笈の小文 序章・送別(附、風羅坊・伊賀餞別・露沾公)

笈の小文 索引
序文序章鳴海保美熱田伊賀伊勢吉野高野奈良須磨箕面旅後
笈の小文 序章 索引
原文序章(著者名、風羅坊・風雅)、出立(留別句・餞別句)
講読風羅坊風雅初しぐれ旅のつと
資料俳号「芭蕉」の由来伊賀餞別に見る、江戸の旧友・門弟の思い
笈の小文の旅、帰郷の目的露沾公、数奇な運命
句餞別 歌仙「時は秋」・世吉「旅人と」・半歌仙「江戸櫻」・十句「しろがねに」「時雨時雨に」

序章


 俳諧を好み、生業とした自分の中に風羅坊がいる。その風羅とは天地自然と一体になるための薄い衣のこと。

このページでは、芭蕉という名も風羅のごとく風に破れることによることを見出し、芭蕉を見送る江戸の門人の複雑な思いを餞別吟に探りつつ、旅と帰郷の目的を探ります。


笈の小文

序章

段落区分笈の小文、本文備考

序章

著者

笈之小文

風羅坊芭蕉

↓ 「俳号「芭蕉」の由来」へ

風羅

① 百骸九竅の中に物有。かりに名付て風羅坊といふ。

② 誠にうすもののかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好こと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。

③ ある時は倦て放擲せん事をおもひ、ある時はすすむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたたかふて、これが為に身安からず。

④ しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学て愚を暁ン事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして、只此一筋に繋る。

↓ 序章「風羅坊」へ

風雅

⑤ 西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道(通カ)する物は一なり。

⑥ しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ処月にあらずといふ事なし。

⑦ 像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。

↓ 序章「風雅」へ

出立 留別⑦ 神無月の初、空定めなきけしき、身は風葉の行末なき心地して、

↓ 送別「初しぐれ」へ

↓ 「帰郷の目的」へ

 旅人と我名よばれん初しぐれ
  また山茶花を宿々にして
 岩城の住、長太郎と云もの、此脇を付て其角亭におゐて関送りせんともてなす。
餞別⑧ 時は冬よしのをこめん旅のつと

↓ 餞別「旅のつと」へ

↓ 「伊賀餞別」へ

↓ 「露沾公」へ

 此句は露沾公より下し給はらせ侍りけるを、はなむけの初として、旧友親疎門人等あるは詩歌文章をもて訪ひ、或は草鞋の料を包て志を見す。かの三月の糧を集に力を入ず。紙布綿小などいふもの、帽子したうづやうのもの、心々に贈りつどひて、霜雪の寒苦をいとふに心なし。あるは小舟をうかべ、別墅にまうけし草庵に酒肴携来りて行衛を祝し、名残をおしみなどするこそ、故ある人の首途するにも似たりと、いと物めかしく覚えられけれ。

笈の小文 序章・送別

笈の小文 序章「風羅坊」

隠居いよいよ本文である。
書生① 百骸九竅ひゃくがいきゅうきょう=身体の中に物ガあり。仮に名付けて風羅坊と言ふ。
② 誠に、うすものの風に破れやすからんことを言ふにやあらむ。彼風羅坊ハ、狂句俳諧を好むこと久し。終に生涯の計り事となす。
③ ある時は倦んでうんで放擲ほうてきせんことを思ひ、ある時は進んで人に勝たむことを誇り、是非胸中に戦うて、これがために身安からず。
④ しばらく身を立てむことを願へども、これがためにさへられ遮られ、しばらく学んで愚を暁んさとらんことを思へども、これがために破られ、終に無能無芸にして、ただこの一筋に繋るつながる
隠居いかがであろう。
書生自分の体の中に物があって、風羅坊と名付けた。
それが、俳諧を好み、生業としたんですね。
隠居本当の芭蕉は?
書生身を立てたり、学んだりしたかった。
隠居でも。
書生風羅坊に邪魔されて、俳諧一筋になった。

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笈の小文 序章「風雅」

書生④ 西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、その貫道かんどうするものは、一いつなり。
⑤ しかも、風雅におけるもの、造化造物主、天地自然に従ひて、四時しじ、しいじ=四季を友とす。
 見るところ、花にあらずといふことなし。
 思ふところ、月にあらずといふことなし。
⑥ 像かたち=身体ガ、花にあらざるときは夷狄いてきに等し。
 心花にあらざるときは、鳥獣に類す。
 夷狄を出で、鳥獣を離れて、造化に従ひ、造化に返れとなり。
難解ですね。④の貫道するものは何でしょう。
隠居

何かなのじゃな。

言葉では言えないわけで、諸道を貫くものです。

書生④に俳諧が書いてありませんが、当然「俳諧も」ということですね。
隠居

そう。それを踏まえて、⑤の風雅。

これは俳諧のことと読むと、

書生⑤の「しかも風雅におけるもの」は、「取り分け俳諧は」と、いうことですね。
天地自然に従って、四季を友とする、これができれば、見るものは花、思うところは月となる。
隠居で、⑥。身も心も造化に返れと。
書生風羅坊とどうつながるか、……
隠居

羅は、絹の薄い衣。

風で破れてしまうほどなのは、②でいうとおりで、天地自然と一体となるための、最低限の衣というように、つながっておる。
と、なると、……

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俳号「芭蕉」の由来

隠居砂石子の序文に、芭蕉の名の由来が書いてありました。
書生「手づから芭蕉を植ゑ置かれたりしゆえ」と、ありました。
隠居然り。バショウを植えたからですな。
 ばせを植ゑてまづ憎む荻の二葉哉
この株は、門人の李下に贈られたもの。
この前年の延宝8年冬、深川の庵に移り、春に植えている。
植物のバショウは、ご存じかな。
書生バナナの葉に似て、葉が大きく、団扇のように使えた。
芭蕉扇というのが、孫悟空に出てきました。亀仙人が、鍋敷きにしたやつです。
隠居孫悟空に亀仙人がでてたかなあ、……
まあ、そう、葉が大きい。
 芭蕉野分して盥たらいに雨を聞く夜かな
雨が当たると音がし、吹かれると葉脈に沿って裂けやすい。秋枯れると、バサッと落ちる。
書生実際に見たことはないかも。
隠居

細道の旅に出るとき、芭蕉を植え替え、近所の人に、霜の覆いや風の囲いを頼んでいる。
後、三度めの芭蕉庵に移植している。

これについては「芭蕉を移す詞」に書かれているので、一読しておこうか。

書生 菊は東籬(とうり=東の間垣)に栄え、竹は北窓(ほくそう)の君となる。牡丹は紅白の是非にありて、世塵に汚さる。荷葉(かよう=ハスの葉)は平地に立たず、水清からざれば花咲かず。いづれの年にや、住みかをこの境に移すとき、芭蕉一本(ひともと)を植う。風土ガ芭蕉の心に叶ひけむ、数株の茎を備へ、その葉ハ茂り重なりて庭を狭め、萱(かや)が軒端も隠るるばかりなり。人呼びて、草庵の名とす。旧友、門人、共に愛して、芽を欠き根を分かちて、所々に送ること、年々(=毎年)になむ、なりぬ。
 ひととせ、みちのく行脚思ひ立て、芭蕉庵すでに破れむとすれば、かれは籬(まがき)の隣に地を替へて、辺り近き人々に、霜の覆(おほ)ひ、風の囲ひなど、返す返す頼み置きて、はかなき筆のすさびにも書き残し、「松はひとりになりぬべきにや」と、遠き旅寝の胸にたたまり、人々の別れ、芭蕉の名残、ひとかたならぬ侘しさも、終(つひ)に五年の春秋を過ぐして、再び芭蕉に涙を注ぐ。
 今年五月の半ば、花立花(=橘)の匂ひもさすがに遠からざれば、人々の契りも昔に変はらず、猶(なほ)この辺りをえ立ち去らで、旧き庵もやや近う、三間の茅屋(ぼうおく)つきづきしう、杉の柱ヲいと清げに削りなし、竹の枝折戸ヲやすらかに、葭垣(よしがき)ヲ厚くしわたして、南向かひハ池に望みて水楼となす。地は富士に対して、柴門ハ景を追うてななめなり。淅江の潮(うしほ)、三股の淀にたたへて、月を見る便りよろしければ、初月の夕べより、雲を厭ひ雨を苦しむ。名月の装ひにとて、先ノ芭蕉ヲ移す。
 その葉七尺あまり、あるひは半ば吹き折れて、鳳鳥(ほうちょう)を痛ましめ、青扇破れて風を悲しむ。適適(たまたま)花ガ咲けども、華やかならず。茎太けれども、斧に当たらず。かの山中不材類木にたぐへて、その性ハ尊し。
 僧懐素は、これに筆を走らしめ、張横渠(ちょうおうきょう)は新葉を見て、修学の力とせしなり。
 予ハその二つを取らず。ただその陰に遊びて、風雨に破れやすきを愛するのみ。
隠居いかがかな。
書生風羅イコール芭蕉、……
隠居ほう。
書生自然と一体になり、風が吹けば風に破れる。芭蕉は「風羅」そのものでした。
隠居 鶴鳴くやその声に芭蕉破れぬべし
鶴の声でも破れてしまう。
風狂じゃろう。

まあ、序文の芭蕉名の由来と併せると、この冒頭が読めてくるということですな。
書生はい、なるほど。
隠居 幾霜に心ばせをの松飾り
 この寺は庭一盃のばせを哉

バショウをこよなく愛していた。
さて、バショウを、庵のどの辺りに植えたのかな。
書生はて。
隠居 芭蕉葉を柱に懸けん庵の月
月見のときは、葉を除けたようですね。
書生なるほど、南側ですね。
それも、庵の縁の直近です。「移す詞」には「陰に遊び」とあります。
今のグリーンカーテン、ですか。エコライフですね。
隠居この時代は、すべてがエコですな。

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笈の小文 送別「初しぐれ」

書生⑦ 神無月の初め、空定めなきけしき、身は風葉(ふうよう=風に舞う木の葉)のごとく行く末なき心地して、
 旅人と我名よばれん初しぐれ 【芭蕉 初時雨:初冬】
  また山茶花を宿々にして  【由之 山茶花:初冬】
 岩城(磐城は陸奥の南東部で、白川・仙台等福島東部と宮城南部)の住、長太郎と云ふ者、この脇を付けて、其角亭に於いて、関送り(=送別の会)せむともてなす。
隠居

出立前、貞享4年10月11日其角亭での会だが、主催の「岩城の住長太郎」、俳号は由之で、亭主役。

連衆は、ほかに其角・枳風・文鱗・仙化・魚児・観水・全峯・嵐雪・挙白など、十一吟の世吉。

書生

四十四句でしたね。
発句からは、ゆったりとした余裕を感じます。

野ざらしの旅のような悲壮なものは感じません。

また、脇は、冬の日「たそやとばしるかさの山茶花」を踏まえていますね。「また」と言ってますから。

隠居はい。
書生で、「また、あなたの笠に山茶花の花が散って、旅の宿ごとに風雅を重ねることでしょう」と。
「また、名古屋で、新風を起こされるでしょう」と。
隠居

確かに、旅の最初の目的地は名古屋ですな。

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笈の小文 餞別「旅のつと」

書生⑧ 時は冬よしのをこめん旅のつと 【苞(つと=土産)】
 此句は、露沾公より下し給らせ侍りけるを、餞はなむけの初めとして、旧友親疎にかかわらず、門人等、あるいは詩歌文章を持て訪ひ、或はあるは草鞋の料りょう=わらじ代を包みて、志を見すあらわす=表す。かの「三月さんげつの糧」を集むるに、力を入れず。
 紙子=紙製夜具・綿子=防寒衣などいふもの、帽子・したうづしとうず=下沓、足袋やうのもの、心々に贈り集ひて、霜雪の寒苦をいとふに心なし。
 或は小船を浮かべ、別墅べっしょ=別荘に設けし草庵に、酒肴ヲ携へ来りきたりて、行衛ゆくえを祝し、名残りを惜しみなどするこそ、故ある人の首途かどいでするにも似たりと、いと物めかしく覚られけれ。
隠居

凝縮された文章じゃ。

丁寧に読み取っていこう。

書生「時は冬」という発句は、「吉野の花の話を土産に期待してますよ」の意で、露沾公という身分ある方の餞別句で、これが皮切りでした。
隠居土産話というより、新境地の句ではないかな。
この会は、実際は、芭蕉庵から約7㎞、赤坂にある露沾公の屋敷で催されたが、これは後で。
書生

「友人や門人が、次々と訪れた」
「ある人は、餞別の詩歌、文章をくれた。

またある人はお金の餞別をくれ、「三月の糧」に苦労はしなかった」
「三月の糧」って?

隠居荘子の逍遙遊、「百里をゆく者は、宿(前夜)に糧を搗き、千里をゆく者は、三月糧を集む」に出ている。
野ざらしの旅では、冒頭「千里に旅立ちて、路(みち)粮(かて=糧)を包まず」であった。
書生真逆ですねえ。
さらに、「紙子や綿子」など、さまざまなものが集まって、冬旅の防寒も万全となっています。
隠居

はい。

ここ、露沾公の屋敷で整えられたと、読み間違う人がいるが、芭蕉庵にいろんな人が訪れたと読む。
「はなむけ」の中身は、また後で見よう。

書生「ある人は船を浮かべて」ですから、次の部分は、「ある人は別荘の草案に」ですね。
「船や別荘それぞれの客は、酒肴を持ってきて、行方即ち前途を祝い、名残りを惜しんだ。
これは、立派な経歴や由緒のある人が門出するときのようで、大層なことと感じた。」
野ざらし紀行と、全然違っていることが分かりましたが、芭蕉も「物めかしく」と感じるほどで、大仰に思われますが。
隠居そう。江戸の門弟たちの心情をくむと、分かってこよう。
送る人の心は、餞別の詩歌文章に出ている。

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伊賀餞別に見る、江戸の旧友・門弟の思い

隠居

はなむけの詩歌文章は、句餞別と言う。これを芭蕉は、「伊賀餞別」と呼んでおる。
句餞別の目録がある。
 山口素堂、詩三絶/友松、二四六八十言鄙詞/嵐蘭、聯句/
 遊薗堂露沾公、和歌一首/安適、和歌二首/素堂・不卜、二唱/
 惣餞別二十六句/其角・嵐雪、二唱/
 歌仙一巻 発句露沾公、ワキはせを翁、翁ノ附合不少他準之/
 十八句半歌仙ナリ、発句濁子脇翁ナリ/
 十句 表八(六?)句 ウラ四句 発句松江脇翁ナリ/
 十句 同前 発句挙白脇翁ナリ/
 沾化僕吼雲口號一句/以上
 附篇:芭蕉翁師家之系

実に仰山と言うか、大仰と言うか。

まず、これを読まれい。

書生

 芭蕉庵主ハしばらく故園に帰りなむとす。
 富める人は宝を贈り、才ガある人は言葉を贈るべきに、我この二つ与からず(あずからず)。
 昔、もろこしの(遠くの)堺に通ひけるころ、一つの烏巾(うきん=頭巾)を得たり。
 これを与へて、宝と才に替ふるものならし。

素堂山子
 もろこしのよしのゝ奥の頭巾かな 【頭巾:三冬】


素堂は、頭巾を贈ったんですね。

「もろこし」って「唐」でしょうか。

隠居

この「もろこし」は、唐土ではない。「諸越」と書いて、遠隔の地を指す。もちろん、唐土をもろこしというのも同じ語源。
野ざらし紀行に、吉野山を「唐土の廬山といはむも」とあるのを、素堂は踏まえているんじゃろう。
問題は、この素堂の漢文。読み下してくだされ。

 芭蕉老人有故、赴郷国。
 老人常謂他郷即吾郷、今猶莫作戯斯語、吾何不信斯語乎。
 因綴卑語三絶以投頭陀

書生

ゆっくり読みます。

「芭蕉老人、故有りて、郷国に赴く。
老人常に謂ふ、他郷(江戸のこと)即ち吾が郷と。
今猶ほ、戯れに斯の語を作(な)す莫れ、
吾、何んぞ斯の語を信ぜざるや。
因つて卑語(ひご=ききなれた語)を三絶(さんぜつ=詩・書・画)に綴り、以つて頭陀に投ぜよ」

隠居「他郷即ち吾が郷」、これも野ざらし出立の句を踏まえている。
 秋十とせ却て江戸を指故郷
書生「分かっているから、江戸が故郷だとわざわざ言うな」ということですよね。
隠居「頭陀に投ぜよ」は?
書生頭陀袋は、旅行バッグだから、「書いて持って歩け」ということですか。
隠居

忘れるなということ。
次の絶句の1行目。

 君去蕉庵莫止郷

書生君、蕉庵を去り、郷に止まることなかれ。
「止まる」は、「とどまる」でしょうか。
隠居そう。
また、嵐蘭は、
 故郷は佳景幽勝の地。ただ恐る、久しく蹤ショウ=足跡を認さんしるさんかと
と、書いておる。
書生嵐蘭は「長いこと帰らないのではないか」と思っていた。
磐城の長太郎が、「また山茶花を」と祝った気持ちと、好対照ですね。
隠居

「土産待ってるよ」という露沾公とも違うじゃろ。

  餞別
 くさまくらねざめのつもりてや/伊勢いせまでとをく雪にたどらん 遊薗

遊薗は露沾の別号。露沾は、寒中旅宿をねぎらうのみである。

書生素堂や嵐蘭は、もう帰らない可能性をつかんでいたんですか。
隠居

さて、……
出立前の餞別句会を整理しておこう。
1 先ず、露沾公の句会、これが9月某日、7吟歌仙。まさに、はなむけの初め。
連衆は、露沾・芭蕉・沾蓬・其角・露荷・沾荷・沾徳
 時は秋吉野をこめし旅のつと 露沾
  鴈をともねに雲風の月   芭蕉

[ 歌仙「時は秋」へ ↓ ]

書生あら、秋だ。
隠居秋であるな。興行は、陰暦9月だからな。芭蕉も脇で秋月を添えている。笈の小文は、編集上冬に替えてあるだけ。
ちなみに、沾荷は露沾公の付き人、沾徳は磐城平藩出入りの研ぎ師で、其角没後江戸俳壇の中心になる人物。沾蓬は、第三を詠んでいるから、やはり露沾門であろうな。
書生芭蕉の脇句は、さすがですね。
「風雅の旅、月にむら雲ということがあるでしょうが」と応じた。
隠居面目躍如、じゃな。
2 次に、其角亭の会が、10月11日、11吟の世吉。
 旅人と我名よばれん初しぐれ 芭蕉

[ 世吉「旅人と」へ跳ぶ ↓ ]

書生はい、この発句、本文で見ました。
これは、10月だから、初冬の句ですね。
隠居3 次は、濁子じょくし亭で10月某日、4吟の半歌仙、連衆は、濁子・芭蕉・嵐雪・其角。濁子は、江戸詰の大垣藩士。
 江戸桜心かよはんいくしぐれ 濁子

[ 半歌仙「江戸櫻」へ跳ぶ ↓ ]

書生そうそうたるメンバーですね。
難しい句ですが、贈る側の気持ちとして、
「冬枯れの江戸桜、この花で心を通わせて、何度時雨を迎えたことでしょうね」
ということかな。芭蕉句の「初しぐれ」への突っ込み。
隠居なるほど。
4 また、10月某日、9吟十句。松江しょうこう・翁・曽良・依々・泥芹・水萍・風泉・夕菊・苔翠。松江は、元大垣藩士、潮来に隠棲。
 しろがねに蛤をめせ霜夜の鐘 松江
この句は?

[ 十句「しろがねに」へ ↓ ]

書生これは、隠居の言う「謎の句」では?説明がなければ分かりません。
隠居

発句はあいさつ句。相手が分かればいい。客は芭蕉。芭蕉の句を踏まえておるんじゃよ。
七部集の冬の日に、表合わせが一つありましたな。

冬の日>「いかに見よとの巻」を、別窓で参照

その中の、5句目。
 銀に蛤かはん月は海     芭蕉
前句が、
  檜笠に宮をやつす朝露   杜国

なので、「ヒノキの網代笠という旅姿に身をやつした貴人が、月照る海辺で、猟師から蛤を買うのに、小銭がなく銀貨を差し出した」ということ。

書生はあ、では、「この銀貨で、蛤をお召し上がりください」と。
隠居そう、餞別に二朱銀を何枚か渡したのじゃろう。ちなみに8枚で1両、これは大金。当時、1両あれば京まで行けましたからのう。
これは、6句目まで。
  ひだりに橋をすかす岐阜山 野水
「桑名の、蛤の浜の左に、橋を透かして岐阜の山が見える」というわけ。
書生松江は「岐阜を忘れないで寄ってね」という意味も含ませたということですか。
隠居

そう。山の左が大垣。
この会は、潮来の松江と、芭蕉庵近くの俳人たちでな。中でも、曽良・泥芹・夕菊・苔翠は、深川八貧(芭蕉・依水・苔翠・泥芹・夕菊・友五・曽良・路通)に入っていて有名。

まあ貧乏では、わしも負けんが。
5 さらに、10月某日の会、七吟十句。連衆は、挙白・翁・渓石・コ斎・其角・卜千・嵐雪。
 時雨時雨に鎰かり置ん草の庵 挙白

[ 十句「時雨時雨に」へ ↓ ]

書生挙白は早くからの門人でしたね。「時雨の度に庵の開閉をしましょう。留守を預かりますのでご安心を」ですね。
挙白は、芭蕉が帰ってくると思っています。
恐れていたのは、素堂と嵐蘭だけですか。
隠居「江戸桜」の濁子もそうじゃろう。永遠の別れを前にして、懐かしんでいるとも取れるな。
また、芭蕉と親交のあった歌人安適の歌に、
  餞別
 たちかへる浪をこころにわするなよ / 世を海しらぬ国にゆくとも
  離別
 ゆく道の駒もすすまじむさしあぶみ / さすが年へしそらの名残に

というのがある。
武蔵国の鐙あぶみ、取付は、くさりでなく、先端の刺鉄さすがによるので、和歌では「さすが」の縁語です。
餞別歌のほうは、どうかな。離別歌は、危機感と言うより、心からの旅の心配をしておるが。
書生「海しらぬ国」は伊賀上野ですね。
「打ち寄せては打ち返す波のように戻ってこい」、かな。
隠居「立ち返る」な。伊勢物語、東下りの途次、伊勢尾張の堺で「返る波」を見て羨ましく思う話。
「返す」か「返る」か。
書生波には寄せる波、返る波、二つの姿がある。「返る波を心に持て」ですか。
とすると、安適も。
隠居じゃな。
普通、餞別は、「旅の無事を祈る」か「旅先の見所を示す」かである。
書生ともかく、この芭蕉の旅は、尋常ではないということですね。

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笈の小文の旅、帰郷の目的

隠居ともあれ、近しい何人かは、「帰郷」に強く反応し、江戸不帰を危惧しておる。
ここで、この旅の目的を、整理しておこう。
書生岩波の「芭蕉紀行文集」の解説には、
 一 亡父三十三回忌法要に列すること。
 二 不遇の境にいる愛弟子杜国を慰問すること。
 三 若き日に描いた夢の京阪へいくこと。
 四 尾張蕉門の人々の成長を確認すること。
などが、挙げられています。
隠居和泉書院の「笈の小文他」には、藤堂藩の帰郷令「今、明年中に故郷へ帰り、役人どもへ面つらヲ見せ仕るべく候ふ 貞享4年3月」が、出たとある。
書生では、
 五 藩の帰郷令に従うこと。
しかし、どれも「もう江戸に帰ってこないのでは」という危機感につながりません。
目的ではなくて、高齢とか体調とかを心配したんではないですか。
隠居いや、その後の細道の旅で、「古人も多く旅に死せるあり」と、「住める方(芭蕉庵)は人に譲」ったときでさえ、そのときの句餞別に伊賀餞別のような危機感は見られない。
私たちは学者じゃないし、好き勝手言ってても構わないんじゃが、「であろう」とか「ではないか」とか言っててもつまらんな。
江戸に帰れなくなる可能性を秘める目的は、何か。頭の隅に置いて、次へ行こう。

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露沾公、数奇な運命

隠居あ、よい子はもう寝る時間じゃな。だが、ちょっと露沾公について。
露沾公は、赤坂六本木に隠棲し、磐城平の藩主内藤義孝の兄、父は義概よしむね、俳号は風虎で奥州俳壇の父と言われる人じゃ。
書生弟が藩主?
隠居子供の政樹も、次の藩主である。
書生「時は秋」っていい句ですね。俳諧に没頭してて、藩主になれなかったのかな。
隠居没頭し過ぎたのは、父の風虎じゃが、……。長くなるぞ。
書生はあ、どうせ……、いやお願いします。
隠居没頭し過ぎたのは、父の風虎、藩政を家老の松賀族之助に委ねてしまった。家老は藩のためと言いつつ庶民に重税を課し、私腹を肥やした。
ここまでは、よくある話。
書生悪徳商人とつるんだ。
隠居

それは、「水戸黄門漫遊記」に出てくる話。
家老は、自分の子をはらんだ美女を、藩主の側室にした。その子が藩主になれば、と言う筋書きでな。

それで、世継ぎの露沾が酒色に溺れるように仕向けたが失敗。それに、気付いたのが賢臣浅香十郎左衛門でな。家老の排除を計画するが、家老の知るところとなり、捕らえられた。

さらに、露沾が父が溺愛する弟を殺そうとしたと言い掛かりを付け、28歳の露沾を廃嫡、江戸赤坂の中屋敷に蟄居させたわけですな。

捕らえられた忠臣浅香は、無念の切腹。

書生なんと。
隠居芭蕉へのはなむけは、その5年後で、既に弟が藩主になっておる。
書生はあ。悪家老はそのままですか。黄門様はどうしてたんですか。
隠居貞享年間だから、光圀は、まだ隠居してない。
そのあとが大変。
家老は、目的達成のため、弟義孝の暗殺を企てるが、抗する小姓5人が家老の腹心を殺し、計画は頓挫、小姓5名は切腹、これが小姓騒動。
義孝は44歳で逝去。後継は、子の義稠よししげで、16歳。ところが、22歳で若死にしてしまう。
その跡継ぎが、露沾の子13歳の政樹で、露沾は後見する。
そして、翌年正月、悪家老親子が藩主就任祝いにと、饅頭を献上するが、露沾は怪しんで犬に与えた。
あろうことか、犬はたちまち苦しんで死に、毒を入れた家老の子伊織は入牢、家老は永年蟄居という結末。
享保4年のことで、露沾公隠棲から40年後のことである。
書生生類憐れみの令がありますから、露沾も罰せられるでしょう?
隠居

そこへ来たか。
まあ、露沾公は、祝いの饅頭をお犬様に、たださしあげただけで、何ら問題はない。
ちなみに、黄門様は、この20年ほど前に逝去されておるから、かかわれなかった。

残念じゃったな。

書生いや、別に。
22歳で死んだ義稠も、悪家老に殺されたんではないかと、気になりまして。
隠居

それは、あい分からぬ。

……

ああ、卒爾ながらではあるが、この講読は芭蕉の足跡に沿おうと思う。

芭蕉の旅を日毎に整理して参れ。

卒爾ながらというておる。

異存はあるまいな。

では、本日はこれにて。

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資料

俳諧(連句のみ)

歌仙「時は秋」、 9月某日、露沾亭 世吉「旅人と」、10月11日、其角亭

俳諧哥仙

旅泊に年を越てよしのゝ花にこゝろせん事を申す

01 時は秋吉野をこめし旅のつと     露沾
02  鴈をともねに雲風の月       芭蕉
03 山陰に刈田の顔のにぎあひて     沾蓬
04  武者追つめし早川の水       其角
05 くれかゝる空につめたき横あられ   露荷
06  をろさぬ窓に枝覗く松       沾荷
07 傘(からかさ)の繪をかくかしらかたぶけて 翁
08  祭むかへし神山の氏        露沾
09 暑キ日の汗をかなしむ猿の聲     沾荷
10  捨し尸(かばね)のよみがへりたる  沾蓬
11 行尽す五天むかしの法もなく     其角
12  髪ある僧に鐘つかせ聞       露荷
13 恋を断ツ鎌倉山の奥ふかし      露沾
14  しぼるたもとを匂ふ風蘭      翁 
15 月清く夕立洗ふみすの煤       沾蓬
16  客をつかうて鯉てうじける     其角
17 花咲て人々參る草の庵        露荷
18  額板(がくいた)ひろふ山吹の橋   沾荷
19 信濃路やたゝらの峡(かい)の春さえて 露沾
20  磬(けい)うつかたに鳥帰る道    沾德
21 楢の葉に我文集を書終り       翁 
22  弟にゆるす妻のさかつき(盃)    露荷
23 物かげは忍び安キに月晴て      沾荷
24  琴を聞(きか)する夜のあさがほ   沾蓬
25 馬を下リて野服をかいとる秋の露 +1 露荷
26  九輪指さす尾上はるけき      露沾
27 風の音ならぶ蘇鉄のいかめしく    沾蓬
28  大口(おおくち)着たる庭の雪掃   翁 
29 うへもなく鳩の群立千木さびて    露沾
30  獨(ひとり)簾(すだれ)を編くらす妻 沾荷
31 一軸の形見の連哥膝に置き      露荷
32  名を恥ぬべき越のたゝかひ     露沾
33 面(めん)かけて鏡にむかふ男つき   沾蓬
34  みはし(御階)をのぼるから獅子の声 沾荷
35 襁(むつき)織ル花の錦のおさ打て   翁 
36  柳の水のすみかへる春       執筆





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十月十一日餞別會
01 旅人と我名よばれん初霽(しぐれ)   芭蕉
02  亦さゞん花を宿々 にして     由之
03 鷦鴒(かやぐき)の心ほど世のたのしきに 其角
04  粮(かて)を分たる山陰の鸖(こう)  枳風
05 かけありく芝生の露の淺緑      文鱗
06  新シ舞臺月にまはばや       仙化
07 中の秋畫工(えかき)一つれかへるなり 魚児
08  魲(すずき)てうじておくる漢(から)舟 観水
09 神垣や次第にひくき波のひま     全峰
10  齢とをしれ君が若松        嵐雪
11 酒のみにさをとめ達の並ビ居て    執筆
12  卯月の雪を握るつくばね      翁 
13 鰥(やまめ)つる袖つくばかり早瀬川  由之
14  蘿(つた)一面にのこる橋杭     其角
15 道しらぬ里に砧をかりに行(ゆき)   枳風
16  月にや啼ん泊瀬(はせ)の篭人    文鱗
17 葛篭(つづら)とく匂ひも都なつかしく 仙化
18  おもはぬ事を諷ふ傀儡(かいらい)  全峰
19 途(みち)中にたてる車の簾(す)を巻て 翁 
20  沖こぐ舟にめされしは誰ソ     由之
21 花ゆゑに名の付ク波ぞめづらしき   嵐雪
22  別るゝ雁をかへす琴の手      擧白
23 順(じゅん)の峯しばしうき世の外に入る 観水
24  萱のぬけめの雪を燒(たく)家    仙化
25 老の身の縄なふ程にほそりける    由之
26  君流されし跡の関守        翁 
27 明暮は干潟の松をかぞへつゝ     擧白
28  命をおもへ船に這フ蟹       其角
29 起出て手水つかはん海のはた     嵐雪
30  しらぬ御(み)寺を頼む有明     観水
31 蕣(あさがお)や石ふむ坂の日にしをれ 全峰
32  小畑さびしき案山子作らん     枳風
33 艸の戸の馬を酒債(さかて)におさへられ 翁
34  つねみる星を妹(いも)にをしゆる  擧白
35 薫(たきもの)のしめり面白き夕涼み +1 仙化
36  幟かざして氏の天王        其角
37 御(み)牧野の笛吹習ふ童(わらわ)声  全峰
38  僧くるはしく腰にさす杖      枳風
39 見ぐるしと文字の子昮(すごう)を哢て 其角
40  堺の錦蜀をあらへる        嵐雪
41 隱家や寄虫(ごうな)の友に交リなん  観水
42  筏に出て海苔すくふ比       翁 
43 谷深き日うらは花の木目(このめ)のみ 擧白
44  聲しだれたる春の山鳥       由之

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半歌仙「江戸櫻」、 10月某日、芭蕉庵 十句・二巻、10月某日、芭蕉庵

十八句
01 江戸櫻心かよはんいくしぐれ     濁子
02  薩埵の霜にかへりみる月      芭蕉
03 貝ひろひひろひゆく磯馴て    +1 嵐雪
04  酔ては人の肩にとりつく      其角
05 けふの賀のいでおもしろや祖父(じじ)が舞 翁
06  根松苗杉蝉の鳴聲         濁子
07 池の橋渡し始ぬ垣結て        其角
08  みなと入(いる)帆のみゆるやね越シ 嵐雪
09 世の中を畫にのがれたる茶の烟(けぶり) 濁子
10  妹がかしらのからわ(唐輪)やさしき 翁 
11 かたみてふ袋の切(きれ)のはつはつに 嵐雪
12  夢を占(うら)きく閨の朝風     濁子
13 津の國のなにはなにはと物うりて   翁 
14  二夜とまりのつくし侍       嵐雪
15 一巻(ひとまき)の連哥をとゞむ此寺に 濁子
16  苗代もえる雨こまか也       嵐雪
17 鷺の巣のいくつか花に見えすきて   翁 
18  禰宜下リかはる春の夕月      濁子







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「しろがねに」の巻
01 しろがねに蛤をめせ霜夜の鐘     松江
02  一羽別るゝ千どり一群       翁 
03 枯草にいよいよ松のみどりして    曾良
04  田中の道のとおりくれ行      依々
05 月ほそくおのが家しるはなし馬    泥芹
06  秋風上る門(もん)のはじとみ    水萍
07 露の糸錦をとおす梭(おさ)の音    風泉
08  雨には見せじ蘭のきせ綿      夕菊
09 旅枕女あるじの情得て        苔翠
10  傾城かげをかくす明ぼの      執筆

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「時雨時雨に」の巻
01 時雨時雨に鎰(かぎ)かり置ん草の庵  擧白
02  火燵の柴に侘を次(つぐ)人     翁 
03 松風にそれたる鵙(もず)を見のがして 渓石
04  朝氣(あさけ)はくらき湯の山の月  コ斎
05 鐘一ツ三江(みさと)にかよふ秋の聲  其角
06  葛の縄面(なわめ)をゆるされし文  卜千
07 継子をもいたはるよめの名をとげて  嵐雪
08  餅二(ふた)かさねえにし(縁)そふ帯 擧白
09 吉原の土手に子日(ねのび)の松ひかん 翁 
10 誰がぬし有て錺(かざり)する宮    渓石

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笈の小文、講読の振返り
 
02 序章・送別(附、風羅坊・伊賀餞別・露沾公)
書生

「芭蕉」と「風羅坊」が同じ意味と知って驚きました。

今思えば、多くの餞別吟から、磐城(岩城)の長太郎の脇と、磐城の露沾公の句が本文に採用され、旧友や門人の句が入っていないのが気になります。

隠居

江戸へ戻らないのではないかという思いが、基盤にある句だったな。

書生

旅の目的は、

一 亡父三十三回忌法要に列すること。

二 不遇の境にいる愛弟子杜国を慰問すること。

三 若き日に描いた夢の京阪へいくこと。

四 尾張蕉門の人々の成長を確認すること。

五 藩の帰郷令に従うこと。

でしたね。

しかし、どれも江戸に戻らない危惧にはつながりにくい。

隠居

あ、病気の姉を見舞うことも追加しといて。

まあ、生家にいた兄嫁か、柘植の実姉か分からぬままだが。

書生

六 病気の姉を見舞うこと。

追加しておきます。

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  ---笈の小文講読ページの解説---