>の 打ち揃ひ冬の夜。12,3人も、宿直の弁官衣装が勢揃い。
14本堂走る音は どろどろ衣装着て、二月堂のお水取り。本堂を走る音は、歯なしの下駄でどろどろ。
15日の当たる方は 赤らむ竹の色近くの竹林、日の当たる方は、赤らむ竹の色。
16只[ただ=ひたすら]奇麗さに 口漱ぐ水竹林の湧き水。ただ綺麗なので、口をそそぐ。
17近江路の うらの言葉[裏の言葉]を 聞き初めて京都から近江路を行くと、東のほうでは、愛知・長野の言葉をつかうことがある。「行こう」を「行かず」、「見よう」を「見ず」という、裏の言葉を聞き始めて。
※近江では、「私」を「うら」と言うが、「うらの言葉」の「の」、「聞き初め」が了解困難となる。
18天気[天候]の相[兆し]よ。三か月の照り[=つや、輝き]ハ←近江路に月を見る。よい天気になる兆しだぞ。この三日月の輝き方は。
19生きながら、直ぐに打ち込む、ひしこ漬け天気で背黒イワシの大漁。生きながら光るうちに、すぐ塩を打ち込むひしこ付けだ。
20椋の実落ちる屋根ハ 腐るなりイワシも腐りやすいが、作業場の屋根は、ムクの実が落ちて、じきに腐るのだ。
21帯売りの戻り連れ立つ 花曇りムクの実で染色。帯売りたちが連れだって戻る花曇りの夕べ。
22御影供[みえいく]頃の 人のそは付く旧暦3月21日は空海の命日。その御影供のころは、花見や参拝で人が浮つく。
23ほかほかと 二日灸[やいと]の いぼひ[爛れや瘡蓋]ガ出で御影供が近い。ほかほかと心地よく、二日灸の瘡蓋が出て。
※陰暦2月2日に灸を据え、灸痕が御影供の頃に治ると健康という。
24ほろほろあへの 膳にこぼるる体にいいと言う「ほろほろ和え」が、膳にこぼれる。
※ほろほろ和え‥‥木の実、蕗の葉を細かく刻んで、法論味噌で和えたもの。法論味噌は、味噌に辛子・山椒などを混ぜて煎った物乾燥味噌。名称は、寺で法論の際用いたとか、ほろほろするとか、弁慶がほろほろ泣くとか諸説ある。
25ない袖を、振りて見するも物思ひ無い袖は振れぬと言うが、ほんに嫁いで袖は無し。振りて見せるも物思い。
26舞羽[かせ繰り器]の糸も、手につかず操る袖振る舞羽、糸もつかめず繰るばかり。
27段々に、西国武士の荷の集ひ次々に、西国武士の荷が着いて。
28尚きのふより今日は大旱り忙しい。昨日より今日はなおさら大日照り。
29切うじの喰ひ倒したる植ゑたばこ干ばつに加え、根切り虫が、植えたばこを食い倒してある。
30くばり納豆を仕込む廣庭畑どころではない。檀家への歳暮にと、くばり納豆を仕込む寺の広庭。
※納豆は冬季。
31瘧(おこり)日をまぎらかせども、待心(まちごころ)今日はおこりが起こる日で、耐えて紛らわすうちにも、納豆は待ち遠しい。
※瘧‥‥1,2日置きに悪寒と発熱を繰り返す。マラリアの病状に似る。江戸時代まで発生。
32藤ですげたる下駄の重たき病身に、「とう」ですげた下駄は重たい。
藤‥‥標注で「とう」と読ませる。ここでは、藤の蔓か、籐(とう、ラタン)の誤りか不明。重たいのであれば、すげたのは藤蔓か。藤蔓は「ふじづる」と読む。
33つれあひの名を、卑しげに呼びまはり下駄を履いて出た亭主の名を、下品な言い方で呼び回る。
34隣の裏の、遠き井[井戸]の元今、かみさんは、隣の裏の遠い井戸の辺り。
35暮れの月、横に負ひ来る古柱年末の月夜、そこへ古柱を横に背負ってきたやつがいる。
36芋茎(ずいき)の長の余る特牛(こってい)芋茎の束をを横に背負わせるが、こってい(ことい牛)が大きいと言っても、長いので横にはみ出す。
※こってい‥‥特牛、ことい牛の方言。頭が大きく、強健で、重荷を負うことのできる牡牛。
37ひつそりと、盆は過ぎたる浄土寺牛が着いたのは、盆を過ぎ、ひっそりとした浄土寺。
38戸でから<げ>組みし 水風呂の屋根寺の水風呂。屋根は、戸を利用しからげ組んだものだ。
※水風呂‥‥すいふろ。蒸し風呂に対して言う普通の風呂で、沸かす焚き口のあるもの。
39伐り透かす。樅と檜の 擦れ合ひて風呂近くの、モミとヒノキが風で擦れ合うので、切り透かした。
40赤い小宮は、新しき内山にこしらえた朱塗りの小さなお宮。新しいうちは綺麗だ。
41濱までは、宿の男の 荷を抱へお宮を通り、船着き場のある浜までは、宿の男が荷を運ぶ。
42師走比丘尼の、諷の寒さよそこでは、零落した比丘尼が、何やら節を付けて歌い、実に寒々しい。
師走比丘尼‥‥師走坊主とともに、年末の忙しさと支払いのため、布施をもらえぬみずぼらしい様を言う。
43餅搗の臼を、年々買ひ替へて布施をやらないが、実はお大尽。餅つきの臼を毎年買い替えている。
44天滿の状[状況]を、又忘れけり天満の物産問屋から、面白くない状況を知らされていたのだが、また忘れて、買ってしまった。
45廣袖を、上に引つ張る船の者教えてくれたのは、袖口を縫い合わせない広袖を、上に引き上げた格好の船乗りだ。
46むく起きにして、参る觀音船乗りは、起き抜け一番で観音に参る信心深さ。
47燃しさる薪を、尻手に指しくべてそして、かまどへ行き、燃やしきる薪を後ろ手で放りくべて。
48十四五両のふりまはしする自分で煮炊きするが、14,5両を自由に融通する男だ。
49月花に、かきあげ城の跡ばかり帰って見れば、月花は昔のまま美しいが、かきあげ城は跡だけがのこっている。
※かきあげ城‥‥堀を掘って、土を盛っただけの石垣もない簡略な城。
50弦打颪、海雲ヲ採る桶名にし負う弦打山から吹き下ろす寒風の中、もずくを採る桶が転がる。
※弦打ち‥‥物の怪退散のため、矢をつがえず弓の弦を引き鳴らすこと。
※弦打山‥‥高松市北の浄願寺山のこと。標高約240メートル。
51機嫌能く、蚕は庭に起きかかりもずく採りを終え、蚕室に行くと、蚕の成育は良く、庭起きしかかっていた。
※庭起き‥‥蚕が4齢後の庭休みという休眠から、脱皮して5齢になること。その後体が透き通って糸を吐く。
52小昼のころの空ハ静かなり蚕の世話の中休み、午前10時頃の空模様は穏やかだ。
53縁端に、腫れたる足を投げ出して縁端に、腫れぼったい足を投げ出して。
54鍋の鑄かけを、念入れてみる仕事ができない機会に、鍋の鋳掛け修理を、念入りにやってみる。
55麥畑の替地に渡る傍じ杭鋳掛け屋をやろうと、麦畑を手放した。その代替地の境界には、印の杭がずっと打ってある。
56賣り手も知らず。頼政の筆トついでに軸物を安く買った。頼政の筆と、売り手は知らない掘り出し物だ。
57物毎も、子持になればだだくさに安く売ったよ。子持ちになれば、何事もぞんざいになる。
※だだくさ‥‥中部及び関東の一部の方言。粗雑、いいかげんの意。
58又御局の古着ヲ頂く子育てで大変。また、お局様の古着を頂戴した。
59妓王寺の上に上れば、二尊院嵯峨野の暮らし。妓王寺の上に上がれば二尊院。
※実際は、妓王寺から、なだらかな石段を上ると滝口寺である。二尊院は南260メートルに位置するが、往来には1キロの道を迂回する。標高差は殆どない。孤屋は後に京都に移るが、当時は江戸住まい。滝口寺の思い違いか。
60今日は懸隔、寂しかりけり今日行ってみると、直接行き来する道は閉ざされ、懸隔になっていて寂しかったよ。
61薄雪のこまかに初手を降出したたずんでいると、薄雪が、初めは細かく降り出して。
62一捏なり(ひとつくなり)に、鱈の雲膓寒いから鍋料理。魚へんに雪と書くタラの真っ白な白子が、一つに固まって雲のようだ。
63錢さしに菰ヲ引きちぎる、朝の月大漁でたくさんの銭になった。コモから藁をちぎって挿そうかと、見れば朝の月。
64なめすずきヲ採る。裏の廂間(ひあわい)デ←朝飯の具に、裏の廂あわいでエノキダケを採る。
塀‥‥標注で「ヒ」と読ませるが、塀ではなく廂または庇が本来。ひあわいは、建て込んだ家ひさしの間。日の当たらないところ。
65目を縫ひて、無理に鳴かする鵙の聲路地を行けば、目を糸で縫い、無理に鳴かせるモズの声。
※モズ‥‥百舌鳥の名のとおり、百鳥の声をまねるという。鳥寄せのおとりとして利用される。
66又頼みして、美濃ノ便りヲ聞く鳥刺しで江戸に出たが、人づてに頼んで、故郷美濃の便りを聞く。
67欠かさずに、中の巳の日を祀るなり美濃と言えば巳の日か。欠かさずに中の巳の日を祀るのだ。
※中巳の日の祭祀は不明。岩波の脚注によれば、巳の日は味噌をたくによい日という。
68入り来る人に、味噌豆を出す巳の日には、来る人皆に、豆味噌を出す。
69筋交ひに、木綿袷の龍田川川が斜めに流れ、紅葉を散らした竜田川模様の木綿袷の人が来た。
70御茶屋の見ゆる、宿の取り付き派手な着物が歩く。ここは宿場の入口だが、もう花街の御茶屋が見える。
71ほやほやと、どんどヲ誇らす雲ガちぎれほやほやと、どんど焼きの煙を目立たせる雲がちぎれ。
72水菜に鯨ガ交じる惣汁水菜に鯨肉が交じる鍋にこさえた汁を、皆で味わう。
惣‥‥まとめるの意。岩波の脚注に、惣菜を汁にしたものかとある。
73花の内、引っ越して居る樫原花の内は、人出が煩わしいと、閑静な西京の樫原に引っ越している。
74尻輕にする返事ハ聞キよく使用人の、身軽な態度と返事は、気持ちよい。
75落ち掛かる、うそうそ時の雨の音軽い返事で雨戸を閉める。日が落ち掛かる薄暮れ時の雨の音。
76入舟続く 月の六月月があるのに雨の音。この6月は、入り船続きで賑わっている。
77拭き立てて、お上の敷居光らする主人は働き者。使用人は、主の部屋の敷居を拭き立てて光らせる。
78尚云ひ募る、詞からかひ下女たちの、言い争いは、なお募る。
79大水の挙げ句に、畑の砂のけて隣人と口争い。大水の上に畑の砂を除けて、平になって境界が分からない。
80何年菩提しれぬ栃の木争いを見守る、樹齢何年とも知れぬ栃の大木。
81敷金に、弓同心のあとを継ぐ栃の木屋敷へ行き、敷金を払い、弓取り同心の株を買ってあとを継ぐ。
82丸九十日、湿[疥癬]を患う株を売ったが、丸90日も疥癬(かいせん)を患ているから、やむをえん。
83投げ打ちも、腹立つままにめつたなり長患いのわがまま。物を投げ打つが、腹が立つまま滅多矢鱈だ。
84足なし碁盤、よう借りに来る投げやすいのか。足なし碁盤をよく借りにくる。
85里ヲ離れ、順礼引きのぶらつきて里を離れ、木賃宿の巡礼客引きがぶらついて。
86柔らか物を、嫁の襟もと巡礼の衣装は同じ。嫁の襟元が、柔らか物の絹かどうかで客を品定め。
87氣にかゝる朔日しまの精進箸(いもいばし)ついたち早々、嫁は斎い箸(いもいばし)で、気に掛かる。
88倦んじ果てたる八専の空退屈し果てた、雨が多いという八専の空模様は。
※八専‥‥陰陽道で定めた8日、で年6回ある。
89丁寧に、仙臺俵の口ヲかがりやはり、天気が心配なんだ。仙台米の俵の口は、丁寧にかがってある。
90訴訟が済んで、土手になる筋土嚢がいるぞ。立ち退き訴訟が済んで、この一帯は土手になる筋だ。
91夕月に、醫者の名字を聞き果つりもう夕月だ。この辺りすべて、医者の名字を聞き果てた。
92包んで戻る。鮭の焼き物ヲ←仕方なく、快気祝いの焼き鮭を、包んで戻る。
93定免を、今年の風に欲ぼりて年貢は一定の定免だったのを、役人め、今年の出来具合の様子で欲張って増やして。
94最早仕事もならぬ衰え増税で気も萎えた。最早仕事もできぬくらい衰えた。
95暑病みの、殊に土用をうるさがり暑気中りの年寄りが、ことに土用をいやがり。
96幾月ぶりで越ゆる逢坂<山>琵琶湖の畔に行こうと、何か月ぶりかで逢坂山を越える。
97減りもせぬ、鍛冶屋の店の店晒し鍛屋の店の品物は、前見たとおりで、減っていない。
98門ヲ建て直す、町の相談町おこしに、宿場の門を立て直したらと相談する。
99彼岸過ぎ、一重の花の咲き立ててそれは、彼岸過ぎ。一重の花が盛んに咲いて。
100三人ながらおもしろき哉三人共に面白いことだ。

34 炭俵「秋の空」の巻 -未完歌仙(32句まで)-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)

俳諧秋の部

1秋の空。尾の上の杉に[から] 離れたり秋の空は高く、山頂の杉からも遠く離れている。
2遅れて一羽 海ヲ渡る鷹杉から飛んで、皆が渡ったあと、遅れて一羽、海を渡る鷹がいる。
3朝霧に 日傭[人足]ヲ揃へる 貝[ホラ貝]ヲ吹いて朝霧に、人足を揃えるホラ貝を吹いて。
4月の隠るる 四扉[よとびら、二枚ずつ蝶番で繋ぐ開き戸]の門工事は、月が隠れるほど大きい、4枚扉の門の建設。
5爺[じじ]が 手の[手を炙る]火桶<の火>も 落とす[消す]ばかりなり朝仁なり、門番の老爺が、手をあぶる火桶の火も、消すばかりだ。
6伝ひ道には 丸太ヲ転ばす爺の通り道には、丸太をころがしてある。
7下京デは 宇治の<柴船ならぬ>肥え船ヲ 差し連れて下京では、宇治の柴舟ならぬ肥え舟を差し連れて、畑に行くのだ。
8坊主の着たる簔は 可笑しき船頭の蓑は良いが、坊主が着るとおかしなものだ。
9足軽の 子守ヲしている 八つ下がり[午後2時過ぎ]町外れで、足軽が、子守をしている午後の2時過ぎ。
10息ヲ吹き返す 霍乱[かくらん、熱中症]の針熱中症の女房は、鍼のおかげで息を吹き返した。
11田の畔に 早苗ヲ束ねて 投げておく治ればまた田植え。田の隅に、早苗を束ねて投げ置く。
12道者[巡礼]の<御詠歌の間に>挿(はさ)む 編み笠の節[小唄編笠節]街道を巡礼が行く。御詠歌の間に、小歌の編み笠を挿んで歌っている。とんでもないこと。
※編み笠節の歌詞
♪寝ても覚めても 忘れぬ君を こがれ死なぬは 異なものぢや。
♪濡れてこそ 帰らう君は 朝露に 我が袂も かわかぬものを。
13行灯の 引き出し[抽斗]ヲ探す 端銭(はしたぜに)巡礼には報謝。行灯の引き出しから小銭を探す。
14顔に物ヲ着て 転(うた)た寝の月月が明るく、顔に物を着せ載せたうたた寝。
15鈴縄に 鮭の触れば 響くなりうたた寝で聞く鈴の音。鈴縄に鮭が触れれば、響くのだ。
16雁(がん)の降りたる 筏ガ流るる川いかだ。雁が降りて、そのまま流れる。
17貫之の 梅津・桂の 花・紅葉貫之の、「梅津・桂の花・紅葉」さながらだな。
※古今著聞集「大井川に行幸ありて、紀貫之和歌の仮名序をかけり、あはれわか君の御代、なが月のここぬかと、昨日いひてのこれるきくみ給はん、またくれぬべき秋をおしみ給はんとて、月の桂のこなた、春の梅津より御ふねよそひて、わたしもりをめして、夕月夜小倉の山のほとり、ゆく水の大井の川辺にみゆきし給へば、久かたの空にはたなびける雲もなく、みゆきをさぶらひ、ながれる水はそこににごれるちりなくて、おん心にぞかなへる」
18昔の子あり 忍ばせて置く梅津には、昔産ませた子があり、忍ばせ置いている。
19いさ心<も知らず…> 跡なき[形の残らない]金の 使ひ道さて、心か。形の残らぬ金の使い道。
心も知らずと解釈すると、観音開き。
20宮の縮[ちぢみ、近江高宮名産]の 新しきうち近江高宮名産の高級縮み織も、新しい内だけだ。
21夏草の蚋[ぶと、蚊の類]に 刺されて窶(やつ)れけり夏草の中、ブヨに刺されて、かゆみで寝られずにやつれてしまった。
22痘痕(あばた)と言へば 小僧ハ嫌がる喰い跡でアバタと呼べば、小僧は嫌がる。
23年[節分]の豆。蜜柑の核[さね=種]も 落ち散りて小僧が拾う節分の夜の豆。蜜柑の種も落ち散って。
24帯ヲ解きながら 水風呂を待つ小僧は早く入りたい。帯びときながら、風呂が空くのを待つ。
※水風呂‥‥焚き口のある沸かし風呂。
25君ガ来ねば 壊れ次第の 家となりいとしいあなたが来ないので、壊れ次第の家となり。
26稗と塩との 片荷吊る[傾く]篭天秤篭に稗と塩、同じかさを載せたが、重さが違い片荷になって歩きにくい。
27辛崎[叡山の旅所]へ 雀の籠もる 秋の暮れ比叡山の旅所である辛崎に、雀が籠もる秋の暮れ。
28北より冷える 月の雲行き北から冷気がやってくる。そんな月の雲行きだ。
29紙燭して[灯して] 尋ねて来たり 酒の残(ざん)友が紙燭を灯し、酒の残りを持って、訪ね来た。
30上塗なしに 張りておく壁我が家は、上塗りなしで、長年粗壁のまま。
31小栗[おぐり、庶民向け読本]ヲ読む 片言混ぜて[たどたどしくて] 哀れなり庶民向け読本「小栗」を読んでいる。たどたどしくて、哀れである。
※小栗判官‥‥伝説上の人物。常陸の城主。管領に攻め殺されたとき、照手姫に救われて、藤沢の遊行上人の道場に入る。死と再生の仏教説話、説経節や浄瑠璃の主人公。
延宝3年板「おぐり判官」冒頭、「ひたちの国とつはた村といふ所に、正八まんむすぶの神といわゝれておはします」
仮名が多く、すらすらと読むのは困難。
32今日もだらつく[しだらない] 浮け前[うけまえ、出航前]の舟出航止めで、出航できない船の中は、みんなだらだら。

 孤屋ガ旅立つ事、出で来て、洛へ上りけるゆゑに、今四句未-満にして、吟終りぬ。

  其角 / 孤屋 / 各十六句

35 炭俵「案山子」の巻 -歌仙-

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天野氏興行
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1道くだり[すがら] 拾ひ集めて 案山子かな道すがら、いろいろ拾い集めて、できあがった案山子である。
2どんどと水の落ちる[田の水落とし] 秋風秋風の中、田の水がどんどと落ちている。間もなく収穫を迎えることだろう。
3入る月に 夜はほんのりと 打ち明けて沈み入る月に、夜はほんのりと、明け始めて。
4塀の外まで 桐の広がる大きな桐の葉が、塀の外まで散り広がっている。
5銅壺[火元の側に置く湯沸かし]より 生温[なまぬる=微温湯]汲んで 使ふなり火脇の湯沸かし器から、ぬる湯を汲んで、茶を飲む。
6強ふ降りたる 雨の突い[つい=ぴたりと]止む外では、強く降っていた雨が、ぴたりと止んだ。
7瓜の花 これからなんぼ[どれだけ] 手に掛かるウリの花が咲いたが、開花が短く、受粉させたり大変だ。これから、どれだけ手が掛かるやら。
8近くに居れど 長谷<寺>を未(ま)だ見ぬ近くに住んでいるが、忙しいので、長谷寺にまだ参詣したことがない。
※標注に、「長谷寺ノ北九里ニ駒野里アリ、瓜の名所也」。
9年寄りた者を 常住[=平生、いつも]睨め[ねめ=にらみ]回はし出歩けない。この年寄りを、いつもにらめまわしている者がいる。
10何時[平常]より寒い 十月の空にらまれて、いつよりも寒い10月の陽気。
11台所 今日は奇麗に 掃き立てて10月だ。台所を、今日は綺麗に掃き立てて。
12分[ぶん=分家]に成らるる 嫁の仕合はせいい気分。舅姑が隠居し、気楽な身分になられる嫁の幸せだこと。
13はんなり[華やかで上品]と 細工に[手染めで]染まる 紅鬱金[色名、鬱金と紅花の二度染め]

紅鬱金

趣味も広がる。ほんのり華やかに、手染めで染まる紅鬱金。
※紅鬱金‥‥鬱金で下染めし、紅花を上掛けにした黄味がかった橙色。 井原西鶴の「好色一代男」にも登場。江戸の前半に愛好された。
14槍持ちばかり 戻る夕月紅鬱金の上っ張りを着た槍持ちだけが、夕月ごろに帰っていく。
15時ならず[不意に] 念仏ガ聞こゆる 盆の内その屋敷、盆の内は、不意に念仏が聞こえてきた。
16鴫ガ まつ黒に[たくさん]来て 遊ぶなり近くの田には、鴫がたくさん来て、遊ぶのだ。
17人の物ヲ負はねば[借金がなければ] 楽な花心鴫は気楽だ。借金がなければ、私も気楽に、花を味わえるのだが。
18最早弥生も 十五日経つおや。もう花も終わりか。3月も15日たったのだ。
19縒り平[よりひら織]の機に 火桶は取り置き[片付け]て暖かくなった。「よりひら織」をするとき使った火桶は、片付けて。
※縒り平織‥‥ちりめん織の一つ。縦糸に縒りのない糸、横糸に縒りの強い糸で平織りにして織った。東近江で行ったという。
20向かひの小言[口論] 誰も見舞はず機織り場の向かいの家で、口論が始まったが、いつものことで誰も止めない。
21買ひ込んだ米で 身代ヲ畳まるるどうやら、買い込んだ米が、豊作で値下がりし、店を畳むことになったようだ。
22帰る[渡る]景色か 燕ガざはつく家の事情を感じたか、渡りの時期が来たのか、ツバメがざわついている。
23この度の 薬は効きし 秋の露気候の良いところで夏を過ごし、この度の薬が効いた。秋の露も見られたし、もう帰るとするか。
24杉の木末[梢]に 月ガ傾ぐなり薬が効いて病状も落ち着いた。空を見ると、杉の梢に月が傾き、明けようとしている。
25同じ事 老の話の あくどく[しつこく]て一晩中だ。同じことの繰り返し。年寄りの話はしつこくて。
26だまされてまた 薪部屋に待つまだ娘を説教している声がする。今度は絶対来るというので、薪部屋で待っているのだが、まただまされたか。
27よいやうに 我が手に算[さん、算木]を 置いてみるまだ来ない。算置(さんおき)の男は、自分の手で好きなように算木を置いてみるが。
占(算)‥‥占屋算の略。算木・ぜい竹を用いて占う。算置は占い師のこと。
28正真[まったく]これは 合はぬ商ひ占いでこの商売を始めたが、まったく割に合わない商売だ。
29帷子[単衣の着物]も 肩に懸かからぬ 暑さにて炎天下を歩く商い。単衣ものも、肩に掛けられない暑さである。
30京は惣別[総じて] 家に念入り格子戸を開けておじゃまする。京都は、総じて家の作りが念入りだなあ。
31<魚の>焼き物に 組み合はせたる 富田蝦[とんだえび、川海老]町屋の料理。焼き魚に富田の川海老がとり添えてある。
※摂津島上郡富田の川えび。今の高槻市摂津富田駅辺り。
32隙[すき]を盗んで 今日も寝ている旨い物を食べ、すきを盗んで今日も寝ている。
33<子の>髪置き[髪伸ばしの祝い]ニは <用人に>雪踏ヲ取らする[やる] 思案にて主はそれを知らずに、子供の髪置きの祝いには、使用人に雪ぐつをやろうと、考えている。
※髪置‥‥陰暦11月15日3歳の子に、髪を伸ばす祝いをした。
34先づ沖までは見ゆる 入り舟忙しくなるぞ。入港する船が、まず沖まで来ているのが、見える。
35内でより 菜(さい)が無うても 花の陰内にこもって食べるより、料理がなくても花の陰だ。
36ちつとも風の吹かぬ 長閑さまったく風が吹かない、のどかだなあ。

36 炭俵「振賣の」の巻 -歌仙-

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元禄6年神無月20日、深川にて即興
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1振り売りの 雁あはれなり。えびす講今日は、商売繁盛を祈る恵比寿講。喧噪の中、天秤に担がれ振り売りされる雁を見たが、しみじみと感じるものがある。
2降つては休み 時雨する軒降っては休む時雨の宿り、すぐ軒から出ることだろう。
3番匠[ばんじょう=大工]が 樅[もみ]の小節[節のある材]を 引きかねて大工がモミ材の小節を挽きかねて、一息ついて。
4片禿げ山に 月を見るかな仕事帰り、片禿げ山(見た目の呼称)に上る月を眺めたのである。
5好物の 餅を絶やさぬ 秋の風男の好物は餅。餅を買いだめ毎日食べて、秋の風に吹かれる。
6割木[薪]の安き国の 露霜[つゆじも、淡い霜のような露]薪の安い地方では、淡い霜のような露が降りている。
7網の者[=漁夫]ガ近付き 舟に声ヲ掛けて薪を運ぶ舟に、漁師が近づき声を掛けて。
8<月はなく>星さへ見えず 二十八日[陰暦]二十八日、月はなく、星も見えない暗い中で。
9饑[ひだる]きは 殊に軍[いくさ]の大事なり夜の出陣。空腹は、何より戦の勝敗を決める大事である。
10淡気の雪[=淡雪]に 雑談もせぬ腹が減る中、淡い雪が降り、意気消沈。雑談もしない。
11明けしらむ 篭提灯を 吹き消して明けてしらみ、足元も見えると、篭提灯を吹き消して。
※篭提灯‥‥縦長の円筒に編んだ篭に紙を貼った提灯。
12肩癖[けんぺき、肩凝り]に貼る 湯屋[銭湯]の膏薬荷を運び肩が痛い。肩凝りに、銭湯で買った膏薬を貼る。
13上置きの干葉[米麦に載せて炊く大根葉]ヲ刻むも 上の空肩が凝る。米の上に載せて焚くための干した大根葉を刻むのも上の空。
14馬[馬での稼ぎ]に出ぬ日は 内で恋する女は上の空。男が馬仕事に出ぬ日は、内で愛してくれるのだ。
15絈[かせ=糸束]買ひの 七つ下がり[午後4時過]を 訪れて男がいると知らず、色男のかせ買いが、午後4時過ぎに訪れて。
※かせ買い‥‥手内職で巻いた糸束の、訪問仲買い人。
16塀に門ガある<小住宅の> 五十石取りかせ買いが来たのは、塀に門がある五十石取り、下級武士の小住宅。
17この島の餓鬼[島民の異形という]も手を摺る[追従の揉み手] 月と花この島では、餓鬼でさえ風雅を愛し、月や花に揉み手をするほどだ。
18砂に温みの移る 青草島は温暖で、浜の砂も暖まり、青草が伸びている。
19新畑[開墾した畑]の 肥えも落ち着く 雪の上新しく開墾した畑に雪が降ったが、上に撒いた肥も雪を溶かし土に落ち着いた。
20吹き取られたる 笠ヲ取りに行く下肥を撒いた畑へ、風に吹き取られた笠を取りに行く。
21川越しの 帯しの水[腰までの水]を 危ながり笠は取れない。川越人足に頼んだが、腰帯までの深い水を危ながり。
22平地の寺の 薄き薮垣水が増えたが、耐えられるか、平地の寺は薄い薮垣で。
23干し物を 日向の方へ いざらせ[移動させ]て寺で洗濯。干し物を、日向のほうへ移動させて。
24塩出す[塩を抜く]鴨の 苞[つと、藁包み]を解くなり干物を水に漬けておいた。さあ食おうと、塩を抜いた鴨の、藁づとを外した。
25算用[熟慮し決定]に 浮世を立つる[世を渡る] 京住まひ鴨の保存食か。知恵と工夫で世を生きてきた京住まいならではだな。
26また沙汰なしに 娘産ぶ[よろこぶ=出産する]京へ嫁に行った娘。また音沙汰なしで子を産んだ。生計は立つのか。
27どたくたと[混乱の様] 大晦日も 四つ[夜10時]の鐘いきなりの出産で、どさくさする内に、大晦日も夜10時の鐘が鳴る。
28無筆の好む[依頼する]状の後先無学の男に依頼され、口述で手紙を書いたが、はて文脈の後先が。
29仲良くて 傍輩合ひ[仲間同士の]の 借り応[いら]ひ[貸し借りすること]仲が良くて、仲間同士で貸し借りをする。
30壁を叩きて 寝せぬ夕月金貸せと、壁をたたいて、寝かさない夕月の夜。まだ、夕方だからいいが。
31風止みて 秋の鴎の 尻下がりカモメは、風上に顔を向ける習性がある。秋の強い風に向かい、一斉に前傾姿勢。風が止むと、当然一斉に尻が下がるのだ。
32鯉の鳴子の 綱を控ふる[ひかうる=引っ張る]カモメめ、鯉を守る鳴子の綱を引っ張ったな。
33ちらはらと[時折] 米の<陸>揚場の <舟の>行き戻りこの時刻でも、米の陸揚げ場は、船がちらほらと、出たり入ったり。
34目黒参りの 連れのねちみやく[片意地でぐずぐずする]目黒不動尊参りで、連れはぐずぐずしつこい。
35何処も彼も 花の三月 中時分どこもかしこも、花の三月、丁度よいころ。
36輪炭[輪切り炭、茶事用]の塵を 払ふ春風輪切り炭、俵の塵を、払う春風。

37 炭俵「雪の松」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1雪の松 折れ口ヲ見れば なほ寒し雪で折れた松、折れ口を見れば、なおさら寒さを感じる。
2日の出る前の 赤き冬空雪は止んだが、日の出前の冬空は赤い。晴れるといいのだが。
3下肴[安い魚介]を 一舟<分>浜に 打ち空けて下魚一舟分を、浜に打ちあけて。
4間ガ途切るる 大名の供大名の供の行列、間が空いた。
5身に当たる 風もふはふは 薄月夜[雲を透かす月]お伴の体に当たる風もふわふわと、雲を透かす月に見とれる。
6粟を刈られて 広き畑地[はたけじ]粟を刈られて、広く感じる畑の土地。
7熊谷の 堤ガ切れたる 秋の水[出水、洪水]秋の出水で、またも熊谷の荒川堤防が切れた。
8箱ヲ拵へて 鰹節ヲ売る仕方なく、箱をそろえて、鰹節を売る。
9二三畳ノ 寝所ヲ貰ふ 門の脇行商で、門の脇で野宿。2,3畳分の寝どころを貸してもらう。
10馬の荷物の 障[さわ]る干し物干し物に、馬の荷物が当たる迷惑。
11竹の皮ノ 雪駄に替へる夏 の来て夏が来て、竹の皮の雪駄に替え、心地よい。
12稲に 子[み=実]の差す雨[雷雨、稲妻が実をもたらす]の ばらばらト稲に実を付けさせる雷雨になりそうな雨がばらばらと。
13手前者[富者]の 一人も見えぬ 浦の秋分限者の一人も見当たらない、わびしい浦の秋だ。
14滅多に[無闇に] 風邪のはやる 盆過ぎこの浜で、無闇に風のはやる盆過ぎ。
15宵々の 月を託ちて[かこちて=嘆いて] 旅大工旅大工が風邪を引き、仕事にならぬ。宵毎に月を見ては嘆く。
16背中へ登る 子を可愛ゆがる大工は、村の子供に慕われ、背中へ上る子を可愛がる。
17茶莚[茶干しむしろ]の 際付く[汚れの]上に 花散りて里では、茶を干すむしろ。染みの上に花が散り、汚れを隠す。
18川から直ぐに 小鮎ヲ入らする川では、仕掛けを作り、遡上する稚鮎を直接入れている。
19朝曇 晴れて気味よき 雉子の声朝の曇りが晴れて、小気味よい雉子の声が響いている。
20背戸[裏口]へ回れば 山へ行く道家の裏へ回ると、そこから山へ行く道がある。
21物思ひニ ただ鬱々とスル 親掛り[親に養われる人]親に養われる身では、山へ行き、青春の物思いに、ただ鬱々と悩むだけ。
22取り集めて[婚家と実家の計]は 多き精進[いもい=斎]日気が滅入る。本家、分家、嫁ぎ先と取り集めると、精進日が多すぎる。
23餅米を搗いて 俵へ量り込み精進のため、人数分の餅米を精米し、俵へ放り込み。
24態々[わざわざ]座[わ]せて[=いらっしゃって] 薬代の礼餅米ですな。よく効いた薬の薬代替わりの礼と、わざわざ担いでいらっしゃって。
25雪舟でなくばと 自慢ヲ放[こ]き散らし礼に絵でござるか。雪舟でなければ価値がないと、いろいろ見せて自慢たらたら。
26隣へ行きて 火を取りて来るゆっくり見せようと、隣の部屋から、炭火を取ってくる。
27また今朝も 仏の飯で 埒[らち]を明け[空腹のかたを付ける]また今朝も、隣の家へ行き、仏壇のお供え飯で、空腹を満たす。
28損ばかりして 賢こ顔[利口ぶる]なり取られて損ばかりなのに、衆生済度だの布施だの言って利口ぶっている。
29大坂の 人に擦れたる[影響を受けている] 冬の月儲かりもしないのに、大阪の人から影響を受け、今や寒々しい冬の月を眺めるばかり。
30酒を止まれ[とまる→やめる]ば 婆[ばば]の気に入るその男、酒を止めたので、婆に気に入られて、相続をする。
31煤けぬる 御前[仏壇、一向宗用語]の箔の 禿げ掛かり金が入ると、煤けた御前(一向宗の仏壇)のはげた金箔が気に掛かる。
32次の小部屋で 唾(つ)に噎せる声仏間の隣室で、しゃべりすぎて唾にむせる声がする。
33約束に 屈みておれば 蚊に食はれ女は、約束で身をかがめて隠れていたのだが、蚊に食われたとたんにむせた。
34七つの鐘[4時]に 駕篭ガ呼びにくる明け方の4時、七つの鐘がなると、駕篭かきが呼びにきて、朝帰り。
35花の雨 争ふうちに 降り出して遣らずの花の雨。規則違反の居続けをしろだの、起請文を書けだの言い争う内に、降り出して。
36男交じりに <草餅のため>蓬ヲ揃ふる居残り男も交ざって、草餅の用意をする。
京寺町通 井筒屋庄兵衛 / 江戸白銀町 本家 藤助 


芭蕉七部集「続猿蓑」(連句)
 

38 続猿蓑「八九間」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1八九間<の幅> 空で<柳の木から>雨ガ降る 柳かな上は空で、雲もないのに、八、九間(15m位)の幅で、滴り落ちる雨が降る大きな柳である。
※「花はさくら」に、「春の雨いと静に降て、やがて晴たる頃、近きあたりなる柳見に行けるに、春光きよらかなる中にも、したゝりいまだおやみなければ」とある。
2春の烏の 畑ヲ掘る声春の烏が、餌を求め、畑を掘る声が聞こえる。
3初荷取る 馬子も好みの 羽織ヲ着て初荷で馬の口を取る馬子も、気に入った羽織を着て。
※「初荷」で新春の季と定める。/※正月二日、商い初めを祝い、荷車や馬子を飾り立てた。
4内はどさつく 晩の振る舞ひ<料理>馬子の家、子分を集め、晩のご馳走で、大騒ぎだ。
5昨日から 日和固まる[天気が順調になる] 月の色月が赤らむと雨になるが、昨日から天気が安定し、今宵も明るい色だ。
6狗脊[ぜんまい]ガ枯れて 肌寒うなるゼンマイが枯れて、肌寒くなった。
7渋柿サヘも 今年は風に 吹かれ<落ち>たり今年はこの冷え込みで、渋柿さえも、熟す前に、風に吹かれて落ちた。
8孫が跡取る 祖父の借銭不作で、父は行方をくらまし、孫が、祖父の借銭とともに田畑を継いだ。
9脇指に 替へて欲しがる 旅刀形見分けで旅刀を継いだが、百姓町人には無用の長物。脇差しなら許されると替えてほしがる。
10煤[すす掃き、13日]を仕舞へば はや餅の段[段取り、餠は26日]刀を替えて金にする。師走13日のすす払いを終われば、すぐ餅の段取りをすることになる。
11約束の 小鳥一提げ[ひとさげ、12,3羽] 売りにきて餅が終わると、鳥打ちが、「ご注文の小鳥一提げです」と、売りにきて。
12十里ばかりの 余所へ出掛かりしばらくさばけない。10里くらい他所へ出かけるところ。またにしてくれ。
13笹の葉に 小路ガ埋もれて 面白き出かけると、小径が笹の葉に埋もれて、歩くに風情がある。
14頭撲つなと 門[かど=もん]の書き付け着けば、「門に頭を打つな」と書いてあるので、くぐって入る。
15何処[いずく]へか<行き> 後は沙汰ガなき 甥坊主[おいっ子]いないのか。甥っ子は、行方をくらまし、音沙汰もない。
16やつと聞き出す 京ヘの道連れ尋ね歩いて、女を道連れにして京へ行ったことを、やっと聞き出す。
17有明に 遅るる花の 立て合ひ[相映え]て解決した。有り明けの月と、遅咲きの花が、引き立てあって美しい。
18見事に揃ふ 籾の生へぐち苗代を見ると、モミの芽は一斉に生えて、見事にそろっている。
19春無尽[頼母子講] 先づ落札が 作大夫[農家の律儀者の仮名]苗代を丹精した農家の作太夫某が、春の無尽講に出資し、一番に落札、大当たりした。
20伊勢の下向[参宮帰り]に べつたり[ばったり]と逢ふ作大夫は、伊勢参りの帰り道、顔見知りにばったり会った。
21長持ちに 小揚げ[荷揚げ]の仲間 そはそはといわくありげで、高価なものが入っていそうな長持ちを前に、知人と仲間の荷揚げ人足が、そわそわとしている。
22くはらり[からり]と空の晴るる 青雲[あおぐも=せいうん、青空]中身は空っぽ。笑って見上げれば、からりと空が晴れて、青い雲が漂う。
23禅寺に 一日遊ぶ 砂[白州]の上気分よく、禅寺の白州の上で一日遊ぶ。
24槻[けやき]の角[角材]の果てぬ 貫き[柱を横につなぐ]穴桁にするケヤキ材の角が堅くて、何度やっても、柱の横穴に入らない。まったく仕事が進まない。
25浜出しの<トキ> 牛に[デ]俵を <のろのろ>運ぶなり海運の浜に運ぶのに、牛で俵をのろのろ運んでいる。
26慣れぬ娵[よめ]には 隠す内証[やりくり]馬がないのだ。慣れぬ嫁には、やりくりを隠す。
27月待ち[読経と酒宴の講]に 傍輩[=同輩]衆の うち揃ひ月待ちの寄り合いに、同輩が皆うち揃い。
28籬の菊の 名乗り様ざま垣根の菊になぞらえて、出てくる名前は様々だ。
29群れて来て 栗も榎も 椋[むく鳥]の声群れて来て、クリの木にもエノキにも、ムクドリの騒ぐ声。
30伴僧走る 駕[のりもの]の脇すわ大事か。大急ぎの、引き戸が付く駕篭。脇に伴僧が走る。
31削ぐやうに 長刀坂の 冬の風削ぐように吹き付ける、長刀坂(嵯峨野広沢池北)の冬の風。
32瞼に星の 零れ掛かかれる寒風にまぶたが涙ににじみ、目の前に星がこぼれ落ちたように見える。
33引き立てて 無理に舞はする 嫋やかさ幽閉の身を引き立てて、嫌がろうとも無理に舞をさせる。静の舞のたおやかなこと。
※静御前は頼朝に鶴岡八幡で舞を命じられ、「しづやしづ しづのをだまきくり返し」と、義経を慕って歌う。
34そつと火入れに 落とす薫物[たきもの、練り香]色茶屋のたおやかな女が、練り香を、そっと火入れに落とす。
35花ははや[早くも] 残らぬ春の ただ暮れて花が早くも散ってしまった春は、暮れてからの楽しみもない。
36瀬頭[せがしら]ヲ上る 陽炎の水[かげろう越しに見る水]陽炎越しに川を見ると、ゆらめきは、瀬頭から上流の淵へとさかのぼっていく。

39 続猿蓑「雀の字や」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1雀の字[小雀、連雀、四十雀など]や。揃うて渡る 鳥の声「雀」の字が付く、四十雀(しじゅうから)・小雀(こがら)・山雀(やまがら)がやってきた。そろって渡り、賑やかに鳴いている。
2照り葉[紅葉]の岸の 面白き月渡るのは、紅葉する岸辺、面白くも風情ある月の朝だ。
3立ち家を 買ひて入れば 秋暮れて建築済みの家を買って入居すれば、秋も暮れて。
4ふつふつト鳴るを 覗く甘酒近隣の人に振る舞う甘酒。ふつふつと発酵し音がするのを覗いてみる。
5霜気たる[初霜を経た]蕪ヲ食ふ子供 五、六人畑では、霜を経て旬を迎えた秋カブ。5,6人の子供が、旨そうにほおばっている。
6莚を敷いて 外の洗足[せんぞく]畑から帰ると泥だらけ。外でむしろを敷いて、足を洗う。
7悔しさは 今日の一歩の 見損なひ商いから帰り足を洗う。それにつけても悔しい。あと1歩(1両の4分の1)高く売れたのに、安値を付けて売ってしまった。
8請状[身元保証の手続き]ガ済んで 奉公振り[勤労]する今が頑張り時。身元保証もしてもらい、最初が肝心と奉公に励む。
9良過ぎたる茶前[朝茶の前]の天気 気遣はし[気がかりだ]仕事は早めに片付けよう。今朝の朝茶前、天気がよすぎたので、午後が心配だ。
10<金が>有る振りしたる 国方[=国元]の客国元から来たという泊まり客、金がある振りがわざとらしくうさん臭い。
打越に「奉公振り」。「有る振り」は疑問。(標注)
11何事もなくて 目出度き 駒迎へ[御料馬定め、秋]客のことは心配だが、駒迎えは無事に終わったようで目出度いことだ。
※駒迎え‥‥平安時代、8月の駒牽(こまひ)きのとき、諸国から貢進される馬を、逢坂の関まで迎えに出たこと。秋季。
12風[台風]に助かる 早稲の穂の月台風が来なくて助かる早稲の穂が、月の夜に垂れる。
13台所ヲ 秋の住居に 住み替へて収穫期は土間での作業が増えるので、台所を秋の寝所に住み替える。
14座頭の息子ガ 女房ヲ呼びけりあんまを業とする息子が、嫁をもらって、住み替わった。
続猿蓑注解「無味堂云、ひわ帋に云う、望一が息子に娵取りける時、『我庵は花の心のうつりけにきのふの秋と住みかはりけり』の付なり」(岩波文庫脚注)
15明け果つる 伊勢の香良洲[神社]の 歳篭り[としごもり]嫁は、女性の守護神、稚日女命(わかひるめのみこと)を祀る伊勢の香良洲神社で、歳篭もりをし、晴れて元朝を迎えた。
※歳篭もり‥‥年の暮れからお篭もりをし、元日の朝、神に祈る。
16簔は 虱の湧かぬ一得[いっとく=一利]お篭もりに蓑を着たとか。暖かくはないが、シラミが湧かないという利点が一つある。
17俵米も 湿りて重き 花盛り俵米も半年経てば、湿って重くなる。そんな頃には花盛り。
18春静かなる 竿の染めかせ[かせ糸]静かな春で、染めたかせ糸が、濡れて竿に下がっている。
19鴬の路[みち、通り道]には 雪を掃き残しウグイスは道を避け、薮を渡り飛ぶ。庭の木に来るよう、雪を掃き残し、通り道にしてやる。
20死なぬ合点[心づもり]で 患うている時折庭も掃く。この病では死なぬつもりで、静養をする。
21年々に 屋内の者[家人]と 仲悪く長患い。働きも死にもせず、年々家人と、仲が悪くなる。
22三崎・敦賀ヘの 荷[船荷]の嵩む[かさむ=多くなる]なり奉公人との折り合いが悪く、能登の三崎や越前敦賀への船荷が、積み重なり滞る。
23汁の実に困る 茄子[なすび]の出盛り[多く出回る]てナスの山。ナスの出盛りどきは、菜は焼きナス・ナスの一夜漬け。汁の実もナスでは如何なものかと困るのだ。
24赤らむ[熟す]麦を 先づ刈りて取るナスは後。赤らんで熟した麦は、すぐ茎や穂が折れてしまう。先ず刈って取る。
25日々に 寺の指し図[設計図]を 書き直し暇な坊主は、毎日寺の設計図を書き直し、農閑期になれば、すぐ村人を駆り出そうと目論んでいる。
26殿のお立ちの 後は淋しき菩提寺に法要で殿がお越しになったが、お立ちの後は、近隣の寺から来ていた僧侶たちも帰り、すっかり寂しくなった。
27銭借りて まだ取り付かぬ 小商人が集まると聞き、銭を借りて小商いをしようとしていたが、人が去ってもまだ取り付いていない。
28卑下して[へりくだって]庭に よい料理食ふ男は畏れ多いと、へりくだって庭に下りたが、よい料理はそのまま持って行って、気楽に食っている。
29肌入れて[肌脱ぎを着なおして] 秋に成しけり 暮の月庭に下りると涼しい。肌脱ぎを着直し秋らしい風情になると、暮れ時の月が出た。
30顔に零るる 玉笹[笹の美称]の露歩くと、玉笹から、丸い露が顔にこぼれかかる。
31この盆は 実の母の後ヲ 問ひ[追善供養]て涙がこぼれた。この盆は、実母の追善供養をして。
32有り付いて[仕官して]行く。出羽の庄内ヘ←故郷に別れの墓参り。しばらく浪人していたが、仕官が叶い、出羽の庄内へ行く。
33値の知れた 帷子[かたびら]時[単衣の時期]の 貰ひ物餞別。かたびらを着る暑い時期、もらったのは旅で身に付けるものだが、夏場は簡略で安いものだ。
34聞きて[感じて]気味よき 杉苗の風もらって帰るとき、杉苗の間を渡る風が、体で心地よく感じられる。
35花の陰 巣を立つ雉子の 舞ひ返り[舞い戻り]花の陰で、巣立ちを迎えたキジの子が、ふわりと舞い戻った。
36新田[あらた]の土の 乾く陽炎新しく開いた田の土が乾き、陽炎が立っている。

40 続猿蓑「いさみ立つ」の巻 -歌仙-

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発句は元禄6年初冬、江戸の作。歌仙は元禄7年夏頃、京か大津で巻いた。
俳訳解釈(前句を踏まえて)
1勇み立つ 鷹引き据うる[引き留める] 嵐かな嵐が、勇み立つ鷹を引き止めている。
2冬の柾[まさき]<の葉>の 霜乍ら[霜の付いたまま]飛ぶ冬のマサキの葉は、霜を付けたまま吹き飛ばされている。
※柾‥‥常緑低木。葉は厚くつやがある。
3大根の 育たぬ土に <手指が>節榑[ふしく]れて大根が育たない固い土で、指が節くれて。
4上下(かみしも)ガ共に 朝茶ヲ飲む秋秋の朝、この里では、身分の分け隔てなく集まって、朝茶を飲んでいる。
5町切り[町内限り]に 月見の頭[とう、世話人]の 集め銭町内限定の月見の会というので、世話人が銭を集める。
「安永再刻」は、「月見の頃」とする。(岩波文庫脚注)
6荷がちらちらと 通る馬継ぎ[駅]この宿場、馬駅は荷がちらちらと通るくらいで、落ち着いている。
7知恩院[ちよいん、京呼び]の <住持の>代はりの噂ガ 極りて宿場では、浄土宗知恩院(徳川家が京の拠点とする)の門主が代わるという噂が極まって。
8桜の後は 楓ガ若やぐ知恩院。桜の散った後は、カエデの新緑が美しい。
9まな板の 鱸に水を 掛け流し刺身にカエデの葉を添えよう。まな板のスズキに水を掛け流して、さばく。
10目利きで家は よい暮しなり食材にも気を遣う。書画骨董の目利きで、家はよい暮らしをしている。
11状箱を 駿河の飛脚 請け取りて鑑定書か。その状箱を、駿河の飛脚が受け取って。
12まだ七つ[午後4時]にはならぬ 日の影飛脚は立った。まだ七つ、午後4時にはならぬ日の影だ。
13草の葉に 窪みの水の 澄み千切り[澄みに澄み]七つ頃、斜めの日差し。草の葉を伝う清水が、窪みにたまり、澄みに澄んで清らかだ。
14生駒ヲ気遣ふ 綿取りの雨西の生駒の雲で雨が分かる。綿取りに雨は大敵と、生駒山をしばしば見つめる。
15憂き旅は 百舌鳥[もず]と連れ立つ 渡り鳥生駒を越えて西へ行く渡り鳥にしてみれば、モズが連れ立つと、うるさいは、鳴き声をまねされるはで、じつにもの憂いことだろう。
16有明高う 明け果つる空峠は越えた。有り明けの月が、空け果てた西空に高く残っている。
17柴舟の 花の中より つつと出て川面には花が枝を伸ばしている。見とれていると、柴を積んだ船が花の後ろからつつっと出てきた。
18柳の傍[そば]へ 門を建てけりこの柳が、よい目印となり舟も着くと、そのそばに門を建てた。
19百姓になりて 世間も長閑さよ隠居後は百姓になって、世間ののどかさを楽しむ。
20ごまめ[田作、鱓]を膳[主]に 荒布[あらめ]ガ片菜[副え物]今日の夕げも、健康第一。タツクリが主菜でアラメが添え物だ。
21売り物の 渋紙包み 下ろし置き海産物の行商。売り物の渋紙包みを下ろして、茶を飲む。
22今日の暑さは そよりともせぬ[無風]今日の暑さはどうだ。そよりとした風さえ吹かぬ。
23砂を這ふ 茨の中の 絡線[ぎす、キリギリス]の声海辺を行くと、砂をはうノイバラの中から、キリギリスの声がする。
24別れを人が 言ひ出せば泣く別れようと言い出すと、ギースチョンの声に合わせて、時折すすって泣く。
25炬燵の火 埋けて勝手を 静まらせ家を出る。炬燵の火をいけ、勝手場の火も消して。
26一石踏みし 碓[からうす]の米火の始末をしたあとの夜なべ、唐臼で米一石を精米した。
27折々は 突き目[角膜潰瘍]の起こる[痛む] 天気相ひ疲れて眠いが、折々に目を突いた傷が痛む、そんな天気具合になった。
28仰に[ぎょうに=大変]加減の違う夜寒さ昼は暖かだったが、大変な差の夜寒になった。
29月影に 今年煙草[新煙草]を 吸うてみるよい月影だ。今年できたばかりの新タバコを吸ってみる。
30思ひのままに 早稲で屋根ヲ葺く早めの冬支度。早稲の藁で、屋根を思いきりたっぷり葺いてやった。
31手払ひに[すべて] 娘をやつて 娵[よめ、嫁取り]の沙汰屋根も葺いた。娘も皆片付けたので、いよいよ息子の嫁取りという段取り。
32参宮の衆を こち[こちら、当方]で仕立てる嫁取り前の参宮だ。伊勢参りの組はこちらで仕立て、金も出す。
33花の後 躑躅の方が 面白い花が終わった後、ツツジの頃のほうが面白いぞ。
34寺の引けたる[移った] 山際の春寺がよそへ移ったあとでも、ツツジが綺麗に咲く山際の春だ。
35冬よりは 少なうなりし 池の鴨庭園の池。冬よりは、鴨が渡り去って、少なくなった。
36一雨降りて 暖かな風一雨降って、暖かな風が吹く。

41 続猿蓑「猿蓑に」の巻 -歌仙-

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俳訳解釈(前句を踏まえて)
1猿蓑に 洩れたる霜の 松露かな猿蓑集に、「松露」が洩れています。霜が降り、砂浜では目立たなかったからだろうか。
2日は寒けれど、静かなる岡日は寒いけれど、今日の岡は、風もなく穏やかである。
3水掛かる 池の中より 道ありて池の水を田に引くと、池の底から昔の道が出てきて。
※水掛け‥‥ため池などから、田に水を引くこと。また、その作業。
4篠竹[女竹]ガ交じる 柴を頂く大ざっぱに刈ったのか、女竹が交じる柴をもらう。
5鶏が<寝所に>上がるとやがて 暮の月鶏が、納屋の寝所に上がると、間もなく暮れ方の月が出る。
6通りのなさに 見世たつる[店じまい]秋この秋は、通行人が少なくて、店をしまう。
7盆仕舞い 一荷で値切る 鮨の魚盆も終わり。天秤棒の一荷まとめて、なれ鮨用の魚を値切る。
※鮨‥‥当時は、魚の腹に飯を詰め、発酵させた熟れずし。
8昼寝の癖を 直しかねけり盆の昼寝の癖を、なかなか直せない。
※当時、「昼寝」は無季。
9婿が来て につともせずに 物語り眠気を我慢していると、婿が来て、挨拶も愛想もなしで、出来事を話しだし。
10中国よりの 状の吉左右婿の用件は、中国地方から来た書状の話で、よい便り。
11朔日の 日はどこへやら 振る舞はれ一日(当時の吉日)は、どこへやら招かれ、振る舞われるとのこと。
12一重羽織が 失せて尋ぬる夏の一重羽織、どこでなくしたか。見当たらなくて、尋ねて歩く。
13気散じな 青葉の頃の 樅ヤ楓憂さがまぎれる、青葉の頃の、モミ・カエデ。
14山に門ある 有明の月振り返れば、寺の山門の上に、有り明けの月が見える。
15初嵐、畑の人の 駆け回り麓の収穫前の畑では、初嵐対策で、人が忙しげに駆け回っている。
16水際ニ光る 浜の小鰯嵐が過ぎ、浜の地引き網。水際に小イワシがきらめいている。
17見て通る 紀三井<寺>は花の 咲き掛かり和歌浦から見てとおる紀三井寺。花が咲きかかっている。
芭蕉、存疑句に「見あぐればさくらしまふて紀三井寺」がある。彼岸前に開花する早咲きの桜。
18荷持ち一人に いとど永き日同行は無口な荷持ち一人で、退屈で永い日となった。
19東風風の また西に成り 北になりこち風は東風と書くが、西になったり北になったり、あっちこっちだ。
20わが手に脈を 大事がらるるただの風邪だが、我が手で自分の脈を取り、重病のように養生なさっている。
21後呼びの 内儀は今度 屋敷から旦那様、後添えのお内儀に、今度は武家屋敷の奉公人から選びそうだ。
22喧嘩の沙汰も むざとせられぬお屋敷からか?けんかも軽々とはできなくなりそうな。
23大切な 日が二日有り。暮れの鐘除夜の鐘を聞きながら、主は、「大切な日が二日ある。それは親の命日じゃ」と、宿下がりを前にした奉公人に訓示をしている。
※標注に「大節な日は、両親の命日と云り」とある。
24雪ヲ掻き分けし 中の泥道雪を掻き分けておいたが、中は泥道になってしまった。
25来る程の 乗り掛け<馬に乗るの>は皆 出家衆泥道を来るとき、荷馬に乗るのは、皆僧侶方。
26奥の世並み[作柄]は 近年の[近年にない]作[出来具合]馬の飾り方を見ると、奥州の作柄は、近年にない出来具合のようだ。
27酒よりも 肴の安き 月見して豊作で、農作物は値下がり。酒よりも料理の安い月見をして。
28赤鶏頭を 庭の正面料理をけちる上、品位がない。目立つ赤鶏頭を庭の正面に植えているのだ。
29定らぬ 娘の心 取り鎮め赤く燃え、定まらぬ娘の心を、みんなで説得し、静めようとしている。
30寝汗の止まる 今朝方の夢娘の見た、寝汗が止まるような、今朝方の夢。行く末が見えたのだ。
31鳥篭を づらりと起こす 松の風並べた篭の鳥を、ずらりと目覚めさせる松の風。
32大工使ひの 奥に聞ゆる奥の隠居部屋。大工が使う道具の音が、聞こえてくる。
33米搗きも 今日はよしとて 帰るなり大人数の普請。米搗き屋が呼ばれ精米したが、今日の分は終え、さあよしと帰った。
34空身で市の 中を押し合ふ精米屋は、明日も行くので荷物はない。市で買い物と、押し合って行く。
35此のあたり 弥生は花の けもなくて北国のこの辺り、弥生の内は花の兆しもなくて。
36鴨の油の まだ抜けぬ春暖かくなると、鴨はやせるが、この春はまだ浅く、油が抜けていない。

42 続猿蓑「夏の夜や」の巻 -歌仙-

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  今宵賦

野盤子 支考  

 今宵は<元禄7年>六月十六日のそらハ水に通ひ、月は東方の乱山に掲げて、衣裳に湖水の秋を含む。

 されば今宵の遊びハ、始めより尊卑の席をくばらねど、しばしば酌みて乱らず。人ハ、そこそこに[心々に]涼み伏して、野を思ひ山を思ふ。たまたま語りなせる人さへ、さらに人を興ぜしめむとにあらねば、あながちに弁の巧みを求めず、唯萍(うきぐさ)の水に従ひ、水の魚を棲ましむるたとへにぞ侍りける。

 <芭蕉>阿叟(あそう)は、深川の草庵に四年の春秋を重ねて、今年は水無月五月のあはひを渡りて、伊賀の山中に父母の古墳を訪らひ、洛の嵯峨山に旅寝して、賀茂・祇園の涼みにも漂はず。かくてや此の山に秋を待たれけむと思ふに、さすが湖水の納涼も忘れがたくて、また三,四里の暑を凌ぎて、ここに草鞋の駕を留む。

 今宵は菅沼氏を主として、僧あり、俗あり、俗にして僧に似たる者あり。その交はりの淡き者は、砂川の岸に小松を浸せるがごとし。深からねばすごからず。かつ味なうして人に飽かるるなし。幾年なつかしかりし人々の、さしむきて忘るるに似たれど、おのづから喜べる色、人の顔に浮かびて、おぼへず鶏啼いて月もかたぶきけるなり。

 まして魂祭るころは、阿叟も古里の方へと心ざし申されしを、支考は伊勢の方に住むところ求めて、時雨のころは、迎へむなども思ふなり。

 しからば湖(にお)の水鳥[におの海は、琵琶湖の古称]の、やがてばらくばらに立ち別れて、いつか此の遊びに同じからむ。去年の今宵は夢のごとく、明年はいまだ来らず。今宵の興宴何ぞあからさま[仮初め]ならん。そぞろに酔ひてねぶる者あらば、罰盃の数に水を飲ませんと、たはぶれ合ひぬ。

俳訳解釈(前句を踏まえて)
1夏の夜や。崩れて明けし 冷し物夏の夜は大変盛り上がって、綺麗に盛ってあった果物が、崩れて明けた。
※冷やし物‥‥清冽な水をたたえた錫の鉢に盛った果物や野菜。冷やし素麺の可能性もあるが、「崩れ」は見た目には分からないので却下。
2露ははらりと、蓮の縁先カラ←蓮の露は玉となり、葉の縁先からはらりと落ちた。
3鴬は いつぞの程に 音を入れてウグイスは、いつごろから、鳴かなくなって。
※「音を入れる」が夏季。
4古き革篭に 反故ヲ押し込むもう仕舞った。古い革の手文庫に、反故を押し込む。
5月影の、雪も近寄る 雲の色降雪も近い雲の様子を月影で見る。
6仕舞うて銭を 分ける駕かき雪になりそう。仕事を終えることにし、駕篭かきが稼ぎ銭を分ける。
7猪を、狩場の外へ 追ひ逃がしおしまいだ。イノシシを狩り場の外へ、追い逃がし。
8山から石に <採掘者の>名を書きて出す山から採石し、裏に名を書いて、運び出す。
9飯櫃[いびつ、楕円形]なる 面桶[めんつ]に挟む 火打ち鎌石切職人の朝。小判形の飯盛りワッパに、発破を掛けるときに使う火打ち鎌を挟む。
※飯櫃‥‥いびつ。「歪」とも書く。飯を入れる木製の器が、楕円形であったところから、ゆがんでいることを言う。
※面桶‥‥めんつ。飯を盛る器。ヒノキやスギの薄い板を曲げて作る。
※火打ち鎌‥‥火打ち金とも。火打ち石と打ち合わせて発火させる鋼鉄片。
10鳶で工夫をしたる 照り降り[天気具合]山仕事の人には、トビで考えを巡らした天気予想の知恵がある。
※トビの天気予想‥‥朝トビは雨、夕トビは晴れ/朝トビに蓑を着よ、夕トビに笠をぬげ/朝トビに川越すな、夕トビ傘持つな/トビが朝から舞うは晴れ/雨の時トビが飛べば晴れの兆し/トビが高く飛ぶときは嵐/トビが輪をまけば風強し/トビの輪を巻くは晴れ
11俺がこと 歌に読まるる 橋の番天気予想が得意な橋番。「俺のことが、歌に詠まれている」と誇らしげである。
※橋守の和歌「ちはやぶるうぢの橋守なれをしぞあはれとはおもふとしのへぬれば(古今集、詠み人知らず)/にほてるややばせの渡する舟をいくそたびみつせたのはし守 (永久百首、源兼昌)/年へたる宇治の橋守ことゝはん 幾代になりぬ水のみなかみ(新古今和歌集、藤原清輔)
12持仏の顔に 夕日差し込む番小屋に安置する持仏の顔に、夕日が差し込む。
13平畦に 菜を蒔き立てし 煙草跡豊作を祈願し、煙草を収穫した後の畑で、畝を作らぬまま菜の種を一杯蒔いた。
14秋風渡る 門の据え風呂出入り口にある据え風呂、秋風が渡る。
※据え風呂は、水風呂(すいふろ)に同じ。釜と焚き口のある風呂。
※門は出入り口。門が南側にあれば、日照を避け、北側の東に台所を配置するので、風呂は門近くになる。ちなみに、台所や風呂は土間に設置されている。
15馬引きて、賑わひ初むる。月の影ニ←風呂から見ると、月影に照らされ、馬を引く列が見える。まだ、続いてくるようだ。
16尾張で付きし 元の名になる義経、奥州へ行く。 義経は、吉野に身を隠した後、頼朝の命で、義行、さらに義顕(「行」では逃げる。「顕」なら見つかる)と改名させられた。しかし、藤原秀衡への名乗りは、尾張で付いた「義経」という、元の名である。
※「義経記」には、父義朝の最期の地、尾張で元服し、源氏ゆかりの「義」と、経基王の「経」をもって「義経」としたとある。
17餅好きの 今年の花に 表れて義経は下戸。今年の花見で、酒を飲めぬ餅好きと知られてしまった。
18正月ものの 襟も汚さず正月の晴着。下戸ならば、食い物のしみで、襟元を汚すこともあるまい。
19春風に 普請のつもり 致すなり衣服を汚さぬしっかり者。春風に一念発起し、家の普請の見積をしたところ。
20薮から村へ 抜ける裏道家は、これから開けるところ。草木の茂る薮から、村へ通じる裏道の辺りだ。
21食ひかねぬ 婿も舅も 口きいて資産の運用に達者な、婿も舅も幅をきかせて。
※食い兼ねぬ‥‥「理財に疎からざるをいふ。(穎原氏説)」(岩波文庫脚注)
22何ぞの時は 山伏になる財産や知恵だけでない。何かの時には、山伏となって霊力を発揮するのだ。
23笹づとを 棒に付けたる 挟み箱

挟み箱

悪鬼の退治か。

団子の笹巻きを、挟み箱の棒に付けている。
※笹づと‥‥抗菌・保湿効果の高い笹で、食品をくるんだもの。
※挟み箱‥‥物品箱の両側に環を付け、かつぎ棒を通したもの。

24蕨ガ強ばる 卯月野の末卯の花が咲く旧暦四月の野の端に、蕨が固くなっている。
25相宿と 跡[後]先に立つ 矢木[大和の八木]の町橿原の北、八木宿で泊まり合わせた客が、次々に出立していく。
26際(きわ)の日和に 雪の気遣ひ年末節季の寒波で、厚い雲の日和に、雪を気遣い早めに出る。
27呑み心 手をせぬ[混ぜ物のない]酒の 引き離し薄めていない生(き)の酒。飲み心地のよさは、他の銘柄を圧倒する。
28着替への 分を舟へ 預くるすっかりできあがっているな。あの人、着替え何かは、渡し舟に預けていたぞ。
29封付けし 文箱来たる 月の暮れ月が出た夕暮れに、丁寧に封をした文箱が届いた。
30そろそろ歩く(ありく) 盆の上臈衆(じょうろしゅ)盆のかき入れ時、文箱を取りに行くにも、花魁は三枚歯の黒い高下駄で、外八文字で、ゆっくり歩く。
31虫篭吊る 四条の角の 河原町四条河原町の角、舞妓は虫かごを吊る。
※飼うのは盆までで、夕暮れに、河原町角向かいの八坂神社で放つ。現在、放生会としては、辰巳大明神で祇園放生会がある。
32高瀬をあぐる 表一固[ひとこり]高瀬川を上る舟、畳表を一梱包乗せていく。
33今の間に 鑓を見隠す 橋の上眺めるちょっとの間に、行列の槍を見失ってしまった。
34大きな鐘の どんに聞こゆるうろたえる内に、大きな鐘を撃つ音が、重々しく響いた。
35盛りなる花にも、扉ヲ押し寄せて「盛りなる花」にもかかわらず、門の扉を押し寄せて。
※兼好法師の面影。「花は盛りに、月は隈なきをのみみるものかは」
36腰掛けつ見し 藤棚の下盛りを過ぎた花を、藤棚の下、腰掛けて見た。

 「続猿蓑」は、芭蕉翁の一派の書なり。何人の撰といふことを知らず。

 翁ガ遷化[隠者の死去]の後、伊賀上野<在住>、翁の兄松尾なにがし[半左衛門]の許にあり。

<兄半左衛門>は、某ノ懇望スルコト、年を経て、ようやく今年の春、<我に>本書を与え、世に広むることを許し給へり。

 書中、或ルトコロは墨消し、あるひは書き入れ等の、多く侍るは、草稿の書なればなり。一字を変えず、一行を改めず、その書ト其ノ手跡を以て、直[じか]に板行をなすものなり。

  元禄十一寅      ゐつゝ屋

    五月吉日          庄兵衛書   


「芭蕉七部集(連句の訳・解釈)」解説

・ 芭蕉七部集から、連句を抜き出し、艸芳(屋号は八壺屋。以下隠居)が、訳及び解釈したものである。

梧暮散人八頬 拝_

 

・ 参考にした図書

 

・ 訳

 

・ 「解釈」は、解釈と解説を交えた説明である。

 


  

芭蕉七部集(連句の訳・釈)

芭蕉七部集(訳・釈)索引

冬の日木枯しはつ雪霽かな炭売の霜月やうつ霰
春の日 春めく奈良坂蛙のみ山吹の
阿羅野遠浅や時鳥雁がね天津厂新酒桐の木冬籠り
ひさご桜かな春の草卯月哉亀の甲角大師
猿蓑鳶の羽市中は灰汁桶梅若菜
炭俵梅が香兼好も空豆の早苗舟秋の空案山子振賣の雪の松
続猿蓑八九間雀の字猿蓑に夏の夜
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